第9話 真実と進路
アリスティアが話し始めたことは、3人にとって衝撃的だった。
「まず、元々アンタ等をこっちに呼んだのはアタシ等のリーダーで、リリムって呼ばれてる魔王陛下の娘さんの1人でね。異世界人の召喚はうちじゃ何度かやってるんだけど、教団の奴等はよくそこに割り込んできて、あわよくばアンタ等みたいに召喚される人間を横取りしようってしてくるんだよ。おかげで折角召喚しても、何人かは変なとこに転送されちまうモンだから、その都度捜索に向かわないとなんなくてさぁ。アンタ等のお仲間の1人なんざ、海に転送されちまって、偶々近くにいたネレイスやらスキュラやらが助けてくれてなきゃ溺死するとこだったらしいぜ。アタシ等もあの街を落とすついでに、丁度近くに飛ばされたってアンタ等の捜索も頼まれてたんだけど、まさかアンタ等に捕まるたぁ思わなかったよ…」
にわかには信じがたい話だが、彼女は魔王の娘、リリムの一人に命じられて、召喚から漏れた自分達を迎えに来たというのだ。かつて3人は司祭の1人に、「なぜ主神は自分達をこの世界へと呼び寄せたのか」と訊ねたところ、「魔王以下全ての魔物が放つ魅了の魔法を始め、魔物たちが持つ様々な魔法に対し、異世界人は強い対抗力があるため、魔物の誘惑に屈しにくいからだ」と説明されていた。聞いておきながら別段信じてはいなかったが、それでも自分達を呼び寄せたのがまさか敵とされていた魔物側だったことに、黎犂と神楽は動揺と驚愕が隠せなかった。
「まさか俺達、魔物に呼ばれてたとはな…にしても何でわざわざ…」
「どうしよ…向こうに行ったら、早速どこかの街潰してこいとか言われるのかな…」
困惑し、ついつい小声で話してしまう2人に対し、竜哉は余り動じていない。
「確かにその話が真実なら、俺達の名を知っているのも頷ける。だが俺達は今回召喚した中のごく1部で、召喚は過去に何度もやっていると言ったな。俺達と一緒に呼ばれた奴や、それ以前に呼んだ他の連中はどうしてる」
そう、アリスティアの話では、異世界からの召喚自体は以前から行われていて、今回召喚された者は先程の海に飛ばされた者も含め、黎犂、神楽、竜哉以外は皆魔物たちの元に到着しているらしい。では魔物側に到着した者たちは、その後どうしているのだろうか。差異はあれど3人は奴隷の様にこき使われているのではと想像したが、アリスティアから返ってきたのはその斜め上を行っていた。
「ああ、到着した奴等か?なぁに、あっちはあっちで、楽しくヤってるよ。まぁアンタ等のお仲間も、今頃全員人間じゃねえだろうけどな! 」
「「「!?」」」
アリスティアの発言を聞き、3人は驚愕し、神楽に至っては、せっかく消息を掴めかけた級友達はもうかつてのそれではないのかと絶望し、ショックの余り後ろへと倒れかけしまい黎犂に支えられる。
「おい、それはどういうことだ。まさかネズミよろしく、非道な実験で被検体にでも使いやがったか?」
武器こそ構えていないが、竜哉の声には怒気と敵意が込められ、非常に刺々しいものだった。尤もアリスティアは反論するどころか、「何を怒っているんだ?」と面食らった表情を浮かべていることからすると、単に説明の途中で早とちりをした竜哉が横槍を入れてしまっただけかもしれない。
「あぁ、そゆこと…。って、だ〜ぁら誰も危険な目になんて遭ってねぇからさぁ、ちゃんと話は最後まで聞けってぇの!っつーかまず3人とも落ち着け、な?確かに魔物の魔力を身体に取り込めば男はインキュバス、女は魔物になっちまうけど、そりゃあ元からこっちにいた人間でもなることだから何も問題ねぇよ。それに言っとくけど、少なくともうちじゃ魔物にするのは合意の上だからな?そりゃあ違うとこに転送された奴だと、見付けた時には既に魔物やインキュバスになってることもあるし、なりたくねえって奴は説得もするけど、まだ決心ついてない奴を無理矢理するようなこたぁねえから、そこは安心しとけ。まあ魔物になれば人間の倫理だ世間体だってモンは気にしなくていいし、それまでの抑圧からも解放されて、幸福感は増すらしいけどな」
敵意に満ちた竜哉と、ショックで泣き出してしまう神楽、その隣で睨み付ける黎犂を見て、アリスティアは漸く事態を理解したらしい。勝手な勘違いから思考がマイナス方面に暴走した3人を見て、呆れる様にため息をついてから、改めて自分達の元に集められた人間達が、世界を問わずどうなるか説明する。
「そ、そう…皆無事だけど、結局は、魔物になっちゃうんだ…」
「なるほどねぇ、元より悪者扱いしてる魔物が、人間を同属に引き込むともなりゃ、人間至上主義掲げてる教団の連中がそれを許す訳ないわな…。なぁ、割り込む様で悪いが、1つ訊かせてくれ。インキュバスって、魔物とは違うモンなのか?確か俺達の世界じゃサキュバスの男版みたいなモンで、教団の連中も魔物と大差ないって話してたんだが」
まだ立ち直りきってはいないものの、「誰も理不尽なことはされておらず、その身を魔物に変えられることも無理強いではない」と聞き、幾分落ち着きを取り戻した神楽。その隣で勘違いを恥じながらも、教団と魔物の関係を改めて整理していた黎犂が尋ねたのは、アリスティアが話す魔物とインキュバスの違いだった。
彼が言った様に元の世界では、インキュバスも魔物―この世界とは異なり、全て空想の産物だが―の1種と言われており、ベルガンテでも両者は特に区別されることなく、「神に仇なす存在」と一括されていた。だが魔物とインキュバスを一括りにされるのは不快だったのか、アリスティアはそれを説明する前に、バッサリと否定した。
「全っ然別物だな!ちょっと向こうで魔物に詳しい異世界人は、よく聞いてくることらしいんだけど、少なくともこっちじゃインキュバスってのは元々人間の男で、魔物と交わってるうちに魔物の魔力が体に馴染んだ連中のことだ。で、そのインキュバスや前身にあたる人間の男は、体内に精ってエネルギーの生産能力を持ってるんだけど、アタシ等魔物はそれが大好物で、なおかつ重要な栄養源にもなってるモンだから、常に伴侶になってくれる男を探して、見つかったら後はソイツと交わって過ごすんだよ。言っとくけど、精さえ貰えりゃ誰でもいいなんて程、アタシ等魔物はケツ軽くねぇよ?アタシ達はタツヤを相手に選んだけど、1度決めたら、生涯ソイツのことを愛し続けるからな。で、話戻すとインキュバスも魔物も人間が魔物の魔力に影響されて変化するけど、さっき言ったように精の生産能力を持つ男だったらインキュバス、持たない代わりに周囲から吸収してる女だったら魔物に変わるんだよ。ただ、魔王の代替わりで、それ以前から生きてた魔物達もアタシ等みたいな姿になってるし、今ちょっと訳ありで、魔物と人間やインキュバスの夫婦からは魔物しか生まれないから、魔物の方は全部元が人間だったとは限らないけどな。後、どっちも 理性ぶっ飛んでエロくなってるし、魔物は肌の色とか下半身とか、姿形も変わってるけど、記憶はそのままだから、魔物やインキュバスになったからって、再会しても引いてやんなよ?」
長く続いた事情の説明―幾分脇道に逸れた部分もあったが―を終え、幾分疲れた様子のアリスティア。黎犂はその様子を見て、これ程長くなるなら確かに何度も同じ説明をするのは嫌だろう、などとのん気なことを感じていた。
話を戻すと、要はどちらも魔物の魔力とやらを体内に持つ好色な存在だが、体内に精を持つインキュバスは男性に、持たない魔物は女性に該当するらしい。そして現段階でインキュバスは、人間の男性が変化することでしか誕生しないと言う。
「要するに、エロくなって姿は1部変わってるけど、それ以外皆は何ともねえ、ってことか…。結局話が本当なら、今更俺達がお邪魔したところで問題なさそうだけどよ、やっぱり万が一にもそれが嘘だって可能性はないか?」
「い、一応その可能性も考えといた方がいいよね。鵜呑みにして無警戒のまま罠にでもハメられたら、それこそ洒落にならないもん…」
辿り着いた推測は期待と疑念が半々と、意外に疑り気味な悠犂と神楽に対し、意外にもその可能性を否定したのはアリスティアではなく、竜哉だった。
「その点は安心してもいいだろう。わざわざその場凌ぎの嘘をついたところで、この状況でバレれば首を閉めるだけだし、何よりコイツは、そんな嘘を考え付くほど頭はよさそうじゃない。」
しかし、フォローの仕方が気に入らなかったようで、すぐに口を挟んできた。
「ちょっ…いくら何でもその弁護は酷ぇだろタツヤ!アタシだってまだ魔物やインキュバスになってないソイツ等とは会ったけど、自己紹介した時に何人か名前覚えてるんだぞ!」
「ほう、ならフルネームで何人か適当に挙げてみろ。覚えているのなら簡単だろう?」
知力と記憶力では問われる部分が違う気もするが、丁度よく話の真偽も証明もできそうな話題が挙がり、早速鎌をかける竜哉。直後、その結果に3人は目を見張ることとなった。
「わぁったよ!え〜っとまずリンジョウシオンだろ?アイツ妙にビビリだったから、結構印象に残ってるんだよな。それからヤバリアズハはジト〜っとした感じの話しかけにくい奴で、名前はどっちも本人じゃなくて、皆動揺気味だった中で、結構落ち着いてたモリクラカズミから代わりに聞いたっけ。それと、ラミアやマーメイド、ジャイアントアントみたいに人間とは違う下半身の魔物に興味心身だったのはカツラギハルカで、イカルガナツキはジパングに飛ばされてたけど、そこで何かあったらしくて見慣れない魔物になってたな…そうそう、うちのリーダーは、毎回召喚した奴等に元の世界から呼びだした経緯と、さっき話したインキュバスの問題とか、こっちの抱えてる事情話してるんだけど、あの中で真っ先に魔物になる、って言い出したのはフゴウアヤネだったな。っし、女子だけでもざっとこんなモンだが、まだ続けるかい?」
なんと時折詰まりながらも次々と挙げていった6人の名と特徴は、見事3人が知っているそれに一致していた。
臆病かつ引っ込み思案で、人の輪に交ざりきれずに1歩引いた位置にいた鈴条梓穏。
雰囲気が暗いと苛めを受けていたが、黎犂に助けられてからは明るい表情も見せるようになった耶播阿須端。
時と場所、話題を選ばず、何かと場を盛り上げるムードメーカーだった杜蔵和美。
活発な情報通で、仲間内では常に何かしら情報の発信源になっていた葛木春華。
神楽の友人で男女分け隔てなく接し、黎犂との仲を取り持ってからは共通の友人となった斑鳩奈津輝。
そして周囲が敬遠するようなことでも真っ先に自分がやると名乗り出て、周りを引っ張っていた蒲郷綾祢。
ここまで当てられては、もう彼女の話を信じるしかなかった。
「これで少なくとも、むこうで召喚した奴等を預かっているのは間違いないな。異論がなければ、俺達も厄介になってもいいんじゃないか?少なくとも知った顔や同じ境遇の奴もいることだし、ベルガンテの様に肩身の狭い思いはしないですみそうだ」
見知らぬ人々から勇者と崇められ、一方的に期待と使命を背負わされた生活は、相当不快だったらしい。表情に変化は少なかったが、早くもベルガンテを去る気でいる竜哉の提案に、二人は最早反論も言い逃れもできず、乗らざるを得なかった。やれやれとため息をつき頭を振る黎犂に対し、神楽は未だに不安そうだが、黎犂に肩を撫でられると、幾分落ち着きを見せる。
「オッケー、ここまで証拠揃えられちゃ、もう言い合ったとこで無駄だろうな。俺もついてかせてもらうか」
「えっと…まだ色々と不安はあるけど、ここでじっとしてても、始まんないよね。皆に会えること信じて、私も一緒に行くよ」
こうして3人はベルガンテを離れ、自分達を召喚したと言われるリリムの元へと向かおうとするが、その矢先に話を聞かれないよう、魔物から離れた場所に待機させていたベリアハルトから呼ばれた。
「大変申し訳ありませんが、私達はこれより急遽ベルガンテに戻らねばなりません。本来なら貴方様達に気付かれぬように、とのことでしたが、仮にも勇者と祭り上げた貴方様達にこのような真似はできません。というのも、やはり先程竜哉様のとった振る舞いが神官様方の怒りに触れたようで、貴方様達3人を反逆者とみなし、これより討伐隊を編成、出動させるとのことです。招集される人員もかなりの規模だそうですし、ここはお逃げになられることをお勧めいたします。私の口から言えたことではありませんが、どうかご無事で」
告げられたのはやはりと言うべきか、竜哉の粗暴な振る舞いのせいで彼等3人に反逆の濡れ衣が着せられ、謂れの無い罪人に仕立て上げられたこと。それだけ教え、去り際に無事を願ったベリアハルトは、シンディを連れて早急に立ち去った。
「よく言うぜ。盗んだ人の獲物に嘘教えて祀り上げといて、それがバレたら開き直るどころか、手の平返すように悪人扱いってか。ふざけた話だ」
「ふん、派手な見送りとは気が利くな。折角だから少々相手してやってもいいなどと思ったが、わざわざ忠告された以上、馬もいることだしお言葉に甘えさせてもらうか」
事実を折り曲げ不都合は揉み消し、相手の不手際はここぞとばかりに誇大拡張してまで自らを正当化する教団の手口に、黎犂は怒りを露わにする。状況は非常に厄介なことになったてきたが、その原因とも言える竜哉は何食わぬ顔をしていた。とは言え危機感はちゃんと持ち合わせているようで、軽口を叩きながらも出発に備え馬の様子を窺っている。
「なぁ、さっきの話じゃ教団の追手から逃げるみたいだけど、結局アンタ達はアタシ等の方に来てくれるんだろ?だったらこの先にアタシ等の本隊がいるんだけどさ、ソイツ等と合流して、さっきタツヤが言ったみたく追手の連中を返り討ちにしてやらねぇか?どの道ソイツ等とは合流しなきゃなんないし、全員アタシ等みたく男探しにきた訳だから、戻ってきたアタシ等が一足早く男を得た上に、相手の方から来てくれるって聞きゃあ、ソイツ等の士気もうなぎ昇りだろうよ」
だが先程まで黙って聞いていたアリスティアは、待機している自分の仲間と協力して、教団を倒してしまおうと言ってきたのだ。一瞬今さっき聞いた竜哉の冗談に悪乗りしたのかと思ったが、熱の入りようや、内容が具体的なことから考えてどうも本気らしい。唐突な提案に慌てて何も言い返せない神楽に代わり、当然無茶過ぎると感じた黎犂が反論する。
「お前本気で言ってるのか?相手は俺達を本気で殺す気で来るうえに、規模さえ具体的に分んねぇんだぞ。そんな奴等を相手に婚活気分の考えなしで突っ込んでく様じゃ自殺するようなモンだ」
「分かってねぇな〜レイリは。そりゃあ、アタシ等が普段住んでるとこみたく魔物と人が共存してる土地じゃあ、アンタ等みたく恋愛経由でゴールインすることもあるけど、魔物の大半が相手にしてるのは、専らそんな感じの連中なんだって。ドラゴンだエキドナだなんてクラスにもなりゃあ、超強力な装備で身を固めたベテランの勇者だって容易く捻り潰しちまうよ。っても当然命までは取らないし、夫持ちや相手が気に入らないとか何かしらで選ばれなくても、代わりに周りでお零れ狙ってる奴等がお持ち帰りしてくさ」
「…あぁそうかい、もう好きにしろ。その代わり、危なくなったら俺は遠慮なくお前ら見捨てて逃げるからな」
それでも全く相手にせず、むしろ野生の魔物がどうやって男を得ているかまで話しだしたアリスティアは、もう止まりそうにない。黎犂達にしてみれば不本意だが、仕方なく彼女の言う通り仲間と合流し、教団の追撃隊を迎撃することとなった。
「まず、元々アンタ等をこっちに呼んだのはアタシ等のリーダーで、リリムって呼ばれてる魔王陛下の娘さんの1人でね。異世界人の召喚はうちじゃ何度かやってるんだけど、教団の奴等はよくそこに割り込んできて、あわよくばアンタ等みたいに召喚される人間を横取りしようってしてくるんだよ。おかげで折角召喚しても、何人かは変なとこに転送されちまうモンだから、その都度捜索に向かわないとなんなくてさぁ。アンタ等のお仲間の1人なんざ、海に転送されちまって、偶々近くにいたネレイスやらスキュラやらが助けてくれてなきゃ溺死するとこだったらしいぜ。アタシ等もあの街を落とすついでに、丁度近くに飛ばされたってアンタ等の捜索も頼まれてたんだけど、まさかアンタ等に捕まるたぁ思わなかったよ…」
にわかには信じがたい話だが、彼女は魔王の娘、リリムの一人に命じられて、召喚から漏れた自分達を迎えに来たというのだ。かつて3人は司祭の1人に、「なぜ主神は自分達をこの世界へと呼び寄せたのか」と訊ねたところ、「魔王以下全ての魔物が放つ魅了の魔法を始め、魔物たちが持つ様々な魔法に対し、異世界人は強い対抗力があるため、魔物の誘惑に屈しにくいからだ」と説明されていた。聞いておきながら別段信じてはいなかったが、それでも自分達を呼び寄せたのがまさか敵とされていた魔物側だったことに、黎犂と神楽は動揺と驚愕が隠せなかった。
「まさか俺達、魔物に呼ばれてたとはな…にしても何でわざわざ…」
「どうしよ…向こうに行ったら、早速どこかの街潰してこいとか言われるのかな…」
困惑し、ついつい小声で話してしまう2人に対し、竜哉は余り動じていない。
「確かにその話が真実なら、俺達の名を知っているのも頷ける。だが俺達は今回召喚した中のごく1部で、召喚は過去に何度もやっていると言ったな。俺達と一緒に呼ばれた奴や、それ以前に呼んだ他の連中はどうしてる」
そう、アリスティアの話では、異世界からの召喚自体は以前から行われていて、今回召喚された者は先程の海に飛ばされた者も含め、黎犂、神楽、竜哉以外は皆魔物たちの元に到着しているらしい。では魔物側に到着した者たちは、その後どうしているのだろうか。差異はあれど3人は奴隷の様にこき使われているのではと想像したが、アリスティアから返ってきたのはその斜め上を行っていた。
「ああ、到着した奴等か?なぁに、あっちはあっちで、楽しくヤってるよ。まぁアンタ等のお仲間も、今頃全員人間じゃねえだろうけどな! 」
「「「!?」」」
アリスティアの発言を聞き、3人は驚愕し、神楽に至っては、せっかく消息を掴めかけた級友達はもうかつてのそれではないのかと絶望し、ショックの余り後ろへと倒れかけしまい黎犂に支えられる。
「おい、それはどういうことだ。まさかネズミよろしく、非道な実験で被検体にでも使いやがったか?」
武器こそ構えていないが、竜哉の声には怒気と敵意が込められ、非常に刺々しいものだった。尤もアリスティアは反論するどころか、「何を怒っているんだ?」と面食らった表情を浮かべていることからすると、単に説明の途中で早とちりをした竜哉が横槍を入れてしまっただけかもしれない。
「あぁ、そゆこと…。って、だ〜ぁら誰も危険な目になんて遭ってねぇからさぁ、ちゃんと話は最後まで聞けってぇの!っつーかまず3人とも落ち着け、な?確かに魔物の魔力を身体に取り込めば男はインキュバス、女は魔物になっちまうけど、そりゃあ元からこっちにいた人間でもなることだから何も問題ねぇよ。それに言っとくけど、少なくともうちじゃ魔物にするのは合意の上だからな?そりゃあ違うとこに転送された奴だと、見付けた時には既に魔物やインキュバスになってることもあるし、なりたくねえって奴は説得もするけど、まだ決心ついてない奴を無理矢理するようなこたぁねえから、そこは安心しとけ。まあ魔物になれば人間の倫理だ世間体だってモンは気にしなくていいし、それまでの抑圧からも解放されて、幸福感は増すらしいけどな」
敵意に満ちた竜哉と、ショックで泣き出してしまう神楽、その隣で睨み付ける黎犂を見て、アリスティアは漸く事態を理解したらしい。勝手な勘違いから思考がマイナス方面に暴走した3人を見て、呆れる様にため息をついてから、改めて自分達の元に集められた人間達が、世界を問わずどうなるか説明する。
「そ、そう…皆無事だけど、結局は、魔物になっちゃうんだ…」
「なるほどねぇ、元より悪者扱いしてる魔物が、人間を同属に引き込むともなりゃ、人間至上主義掲げてる教団の連中がそれを許す訳ないわな…。なぁ、割り込む様で悪いが、1つ訊かせてくれ。インキュバスって、魔物とは違うモンなのか?確か俺達の世界じゃサキュバスの男版みたいなモンで、教団の連中も魔物と大差ないって話してたんだが」
まだ立ち直りきってはいないものの、「誰も理不尽なことはされておらず、その身を魔物に変えられることも無理強いではない」と聞き、幾分落ち着きを取り戻した神楽。その隣で勘違いを恥じながらも、教団と魔物の関係を改めて整理していた黎犂が尋ねたのは、アリスティアが話す魔物とインキュバスの違いだった。
彼が言った様に元の世界では、インキュバスも魔物―この世界とは異なり、全て空想の産物だが―の1種と言われており、ベルガンテでも両者は特に区別されることなく、「神に仇なす存在」と一括されていた。だが魔物とインキュバスを一括りにされるのは不快だったのか、アリスティアはそれを説明する前に、バッサリと否定した。
「全っ然別物だな!ちょっと向こうで魔物に詳しい異世界人は、よく聞いてくることらしいんだけど、少なくともこっちじゃインキュバスってのは元々人間の男で、魔物と交わってるうちに魔物の魔力が体に馴染んだ連中のことだ。で、そのインキュバスや前身にあたる人間の男は、体内に精ってエネルギーの生産能力を持ってるんだけど、アタシ等魔物はそれが大好物で、なおかつ重要な栄養源にもなってるモンだから、常に伴侶になってくれる男を探して、見つかったら後はソイツと交わって過ごすんだよ。言っとくけど、精さえ貰えりゃ誰でもいいなんて程、アタシ等魔物はケツ軽くねぇよ?アタシ達はタツヤを相手に選んだけど、1度決めたら、生涯ソイツのことを愛し続けるからな。で、話戻すとインキュバスも魔物も人間が魔物の魔力に影響されて変化するけど、さっき言ったように精の生産能力を持つ男だったらインキュバス、持たない代わりに周囲から吸収してる女だったら魔物に変わるんだよ。ただ、魔王の代替わりで、それ以前から生きてた魔物達もアタシ等みたいな姿になってるし、今ちょっと訳ありで、魔物と人間やインキュバスの夫婦からは魔物しか生まれないから、魔物の方は全部元が人間だったとは限らないけどな。後、どっちも 理性ぶっ飛んでエロくなってるし、魔物は肌の色とか下半身とか、姿形も変わってるけど、記憶はそのままだから、魔物やインキュバスになったからって、再会しても引いてやんなよ?」
長く続いた事情の説明―幾分脇道に逸れた部分もあったが―を終え、幾分疲れた様子のアリスティア。黎犂はその様子を見て、これ程長くなるなら確かに何度も同じ説明をするのは嫌だろう、などとのん気なことを感じていた。
話を戻すと、要はどちらも魔物の魔力とやらを体内に持つ好色な存在だが、体内に精を持つインキュバスは男性に、持たない魔物は女性に該当するらしい。そして現段階でインキュバスは、人間の男性が変化することでしか誕生しないと言う。
「要するに、エロくなって姿は1部変わってるけど、それ以外皆は何ともねえ、ってことか…。結局話が本当なら、今更俺達がお邪魔したところで問題なさそうだけどよ、やっぱり万が一にもそれが嘘だって可能性はないか?」
「い、一応その可能性も考えといた方がいいよね。鵜呑みにして無警戒のまま罠にでもハメられたら、それこそ洒落にならないもん…」
辿り着いた推測は期待と疑念が半々と、意外に疑り気味な悠犂と神楽に対し、意外にもその可能性を否定したのはアリスティアではなく、竜哉だった。
「その点は安心してもいいだろう。わざわざその場凌ぎの嘘をついたところで、この状況でバレれば首を閉めるだけだし、何よりコイツは、そんな嘘を考え付くほど頭はよさそうじゃない。」
しかし、フォローの仕方が気に入らなかったようで、すぐに口を挟んできた。
「ちょっ…いくら何でもその弁護は酷ぇだろタツヤ!アタシだってまだ魔物やインキュバスになってないソイツ等とは会ったけど、自己紹介した時に何人か名前覚えてるんだぞ!」
「ほう、ならフルネームで何人か適当に挙げてみろ。覚えているのなら簡単だろう?」
知力と記憶力では問われる部分が違う気もするが、丁度よく話の真偽も証明もできそうな話題が挙がり、早速鎌をかける竜哉。直後、その結果に3人は目を見張ることとなった。
「わぁったよ!え〜っとまずリンジョウシオンだろ?アイツ妙にビビリだったから、結構印象に残ってるんだよな。それからヤバリアズハはジト〜っとした感じの話しかけにくい奴で、名前はどっちも本人じゃなくて、皆動揺気味だった中で、結構落ち着いてたモリクラカズミから代わりに聞いたっけ。それと、ラミアやマーメイド、ジャイアントアントみたいに人間とは違う下半身の魔物に興味心身だったのはカツラギハルカで、イカルガナツキはジパングに飛ばされてたけど、そこで何かあったらしくて見慣れない魔物になってたな…そうそう、うちのリーダーは、毎回召喚した奴等に元の世界から呼びだした経緯と、さっき話したインキュバスの問題とか、こっちの抱えてる事情話してるんだけど、あの中で真っ先に魔物になる、って言い出したのはフゴウアヤネだったな。っし、女子だけでもざっとこんなモンだが、まだ続けるかい?」
なんと時折詰まりながらも次々と挙げていった6人の名と特徴は、見事3人が知っているそれに一致していた。
臆病かつ引っ込み思案で、人の輪に交ざりきれずに1歩引いた位置にいた鈴条梓穏。
雰囲気が暗いと苛めを受けていたが、黎犂に助けられてからは明るい表情も見せるようになった耶播阿須端。
時と場所、話題を選ばず、何かと場を盛り上げるムードメーカーだった杜蔵和美。
活発な情報通で、仲間内では常に何かしら情報の発信源になっていた葛木春華。
神楽の友人で男女分け隔てなく接し、黎犂との仲を取り持ってからは共通の友人となった斑鳩奈津輝。
そして周囲が敬遠するようなことでも真っ先に自分がやると名乗り出て、周りを引っ張っていた蒲郷綾祢。
ここまで当てられては、もう彼女の話を信じるしかなかった。
「これで少なくとも、むこうで召喚した奴等を預かっているのは間違いないな。異論がなければ、俺達も厄介になってもいいんじゃないか?少なくとも知った顔や同じ境遇の奴もいることだし、ベルガンテの様に肩身の狭い思いはしないですみそうだ」
見知らぬ人々から勇者と崇められ、一方的に期待と使命を背負わされた生活は、相当不快だったらしい。表情に変化は少なかったが、早くもベルガンテを去る気でいる竜哉の提案に、二人は最早反論も言い逃れもできず、乗らざるを得なかった。やれやれとため息をつき頭を振る黎犂に対し、神楽は未だに不安そうだが、黎犂に肩を撫でられると、幾分落ち着きを見せる。
「オッケー、ここまで証拠揃えられちゃ、もう言い合ったとこで無駄だろうな。俺もついてかせてもらうか」
「えっと…まだ色々と不安はあるけど、ここでじっとしてても、始まんないよね。皆に会えること信じて、私も一緒に行くよ」
こうして3人はベルガンテを離れ、自分達を召喚したと言われるリリムの元へと向かおうとするが、その矢先に話を聞かれないよう、魔物から離れた場所に待機させていたベリアハルトから呼ばれた。
「大変申し訳ありませんが、私達はこれより急遽ベルガンテに戻らねばなりません。本来なら貴方様達に気付かれぬように、とのことでしたが、仮にも勇者と祭り上げた貴方様達にこのような真似はできません。というのも、やはり先程竜哉様のとった振る舞いが神官様方の怒りに触れたようで、貴方様達3人を反逆者とみなし、これより討伐隊を編成、出動させるとのことです。招集される人員もかなりの規模だそうですし、ここはお逃げになられることをお勧めいたします。私の口から言えたことではありませんが、どうかご無事で」
告げられたのはやはりと言うべきか、竜哉の粗暴な振る舞いのせいで彼等3人に反逆の濡れ衣が着せられ、謂れの無い罪人に仕立て上げられたこと。それだけ教え、去り際に無事を願ったベリアハルトは、シンディを連れて早急に立ち去った。
「よく言うぜ。盗んだ人の獲物に嘘教えて祀り上げといて、それがバレたら開き直るどころか、手の平返すように悪人扱いってか。ふざけた話だ」
「ふん、派手な見送りとは気が利くな。折角だから少々相手してやってもいいなどと思ったが、わざわざ忠告された以上、馬もいることだしお言葉に甘えさせてもらうか」
事実を折り曲げ不都合は揉み消し、相手の不手際はここぞとばかりに誇大拡張してまで自らを正当化する教団の手口に、黎犂は怒りを露わにする。状況は非常に厄介なことになったてきたが、その原因とも言える竜哉は何食わぬ顔をしていた。とは言え危機感はちゃんと持ち合わせているようで、軽口を叩きながらも出発に備え馬の様子を窺っている。
「なぁ、さっきの話じゃ教団の追手から逃げるみたいだけど、結局アンタ達はアタシ等の方に来てくれるんだろ?だったらこの先にアタシ等の本隊がいるんだけどさ、ソイツ等と合流して、さっきタツヤが言ったみたく追手の連中を返り討ちにしてやらねぇか?どの道ソイツ等とは合流しなきゃなんないし、全員アタシ等みたく男探しにきた訳だから、戻ってきたアタシ等が一足早く男を得た上に、相手の方から来てくれるって聞きゃあ、ソイツ等の士気もうなぎ昇りだろうよ」
だが先程まで黙って聞いていたアリスティアは、待機している自分の仲間と協力して、教団を倒してしまおうと言ってきたのだ。一瞬今さっき聞いた竜哉の冗談に悪乗りしたのかと思ったが、熱の入りようや、内容が具体的なことから考えてどうも本気らしい。唐突な提案に慌てて何も言い返せない神楽に代わり、当然無茶過ぎると感じた黎犂が反論する。
「お前本気で言ってるのか?相手は俺達を本気で殺す気で来るうえに、規模さえ具体的に分んねぇんだぞ。そんな奴等を相手に婚活気分の考えなしで突っ込んでく様じゃ自殺するようなモンだ」
「分かってねぇな〜レイリは。そりゃあ、アタシ等が普段住んでるとこみたく魔物と人が共存してる土地じゃあ、アンタ等みたく恋愛経由でゴールインすることもあるけど、魔物の大半が相手にしてるのは、専らそんな感じの連中なんだって。ドラゴンだエキドナだなんてクラスにもなりゃあ、超強力な装備で身を固めたベテランの勇者だって容易く捻り潰しちまうよ。っても当然命までは取らないし、夫持ちや相手が気に入らないとか何かしらで選ばれなくても、代わりに周りでお零れ狙ってる奴等がお持ち帰りしてくさ」
「…あぁそうかい、もう好きにしろ。その代わり、危なくなったら俺は遠慮なくお前ら見捨てて逃げるからな」
それでも全く相手にせず、むしろ野生の魔物がどうやって男を得ているかまで話しだしたアリスティアは、もう止まりそうにない。黎犂達にしてみれば不本意だが、仕方なく彼女の言う通り仲間と合流し、教団の追撃隊を迎撃することとなった。
12/08/08 16:41更新 / ゲオザーグ
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