読切小説
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Catch me if you can そして――
 剣を突き付けられてなぜ笑っていられるのか。少しでも不審に思っていたらこんなことにはならなかっただろう。
「ここに人間の国の兵士たちがやった来たはずだ。お前がここの兵士だというなら何か知ってるだろう」
 目の前にいる小柄な少女はここ不思議の国の兵士――トランパートだと言っていた。姿は人間と見分けがつかないが、魔物の世界に住んでいるということは彼女も魔物なのだろう。制服と思われる上着には、トランプのダイヤの刺繍が九つある。兵士らしく細身の槍も持っていたのだが、今は傍の地面に突き刺さっている。僕が剣を抜いているというのに、彼女は戦うどころか身を守る意思すら見せていない。
「人間は時々迷い込んで来るけど、兵士だったかどうかなんて知らない。誰もそんなこと興味ないし」
「兵士『だった』?」
「どうせ一週間も経たないうちに誰かと結婚してこの国の住人になっちゃうし、そうなったら働く必要も無くなるから」
 魔物に捕まった男がどうなるかは知っている。しかし国王への忠誠を誓った兵士があっさりと魔物の国の住人になるだろうか。強力な魔術などで精神を虜にされたとしたら、僕一人では手に負えない事件かもしれない。
「とりあえずここ半月の間に迷い込んできた人間のところへ案内してもらおうか」
「えーめんどくさい」
「動くな!」
 トランパートが立ち去ろうとしたのを見て僕は叫んだ。
「逃げようとしたら背中を見せた瞬間斬る」
「それじゃ道案内もできないよ」
「横に並べばいい。恋人同士になったふりをすれば他の魔物にも怪しまれないだろう」
「それを抜いたままで?」
「ナイフもある」
 腰に差したナイフを見せると、トランパートはむくれた。
「女の子に物騒なもの突き付けて脅すの?」
「人間の女性にそんなことはしない。でも、お前は魔物だ」
「君みたいなかわいい子には武器なんて似合わないよ」
 かわいいだと?
 魔物の口から出た言葉は僕の怒りに火をつけた。散々聞きなれた言葉ではある。
 幼いころ両親について行ったパーティーでは貴族の少女たちにかわいいと言われて無邪気に喜んでいた。しかし、声変わりしてからも言われ続けるのはむしろ侮辱に等しい。貧しい騎士の家柄では文句を言うわけにもいかず、社交場に顔を出すくらいなら剣の修行に励むようになった。武勲の一つでも上げれば一人前の男として見てもらえると思ったからだ。
「今のは侮辱と受け取った。槍を取れ。殺しはしないが少し痛い目を見てもらう」
「それは困るなあ。暴力沙汰を起こすと女王陛下に怒れレちゃうよ」
 背中を見せたら斬ると警告したからか、トランパートは後ずさりを始めた。一々癇に障るやつだ。
「逃げるなと言っただろう」
 剣を突き付けたまま一歩二歩と踏み込む。頭に血が上っていたせいで、トランパートの口元が動いてるのに気づかなかった。
「三、二、一」
「おい、何を数えて――うわわっ」
 踏み出した足の靴を擦る感覚があり、何かがズボンの裾から中へ侵入した。すねから膝へとざわざわした物が這い上がって来る。ベルトを押しのけて顔を出したのは、親指ほどの太さのある蔓だった。そのまま蔓の先は伸び続けて僕の顔の前を通り過ぎ、頭上高くにある木の枝まで届いてしっかりと巻き付いた。さらには枝分かれした蔓が腰に絡みつこうとしてくる。
「大成功。動けなくなったらゆっくり尋問してあげるからね」
 にやにやと笑いながらトランパートは指をわきわきと動かして見せた。ろくでもないことをするに違いない。
「おっと刃物は没収しておかないとね」
 上から降りてきた蔓が剣とナイフを僕から巻き上げた。ズボンの片側を貫く蔓を切る手段が一瞬で失われてしまった。このまま拘束されたら一巻の終わりだ。
「背に腹は代えられない」
 僕はズボンとパンツを一気に引き下ろして足を抜いた。間一髪、大きくなった葉に引っかかったズボンとパンツが伸びる蔓と共に上昇していった。脱出が遅れていたら宙づりになっていただろう。
「よくもやってくれたな」
 トランパートの方を向くと誰もいない。視線を落とすと彼女は文字通り笑い転げていた。
「あはははは、丸出し、下丸出しで怒ってる」
「当たり前だ」
「ごめんごめん。不公平なのは良くないよね。君はさっき私に槍を取れって言った。つまり丸腰の私に剣を振るうつもりは無かった。というわけで――」
 スカートの脇を少しまくり上げると、トランパートは下着を脱ぎ始めた。呆気に取られていると、彼女は脱いだばかりのパンツをこちらに放り投げた。思わず受け取ってしまう。
 手の中に飛び込んできたそれは、淡いピンク色をしていた。サイドがひも状になっており、前には小さな装飾のリボンが付いている。
「どう? 結構かわいいと思うんだけど」
 トランパートの声で我に返った。完全に見とれてしまっていた。
「ど、どういうつもりだ」
 見ると彼女の頭上から蔓が下りてきた。その先端にはさっき僕が脱ぎ捨てた衣類がある。彼女は蔓から僕のズボンとパンツを受け取ると丁寧に折り畳んで胸元に抱えた。
「そのパンツを持って私を捕まえることが出来たらこれを返してあげる」
「えっ」
「お互いにパンツ無しで対等だよ。じゃあね」
「は?」
 理解が追い付く前にトランパートは駆け出した。僕のズボンとパンツが遠ざかっていく。直感的にまずいと気づき、あわてて彼女を追いかけた。
 ここは魔物たちの世界。下半身が丸出しのままでいるのはどう考えても危険極まりない。無事に元の世界に戻れたとしても下半身丸出しなのはまずい。魔物に奪われたことを隠せばただの変質者、奪われたことを正直に話せば騎士失格だ。剣を奪われたことも重大な過失だが、魔物との死闘を繰り広げるうちに失くしたと言えばまだ説明はつく。でもズボンとパンツは言い逃れできない。
 土地勘の無い場所での追跡となると見失ったらおしまいだ。一気に全力疾走まで速度を上げると、トランパートの背中が徐々に近づいてきた。足がぶつかる直前まで距離を詰め、小さく無防備な背中を抱きすくめようと腕を伸ばす。だが捕えたと思ったその瞬間、僕の両腕は空を切った。
「うわっ」
 バランスを崩し転んでしまった。無防備な膝頭に地面の砂粒が食い込む。飛びついていたら地面に急所を擦ってしまっていただろう。
「残念、はーずれー」
 トランパートの声が降ってきた。地面に落ちた影は彼女が少し離れた所に立ってると教えてくれた。
「今のはいったい――」
 ほこりを払って立ち上がると、トランパートが息がかかりそうなくらい近くまで歩み寄ってきた。
「大丈夫? 怪我してない?」
 そう言って彼女は僕を――僕の股間を撫でた。ひんやりとした指の感触に不本意ながら反応が起きてしまう。
「あっ、大丈夫みたいだね」
「お前っ」
 今度こそ逃れられるはずはない。そう思って抱きすくめようとしたが、またしても両腕は空を切った。トランパートはまたしてもほんの少し離れた場所に立っている。
「魔法か」
「正解。転移の魔法は一番得意なんだ」
「ちょっと待て。魔法なんて使われたら捕まえるのは不可能じゃないか」
「そこは頭を使ってほしいな。魔法が使えなくなれば体力がある君の方が有利なんだからこれはハンデだよ」
 再びトランパートが駆け出した。
「くそっ」
 服を取られている以上僕に選択の余地は無い。全力疾走の息切れから完全に回復してないまま後について走り出した。
 距離を詰めるだけではまた転移の魔法で逃げられる。その前に魔法を封じる手段を考えなければならない。前を走るトランパートを見つめながら考えを巡らせる。が、短いスカートの裾がはためいて白く丸っこい尻がちらちらと見え始めると、思考がかき乱された。先ほど刺激されたばかりの股間が再び反応してしまう。
 発情した牡馬は全力で走れないと、馬術を習い始めた頃に聞いたことがある。まさか自分がそうなるとは思ってもみなかった。固くなった急所が右に左に揺れるとどうにもバランス感覚が狂ってしまう。さらに先端が下腹にぶつかると、敏感な場所に衝撃が加わる恐怖でどうしてもスピードを抑えてしまう。
「ちょっとお尻見ないでよ」
 華奢な手がスカートの裾を押さえた。
「自分で脱いだんだろ」
 僕の抗議には答えず、トランパートは急に方向を変えて道のわきの林に飛び込んだ。
「まずい」
 地形を利用されるとこちらが不利になる。明るい場所から薄暗い林に飛び込んだことで、目が慣れずに僕は何度も木の根につまづいた。一方のトランパートは軽快に木を避けながら徐々に距離を離していった。
 焦れば焦るほど足がもつれ、息が切れる。林を抜ける頃には完全にトランパートを見失ってしまっていた。


 目の前にはたくさんの花が咲く野原が広がっている。そこに一切の人影は無い。ただ、巨大なトランプのカードを模したオブジェが立っているのみである。出る場所を間違えてしまったか、それとも――。
「何かをお探し?」
 後ろから声がした。振り返ると林のはずれの木の枝に女の子が脚を組んで腰かけていた。頭に生えてる尖った耳と木の枝から垂れて揺れる尻尾からおそらくはワーキャットの一種なのだろう。しかし体毛が紫色のワーキャットは聞いたことが無い。
「人を探してる。ここに女の子が来なかったか」
「女の子ならここにいるけど」
 猫の魔物はにやにやと笑いながら足を組み替えた。
「そうじゃなくて、この国の兵士がここへ来なかったか」
「兵士ねえ」
 言いながら紫のワーキャットは再び脚を組みかえた。短いスカートから伸びた長い脚が大きく動き、しみ一つない内腿の肌が露になる。見間違えかと思ったがやっぱりそうだ。この魔物も下着をつけていない。
「一人来たよ」
 また魔物が脚を組みかえた。どうしても視線が吸い寄せられてしまう。
「ダイヤの九の」
「うん。あのトランプの門へ入っていった。ところで」
 魔物は言いながら足を高く上げ、自分の腿を抱きかかえた。人間の女性と変わらない無防備な秘所がさらけ出される。
「まだあの子を追いかけるの? 君の体は私に興味があるように見えるけど」
 脚の間から僕を見る目が細くなる。魔物の顔は少し上気してるようだった。
「し、失礼する」
 興奮していることを今さら取り繕うことも出来ず、僕は無理やり話を打ち切った。
「あのトランプの門を通れるのはトランパートだけ。人間や他の魔物は侵入を許されないよ」
 歩き出そうとした僕に猫の魔物が言った。
「でも、トランパートの物を何か一つでも持っていれば通り抜けられる」
 なるほど、それでこいつを僕に渡したのか。手の中のパンツを握りしめると僕は魔物を振り返った。
「情報提供感謝する」
「ダイヤの子は男の子をからかって遊ぶのが好きだからね。きっと君が思ってるほど遠くへは行ってないと思うよ。意外ににすぐ近くで君が困ってる様子を楽しんでいるかも」
 僕は野原の中に立っているトランプのオブジェへと近づいて行った。ちょうど家の玄関のドアくらいのサイズで、石で作られている。白い塗料で塗りつぶされた表面に手を伸ばすと、固い感触の代わりに水のような手ごたえが返ってきた。
 手を引っ込めると、やはり水のように波紋がオブジェの表面に広がっていく。今度は思い切って肘まで突っ込んで中を探った。と、指先に柔らかな人肌の感触があった。
「そこにいたか!」
 すかさず僕はトランプの門へと飛び込んでいった。


 中に入った僕を待っていたのは、四方八方から浴びせられる女の子の悲鳴だった。屋内と思われる空間には、個人用と思われる縦長の衣装棚が壁際に並び、着替え中と思われる女の子が大勢いた。トランプのスートの刺繍が施された服があちこちにある。どうやらトランパートたちの更衣室らしい。
「びっくりした」
「人間の子?」
「なんで下脱いでるんだろ」
 悲鳴はすぐに収まり、トランパートたちは興味津々な様子で僕を取り囲んだ。
「すごいねこの子。やる気満々じゃん」
 一人が僕の下半身を指さした。さっきの紫のワーキャットに興奮させられたのがまだ治まりきっていない。それがいきなり女の子の匂いが満ちた空間に放り込まれたので再び固くなってしまったのだった。
「すまない。こんな場所に繋がってるなんて知らなかったんだ」
 頭を下げて謝りながら必死に気持ちを静めようとする。こんな状態で魔物たちの前に出たら襲われてしまう。いやそれ以前に騎士としてこんな格好で婦女子の前に出るのは言語道断。そう自分に言い聞かせるとようやく興奮が静まってきた。
「ノナが言ってた男の子ってこの子じゃない?」
「そのノナというのはダイヤの九の兵士――」
 顔を上げると、僕はいつの間にか冷めた視線に取り囲まれていた。
「あれ?」
「君ねえ、その態度はちょっと無いんじゃないの」
 僕の正面にいたトランパートが指を差した。その先にはすっかり礼儀正しく下を向いた僕の一物がある。
「女の子を前にして萎むなんてねえ」
「ひっどーい」
「失礼だよね」
 あっちこっちから非難が飛んでくる。魔物の常識は人間の非常識ということらしい。頭がくらくらした。
「この世界の礼儀作法をちゃんと覚えてもらわないとね」
 そういって目の前のトランパートがスカートをたくし上げた。最小限の面積しかない黒い下着が露になる。他のトランパートも次々に服装を崩し始めた。片方の胸を出して見せつける者、衣装棚に手をつき煽情的にお尻を突き出す者、目に入る女の子たちがそろいもそろって誘惑してくるおかげで再び股間が反応してしまった。
「うわっすごい」
「おおー」
「キングサイズじゃん」
 今度は方々から歓声が上がる。もう一刻も早くここから出たかった。
 突然ドアが荒々しく開く音がした。見ると更衣室の出口らしきところから僕の服を抱えたトランパートが顔を出している。
「ちょっとみんな何やってるの! その子は私とゲームしてるんだからね」
「あっノナだ」
 ノナと呼ばれたトランパートは、僕と目が合うとすぐに出口の向こうへ姿を消した。
「待てっ」
 トランパートたちを掻き分けて出口へたどり着くと、僕は再び走り出した。
「頑張れよキング」
「行っけーキングサイズちゃん」
 背後から浴びせられる声援を聞いて危うく足がもつれかけた。
 魔物たちにはやし立てられて嫌な記憶が蘇る。騎士見習い時代に先輩に誘われて初めて娼館へ行った時のことだ。一夜を過ごした次の朝、どういうわけか娼館中の女たちに僕のアレのサイズが知れ渡っていただった。娼婦たちにからかわれて真っ赤になって家路に着いたのは末代までの恥である。二度と娼館なんて利用するものか。


 廊下を抜け建物の出口を抜けると、再び明るい屋外に出た。僕がいたのは大きな宮殿の敷地の隅にある兵士の詰め所だったらしい。広い庭の向こうに本殿と思われる大きな建造物があった。その壁を一人の少女がよじ登っている。その肩には僕のズボンが掛かっていた。ノナだ。
 近づいて見ると、本殿の壁にはモザイクタイルが敷き詰められており、あちこちに色とりどりのきれいな石がはめ込まれている。ちょうど手に収まるくらいのこの石を足場や手掛かりにしてノナは壁を登っていた。
 壁は三階くらいの高さで終わっており、その向こうに何があるかはここからでは見えない。このまま待っていても見失うだけだと判断し、僕も壁を登り始めた。
 子供の頃によく木登りで遊んだからコツは心得ている。両手両足のうち一度に動かすのは必ず一つだけ。他はしっかりと手掛かりや足場に置いておく。幸いにも足場になる石はたくさんあった。
 ノナを見失わないよう、頭上を確認しながら登っていく。窓を避けていく都合上、必然的に彼女の真下から登ることになってしまった。見上げるとまる見えだ。
「ちょっと覗かないでよ」
 視線に気づいてノナが手で僕の視線を遮った。別に好きで覗いてるわけじゃ――いやチャンスだ。片手がふさがってるなら彼女はそこから動けないことになる。
「よし、そこを動くなよ」
 真上をちらちらと見ながら一気に距離を詰めていく。足首をつかめるかと思った瞬間、ノナの姿は忽然と消えた。
「よっと」
 僕の肩に手が掛けられ、両ひざに細い脚が絡みつく。
「なっ」
「手を離しちゃダメだよ。この高さから落ちたら怪我しちゃうからね」
 転移の魔法でノナが僕の背に飛び移ってきた。彼女が軽いおかげでまだ壁にしがみついていられるが、これでは引きはがすこともできない。完全に無防備になってしまった。
「大人しくしててね」
 そういうとノナは僕のうなじにキスをした。不意打ちで体が震えてしまったが、両手はしっかりと壁の石をつかんだままでいられた。
「どれどれ」
 ノナの右手が僕の股間に滑り込んできた。吸い付くような柔らかい手のひらに撫で上げられて――
「うわぁ勃起した!」
 まるで僕が勝手にそうなったかのように彼女が耳元で言った。
「お前が悪戯するからだろ。いい加減にしろ」
「ううん、止めないの」
 耳に固い感触が当たり、吐息がかかる。ノナが噛んできたのだ。傷がつかないようそっと優しく。その一方で彼女の手は僕の怒張をしごき上げていく。このまま達してしまったら石をつかんでいられる自信は無い。ノナは転移の魔法で逃れられるが僕は落ちてしまう。
 片足を少し上の足場へ移す。子供みたいに軽いノナなら背負ったまま登れそうだった。
「このまま登ってやる」
「やばっ」
 先ほどと変わらない速度で僕が登り始めると、ノナはすぐ転移の魔法で消えた。頭上から聞こえる足音に見上げると、スカートの裾が壁の向こうへ消えるのが見えた。


 壁を登り切った僕の目の前には、中庭と思われる区画が広がっていた。大理石の彫像が整然と並び、よく手入れされた芝生が一面に広がっている。騎士の教養として建築学の基礎を学んだことはあるが、三階の高さにこのような庭を設ける造りの宮殿は教本でも見たことが無い。
 庭の中へ足を踏み入れると、異様な光景が広がっていた。立ち並ぶ大理石像はいずれも人間の男女が一組になっている。しかし、その男女の像は艶めかしく絡み合い、愛し合う恋人たちの姿を克明に見せつけていた。
 ある男の像は高く上がった女の片脚を抱えて深々と繋がる様子を見せ、別の女の像は台座に腰かけた男の膝にまたがり、一物をくわえ込んだまま胸を吸われてのけ反る姿を見せつけている。人間の城では飾ることをはばかられるような卑猥な姿の像たちは、ここが魔物の世界であることを雄弁に物語っていた。
 ノナはどこへ行ったのだろうか。紫のワーキャットの話ではそう遠くへは行かないはずなのだが。
 不意に膝裏を押されて僕はたたらを踏んだ。振り返るとノナがにやにやと笑って立っている。
「こいつ」
 つかもうとすると、またしても彼女は消えた。直後に僕の後頭部にチョップが叩き込まれる。
「いい加減に」
 振り向きざま飛びつき、ついに彼女を捕らえた。と、思ったが僕の腕の中に居たのは快感に顔をしかめる男の像だった。落胆して身を引いた瞬間、空いた腕の中にノナが転移してきた。
 ノナは少し背伸びをすると僕の頬にキスをした。
「ふふっ、赤くなった」
 そういって僕の鼻を指で押す。完全にからかわれている。
「もう許さん」
 そう言ったものの、転移の魔法で逃げるノナを捕まえることはできなかった。空振りするたびに彼女は僕にキスをしてすぐに逃げる。恥ずかしさと怒りで僕の顔は一層赤くなったことだろう。
 魔法を使われている以上、この追いかけっこは終わらない。僕に魔法を封じる手段は無い。優位に立つ相手に一矢報いるには――剣の試合と同じだ。相手の意表を突くしかない。
 もう何度目になるか、僕の腕の中に転移してきたノナが頬に唇を寄せる。その瞬間に合わせて僕は自分の唇を彼女の唇に重ねた。
「んっ」
 ノナが小さな声を漏らした。その頬を左手で優しく撫でる。背中に回した右手は肩甲骨の間にそっと指を置き、まっすぐ下に滑り降りると服の上から固い感触を探り当てた。
「んーっ」
 今度は大きな声を漏らし、ノナの姿が消えた。
「やったな」
 少し離れた場所にノナが立っていた。乱れた息で肩が上下し、両腕は胸をかばってる。服の上からブラのホックを外してやったのだ。
「さっき壁で悪戯されたお返しだ」 
 ノナがこちらをにらみ返した。と、再び鼻の先に彼女が現れる。今度は彼女の方から僕の口火歩を塞いだ。同時に股間が撫で上げられる。
「お返しのお返し」
 唇を離したノナは、顔の紅潮を隠そうともせず不敵に微笑んだ。僕はその生意気な唇をすかさず塞ぐと、今度は舌を入れた。
 ノナの体が一瞬震え、動かなくなる。無防備になってるであろう胸をつかむと、彼女は身をよじって唇を振りほどいた。
「んぅっ」
 そのまま転移魔法では逃げずに駆け出そうとする。ようやくこのゲームの攻略方法を理解した僕は、強引にノナを抱き寄せた。うなじにキスをし、ノースリーブの制服の脇から手を入れる。
 強引に侵入してくる僕の手にノナが一瞬叫び声をあげ、身をかがめた。少女の柔らかいお尻が敏感な部分に押し付けられ、僕の股間に再び血が集まってしまう。ひるんだ隙にノナは再び魔法で脱出してしまった。
 淫猥な男女の絡みを見せつける大理石像の間に、僕とノナの足音と乱れた吐息だけが漂う。互いに悪戯を仕掛けては逃げ、逃げては仕掛けてを繰り返し、何のためにこんなことをしてるのか分からなくなってきていた。
 完全に興奮を隠さなくなった僕の股間を見てもノナはからかいの言葉を口にしない。僕もノナが転移の魔法を使わなくなったことを指摘しない。そもそもこれは争っているのだろうか。
 二人の肌が汗ばんできた頃、何度目かの悪戯を仕掛けそこなってノナがふらついた。反撃しようとした僕と彼女の脚がもつれ、絡み合うように二人とも芝生の上へ転がってしまった。
 冷たい芝生から先に身を起こしたのは僕の方だった。ノナはまだ芝生の上に横たわり、肩で息をしている。彼女を捕らえたら終わりだということを思い出し、僕は細く長い彼女の片脚を抱え込んだ。
「あっ、やぁっ」
 短いスカートがまくれ上がる。さらけ出された秘所から太股は、一面に濡れておりきらきらと光を弾いていた。ノナを見ると彼女は耳まで真っ赤になりながら視線を返した。まだ荒い僕の吐息に彼女の吐息が答えた。
 上着を脱ぎ捨てるとノナの体を引き寄せ、怒張を彼女の中へと沈みこませる。ノナの甲高い叫びが庭中に響き渡った。のどの奥からうねり、歪み、絡みつくような叫びは、苦痛ではなく快感を味わっていることを自分を貫く男へ告白していた。
 彼女の息が整うのを待って、僕は動き始めた。ブラジャーを抜き取りノースリーブの制服の胸をめくると、華奢な体の割に主張する胸の谷間に挟み込まれる。恥ずかしがって隠そうとする彼女の手を取り、指を絡めた。
 無言のまま動きを速めると、ノナの喉から声が漏れ始める。息が荒くなり、彼女の空いた手が芝を握りしめた。太股が緊張し、再びノナが艶めかしい叫びをあげると同時に僕も彼女の奥深くへ精を解き放った。


「捕まっちゃったね」
「ああ。これでゲームはおしまいだ。その――」
 相手が魔物とはいえあんな形で女子を犯してしまったのは騎士以前に男として最低な行為だった。そのことを謝罪しようとしたのだが。
「夢が叶っちゃった」
「理想のタイプの男の子に強引に迫られて押し倒されて、既成事実作っちゃうの」
「そ、そうなのか」
 やはり魔物の常識は人間の非常識――なんだろうか。
「ん? 理想って僕が」
「そうだよ。かわいくて、真面目で、勇敢で」
 かわいいはともかく真面目で勇敢と言われて悪い気はしない。
「――そして性欲が強い男の子」
 余計な一言が付いてきた。やることをヤってしまった以上反論の余地が無い。
「とにかく、約束通り僕の服は返してもらうぞ。どこにある?」
「あそこだよ」
 ノナが指さした方向には大理石像が立っていた。男女の繋がってるまさにその間に僕のズボンが掛かって大事な部分を隠していた。
「ああ良かった。無事間に合ったみたいだね」
 聞き覚えのある声がした。振り向くと大理石像の一つに紫のワーキャットが腰かけている。手にはカードのようなものを持っていた。
「そっちじゃないよ。無地の方を相手に向けるの」
 ノナがワーキャットに言うと、彼女はカードを裏返してこちらに向けた。瞬間、閃光が視界を満たす。
「どう?」
「こんな感じだけど」
 駆け寄ったノナにワーキャットがカードを手渡した。
「何をしたんだ」
「これ見て」
 ノナが僕にカードを渡して見せた。芝生に横たわる僕とノナの姿が精緻なタッチでカードに描かれていた。全裸の僕と、服が乱れ秘所から白い精が漏れているノナ。完全に恋人同士の事後の光景だった。
「目の前の景色を一瞬で絵にする魔法のカードだよ。良く出来てるでしょ」
 服を整えながらノナが言った。
「ああ。しかし何でこんなものを」
「だって大切な記念だもの。それじゃあちょっとみんなに見せてくるね」
「えっ」
 ノナは魔法のカードを僕から取り上げ、中庭の出口へと駆け出した。
「は?」
 みんなに見せるという言葉の意味を理解するのに僕はしばしの時間を要した。その結果服を着る時間を失ってしまった。
「おい、ちょっと待て」
 上着をかき集めズボンとパンツを大理石像から取り戻すと、僕は服を抱えたまま再びノナを追いかけ走り出した。
18/01/11 07:39更新 / 偽典書庫

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