後編
「だいぶ奥まで来たな」
「もう屋台もあんまりないね」
残念そうにきょろきょろと周りを見回すポト美。
「お前、まだ食うの? さすがに太るぞ」
「ち、違うよ! 射的以外遊んでないなって思って」
「あー、確かに遊戯系の屋台はぜんぜん寄ってないけど」
んー、でも特にやりたいものもないなあ。
もうクジ引きや紐引きでゲームソフト当てようと頑張るほど子供じゃないし。
ヨーヨー釣りだのスーパーボール掬いも昔ほどときめかなくなったしな。
・・・そういや昔、スーパーボールをポト美の壺に投げ込んで遊んだことがあったっけ。
丸い壺の中でボールが跳ね回ってめっちゃ楽しかったけど、ポト美がガン泣きして後でおじさんと親父に拳骨喰らった覚えがある。
「そういえばさ、昔ユウ君が金魚とってくれたことあったよね」
「え、そうだっけ」
そんなことあったかな。俺小さい頃は金魚すくい系苦手だったと思うけど。
「そうだよ。私が金魚見てたら“おれにまかせとけ”って言ったくせに結局一匹も捕まえられなくて、屋台のおじさんからおまけでもらった一匹を“とったけどいらないからあげる”って私にくれたんじゃない」
とれてねーじゃねーか俺!
ええ〜、なにそれ俺めっちゃカッコわる。・・・幼馴染のこういうところがいやなんだよ、昔の恥ずかしい過去とか知ってたりさー。
「つーかなんでお前そんなこと憶えてんだよ。忘れろよ恥ずかしい」
「えっ、だって、その・・・ほ、ほら、その時の金魚、まだうちの居間で元気に泳いでるし!」
なんと、ご存命でしたか・・・
「金魚まだ生きてたの?」
「うん」
「長生きじゃね?」
「まあそうだね」
「・・・それ魔物化してたりしない?」
「でも金魚って長いと10年以上生きるっていうし。・・・ただずっと一匹で飼ってるからちょっと見た目が寂しそうなんだよね」
「ふーん」
そうか、なら・・・
「じゃあ、また俺がとってやろうか」
「えっ」
「一匹と言わず、十匹でも二十匹でもとってやるよ」
「いや、一・二匹で充分だけど。だいたいユウ君そんなこと言っていいの? また昔みたいに一匹もとれないんじゃないの〜?」
そう言ってポト美はいたずらっぽく覗き込んでくる。
こやつ、俺を舐めくさっておるな。
まあ良い。俺の金魚すくいの腕を見ればそんな軽口は叩けなくなるのだからな!
「ふふん、俺を小学生の頃と同じと思うなよ」
そう、俺は昔の俺とは違う。
中学の頃のダチが金魚すくいの猛者で、そいつにコツを教わった俺はメキメキと腕を上げ、しまいには屋台のねーちゃんに『あんたら・・・それ以上とったら簀巻きにして暗黒魔界に売り飛ばすで』と暗い眼つきで言わせたほどなのだ!
「つってもこのへん金魚の屋台なんてねーな」
「入り口の方で見たけど、戻る?」
「うーん、いや、もうすぐ花火の時間で混むしな・・・金魚は帰りでもいいか?」
「いいよ。と れ る な ら ね ♪」
こ の や ろ う !
「じゃあちょっと早いけど裏手行くか」
怒りをぐっと飲み込み、俺はポト美の手を引いて神社の奥へと進んでいった。
* * *
「あのー阿部さん。これは・・・?」
ゴンザレスこと権田君の両手に握るは明るく輝くサイリウム。
そして眼前にせまるは神楽の舞台。
「大丈夫。タイミングは私が見るから、合図したらさっき教えたコールを一緒にしてね。あと興奮しすぎて周りの人にぶつからないように注意して」
「あ、いえそうじゃなく。僕が聞きたいのはなぜ祭りの神楽なのにこんなアイドルのライブみたいな装備をしているのかということなんですが・・・」
「シッ、そろそろはじまるわ。静かに」
真剣な口調で黙らされる権田君。
―それでは次にまいりましょう。栄露須(えろす)社中による演奏と踊りです。音楽は“ソーマ神権現”―
暗転した舞台に笛の音が響き、続いて弦楽器の調べ。
徐々に明るくなる照明に3人の影が浮かび上がる。
「キャー! ルビィお姉様ー!」
「阿部さん!?」
突然黄色い歓声を上げる阿部さんに驚くゴンザレスこと権田君。
舞台の上では2人のガンダルヴァと、それに挟まれたアプサラスが照らし出された。
* * *
ここらはさすがに静かだな。
神社の奥まで歩いてくると祭りの見物客もほとんどいなくなり、周りには俺とポト美の二人だけだ。
もう少し行くと地元民しか知らない花火スポットがある。たぶん権田たちともそこで合流できるだろう。
・・・あれ?
「こんなところに屋台がある」
「え? だってこっち参道じゃないよ」
人通りのない暗い横道に屋台の提灯がいくつも並んでいた。
屋台のお姉さんがこっちに気づいて手招きをする。
「お、金魚すくいの屋台もあるぞ。ちょうどいい、ここでとってくか」
そうして俺が屋台に向かって踏み出した途端――
「ちょっと待って!」(グイッ!)
「ぐえっ!?」
ポト美に引き留められた。
「急にベルト引っ張んなよ、中身が出るかと思ったじゃねーか」
「ユウ君よく見て! あれ金魚すくいの屋台じゃないよ!」
「あー?」
ポト美に言われて屋台を見る。
ややピンクがかった提灯に照らされた看板にはでかでかと、“淫魚すくい”と書いてあった。
「・・・あ?」
「ユウ君、ここ“桃色屋台”だよ・・・!」
「げっ・・・」
“桃色屋台”
それは未婚の魔物達がこっそりと出す屋台群。
祭りの時期になると表の参道から離れた裏路地などにひっそりと出現するという。
ここに足を踏み入れた男たちは二度と人間社会には戻らないとか・・・
「っぶねー、二度と赤い太陽を見れないところだったぜ・・・」
「早くいこ!」
「お、おう」
ポト美に強く手を引かれて元の道の方へ戻る。ふと振り返ると屋台のお姉さんと目が合って――
「ユウ君ダメ!」
「はっ!?」
気づくと屋台のすぐそばまで来ていた。
脇を見ればポト美が引きずられるような姿勢で俺の腰にしがみついている。
「え、俺、いま・・・」
「見ちゃダメ!ユウ君いま魅了(チャーム)されてたんだよ!目つぶって!」
ポト美に目を塞がれ手を引かれて、俺たちは逃げるように桃色屋台を後にした。
* * *
弦楽器をもったガンダルヴァがひときわ高く楽器をかき鳴らすと阿部さんはゴンザレス君にするどく目を向け、
「今よゴンザレス君! さっき教えたやつ!」
「へ? あ、はい!」
「「L.O.V.E.ラブリー・ルビィ! R.U.B.Y.キューティ・ルビィ!」」
合図に従いどこか昭和の香りのする声援を舞台に送る二人。
「あの、阿部さん? ルビィお姉様って」
「うちの先輩の“頑駄ルビィ(がんだ・るびぃ)”お姉様よ。ああ、私もお姉様の楽の音に身を任せて踊りたい・・・」
うっとりと頬を染める阿部さんにゴンザレス君がちょっと引いていると、舞台の上ではアプサラスが前に進み出て踊り始めた。
とたんに男たちの歓声が沸き起こる。
「ああっ、クソババアのせいでルビィお姉様が見えない!」
「あ、阿部さんさすがに失礼では? 見たところ僕らとそう歳も変わらないし・・・」
舞台上のアプサラスに大きな声で悪態をつく阿部さんに、勇気を出して苦言を呈するゴンザレス君。
そんなゴンザレス君に阿部さんはすわった目で振り返ると、
「あれうちの母親」
「あーそれで阿部さんとちょっと似て・・・母親ァ!?」
「そしてあのクソババアが何十年も踊り手のポジションに居座ってるから私は今年もオーディションに落ちたのよ!」
―スヴァティーちゃんこっち向いてー!―
「ちなみにあっちで一際大きな声出してるのがうちのパパ」
「ワオ」
* * *
俺の手を引いてポト美はずんずん歩いていく。
「ポト美」
ずんずん
「ポト美ってば」
ずんずん
「おーい?」
ずんずん
「ちょっと待って、この姿勢きつくって・・・」
ずんずん
「いや止まれや」グイッ
「ふぐえっ!?」
急に後ろに引っ張ったのでコントのようにずっこけるポト美。
「いたた、急に引っ張んないでよ」
こっちのセリフだバカタレ。ずんずん引っ張りやがって。
急にずんずん教に入信したのかと思ったわ。
「少しは落ち着けよ。もう桃色屋台も見えねーよ」
「あっ、うん・・・」
我にかえり気まずそうにうつむくポト美。
「まあ、助かったよ。ありがとな」
一応礼は言っておく。俺はばあちゃんに“ありがとう”と“ごめんなさい”をちゃんと言える大人になれと教わって育ったのだ。
「べ、別にユウ君のためじゃないよ、ユウ君いなくなったらおじさんやおばさんが悲しむから」
ツンデレかお前は。
まったく、俺はちゃんと礼を言ったというのにこいつと来たら・・・
「まあ、急ぐこともねえだろ。花火の時間までまだ少しあるから、ゆっくり行こうぜ」
「・・・うん」
そうして俺たちは神社の奥へと進んでいった。
「で、いつまで手つないでるんだ? 人ごみでもないのに」
「ふぇ!?」
気づいたポト美は慌てて手を離した。いままで無意識につないでたんかい。
・
・
・
「ぷぎゃっ!?」
裏参道を歩いていると、いきなりポト美がこけた。
「おい大丈夫か?」
いつものように助け起こす。
こいつ昔から何もないところで転ぶよな・・・
壺で足元が見えてないのかと思ってたけど、単純にドジなだけかもしれない。
「アイタタ、下駄が急に・・・」
言われてポト美の足を見ると、下駄が片方脱げて裸足になっていた。
どうやら転んだ拍子に飛んでいったらしい。
「ちょっと待ってろ」
その場にポト美を残し下駄を回収する。・・・結構飛んだな。
「取ってきたぞ」
「ありがとう・・・あっ」
「どうした?」
「鼻緒が切れてる・・・」
ホントだ。ビーチサンダルみたいにちょっと外れただけかと思ったけど、鼻緒が根元からスッパリ切れてる。
「こりゃすぐには直せそうもないな。そうだ、いつもみたいに壺からスペア出せないか?」
ポト美の壺は家とつながってるので、適当な履物を出せるはずだ。
「今日は壺つけてないから・・・」
そういやそうか。
「その髪のやつは?」
「これはただの飾り」
うーん、するとどうするか・・・
屋台の中には小物売ってる所もあったから、俺がひとっ走り代わりの履物を買ってくるって手もあるけど・・・こんな人気のないところにポト美を一人で置いてくわけにはいかないしな。
なによりそれが阿部さんの耳に入ったら俺のイメージがガタ落ちだ。
「アイタッ」
「おい無理に歩くな。このへん砂利道だから怪我するぞ」
「でも、そろそろ花火始まっちゃうし・・・」
確かにそうだが・・・そうだ、権田達に連絡してみよう。
『おかけになった番号は、現在電波の・・・』
「あの野郎、電源切ってやがる」
「サラちゃんもつながらない」
おのれ権田、阿部さんと二人でいったい何をしているのか。許せん。
あ、そういえばこの先に・・・
「たしかもうちょっと行くと事務所みたいなところあったよな?」
「社務所のこと?」
「そうそれ。そこに行けば替えのサンダルぐらい借りれるだろ。・・・ほれ」
ポト美に背中を向けしゃがみ込む。
「え?え?」
察しの悪いやつだな。
「おい、早く乗れよ」
「え?ユウ君の背中に、おぶさるってこと?」
そうだよ。
「わかってるなら早く乗れ。時間もあまりないんだから」
「う、うん。重いとか言わないでよ?」
言わねーよ。たとえそう思ったとしてもな。
「大丈夫だから。ほら」
「うん、よいしょ、っと」ズシッ
・・・そういえばこいつ、さっきまで屋台で大量に食ってたな。
「・・・ちゃんとつかまってろよ。ヨイショっ」
少し不安だったがちゃんと持ち上がった。
社務所まではなんとか持つだろう。
「ちょっと、お尻さわらないでよ!///」
無茶を言うな。
* * *
阿部さんとゴンザレスこと権田君は、神楽の舞台から離れカキ氷を食べていた。
「あのー、阿部さん? 神楽はもうよろしいのでしょうか・・・」
「え? なんでお姉様の舞台が終わったのに見る必要があるの?」
「ア、ハイ」
舞台ではサテュロスのトランペッターがジャズを奏で、男女の声援を浴びている。
二人から少し離れたところには先ほど舞台で演奏していた雷獣とサンダーバードのロックバンドがファンに囲まれている。
「なんでもありだなここの神楽」
* * *
その異変はポト美を背負って間もなく起こった。
―ふにっ―
ん? なんだこれ。
―ふにっふにっ―
? なんでこいつ浴衣の下にタオル入れてんだ?
―ふにっふにっムニッ―
ポト美の上半身が俺の背中に触れるたび、謎の柔らかい感触が背中に広がる。
「ユウ君、お、重くない?」
「え? いや大丈夫。軽いぐらいだよ」
さすがにここで結構重い、なんて本当のことを言ったらどうなるかぐらいは俺だってわかる。
それよりも俺の興味はこの不思議な感触の方に移っていた。
そういえば浴衣、というか着物を着る時は体の凹凸を減らすために、下にタオルなんかを巻いて矯正するって聞いたことがあったな。
ポト美にそれが必要なのかはわからないが。
などと思っていると背中の感触に若干の変化があらわれた。
ふにっふにっクニッ
「・・・」
ふにっふにっコリッ
「・・・」
「・・・」
あれ・・・これって・・・
背中の感触はやわらかさの中に一部なにか硬いものが混じる。
もしかして・・・
背筋を伸ばし、俺の背中とポト美の体が触れないように隙間を作る。
「ふわっ!? ちょっと、あぶな・・・!」
バランスを崩した俺にポト美は強くしがみついてきた。
ぷにんコリッ!
途端にやわらかさと共にポト美の熱い体温が伝わってくる。
(Noo、Nooo・・・・・・)
俺の中で海外のスプラッタ系パニックホラーで殺人鬼に迫られる犠牲者のようなセリフが木霊する。
(Nooooobrr!?)
なんだこれは? いったいどういうことだ?
確かに着物を着る時には下着を着けないなんて話もあるが、あれはブラジャーなどの外来下着ではなく肌襦袢みたいな在来下着を着けるというような意味だったはず!だいたい同じように浴衣を着ていた阿部さんはどうだった?パッと見た感じ“着けてない”なんてことはなかった、と思う!あのサイズで着けてなければ、おそらく形でわかったはずだ!
しかし背中から伝わるポト美の感触は、おそらくたぶんまちがいなく布いちま―――
空を見よ 天高く 星の日は いま来たり
目覚めよ 魔が神よ 封印は砕け散る
「? ユウ君?」
星々が破裂する 七色の時が今
乱れ狂え精神よ 踊り狂え酔神よ
「なんでいきなりホーム・ア〇ーンの曲歌いだしたの?」
いいや、ダ〇・ハードさ!
え、こいつ胸なんてあったの? という驚きと、やわらかさ+体温という初めて味わう衝撃に正直一瞬正気を失いそうだった。
「いや、特に意味はない」
「神社の魔力に当てられておかしくなったのかと思った・・・」
正気度を保つ為に歌で気をそらしたらかえってその事で正気度を疑われてしまった。
「ポト美、あのさ、お前」
「ん? なに?」
なんでブラしてねーの?
と聞きそうになったが、おんぶしてる今それを聞くととんでもなく気まずくなりそうだったのでここはぐっとこらえた。
「・・・いや、もうすぐ社務所だから、もうちょっと我慢してくれ」
「うん」
ぷにん♪
またもや背中に感じるポト美の感触に気が遠くなりながら、俺は社務所への道を進んだ。
* * *
♪
行こう 行こう 微の山へ
行こう 行こう Bの山へ
フニッコリッ フヌッコラッ
フニッコリッ フヌッコラ〜〜
迷わず登れ 小さな山♪
「・・・あの、阿部さんどうしたの?」
ゴンザレスこと権田君は急に歌いだしたクラスメイトに不安そうな目を向けた。
「ああ、気にしないで。ちょっとエロス神の波動を感じただけだから・・・あっ、お姉様〜♪」
控え室から出てきたガンダルヴァへと駆けていくアプサラスの背中を見ながら、ゴンザレスこと権田君は今日何度目かになるクラスのアイドルの意外な顔に白目をむいていた。
* * *
「すみませー・・・ドゥワ!?」
俺たちが社務所に着き中に呼びかけた瞬間、ガラス戸が勢いよく開かれた。
「うわっ! ・・・あれ?君達は壺田さんと大前田さんとこの・・・ちょうど良かった!ちょっとここで留守番しててくれない!?」
中から出てきた若い男(たしかここの神主で龍さんの旦那さんだ)は慌てた様子でまくし立てた。
「え、いや俺ら代わりのサンダルかなんか借りれればと・・・」
「中にあるものは自由に使って良いから!あ、少し怪我してるね!救急箱は流しの横にあるからね!」
「え、ちょ待っ・・・」
呼び止める間もなく神主さんは俺らを残して走って行ってしまった・・・
―少しくらいなら構わないけど汚したら君らの親御さんに連絡行くからねー!―
走り去りながらとんでもないことを口走って行った。
「・・・」
「・・・」
「・・・ど、どうしようか?」
「どうするもこうするも・・・」
急な展開にあっけに取られていたが、背中のポト美の声で我に返った。
「とりあえず中入ろうぜ。さすがにそろそろ重い」
「あ!いま重いって言った!」
「うるせえ、さっきからどんぐらい背負ってたと思ってんだ。ここで降ろすぞ。ヨイショ」
ひとまず開いた戸から中に入り、玄関でポト美を降ろす。
「いたっ」
「ん?どした」
「足が・・・」
めくれた着物からのぞくポト美のひざに、赤い擦り傷が幾筋か見えた。転んだ時にできたのだろうか?
さっき神主さんが言ってたのはこれのことか。
「ちょっとそこで待ってろ、救急箱とってくる」
たしか流しの横って言ってたな。
* * *
ゴンザレスこと権田君は困惑していた。
「へえ、ゴンザレス君か。サラの友達って事は君もダンスをやるのかな?」
「い、いえ僕はダンスとかはさっぱり・・・あと僕の名前は権田です」
「もー、お姉様、ゴンザレス君のことなんてどうでもいいじゃないですか」
「フフフ、サラが男の子と一緒にいるなんて珍しいからつい、ね。・・・でもゴンザレス君、なかなかいい体をしているね。どうだい、君も一度ダンス教室に」
「ええ〜っと、いや、ハハ、考えときます・・・」
「(ゴンザレス君、あまり調子にのってると上下左右握りつぶすからね・・・)」
「ヒィッ(左右ってなに!?)」
* * *
「よし、これでいいだろ」
簡単にだが消毒と絆創膏でひざの傷を手当する。
「つか怪我してんなら言えよ」
「わ、私だってここに来て気付いたんだもん」
「というかそろそろ花火の時間だな」
「でも留守番頼まれたのに、ここ離れるのもまずくない?」
そうなんだよな・・・
ジリリリリ!!
「うおっ!?」
どうするか悩んでいるところに急に社務所の電話(しかも黒電話)が鳴ったのでビックリした。
「えっ、ど、どうしよう?」
「留守番なんだから取って構わないだろ。(ガチャッ)もしもーし」
『あ、大前田君かな? ごめんねさっきは急に』
「あぁ神主さん。いえ、俺らも助かりましたから。それで、ここにはどれぐらい居ればいいんですか? そろそろ花火が始まるので移動したいんですけど」
『あーうん、その事なんだけど・・・。本当は妻を花火会場に行かせたら一度そっちに戻るつもりだったんだけど、ちょっとそうも行かなくなってね・・・』
―くそっ離れんか毒虫!―
―貴女が離れなさいよ!―
―ああっ、二人とも暴れないで! これ以上絡まったら本当にほどけなくなるよ!―
『ごめん、安全上水神が河川敷に着かないと花火大会が始められないんだけど、大百足さんと取っ組み合いしたせいで二人とも絡まっちゃって・・・。いま数人がかりで二人を運んでる最中だから、ちょっとそっちに戻れそうにないんだ。そこの鍵も持ってきちゃったし・・・』
おいおいおい、マジかよ。
それじゃあ俺らは花火見れない・・・というか龍さん達が着かなきゃそもそも花火始まらないのか?
『ほんとゴメンね。あ、でも花火は社務所の裏側からも見られるから! それに来客用の飲み物やお菓子も好きに食べていいからさ』
うーんそういう事ならまあ、しょうがないか?
ポト美を見ると「どうしたの?」と小首をかしげてこちらを見ている。
「わかりました。じゃあ神主さん達が戻ってくるまで留守番してればいいんスね?」
『そうしてくれると助かるよ。そっちの社務所は僕たちの住居兼ねてるから危なくてね、迷子が母屋の方にでも迷い込もうものなら即魔物化しかねないし』
「・・・そんなところに俺ら居て大丈夫なんですか」
さらっと怖いことを言わないでくれ。
『ああ、事務所側に居るぐらいなら大丈夫だよ。ただまあ母屋の方には入らないでね。僕らの寝室とかあるから』
「ああ、はい・・・それはもう」
そりゃ夫婦の寝室なんて他人に見られたくないだろう。俺も見たくない。
『じゃあ悪いけど、よろしくね。花火終わったらすぐ戻るから』
「ういッス」
ガチャッ
「今の神主さん? 何だって?」
電話を置くと横のポト美が待ちかねたように聞いて来た。
「あー、花火大会終わるまで留守番しててほしいってよ。その代わりお菓子食べ放題で花火も裏から見えるって」
「え、そうなんだ。じゃあサラちゃん達どうしよう・・・」
「もう一回連絡して、こっちに合流してもらうか」
と思って阿部さんと権田に電話したが、さっきと同じくつながらなかった。
「ダメだ。一応メールしておこう。気付いたらなんかアクションあんだろ」
そういえば人混みの中だと混線して電話が通じなくなるって聞いたことがある。
二人につながらないのもそのせいだと思いたい・・・。
* * *
「うわすごい、座敷席じゃないですか。・・・阿部さん、ホントに俺らここ居ていいの? 花火見物の一等地だけど」
ゴンザレスこと権田君とアプサラスはガンダルヴァに連れられ、花火会場の特等席へとやってきていた。
「毎年この場所は栄露須社中で借り切ってるのよ。社中は龍神社ともつながりが強いし」
「へー。あ、そうだ、大前田達にこっちで花火見るって伝えないとまずいんじゃ」
そう言ってゴンザレスこと権田君が携帯電話を取り出した瞬間、
「えい」バキッ
「うわあ!? 何するんスか阿部さん!?」
アプサラスに破壊された。
「向こうはせっかく二人っきりなのに邪魔しちゃ悪いでしょ? 私も電源切ってるし」
「じゃあ俺のだって電源切るだけでいいじゃないですか・・・良かった、ケース割れただけだ」
「二人とも、そろそろ花火始まるよ」
「あ、ウス」
「はーい♪ルビィお姉様♪」
* * *
ドーン!
「お、始まったな」
「すごい、ここだと花火が真正面に上がるんだね」
俺とポト美は社務所の裏の縁側に座っていた。
神社は小高い山の上にあるので、川原の花火会場で打ち上げた花火がほぼ真横で破裂する。
「花火を同じ高さで見るってのも不思議な感じだな」
「だねえ」
どどどーん!
次の花火が連続で打ち上がる。
「わー、綺麗・・・」
「ああ・・・」
隣で歓声をあげるポト美を横目で見る。
浴衣と同じ色をした水色の髪、親ゆずりの褐色の肌、そして青い瞳。
それらが打ち上がる花火に照らされて、赤・黄・緑と様々な色に染められては消えていった。
「キレイだな」
ポツリとつぶやくと、
「でしょ?」
こちらを振り向きポト美は微笑んだ。
・
・
・
次々と上がる花火を見ながら、俺達はとりとめもなく話をした。
「ねえ、昔ふたりで秘密基地作ったの憶えてる?」
「憶えてる。つーか作ろうとして失敗した記憶ならあるけどな」
「学校裏の森に行ったらさ」
「1組のゴブリン達が旗立てて砦作ってやがったな」
「あの時ユウ君仲間に誘われてたのに、どうして断ったの?」
「だってあいつら、“子分になったら基地に入れてやる”とか言ってきたんだぜ?」
「あはは、それじゃユウ君断るわけだ」
「だろ? 小学生男子なんて自意識の塊みてーなもんだし。・・・それにあいつら、明らかにポト美のこと邪魔そーにしてたからな」
「え、気付いてたんだ」
「お前、俺のことどんぐらい鈍いと思ってんの?」
「えーっと、蚊に刺された象ぐらい」
「失礼すぎない?」
「象に?」
「やかましい」
「あはは」
「結局どこ行っても他の奴らがいてさー」
「最後は私の壺の中に基地作ったんだよね」
「そうそう。・・・いま考えたらよく無事だったな」
「あの頃はまだ魔力も少なかったから大丈夫だったけど、私あの後お母さんにバレてすごく怒られたもん」
「俺はしばらくおじさんに冷たくされたな」
・
・
・
花火も終わりに近づいてきた。
「もうすぐ夏も終わるな」
「そうだね」
「あ〜、来年は受験で遊ぶどころじゃないんだろうなー・・・」
「ユウ君は来年も遊んでそうだけど」
「んなことねえよ。・・・たぶん」
「そもそも今年の課題は終わってるの?」
「う゛っ」
「やっぱり・・・」
「ポト美さん・・・数学と英語の課題、終わってたりなんかします・・・?」
「またぁ? 見せてもいいけどタダじゃ嫌だよ」
「さっすがポト美さん、話が早いっ!」
「でも私も全部終わってる訳じゃないから、明日にでもうちに来る?そしたら英語やってる間に数学の課題見せられるでしょ」
「オーケー。手土産はベルゲンダッツのカカオミント味でいいか?」
「クリスピーもつけて」
「良いけどそんなに食うと腹壊すぞ・・・?」
結局俺たちは花火が終わり、龍さん夫妻が戻ってくるまで縁側に座って話していた。
* * *
「おっ、あそこにいるの権田達じゃないか」
「ホントだ。おーいサラちゃーん!」
鳥居まで戻ってきたところで、花火会場から歩いてくる権田達を見つけた。
―もー、急に行っちゃうからビックリしたよ―
―ごめんごめん、でも上手くいったでしょ?―
「よう権田。何か言いたいことはあるか?」
「なんだよいきなり。何もないよ」
なぜだろう。阿部さんと並んで歩く権田を見ても、さっきのような怒りや肉染み(誤字ではない)は湧いてこない。それどころか二人を祝福する気さえ起きてくる。
・・・だがまあそれはそれとして・・・
「ほう? 我がクラスのアイドル・阿部さんと夜祭りデートしておいて、申し開きのひとつも無いとはお前・・・、いや、俺はいいんだ。俺はそんな小さなことで怒ったりしないからな。ただ、クラスの皆はどう思うか・・・」
「壺田さんとデートしてたお前に言われたかねーぞ。・・・大体、そんな良いもんじゃなかったっての・・・」
「・・・なんかお前やつれてない? 大丈夫? どんだけ激しいデートだったわけ?」
「いや、阿部さんの先輩って人に会ったんだけど・・・」
「あれ、ポトちゃん」
「ん?」
―っていうわけでさ・・・―
―えーっと、つまり阿部さんの彼氏?に気に入られて仲良くなったってこと?―
―ちっげーよバカ!―
「首のところに跡ついてるよ。虫刺されみたいな」
「え? あ、ホントだ」
―しかもお前、「いい匂いがしてクラッと来た」って、そっちの趣味だったの?―
―だぁから!その先輩ってのは・・・―
「それに帯もちょっと崩れてるし・・・」
「あ、これはその(子供みたいにおんぶされたなんて言えない・・・)」
―・・・―
―どした権田。急に黙りこくって―
「もしかしてポトちゃん、大前田君と・・・」
「ええ!? ち、違うよ、別に何もないってば!」
―・・・ぉ―
―権田?―
―おおぉぉまえだくぅぅうんんん!?―
―グエーッ、な、なにをするヤメロー!―
「・・・でね、私が歩けないからユウ君が・・・」
「へー、大前田君も意外と良いとこあるじゃない。で、どうだった?」
「(背中が)おっきくて・・・固かった///」
―♪大人の階段のーぼるーのぼる 君はまだー、死んで♪―
―待て権田! 話せばわかる、話せばわかるじゃないか!―
―大前田、アウトー!―(スパァン!)
―ア゛ッー!!―
* * *
にぎやかだった祭りの喧騒も遠ざかり、秋の虫が鳴き始める夏の夜。
星明りの田んぼ道をふたつの人影が歩いていた。
「早くー、おいてくよー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・権田のタイキックがまだ尻にひびいて」
「もー、子供みたいにじゃれあってるから」
「とどめ刺したのポト美じゃねーか・・・」
「?」
「いつつ・・・それよりも今度はコケるなよ。金魚つぶれるからな」
「わ、わかってるよ。それよりユウ君今日はあんまり夜更かししちゃダメだよ? 明日は朝から勉強するからね」
「ちぇっ、せっかく親父達が氏子の飲み会で朝まで帰らないのに・・・あっ!!」
「なに急に、どうしたの?」
「俺うちの鍵持ってない・・・」
「ええっ!?」
―どうすんの?―
―どうしよう・・・―
―・・・うち来る?―
―・・・頼む―
おしまい
「もう屋台もあんまりないね」
残念そうにきょろきょろと周りを見回すポト美。
「お前、まだ食うの? さすがに太るぞ」
「ち、違うよ! 射的以外遊んでないなって思って」
「あー、確かに遊戯系の屋台はぜんぜん寄ってないけど」
んー、でも特にやりたいものもないなあ。
もうクジ引きや紐引きでゲームソフト当てようと頑張るほど子供じゃないし。
ヨーヨー釣りだのスーパーボール掬いも昔ほどときめかなくなったしな。
・・・そういや昔、スーパーボールをポト美の壺に投げ込んで遊んだことがあったっけ。
丸い壺の中でボールが跳ね回ってめっちゃ楽しかったけど、ポト美がガン泣きして後でおじさんと親父に拳骨喰らった覚えがある。
「そういえばさ、昔ユウ君が金魚とってくれたことあったよね」
「え、そうだっけ」
そんなことあったかな。俺小さい頃は金魚すくい系苦手だったと思うけど。
「そうだよ。私が金魚見てたら“おれにまかせとけ”って言ったくせに結局一匹も捕まえられなくて、屋台のおじさんからおまけでもらった一匹を“とったけどいらないからあげる”って私にくれたんじゃない」
とれてねーじゃねーか俺!
ええ〜、なにそれ俺めっちゃカッコわる。・・・幼馴染のこういうところがいやなんだよ、昔の恥ずかしい過去とか知ってたりさー。
「つーかなんでお前そんなこと憶えてんだよ。忘れろよ恥ずかしい」
「えっ、だって、その・・・ほ、ほら、その時の金魚、まだうちの居間で元気に泳いでるし!」
なんと、ご存命でしたか・・・
「金魚まだ生きてたの?」
「うん」
「長生きじゃね?」
「まあそうだね」
「・・・それ魔物化してたりしない?」
「でも金魚って長いと10年以上生きるっていうし。・・・ただずっと一匹で飼ってるからちょっと見た目が寂しそうなんだよね」
「ふーん」
そうか、なら・・・
「じゃあ、また俺がとってやろうか」
「えっ」
「一匹と言わず、十匹でも二十匹でもとってやるよ」
「いや、一・二匹で充分だけど。だいたいユウ君そんなこと言っていいの? また昔みたいに一匹もとれないんじゃないの〜?」
そう言ってポト美はいたずらっぽく覗き込んでくる。
こやつ、俺を舐めくさっておるな。
まあ良い。俺の金魚すくいの腕を見ればそんな軽口は叩けなくなるのだからな!
「ふふん、俺を小学生の頃と同じと思うなよ」
そう、俺は昔の俺とは違う。
中学の頃のダチが金魚すくいの猛者で、そいつにコツを教わった俺はメキメキと腕を上げ、しまいには屋台のねーちゃんに『あんたら・・・それ以上とったら簀巻きにして暗黒魔界に売り飛ばすで』と暗い眼つきで言わせたほどなのだ!
「つってもこのへん金魚の屋台なんてねーな」
「入り口の方で見たけど、戻る?」
「うーん、いや、もうすぐ花火の時間で混むしな・・・金魚は帰りでもいいか?」
「いいよ。と れ る な ら ね ♪」
こ の や ろ う !
「じゃあちょっと早いけど裏手行くか」
怒りをぐっと飲み込み、俺はポト美の手を引いて神社の奥へと進んでいった。
* * *
「あのー阿部さん。これは・・・?」
ゴンザレスこと権田君の両手に握るは明るく輝くサイリウム。
そして眼前にせまるは神楽の舞台。
「大丈夫。タイミングは私が見るから、合図したらさっき教えたコールを一緒にしてね。あと興奮しすぎて周りの人にぶつからないように注意して」
「あ、いえそうじゃなく。僕が聞きたいのはなぜ祭りの神楽なのにこんなアイドルのライブみたいな装備をしているのかということなんですが・・・」
「シッ、そろそろはじまるわ。静かに」
真剣な口調で黙らされる権田君。
―それでは次にまいりましょう。栄露須(えろす)社中による演奏と踊りです。音楽は“ソーマ神権現”―
暗転した舞台に笛の音が響き、続いて弦楽器の調べ。
徐々に明るくなる照明に3人の影が浮かび上がる。
「キャー! ルビィお姉様ー!」
「阿部さん!?」
突然黄色い歓声を上げる阿部さんに驚くゴンザレスこと権田君。
舞台の上では2人のガンダルヴァと、それに挟まれたアプサラスが照らし出された。
* * *
ここらはさすがに静かだな。
神社の奥まで歩いてくると祭りの見物客もほとんどいなくなり、周りには俺とポト美の二人だけだ。
もう少し行くと地元民しか知らない花火スポットがある。たぶん権田たちともそこで合流できるだろう。
・・・あれ?
「こんなところに屋台がある」
「え? だってこっち参道じゃないよ」
人通りのない暗い横道に屋台の提灯がいくつも並んでいた。
屋台のお姉さんがこっちに気づいて手招きをする。
「お、金魚すくいの屋台もあるぞ。ちょうどいい、ここでとってくか」
そうして俺が屋台に向かって踏み出した途端――
「ちょっと待って!」(グイッ!)
「ぐえっ!?」
ポト美に引き留められた。
「急にベルト引っ張んなよ、中身が出るかと思ったじゃねーか」
「ユウ君よく見て! あれ金魚すくいの屋台じゃないよ!」
「あー?」
ポト美に言われて屋台を見る。
ややピンクがかった提灯に照らされた看板にはでかでかと、“淫魚すくい”と書いてあった。
「・・・あ?」
「ユウ君、ここ“桃色屋台”だよ・・・!」
「げっ・・・」
“桃色屋台”
それは未婚の魔物達がこっそりと出す屋台群。
祭りの時期になると表の参道から離れた裏路地などにひっそりと出現するという。
ここに足を踏み入れた男たちは二度と人間社会には戻らないとか・・・
「っぶねー、二度と赤い太陽を見れないところだったぜ・・・」
「早くいこ!」
「お、おう」
ポト美に強く手を引かれて元の道の方へ戻る。ふと振り返ると屋台のお姉さんと目が合って――
「ユウ君ダメ!」
「はっ!?」
気づくと屋台のすぐそばまで来ていた。
脇を見ればポト美が引きずられるような姿勢で俺の腰にしがみついている。
「え、俺、いま・・・」
「見ちゃダメ!ユウ君いま魅了(チャーム)されてたんだよ!目つぶって!」
ポト美に目を塞がれ手を引かれて、俺たちは逃げるように桃色屋台を後にした。
* * *
弦楽器をもったガンダルヴァがひときわ高く楽器をかき鳴らすと阿部さんはゴンザレス君にするどく目を向け、
「今よゴンザレス君! さっき教えたやつ!」
「へ? あ、はい!」
「「L.O.V.E.ラブリー・ルビィ! R.U.B.Y.キューティ・ルビィ!」」
合図に従いどこか昭和の香りのする声援を舞台に送る二人。
「あの、阿部さん? ルビィお姉様って」
「うちの先輩の“頑駄ルビィ(がんだ・るびぃ)”お姉様よ。ああ、私もお姉様の楽の音に身を任せて踊りたい・・・」
うっとりと頬を染める阿部さんにゴンザレス君がちょっと引いていると、舞台の上ではアプサラスが前に進み出て踊り始めた。
とたんに男たちの歓声が沸き起こる。
「ああっ、クソババアのせいでルビィお姉様が見えない!」
「あ、阿部さんさすがに失礼では? 見たところ僕らとそう歳も変わらないし・・・」
舞台上のアプサラスに大きな声で悪態をつく阿部さんに、勇気を出して苦言を呈するゴンザレス君。
そんなゴンザレス君に阿部さんはすわった目で振り返ると、
「あれうちの母親」
「あーそれで阿部さんとちょっと似て・・・母親ァ!?」
「そしてあのクソババアが何十年も踊り手のポジションに居座ってるから私は今年もオーディションに落ちたのよ!」
―スヴァティーちゃんこっち向いてー!―
「ちなみにあっちで一際大きな声出してるのがうちのパパ」
「ワオ」
* * *
俺の手を引いてポト美はずんずん歩いていく。
「ポト美」
ずんずん
「ポト美ってば」
ずんずん
「おーい?」
ずんずん
「ちょっと待って、この姿勢きつくって・・・」
ずんずん
「いや止まれや」グイッ
「ふぐえっ!?」
急に後ろに引っ張ったのでコントのようにずっこけるポト美。
「いたた、急に引っ張んないでよ」
こっちのセリフだバカタレ。ずんずん引っ張りやがって。
急にずんずん教に入信したのかと思ったわ。
「少しは落ち着けよ。もう桃色屋台も見えねーよ」
「あっ、うん・・・」
我にかえり気まずそうにうつむくポト美。
「まあ、助かったよ。ありがとな」
一応礼は言っておく。俺はばあちゃんに“ありがとう”と“ごめんなさい”をちゃんと言える大人になれと教わって育ったのだ。
「べ、別にユウ君のためじゃないよ、ユウ君いなくなったらおじさんやおばさんが悲しむから」
ツンデレかお前は。
まったく、俺はちゃんと礼を言ったというのにこいつと来たら・・・
「まあ、急ぐこともねえだろ。花火の時間までまだ少しあるから、ゆっくり行こうぜ」
「・・・うん」
そうして俺たちは神社の奥へと進んでいった。
「で、いつまで手つないでるんだ? 人ごみでもないのに」
「ふぇ!?」
気づいたポト美は慌てて手を離した。いままで無意識につないでたんかい。
・
・
・
「ぷぎゃっ!?」
裏参道を歩いていると、いきなりポト美がこけた。
「おい大丈夫か?」
いつものように助け起こす。
こいつ昔から何もないところで転ぶよな・・・
壺で足元が見えてないのかと思ってたけど、単純にドジなだけかもしれない。
「アイタタ、下駄が急に・・・」
言われてポト美の足を見ると、下駄が片方脱げて裸足になっていた。
どうやら転んだ拍子に飛んでいったらしい。
「ちょっと待ってろ」
その場にポト美を残し下駄を回収する。・・・結構飛んだな。
「取ってきたぞ」
「ありがとう・・・あっ」
「どうした?」
「鼻緒が切れてる・・・」
ホントだ。ビーチサンダルみたいにちょっと外れただけかと思ったけど、鼻緒が根元からスッパリ切れてる。
「こりゃすぐには直せそうもないな。そうだ、いつもみたいに壺からスペア出せないか?」
ポト美の壺は家とつながってるので、適当な履物を出せるはずだ。
「今日は壺つけてないから・・・」
そういやそうか。
「その髪のやつは?」
「これはただの飾り」
うーん、するとどうするか・・・
屋台の中には小物売ってる所もあったから、俺がひとっ走り代わりの履物を買ってくるって手もあるけど・・・こんな人気のないところにポト美を一人で置いてくわけにはいかないしな。
なによりそれが阿部さんの耳に入ったら俺のイメージがガタ落ちだ。
「アイタッ」
「おい無理に歩くな。このへん砂利道だから怪我するぞ」
「でも、そろそろ花火始まっちゃうし・・・」
確かにそうだが・・・そうだ、権田達に連絡してみよう。
『おかけになった番号は、現在電波の・・・』
「あの野郎、電源切ってやがる」
「サラちゃんもつながらない」
おのれ権田、阿部さんと二人でいったい何をしているのか。許せん。
あ、そういえばこの先に・・・
「たしかもうちょっと行くと事務所みたいなところあったよな?」
「社務所のこと?」
「そうそれ。そこに行けば替えのサンダルぐらい借りれるだろ。・・・ほれ」
ポト美に背中を向けしゃがみ込む。
「え?え?」
察しの悪いやつだな。
「おい、早く乗れよ」
「え?ユウ君の背中に、おぶさるってこと?」
そうだよ。
「わかってるなら早く乗れ。時間もあまりないんだから」
「う、うん。重いとか言わないでよ?」
言わねーよ。たとえそう思ったとしてもな。
「大丈夫だから。ほら」
「うん、よいしょ、っと」ズシッ
・・・そういえばこいつ、さっきまで屋台で大量に食ってたな。
「・・・ちゃんとつかまってろよ。ヨイショっ」
少し不安だったがちゃんと持ち上がった。
社務所まではなんとか持つだろう。
「ちょっと、お尻さわらないでよ!///」
無茶を言うな。
* * *
阿部さんとゴンザレスこと権田君は、神楽の舞台から離れカキ氷を食べていた。
「あのー、阿部さん? 神楽はもうよろしいのでしょうか・・・」
「え? なんでお姉様の舞台が終わったのに見る必要があるの?」
「ア、ハイ」
舞台ではサテュロスのトランペッターがジャズを奏で、男女の声援を浴びている。
二人から少し離れたところには先ほど舞台で演奏していた雷獣とサンダーバードのロックバンドがファンに囲まれている。
「なんでもありだなここの神楽」
* * *
その異変はポト美を背負って間もなく起こった。
―ふにっ―
ん? なんだこれ。
―ふにっふにっ―
? なんでこいつ浴衣の下にタオル入れてんだ?
―ふにっふにっムニッ―
ポト美の上半身が俺の背中に触れるたび、謎の柔らかい感触が背中に広がる。
「ユウ君、お、重くない?」
「え? いや大丈夫。軽いぐらいだよ」
さすがにここで結構重い、なんて本当のことを言ったらどうなるかぐらいは俺だってわかる。
それよりも俺の興味はこの不思議な感触の方に移っていた。
そういえば浴衣、というか着物を着る時は体の凹凸を減らすために、下にタオルなんかを巻いて矯正するって聞いたことがあったな。
ポト美にそれが必要なのかはわからないが。
などと思っていると背中の感触に若干の変化があらわれた。
ふにっふにっクニッ
「・・・」
ふにっふにっコリッ
「・・・」
「・・・」
あれ・・・これって・・・
背中の感触はやわらかさの中に一部なにか硬いものが混じる。
もしかして・・・
背筋を伸ばし、俺の背中とポト美の体が触れないように隙間を作る。
「ふわっ!? ちょっと、あぶな・・・!」
バランスを崩した俺にポト美は強くしがみついてきた。
ぷにんコリッ!
途端にやわらかさと共にポト美の熱い体温が伝わってくる。
(Noo、Nooo・・・・・・)
俺の中で海外のスプラッタ系パニックホラーで殺人鬼に迫られる犠牲者のようなセリフが木霊する。
(Nooooobrr!?)
なんだこれは? いったいどういうことだ?
確かに着物を着る時には下着を着けないなんて話もあるが、あれはブラジャーなどの外来下着ではなく肌襦袢みたいな在来下着を着けるというような意味だったはず!だいたい同じように浴衣を着ていた阿部さんはどうだった?パッと見た感じ“着けてない”なんてことはなかった、と思う!あのサイズで着けてなければ、おそらく形でわかったはずだ!
しかし背中から伝わるポト美の感触は、おそらくたぶんまちがいなく布いちま―――
空を見よ 天高く 星の日は いま来たり
目覚めよ 魔が神よ 封印は砕け散る
「? ユウ君?」
星々が破裂する 七色の時が今
乱れ狂え精神よ 踊り狂え酔神よ
「なんでいきなりホーム・ア〇ーンの曲歌いだしたの?」
いいや、ダ〇・ハードさ!
え、こいつ胸なんてあったの? という驚きと、やわらかさ+体温という初めて味わう衝撃に正直一瞬正気を失いそうだった。
「いや、特に意味はない」
「神社の魔力に当てられておかしくなったのかと思った・・・」
正気度を保つ為に歌で気をそらしたらかえってその事で正気度を疑われてしまった。
「ポト美、あのさ、お前」
「ん? なに?」
なんでブラしてねーの?
と聞きそうになったが、おんぶしてる今それを聞くととんでもなく気まずくなりそうだったのでここはぐっとこらえた。
「・・・いや、もうすぐ社務所だから、もうちょっと我慢してくれ」
「うん」
ぷにん♪
またもや背中に感じるポト美の感触に気が遠くなりながら、俺は社務所への道を進んだ。
* * *
♪
行こう 行こう 微の山へ
行こう 行こう Bの山へ
フニッコリッ フヌッコラッ
フニッコリッ フヌッコラ〜〜
迷わず登れ 小さな山♪
「・・・あの、阿部さんどうしたの?」
ゴンザレスこと権田君は急に歌いだしたクラスメイトに不安そうな目を向けた。
「ああ、気にしないで。ちょっとエロス神の波動を感じただけだから・・・あっ、お姉様〜♪」
控え室から出てきたガンダルヴァへと駆けていくアプサラスの背中を見ながら、ゴンザレスこと権田君は今日何度目かになるクラスのアイドルの意外な顔に白目をむいていた。
* * *
「すみませー・・・ドゥワ!?」
俺たちが社務所に着き中に呼びかけた瞬間、ガラス戸が勢いよく開かれた。
「うわっ! ・・・あれ?君達は壺田さんと大前田さんとこの・・・ちょうど良かった!ちょっとここで留守番しててくれない!?」
中から出てきた若い男(たしかここの神主で龍さんの旦那さんだ)は慌てた様子でまくし立てた。
「え、いや俺ら代わりのサンダルかなんか借りれればと・・・」
「中にあるものは自由に使って良いから!あ、少し怪我してるね!救急箱は流しの横にあるからね!」
「え、ちょ待っ・・・」
呼び止める間もなく神主さんは俺らを残して走って行ってしまった・・・
―少しくらいなら構わないけど汚したら君らの親御さんに連絡行くからねー!―
走り去りながらとんでもないことを口走って行った。
「・・・」
「・・・」
「・・・ど、どうしようか?」
「どうするもこうするも・・・」
急な展開にあっけに取られていたが、背中のポト美の声で我に返った。
「とりあえず中入ろうぜ。さすがにそろそろ重い」
「あ!いま重いって言った!」
「うるせえ、さっきからどんぐらい背負ってたと思ってんだ。ここで降ろすぞ。ヨイショ」
ひとまず開いた戸から中に入り、玄関でポト美を降ろす。
「いたっ」
「ん?どした」
「足が・・・」
めくれた着物からのぞくポト美のひざに、赤い擦り傷が幾筋か見えた。転んだ時にできたのだろうか?
さっき神主さんが言ってたのはこれのことか。
「ちょっとそこで待ってろ、救急箱とってくる」
たしか流しの横って言ってたな。
* * *
ゴンザレスこと権田君は困惑していた。
「へえ、ゴンザレス君か。サラの友達って事は君もダンスをやるのかな?」
「い、いえ僕はダンスとかはさっぱり・・・あと僕の名前は権田です」
「もー、お姉様、ゴンザレス君のことなんてどうでもいいじゃないですか」
「フフフ、サラが男の子と一緒にいるなんて珍しいからつい、ね。・・・でもゴンザレス君、なかなかいい体をしているね。どうだい、君も一度ダンス教室に」
「ええ〜っと、いや、ハハ、考えときます・・・」
「(ゴンザレス君、あまり調子にのってると上下左右握りつぶすからね・・・)」
「ヒィッ(左右ってなに!?)」
* * *
「よし、これでいいだろ」
簡単にだが消毒と絆創膏でひざの傷を手当する。
「つか怪我してんなら言えよ」
「わ、私だってここに来て気付いたんだもん」
「というかそろそろ花火の時間だな」
「でも留守番頼まれたのに、ここ離れるのもまずくない?」
そうなんだよな・・・
ジリリリリ!!
「うおっ!?」
どうするか悩んでいるところに急に社務所の電話(しかも黒電話)が鳴ったのでビックリした。
「えっ、ど、どうしよう?」
「留守番なんだから取って構わないだろ。(ガチャッ)もしもーし」
『あ、大前田君かな? ごめんねさっきは急に』
「あぁ神主さん。いえ、俺らも助かりましたから。それで、ここにはどれぐらい居ればいいんですか? そろそろ花火が始まるので移動したいんですけど」
『あーうん、その事なんだけど・・・。本当は妻を花火会場に行かせたら一度そっちに戻るつもりだったんだけど、ちょっとそうも行かなくなってね・・・』
―くそっ離れんか毒虫!―
―貴女が離れなさいよ!―
―ああっ、二人とも暴れないで! これ以上絡まったら本当にほどけなくなるよ!―
『ごめん、安全上水神が河川敷に着かないと花火大会が始められないんだけど、大百足さんと取っ組み合いしたせいで二人とも絡まっちゃって・・・。いま数人がかりで二人を運んでる最中だから、ちょっとそっちに戻れそうにないんだ。そこの鍵も持ってきちゃったし・・・』
おいおいおい、マジかよ。
それじゃあ俺らは花火見れない・・・というか龍さん達が着かなきゃそもそも花火始まらないのか?
『ほんとゴメンね。あ、でも花火は社務所の裏側からも見られるから! それに来客用の飲み物やお菓子も好きに食べていいからさ』
うーんそういう事ならまあ、しょうがないか?
ポト美を見ると「どうしたの?」と小首をかしげてこちらを見ている。
「わかりました。じゃあ神主さん達が戻ってくるまで留守番してればいいんスね?」
『そうしてくれると助かるよ。そっちの社務所は僕たちの住居兼ねてるから危なくてね、迷子が母屋の方にでも迷い込もうものなら即魔物化しかねないし』
「・・・そんなところに俺ら居て大丈夫なんですか」
さらっと怖いことを言わないでくれ。
『ああ、事務所側に居るぐらいなら大丈夫だよ。ただまあ母屋の方には入らないでね。僕らの寝室とかあるから』
「ああ、はい・・・それはもう」
そりゃ夫婦の寝室なんて他人に見られたくないだろう。俺も見たくない。
『じゃあ悪いけど、よろしくね。花火終わったらすぐ戻るから』
「ういッス」
ガチャッ
「今の神主さん? 何だって?」
電話を置くと横のポト美が待ちかねたように聞いて来た。
「あー、花火大会終わるまで留守番しててほしいってよ。その代わりお菓子食べ放題で花火も裏から見えるって」
「え、そうなんだ。じゃあサラちゃん達どうしよう・・・」
「もう一回連絡して、こっちに合流してもらうか」
と思って阿部さんと権田に電話したが、さっきと同じくつながらなかった。
「ダメだ。一応メールしておこう。気付いたらなんかアクションあんだろ」
そういえば人混みの中だと混線して電話が通じなくなるって聞いたことがある。
二人につながらないのもそのせいだと思いたい・・・。
* * *
「うわすごい、座敷席じゃないですか。・・・阿部さん、ホントに俺らここ居ていいの? 花火見物の一等地だけど」
ゴンザレスこと権田君とアプサラスはガンダルヴァに連れられ、花火会場の特等席へとやってきていた。
「毎年この場所は栄露須社中で借り切ってるのよ。社中は龍神社ともつながりが強いし」
「へー。あ、そうだ、大前田達にこっちで花火見るって伝えないとまずいんじゃ」
そう言ってゴンザレスこと権田君が携帯電話を取り出した瞬間、
「えい」バキッ
「うわあ!? 何するんスか阿部さん!?」
アプサラスに破壊された。
「向こうはせっかく二人っきりなのに邪魔しちゃ悪いでしょ? 私も電源切ってるし」
「じゃあ俺のだって電源切るだけでいいじゃないですか・・・良かった、ケース割れただけだ」
「二人とも、そろそろ花火始まるよ」
「あ、ウス」
「はーい♪ルビィお姉様♪」
* * *
ドーン!
「お、始まったな」
「すごい、ここだと花火が真正面に上がるんだね」
俺とポト美は社務所の裏の縁側に座っていた。
神社は小高い山の上にあるので、川原の花火会場で打ち上げた花火がほぼ真横で破裂する。
「花火を同じ高さで見るってのも不思議な感じだな」
「だねえ」
どどどーん!
次の花火が連続で打ち上がる。
「わー、綺麗・・・」
「ああ・・・」
隣で歓声をあげるポト美を横目で見る。
浴衣と同じ色をした水色の髪、親ゆずりの褐色の肌、そして青い瞳。
それらが打ち上がる花火に照らされて、赤・黄・緑と様々な色に染められては消えていった。
「キレイだな」
ポツリとつぶやくと、
「でしょ?」
こちらを振り向きポト美は微笑んだ。
・
・
・
次々と上がる花火を見ながら、俺達はとりとめもなく話をした。
「ねえ、昔ふたりで秘密基地作ったの憶えてる?」
「憶えてる。つーか作ろうとして失敗した記憶ならあるけどな」
「学校裏の森に行ったらさ」
「1組のゴブリン達が旗立てて砦作ってやがったな」
「あの時ユウ君仲間に誘われてたのに、どうして断ったの?」
「だってあいつら、“子分になったら基地に入れてやる”とか言ってきたんだぜ?」
「あはは、それじゃユウ君断るわけだ」
「だろ? 小学生男子なんて自意識の塊みてーなもんだし。・・・それにあいつら、明らかにポト美のこと邪魔そーにしてたからな」
「え、気付いてたんだ」
「お前、俺のことどんぐらい鈍いと思ってんの?」
「えーっと、蚊に刺された象ぐらい」
「失礼すぎない?」
「象に?」
「やかましい」
「あはは」
「結局どこ行っても他の奴らがいてさー」
「最後は私の壺の中に基地作ったんだよね」
「そうそう。・・・いま考えたらよく無事だったな」
「あの頃はまだ魔力も少なかったから大丈夫だったけど、私あの後お母さんにバレてすごく怒られたもん」
「俺はしばらくおじさんに冷たくされたな」
・
・
・
花火も終わりに近づいてきた。
「もうすぐ夏も終わるな」
「そうだね」
「あ〜、来年は受験で遊ぶどころじゃないんだろうなー・・・」
「ユウ君は来年も遊んでそうだけど」
「んなことねえよ。・・・たぶん」
「そもそも今年の課題は終わってるの?」
「う゛っ」
「やっぱり・・・」
「ポト美さん・・・数学と英語の課題、終わってたりなんかします・・・?」
「またぁ? 見せてもいいけどタダじゃ嫌だよ」
「さっすがポト美さん、話が早いっ!」
「でも私も全部終わってる訳じゃないから、明日にでもうちに来る?そしたら英語やってる間に数学の課題見せられるでしょ」
「オーケー。手土産はベルゲンダッツのカカオミント味でいいか?」
「クリスピーもつけて」
「良いけどそんなに食うと腹壊すぞ・・・?」
結局俺たちは花火が終わり、龍さん夫妻が戻ってくるまで縁側に座って話していた。
* * *
「おっ、あそこにいるの権田達じゃないか」
「ホントだ。おーいサラちゃーん!」
鳥居まで戻ってきたところで、花火会場から歩いてくる権田達を見つけた。
―もー、急に行っちゃうからビックリしたよ―
―ごめんごめん、でも上手くいったでしょ?―
「よう権田。何か言いたいことはあるか?」
「なんだよいきなり。何もないよ」
なぜだろう。阿部さんと並んで歩く権田を見ても、さっきのような怒りや肉染み(誤字ではない)は湧いてこない。それどころか二人を祝福する気さえ起きてくる。
・・・だがまあそれはそれとして・・・
「ほう? 我がクラスのアイドル・阿部さんと夜祭りデートしておいて、申し開きのひとつも無いとはお前・・・、いや、俺はいいんだ。俺はそんな小さなことで怒ったりしないからな。ただ、クラスの皆はどう思うか・・・」
「壺田さんとデートしてたお前に言われたかねーぞ。・・・大体、そんな良いもんじゃなかったっての・・・」
「・・・なんかお前やつれてない? 大丈夫? どんだけ激しいデートだったわけ?」
「いや、阿部さんの先輩って人に会ったんだけど・・・」
「あれ、ポトちゃん」
「ん?」
―っていうわけでさ・・・―
―えーっと、つまり阿部さんの彼氏?に気に入られて仲良くなったってこと?―
―ちっげーよバカ!―
「首のところに跡ついてるよ。虫刺されみたいな」
「え? あ、ホントだ」
―しかもお前、「いい匂いがしてクラッと来た」って、そっちの趣味だったの?―
―だぁから!その先輩ってのは・・・―
「それに帯もちょっと崩れてるし・・・」
「あ、これはその(子供みたいにおんぶされたなんて言えない・・・)」
―・・・―
―どした権田。急に黙りこくって―
「もしかしてポトちゃん、大前田君と・・・」
「ええ!? ち、違うよ、別に何もないってば!」
―・・・ぉ―
―権田?―
―おおぉぉまえだくぅぅうんんん!?―
―グエーッ、な、なにをするヤメロー!―
「・・・でね、私が歩けないからユウ君が・・・」
「へー、大前田君も意外と良いとこあるじゃない。で、どうだった?」
「(背中が)おっきくて・・・固かった///」
―♪大人の階段のーぼるーのぼる 君はまだー、死んで♪―
―待て権田! 話せばわかる、話せばわかるじゃないか!―
―大前田、アウトー!―(スパァン!)
―ア゛ッー!!―
* * *
にぎやかだった祭りの喧騒も遠ざかり、秋の虫が鳴き始める夏の夜。
星明りの田んぼ道をふたつの人影が歩いていた。
「早くー、おいてくよー」
「ちょ、ちょっと待ってくれ・・・権田のタイキックがまだ尻にひびいて」
「もー、子供みたいにじゃれあってるから」
「とどめ刺したのポト美じゃねーか・・・」
「?」
「いつつ・・・それよりも今度はコケるなよ。金魚つぶれるからな」
「わ、わかってるよ。それよりユウ君今日はあんまり夜更かししちゃダメだよ? 明日は朝から勉強するからね」
「ちぇっ、せっかく親父達が氏子の飲み会で朝まで帰らないのに・・・あっ!!」
「なに急に、どうしたの?」
「俺うちの鍵持ってない・・・」
「ええっ!?」
―どうすんの?―
―どうしよう・・・―
―・・・うち来る?―
―・・・頼む―
おしまい
23/06/30 23:59更新 / なげっぱなしヘルマン
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