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第7話 好戦的な男と好色的な魔物
暫くただもがき絡まりあうだけだった魔物達だったが、タイミングを見計らったかのように輝幸等
が撤退してから1人また1人と抜けていき、何とか全員立てるようになった。
その間竜哉が攻撃どころか移動もせず、その場で待ち続けたのは、いくら自衛のためと言え
抵抗できない女性に攻撃するなど、父親から叩き込まれた心構えが許さなかったのだろう。

「ぷあぁーっ!やっと抜けたぁ〜。ってあれ、誰もいない?」

まっ先にこちらへと猛進してきたハーピーが、のん気にそんなことを言いながら辺りを見渡していると、後ろからワーキャットにモコモコの毛で覆われた拳で殴られた。

「こぉんのオバカ!アンタがグズグズしてるせいで折角見つけた男達に逃げられちゃったじゃないの!」

当然とも言うべきか一発では気が治まらない様で、ワーキャットは仲間からの視線も無視して
ハーピーに罵声を浴びせながら殴り続けようとするが、それをリーダー格らしきオーガが止める。

「まぁまぁ、そんくらいにしといてやれ。それよりほら、1人だけだけどまだ残ってくれてるぜ?
わざわざアタシ等を律儀に待ってるようだから、さっさと仕留めて皆でお楽しみと行こうじゃないのよ」

「そりゃあいいぜぇ!!そんじゃあ軽く遊んでやるか!」

それを聞いた仲間のミノタウロスが雄叫びをあげ両手首についた鎖をジャラリと鳴らし、得物の大斧を構えると、ほかの魔物達も各々武器や体勢を構え順々に襲い掛かってくる。
だが竜哉は一切慌てる様子も無く、ミノタウロスの斧をツヴァイハンダーで受け止めると、刃の上を滑らせ地面に食い込ませ、動きを止めたミノタウロスの頭に鎧で覆われた拳を叩き付ける。

「んぎっ!ってえぇ〜。案外やるじゃんアンタ。こりゃ前哨試合も楽しくなりそうだな」

「嘘っ!力と頑丈さが自慢のジャネットが反撃され…ヒャボッ!?」

殴られたミノタウロスは一瞬ふらつくが、あまりダメージは受けてない様で斧を持ち上げ再度
突進してくる。だが仲間にしてみれば彼女が反撃を受けたのは意外だったようで、突進してきたハーピーは驚いていたところを頭から地面に墜落した。
流れるように急接近した竜哉に踵落としを受けたのだ。

「いい腕をしてるじゃないか、だがコイツは耐えられるかな!?」

「そーりゃこの1撃はさすがにアニャ〜〜〜〜…

今度はオーガが横から、上に布を巻きつけた一見簡素なガントレットを装備した拳を振り下ろしてきたが、竜哉はこれも受け止めすぐ跳ね返す。直後に突進してきたワーキャットに対しては、ツヴァイハンダーをバットの如くスイングし、遠くに打ち飛ばしてしまった。

「鍔迫り合いを避けたのは賢い選択だったが、その上反撃までしてみせるとは、それだけでも
賞賛に値するな。だがそれを理由に手加減はしないぞっ!」

直後に木の上から飛び掛ってきたのは、リザードマン。落下の勢いを加え竜哉へ向けて
バスターソードを振り下ろすと、着地地点からは土煙が上がる。

「おいビビエラ!あんま勢い付けんな!煙くて何も見えねぇだろ!」

「全くその通りね。もうちょっと周囲のことも考えて行動してほしいわ」

ミノタウロスのジャネットとワーウルフからリザードマンのビビエラに不満があがる中、竜哉は
土煙の中で脱出よりも待機を選んだ。視界が悪い中下手に動けば障害物や敵に鉢合わせする
可能性も高く、得策ではないと考えた。土煙の中で襲撃に備えていると、襲ってきたのは長い柄のハンマーを持ったオーク。

「ここからこぉ〜っそりと…うわぁっ!?

当人としては後ろから不意打ちのつもりだったのだろうが、気配を察知した竜哉からは反射的に発した横薙ぎを返されてしまう。運よく驚いてこけた際に回避できたものの、
反撃を受けてしまったことに変わりは無い。そのまま這うように逃げ出したオークの手を
ワーウルフが握り、グイっと持ち上げ立たせてやる。

「あの土煙で数の不利を覆そうと狙ってるのかどうかは分からないけど、少なくともこちらに
同士討ちの危険がある以上、大きく動くのは危険ね」

「要はこの土煙が邪魔なんでしょ?一気に吹き飛ばしちゃうから皆伏せてて!」

今までいいとこなしだったハーピーが大きく腕を振り上げ、勢いよく下ろし土煙を扇ぐと、強力な突風が発生し、宣言通り土煙を容易く消し飛ばしてしまった。
ちょうど正面から風を浴びてしまった竜哉は風の強さと飛んでくる土砂に一瞬怯み、すかさず
ツヴァイハンダーを盾にして腕で顔を覆うが、思ったよりも風の威力が強く、あろうことか
ツヴァイハンダーとともに吹き飛ばされ樹に叩き付けられる。

ぐはぁ・・・っ!

小さくうめき声を上げるもツヴァイハンダーを使いてこの原理で体を持ち上げ、背後の樹に寄りかかり、改めて対峙する魔物たちに目を向ける。

相手は8人。うち先程打ち飛ばしたワーキャットと、その回収に向かった魔物を除き、今この場にいるのは6人。
まず布切れを縄で留めた程度と言える程露出が激しく、両手にガントレットを装着したオーガ。
刃渡り2メートルはありそうな両刃のバスターソードを持つ、ビビエラと呼ばれたリザードマン。
長い柄のハンマーを両手で持つ、ほとんど紐とベルトだけともいえる過激な衣装をしたオーク。
刃の幅だけで1.5メートルはありそうな大斧を片手で背負い、赤茶色の体毛と朱色の髪が目を惹くジャネットと呼ばれたミノタウロス。
チャンスを窺い手を出してはこなかったが、小型ナイフを片手に群青の毛をなびかせていた
ワーウルフは、今も樹上からこちらの動向に目を光らせている。ジャネットのように手首の錠
から垂れる鎖は一見すると邪魔そうだが、素早い身のこなしに支障は無いようだ。
そして鬱蒼と樹が生い茂る森の中を器用に飛び回るハーピーは、腰まで届く焦げ茶の髪
と、同色でその体より一回り大きな翼が目立つ。

「まさかここまで粘るたぁ思わなかったな。ま、ここまで強い男だと尚更後が楽しみになって来るってもんさね」

眼前で未だ闘志を失わない竜哉を前にして、呆れた様に呟くオーガ。だがその言葉には呆れ
よりも楽しみの方が強く含まれていたようにも感じられた。

「はぁ、面倒だなあ…はえぇとこお楽しみと行けねぇの?」

「グダグダ文句言ってる暇あったら、貴女も早くそのお楽しみにありつける様に
しっかりと協力することね
。でないと後で省くわよ」

…わぁってるよケリー

一方ジャネットは早くも飽きてきたのか、斧を地面に下ろすと軽く背伸びをする。が、そこに
ワーウルフ―名前はケリーらしい―から鋭い一言を浴びせられ、小さくなってしまった。

「おぉ〜いお待たせー。リンク拾ってきたよぉ〜」

と、そこに先程飛ばされたワーキャット―こちらの名はリンクというらしい―を背負い、探しに
行った魔物―左腕の手甲から肘にかけて鎧で覆われたグリズリーが帰ってきた。

「おう、ご苦労さんクレム。で、リンクは大丈夫か?」

それに気付いたジャネットがグリズリーのクレムに訊ねるが、リンクをゆっくり木陰に下ろした
クレムからの返答は、あまりいいものではない。

「いやぁ、これ完全に伸びちゃってるから、復帰まではまだかかりそう…って、こっちも戦況硬直状態?」

太くがっしりした爪で頭をがしがしとかくクレムは、仲間と竜哉を見ると自分がリンクを拾いに
行ったときと余り変化が無いことを感じ、苦笑いを浮かべて状況を聞く。

「うん、恥ずかしながらその通り。この人意外に強くてさぁ…今さっきフェズが突風で
ぶっ飛ばしたのが、最初にして現在唯一の有効打ってところかな」

それに対しオークが申し訳なさそうに経過を教えた。そんな緊張感を全く感じさせない敵を前に、竜哉はその場から攻撃することは勿論、動くことすらなく彼女達の観察に徹する。
よくよく見ると、彼女達が身に付けている髪飾りや腕輪などの装飾品には、大小様々な青紫の宝石がはめ込まれていて、眼球の様にも見えるそれは木漏れ日を受け、各々が妖艶な光を放つ。おそらくは所属先の証明証のような物だろうか。
ついでに言えばこちらは単なる共通点かもしれないが、全員相当に胸が大きい
具体的に数値を挙げるなら、1番小さそうなフェズでさえ80後半はあると思え、最大格の
ジャネットに至っては確実に1メートルを超える程に感じる

「そりゃ大変だねぇ。そいじゃあこっから、一気に巻き返しと行きましょうか。…まぁ行ければいいんだけどね」

と、いつの間にか彼女達も話がまとまったようだ。クレムの一言から察するに最早策など考えておらず、全員で一斉に特攻を仕掛けるつもりらしい。
それに対しオーガは自分の指示を別段腹を立てる様子こそ無いが、くっくっ、と笑いをかみ殺していたかと思いきや、いきなり笑い出した。

あっはっは!アンタに仕切られるとはアタシもまだまだだねぇ。まぁいいか!
総員攻撃!あの兄ちゃんに一泡吹かせたれぇ!

「「「「「おう!!」」」」」

そのまま流れるように突撃号令をかけ、自ら先陣切って突き進むオーガ。それに引き続き、残りの面々も一斉に突進していく。

「面白い…ならば俺も全力で応えるか…!」

それに対し竜哉もクレイモアを引き抜き、二刀流の構えで迎え撃つべく自らも突進していく。
まずはオーガの正拳突きをダッシュからの跳躍で回避し、一気に最後尾まで回り込むと、
ツヴァイハンダーを大きく横に振り回してケリーとビビエラを殴り飛ばす。

「ギャウッ!」

「があっ!」

周囲の木にぶつかり、うめき声を上げ動かなくなる二人。続いて手近な木の枝にクレイモアを
突き刺し、それをフェズに向けて投げようと勢いをつける。が、その寸前でジャネットとオークが妨害するかのように割り込んできた。

「ちいっ!やられっぱなしで終われるかよ!ぶっ潰せベリム!」

「オッケー任せい!」

咄嗟にジャネットとベリムの振り下ろしてきた斧とハンマーを後方に飛んで
回避し、今度はクレムに向けて枝を投げるも、反射的に叩き落とされた枝は見事にへし折れてしまった。

わああぁぁあ!あぁビックリした…ちょっとエネルギー補充しとこ…

「(なんとも恐ろしい怪力だな。あんなので叩かれようものなら確実に骨が何本か逝く…)」

竜哉が再度ジャネットとベリムの相手をしながらクレムの怪力に警戒する一方、警戒される当人は腰につけた小さな壷を開け、少し粘り気のある液体をグイ、と煽る様に飲み干す。
その間もジャネットとベリム、オーガの猛攻は続き、時折フェズもタイミングを見計らっては、風を起こし土砂や枝葉、そして自らの羽も飛ばし、竜哉の行動を妨害してくる。

「うりゃうりゃあぁ〜!こんだけ色々舞ってりゃ、マトモに反撃もできなかろうて!大人しく
降参しなさいな!」

「まだ抵抗するたぁ大した体力と気力だねぇ。いい加減降参したらどうだい!?」

「そぉそぉ、こっちも飽きてきたし、もうこんなのやめようよぉ〜」

上空からフェズが降伏を求め、オーガもまた賞賛とともに投降を誘い、ベリムもウンザリしたように肩を落として停戦を訴える。だが竜哉はそれに応えるなど元から考えておらず、
当然の如くそれを突っぱねる。

「生憎と、余力があるのに無抵抗でやられる趣味はなくてね。どの道殺されて貪り
食われるなら、みすみす諦めて投げ出すよりも、精々死ぬまで暴れさせてもらうよ」

無論教団から聞いた話を鵜呑みにするつもりはない―むしろ端から信じていない竜哉だが、
彼女達がそんな勘違いをされていい気がする訳なく、挑発としてはかなり効果的だろう。

「あぁ!?誰が殺すって!?ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!

真っ先に反応したのはジャネット。彼女は感情的になりやすいのか、これまでも激しい起伏を
見せたが、今回は一際激しく激怒しているようだ。
そんな彼女から一歩遅れて、ほかの魔物たちからも反論の声が上がる。

「そうだよぉう、私達魔物は人を殺すなんて野蛮なことしないんだからぁ」

「折角いい人見つけたのに、わざわざ死なすなんてことする訳ないじゃん!そりゃあ種族に
よっちゃあ独占欲が強い奴はいるよ?でもだからって命まで奪うようなことはしないよ!」

ベリムがブゥブゥと―豚の特徴を持つオークだからだろうか―それは間違っていると訴え、飛ぶのに疲れたのか手近な樹に降りたフェズも否定する。

「こいつ等の言うとおりだ。魔物が人間を殺していたのは、今となっちゃあ過去の話さ。アタシ等今の魔物はな、人間の男無しじゃ生きられない様になっちまってるんだよ。
アタシ等魔物とアンタ等人間との境界線になってるこの森をわざわざ越えてきたのも、
アンタみたいにいい男を探す為に遠出してきたのさ」

そして腕を組んで前に出てきたオーガも、仲間と同様に殺意がないことを訴える。

「そうかい。まあ俺としてはこうして戦闘してる時点で、そういったことに興味ないんだがな。ただ決着つくまで、戦い続けるまでよ」

その訴えを聞いた竜哉の反応はかなり軽薄なもので、すぐに戦闘態勢を取り直す。

「やれやれ、アンタも頑固な奴だよ。先に仕掛けたのはこっちだけど、停戦を望まれてもこれ程戦い続けることを望むなんてね。まぁそうなった以上、こっちも全力出させてもらうよ。
ちょうど1人暴れようとしてる奴もいることだしな」

呆れる様にオーガが首を振り、残りのメンバーも再び戦闘態勢に入るが、その視線が
向けられるのは竜哉ではなくクレム。様子を確認すると何やら興奮しているようで、顔が
紅潮していて息も荒い。

「グォゴオオオオオオォォォォォオオオオ!!」

いきなり咆哮を挙げたかと思えば、今までの言動からは想像もできない程のダッシュで
接近してきた。

「(何だこの速さと力は!?これほどの破壊力を隠し持っていたとはな…おまけに
この甘ったるい匂い、薬品の類か?)」

「久しぶりに見たな、欲情モード。まあ悔しいが、1番絞りは仕留めた褒美に譲ったるか」

反応を見る限り、彼女達はこの状態を知っているらしい。咄嗟にツヴァイハンダーで防御するが、クレムは鎧で覆われた左手でその刃を掴み、力任せに後ろへ引いて奪い取ると、その勢い
のまま剣を投げ飛してしまった。このままではクレイモアまで奪われると判断した竜哉は、
後ろに退いてからその場に剣を突き刺すと、滅多に行わない組み手に持ち込んだ。
普段の戦闘では相手の力を受け流したり、撥ね退けたりと力の流れを乱して戦うため、
こうしてぶつけ合うことは極めて珍しい。

「グ…ギギィ…男…精…ヨコセ…」

かなり理性が薄れているのか時折うめき声を上げ、言葉も片言で話すクレム。今までの大人しそうだった言動からは想像もできない変貌のせいで、本来なら媚薬効果を持つアルラウネの蜜が放つ甘い香りも、竜哉には危険しか感じさせない。

「(上手くいくか分からんが、一応練習はした。ここで使わずいつ使う!)」

竜哉は訓練中、体中に魔力を巡らせ、身体能力を上げる術を習得していた。そのときの感覚を思い出し、先程よりも腕に力を込めると、徐々にだが竜哉とクレムの力関係が逆転していき、
それまで押していたクレムが逆に後ろへと押されていく。謎の匂いも気になるが、体勢的にも
当然不利なため、短期決戦を考えたらしい。

「なっ…マジかよ!?」

「うそ、クレム押されてる?欲情中は止める事ができる奴なんていなかったのに!」

今まで負け無しな状態のクレムが不利になったことで、当然周りからは驚きの声が上がる。
一方で押していた竜哉が急に力を抜くと、バランスを崩したクレムが前につんのめる。すかさず踏ん張り体を横に捻ると勢いよく回転し、クレムを投げ飛ばした。
その先にいたのは、空中にいたフェズ。

「ぐぎぇあ!!

「うぇ!?きゃああああああああああ!」

空中で衝突した2体は錐揉み回転しながら墜落し、地に伏せる。その場から動く気配はないが、恐らく気絶したのだろう。

「クレム!フェズ!」

「この野郎、いい加減にしやがれぇ!」

「ちょ、待ってってばぁ!」

オーガは落ちた二人を気遣い落ちた方へ向かうが、ジャネットはとうとう我慢できなくなったのか、斧を右手に握り突撃してきた。残されたベリムはどちらに付き添うか迷った末、ジャネットの後を追う。

「偶然とは言えいい具合に分散してくれたな。2対1なら幾分勝ち目もある…」

それを見た竜哉も笑みを浮かべ、クレイモアを手に取るとジャネット達を迎え撃つべく突き進み、ジャネットの横を擦り抜け、ベリムとも擦れ違うほど接近したところで剣を横になぎ払う。

「ぬおっ!わえぇっ!?ある程度太刀筋は見てたけど、やっぱ実際に戦うとなるときついなぁ…」

何とかなぎ払いをハンマーの柄で受け止め、跳ね返してから自分もハンマーを振るうベリム。
必死に応戦しているが、有利なのは見るからに竜哉の方で、彼女が押し負けるのも時間の
問題だろう。1対1の戦いならば

「どぅおりゃああああああああああああああ!!

無視されたジャネットが雄叫びをあげ、戻ってきた。それに気付いた竜哉は
そちらに対処すべく、ベリムが握るハンマーの柄を蹴り、距離を取る。だが反応が遅かった
ようで、振り向いた途端斧の柄で左の即頭部を殴られた。

かっ…はぁ、あ…がぁっ… (さっきのクレムといいコイツ等、魔物だけあってか、圧倒的な怪力だ…これ程までにデタラメな威力だとは…)」

再度数メートル吹っ飛ばされる竜哉だが、モロに頭を攻撃されたこともあってか、先程フェズに風圧で飛ばされたときとは違い、何度ももんどりうって地を転がり回るうち、横になったまま
しばらく身動きが取れず、呼吸もろくにできなくなるほどの衝撃を受けた。

「そぉ〜らここまでやられたらもう反撃なんざできなかろうて、えぇ?テメェは余計な抵抗しないで大人しくチンポ出して腰振ってりゃいいんだよ!」

「これでまだ刃向かえるならやってみろ」と言わんばかりに挑発しながら近づいてくるジャネット。そして竜哉の横に立つと蹄に覆われた足で軽く蹴って仰向けに直し、腰を覆う鎧に手を
かけ、力任せに脱がそうとする。

「生憎と…まだ余力は残っているぞ…」

だが体中に巡らせた魔力の影響か竜哉はしぶとくも意識を保っていて、息も整ってきたところで出せる限りの力を足に込め、ジャネットの腹を蹴り飛ばす。

「があっ…!?マジかよ、あの一撃受けてまだ抵抗できるなんて…」

飛ばされた距離こそたいしたことはないが、当たり所が悪かったのかジャネットもベリムを呼びながら苦しそうに呻く。

「おい、ベリム…!今度は同時に攻撃するぞ!それで一泡拭かせてやる…」

「う…うん、わかった!」

まだ足元はよろよろと覚束ないが、右手首の錠に鎖でつながれた斧を手に取ると、それを支えに立ち上がり、ベリムと並んで竜哉と対峙する。

「落ち着けジャネット!そんな状態でこれ以上戦うなんて無茶だ!二人ともいい加減にしろ!」

そこに墜落したクレムとフェズの安否を確認したオーガが駆け寄り、2人に撤収を命じる。だが
ジャネットは完全に激情しており、ベリムも内心は退きたいとは思っているのだが、場の空気に
押され退くに退けないところまで追い込まれてしまっていた。

「悪いな姐さん、ここまで舐められたらこっちも徹底的に応えてやらなきゃ、アタシも気がすまなくてね。早い話、この辺りでお開き願おうってつもりさ!」

今度はその場でブンブンと回転させ、勢いに乗せてから斧を投げつけるジャネット。竜哉はそれをクレイモアで流し、懐に潜り込もうとするが、横からハンマーを振り下ろしてきたベリムに妨害される。

「(さすがに今までの様に不意打ちでまとめてとはいかないか…。できることなら早いとこ決めたいが、それにはまずどちらか一方と決着をつけねばならなそうだ…)」

バックして回避した竜哉が狙いを着けたのは、ちょうど良く一騎打ちに持ち込める状態にある
ベリム。追いかけて再びハンマーを振るう彼女から再度距離をとり、どんどんジャネットから引き離していくと、先程のダメージが響いてきたのか途中でジャネットがバテてきた。

「ちぃっ、ちょこまかと動き回りやがって…」

足がふらつき、ぜえぜえと息も上がり始めたジャネットだが、それでも必死になって竜哉を追いかける辺り、やはり彼女は相当な負けず嫌いなのだろう。一方同じく一生懸命竜哉を追いかけ、縦横無尽にハンマーを振り回すベリム、そして竜哉自身もまた、疲労がたまってきた。

「うぅ〜〜、さっきジャネットに一撃もらったとは到底思えないなぁ…ってあれ?ジャネットは?」

と、チャンスは唐突にやってきた。竜哉を夢中になって追い掛け回す余りジャネットのことを忘れていたベリムだったが、ふとジャネットのことを思い出しキョロキョロと辺りを見渡しはじめた。
味方を気にかけるのは当然のことだろうが、この場合如何せんタイミングが悪すぎた。

「眼前で堂々と余所見をされるとは拍子抜けだが、生憎それを見逃すつもりはないぞ!」

その一瞬を勝機と感じた竜哉はせめてもの情けにと一声かけてから、手加減無しの回し蹴りをベリムの腹に叩き込む。重厚な鎧を纏った足で、目立った防具もない腹部への一撃は、常人なら間違いなく内臓に甚大なダメージを受け、その場で意識を失うだけならまだマシな方だろう。

「がふっ!?」

蹴られた勢いのまま木に激突し、地面へと倒れ込むベリムを後に、竜哉は残ったジャネットの元へと進む。だがそこにはすでにオーガが駆けつけていて、ボロボロのジャネットを労わっていた。

すまねぇ姐さん、完全にしくじっちまった…

「気にするなって。今日は運がなかっただけなんだから、今はゆっくり休んどきな」

そして彼女が目を瞑り、寝息を立て始めたことを確認し、小さくため息をつく。

「へっ…まさかアンタ、そんな大剣振り回しといて、一人も殺さず戦闘不能にしてみせるとは
ねえ。どんだけ修練積んできたんだよ?」

呆れたように話しかけるが、その顔に怒りや敵意はなく、さも楽しそうに改めて竜哉と対峙する。対する竜哉もクレイモアを腰の鞘に収め、自らの経験から浮かんだ答えを返す。

「なに、物心ついたころから一心不乱に剣を振っていただけだ。生まれ持った才こそ助力した
ろうが、ほかには一切思い浮かばん」

「やっぱりアンタ気に入ったよ。アタシはアリスティア、種族はオーガだ。アンタの名も聞かせてくれ」

「有宮竜哉。別の世界から連れてこられた、剣士のなり損ないよ」

そしてアリスティアと名乗ったオーガに対し、最低限の礼儀として、また特に断る理由もない
ため、名前と自らがこの世界の人間でないことを明かす。
だがそれに返ってきたのは、意外な反応だった。

「タツヤ…?別の世界…?…なるほど。ってことはアンタが…」

どうやら彼らがこの世界に呼ばれた経緯について、何か知っているらしい。
だが竜哉にとってそれは今すぐに追求することではない。話を聞くなら、この勝負が着いてからでも、十分間に合うと考えたのだ。

「アンタが俺の何を知ってるのかは後で聞くとして、俺をどうするつもりだ?できればこのまま、見逃がしてくれればありがたいんだが?」

元々期待はしていないものの、挑発の意味も込めわざとこれ以上の戦闘に対し消極的な様子を演じて見せる。が、当然アリスティアはそれをよしとしない。
言葉よりも拳で語れと言わんばかりに構え、一騎打ちを申し込む。

「生憎とこっちもアンタに用ができたから、力ずくでも来てもらわなきゃならなくてね。それに
正直言うとアタシも仲間達もアンタの強さと性分が気に入ったから、それを抜きにしても連れ帰りたいところさ。そう言う訳で、アタシとサシで勝負しな!」

「やれやれ、戦闘は避けられなかったが、まぁ仕方あるまい。だが俺は素手の相手に武器を
使う真似はしたくないものでね、こっちも徒手で戦わせてもらおう」

実際はこれまでの戦闘で大分ダメージが蓄積していたが、それを理由に心情を曲げたくないと、問題ないように軽く脱力してから構えて見せる。

「はっ!どうしようがアンタの自由だけど、負けたからって言い訳するなよっ!」

言うが早くアリスティアが駆け出すと2メートル程の間を一瞬で詰め、その勢いで回し蹴りを放つが、竜哉はそれを腕で受け止め、大きく吹っ飛んでいく。
そこに追い討ちをかけるべく追いかけるアリスティアだが、今度は起き上がった竜哉が
カウンターで放ったキックを受け、今度は自分が吹っ飛ばされた。
上手い事空中でバランスをとって着地したアリスティアはラリアットを放つが、当たる寸前に竜哉が手首を掴み、地面に投げ飛したため不発に終わる。その後アリスティアが受身を
取って起き上がってからは、互いに殴れば払われ、蹴れば避けられと一進一退の攻防
を繰り広げ、それが十数分続いた。
そしてそれは突如、二人が息切れしながら後方に下がり距離を開けたことで終わる。

「はぁ、はぁ、やっぱアンタ強いな。益々好きになっちまうぜ」

「ぜぇ、ぜぇ、そっちこそ。だが褒めたところで、何も出せんぞ?」

双方満身創痍の中、アリスティアの賞賛に冗談を混ぜて返す竜哉だったが、彼の身体は限界を迎えていた。実質全身に巡らせた魔力で無理矢理動かしている状態で、魔力が切れれば
いつ倒れてもおかしくない。時間にすれば5分、あと一撃が限界といったところだが、どうやら
それはアリスティアも同じだったらしい。

「お互い次が最後、ってところだろうかねぇ。っし!コイツで決めるかぁ!」

言うが早く低く構え、ダッシュで接近するアリスティア。対する竜哉は目を閉じてその場から
動かず、一瞬のチャンスを狙う。そして二人の影が重なった時、勝負が決まった。
アリスティアが一気に身体を伸ばし、全身で繰り出したアッパーカットは、竜哉の鼻先を掠る様に外れていた。
そして当たる寸前で体を右に捻り、左腕で叩き込んだ竜哉の正拳は、見事アリスティアも腹にめり込んでいた。

「ふっ…やるなぁ竜哉。アンタの、勝ちだ…」

竜哉の勝利を称えたアリスティアは、それだけ言うと意識を失い、どさりと地に伏せる。竜哉もまた、意識のない彼女に賞賛を送る。

「アリスティア、いい勝負だったよ…」

そして体中に込めた魔力が抜け、その場で膝を着いた。
12/06/01 05:55更新 / ゲオザーグ
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■作者メッセージ
だぁいぶ詰め込んだ&時間かかっちまったな・・・確認したら2ヶ月更新放置してました。申し訳有りません。
今後はもっと早く更新できるよう精進せねば・・・
以下オマケがてら竜哉についてでも


よくギャルゲーや深夜アニメ主人公の友達って、スケベで3枚目なイメージ有るじゃないですか?
まぁ人間十人十色ですから、そんな奴1人二人いてもおかしくないんですが、どうもそれがテンプレじみてるような感じがして・・・
大体そう言う奴ってヒロインや周囲から白い眼で見られたり、時には制裁受けたりしてばっかりな気がしたので、「偶には強くてかっこいい奴いてもいいじゃん」なんて思って軽く戦闘狂入ったキャラに作り上げました。
今後も彼は色気より血の気なキャラで行きたいと思ってます

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