連載小説
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じゅういち
俺が主演と演出と監督を務めた、空中からの
一方的な蹂躙劇(脚本・クイーンローパー)によって
反魔物国家メイデナの騎士団は無残にも敗走していった。あれだけ痛めつけられれば
しばらくは組織だった行動は起こせまい。恐らく、数年は戦力を蓄えつつ
自国の防備に専念するのではないか。
これだけ黒星が続けば、教団や他の反魔物国家も大規模な支援の類はしないだろう。
勝率の低い馬に賭ける指導者などそうそういない。ただでさえ
国家や組織の運営というものは、一種の博打的な要素を含んでいるのだから。

なんにせよ、今回の新婚旅行において懸念すべきポイントは
これにて全て排除したということである。
(俺が撒き散らした使い捨てダークマタ−式魔力塊も、事前の予想通り、
被害を土地にまで及ばせることもなく、なんとか新たな魔界を誕生させずにすんだ)
精神がどん底にまで落ち込んでゾンビのごとき顔つきだったプリメーラも
ようやく本調子となり、どうやら俺達へと追い風が吹いてきたようだ。
…いつ向かい風になるかわかったものではないが。
「いや〜〜長旅だったね〜〜〜〜」
滋養強壮と疲労回復のハーブティーが入ったカップから唇を離し、窓の外を眺めながら
しみじみとミミルが呟いた。
「まだ、片道が終わっただけやないの。
……行きはよいよい、帰りは怖い……ってならなきゃええんやけどねぇ」
おいやめろ今宵。
「…な、なあ、また二日前のときみたいに、濃いセックスしようよ。
たっぷり、精と快楽を与えてくれよぉ…」
「考えておきますから、とりあえず落ち着いていて下さい」
ぐずる教官を適当になだめすかすと、俺はお目当ての品を求め
魔法薬の専門店へと向かうことにした。
レスカティエの親善大使としての役目はマリナかフランツィスカ様がやるだろ。
「護衛はいらないのー?」「一人でやばくないのー?」
「いらんいらん。護衛なんぞ連れていたら逆に注目されてしまう」
俺は心配してくれた二人の頭とお尻を撫でてから、この都市の地図を片手に
広々とした客間から出ていった。


――それから小一時間後。
薬剤に関わる店舗が大小様々にひしめく『医の楽園』の首都でも
品揃えのよさと値段の高さが指折りの店で、俺はまったりと品定めをしていた。

「とりあえず、効果の高いものから買い込んでおこう」
認めたくは無いが俺も一応はレスカティエの権力者のひとりだ。金はそれなりに持ってる。
抗魔力入り肥料というのは、どれもこれも
なかなかに値が張るものばかりだが、財布の中身や立場が下っ端兵士だった頃とは
雲泥の差となっている今ならこれらを大人買いしても余裕で大丈夫だ。
責任や危険がつきまとう立場というのは概ねそれに見合った力が手に入る
ポジションでもある。そんなハイリスクハイリターンは全力で遠慮したかったが
こうなったからにはメリットを最大活用させてもらうしかあるまい。
「お求めの品は以上でっか?」
目の辺りに寝不足じみたクマ模様のついた
ジパング特有の獣人系魔物――刑部狸――が揉み手しながら、にこやかに尋ねてきた。
商売に精を出す珍しいタイプの魔物だというのは、一身上の都合で
ジパングに滞在していた時に知ったが、この大陸にまで進出していたとはな。
「わざわざ長旅までしてきたんだ。買えるだけ買わせてもらうよ」
「さっすが、レスカティエの大物さんは太っ腹ですなぁ」
……なるほど、生粋の商人種族だけある。なかなかの耳の早さだ。
「どのくらい有名なのかな?」
「ここいらでも上質な人相書きが出回ってましたからなぁ。あんさんが
誰にも気づかれないっちゅうのは、それこそ田舎町でも難しいかと思いまっせ」
そういえばそうだったな。改めて自分の現状に頭が重くなる。
「貴重な情報ありがとう」
「いやいやただのサービスでっせ。こんなにたくさん買い込んでくれはるお客さんは
そうそうおらんし。ついでに媚薬もつけときまっか?」
それは遠慮した。


「すっかり有名人だな」
媚薬の代わりにサービスしてもらった手押し車に収穫を乗せて
俺は自分の知名度の高さに辟易していた。
初対面の店主でさえ確信を持って話しかけてくるほどの有様だ。もし素顔を晒したまま
路上を歩いていたら、間違いなく周囲の視線を根こそぎ集めていただろう。
なんらかの余計な騒ぎまで呼び込む可能性すらあった。
魔力塊をマント型からローブ型に変更し、フードで顔を隠していたのは
やはり正解だった。

「…カフェはそれなりにあるみたいだが、酒場の姿は見られんな」
悲しいことに、この国ではアルコールの需要は薄いようだ。
歓楽街はあるようだが国が親魔物よりになってる影響なのか、
現在のレスカティエに数多くある、恋人同士や夫婦で訪れて様々なプレイを楽しむ店や
客が店員をお持ち帰りできる(逆も然り)店がいくつもあり、酒よりも
媚薬や魔法薬が重用されているようだ。
お国柄と相まって、それらの薬品のバリエーションは実に豊富らしい。
「この国が魔界と化すまでさほど時間はかかるまい」
力と恐怖で侵略するのではなく、愛と快楽で侵食していくという
デルエラ母のプロジェクトは着実に成果をあげている。
だが、その結果『やっぱり魔物娘からは魔物娘しか生まれませんでした』とかなったら、
親魔物国家や、魔物に力を貸してる神々でさえ刃を向けてきそうだが、当の魔王は
自分がそんな綱渡りしてることに気づいているのだろうか。
…………………ぶっちゃけ、そこまで深く考えてるとは思えない。だってあれの母親だし。

「こんにちわっ」
世界の行く末について嫌な未来しか見えてこなくて思わずため息が出かかっていた時。
真っ赤なローブで身を包んだ誰かが、明るい声で話しかけてきた。
声からすると女性のようだが、この気配――魔物か。それも、かなり高位の。
「奥さん達をほったらかしておいて一人でお買い物?
ダメでしょ、そんなかわいそうな事しちゃ」
さっきの狸の店で見られていたのか、それとも、俺と嫁達が滞在している、来賓用の館から
俺が呑気に出てきたところをつけられていたのか。どっちにしても素性はばれている。
「用件は?」
「単刀直入ねえ。もっとゆっくり話を進めましょうよ。味気ないじゃない」
と言うと、魔物はフードをめくって、素顔を晒してきた。
白い髪。魔力に満ちた真紅の瞳。髪と同じ色をした、つややかな肌……

「あの暴れん坊のデルエラお姉様と大喧嘩した子って、キミでしょ?
その辺の話とか、なんでここをハネムーン先にしたのかとか、聞かせてくれないかな?
全くの偶然とはいえ、こうして会えたんだからさ」

また別のリリムとエンカウントか……これで三人目だぞ。
偶然にしては偏りすぎてないか?
「そこでお茶でも飲みながら…って、なんか、警戒してない?」
「いや、個室の店だと不安が」
正直にそう返答すると、彼女は、
「あっはっはっは!大丈夫大丈夫、襲ったりしないって!
私は彼氏持ちだし、そんな心配は無用よ。浮気なんてありえないから」
などと、本当かどうか疑わしいことを言いながら大笑いした。
それにしても砕けた性格だ。威圧感というものがまるでない。
俺よりもはるかに年上のはずなのに、同年代の快活な女子と会話している気分になる。
もしかすると、それが彼女の魔物娘としての『魅力』なのかもしれない。
どんな口調や性格であれ、彼女はれっきとした魔王の娘――リリムなのだから。

無理難題を押し付けられる可能性も考慮しながら、俺は彼女に手を引かれ、
主に男女の交わりのために使われる、とあるカフェへと入店することにした。


――その様子を遠くからこっそり見ていた、嫉妬深いお嬢様に気づかずに。
12/05/12 13:04更新 / だれか
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■作者メッセージ
結論から言いますと当然この後に誤解されます。

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