第6話 軍勢襲撃
奇跡的な再開から早くも2週間。その間3人は三者三様にトレーニングを重ね、着実に力をつけていた。
輝幸は使用する武器にハルバードを選んだが、斬り付けるよりも柄での薙ぎ払いや殴打で攻撃する戦い方をとっている。元の世界では肉弾戦を主体としていたが、相手がバットやパイプなど棒状の物を持っていたなら、それを奪って戦うことも多かったため、我流ながら棒術は得意だったのだ。
一方竜哉が使うのは、俗にクレイモアと呼ばれる細身剣と、ツヴァイハンダーと呼ばれる長剣。常人ならどちらも両手で持たなければ、戦うどころか引き摺る事や持ち上げることすら間々ならない代物だろう。
彼は実家が剣道の道場で、幼い頃から剣道を習い、多くの大会で上位の成績を挙げてきた。しかしその一方時代劇の殺陣やアクション映画の戦闘シーンも好み、それらに憧れ過度とも言える程筋トレを積んできた。
当然ここに来てからもそれを続けているのだが、魔力とやらの影響もあってか体力も大幅に上昇し、時に剣の切っ先を地に着け休みをとることもあるが、重厚な鎧を身に纏い、遠心力で2本の剣を勇ましく舞うように振り回すその姿は、まるでまだ見ぬ戦いに期待するかのようで、戦士の素質を十分感じさせた。
そして神楽はと言うと、なんと強力な魔法を次々と取得していき、今では後方支援を主体としながら、前衛でも十分活躍できるようになった。
ある財閥重役の令嬢として生まれた彼女には元々才能豊富で、立場柄それを活かせる様な英才教育を受けていたこともあり、秀才として名を通していた。その非凡振りがこちらに呼ばれた影響か、魔法に関しても開花したようで、特に水、風、雷など気候に関する魔法は最初の一週間でコツを掴み、今では回復、探知など補助系の魔法も使いこなしてみせるまでの学習力を見せた。
ちなみに回復魔法を覚えた神楽は、早速訓練を終えた輝幸と竜哉に使用してみたのだが、なぜか輝幸の失明した左目にだけは効果が無かった。正確に言えば傷は治れども視力は戻らなかったのだが、視力も戻せると思っていた神楽はショックを受け、暫く自信を喪失してしまった。今でこそなんともない様に明るく振舞っているが、内心では未だそのことを引きずっており、時たま暗い影を落とすこともあった。
「ここでの生活も大分慣れてきたと思うし、着いてからずっと魔物との戦いに向けて特訓してきたけど、二人とも随分と強くなったよな」
食堂で昼食を取っている最中、輝幸がパンを頬張りながら二人に向けて話しかける。普段は三者三様別々に鍛錬を受けているため、合同演習など集団行動前提の訓練が無ければこうして顔を合わせられる機会は余り多くない。加えてこれまで他の学友達は一切見つからず、彼らが今どうしているのかや、またいつ離れ離れになるのではと不安に感じることもあって、食事や睡眠の際など全員が一緒にいられる間は、こうして自然と3人でゆったり過ごすことが当たり前になっていた。
一方話しかけられた二人に眼を向けると、先に反応したのは紅茶を飲んでいた神楽の方だった。ティーカップを受け皿に置き、ナプキンで口を拭きながら飲み込み、返答する。
「確かに私も、日に日により多くの魔法が使える様になって、その威力がより強くなっていってるのは実感してるかな。でも、やっぱり凄いのは竜哉君とゆき君だよ。二人とも喧嘩慣れしてるし、一緒に何度も修羅場乗り越えてきたから、戦ってるときは息ピッタリだもん」
彼女が語るように、輝幸と竜哉は時に協力して闘うこともあった。きっかけは剣道部の先輩達がその腕前から竜哉を妬み、制裁しようとした所を輝幸が発見し、乱入したことだった。
以来時として仲違いを起こしたこともあれど、抜群に息の合ったコンビネーションを発揮できる程に仲が深い。
「いや、神楽さんも十分実力をつけてるよ。俺たちはただ武器を振るうだけだが、貴方はそれより複雑かつ高度な技術と、種類によっては莫大な魔力とやらの要る魔法をバンバカ使えるんだから」
それに対し竜哉は、口の中に溜め込んでいたパンとサラダをスープで胃に流し込むと謙遜気味に返す。どうも体力が増加した分空腹も激しいようで、他の二人に比べ彼の前に並ぶ皿には、中身が多めに盛られていた。
「さすが校内総合テストの成績上位常連だよな。俺も魔法は試してみたけど、適応の低さも相まってイメージはできても全然発動できんかった」
輝幸も便乗し、元の世界にいた頃に挙げた彼女の功績を持ち出し賞賛する。その際に自分の経験を引き合いに出したが、実際挑戦したときにはごく簡単な魔力を発射するような魔法でも、確実に発動させるため呪文を詠唱したにも拘らず、いくら発射する魔力を固めようとしてもその途中で飛散してしまっていた。
指導を担当した魔導師には、「魔法は誰にでも使えるし、彼の場合主神からの加護によるものか莫大な魔力を秘めているのだが、それが何かに蓋をされるような感じでほとんど体外に出てこない」と言われたが、なぜ蓋がされているのか、そしてどうすればそれを開けるのかは誰にも分からなかった。
「でもゆき君だって、素質はあるって言われたんだから。もし武器も魔法も使えるようになれば最強じゃない?」
一応神楽も人並みの運動能力を持つが、武芸には疎いため接近戦は苦手としている。それを気にしていることに加え輝幸に対し思いを寄せているのもあってか、まだ可能性の段階に過ぎないと言うのに強く推してくる。
神楽が輝幸と出会ったのは、軽い体調不良がきっかけだった。
定期テストのために一週間前から寝る間を惜しんで予習復習に精を出したのは良かったが、それが終わってから軽い眩暈と吐き気を感じた神楽は、「顔色が悪い」と級友に言われたこともあって放課後保健室に寄った。その容態を聞いた保険医からは安静を言い渡されたが、ちょうど職員会議に出るため部屋を留守にするところだったために、後のことを任せたいと言われた。鍵の管理程度なら何とかなるだろうと軽く考えた神楽はそれを承諾するが、その途中偶然にも保健室に輝幸が訪れた。
いつも通りに喧嘩を終えて、少し怪我が多かったために消毒液だけ失敬していくつもりだったのだが、神楽に手当てをしてもらう代わりに、起きるまで対応するよう保険医に言われ、お互い渋々それをこなしたのが初めての交流だった。
当時神楽と輝幸は相手に対し、それぞれ「凶暴な不良」、「高学歴を鼻にかけたお嬢様」と偏見を抱いていたが、沈黙に耐え切れなくなった輝幸が暇潰しに話しかけたのがきっかけでそれは薄れ、その数日後にはすれ違い際に挨拶を交わす仲にまで発展し、お互いの友人を驚かせたものだった。
「楽しそうに話してるとこ悪いが、そろそろ出発の時間だ。もうすでに門付近で待ってるだろうから、ちゃっちゃと準備して俺たちも向かおう」
二人でお互いに謙遜と賞賛を繰り返していると、既に自分の分を食べ終えた竜哉が席を立つ。
実は輝幸が訓練期間として最低3週間を求めたが、これについて多くの司祭や司教達からは「3週間は長い」と不満が多かった。何とかバーニムは輝幸の条件に答えようと奮戦したが、結局「期間として3週間は認めるが、最後の1週間中に1度でも遠征に参加し、魔物との実戦を経験すること」と言う条件で成立された。
その第1の実戦地として選ばれたのが輝幸の通り抜けた森で、今回はそこへ伐採に向かう木こり達の護衛を務め、魔物が出現した場合それを討伐し、無ければ後日改めて別の前線に向かうこととなっている。
本来なら材木は別の町から輸入されてくるのだが、最近ここベルガンテを含む反魔物国家ボルゼック共和国に対する魔物の侵攻が激化してきており、その防衛に物資が優先的にまわされるために各地で資材不足が発生し、やむを得ずこの魔物が潜む森、「ギッシュ森林帯」への侵攻が行われることが決まった。
「今回森には俺達と木こり20人、それから護衛と補助に教団兵30人が同行するそうだ。司祭どもからは勇者と期待されてる以上、1人も犠牲を出さないよう守り抜け、と言われた。気ぃ引き締めていくぞ」
さも面倒そうに剣を腰にセットし、不機嫌なオーラを全開にして食堂を後にする竜哉だが、彼は自分の権力を振りかざし、上から威張り散らすような人間が大嫌いだった。運悪くベルガンテの司祭達は大半がそういった傲慢な人間だったため、の非常に機嫌が悪いのだ。もしもほかに行き場所があるのならすぐここを立ち去るだろうし、遠慮なく司祭らを攻撃できるならボコボコに叩き潰していることだろう。
「おう、俺等も今行くわ。そいじゃあ神楽さん、チャッチャと行こうぜ」
「うん、できる限り援護はするから、何かあったら守ってね。」
少し遅れながらも食べ終えた二人もそれぞれ得物を手に取り、竜哉の後に続いていった。
「こういった自然豊かな場所を見てると、近所の森を思い出すな。小さい頃はよく虫や蛙を追いかけたもんだ」
今のクールなイメージとはかけ離れた幼少期を語りながら、竜哉がのん気に風景を眺めている。その傍らでは木こりたちが斧や鋸で木を切り倒しては長さを揃えて切り分けし、教団兵達が魔物に警戒し周囲に目を光らせている。
「気を引き締めろ」と言っておきながら一見気を抜いているように見えるが、彼はこうして一見無警戒な状態で周囲の気配を感知し、相手の行動に先手を打つのが得意にしている。事実彼の付近にいる兵達はほかの兵と異なり、放たれるピリピリした空気を感じているのか表情が硬い。
「ふぅん、お前昔は意外と活発だったんだな。まぁ今も動くときは動くけど」
そこから少しはなれたところでは輝幸が暇潰しの訓練と言わんばかりにハルバードを振り回しており、神楽が回復魔法をかけた風を休息中の木こりたちに吹かせ、疲れを癒している。
「竹刀を握るまではデカイ水筒を背負って、それこそ朝から晩まで走り回っていたものだ。今思えばあれもまた、いい体力づくりの一環になったんだろうよ」
どこと無く楽しげに語る竜哉もツヴァイハンダーを手に取り、手近な直径30センチ程の樹に切り掛かると、樹は見事一閃で轟音とともに倒れた。
一方その近くでは、1人の教団兵が何かに気づいたようで、同僚がそれに反応する。
「おい、どうしたよ?」
「いや、今向こうの茂みが動いたような気がして…」
「風か何かじゃねぇの?」
「それにしては局所的だったような…」
などと話している内に、教団兵が示した茂みが再度揺れる。驚いた二人が目を向けると、そこから現れたのは複数人の女性。だが1人は腕に羽を持ち、手足はまるで鳥の足のようで、別の1人は手足が毛に覆われ、頭と腰からはネコの様な耳と尻尾が生えていた。
そういった異形の女性たちが周囲の茂みから次々と姿を見せていく中、最初に現れた腕に翼を持った少女―ハーピー―が二人に気づいた。
「やったぁ!男の人がいっぱいいる!」
それを聞いたほかの女性―魔物―達も振り向き、我先にと駆け出していくが、流石と言うべきか教団兵二人は呆然と襲われることなく即座に逃げ出すと同時に絶叫を上げ、襲撃を知らせる。
「ま、魔物だあぁっ!魔物が現れたぞぉ〜!」
突如知らされた魔物の出現に、木こり達は勿論教団兵達でさえ剣や槍と言った得物を投げ捨て慌てふためき、激しく逃げ惑う。
当然それは輝幸達の耳にも届くが、真っ先に反応したのは竜哉だった。先程切り倒した木から葉が豊富な枝を適当に切り取ると、それを先陣切って突き進むハーピーの顔目掛けて投げつけた。
「へぽっ!?」
男に夢中で気付くのに遅れたためか、ハーピーは投げられた枝に避けることもできず当たってしまい、後ろに倒れ込んでしまう。その際後ろにいたワーキャットにぶつかり、それがまた別の魔物に倒れこみドミノ倒しの如く次々と倒れていき、上手い事全員身動きが取れなくなってしまった。
「輝幸、神楽、今の内に木こりと兵等を落ち着かせて、先に帰ってくれ。こいつらの相手は俺がする」
その隙に竜哉はツヴァイハンダーを片手で握り、宣言通り足止めするように前へと進んでいく。だが輝幸には、進み行く竜哉に対し1つ、懸念すべきことがあった。
「それは構わないが、お前女性に刃は向けないんじゃなかったのか?剣振っちまって大丈夫かよ?」
竜哉は父親から剣道と共に剣を振るう人間の心構えも叩き込まれていた。その1つに、「意味無く女性に刃を向けてはならない」と言う教訓があり、かつてそれを聞いていた輝幸は枷にならないか気になっていた。
だがそれも杞憂に過ぎなかったようで、当の竜哉は余裕のこもった笑みを浮かべていた。
「気にするな、今はれっきとした自衛って名目がある。それに武器は使っても奴等に刃を向けるつもりはないし、本音を言えば純粋に腕の調子を知りたいのもあるから、ここは1人で暴れさせてくれ」
それだけ言うとまだ大半がお互い邪魔になって上手く立てない魔物達に再度目を向ける。それならもう大丈夫だと判断した輝幸は、その傍らでテキパキと木こりや兵を統率していた神楽と合流し、無事全員を率いて撤収するのだった。
「さぁて…お手並み拝見と行こうか、お嬢さん方」
ニッ、と笑みを浮かべる竜哉。この戦い、どちらに采配があがるのか。
輝幸は使用する武器にハルバードを選んだが、斬り付けるよりも柄での薙ぎ払いや殴打で攻撃する戦い方をとっている。元の世界では肉弾戦を主体としていたが、相手がバットやパイプなど棒状の物を持っていたなら、それを奪って戦うことも多かったため、我流ながら棒術は得意だったのだ。
一方竜哉が使うのは、俗にクレイモアと呼ばれる細身剣と、ツヴァイハンダーと呼ばれる長剣。常人ならどちらも両手で持たなければ、戦うどころか引き摺る事や持ち上げることすら間々ならない代物だろう。
彼は実家が剣道の道場で、幼い頃から剣道を習い、多くの大会で上位の成績を挙げてきた。しかしその一方時代劇の殺陣やアクション映画の戦闘シーンも好み、それらに憧れ過度とも言える程筋トレを積んできた。
当然ここに来てからもそれを続けているのだが、魔力とやらの影響もあってか体力も大幅に上昇し、時に剣の切っ先を地に着け休みをとることもあるが、重厚な鎧を身に纏い、遠心力で2本の剣を勇ましく舞うように振り回すその姿は、まるでまだ見ぬ戦いに期待するかのようで、戦士の素質を十分感じさせた。
そして神楽はと言うと、なんと強力な魔法を次々と取得していき、今では後方支援を主体としながら、前衛でも十分活躍できるようになった。
ある財閥重役の令嬢として生まれた彼女には元々才能豊富で、立場柄それを活かせる様な英才教育を受けていたこともあり、秀才として名を通していた。その非凡振りがこちらに呼ばれた影響か、魔法に関しても開花したようで、特に水、風、雷など気候に関する魔法は最初の一週間でコツを掴み、今では回復、探知など補助系の魔法も使いこなしてみせるまでの学習力を見せた。
ちなみに回復魔法を覚えた神楽は、早速訓練を終えた輝幸と竜哉に使用してみたのだが、なぜか輝幸の失明した左目にだけは効果が無かった。正確に言えば傷は治れども視力は戻らなかったのだが、視力も戻せると思っていた神楽はショックを受け、暫く自信を喪失してしまった。今でこそなんともない様に明るく振舞っているが、内心では未だそのことを引きずっており、時たま暗い影を落とすこともあった。
「ここでの生活も大分慣れてきたと思うし、着いてからずっと魔物との戦いに向けて特訓してきたけど、二人とも随分と強くなったよな」
食堂で昼食を取っている最中、輝幸がパンを頬張りながら二人に向けて話しかける。普段は三者三様別々に鍛錬を受けているため、合同演習など集団行動前提の訓練が無ければこうして顔を合わせられる機会は余り多くない。加えてこれまで他の学友達は一切見つからず、彼らが今どうしているのかや、またいつ離れ離れになるのではと不安に感じることもあって、食事や睡眠の際など全員が一緒にいられる間は、こうして自然と3人でゆったり過ごすことが当たり前になっていた。
一方話しかけられた二人に眼を向けると、先に反応したのは紅茶を飲んでいた神楽の方だった。ティーカップを受け皿に置き、ナプキンで口を拭きながら飲み込み、返答する。
「確かに私も、日に日により多くの魔法が使える様になって、その威力がより強くなっていってるのは実感してるかな。でも、やっぱり凄いのは竜哉君とゆき君だよ。二人とも喧嘩慣れしてるし、一緒に何度も修羅場乗り越えてきたから、戦ってるときは息ピッタリだもん」
彼女が語るように、輝幸と竜哉は時に協力して闘うこともあった。きっかけは剣道部の先輩達がその腕前から竜哉を妬み、制裁しようとした所を輝幸が発見し、乱入したことだった。
以来時として仲違いを起こしたこともあれど、抜群に息の合ったコンビネーションを発揮できる程に仲が深い。
「いや、神楽さんも十分実力をつけてるよ。俺たちはただ武器を振るうだけだが、貴方はそれより複雑かつ高度な技術と、種類によっては莫大な魔力とやらの要る魔法をバンバカ使えるんだから」
それに対し竜哉は、口の中に溜め込んでいたパンとサラダをスープで胃に流し込むと謙遜気味に返す。どうも体力が増加した分空腹も激しいようで、他の二人に比べ彼の前に並ぶ皿には、中身が多めに盛られていた。
「さすが校内総合テストの成績上位常連だよな。俺も魔法は試してみたけど、適応の低さも相まってイメージはできても全然発動できんかった」
輝幸も便乗し、元の世界にいた頃に挙げた彼女の功績を持ち出し賞賛する。その際に自分の経験を引き合いに出したが、実際挑戦したときにはごく簡単な魔力を発射するような魔法でも、確実に発動させるため呪文を詠唱したにも拘らず、いくら発射する魔力を固めようとしてもその途中で飛散してしまっていた。
指導を担当した魔導師には、「魔法は誰にでも使えるし、彼の場合主神からの加護によるものか莫大な魔力を秘めているのだが、それが何かに蓋をされるような感じでほとんど体外に出てこない」と言われたが、なぜ蓋がされているのか、そしてどうすればそれを開けるのかは誰にも分からなかった。
「でもゆき君だって、素質はあるって言われたんだから。もし武器も魔法も使えるようになれば最強じゃない?」
一応神楽も人並みの運動能力を持つが、武芸には疎いため接近戦は苦手としている。それを気にしていることに加え輝幸に対し思いを寄せているのもあってか、まだ可能性の段階に過ぎないと言うのに強く推してくる。
神楽が輝幸と出会ったのは、軽い体調不良がきっかけだった。
定期テストのために一週間前から寝る間を惜しんで予習復習に精を出したのは良かったが、それが終わってから軽い眩暈と吐き気を感じた神楽は、「顔色が悪い」と級友に言われたこともあって放課後保健室に寄った。その容態を聞いた保険医からは安静を言い渡されたが、ちょうど職員会議に出るため部屋を留守にするところだったために、後のことを任せたいと言われた。鍵の管理程度なら何とかなるだろうと軽く考えた神楽はそれを承諾するが、その途中偶然にも保健室に輝幸が訪れた。
いつも通りに喧嘩を終えて、少し怪我が多かったために消毒液だけ失敬していくつもりだったのだが、神楽に手当てをしてもらう代わりに、起きるまで対応するよう保険医に言われ、お互い渋々それをこなしたのが初めての交流だった。
当時神楽と輝幸は相手に対し、それぞれ「凶暴な不良」、「高学歴を鼻にかけたお嬢様」と偏見を抱いていたが、沈黙に耐え切れなくなった輝幸が暇潰しに話しかけたのがきっかけでそれは薄れ、その数日後にはすれ違い際に挨拶を交わす仲にまで発展し、お互いの友人を驚かせたものだった。
「楽しそうに話してるとこ悪いが、そろそろ出発の時間だ。もうすでに門付近で待ってるだろうから、ちゃっちゃと準備して俺たちも向かおう」
二人でお互いに謙遜と賞賛を繰り返していると、既に自分の分を食べ終えた竜哉が席を立つ。
実は輝幸が訓練期間として最低3週間を求めたが、これについて多くの司祭や司教達からは「3週間は長い」と不満が多かった。何とかバーニムは輝幸の条件に答えようと奮戦したが、結局「期間として3週間は認めるが、最後の1週間中に1度でも遠征に参加し、魔物との実戦を経験すること」と言う条件で成立された。
その第1の実戦地として選ばれたのが輝幸の通り抜けた森で、今回はそこへ伐採に向かう木こり達の護衛を務め、魔物が出現した場合それを討伐し、無ければ後日改めて別の前線に向かうこととなっている。
本来なら材木は別の町から輸入されてくるのだが、最近ここベルガンテを含む反魔物国家ボルゼック共和国に対する魔物の侵攻が激化してきており、その防衛に物資が優先的にまわされるために各地で資材不足が発生し、やむを得ずこの魔物が潜む森、「ギッシュ森林帯」への侵攻が行われることが決まった。
「今回森には俺達と木こり20人、それから護衛と補助に教団兵30人が同行するそうだ。司祭どもからは勇者と期待されてる以上、1人も犠牲を出さないよう守り抜け、と言われた。気ぃ引き締めていくぞ」
さも面倒そうに剣を腰にセットし、不機嫌なオーラを全開にして食堂を後にする竜哉だが、彼は自分の権力を振りかざし、上から威張り散らすような人間が大嫌いだった。運悪くベルガンテの司祭達は大半がそういった傲慢な人間だったため、の非常に機嫌が悪いのだ。もしもほかに行き場所があるのならすぐここを立ち去るだろうし、遠慮なく司祭らを攻撃できるならボコボコに叩き潰していることだろう。
「おう、俺等も今行くわ。そいじゃあ神楽さん、チャッチャと行こうぜ」
「うん、できる限り援護はするから、何かあったら守ってね。」
少し遅れながらも食べ終えた二人もそれぞれ得物を手に取り、竜哉の後に続いていった。
「こういった自然豊かな場所を見てると、近所の森を思い出すな。小さい頃はよく虫や蛙を追いかけたもんだ」
今のクールなイメージとはかけ離れた幼少期を語りながら、竜哉がのん気に風景を眺めている。その傍らでは木こりたちが斧や鋸で木を切り倒しては長さを揃えて切り分けし、教団兵達が魔物に警戒し周囲に目を光らせている。
「気を引き締めろ」と言っておきながら一見気を抜いているように見えるが、彼はこうして一見無警戒な状態で周囲の気配を感知し、相手の行動に先手を打つのが得意にしている。事実彼の付近にいる兵達はほかの兵と異なり、放たれるピリピリした空気を感じているのか表情が硬い。
「ふぅん、お前昔は意外と活発だったんだな。まぁ今も動くときは動くけど」
そこから少しはなれたところでは輝幸が暇潰しの訓練と言わんばかりにハルバードを振り回しており、神楽が回復魔法をかけた風を休息中の木こりたちに吹かせ、疲れを癒している。
「竹刀を握るまではデカイ水筒を背負って、それこそ朝から晩まで走り回っていたものだ。今思えばあれもまた、いい体力づくりの一環になったんだろうよ」
どこと無く楽しげに語る竜哉もツヴァイハンダーを手に取り、手近な直径30センチ程の樹に切り掛かると、樹は見事一閃で轟音とともに倒れた。
一方その近くでは、1人の教団兵が何かに気づいたようで、同僚がそれに反応する。
「おい、どうしたよ?」
「いや、今向こうの茂みが動いたような気がして…」
「風か何かじゃねぇの?」
「それにしては局所的だったような…」
などと話している内に、教団兵が示した茂みが再度揺れる。驚いた二人が目を向けると、そこから現れたのは複数人の女性。だが1人は腕に羽を持ち、手足はまるで鳥の足のようで、別の1人は手足が毛に覆われ、頭と腰からはネコの様な耳と尻尾が生えていた。
そういった異形の女性たちが周囲の茂みから次々と姿を見せていく中、最初に現れた腕に翼を持った少女―ハーピー―が二人に気づいた。
「やったぁ!男の人がいっぱいいる!」
それを聞いたほかの女性―魔物―達も振り向き、我先にと駆け出していくが、流石と言うべきか教団兵二人は呆然と襲われることなく即座に逃げ出すと同時に絶叫を上げ、襲撃を知らせる。
「ま、魔物だあぁっ!魔物が現れたぞぉ〜!」
突如知らされた魔物の出現に、木こり達は勿論教団兵達でさえ剣や槍と言った得物を投げ捨て慌てふためき、激しく逃げ惑う。
当然それは輝幸達の耳にも届くが、真っ先に反応したのは竜哉だった。先程切り倒した木から葉が豊富な枝を適当に切り取ると、それを先陣切って突き進むハーピーの顔目掛けて投げつけた。
「へぽっ!?」
男に夢中で気付くのに遅れたためか、ハーピーは投げられた枝に避けることもできず当たってしまい、後ろに倒れ込んでしまう。その際後ろにいたワーキャットにぶつかり、それがまた別の魔物に倒れこみドミノ倒しの如く次々と倒れていき、上手い事全員身動きが取れなくなってしまった。
「輝幸、神楽、今の内に木こりと兵等を落ち着かせて、先に帰ってくれ。こいつらの相手は俺がする」
その隙に竜哉はツヴァイハンダーを片手で握り、宣言通り足止めするように前へと進んでいく。だが輝幸には、進み行く竜哉に対し1つ、懸念すべきことがあった。
「それは構わないが、お前女性に刃は向けないんじゃなかったのか?剣振っちまって大丈夫かよ?」
竜哉は父親から剣道と共に剣を振るう人間の心構えも叩き込まれていた。その1つに、「意味無く女性に刃を向けてはならない」と言う教訓があり、かつてそれを聞いていた輝幸は枷にならないか気になっていた。
だがそれも杞憂に過ぎなかったようで、当の竜哉は余裕のこもった笑みを浮かべていた。
「気にするな、今はれっきとした自衛って名目がある。それに武器は使っても奴等に刃を向けるつもりはないし、本音を言えば純粋に腕の調子を知りたいのもあるから、ここは1人で暴れさせてくれ」
それだけ言うとまだ大半がお互い邪魔になって上手く立てない魔物達に再度目を向ける。それならもう大丈夫だと判断した輝幸は、その傍らでテキパキと木こりや兵を統率していた神楽と合流し、無事全員を率いて撤収するのだった。
「さぁて…お手並み拝見と行こうか、お嬢さん方」
ニッ、と笑みを浮かべる竜哉。この戦い、どちらに采配があがるのか。
12/03/25 20:05更新 / ゲオザーグ
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