前編・クリスマスまで何マイル?
〇クリスマスまで何マイル?
「いないもん!」
「いるわよ!」
早朝のサバトの廊下、なにやら二人の魔女が言い争っている。
互いに眉を吊り上げ罵りあいながらも、その顔から可愛らしさが消えないところはまさしく魔物といえよう。
そこへゴツゴツと蹄を鳴らしてバフォメットがやってきた。
「お主ら、何を言い争っておる? もうすぐ始業時間じゃぞ」
言い争っていた魔女達は、口々に自分の主張をバフォメットに向かって投げかける。
バフォメットは二人の言葉をうんうんと頷きながら聴いていたが、やがて
「え、おぬしまさか・・・」
バフォメットは信じられないものを見る目で魔女の一人を見つめた。
「言ってやってくださいバフォ様!」
魔女の一人がバフォメットの後ろで勢いづく。
「まさかサンタの正体は兄上だとかいう噂、本気で信じておるのか?」
「だ、だって私のお兄ちゃんが『サンタなんていない』って」
* * *
魔女たちにバフォメットが加わりさらに口論が激しくなったところへ、優しそうな顔立ちの青年と厳めしい顔をした壮年の男が通りかかった。
「こらこら、何をケンカしているんだい」
「それもバフォメット様まで一緒になって」
「あっ、兄上ー♪」
『筆頭お兄様に次席お兄様、ご機嫌うるわしゅう』
喜色を満面に浮かべるバフォメットと、深々と頭を下げる魔女達。
「あの、毎度毎度そういうのいいですから。普通にして下さい。・・・で? 何を言い争っていたの?」
青年はそんな魔女達に辟易としながら妹に語りかけた。
「うむ、それがな・・・」
「聞いてください! 先輩が私のお兄ちゃんのこと、うそつきだって言うんです!」
「だってサンタさんがいないなんて言うからでしょ!」
「私のお兄ちゃんはウソなんてつかないもん!」
「落ち着くのじゃ二人とも。・・・とまあこういうわけなのじゃ」
妹達の様子を見て青年は事態を把握した。
「ああ、なるほど・・・。君のお兄さんは確かエリックか、彼は今年の春に入信したんだったね」
「はい、そうです。春の遠征(潮干狩り)の時、悪い教団に洗脳されていたお兄ちゃんを私の愛の力で改心させたんです」
「うん、その時の君の活躍は妹からも聞いているよ。ということは・・・エリックは魔界のクリスマスは初めてか」
「えっと、はい。そのはずです」
魔女の答えに少しの間考え込む青年。
しかしすぐに微笑を浮かべ、口を開いた。
「なるほどなるほど。原因はわかったよ」
「さすが兄上なのじゃ!名探偵なのじゃ! まるっとすべてどこまでもお見通しなのじゃ!」
「? どういうことですか?」
「つまりね、簡単に言うとエリックは君にウソをついたのさ」
「ええ!? お兄ちゃん、なんで・・・」
「ああ、落ち着いて。もちろん理由があって、君のことを思ってついたウソだよ」
「??」
少女達の不思議そうな顔を見ながら、青年は説明し始める。
「教団領ではクリスマスのことを復活祭と呼ぶことを知ってるかい?」
「いえ・・・」
「聞いたことはありますが、それが一体」
「細かい説明は省くけど、教団領におけるクリスマスは、主神教の教義と深いつながりがあるんだ。
例えばサンタクロースの正体は、教団領では聖・ケンコクラウスという聖人だっていうことになっている」
「ええっ!?」
「冬の妖精ではないのですか?」
「そう。魔界でサンタクロースといえば、冬の寒さに耐える人たちにプレゼントを配って回る、冬至の妖精のことだね。けれど教団領では、主神の教えに従う子供に金貨を配って回る聖人・聖ケンコクラウスだと信じられているんだ」
「ええー、金貨よりもプレゼントのほうがいい」
「私もそう思います」
「まあそれは置いといて・・・。エリックは教団領で生まれ育ったんだよね?」
妹達のいぶかしげな顔に苦笑しつつ話を続ける青年。
「はい。30歳まで教団の街で暮らすと教団所属の魔法使いになれるらしいので、義父様たちがお兄ちゃんの将来のためにって」
「うん。するとエリックは、サンタクロースのことを聖ケンコクラウスだと思っているんじゃないかなあ」
「えっ・・・」
「そうするとサンタクロースは君のところには来ない、なぜなら君は主神教徒ではないから。・・・とエリックは考えた」
ハッとした顔で言葉を失う魔女たちを前に、青年は続けた。
「でもサバトは皆クリスマスにサンタが何をプレゼントしてくれるか楽しみにしている。でも来るはずがない。サバトは教団の狂った教えとは真っ向から対立するものだから。
・・・そもそもエリックは、クリスマスは教団の祭りだと思っているはずだ。自分を洗脳していた教団の祭りを、助けてくれた君自身が祝ってるのを見て混乱したんだろうね」
「それで、お兄ちゃん“サンタはいない”なんて言ったんだ・・・」
「そういうことだったのですか・・・教団め、どこまで人を苦しめれば気が済むの・・・!」
疑問の解けた魔女達は、悲しみと、教団への怒りに顔を歪める。
「というわけだから、エリックには僕から説明しておくよ。君たちは仕事に行っておいで。というか・・・三人とも遅刻じゃない?」
「た、大変!」
「ポーラさんに怒られる〜!」
「し、しまったのじゃ、兄上の名推理に聞き惚れていたら、うっかりしていたのじゃ!」
青年の指摘で我にかえった少女達は、ドタドタパタパタゴツゴツゴツと音をたてて走っていった。
少女達の去ったあと、青年はその後ろに控えていた厳めしい男に小声でぼやいた。
「ふう・・・肝を冷やしたよ」
「お疲れ様です。見事な緊急回避でした」
「まったく、息をするように嘘を吐く自分がいやになるよ。――ところで、エリックの指導係は誰だったかな?」
「コルテガです」
「そうですか・・・。二人を工作室へ呼び出してください。彼ら、特にコルテガには再教育が必要です」
先ほどまでとはうって変わり、感情のない声で静かに言い放つ青年。
「わかりました」
背筋を襲う寒気に身を震わせながら、壮年の男は深く頭を下げた。
* * *
* *
* * *
〇床下の男達
サバトの地下。昼なお暗い空間を、魔法の灯りがぼんやりと照らしている。
ここは通称“お兄ちゃん達の秘密基地”
元々はサバトに招かれた男達が独自に研究をするために作られた施設であったのだが、このサバトの兄達は教国と隣り合うという地理的な関係から兵隊上がりの屈強な男たちが多く、研究という目的で使うものは稀だった。
今では男たちの憩いの場、談話室、あるいは妹達に秘密で情報交換するための場所となっている。平時は主に妹へのプレゼントの相談とか、趣味の工作――魔女達からすれば玩具のようなものだが――など、妹がサバトの仕事で忙しくする間の暇つぶし等に使われている。隅にはバーもあり、頼めばカウンターに立つ男がなれた手つきで酒とつまみを出してくれる。
華やかで清潔なサバト上層と対照的に、ここは薄暗く、埃っぽく、そして男臭かった。すなわちここは常にプリティでキュートでファンシーなフワフワに囲まれて生活する兄達にとっての、男性性を確保する場所でもあったのである。
そのためサバトの主であるバフォメットでさえよほどの事がなければここに立ち入ろうとはしないし、サバトの魔女達の多くもそれは同様だった。
そしてこの時期、男達は頻繁にこの地下室で会合を開いていた。表向きには来たるクリスマスの準備のため、特に兄達による出し物のためと魔女達には思われている。
それはけして間違いではないのだが・・・
「エリック、君のしたことは大変な事態をひき起こすところだった」
「も、申し訳ありません! 知らなかったとはいえ、私はなんということを・・・」
部屋の隅の一区画で、二人の男が椅子に座らされ、その前には厳しい表情を浮かべた青年と、壮年の男性が立っていた。周囲の男達も息を殺して4人の話に耳をそばだて、ある者は不安そうな目を、ある者は怒りを秘めた冷たい目を座った二人に向けていた。
「それとコルテガ、貴様の罪はもっと重いぞ」
「すみません、ついうっかり・・・」
「つい?」
「うっかりだと?」
頭をかきながら軽い口調で答える男に、周りの男達は表情を消して詰め寄る。
だが青年は手をあげ男達を制すると、コルテガと呼ばれた男にその端正な顔を近づけ、静かに言った。
「コルテガ・・・事は“つい”や“うっかり”で済む話ではない。もし妹達にサンタの正体がばれてしまえば、それはもう二度と、そう、二度と取り返しが付かないのだぞ?」
青年の端正な顔が無表情に告げる言葉は、コルテガの両肩に置かれた手を通じてその身に重くのしかかり、言われた当人は蒼白な顔でコクコクと頷いた。
「皆、聞いてくれ」
青年は地下室内の男達に向かって呼びかける。入り口近くの男は外の様子を探り、青年に向かって小さく頷いた。
「この秘密はいずれ来たるその時まで、けして悟られてはならない。
私はそのためにはどんな罰でも受けるつもりだ。たとえそれが火と硫黄の燃える池で泳ぐことでも、ペンチで舌を引き抜かれることでも、丸くふくらんだトゲ魚を丸呑みすることであったとしてもだ。勿論、皆にその覚悟を持てと言うのは酷だろう。だがひとつだけ覚えていて欲しい。
なくした物の多くは長い時間の中で取り戻せる。しかし、過ぎた時間はけして戻らないという事を・・・」
青年は静まり返った男たちを見回した後、ふっと笑みを浮かべつとめて明るい声で語りかける。
「では皆、それぞれ出し物の練習を始めてくれ。もう本番まで時間はあまりないぞ!」
『はい! 主席お兄ちゃん!』
男たちは元気よく返事を返し、それぞれの作業へと戻っていった。ある者はパーティに必要な物資の整理に、ある者は針と糸を持って衣装作りに、ある者は台本片手に劇の練習にと。
―マーガレット、また贅沢好きの悪い癖が出ているよ?―
―やだわジョゼフィーヌ、一人前のレディにせっかくのクリスマスにつぎのあたった服で出かけろというの?―
―姉さんたち、ケンカはやめてなのです・・・ゴホッゴホッ―
―エリザベス、ねてなきゃだめよ! もう、姉さまがたったら、ケンカしたいのならどうぞお外でやってくれればいいのに!―
* * *
* *
* * *
〇魔よ、小さき望みの喜びよ
クリスマスまであと一月ほどとなったある日、サバトでは午後の仕事を取りやめて、手が離せないもの以外は全員が講堂へと集合していた。
『じゃあ皆、いま配った紙に記入したら、備え付けの封筒に入れて近くのお兄さんに渡してください』
魔女達は手に持った小さな紙に彼女達の小さな、あるいは壮大な希望を書き記していく。
『なんども言いますが、紙に書くのは一般に流通しているもの、そして危険ではないものを書いてくださいね。バフォ様、“聖都破戒爆弾”とか一体なにに使うつもりだったんですか? 去年朝起きたら枕元にサンタさんからの苦情の手紙が置いてあってびっくりしましたよ。
ああそれと皆、“お兄ちゃん”をお願いしてもダメですからね。それは自分でなんとかしなさい』
* * *
―ねー、なんて書いた?私はね〜―
―うわえっぐ!それお兄様に使うの?―
(ふう・・・)
紙を封筒に入れるとポーラは立ち上がった。
「ポーラさまはなんて書いたんですか〜?」
「きっとお兄様のことですよね! クリスマス一緒にいられるようにって!」
すると二人の部下がポーラにまとわりつくように尋ねてきた。
「あのね・・・お兄ちゃんにすら見せない手紙を、あなた達に教えるわけないでしょう?」
ポーラはそんな二人を呆れながらも、幼い妹を諭すように言った。
しかし生意気さかりの部下たちは、
「え〜ケチー」
「ポーラさんのケチケチー、おっぱいぺたんこー」
「・・・ぶっ叩くわよ?」
凄むポーラにキャーキャーと楽しそうに悲鳴をあげる部下たち。
「だいたいね、そんなこと書くわけないじゃない。お兄ちゃんは『クリスマスまでには必ず帰る』って約束したんだから」
「でも〜、お兄様の潜入してる教団領って、最近あやしい動きしてるとこですよね〜?」
「そうですよ! だから早く帰れるようサンタさんにお願いしといた方がいいんじゃないですか?」
フー、と深い息をつくポーラ。そして魔女たちの肩に手を置くと、ゆっくりと続けた。
「お兄ちゃんとは兄妹になって、もう何十年も経つけど、今まで一度だって、例え、どんな小さなことでも、私との約束を破ったことはないの。わかった?」
「はい・・・」
「イエス、マイシス・・・」
この魔女たちはおバカではあるが、愚鈍ではない。『これもう続けたらあかんやつや』と悟り、そそくさと自分の封筒を提出しに去っていった。
(お兄ちゃん・・・大丈夫だよね)
背後の少女がその美しい瞳に一抹の暗い影を落としていることなど気付かずに。
* * *
* *
* * *
〇かの笑顔こそ我が喜び
「よしよし、皆良い子、良い子」
「今年は大きな問題もなさそうですね」
静かな地下室で男達が封筒から手紙を取り出し、内容を手元の紙に書き取っていく。
「一昨年の“グリフォンの羽ペン騒動”とか大変でしたもんね」
「いや、あれは魔界で手に入る分まだいい方だ。昔の“ターボちゃん人形事件”とかもう思い出したくもない・・・」
「あん時は教国内の工場まで潜入したもんな・・・んん!? おい“恋の占いドクロ”はマズイだろ! 誰だマルの箱に入れたやつ!」
「え?まずかったですか? Amazonesで普通に取り扱ってますけど」
「あれは昔魔界でも問題になったからな。ここは限りなく親魔よりとはいえ一応は中立国だからさすがにまずい。だいたい誰だこんなの頼んだ奴は・・・ってあのファミリアの子か」
「その子は第二希望の“超合金フル可動ダディ・ベア”でいいだろ。・・・結構高いなこれ・・・」
* * *
「そして例によって“お兄ちゃん”が大半を占めてるわけだが」
「あれだけ注意したのに・・・今年は第三希望まで書かせて正解だったな」
「・・・これを見てもそう言えるか?」
「ん? 第一希望“お兄ちゃん”、第二希望“お兄様”、第三希望“あにい”、第四希望?“兄貴”、第五“兄くん”、第六・・・おい、第十二希望まであるぞこれ!」
* * *
「うっ」
「なんだ? また厄介なやつか?」
手紙を見て声をあげた男に、別の男がうんざりした様子で声をかける。
「“筆頭お兄様と次席お兄様のプロレス写真集”」
「・・・いろんな人から怒られそうだなおい」
「第二希望“ポーラ上級魔女とお兄様の種付けアヘ逝きセックスのブロマイド”」
「サンタになにを求めてるのその子」
* * *
「ああ・・・」
「なに今度は。もう勘弁してくれよ〜」
疲れきった男はげんなりと傍らの相棒を見る。
「で? なんて書いてあんの?」
「第一希望“世界平和”」
「・・・」
「・・・」
「・・・頑張ろう」
「おう」
そう言って男たちは残り半分ほどになった封筒の山へと顔を向けるのだった。
* * *
* *
* * *
〇屋根を渡って煙突抜けて
夜も更けた城のバルコニーに、静かにたたずむ影の一団があった。
皆一様にまるまるとした体型で同じ服、同じ帽子をかぶり、まるで瓜二つ、いや瓜百つの影が並ぶ姿はさながら古の王の墓所に並ぶ彫像を思わせた。
(皆準備はいいか)
他の彫像に向かい合うように立つ影から、押し殺した声が発せられた。
(スーツの最終確認を行う。右向け、右!)
(((ザッ!)))
(まわれ、右!)
(((ザッ!ザッ!)))
(右向け、右・・・良いようだな。では次に上半身の確認、『サバト体操第一』―――)
(声の確認だ。HO、HO、HO!)
(((HO、HO、HO!)))
(よし。違和感を感じたものは手を上げろ。ふむ、各部隊長、調整してやれ。他にはいないか? では最後に主席からのご挨拶をいただく。―――お願いします)
影の後ろの暗がりの中から、もう一つの影が姿をあらわした。その影も他と同様、姿も、声も瓜二つであった。
(皆、時は来た)
一つの影は居並ぶ百の影に向かって静かに語りかける。
(妹たちが待ちに待ち、我々が必死の思いで準備してきた日が来たのだ。
妹にウソをつく心の痛みが無駄でなかった証の為に、再び童心を取り戻して笑う、明日の妹の笑顔のために!)
影は演説とともに振り上げた握りこぶしをゆっくり下ろすと静かに続けた。
(我々は全ての子供たちに等しく愛情を注ぐというサンタクロースとは相容れぬ生き物である。しかし、私は諸君たちが自らの妹に対しては無限の愛情を発揮する変態紳士だと信奉している。
であるならば、我々はサバトの妹達の前では100人と1人のサンタクロース集団という事である!)
影は眼前の影達を見回す。
(ルドルフ隊、
ダッシャー隊、
ダンサー隊にブランサー隊)
各集団の名前を呼ぶたび、影の声は力強さを増していく。
(ヴィクセン隊、コメット隊、
キューピッド、ドナーにブリッツェン、各隊に告げる。
主席お兄ちゃん命令である!)
影は腕を振り上げ、小声で叫ぶ。
(屋根へ上がれ、壁を駆けよ!
“Now dash away,dash away,dash away all!”(行け、急げ、皆で行け!))
((Now dash away,dash away,dash away all!(行くぞ、急げ、皆で行こう!)))
(それでは諸君・・・“メリー・クリスマス”)
しかしその時彼らもまだ気づいていなかった。
サバトを囲む森の中で、見知らぬ影が蠢いているのを。
「いないもん!」
「いるわよ!」
早朝のサバトの廊下、なにやら二人の魔女が言い争っている。
互いに眉を吊り上げ罵りあいながらも、その顔から可愛らしさが消えないところはまさしく魔物といえよう。
そこへゴツゴツと蹄を鳴らしてバフォメットがやってきた。
「お主ら、何を言い争っておる? もうすぐ始業時間じゃぞ」
言い争っていた魔女達は、口々に自分の主張をバフォメットに向かって投げかける。
バフォメットは二人の言葉をうんうんと頷きながら聴いていたが、やがて
「え、おぬしまさか・・・」
バフォメットは信じられないものを見る目で魔女の一人を見つめた。
「言ってやってくださいバフォ様!」
魔女の一人がバフォメットの後ろで勢いづく。
「まさかサンタの正体は兄上だとかいう噂、本気で信じておるのか?」
「だ、だって私のお兄ちゃんが『サンタなんていない』って」
* * *
魔女たちにバフォメットが加わりさらに口論が激しくなったところへ、優しそうな顔立ちの青年と厳めしい顔をした壮年の男が通りかかった。
「こらこら、何をケンカしているんだい」
「それもバフォメット様まで一緒になって」
「あっ、兄上ー♪」
『筆頭お兄様に次席お兄様、ご機嫌うるわしゅう』
喜色を満面に浮かべるバフォメットと、深々と頭を下げる魔女達。
「あの、毎度毎度そういうのいいですから。普通にして下さい。・・・で? 何を言い争っていたの?」
青年はそんな魔女達に辟易としながら妹に語りかけた。
「うむ、それがな・・・」
「聞いてください! 先輩が私のお兄ちゃんのこと、うそつきだって言うんです!」
「だってサンタさんがいないなんて言うからでしょ!」
「私のお兄ちゃんはウソなんてつかないもん!」
「落ち着くのじゃ二人とも。・・・とまあこういうわけなのじゃ」
妹達の様子を見て青年は事態を把握した。
「ああ、なるほど・・・。君のお兄さんは確かエリックか、彼は今年の春に入信したんだったね」
「はい、そうです。春の遠征(潮干狩り)の時、悪い教団に洗脳されていたお兄ちゃんを私の愛の力で改心させたんです」
「うん、その時の君の活躍は妹からも聞いているよ。ということは・・・エリックは魔界のクリスマスは初めてか」
「えっと、はい。そのはずです」
魔女の答えに少しの間考え込む青年。
しかしすぐに微笑を浮かべ、口を開いた。
「なるほどなるほど。原因はわかったよ」
「さすが兄上なのじゃ!名探偵なのじゃ! まるっとすべてどこまでもお見通しなのじゃ!」
「? どういうことですか?」
「つまりね、簡単に言うとエリックは君にウソをついたのさ」
「ええ!? お兄ちゃん、なんで・・・」
「ああ、落ち着いて。もちろん理由があって、君のことを思ってついたウソだよ」
「??」
少女達の不思議そうな顔を見ながら、青年は説明し始める。
「教団領ではクリスマスのことを復活祭と呼ぶことを知ってるかい?」
「いえ・・・」
「聞いたことはありますが、それが一体」
「細かい説明は省くけど、教団領におけるクリスマスは、主神教の教義と深いつながりがあるんだ。
例えばサンタクロースの正体は、教団領では聖・ケンコクラウスという聖人だっていうことになっている」
「ええっ!?」
「冬の妖精ではないのですか?」
「そう。魔界でサンタクロースといえば、冬の寒さに耐える人たちにプレゼントを配って回る、冬至の妖精のことだね。けれど教団領では、主神の教えに従う子供に金貨を配って回る聖人・聖ケンコクラウスだと信じられているんだ」
「ええー、金貨よりもプレゼントのほうがいい」
「私もそう思います」
「まあそれは置いといて・・・。エリックは教団領で生まれ育ったんだよね?」
妹達のいぶかしげな顔に苦笑しつつ話を続ける青年。
「はい。30歳まで教団の街で暮らすと教団所属の魔法使いになれるらしいので、義父様たちがお兄ちゃんの将来のためにって」
「うん。するとエリックは、サンタクロースのことを聖ケンコクラウスだと思っているんじゃないかなあ」
「えっ・・・」
「そうするとサンタクロースは君のところには来ない、なぜなら君は主神教徒ではないから。・・・とエリックは考えた」
ハッとした顔で言葉を失う魔女たちを前に、青年は続けた。
「でもサバトは皆クリスマスにサンタが何をプレゼントしてくれるか楽しみにしている。でも来るはずがない。サバトは教団の狂った教えとは真っ向から対立するものだから。
・・・そもそもエリックは、クリスマスは教団の祭りだと思っているはずだ。自分を洗脳していた教団の祭りを、助けてくれた君自身が祝ってるのを見て混乱したんだろうね」
「それで、お兄ちゃん“サンタはいない”なんて言ったんだ・・・」
「そういうことだったのですか・・・教団め、どこまで人を苦しめれば気が済むの・・・!」
疑問の解けた魔女達は、悲しみと、教団への怒りに顔を歪める。
「というわけだから、エリックには僕から説明しておくよ。君たちは仕事に行っておいで。というか・・・三人とも遅刻じゃない?」
「た、大変!」
「ポーラさんに怒られる〜!」
「し、しまったのじゃ、兄上の名推理に聞き惚れていたら、うっかりしていたのじゃ!」
青年の指摘で我にかえった少女達は、ドタドタパタパタゴツゴツゴツと音をたてて走っていった。
少女達の去ったあと、青年はその後ろに控えていた厳めしい男に小声でぼやいた。
「ふう・・・肝を冷やしたよ」
「お疲れ様です。見事な緊急回避でした」
「まったく、息をするように嘘を吐く自分がいやになるよ。――ところで、エリックの指導係は誰だったかな?」
「コルテガです」
「そうですか・・・。二人を工作室へ呼び出してください。彼ら、特にコルテガには再教育が必要です」
先ほどまでとはうって変わり、感情のない声で静かに言い放つ青年。
「わかりました」
背筋を襲う寒気に身を震わせながら、壮年の男は深く頭を下げた。
* * *
* *
* * *
〇床下の男達
サバトの地下。昼なお暗い空間を、魔法の灯りがぼんやりと照らしている。
ここは通称“お兄ちゃん達の秘密基地”
元々はサバトに招かれた男達が独自に研究をするために作られた施設であったのだが、このサバトの兄達は教国と隣り合うという地理的な関係から兵隊上がりの屈強な男たちが多く、研究という目的で使うものは稀だった。
今では男たちの憩いの場、談話室、あるいは妹達に秘密で情報交換するための場所となっている。平時は主に妹へのプレゼントの相談とか、趣味の工作――魔女達からすれば玩具のようなものだが――など、妹がサバトの仕事で忙しくする間の暇つぶし等に使われている。隅にはバーもあり、頼めばカウンターに立つ男がなれた手つきで酒とつまみを出してくれる。
華やかで清潔なサバト上層と対照的に、ここは薄暗く、埃っぽく、そして男臭かった。すなわちここは常にプリティでキュートでファンシーなフワフワに囲まれて生活する兄達にとっての、男性性を確保する場所でもあったのである。
そのためサバトの主であるバフォメットでさえよほどの事がなければここに立ち入ろうとはしないし、サバトの魔女達の多くもそれは同様だった。
そしてこの時期、男達は頻繁にこの地下室で会合を開いていた。表向きには来たるクリスマスの準備のため、特に兄達による出し物のためと魔女達には思われている。
それはけして間違いではないのだが・・・
「エリック、君のしたことは大変な事態をひき起こすところだった」
「も、申し訳ありません! 知らなかったとはいえ、私はなんということを・・・」
部屋の隅の一区画で、二人の男が椅子に座らされ、その前には厳しい表情を浮かべた青年と、壮年の男性が立っていた。周囲の男達も息を殺して4人の話に耳をそばだて、ある者は不安そうな目を、ある者は怒りを秘めた冷たい目を座った二人に向けていた。
「それとコルテガ、貴様の罪はもっと重いぞ」
「すみません、ついうっかり・・・」
「つい?」
「うっかりだと?」
頭をかきながら軽い口調で答える男に、周りの男達は表情を消して詰め寄る。
だが青年は手をあげ男達を制すると、コルテガと呼ばれた男にその端正な顔を近づけ、静かに言った。
「コルテガ・・・事は“つい”や“うっかり”で済む話ではない。もし妹達にサンタの正体がばれてしまえば、それはもう二度と、そう、二度と取り返しが付かないのだぞ?」
青年の端正な顔が無表情に告げる言葉は、コルテガの両肩に置かれた手を通じてその身に重くのしかかり、言われた当人は蒼白な顔でコクコクと頷いた。
「皆、聞いてくれ」
青年は地下室内の男達に向かって呼びかける。入り口近くの男は外の様子を探り、青年に向かって小さく頷いた。
「この秘密はいずれ来たるその時まで、けして悟られてはならない。
私はそのためにはどんな罰でも受けるつもりだ。たとえそれが火と硫黄の燃える池で泳ぐことでも、ペンチで舌を引き抜かれることでも、丸くふくらんだトゲ魚を丸呑みすることであったとしてもだ。勿論、皆にその覚悟を持てと言うのは酷だろう。だがひとつだけ覚えていて欲しい。
なくした物の多くは長い時間の中で取り戻せる。しかし、過ぎた時間はけして戻らないという事を・・・」
青年は静まり返った男たちを見回した後、ふっと笑みを浮かべつとめて明るい声で語りかける。
「では皆、それぞれ出し物の練習を始めてくれ。もう本番まで時間はあまりないぞ!」
『はい! 主席お兄ちゃん!』
男たちは元気よく返事を返し、それぞれの作業へと戻っていった。ある者はパーティに必要な物資の整理に、ある者は針と糸を持って衣装作りに、ある者は台本片手に劇の練習にと。
―マーガレット、また贅沢好きの悪い癖が出ているよ?―
―やだわジョゼフィーヌ、一人前のレディにせっかくのクリスマスにつぎのあたった服で出かけろというの?―
―姉さんたち、ケンカはやめてなのです・・・ゴホッゴホッ―
―エリザベス、ねてなきゃだめよ! もう、姉さまがたったら、ケンカしたいのならどうぞお外でやってくれればいいのに!―
* * *
* *
* * *
〇魔よ、小さき望みの喜びよ
クリスマスまであと一月ほどとなったある日、サバトでは午後の仕事を取りやめて、手が離せないもの以外は全員が講堂へと集合していた。
『じゃあ皆、いま配った紙に記入したら、備え付けの封筒に入れて近くのお兄さんに渡してください』
魔女達は手に持った小さな紙に彼女達の小さな、あるいは壮大な希望を書き記していく。
『なんども言いますが、紙に書くのは一般に流通しているもの、そして危険ではないものを書いてくださいね。バフォ様、“聖都破戒爆弾”とか一体なにに使うつもりだったんですか? 去年朝起きたら枕元にサンタさんからの苦情の手紙が置いてあってびっくりしましたよ。
ああそれと皆、“お兄ちゃん”をお願いしてもダメですからね。それは自分でなんとかしなさい』
* * *
―ねー、なんて書いた?私はね〜―
―うわえっぐ!それお兄様に使うの?―
(ふう・・・)
紙を封筒に入れるとポーラは立ち上がった。
「ポーラさまはなんて書いたんですか〜?」
「きっとお兄様のことですよね! クリスマス一緒にいられるようにって!」
すると二人の部下がポーラにまとわりつくように尋ねてきた。
「あのね・・・お兄ちゃんにすら見せない手紙を、あなた達に教えるわけないでしょう?」
ポーラはそんな二人を呆れながらも、幼い妹を諭すように言った。
しかし生意気さかりの部下たちは、
「え〜ケチー」
「ポーラさんのケチケチー、おっぱいぺたんこー」
「・・・ぶっ叩くわよ?」
凄むポーラにキャーキャーと楽しそうに悲鳴をあげる部下たち。
「だいたいね、そんなこと書くわけないじゃない。お兄ちゃんは『クリスマスまでには必ず帰る』って約束したんだから」
「でも〜、お兄様の潜入してる教団領って、最近あやしい動きしてるとこですよね〜?」
「そうですよ! だから早く帰れるようサンタさんにお願いしといた方がいいんじゃないですか?」
フー、と深い息をつくポーラ。そして魔女たちの肩に手を置くと、ゆっくりと続けた。
「お兄ちゃんとは兄妹になって、もう何十年も経つけど、今まで一度だって、例え、どんな小さなことでも、私との約束を破ったことはないの。わかった?」
「はい・・・」
「イエス、マイシス・・・」
この魔女たちはおバカではあるが、愚鈍ではない。『これもう続けたらあかんやつや』と悟り、そそくさと自分の封筒を提出しに去っていった。
(お兄ちゃん・・・大丈夫だよね)
背後の少女がその美しい瞳に一抹の暗い影を落としていることなど気付かずに。
* * *
* *
* * *
〇かの笑顔こそ我が喜び
「よしよし、皆良い子、良い子」
「今年は大きな問題もなさそうですね」
静かな地下室で男達が封筒から手紙を取り出し、内容を手元の紙に書き取っていく。
「一昨年の“グリフォンの羽ペン騒動”とか大変でしたもんね」
「いや、あれは魔界で手に入る分まだいい方だ。昔の“ターボちゃん人形事件”とかもう思い出したくもない・・・」
「あん時は教国内の工場まで潜入したもんな・・・んん!? おい“恋の占いドクロ”はマズイだろ! 誰だマルの箱に入れたやつ!」
「え?まずかったですか? Amazonesで普通に取り扱ってますけど」
「あれは昔魔界でも問題になったからな。ここは限りなく親魔よりとはいえ一応は中立国だからさすがにまずい。だいたい誰だこんなの頼んだ奴は・・・ってあのファミリアの子か」
「その子は第二希望の“超合金フル可動ダディ・ベア”でいいだろ。・・・結構高いなこれ・・・」
* * *
「そして例によって“お兄ちゃん”が大半を占めてるわけだが」
「あれだけ注意したのに・・・今年は第三希望まで書かせて正解だったな」
「・・・これを見てもそう言えるか?」
「ん? 第一希望“お兄ちゃん”、第二希望“お兄様”、第三希望“あにい”、第四希望?“兄貴”、第五“兄くん”、第六・・・おい、第十二希望まであるぞこれ!」
* * *
「うっ」
「なんだ? また厄介なやつか?」
手紙を見て声をあげた男に、別の男がうんざりした様子で声をかける。
「“筆頭お兄様と次席お兄様のプロレス写真集”」
「・・・いろんな人から怒られそうだなおい」
「第二希望“ポーラ上級魔女とお兄様の種付けアヘ逝きセックスのブロマイド”」
「サンタになにを求めてるのその子」
* * *
「ああ・・・」
「なに今度は。もう勘弁してくれよ〜」
疲れきった男はげんなりと傍らの相棒を見る。
「で? なんて書いてあんの?」
「第一希望“世界平和”」
「・・・」
「・・・」
「・・・頑張ろう」
「おう」
そう言って男たちは残り半分ほどになった封筒の山へと顔を向けるのだった。
* * *
* *
* * *
〇屋根を渡って煙突抜けて
夜も更けた城のバルコニーに、静かにたたずむ影の一団があった。
皆一様にまるまるとした体型で同じ服、同じ帽子をかぶり、まるで瓜二つ、いや瓜百つの影が並ぶ姿はさながら古の王の墓所に並ぶ彫像を思わせた。
(皆準備はいいか)
他の彫像に向かい合うように立つ影から、押し殺した声が発せられた。
(スーツの最終確認を行う。右向け、右!)
(((ザッ!)))
(まわれ、右!)
(((ザッ!ザッ!)))
(右向け、右・・・良いようだな。では次に上半身の確認、『サバト体操第一』―――)
(声の確認だ。HO、HO、HO!)
(((HO、HO、HO!)))
(よし。違和感を感じたものは手を上げろ。ふむ、各部隊長、調整してやれ。他にはいないか? では最後に主席からのご挨拶をいただく。―――お願いします)
影の後ろの暗がりの中から、もう一つの影が姿をあらわした。その影も他と同様、姿も、声も瓜二つであった。
(皆、時は来た)
一つの影は居並ぶ百の影に向かって静かに語りかける。
(妹たちが待ちに待ち、我々が必死の思いで準備してきた日が来たのだ。
妹にウソをつく心の痛みが無駄でなかった証の為に、再び童心を取り戻して笑う、明日の妹の笑顔のために!)
影は演説とともに振り上げた握りこぶしをゆっくり下ろすと静かに続けた。
(我々は全ての子供たちに等しく愛情を注ぐというサンタクロースとは相容れぬ生き物である。しかし、私は諸君たちが自らの妹に対しては無限の愛情を発揮する変態紳士だと信奉している。
であるならば、我々はサバトの妹達の前では100人と1人のサンタクロース集団という事である!)
影は眼前の影達を見回す。
(ルドルフ隊、
ダッシャー隊、
ダンサー隊にブランサー隊)
各集団の名前を呼ぶたび、影の声は力強さを増していく。
(ヴィクセン隊、コメット隊、
キューピッド、ドナーにブリッツェン、各隊に告げる。
主席お兄ちゃん命令である!)
影は腕を振り上げ、小声で叫ぶ。
(屋根へ上がれ、壁を駆けよ!
“Now dash away,dash away,dash away all!”(行け、急げ、皆で行け!))
((Now dash away,dash away,dash away all!(行くぞ、急げ、皆で行こう!)))
(それでは諸君・・・“メリー・クリスマス”)
しかしその時彼らもまだ気づいていなかった。
サバトを囲む森の中で、見知らぬ影が蠢いているのを。
19/12/24 12:26更新 / なげっぱなしヘルマン
戻る
次へ