ゲイザースレイヤー
山近くの小さな町、酒場に一人の男が入ってくる。
くたびれたマントを羽織った姿は、よく言えば旅慣れている、悪く言えばみすぼらしく薄汚れていた。ただその目だけがギラギラと燃えるように光っている。
男はまっすぐにカウンターに進むと、そこにいた女に「ソーダ水」とだけ言い、差し出された瓶の中身を半分ほど一息に飲んだ。
「ここは冒険者ギルドだと聞いたが」
小さく息を吐いた後、男が静かにたずねる。女はそれに答えて、
「酒場と兼業さ。私が受付嬢ってわけ」
中年の女はしなを作って言う。10年前であればその仕草もサマになっていたのかもしれない。
おどけた常連の野次が飛ぶ。女は毎度のことのように軽口で受け流した。
「それで? 冒険者ギルドに何の用だい」
男は一枚の紙を差し出す。
「“ゲイザー”が出たと聞いた」
「この紹介状、あんた・・・」
紹介状を見た女は顔色を変え、男を見返す。
「おいおい兄ちゃん、まさかあんたがゲイザーを退治しようってんじゃないだろうな」
赤ら顔の酔っ払いの一人が男に近づいてきた。筋肉で盛り上がった体は、旅の男よりも頭一つ大きかった。
「やめなよ。この人は・・・」
カウンターの女がたしなめる。だが、
「あんだよ! 俺には無理でもこのヒョロっちいのなら出来るってぇのか!?」
酔っ払いが男の肩を乱暴に掴む。だが男は動じた風もなく、わずかに体をよじった。
すると酔っ払いの体が大きく泳ぎ、男のマントを掴んだまま床に倒れこんだ。
「おいおいビリー、酔いすぎだろう。もう足にまわってんのかぁ?」
酒場にはドッと笑いが起こり、床に倒れた酔っ払いを囃し立てた。
「う、うるせえ! ちょっとつまづいただけだ!」
酔っ払いはもともと赤かった顔をさらに赤くして怒鳴り散らす。
「だいたいこの野郎が――」
倒れたまま振り返る酔っ払いの目の前に、それは現れた。
マントの下から現れたのは、マントと同じくらい古びた装備。
要所だけ金属で覆われた軽鎧に、傷だらけの小盾。
しかしその中で、黒塗りの鞘に収まった剣だけが異彩を放っていた。
鞘にはいくつもの禍々しい“目”が描かれ、そのどれもが大きく“ ╳ ”で潰されていた。
―お、おい、あの剣ってまさか・・・“ゲイズリスト”か?―
―ああ、旅人が言ってた“目潰し丸”とそっくりだ―
―てことはあいつが・・・―
剣を見てどよめく酒場の客達。その目には期待、そして安堵が浮かんでいる。
「これで鉱山も開けられる」「そうとも、町も救われる」
「魔物退治の専門家が来たなら安心だ」「ああ、ゲイザーさえいなくなれば」
「あんた、その・・・すまなかった」
さっき床に倒れた酔っ払いが立ち上がり、掴んだままのマントを男に差し出した。
「――なにか勘違いをしているようだが」
周りの喧騒に無反応だった男が、酔客たちに向きなおり口を開いた。
客達の会話がピタリと止まる。
「俺はこの町を救いに来たわけじゃない」
「っ―!?」
冷や水を浴びせるような言葉に場の空気が張り詰める。
「俺は、ゲイザーを殺しに来たんだ」
静かに続ける男。
「それと俺は“魔物退治の専門家(モンスターハンター)”じゃない」
男は差し出されたままの手からマントを受け取り、羽織る。
「“ゲイザー殺しの専門家(ゲイザースレイヤー)”だ」
周囲の息を呑む音が聞こえた。
男はカウンターの女に部屋と食事、それと会計を頼み、懐から袋を取り出す。
「目玉ひとつ」
―チャリン―
手の中から銅貨を一枚置く。
「残さず」
―チャリン―
さらにもう一枚。
「皆殺しだ」
―ジャララララ―
テーブルの上に様々な国の銅貨・銀貨が広がった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここか」
木枠の朽ちた、古い坑道の入り口に男は立つ。
酒場で聞いた話では、ゲイザーはこの奥、今は使われなくなった坑道に住み着いているという。
そのためこの鉱山全体を閉めざるをえなくなり、鉱山労働者が集まって出来たふもとの町は困り果てているらしい。
だが、男にとってはどうでもいいことだった。この奥にゲイザーが居る。そのこと以外は全て。
男が鞘からすらりと剣を抜くと、刀身から発する蒼い光が坑道の暗闇を指し示す。
「・・・いるな」
三つは太陽の下の光の民に
七つは月夜に蠢く魔の血族に
一つは死すべき運命(さだめ)の闇の子に
蒼き光はまなこを見つけ
蒼き光はまなこを照らし
暗闇の中に縫い止める
影さえ差さぬ、暗黒の中に
刀身に刻まれた古代文字が蒼い光の中に暗く浮かび上がる。
この剣がゲイザー殺しの剣といわれる由縁。
使い手をゲイザーの元へ導く剣。
この剣がどういう来歴のものかは誰も知らないし、男も何も話さない。
古代の刀工が一縷の希望を打ち込んだものか、あるいは邪神の仕掛けた狡猾な罠か。
だがこの蒼い光の先には必ずゲイザーが居る。
男にはそれがわかっていれば充分だった。
洞窟の中を、男は音も無く進んでいく。
松明は持たない。目の怪物であるゲイザーは明かりに敏感なためだ。
まぶたに塗った薬により、漆黒の闇の中でも洞窟のおぼろげな輪郭だけは把握できる。
そして鞘からもれるかすかな蒼い光が男をゲイザーの元へと導く。
―居た!―
通路の暗闇の奥に、その暗闇よりも濃い影が浮かんでいた。
足音を殺してゆっくりと距離を詰める。
眠っているのだろうか。黒い影はぼんやりとその場に浮かんだまま動かない。
――ゲイザーの魔眼は強力だ。
とくに視線を媒介した催眠はゲイザーの最たる特徴と言っていい。
奴と相対するにはそれを防ぐ手立てが必要となる。
よく言われるのは盾で相手の視線をさえぎる事。
中には盾を鏡のように磨いて魔眼をはね返すというのも聞く。
酒場の席では冗談まじりに“目をつぶって戦う”なんて話も出る。
―どれも間違いだ―
距離を半分ほど詰めたところで、足元の小石が音を立てた。
―ッ―
影が身じろぎし、闇の中に赤い目が灯る。
目がこちらを捉えるより先に走り出す。
「Blinder!」
剣をかざし真名を叫ぶと、刀身からまばゆい光がほとばしり通路を激しく照らし出す。
『ぐあッ!?』
これで目は潰した。
だが上級魔族であるゲイザーは強力な回復力を持つ。効果は短時間しかもたない。
走りながら前方に盾を構える。
『くそッ!』
間をおかず盾や足元にゲイザーが乱射した熱線が着弾する。
―盾で顔を隠したままでは弓や投具では戦えない。そして遠距離戦はゲイザーの最も得意とするところだ―
ゲイザーの視力が戻るまでのごく短い時間に敵との距離を詰めなければならない。男は盾で熱線を防ぎながら洞窟を一気に駆け抜ける。
このまま接近戦に持ち込む。
その後はどうするか。盾で相手の視線を遮りながら戦う?
いいや。
―それも間違いだ―
ゲイザーは単眼の魔物ではない。
ゲイザーとは、多眼の魔物だ。
顔の一つ目を防いだところで、背中から伸びる複数の触手の目を盾で防ぐことは難しい。
ゲイザーの魔眼を封じるには盾や鏡では駄目だ。奴の目を封じる方法、それは、
―“真正面からその一つ目を覗き込む”ことだ―
『え、なん・・・?』
あと一歩で剣が届く距離まで近づいたところで、かかげた盾を外す。
人の眼を見たゲイザーは反射的に暗示を放ってしまう。
ガクリ、とゲイザーの体から力が失われる。
人の眼という器官は、なまじっかな鏡よりもよく映る。
こいつは俺の瞳に映った自分自身の暗示にかかったのだ。
崩れ落ちるゲイザーの体を抱きとめながら試しに尋ねる。
「おい、今使った暗示はなんだ?」
「いま、使った、のは、“服従”と、“脱力”・・・です」
ふん、なるほど。
ゲイザーの多くはまず服従の暗示をかけるものだが、こいつは瞬時に二つの暗示をかけてきた。とすると相当に魔力を溜め込んだ強力な個体のようだ。
・・・これはかなり骨が折れるかもしれん。
焦点の合わない眼に顔を寄せる。
「キミの、名前は?」
そしてなるべく穏やかに聞こえる口調で語りかける。
「私、の、名前、は、アイ・・・です」
焦点の合わない目で答えるゲイザー。
「アイか。いい名前だ」
さらに顔を寄せていく。
「え? なに、ちょ、んっ」
―チュッ―
そして、ゲイザーの小さな唇にそっと口づけする。
「な、なに? ななんでこんなな」
ゲイザーはあっけに取られた表情であわてふためく様子を見せる。
なんで? フン、なぜ俺が“それ”を知っているのか。ゲイザーはその事実に驚愕し、そして同時に恐怖しているようだ。
この剣で貫き、ゲイザーを退治する――酒場の連中は皆そう思っていたようだ。
・・・それは間違いじゃない。
“退治”するだけならば。
ゲイザーという魔物は陰の気が凝り固まって生まれた存在だ。
剣でも魔法でも、致命傷を与えれば陰の気はとるべき形を失い、霧散する。
だがそれは一時のことだ。
時間をおけば陰の気はまた集まり、固まって、同じように醜悪なゲイザーの形を成す。
だからゲイザーを“殺す”のは剣でも魔法でもない。奴らを構成する“陰の気”と同程度の“聖の気”あるいは“陽の気”で浄化しなければ、ゲイザーという魔物を殺す事は出来ないのだ。
残念ながら俺は勇者ではないから“聖の気”はごく限られた条件でしか使えない。だが、“陽の気”は誰しもが扱うことができる。それは例えば――
「きれいな瞳だ」
甘い愛の言葉だったり――
「ずっと君を探していたんだよ・・・」
――暖かい抱擁であったりだ。
「ばっ、バッカじゃねーの!? アタシは魔物だぞ! それも他の魔物からすら嫌われる、醜い――」
「そんなことない!」
押しのけようと抵抗する奴の言葉を、声を強めてさえぎる。
こいつ、陽の気を抑えるために自分を卑下して陰の気を増してくるとは・・・
フン、小ざかしい奴だ。
「君が魔物だって関係ない! 他のやつはキミに嫉妬してるだけだよ。だってキミは――」
強い口調に一瞬すくんだゲイザー、その機を逃さずしっかと肩を掴んで向かい合う。
「君はこんなに綺麗じゃないか」
真正面から相手の目を見つめ、穏やかな口調で、やさしく語りかける。
ここで乱暴な態度や言動は禁物だ。
喋る内容に関係なく、暴力的、破壊的なイメージを持たせてしまうと奴の陰の気が増加してしまう。よって奴の自己批判に同調するのも悪手だ。
「うぅ、うるさいうるさい! 騙されないぞこのウソつき! 口先だけならなんとだって――んんンっ!?」
やはり一筋縄ではいかないか。多少強引だがこれ以上こいつに喋らせるのはまずい。
「んんっ、っ、やめ、んむぅ!」
一気に抱き寄せ唇を奪う。
先ほどの唇を合わせるだけのものとは違い今度は舌を差し込もうとするが、ゲイザーの堅い抵抗にあい、ままならない。さらには体の間に腕を入れ、俺を突き放そうと力を入れてくる。
――さっきもそうだったが、こいつまさか“脱力”の暗示が解けているのか? 押し戻す力は大したものではないから完全には解けていないのか、あるいは同時にかかった“服従”の暗示がまだ効いているのか・・・。
どちらにせよあまり時間はかけていられないようだ。
背中にまわした手をゆっくりと下ろしていき、くびれた腰、そして小ぶりな臀部へと這わせる。
「っぷあっ! な、どこ触って――ふむぅ!?」
捕らえたぞ。
後ろに気をとられ思わず開いたゲイザーの口に舌を差し込む。
「んんーっ!? んんんー!!」
そのままゲイザーの口の中をじっくりと蹂躙する。ここで急いてはいけない。
先ほど強引に抱き寄せた分、ゆっくりと舌を動かして逃げるゲイザーの舌を絡めとる。
「んんっ、んあう・・・」
手を貧相な尻から離し、背中にまわして抱きしめる。
これでこいつも口に集中しやすいだろう。
「んぅ・・・」
ゲイザーは眼を伏せ、されるがままになっている。
狙い通りだ。
抵抗が弱くなったゲイザーの口内に、唾液を塗りこむかのようにゆっくりと時間をかけて舌を動かす。
完全に抵抗がなくなったのを確認し舌を抜く。
ゲイザーとこちらの舌につうっ―と唾液の橋がかかり、落ちる。
奴は伏せていた目を少し開き、呆けた目でこちらの口元を見つめた。
「お、前、急になにするんだよぅ・・・」
「ゴメン、君を見ていたら、どうしても我慢できなくなって・・・怒ったかい?」
抱きしめていた腕を解き、体を離す。
傍から見れば謝意を示すようにも見えるだろう。
「あ、あたりまえだろ。いきなりキ、キスなんかして」
――まずいな。こいつの言動を見るかぎり、脱力どころか服従の暗示も解け始めているようだ。襲いかかってこないところを見ると完全に解けているわけではないようだが――
「ゴメンね。驚かせたことは謝るよ。でも、僕はこれまでずっと君を探して旅してきたんだ。君にとっては突然かもしれないけど、この想いを、どうしても受け取ってほしいんだ」
あとはこいつの暗示が完全に解ける前に浄化できるかの勝負だ。
――ゲイザーという魔物は目からの怪光線をはじめとした強力な攻撃力を持ち、外敵と遭遇すればその火力をもって瞬時に撃退する。
だが、“攻撃される前に倒す”という習性ゆえに、ひとたび攻撃を受ければ脆い。
「それもそうだけど・・・いきなり舌入れたりしたらケガするかもしんないだろ」
「ケガ? どうして?」
バカめ。かかったな。
熱い告白のセリフにうろたえたゲイザーは仕掛けられた罠を踏み抜く。
あまり知られてはいないが、ゲイザーの弱点の一つに“口”がある。
「そんなの、アタシの歯を見ればわかるだろ。こんなに尖ってるんだから、触ったら・・・お前の舌が切れちゃうかもしれないじゃんか・・・」
これがゲイザーの“口”が弱点である理由。
化け物らしく異常に尖った歯は牙といった方がふさわしく、顔の単眼と同じく見るものに恐怖を抱かせる。その恐怖という“陰”の気を糧として、ゲイザーはより強力で凶悪な力を得る。
・・・本来ならば。
「でも君は噛み付いたりなんてしないだろ? それに」
「あっ・・・」
俯いたゲイザーの細い顎に人差し指で触れ、親指で歯を撫でる。
とっさのことにゲイザーはろくに反応できず、口を半開きにしたまま固まる。
「ほら。君の歯は、人を傷つけたりなんてできないよ。だって、君は優しい魔物だから」
無傷の指を見せ付ける。
そう、ゲイザーの歯を始め、多くの魔物の角や爪は、その形に反して人間の体を傷つけることはできない。
これは教団の坊主共に言わせれば、人間が創造主である主神の力で守られているからだそうだ。
そして、どんなものであれ強力なほどその反動は強い。
人を恐怖させるための異形の口を肯定されたことで、ゲイザーの“陰”の気が“陽”へと裏返る。
「そ、んな、だってアタシ」
どうやら自分の歯の性質は知らなかったらしい。その分大きな衝撃を受けたようだ。
「だから、」
戸惑うゲイザーに顔を寄せる。
「もう一度、いいかな」
「え・・・んっ」
もはや自分の“牙”が身を守る盾とならないのを知り、ゲイザーは再度の口づけを受け入れる。
今度は抵抗はなかった。
しかし油断せず、手を慎重に胸へと移動する。
「んぅ、へ、へへ、小さいだろ・・・? 無理に触らなくても、いいんだぜ」
口づけの合間に自嘲するようなゲイザーの声。
「君の胸、しっとりと手に吸い付いてくるみたいだ。このままずっと、いつまでも触っていたくなるよ」
さっき臀部に触れたときもそうだったが、こいつの肌はまるで手にねっとりとまとわり付いてくるような、嫌らしい感触がする。
無論そんな感想はおくびにも出さず、まるで極上の肌であるかのように褒めてやる。
「ばっ、バカぁ」
まともに反論できずに子供のような罵倒を返すゲイザー。この隙にたたみ掛ける。
ふくらみかけの少女のような胸をなでるように触り、軽く揉んでやる。
「んあっ」
もう少し大きければ揉むのも楽なのだが。
かと言ってないものねだりをしてもしょうがない。
代わりに攻める場所はいくらでもある。
ゲイザーの体の表面を覆う黒い皮膜は、まるでよくなめされた皮のようにつるつるとしている。
またピッタリと体に貼り付いていて、これを力で剥がそうとすれば相当に骨が折れるだろう。だが・・・
「そ、んなところばかりイジるなよぉ・・・」
乳首と思しき場所を皮膜の上から何度もこする。熱を帯びた皮膜は次第にやわらかくなり、つるりとした触感から、やがてヌルリとした、液体のような手触りに変わって溶けていく。
「み、見るなぁ///」
トロリと解けた皮膜の下から硬くなったピンク色の乳首が現れる。
初対面の男に触られて喜ぶ淫売のくせに、色だけはまるで純朴な生娘だとでも言うかのような薄い色をしていた。
「きれいな胸だね」
不愉快ではあるが、褒める要素が多いのはこちらにとっては好都合だ。
胸に触れつつ尖った乳首を指ではじく。
「あうっ、ぁ、もっと・・・」
そのまま乳首を触れているうちに、ゲイザーが小さな声で何か言いかける。
「ん? なに?」
「っ、なんでも、ない」
さて、どうしたものか。
今言いかけたのは弱ったゲイザーの屈服の兆しか、あるいは逆転を狙った反撃への布石か。
・・・いや、どちらだとしてもやることは同じか。
ただ前進し、制圧するのみ。
「どうしたの? “アイ”。言ってくれなきゃわからないよ」
こちらを睨むようにして気を張っていたゲイザーの目が、驚いたようにパッと見開く。
面と向かって名前を呼ばれたことの衝撃に、ゲイザーの息がもれる。
「ね、教えて。“アイ”は、どうして欲しい? 僕は、君の望むことをしたい」
正面から大きな目を、その奥を見つめながら問いかける。
ゲイザーは皆これに弱い。
理由は二つ。
まず一つはこいつらはその強力な魔力のため、徹底した孤立主義をとる。同じ魔物ですら近くに寄せようとはしないし、また魔物たちもゲイザーの住処には近づこうとしない。
故にゲイザーは他の存在と顔を合わせてコミュニケーションをとるということが非常に苦手で、そこに隙ができる。
そして二つめに、ゲイザーの目は常に微弱な魔力を放っている。先ほどから何度も目を合わせているのはその魔力を最初やったように、自分の目に映しゲイザーにはね返すためだ。
不慣れな他者との対話という状況でできた隙に、自身の催眠の魔力を注ぎ込まれる。
ゲイザーの陰鬱な暗い瞳に光が宿り、強張っていた体から力が抜けていく。
「“アイ”はどうして欲しい? どうしたら、“アイ”をもっと気持ちよくしてあげられる?」
ダメ押しに再度問いかける。
「もっと、つよく、して」
「強く? こう?」
乳首に触れる指に少し力を入れる。
「ッ、もっと、ギュッとつねって、悪いゲイザーに、おしおきして」
“悪いゲイザー”か・・・フン、こいつもなかなかにしぶとい。
「何も悪い事をしていない子に、お仕置きなんてできないよ」
「違うの、アタシ、悪い事いっぱいしてきたの。だから、おしおき、して・・・」
なおも言いつのるゲイザーの頭をもう片方の手でなでる。
言葉からも険がとれ、柔らかい口調になっている。だいぶ浄化が進んできたようだ。
「大丈夫。アイは悪い事なんてしてないし、例えしてたとしたって、僕は――」
その時ゲイザーがなにかにつまづいてよろける。
―しまった!―
よろけたゲイザーを支えようと手に力を入れた結果、乳首を思いっきりつまんでしまう。
「―――ぃぎっ!!」
その瞬間ゲイザーはビクビクと体をそらして固まる。
慌ててゲイザーの顔を覗き込むと、大きな目に涙を浮かべながらニタリと笑っていた。
クソッうかつだった!
陰の気を抑えるためなるべく暴力的な印象を与えないようにしていたのだが、ゲイザーは自分からまるでレイプされているかのような空気に持っていこうとしている。
まだここまで抵抗できることに驚いたが、かといってこのままこいつのペースに引きずられているわけには行かない。
「ごめん、痛かったかい? 僕が不注意だったよ」
頭に触れてた手を背中にまわして体をしっかりと支え、つままれて赤くなった乳首をそっとなでる。
「ううん、いいの、痛くされるの、キモチイイ」
チ・・・淫乱な売女め! 不快が顔に出そうになるのをすんでのところで堪える。
これ以上こいつに付き合うべきではない。こちらのペースに持っていかねば・・・
「ごめん、そろそろ・・・いいかな。僕もう、我慢できそうにないんだ」
目線を下半身に向けながら、自分の股間を示す。
「えっ・・・」
ゲイザーは俺の下半身を見て目を見張る。
「アタシで、こんなになったの?」
「そうだよ。アイを見てこうなったんだよ」
「だって、アタシ魔物だよ? 人間じゃないんだよ?」
「人間とか魔物とか関係ない。相手がアイだから、こんなに大きくなったんだよ」
嘘ではない。
確かに魔物を見て下半身を膨らますなど、人として、男として異常な反応かもしれない。
だが、ゲイザーと相対して――
――奴の命をこの手で絶てると思えば、体の内から憎悪がマグマのように煮えたぎり、一物を怒張に導くのはごく自然なことだろう。
「それじゃあ、いいかな・・・」
「ま、待って!」
止めるゲイザー。
「あ、あのね、いれる前に、その・・・反対の胸も、キミに・・・出して、欲しいな」
そう言ってゲイザーは未だ黒い皮膜に覆われた方の胸を示す。
胸はさっきの失敗もあるのでなるべく触れたくはないが、これから挿入しようという段で皮膜を残しておくというのも不自然か。
人間で言えば性行為をするときに服を着たままするようなものだろうからな。
「ん。わかった」
こちらの皮膜はまだあまり柔らかくなっておらず、まだ半液状のゲルのようだった。
「そのまま剥がして・・・」
チッ、状況的に断れないのをいいことに・・・!
糊のように張り付いたゲル状の皮膜を、ゆっくりと白い肌から剥がしてゆく。
皮膜が剥がれるピリピリという音と共に、ゲイザーの胸が露わになっていく。
そして、ついに核心部分へと差し掛かる。
「っ」
その時ゲイザーの肩が震え、その拍子に勢いよく皮膜が剥がれる。
「ッあ・・・!」
ゲイザーの肩が大きくビクンとはねる。
自分から強引に剥がして強い刺激を得るとは、そこそこ知恵は回るようだが・・・
二度同じ手が通じると思うなよ。
「イッたの?」
「うん・・・」
こちらの静かな問いかけにゲイザーはこくんと頷く。
「痛くなかった?」
首筋を撫でながら聞くとゲイザーは今度は首を横に振り、
「キミになら、痛くされてもいい」
と、石膏のように白い頬に朱を浮かべて答えた。
いかに邪念と疑心が凝り固まって生まれたゲイザーといえども、優しく、甘い雰囲気のなかで語りかけてやれば、否定的な言葉は返せない。
ゲイザーを何体も屠るうちに身についた技術だ。
「挿れるよ」
「ま、待って、やっぱりいれるのは」
「どうして? 僕とするのは嫌?」
「ちがうの、そうじゃないけど・・・いれたら、キミが汚れちゃう」
目に涙を浮かべ、首を振るゲイザー。
「汚れる? どういうこと?」
「こんな汚い、アタシとしたら、今度こそキミの体が汚染されちゃう」
「君は汚くなんてない!」
声を強めて否定する。
―自分は汚い―
―自分は醜い―
そういった発言は徹底して否定していく。
一縷の希望を込めた自己批判は、その希望ごと全て打ち砕く。
ゲイザーとして生まれた貴様が迎えるのは、一切の希望のない、死にいたる絶望という名の病。
「僕は、アイが好きだ! アイが欲しい。アイとひとつになりたい。僕は、君の事を――」
ゲイザーの目がハッとこちらを見る。
「――愛してる」
陳腐な言葉だ。
だが言葉などどうでもいい。
大事なのは内容じゃない。
重要なのは意思。
必ず貴様を、細胞ひとつにいたるまで跡形もなく浄化し殺すという、漆黒の意思のみ!
「それじゃあ、挿れるね・・・」
コクリ、とうなずくゲイザーに目を合わせ、細く閉じた入り口にあてがう。
ずにゅう、とまとわりつくような、柔らかい感触とともにゲイザーの体内深く、抜き身を沈めていく。
「ウゥ、あっ、ぃいい・・・」
苦しさに耐えかねたのか、ゲイザーは細い手足をからめてしがみついてくる。
「うっ、くうぅ」
小刻みな震えがゲイザーから伝わり、何かをこらえているのがわかる。
「大丈夫? 痛かった?」
「ち、違うの、ちょっと、・・・きもち、良かっただけ、だから・・・っ」
軽く抱きしめ、ゲイザーが落ち着くのを待つ。
ここまで来れば焦る必要はない。
さっきからゲイザーの言葉には否定的な言葉が含まれなくなっている。
あとはもう一息、細心の注意を持って止めを刺す。
むしろここまで追い込んだのだから、焦りは禁物と言うべきか。
「だいじょぶ・・・もう、動いても、いいよ・・・ごめんね、気つかわせて・・・」
「ううん。僕もアイのほんのりと温かい体や、しっとりした肌を、しっかりと感じていたかっただけだから」
そして、貴様に止めを刺すための力を蓄えるためにな。
「動くよ」
ゆっくりと腰を動かす。
ミチミチと吸い付くような感触でゲイザーの内側とこすれる。
動かすたびにゲイザーの吐息がもれ、次第にその身に熱を帯びてくる。
こちらも腰部にチリチリと痺れが走り、聖気が高まってくるのを感じる。
そう、これこそが勇者でない俺でも聖気を放つ唯一の方法。
身体に蓄えた聖気を、自らの体液を触媒として直接ゲイザーの体内に打ち込む捨て身の技。
こちらの消耗も大きいが、ゲイザーを確実に浄化するためには手段など選んではいられない。
「くっ・・・」
いかんな、想定以上の刺激の強さに溜め込んだ聖気が暴発しそうだ・・・
「? どうし、たの?」
動きを止めた俺を不審に思ったのか、ゲイザーが荒い息で尋ねる。
「あっ、ごめん、アイのナカすごく良くて、すぐ出ちゃいそうになったから・・・」
「いいよ、イって。キミが満足するまで」
射聖を促すゲイザー。
さてどうするか・・・。こいつの狙いは不完全な状態で射聖させることで効果を減じようというところか。
しかし、このゲイザーを消滅させるにはおそらく一度や二度の射聖では足りないだろう。あるいは今まで溜め込んだ聖気すべてを放出しなければ浄化しきれないかもしれない。
・・・であれば。
「ご、ごめん。自分ばっかり気持ちよくなって。アイのこと、もっと感じさせたいのに・・・」
「ううん、私で気持ち良くなってくれたら、私もすごく嬉しい。だから・・・いっぱい、好きなだけ出して」
ならば望み通りにしてやろう。
浄化の火に体内から焼かれる苦しみに悶えるがいい!
聖気を放出するため、腰の動きを早める。
すでに漏れ出た聖気に当てられたのか、ゲイザーの半開きの目や口から体液がこぼれ落ちる。
そして割れ目からにじむ体液は一物にまとわりつき、その動きを加速する。
「ッ、で、出るよっ!」
「〜〜〜〜っ!」
ドク、ドク、と心臓の動きにともなって、ゲイザーの体内に聖気が注ぎ込まれる。
ゲイザーは巨大な目をギュッと瞑り、こちらにしがみつく。おそらく体の中を焼かれる苦しみに耐えているのだろう。
こちらも体内の聖気が一気に失われたため、虚脱感に包まれすぐには動けない。
ゲイザーを抱いたまま鼓動が落ち着くのを待つ。
荒く息をつき、薄く開いた目からツゥーッと体液をこぼすゲイザーに顔を寄せ、そっと口づける。
「んぇ・・・?」
「今のアイ、すごく可愛かったから、つい・・・」
「ば、バカぁっ、こんな、挿入れながらそんなこと言わないでよ」
「ご、ごめん、だってそう思ったんだよ」
「もう、こうしてるだけでもすごく恥ずかしいのに・・・」
そう言いながらゲイザーは下腹部をなでる。
「大丈夫?変な感じする?」
少なくない量の聖気を注ぎ込んだはずだが、はたしてどれほどの効果があったろうか。
「ううん、なんだかポカポカして、あったかくて・・・キミを感じられて、ホッとする」
チッ、もう少しは苦痛を感じているかと思ったのだが。
多量の聖気に痛覚が麻痺したか――
あるいはこいつがゲイザーのなかでも強力な個体であるがゆえに、先ほどの量では大して効いていないという可能性もある・・・
・・・いや、今は迷う時ではない。
たとえ後者だとしても、こいつを浄化しきるまで、たとえ俺の聖魂ことごとく尽き果てようとも・・・この手を止めることはないのだ!
「えっ、もうこんなに・・・」
「アイを見てたら、たまらない気分になっちゃって」
体内で再度力を取り戻す聖剣に驚きの声をあげるゲイザー。
舐めるなよ。俺はこの日のために体内の聖気を溜めに溜め、練りに練ってきたのだ。
たった一度の射聖で力尽きる俺ではない。
それから何度もゲイザーに聖気を放った。
ある時は目を合わせ口づけしながら。
ある時は後ろにまわり、胸や股間に手を這わせながら。
ある時は両足を持ち上げ臀部をつかみ、抱きかかえるような形で。
これまでであればすでに浄化し消滅させるだけの量の聖気を注ぎ込んでいたが、こいつはそれに耐え、いまだに存在し続けている。対してこちらは度重なる射聖により消耗が激しい。あと一息だとは思うのだが――
ゲイザーは上気し赤みがさした体を俺に預け、呼吸を整えている。
じっとりと汗ばんだ肌が俺の体に密着し、濃厚なゲイザーの感触が脳に不快感を伝える。
ふとゲイザーが攻撃色の消えた目でこちらを見上げてきた。
その大きな半球状のガラス玉は見透かすように笑い“これで終わりか?”と問いかける。
まったく、これまでになくしぶといゲイザーだ。その生への執念には尊敬の念すら抱きそうになる。
瞳を見つめるうちに沸き上がってくる憎悪に身をまかせ、残り少ない聖気を絞り出す。
――ゲイザー。
俺はお前が大好きだ。
どうしてなかなか大したもんだ。
けれど必ず殺してやるぞ。
明日の朝日が昇るまでには。
いま二人は正面から向かい合い、両手の指をからませて腰を動かしている。
もう何度目になるかわからない口づけのあと、ゲイザーが色素の薄くなった目を潤ませ、小さな声で笑った。
「なんだかこうしてると・・・まるで、恋人みたいだね」
「・・・」
恋人・・・? この俺が、貴様と?
危うくゲイザーへの感情が表に出そうになる。
「恋人みたい、か・・・」
「どう、したの? 私、なにか・・・」
不安げな表情を浮かべるゲイザー。
「ゴメン、僕はもう、アイと恋人のつもりだったから・・・そうだよね、僕はさっきから自分の好意をアイにぶつけてばっかりで、アイがどう思うかなんて、全然考えていなかった」
「そんなことないよ! キミが私のこと好きだって言ってくれて、私、すごく嬉しかった」
「ホント?」
「うん」
疲労からついこぼれ出た俺の弱気を、ゲイザーが強い口調で否定する。
このゲイザーがここまで肯定的な言葉を吐くとは・・・驚きと同時に悟る。
どうやら終わりの時が近づいているようだ。
「それじゃあアイ、僕と・・・恋人になって、くれますか?」
ゲイザーはコクリと、頬を染めて頷いた。
「アイ、君の口から、ちゃんと返事が聞きたいな」
ここはさらにたたみ掛ける。
目を合わせ、冗談めかして笑いかける。
やっと訪れた止めのチャンス。逃すつもりはない。
「もう、いじわる・・・」
すねたように上目で軽く睨まれた。
「いいよ」
そっと囁くようなゲイザーの声。
「それじゃあ」
「うん、キミと私は恋人。これからずっと・・・私の心はあなたの物」
「僕もさ。アイに出会ったときから、僕の心は君に奪われてたんだ」
そう、貴様をひと目見た、その時からずっとな。
「ねえ、アイ。そろそろ、我慢せずにイってみたら」
「え・・・」
これが最後の勝負となる。
なにより自分自身、限界が近づいているのがわかっている。
「挿れてからずっと、アイがイくのを我慢してたのはわかってるよ。でももう、我慢しなくていいんだ」
「だって、そんなの、おちんちんで気持ちよくなってるとこ見られるの恥ずかしいし」
やはりそうだったか。
でなければここまでゲイザーが持ちこたえる説明がつかない。
半信半疑のかまかけだったが、核心をついていたようだ。
「僕はアイの恥ずかしいところも見たいな。アイは僕がみっともなくイくところ何度も見たろ?」
「う、うう、それは、キミが私の中で気持ちよくなってるのは、みっともなくなんかないもん・・・」
「それはアイだって同じさ。僕ので気持ちよくなって、自分を抑えられなくなったアイはきっと可愛いよ」
さあ、乗って来い。お膳立ては済んでいる。
「・・・わかった。じゃあ、いっぱいキモチよくしてね?」
「うん。頑張るよ、アイ」
呼吸を整える。
いくぞゲイザー。
これが貴様との、ラスト・ダンスだ!
奥へ向かって一物をねじ込む。
肉壁をこすりながら、その最奥に先端を当てがう。
するとゲイザーの膣内がまるで一物の先端に吸い付くようにうごめく。
「う・・・アイの中が、急に」
ゲイザーは恥ずかしそうに目をそらす。
「だ、だって、もう我慢しなくていいんでしょ? アタシだって、もっとキミを感じたいもん」
予想外の反撃だったが、すでに何度もゲイザーの中に聖気を放ち、その体の与える粘着質な刺激にも慣れたこの身には多少感触が変わった程度では痛くも痒くもない。
腰を突き入れるたびに眉間に皺を寄せ、痙攣する口は歯をカチカチと鳴らす。
その様子をじっと観察する。
「そんなに見ないで・・・」
目をそらすゲイザー。
このまま無様な逝き顔を晒すまで見ていたかったが、拒否されては仕方がない。
目線を下げ、細い首筋や鎖骨に唇を這わせる。
「あう・・・」
腰を突き入れながらのこの姿勢は、自分より小柄なゲイザー相手だと少々きつい。
「やっ、そんな・・・吸っちゃ、ダメぇっ・・・」
硬くとがった胸の蕾にくちづけ、吸い、転がす。
ゲイザーは押しのけようと体をよじるが、両手指をからめた状態ではそれも難しい。
俺の唾液とゲイザーの汗、そこに舌に吸い付くような肌の質感が合わさり、淫猥な水音をたてる。
「やあ、くすぐった・・・恥ずかしいよ・・・」
「顔を見られるのとどっちが恥ずかしい?」
さあ、選べ。
どちらの恥辱の中で逝き果てるかを。
「もおっ、えいっ!」
「うわっ!」
ゲイザーはバッと手を振りほどき、俺の背にまわして体を密着させる。
「こうすればどっちも出来ないでしょ」
「そ、そうだけど、アイの胸の感触が・・・」
ニチニチと肌が擦れるなか、ゲイザーの少女のようなふくらみと、その頂点のしこりが俺の胸に押し付けられる。
「ふんだ、どーせ小さいとか思ってるんでしょ?」
「ううん、女の子らしい、丸みと、やわらかくて、っ、正直この胸の感触だけでイきそうになる・・・っ」
脳を侵すよう肌の感触に、体内の聖気が暴走を始める。まずい!
息を大きく吐いて乱れた呼吸を落ち着けようとする。
「〜〜っ、も、もう、さっきからそんなことばっかり言って・・・口ばっかり上手いんだから」
俺が口先だけ、だと?
今までの攻めが、効いて、いないとでもっ、言いたいのか?
クソッ、呼吸が乱れて頭が回らない。
とにかく、何か言い返さなければ・・・
「ごめん、おr・・・僕、あまりこういう経験ないから、少しでもアイを感じさせたくて頑張ってたつもりだけど、口だけって言われたら、そうかも・・・ごめん」
「えっ、ちが、そういう意味じゃなくて、その・・・どうしてそんなに、褒める言葉が出てくるのかな、って」
ああ? 何を下らんことを。
そんなことは決まっている。俺は・・・
「ずっと、ゲイザーの・・・アイの事だけを考えてたからな」
当然の事だ。
でなければ・・・ゲイザーを殺すことなどできはしない。
「うう、そ、そういうところだよ。それに、キミは口だけなんかじゃないよ、キミが触ったり、突いたりするたびに膣内(なか)も胸もキュンキュンして・・・ひゃああああん!?」
クソッ、意識が朦朧として無様をさらした。
なんとか落ち着きを取り戻し、腰を深く突き入れる。
「き、急に動かすの禁止ぃっ」
「ありがとう、アイ。そう言ってくれて、なんだか安心したよ」
もう迷いはない。
ゲイザーも限界が近いのだ。
暴走し始めた聖気ももう抑えきれない。
ならば――もう怖れるものは何もない。
「アイ・・・今すごく、君が欲しい」
「うん・・・」
そして何度目かの抽挿の後――
「うっ、ああアアッ」
ゲイザーの腰が細かく震える。
「やだ、まっ、まだ・・・」
ふるふると首を振りながら緑がかった青い瞳をこちらに向ける。
ついにゲイザーに“その時”が訪れたようだ。
「やだ・・・イきたくない、イきたくない! イったら、また一人になっちゃう! また・・・」
突然、火がついたようにわめき出すゲイザー。もしや、とうとう暗示が解けたのか?
だが・・・もう遅い!
すでに浄化までは秒読みとなっている。この流れはもはやこいつにも、そして俺自身にも止めることはできない。
「暗いのはやだよ、さみしいのはやだよぉ・・・」
間近にせまった死の恐怖に、幼子のように泣きじゃくるゲイザー。その細い背中と頭を抱きよせる。
「僕が一緒だよ。どこへも君を離したりなんてしない」
「うそ、イったらまた一人っきりだもん! 暗くてさみしいところに逝くんだもん・・・」
どうやら浄化の波に流されながらも、意識は完全に戻ったようだ。明確にこれから自身に訪れる“死”を理解している。
だが、俺はすでに決めたのだ。
細胞一つ、その心のひとかけらに至るまで、貴様を構成する陰の気を、残さず浄化し尽くすと。
「だったら、どこまでだって追いかけてやる! どんな暗くて、深いところでも! どんなに寒く、凍える冷たい場所でも! かならず君を見つけ出してやる!」
そう、例えそれがこの世の果てでも―――
「ほんと? ぜったいだよ?」
「ああ、絶対だ」
―――地獄の底でもだ。
ゲイザーは震える体を俺に預け、両足を腰にからめる。
「一緒に行こう」
「うん・・・」
最後の力を振りしぼり、ゲイザーへの抽挿を開始する。
このひと挿しひと挿しが常夜へと至る階段の一歩一歩。
ゲイザーの震える小さな腰をつかみ、ゆっくりと、確かめるように抜き挿しする。
潤んだ瞳をこちらに向けるゲイザー。
その目の中には俺が映っている。
「ずっと・・・いっしょに・・・」
ゲイザーの顔が近づき、唇に柔らかいものが触れた。
瞳に俺を映したまま、ゲイザーの瞼が下りていく。
少しでも互いを感じあおうと、お互いの舌を触れ合わせる。
ゲイザーの腰がヒクヒクと小刻みに跳ねる。
もう限界なのだろう。
舌を絡め、最後のひと突きと共に体に残った聖気を全て放出する。
ゲイザーの腰が大きく跳ねる。
からめられた足と、腰をつかんだ手でなんとか押さえ込む。
ガクガクと、ゲイザーの体が今までになく激しく痙攣する。
ゲイザーはその間、目を閉じて俺の体にしがみついていた。
やがて少しずつ痙攣がおさまり、荒い息をはいていたゲイザーも次第に落ち着きを取り戻す。
ゲイザーは閉じていた目を開くと、緑まじりの青い瞳で笑った。
「イっ、ちゃった・・・」
息をつきながら静かにつぶやく。
「こんな、はしたない恋人で、幻滅した?」
「ううん。すっごく可愛かったよ」
俺は気づいていた。
ゲイザーの体が、淡い光に包まれているのを。
その光は次第に強くなっていき、ゲイザーの輪郭をぼやけさせる。
ゲイザーもそれは気づいているのだろう。
「アイ・・・」
「あのね、アタシ、今までずっと言えなかったけど・・・ ****、あなたのことが、大好きだよ」
光がゲイザーの全身を覆う。温かい光に包まれ、ゲイザーは微笑んでいるようにも見えた。
「ぎゅってして、はなさないで・・・」
「ああ・・・。――地獄の底までだって一緒だ」
光が広がる中、ゲイザーを強く抱き締める。
死の眠りすらお前に安らぎを与えない。
夢の中へも、あの世までだって俺が追いかけ、殺してやる。
俺の名は“ゲイザースレイヤー”
地獄に落ちても忘れるな。
そして、光が視界を覆った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
早朝、女が酒場の片付けをしていると、男がひとりやってきた。
男はただ「終わった」とだけ告げ、依頼書にサインを受け取ると止める間もなく去っていった。
そのあと鉱山の男たちが確かめに例の坑道へ入ると、そこにはゲイザーの痕跡は肉片ひとつ残っておらず、ただ壁のあちこちに激戦の跡らしき、尋常でないえぐれ方をした傷跡だけが残っていた。
男がどこへ去って行ったか、誰にもわからない。
だが、吟遊詩人は歌う。
彼が向かうところ、それはただひとつ。ゲイザーの眼が光るところ。
かの名はゲイザースレイヤー、ゲイザー現れるところ、彼きたる。
* * *
戸を押して男が入ってくる。
薄汚れた姿に目だけを光らせて、店の奥へと一直線に進む。
うろんな目を向ける店主に向かって一言。
『ゲイザーが出たと聞いた』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―えー、やめときなよ―
―なんだよ、アタシじゃ勝てないっていうのかよ―
―そーじゃないけどさ、なにもこっちから危険に近づかなくたって―
「どうしたの?」
「あっ先輩どーも。いや、なんか最近アタシらゲイザーを標的にしてる冒険者がいるっていう噂じゃないですか。だからアタシがちょっと行って返り討ちにしてやろうかと」
「ウチらはやめとけって言ってるんですけどね」
―アタシじゃ力不足だって言いたいのか?―
―だからそういうことじゃないって―
「わかった。そういうことなら私も協力するわ」
「えっ、ホントですか!? 先輩とアタシが組めばイチコロっすね!」
「ちょっと、本気ですか」
「ええ。でも皆の協力も必要ね。皆、聞いて」
赤、橙、黄色、様々な色の目が一斉に声の元を見る。
澄んだ声が響く。
三つは太陽の下の光の民に
七つは夜に花咲く月夜の民に
一つは逃れぬ運命(さだめ)の人の子に
蒼き光はひとみを見つけ
蒼き光はひとみを照らし
暗闇の中に縫い止める
影さえ差さぬ、暗黒の中に
邪魔を するな
蒼い目が光った。
くたびれたマントを羽織った姿は、よく言えば旅慣れている、悪く言えばみすぼらしく薄汚れていた。ただその目だけがギラギラと燃えるように光っている。
男はまっすぐにカウンターに進むと、そこにいた女に「ソーダ水」とだけ言い、差し出された瓶の中身を半分ほど一息に飲んだ。
「ここは冒険者ギルドだと聞いたが」
小さく息を吐いた後、男が静かにたずねる。女はそれに答えて、
「酒場と兼業さ。私が受付嬢ってわけ」
中年の女はしなを作って言う。10年前であればその仕草もサマになっていたのかもしれない。
おどけた常連の野次が飛ぶ。女は毎度のことのように軽口で受け流した。
「それで? 冒険者ギルドに何の用だい」
男は一枚の紙を差し出す。
「“ゲイザー”が出たと聞いた」
「この紹介状、あんた・・・」
紹介状を見た女は顔色を変え、男を見返す。
「おいおい兄ちゃん、まさかあんたがゲイザーを退治しようってんじゃないだろうな」
赤ら顔の酔っ払いの一人が男に近づいてきた。筋肉で盛り上がった体は、旅の男よりも頭一つ大きかった。
「やめなよ。この人は・・・」
カウンターの女がたしなめる。だが、
「あんだよ! 俺には無理でもこのヒョロっちいのなら出来るってぇのか!?」
酔っ払いが男の肩を乱暴に掴む。だが男は動じた風もなく、わずかに体をよじった。
すると酔っ払いの体が大きく泳ぎ、男のマントを掴んだまま床に倒れこんだ。
「おいおいビリー、酔いすぎだろう。もう足にまわってんのかぁ?」
酒場にはドッと笑いが起こり、床に倒れた酔っ払いを囃し立てた。
「う、うるせえ! ちょっとつまづいただけだ!」
酔っ払いはもともと赤かった顔をさらに赤くして怒鳴り散らす。
「だいたいこの野郎が――」
倒れたまま振り返る酔っ払いの目の前に、それは現れた。
マントの下から現れたのは、マントと同じくらい古びた装備。
要所だけ金属で覆われた軽鎧に、傷だらけの小盾。
しかしその中で、黒塗りの鞘に収まった剣だけが異彩を放っていた。
鞘にはいくつもの禍々しい“目”が描かれ、そのどれもが大きく“ ╳ ”で潰されていた。
―お、おい、あの剣ってまさか・・・“ゲイズリスト”か?―
―ああ、旅人が言ってた“目潰し丸”とそっくりだ―
―てことはあいつが・・・―
剣を見てどよめく酒場の客達。その目には期待、そして安堵が浮かんでいる。
「これで鉱山も開けられる」「そうとも、町も救われる」
「魔物退治の専門家が来たなら安心だ」「ああ、ゲイザーさえいなくなれば」
「あんた、その・・・すまなかった」
さっき床に倒れた酔っ払いが立ち上がり、掴んだままのマントを男に差し出した。
「――なにか勘違いをしているようだが」
周りの喧騒に無反応だった男が、酔客たちに向きなおり口を開いた。
客達の会話がピタリと止まる。
「俺はこの町を救いに来たわけじゃない」
「っ―!?」
冷や水を浴びせるような言葉に場の空気が張り詰める。
「俺は、ゲイザーを殺しに来たんだ」
静かに続ける男。
「それと俺は“魔物退治の専門家(モンスターハンター)”じゃない」
男は差し出されたままの手からマントを受け取り、羽織る。
「“ゲイザー殺しの専門家(ゲイザースレイヤー)”だ」
周囲の息を呑む音が聞こえた。
男はカウンターの女に部屋と食事、それと会計を頼み、懐から袋を取り出す。
「目玉ひとつ」
―チャリン―
手の中から銅貨を一枚置く。
「残さず」
―チャリン―
さらにもう一枚。
「皆殺しだ」
―ジャララララ―
テーブルの上に様々な国の銅貨・銀貨が広がった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここか」
木枠の朽ちた、古い坑道の入り口に男は立つ。
酒場で聞いた話では、ゲイザーはこの奥、今は使われなくなった坑道に住み着いているという。
そのためこの鉱山全体を閉めざるをえなくなり、鉱山労働者が集まって出来たふもとの町は困り果てているらしい。
だが、男にとってはどうでもいいことだった。この奥にゲイザーが居る。そのこと以外は全て。
男が鞘からすらりと剣を抜くと、刀身から発する蒼い光が坑道の暗闇を指し示す。
「・・・いるな」
三つは太陽の下の光の民に
七つは月夜に蠢く魔の血族に
一つは死すべき運命(さだめ)の闇の子に
蒼き光はまなこを見つけ
蒼き光はまなこを照らし
暗闇の中に縫い止める
影さえ差さぬ、暗黒の中に
刀身に刻まれた古代文字が蒼い光の中に暗く浮かび上がる。
この剣がゲイザー殺しの剣といわれる由縁。
使い手をゲイザーの元へ導く剣。
この剣がどういう来歴のものかは誰も知らないし、男も何も話さない。
古代の刀工が一縷の希望を打ち込んだものか、あるいは邪神の仕掛けた狡猾な罠か。
だがこの蒼い光の先には必ずゲイザーが居る。
男にはそれがわかっていれば充分だった。
洞窟の中を、男は音も無く進んでいく。
松明は持たない。目の怪物であるゲイザーは明かりに敏感なためだ。
まぶたに塗った薬により、漆黒の闇の中でも洞窟のおぼろげな輪郭だけは把握できる。
そして鞘からもれるかすかな蒼い光が男をゲイザーの元へと導く。
―居た!―
通路の暗闇の奥に、その暗闇よりも濃い影が浮かんでいた。
足音を殺してゆっくりと距離を詰める。
眠っているのだろうか。黒い影はぼんやりとその場に浮かんだまま動かない。
――ゲイザーの魔眼は強力だ。
とくに視線を媒介した催眠はゲイザーの最たる特徴と言っていい。
奴と相対するにはそれを防ぐ手立てが必要となる。
よく言われるのは盾で相手の視線をさえぎる事。
中には盾を鏡のように磨いて魔眼をはね返すというのも聞く。
酒場の席では冗談まじりに“目をつぶって戦う”なんて話も出る。
―どれも間違いだ―
距離を半分ほど詰めたところで、足元の小石が音を立てた。
―ッ―
影が身じろぎし、闇の中に赤い目が灯る。
目がこちらを捉えるより先に走り出す。
「Blinder!」
剣をかざし真名を叫ぶと、刀身からまばゆい光がほとばしり通路を激しく照らし出す。
『ぐあッ!?』
これで目は潰した。
だが上級魔族であるゲイザーは強力な回復力を持つ。効果は短時間しかもたない。
走りながら前方に盾を構える。
『くそッ!』
間をおかず盾や足元にゲイザーが乱射した熱線が着弾する。
―盾で顔を隠したままでは弓や投具では戦えない。そして遠距離戦はゲイザーの最も得意とするところだ―
ゲイザーの視力が戻るまでのごく短い時間に敵との距離を詰めなければならない。男は盾で熱線を防ぎながら洞窟を一気に駆け抜ける。
このまま接近戦に持ち込む。
その後はどうするか。盾で相手の視線を遮りながら戦う?
いいや。
―それも間違いだ―
ゲイザーは単眼の魔物ではない。
ゲイザーとは、多眼の魔物だ。
顔の一つ目を防いだところで、背中から伸びる複数の触手の目を盾で防ぐことは難しい。
ゲイザーの魔眼を封じるには盾や鏡では駄目だ。奴の目を封じる方法、それは、
―“真正面からその一つ目を覗き込む”ことだ―
『え、なん・・・?』
あと一歩で剣が届く距離まで近づいたところで、かかげた盾を外す。
人の眼を見たゲイザーは反射的に暗示を放ってしまう。
ガクリ、とゲイザーの体から力が失われる。
人の眼という器官は、なまじっかな鏡よりもよく映る。
こいつは俺の瞳に映った自分自身の暗示にかかったのだ。
崩れ落ちるゲイザーの体を抱きとめながら試しに尋ねる。
「おい、今使った暗示はなんだ?」
「いま、使った、のは、“服従”と、“脱力”・・・です」
ふん、なるほど。
ゲイザーの多くはまず服従の暗示をかけるものだが、こいつは瞬時に二つの暗示をかけてきた。とすると相当に魔力を溜め込んだ強力な個体のようだ。
・・・これはかなり骨が折れるかもしれん。
焦点の合わない眼に顔を寄せる。
「キミの、名前は?」
そしてなるべく穏やかに聞こえる口調で語りかける。
「私、の、名前、は、アイ・・・です」
焦点の合わない目で答えるゲイザー。
「アイか。いい名前だ」
さらに顔を寄せていく。
「え? なに、ちょ、んっ」
―チュッ―
そして、ゲイザーの小さな唇にそっと口づけする。
「な、なに? ななんでこんなな」
ゲイザーはあっけに取られた表情であわてふためく様子を見せる。
なんで? フン、なぜ俺が“それ”を知っているのか。ゲイザーはその事実に驚愕し、そして同時に恐怖しているようだ。
この剣で貫き、ゲイザーを退治する――酒場の連中は皆そう思っていたようだ。
・・・それは間違いじゃない。
“退治”するだけならば。
ゲイザーという魔物は陰の気が凝り固まって生まれた存在だ。
剣でも魔法でも、致命傷を与えれば陰の気はとるべき形を失い、霧散する。
だがそれは一時のことだ。
時間をおけば陰の気はまた集まり、固まって、同じように醜悪なゲイザーの形を成す。
だからゲイザーを“殺す”のは剣でも魔法でもない。奴らを構成する“陰の気”と同程度の“聖の気”あるいは“陽の気”で浄化しなければ、ゲイザーという魔物を殺す事は出来ないのだ。
残念ながら俺は勇者ではないから“聖の気”はごく限られた条件でしか使えない。だが、“陽の気”は誰しもが扱うことができる。それは例えば――
「きれいな瞳だ」
甘い愛の言葉だったり――
「ずっと君を探していたんだよ・・・」
――暖かい抱擁であったりだ。
「ばっ、バッカじゃねーの!? アタシは魔物だぞ! それも他の魔物からすら嫌われる、醜い――」
「そんなことない!」
押しのけようと抵抗する奴の言葉を、声を強めてさえぎる。
こいつ、陽の気を抑えるために自分を卑下して陰の気を増してくるとは・・・
フン、小ざかしい奴だ。
「君が魔物だって関係ない! 他のやつはキミに嫉妬してるだけだよ。だってキミは――」
強い口調に一瞬すくんだゲイザー、その機を逃さずしっかと肩を掴んで向かい合う。
「君はこんなに綺麗じゃないか」
真正面から相手の目を見つめ、穏やかな口調で、やさしく語りかける。
ここで乱暴な態度や言動は禁物だ。
喋る内容に関係なく、暴力的、破壊的なイメージを持たせてしまうと奴の陰の気が増加してしまう。よって奴の自己批判に同調するのも悪手だ。
「うぅ、うるさいうるさい! 騙されないぞこのウソつき! 口先だけならなんとだって――んんンっ!?」
やはり一筋縄ではいかないか。多少強引だがこれ以上こいつに喋らせるのはまずい。
「んんっ、っ、やめ、んむぅ!」
一気に抱き寄せ唇を奪う。
先ほどの唇を合わせるだけのものとは違い今度は舌を差し込もうとするが、ゲイザーの堅い抵抗にあい、ままならない。さらには体の間に腕を入れ、俺を突き放そうと力を入れてくる。
――さっきもそうだったが、こいつまさか“脱力”の暗示が解けているのか? 押し戻す力は大したものではないから完全には解けていないのか、あるいは同時にかかった“服従”の暗示がまだ効いているのか・・・。
どちらにせよあまり時間はかけていられないようだ。
背中にまわした手をゆっくりと下ろしていき、くびれた腰、そして小ぶりな臀部へと這わせる。
「っぷあっ! な、どこ触って――ふむぅ!?」
捕らえたぞ。
後ろに気をとられ思わず開いたゲイザーの口に舌を差し込む。
「んんーっ!? んんんー!!」
そのままゲイザーの口の中をじっくりと蹂躙する。ここで急いてはいけない。
先ほど強引に抱き寄せた分、ゆっくりと舌を動かして逃げるゲイザーの舌を絡めとる。
「んんっ、んあう・・・」
手を貧相な尻から離し、背中にまわして抱きしめる。
これでこいつも口に集中しやすいだろう。
「んぅ・・・」
ゲイザーは眼を伏せ、されるがままになっている。
狙い通りだ。
抵抗が弱くなったゲイザーの口内に、唾液を塗りこむかのようにゆっくりと時間をかけて舌を動かす。
完全に抵抗がなくなったのを確認し舌を抜く。
ゲイザーとこちらの舌につうっ―と唾液の橋がかかり、落ちる。
奴は伏せていた目を少し開き、呆けた目でこちらの口元を見つめた。
「お、前、急になにするんだよぅ・・・」
「ゴメン、君を見ていたら、どうしても我慢できなくなって・・・怒ったかい?」
抱きしめていた腕を解き、体を離す。
傍から見れば謝意を示すようにも見えるだろう。
「あ、あたりまえだろ。いきなりキ、キスなんかして」
――まずいな。こいつの言動を見るかぎり、脱力どころか服従の暗示も解け始めているようだ。襲いかかってこないところを見ると完全に解けているわけではないようだが――
「ゴメンね。驚かせたことは謝るよ。でも、僕はこれまでずっと君を探して旅してきたんだ。君にとっては突然かもしれないけど、この想いを、どうしても受け取ってほしいんだ」
あとはこいつの暗示が完全に解ける前に浄化できるかの勝負だ。
――ゲイザーという魔物は目からの怪光線をはじめとした強力な攻撃力を持ち、外敵と遭遇すればその火力をもって瞬時に撃退する。
だが、“攻撃される前に倒す”という習性ゆえに、ひとたび攻撃を受ければ脆い。
「それもそうだけど・・・いきなり舌入れたりしたらケガするかもしんないだろ」
「ケガ? どうして?」
バカめ。かかったな。
熱い告白のセリフにうろたえたゲイザーは仕掛けられた罠を踏み抜く。
あまり知られてはいないが、ゲイザーの弱点の一つに“口”がある。
「そんなの、アタシの歯を見ればわかるだろ。こんなに尖ってるんだから、触ったら・・・お前の舌が切れちゃうかもしれないじゃんか・・・」
これがゲイザーの“口”が弱点である理由。
化け物らしく異常に尖った歯は牙といった方がふさわしく、顔の単眼と同じく見るものに恐怖を抱かせる。その恐怖という“陰”の気を糧として、ゲイザーはより強力で凶悪な力を得る。
・・・本来ならば。
「でも君は噛み付いたりなんてしないだろ? それに」
「あっ・・・」
俯いたゲイザーの細い顎に人差し指で触れ、親指で歯を撫でる。
とっさのことにゲイザーはろくに反応できず、口を半開きにしたまま固まる。
「ほら。君の歯は、人を傷つけたりなんてできないよ。だって、君は優しい魔物だから」
無傷の指を見せ付ける。
そう、ゲイザーの歯を始め、多くの魔物の角や爪は、その形に反して人間の体を傷つけることはできない。
これは教団の坊主共に言わせれば、人間が創造主である主神の力で守られているからだそうだ。
そして、どんなものであれ強力なほどその反動は強い。
人を恐怖させるための異形の口を肯定されたことで、ゲイザーの“陰”の気が“陽”へと裏返る。
「そ、んな、だってアタシ」
どうやら自分の歯の性質は知らなかったらしい。その分大きな衝撃を受けたようだ。
「だから、」
戸惑うゲイザーに顔を寄せる。
「もう一度、いいかな」
「え・・・んっ」
もはや自分の“牙”が身を守る盾とならないのを知り、ゲイザーは再度の口づけを受け入れる。
今度は抵抗はなかった。
しかし油断せず、手を慎重に胸へと移動する。
「んぅ、へ、へへ、小さいだろ・・・? 無理に触らなくても、いいんだぜ」
口づけの合間に自嘲するようなゲイザーの声。
「君の胸、しっとりと手に吸い付いてくるみたいだ。このままずっと、いつまでも触っていたくなるよ」
さっき臀部に触れたときもそうだったが、こいつの肌はまるで手にねっとりとまとわり付いてくるような、嫌らしい感触がする。
無論そんな感想はおくびにも出さず、まるで極上の肌であるかのように褒めてやる。
「ばっ、バカぁ」
まともに反論できずに子供のような罵倒を返すゲイザー。この隙にたたみ掛ける。
ふくらみかけの少女のような胸をなでるように触り、軽く揉んでやる。
「んあっ」
もう少し大きければ揉むのも楽なのだが。
かと言ってないものねだりをしてもしょうがない。
代わりに攻める場所はいくらでもある。
ゲイザーの体の表面を覆う黒い皮膜は、まるでよくなめされた皮のようにつるつるとしている。
またピッタリと体に貼り付いていて、これを力で剥がそうとすれば相当に骨が折れるだろう。だが・・・
「そ、んなところばかりイジるなよぉ・・・」
乳首と思しき場所を皮膜の上から何度もこする。熱を帯びた皮膜は次第にやわらかくなり、つるりとした触感から、やがてヌルリとした、液体のような手触りに変わって溶けていく。
「み、見るなぁ///」
トロリと解けた皮膜の下から硬くなったピンク色の乳首が現れる。
初対面の男に触られて喜ぶ淫売のくせに、色だけはまるで純朴な生娘だとでも言うかのような薄い色をしていた。
「きれいな胸だね」
不愉快ではあるが、褒める要素が多いのはこちらにとっては好都合だ。
胸に触れつつ尖った乳首を指ではじく。
「あうっ、ぁ、もっと・・・」
そのまま乳首を触れているうちに、ゲイザーが小さな声で何か言いかける。
「ん? なに?」
「っ、なんでも、ない」
さて、どうしたものか。
今言いかけたのは弱ったゲイザーの屈服の兆しか、あるいは逆転を狙った反撃への布石か。
・・・いや、どちらだとしてもやることは同じか。
ただ前進し、制圧するのみ。
「どうしたの? “アイ”。言ってくれなきゃわからないよ」
こちらを睨むようにして気を張っていたゲイザーの目が、驚いたようにパッと見開く。
面と向かって名前を呼ばれたことの衝撃に、ゲイザーの息がもれる。
「ね、教えて。“アイ”は、どうして欲しい? 僕は、君の望むことをしたい」
正面から大きな目を、その奥を見つめながら問いかける。
ゲイザーは皆これに弱い。
理由は二つ。
まず一つはこいつらはその強力な魔力のため、徹底した孤立主義をとる。同じ魔物ですら近くに寄せようとはしないし、また魔物たちもゲイザーの住処には近づこうとしない。
故にゲイザーは他の存在と顔を合わせてコミュニケーションをとるということが非常に苦手で、そこに隙ができる。
そして二つめに、ゲイザーの目は常に微弱な魔力を放っている。先ほどから何度も目を合わせているのはその魔力を最初やったように、自分の目に映しゲイザーにはね返すためだ。
不慣れな他者との対話という状況でできた隙に、自身の催眠の魔力を注ぎ込まれる。
ゲイザーの陰鬱な暗い瞳に光が宿り、強張っていた体から力が抜けていく。
「“アイ”はどうして欲しい? どうしたら、“アイ”をもっと気持ちよくしてあげられる?」
ダメ押しに再度問いかける。
「もっと、つよく、して」
「強く? こう?」
乳首に触れる指に少し力を入れる。
「ッ、もっと、ギュッとつねって、悪いゲイザーに、おしおきして」
“悪いゲイザー”か・・・フン、こいつもなかなかにしぶとい。
「何も悪い事をしていない子に、お仕置きなんてできないよ」
「違うの、アタシ、悪い事いっぱいしてきたの。だから、おしおき、して・・・」
なおも言いつのるゲイザーの頭をもう片方の手でなでる。
言葉からも険がとれ、柔らかい口調になっている。だいぶ浄化が進んできたようだ。
「大丈夫。アイは悪い事なんてしてないし、例えしてたとしたって、僕は――」
その時ゲイザーがなにかにつまづいてよろける。
―しまった!―
よろけたゲイザーを支えようと手に力を入れた結果、乳首を思いっきりつまんでしまう。
「―――ぃぎっ!!」
その瞬間ゲイザーはビクビクと体をそらして固まる。
慌ててゲイザーの顔を覗き込むと、大きな目に涙を浮かべながらニタリと笑っていた。
クソッうかつだった!
陰の気を抑えるためなるべく暴力的な印象を与えないようにしていたのだが、ゲイザーは自分からまるでレイプされているかのような空気に持っていこうとしている。
まだここまで抵抗できることに驚いたが、かといってこのままこいつのペースに引きずられているわけには行かない。
「ごめん、痛かったかい? 僕が不注意だったよ」
頭に触れてた手を背中にまわして体をしっかりと支え、つままれて赤くなった乳首をそっとなでる。
「ううん、いいの、痛くされるの、キモチイイ」
チ・・・淫乱な売女め! 不快が顔に出そうになるのをすんでのところで堪える。
これ以上こいつに付き合うべきではない。こちらのペースに持っていかねば・・・
「ごめん、そろそろ・・・いいかな。僕もう、我慢できそうにないんだ」
目線を下半身に向けながら、自分の股間を示す。
「えっ・・・」
ゲイザーは俺の下半身を見て目を見張る。
「アタシで、こんなになったの?」
「そうだよ。アイを見てこうなったんだよ」
「だって、アタシ魔物だよ? 人間じゃないんだよ?」
「人間とか魔物とか関係ない。相手がアイだから、こんなに大きくなったんだよ」
嘘ではない。
確かに魔物を見て下半身を膨らますなど、人として、男として異常な反応かもしれない。
だが、ゲイザーと相対して――
――奴の命をこの手で絶てると思えば、体の内から憎悪がマグマのように煮えたぎり、一物を怒張に導くのはごく自然なことだろう。
「それじゃあ、いいかな・・・」
「ま、待って!」
止めるゲイザー。
「あ、あのね、いれる前に、その・・・反対の胸も、キミに・・・出して、欲しいな」
そう言ってゲイザーは未だ黒い皮膜に覆われた方の胸を示す。
胸はさっきの失敗もあるのでなるべく触れたくはないが、これから挿入しようという段で皮膜を残しておくというのも不自然か。
人間で言えば性行為をするときに服を着たままするようなものだろうからな。
「ん。わかった」
こちらの皮膜はまだあまり柔らかくなっておらず、まだ半液状のゲルのようだった。
「そのまま剥がして・・・」
チッ、状況的に断れないのをいいことに・・・!
糊のように張り付いたゲル状の皮膜を、ゆっくりと白い肌から剥がしてゆく。
皮膜が剥がれるピリピリという音と共に、ゲイザーの胸が露わになっていく。
そして、ついに核心部分へと差し掛かる。
「っ」
その時ゲイザーの肩が震え、その拍子に勢いよく皮膜が剥がれる。
「ッあ・・・!」
ゲイザーの肩が大きくビクンとはねる。
自分から強引に剥がして強い刺激を得るとは、そこそこ知恵は回るようだが・・・
二度同じ手が通じると思うなよ。
「イッたの?」
「うん・・・」
こちらの静かな問いかけにゲイザーはこくんと頷く。
「痛くなかった?」
首筋を撫でながら聞くとゲイザーは今度は首を横に振り、
「キミになら、痛くされてもいい」
と、石膏のように白い頬に朱を浮かべて答えた。
いかに邪念と疑心が凝り固まって生まれたゲイザーといえども、優しく、甘い雰囲気のなかで語りかけてやれば、否定的な言葉は返せない。
ゲイザーを何体も屠るうちに身についた技術だ。
「挿れるよ」
「ま、待って、やっぱりいれるのは」
「どうして? 僕とするのは嫌?」
「ちがうの、そうじゃないけど・・・いれたら、キミが汚れちゃう」
目に涙を浮かべ、首を振るゲイザー。
「汚れる? どういうこと?」
「こんな汚い、アタシとしたら、今度こそキミの体が汚染されちゃう」
「君は汚くなんてない!」
声を強めて否定する。
―自分は汚い―
―自分は醜い―
そういった発言は徹底して否定していく。
一縷の希望を込めた自己批判は、その希望ごと全て打ち砕く。
ゲイザーとして生まれた貴様が迎えるのは、一切の希望のない、死にいたる絶望という名の病。
「僕は、アイが好きだ! アイが欲しい。アイとひとつになりたい。僕は、君の事を――」
ゲイザーの目がハッとこちらを見る。
「――愛してる」
陳腐な言葉だ。
だが言葉などどうでもいい。
大事なのは内容じゃない。
重要なのは意思。
必ず貴様を、細胞ひとつにいたるまで跡形もなく浄化し殺すという、漆黒の意思のみ!
「それじゃあ、挿れるね・・・」
コクリ、とうなずくゲイザーに目を合わせ、細く閉じた入り口にあてがう。
ずにゅう、とまとわりつくような、柔らかい感触とともにゲイザーの体内深く、抜き身を沈めていく。
「ウゥ、あっ、ぃいい・・・」
苦しさに耐えかねたのか、ゲイザーは細い手足をからめてしがみついてくる。
「うっ、くうぅ」
小刻みな震えがゲイザーから伝わり、何かをこらえているのがわかる。
「大丈夫? 痛かった?」
「ち、違うの、ちょっと、・・・きもち、良かっただけ、だから・・・っ」
軽く抱きしめ、ゲイザーが落ち着くのを待つ。
ここまで来れば焦る必要はない。
さっきからゲイザーの言葉には否定的な言葉が含まれなくなっている。
あとはもう一息、細心の注意を持って止めを刺す。
むしろここまで追い込んだのだから、焦りは禁物と言うべきか。
「だいじょぶ・・・もう、動いても、いいよ・・・ごめんね、気つかわせて・・・」
「ううん。僕もアイのほんのりと温かい体や、しっとりした肌を、しっかりと感じていたかっただけだから」
そして、貴様に止めを刺すための力を蓄えるためにな。
「動くよ」
ゆっくりと腰を動かす。
ミチミチと吸い付くような感触でゲイザーの内側とこすれる。
動かすたびにゲイザーの吐息がもれ、次第にその身に熱を帯びてくる。
こちらも腰部にチリチリと痺れが走り、聖気が高まってくるのを感じる。
そう、これこそが勇者でない俺でも聖気を放つ唯一の方法。
身体に蓄えた聖気を、自らの体液を触媒として直接ゲイザーの体内に打ち込む捨て身の技。
こちらの消耗も大きいが、ゲイザーを確実に浄化するためには手段など選んではいられない。
「くっ・・・」
いかんな、想定以上の刺激の強さに溜め込んだ聖気が暴発しそうだ・・・
「? どうし、たの?」
動きを止めた俺を不審に思ったのか、ゲイザーが荒い息で尋ねる。
「あっ、ごめん、アイのナカすごく良くて、すぐ出ちゃいそうになったから・・・」
「いいよ、イって。キミが満足するまで」
射聖を促すゲイザー。
さてどうするか・・・。こいつの狙いは不完全な状態で射聖させることで効果を減じようというところか。
しかし、このゲイザーを消滅させるにはおそらく一度や二度の射聖では足りないだろう。あるいは今まで溜め込んだ聖気すべてを放出しなければ浄化しきれないかもしれない。
・・・であれば。
「ご、ごめん。自分ばっかり気持ちよくなって。アイのこと、もっと感じさせたいのに・・・」
「ううん、私で気持ち良くなってくれたら、私もすごく嬉しい。だから・・・いっぱい、好きなだけ出して」
ならば望み通りにしてやろう。
浄化の火に体内から焼かれる苦しみに悶えるがいい!
聖気を放出するため、腰の動きを早める。
すでに漏れ出た聖気に当てられたのか、ゲイザーの半開きの目や口から体液がこぼれ落ちる。
そして割れ目からにじむ体液は一物にまとわりつき、その動きを加速する。
「ッ、で、出るよっ!」
「〜〜〜〜っ!」
ドク、ドク、と心臓の動きにともなって、ゲイザーの体内に聖気が注ぎ込まれる。
ゲイザーは巨大な目をギュッと瞑り、こちらにしがみつく。おそらく体の中を焼かれる苦しみに耐えているのだろう。
こちらも体内の聖気が一気に失われたため、虚脱感に包まれすぐには動けない。
ゲイザーを抱いたまま鼓動が落ち着くのを待つ。
荒く息をつき、薄く開いた目からツゥーッと体液をこぼすゲイザーに顔を寄せ、そっと口づける。
「んぇ・・・?」
「今のアイ、すごく可愛かったから、つい・・・」
「ば、バカぁっ、こんな、挿入れながらそんなこと言わないでよ」
「ご、ごめん、だってそう思ったんだよ」
「もう、こうしてるだけでもすごく恥ずかしいのに・・・」
そう言いながらゲイザーは下腹部をなでる。
「大丈夫?変な感じする?」
少なくない量の聖気を注ぎ込んだはずだが、はたしてどれほどの効果があったろうか。
「ううん、なんだかポカポカして、あったかくて・・・キミを感じられて、ホッとする」
チッ、もう少しは苦痛を感じているかと思ったのだが。
多量の聖気に痛覚が麻痺したか――
あるいはこいつがゲイザーのなかでも強力な個体であるがゆえに、先ほどの量では大して効いていないという可能性もある・・・
・・・いや、今は迷う時ではない。
たとえ後者だとしても、こいつを浄化しきるまで、たとえ俺の聖魂ことごとく尽き果てようとも・・・この手を止めることはないのだ!
「えっ、もうこんなに・・・」
「アイを見てたら、たまらない気分になっちゃって」
体内で再度力を取り戻す聖剣に驚きの声をあげるゲイザー。
舐めるなよ。俺はこの日のために体内の聖気を溜めに溜め、練りに練ってきたのだ。
たった一度の射聖で力尽きる俺ではない。
それから何度もゲイザーに聖気を放った。
ある時は目を合わせ口づけしながら。
ある時は後ろにまわり、胸や股間に手を這わせながら。
ある時は両足を持ち上げ臀部をつかみ、抱きかかえるような形で。
これまでであればすでに浄化し消滅させるだけの量の聖気を注ぎ込んでいたが、こいつはそれに耐え、いまだに存在し続けている。対してこちらは度重なる射聖により消耗が激しい。あと一息だとは思うのだが――
ゲイザーは上気し赤みがさした体を俺に預け、呼吸を整えている。
じっとりと汗ばんだ肌が俺の体に密着し、濃厚なゲイザーの感触が脳に不快感を伝える。
ふとゲイザーが攻撃色の消えた目でこちらを見上げてきた。
その大きな半球状のガラス玉は見透かすように笑い“これで終わりか?”と問いかける。
まったく、これまでになくしぶといゲイザーだ。その生への執念には尊敬の念すら抱きそうになる。
瞳を見つめるうちに沸き上がってくる憎悪に身をまかせ、残り少ない聖気を絞り出す。
――ゲイザー。
俺はお前が大好きだ。
どうしてなかなか大したもんだ。
けれど必ず殺してやるぞ。
明日の朝日が昇るまでには。
いま二人は正面から向かい合い、両手の指をからませて腰を動かしている。
もう何度目になるかわからない口づけのあと、ゲイザーが色素の薄くなった目を潤ませ、小さな声で笑った。
「なんだかこうしてると・・・まるで、恋人みたいだね」
「・・・」
恋人・・・? この俺が、貴様と?
危うくゲイザーへの感情が表に出そうになる。
「恋人みたい、か・・・」
「どう、したの? 私、なにか・・・」
不安げな表情を浮かべるゲイザー。
「ゴメン、僕はもう、アイと恋人のつもりだったから・・・そうだよね、僕はさっきから自分の好意をアイにぶつけてばっかりで、アイがどう思うかなんて、全然考えていなかった」
「そんなことないよ! キミが私のこと好きだって言ってくれて、私、すごく嬉しかった」
「ホント?」
「うん」
疲労からついこぼれ出た俺の弱気を、ゲイザーが強い口調で否定する。
このゲイザーがここまで肯定的な言葉を吐くとは・・・驚きと同時に悟る。
どうやら終わりの時が近づいているようだ。
「それじゃあアイ、僕と・・・恋人になって、くれますか?」
ゲイザーはコクリと、頬を染めて頷いた。
「アイ、君の口から、ちゃんと返事が聞きたいな」
ここはさらにたたみ掛ける。
目を合わせ、冗談めかして笑いかける。
やっと訪れた止めのチャンス。逃すつもりはない。
「もう、いじわる・・・」
すねたように上目で軽く睨まれた。
「いいよ」
そっと囁くようなゲイザーの声。
「それじゃあ」
「うん、キミと私は恋人。これからずっと・・・私の心はあなたの物」
「僕もさ。アイに出会ったときから、僕の心は君に奪われてたんだ」
そう、貴様をひと目見た、その時からずっとな。
「ねえ、アイ。そろそろ、我慢せずにイってみたら」
「え・・・」
これが最後の勝負となる。
なにより自分自身、限界が近づいているのがわかっている。
「挿れてからずっと、アイがイくのを我慢してたのはわかってるよ。でももう、我慢しなくていいんだ」
「だって、そんなの、おちんちんで気持ちよくなってるとこ見られるの恥ずかしいし」
やはりそうだったか。
でなければここまでゲイザーが持ちこたえる説明がつかない。
半信半疑のかまかけだったが、核心をついていたようだ。
「僕はアイの恥ずかしいところも見たいな。アイは僕がみっともなくイくところ何度も見たろ?」
「う、うう、それは、キミが私の中で気持ちよくなってるのは、みっともなくなんかないもん・・・」
「それはアイだって同じさ。僕ので気持ちよくなって、自分を抑えられなくなったアイはきっと可愛いよ」
さあ、乗って来い。お膳立ては済んでいる。
「・・・わかった。じゃあ、いっぱいキモチよくしてね?」
「うん。頑張るよ、アイ」
呼吸を整える。
いくぞゲイザー。
これが貴様との、ラスト・ダンスだ!
奥へ向かって一物をねじ込む。
肉壁をこすりながら、その最奥に先端を当てがう。
するとゲイザーの膣内がまるで一物の先端に吸い付くようにうごめく。
「う・・・アイの中が、急に」
ゲイザーは恥ずかしそうに目をそらす。
「だ、だって、もう我慢しなくていいんでしょ? アタシだって、もっとキミを感じたいもん」
予想外の反撃だったが、すでに何度もゲイザーの中に聖気を放ち、その体の与える粘着質な刺激にも慣れたこの身には多少感触が変わった程度では痛くも痒くもない。
腰を突き入れるたびに眉間に皺を寄せ、痙攣する口は歯をカチカチと鳴らす。
その様子をじっと観察する。
「そんなに見ないで・・・」
目をそらすゲイザー。
このまま無様な逝き顔を晒すまで見ていたかったが、拒否されては仕方がない。
目線を下げ、細い首筋や鎖骨に唇を這わせる。
「あう・・・」
腰を突き入れながらのこの姿勢は、自分より小柄なゲイザー相手だと少々きつい。
「やっ、そんな・・・吸っちゃ、ダメぇっ・・・」
硬くとがった胸の蕾にくちづけ、吸い、転がす。
ゲイザーは押しのけようと体をよじるが、両手指をからめた状態ではそれも難しい。
俺の唾液とゲイザーの汗、そこに舌に吸い付くような肌の質感が合わさり、淫猥な水音をたてる。
「やあ、くすぐった・・・恥ずかしいよ・・・」
「顔を見られるのとどっちが恥ずかしい?」
さあ、選べ。
どちらの恥辱の中で逝き果てるかを。
「もおっ、えいっ!」
「うわっ!」
ゲイザーはバッと手を振りほどき、俺の背にまわして体を密着させる。
「こうすればどっちも出来ないでしょ」
「そ、そうだけど、アイの胸の感触が・・・」
ニチニチと肌が擦れるなか、ゲイザーの少女のようなふくらみと、その頂点のしこりが俺の胸に押し付けられる。
「ふんだ、どーせ小さいとか思ってるんでしょ?」
「ううん、女の子らしい、丸みと、やわらかくて、っ、正直この胸の感触だけでイきそうになる・・・っ」
脳を侵すよう肌の感触に、体内の聖気が暴走を始める。まずい!
息を大きく吐いて乱れた呼吸を落ち着けようとする。
「〜〜っ、も、もう、さっきからそんなことばっかり言って・・・口ばっかり上手いんだから」
俺が口先だけ、だと?
今までの攻めが、効いて、いないとでもっ、言いたいのか?
クソッ、呼吸が乱れて頭が回らない。
とにかく、何か言い返さなければ・・・
「ごめん、おr・・・僕、あまりこういう経験ないから、少しでもアイを感じさせたくて頑張ってたつもりだけど、口だけって言われたら、そうかも・・・ごめん」
「えっ、ちが、そういう意味じゃなくて、その・・・どうしてそんなに、褒める言葉が出てくるのかな、って」
ああ? 何を下らんことを。
そんなことは決まっている。俺は・・・
「ずっと、ゲイザーの・・・アイの事だけを考えてたからな」
当然の事だ。
でなければ・・・ゲイザーを殺すことなどできはしない。
「うう、そ、そういうところだよ。それに、キミは口だけなんかじゃないよ、キミが触ったり、突いたりするたびに膣内(なか)も胸もキュンキュンして・・・ひゃああああん!?」
クソッ、意識が朦朧として無様をさらした。
なんとか落ち着きを取り戻し、腰を深く突き入れる。
「き、急に動かすの禁止ぃっ」
「ありがとう、アイ。そう言ってくれて、なんだか安心したよ」
もう迷いはない。
ゲイザーも限界が近いのだ。
暴走し始めた聖気ももう抑えきれない。
ならば――もう怖れるものは何もない。
「アイ・・・今すごく、君が欲しい」
「うん・・・」
そして何度目かの抽挿の後――
「うっ、ああアアッ」
ゲイザーの腰が細かく震える。
「やだ、まっ、まだ・・・」
ふるふると首を振りながら緑がかった青い瞳をこちらに向ける。
ついにゲイザーに“その時”が訪れたようだ。
「やだ・・・イきたくない、イきたくない! イったら、また一人になっちゃう! また・・・」
突然、火がついたようにわめき出すゲイザー。もしや、とうとう暗示が解けたのか?
だが・・・もう遅い!
すでに浄化までは秒読みとなっている。この流れはもはやこいつにも、そして俺自身にも止めることはできない。
「暗いのはやだよ、さみしいのはやだよぉ・・・」
間近にせまった死の恐怖に、幼子のように泣きじゃくるゲイザー。その細い背中と頭を抱きよせる。
「僕が一緒だよ。どこへも君を離したりなんてしない」
「うそ、イったらまた一人っきりだもん! 暗くてさみしいところに逝くんだもん・・・」
どうやら浄化の波に流されながらも、意識は完全に戻ったようだ。明確にこれから自身に訪れる“死”を理解している。
だが、俺はすでに決めたのだ。
細胞一つ、その心のひとかけらに至るまで、貴様を構成する陰の気を、残さず浄化し尽くすと。
「だったら、どこまでだって追いかけてやる! どんな暗くて、深いところでも! どんなに寒く、凍える冷たい場所でも! かならず君を見つけ出してやる!」
そう、例えそれがこの世の果てでも―――
「ほんと? ぜったいだよ?」
「ああ、絶対だ」
―――地獄の底でもだ。
ゲイザーは震える体を俺に預け、両足を腰にからめる。
「一緒に行こう」
「うん・・・」
最後の力を振りしぼり、ゲイザーへの抽挿を開始する。
このひと挿しひと挿しが常夜へと至る階段の一歩一歩。
ゲイザーの震える小さな腰をつかみ、ゆっくりと、確かめるように抜き挿しする。
潤んだ瞳をこちらに向けるゲイザー。
その目の中には俺が映っている。
「ずっと・・・いっしょに・・・」
ゲイザーの顔が近づき、唇に柔らかいものが触れた。
瞳に俺を映したまま、ゲイザーの瞼が下りていく。
少しでも互いを感じあおうと、お互いの舌を触れ合わせる。
ゲイザーの腰がヒクヒクと小刻みに跳ねる。
もう限界なのだろう。
舌を絡め、最後のひと突きと共に体に残った聖気を全て放出する。
ゲイザーの腰が大きく跳ねる。
からめられた足と、腰をつかんだ手でなんとか押さえ込む。
ガクガクと、ゲイザーの体が今までになく激しく痙攣する。
ゲイザーはその間、目を閉じて俺の体にしがみついていた。
やがて少しずつ痙攣がおさまり、荒い息をはいていたゲイザーも次第に落ち着きを取り戻す。
ゲイザーは閉じていた目を開くと、緑まじりの青い瞳で笑った。
「イっ、ちゃった・・・」
息をつきながら静かにつぶやく。
「こんな、はしたない恋人で、幻滅した?」
「ううん。すっごく可愛かったよ」
俺は気づいていた。
ゲイザーの体が、淡い光に包まれているのを。
その光は次第に強くなっていき、ゲイザーの輪郭をぼやけさせる。
ゲイザーもそれは気づいているのだろう。
「アイ・・・」
「あのね、アタシ、今までずっと言えなかったけど・・・ ****、あなたのことが、大好きだよ」
光がゲイザーの全身を覆う。温かい光に包まれ、ゲイザーは微笑んでいるようにも見えた。
「ぎゅってして、はなさないで・・・」
「ああ・・・。――地獄の底までだって一緒だ」
光が広がる中、ゲイザーを強く抱き締める。
死の眠りすらお前に安らぎを与えない。
夢の中へも、あの世までだって俺が追いかけ、殺してやる。
俺の名は“ゲイザースレイヤー”
地獄に落ちても忘れるな。
そして、光が視界を覆った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
早朝、女が酒場の片付けをしていると、男がひとりやってきた。
男はただ「終わった」とだけ告げ、依頼書にサインを受け取ると止める間もなく去っていった。
そのあと鉱山の男たちが確かめに例の坑道へ入ると、そこにはゲイザーの痕跡は肉片ひとつ残っておらず、ただ壁のあちこちに激戦の跡らしき、尋常でないえぐれ方をした傷跡だけが残っていた。
男がどこへ去って行ったか、誰にもわからない。
だが、吟遊詩人は歌う。
彼が向かうところ、それはただひとつ。ゲイザーの眼が光るところ。
かの名はゲイザースレイヤー、ゲイザー現れるところ、彼きたる。
* * *
戸を押して男が入ってくる。
薄汚れた姿に目だけを光らせて、店の奥へと一直線に進む。
うろんな目を向ける店主に向かって一言。
『ゲイザーが出たと聞いた』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
―えー、やめときなよ―
―なんだよ、アタシじゃ勝てないっていうのかよ―
―そーじゃないけどさ、なにもこっちから危険に近づかなくたって―
「どうしたの?」
「あっ先輩どーも。いや、なんか最近アタシらゲイザーを標的にしてる冒険者がいるっていう噂じゃないですか。だからアタシがちょっと行って返り討ちにしてやろうかと」
「ウチらはやめとけって言ってるんですけどね」
―アタシじゃ力不足だって言いたいのか?―
―だからそういうことじゃないって―
「わかった。そういうことなら私も協力するわ」
「えっ、ホントですか!? 先輩とアタシが組めばイチコロっすね!」
「ちょっと、本気ですか」
「ええ。でも皆の協力も必要ね。皆、聞いて」
赤、橙、黄色、様々な色の目が一斉に声の元を見る。
澄んだ声が響く。
三つは太陽の下の光の民に
七つは夜に花咲く月夜の民に
一つは逃れぬ運命(さだめ)の人の子に
蒼き光はひとみを見つけ
蒼き光はひとみを照らし
暗闇の中に縫い止める
影さえ差さぬ、暗黒の中に
邪魔を するな
蒼い目が光った。
20/03/10 01:47更新 / なげっぱなしヘルマン