連載小説
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そのじゅうさん
これまでのあらすじ
〜嫁をからかうのは程々にしたほうがよい〜

しかし手遅れだった。
後悔先に立たずとはよく言ったもので、俺は今、マリナの椅子にされていた。
優勝後、無言でこちらに近づいてきた彼女は、すでに俺に腰掛けていたミミルに
「じゃま」と言って抱きかかえると横に降ろし、空いた席に尻を置いた。
その静かな迫力に誰も何も言えなくなり、息苦しい沈黙が
恐ろしいことに今も続いている。
そんな中で俺は、どっちかというとお前のほうがサイズ的に邪魔くさいとか
言ってみたいのだがウィルマリナ山の大噴火を誘発するような真似はやっぱできねえ。
(打開策は?)
俺はデルエラに視線で助けを求めた。溺れる者は藁どころか空気でも掴む。
(ないわね)
目を逸らされた。
…時間が怒りを静めるのを願うしかないのか…

「えへへ、反省した?したなら許してあげる〜」
アタマ撫でてたら十分くらいで静まった。ちょろい。実にちょろい。

陽気さを振り絞って司会のフェアリーが必死に声をはりあげ、
徒手空拳トーナメント開始の宣言を始めた。
もう余計なことするなよという周り(主にデルエラ)の無言のプレッシャーを
無神経という名の亀甲ガードでそらしながら、俺はプリメーラの戦いぶりを
鼻歌交じりで見物することにした。
人間椅子やってるこの状況ではそれしかできないし。
観客席のほうから『わたしも椅子になりたい』とか悲鳴のような叫びが
いっぱい聞こえた気もするが組体操でもやってろ。
「わっふうっ!」
試合は、闘技台の上で縦横無尽にプリメーラが飛び回り
ジパングにのみ生息するというアラクネ亜種――ウシオニ――を翻弄していた。
「ええいっ、うっとおしいっ!!」
怒りに任せて蜘蛛糸を放とうとしたウシオニが
「それはレッドカードですよー」
フェアリーに待ったをかけられ慌てて動きを止めたが、狩人にして獣たるプリメーラが
そんなおいしい瞬間を見逃すはずもなく。
「いただきいいいい!」
ドガッ!!
「うぐうっ……!」
腹部に重い一撃をくらい、さすがの猛魔も膝?っぽい部分をついた。
『一本!!』
文句なしの一本勝ちである。
「こっちはプリメーラの優勝で決まりね」
俺の胴体を背もたれにしたマリナが、強い確信を秘めた口調で言った。
「………………」
「なにか、懸念材料に心当たりでもありますの?」
同意も皮肉も客観的な意見も俺から出てこないことに違和感を感じたのか
フランツィスカ様が胡乱な目でこっちを見てきた。
「ないといえばないし、あるといえばあるというか」
心当たりがあると言ったらその出場者との関係を邪推されかねないし
正直に言えば無駄に警戒させてしまうので、これ以上追求される前に
俺は触手女王の口に指を突っ込んで黙らせてみた。
「むぐむうぅ?んっ、むんむうううう…みゅむうっ。
んぷ、ちゅぷぷっ、んむっんんんん〜〜〜〜〜〜〜っ。
お、おいしっ、貴方の指、おいひいいいぃ……」
最初は意表を突かれ、とまどってたが、すぐに赤子のように吸ってくれた。
これでよし。頼んだぞ俺の左手の中指と人差し指。

以降は特に荒れることもなくトーナメントは準決勝まで進み、
格下とばかりぶつかっていて欲求不満気味だったプリメーラだったが
ついに優勝候補の一角『真紅の焔』と激突することになった。
元々は二本の短刀を用いた戦いを得意とする勇者だったという彼女は
ワーウルフとなった今でも、刃の代わりに爪でそのスキルを遺憾なく発揮していた。
「ちょっとおにいちゃん、まずくない?」
頭の回転が速いミミルが可愛らしい顔を険しくした。それでもなお可愛いが。
「あー、負けるかな、これは」
闘技台ではプリメーラが劣勢に立たされていた。
「ほらほら…すばしっこさが貴女の持ち味だったんじゃないの?」
「ぐっ、きゃふうう!?
いたたっ……………こ、このおおおぉ…!」
右肩を蹴られ、ぐらつきながらプリメーラが怒りにうめいた。

人狼となったとはいえ、プリメーラの半分は接近戦に向かない種族で有名な
あのエルフ分でできている。
これまでは元勇者というアドバンテージや魔物相手の豊富な戦闘経験によって
ハーフエルフというハンデを気にせず勝ってきたが、この相手は
その長所全てで彼女を超えていた。
プリメーラでは対応できないような一瞬の合間を『真紅の焔』は
クリーンヒットとまではいかないまでも、それなりの威力で突いては、プリメーラに
少しずつダメージを蓄積させて勝負を有利な方向へと導いていく。
この手の戦士や魔物が用いる、つかず離れずの中距離戦。それをやるには
まだプリメーラでは経験が浅いのだ。
「応援するか」
しても士気向上しかできんがやらないよりはマシだろう。
「私のときはしなかったのにプリメーラには自主的にするんだ。
へえーーーーー。ふーーーん。そうなんだーーーー」
グサッときた。
「すねるなよ。今晩たっぷり俺を食わせてやるから」
俺が心の傷をすぐ癒してから囁くと、マリナの尻尾が凄まじい勢いで跳ね上がった。
「え、たっぷり?そんなにいいの?
けどみんなに悪いっていうか、いいのかな、私がそんなにあなたを食べても
いやいいよねだって食べてもいいって言うんだからえへへ顔がにやけてきちゃう
楽しみで楽しみでむふふ今晩楽しみすぎるなーー」
自分の世界に浸って夜伽妄想コースに入ったマリナを見て、俺は
「可愛い奴め」というほっこりとした思いと「うっわ裏切りてぇ」という黒い衝動が
同時に湧き上がり、内心で一戦交えるまでもなく裏切りたくてたまらんが
ここは愛情に一歩譲るのが夫の甲斐性ではあるがしかし裏切りは魅力…
「旦那様、旦那様ってば、応援せえへんのですか?」
ふさふさの尻尾で頭をペシペシ連打されて俺は正気に返った。
「ああそうだ、応援するんだった。おーい!
負けるなプリメーラぁー!優勝したらなんでも言うこときいてやるぞーーー!」
その言葉を聞いたせいなのか、プリメーラの瞳が
対戦相手がひるむほどの禍々しい輝きを宿した。
「な、なんでも、なんでもぉ!?わっふうううぅぉぉおおおおおおおん!?
がぅるるっ、がるるるうううううううううぅ!!」
「わひゃあっ!?な、なにこの子、ちょっ!?」
俺の応援が脳のどこを刺激したのかしらないが、プリメーラは
これまでとは打って変わって、密着するほどのインファイト戦法を取り出した。
実力差のある相手に持久戦は命取りであり、いちかばちかの短期決戦に挑むのが
正解なのだが、よくあの猛獣みたいな状態でそれに気づいたもんだ。
人狼の本能が窮地をくぐり抜けるため都合よく覚醒したのだろうか。
『真紅の焔』はというと、こちらは急激なプリメーラの変化にとまどい
一発勝負の接近バトルに焦っている。これはイケルか?

駄目でした。

…短期決戦をやるには時間が経過しすぎていた。
だから拳筋をある程度読まれてしまい、対応できる余裕を
『真紅の焔』に与えてしまった。せめてもう少し早くやっていれば…
「負けちゃったぁ………」
文字通りの負け犬がこちらへ歩いてきた。
「そう落ち込むな。お前はよく頑張ったよ」
俺はへたり込むプリメーラの頭をナデナデしてやった。
たまにアメを与えるのが調教のコツである。
「な、なによ、慰めなんていらないんだからね!」
そういうツン台詞はリズミカルに左右に振ってる尻尾を隠してから言え。

『――見事、徒手空拳トーナメントを征した『真紅の焔』選手に
みなさま盛大な拍手をお願いします!!』
闘技台の中央で、大きな手袋に包まれた両腕を振って自分への拍手に
応える真っ赤な毛並みの狼女を見ながら、俺は今後の事について真剣に考えていた。
『サード』というあのワーウルフは、準決勝で『鉄拳』とぶつかり、
やはり不可解な負け方をした。勝負の流れが彼女に向いたのではないかと
観客の誰もが思った時、なぜか『サード』は接近戦へと戦法を移行し
そのまま防戦一方になって負けたのだった。
…………体力温存で間違いないだろう。
優勝の目がなくなったから団体戦のために無駄な消耗を控えた。そう考えるのが妥当だ。
それはわかるが…そこまで優勝する意味のある大会か?
賞金は確かにそれなりの額が出る。が、何かしらの組織や商会を
運営してるならともかく、魔物に大金など必要ではないだろう。
まして賞金は運営費のたしにできるほどの莫大な額などではない。
冒険者や普通の暮らしを営む者達には、まあ、魅力的な額ではあるが。
しかし、だ。デルエラいわく、彼女らは敵意や憎悪をもって
この大会に臨んでいるというのだ。金目当てなどではなかろう。
さらに『サード』からは、武器トーナメントに出場していた
『ネクスト』というサキュバスと同じ、模倣じみた魔力が感じられた。
となると……

俺はいまだに妄想の彼方にいるマリナをかかえて
席の横に置くと、消去法による結論をデルエラに耳打ちするため立ち上がった。
「…表彰式で優勝者には賞金が送られるんだろ」
「ええ、あの闘技台の上でね。それと、私が直々にトロフィーを手渡すわよ」
「周りに護衛もろくにいない、そんな状況で、素性もわからない
怪しげな数人の腕利きに、両手が塞がったまま近づくわけだ」
「………」
俺の言いたいことがわかったらしく、デルエラは黙り込んだ。
「その程度の利で、この私を倒せるとでも思ってるのかしらね」
「『名誉の五人』なんて名乗ってるんだ。最初から命は捨てる
腹積もりなんだろうさ。あんたを仕留めれば、いや、一矢報いれば
後は死んでもいい、そう考えてるのかもしれんぞ」
「汚らわしいだのおぞましいだの、あれほど忌避してる魔物に化けてまで
私に刃を向けたいだなんて、いよいよ手段を選ばなくなってきたのかしらね」
ふぅ、と、デルエラは息をついた。
「呆れるよりも厄介だと思うべきだな。
手段を選ばない者が一番面倒で、やりづらい」
「不毛ねえ……なぜ、人間はそこまでして茨の道を歩むのかしら。
快楽に溺れるほうがよっぽど気持ちよくて、愉しいのに……」
「残したいからさ」
「?」
「短い人生の中で何かを成し遂げ、後世に己の存在した痕跡を残したい。
それは、子供であったり、名前であったり、知識であったり、
偉業であったり、物であったり…
魔物と違って、欲望に流されてるヒマなんて人間にはないんだよ」
「貴方はどうだったの?」
過去形で言わないでくれんかな。
「俺は今を重視するタイプなんでね。だから魔物に近いといえば近いスタンスだ。
俺がいなくなった後の世界になど毛ほども興味がない。残すものもない。
生きていたいんで酒飲んだりしながら生きているという感じかな」
「それじゃただの世捨て人じゃないの」
うるさい。
「まあ、今はマリナ達がいるからそこまで無味な人生ではないが」
「あのねえ、あんないい子達が、九人がかりで愛してくれてるのに
無味なんて言ってたらバチが当たるわよ」
そんな連中を魔物娘にしたあんたにまず当たるべきじゃね?主神なにしてんの?
「ねえ」
「なんでしょう」
「貴方、私の代わりに表彰式に出なさいな」
「………………………死ねと?」
「謙遜もそれくらいにすることね。今の貴方がそんな弱いわけないでしょう。
私が推測するに………」

…曖昧な推測に基づいたどんぶり勘定な悪巧みだが、面白そうなので
デルエラに乗るとしよう。乗るといっても性的な意味ではないのであしからず。
12/01/20 00:50更新 / だれか
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■作者メッセージ
無味どころか、もげろコールが怒涛の勢いでくる立場ですよね。

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