第2話 目指すは頂上!見習いパーティ最後の試練!(前編)
さわやかな空気、なだらかな斜面に咲き乱れる花々、さえずる小鳥、湖畔で水を飲むシカの親子…
ヒアット近くに存在する山「モリトヒル」は、所々に生い茂る緑の木々の「森」とそこそこ高低差のある「丘」によって構成されており、近くの村やヒアットの住民はよくピクニックやデートの場所として選ぶことが多い。
また危険度も比較的低く、子供がキノコ取りに行ったり、駆け出しの冒険者が資材を調達しに行くこともしばしばある。
気象も穏やかで自然の恵みに溢れたこの場所は、まさしくヒアット住民の憩いの場所と呼んで良いだろう。
だがしかし…それは、あくまでも「「普通の」ヒアット住民」にとっての話。
実は、一般市民や弱い冒険者に開放されているのは「モリトヒル」のほぼふもとでしかない。
ひとたび奥に進めば、より鬱蒼とした森林と曲がりくねった路地が方向感覚を混乱させ、中途半端に高低差のある地形が移動による疲労を地味に増やしてくる。
さらには、クマやイノシシといった猛獣…すらエサにする魔界動物「ブルーラプトル」も生息しているのだ。
真っ青な獣脚類…「ヴェロキラプトル」や「デイノニクス」といった小型肉食恐竜のような見た目をした彼らは、多数の群れを成して獲物を狩る習性がある。
一頭一頭がライオン並みのパワーがある彼らに束になってかかられれば、流石の魔物やちょっと鍛えた程度の人間であればひとたまりもない。
つまり、何が言いたいのかというと…「モリトヒル」の奥地はふもとと比べて危険なのである。
その為、そこに入れるのは一人前の勇者、ベテラン冒険者、そして勇者候補生と引率の教官しか入れない。
特に、勇者候補生はそこでサバイバル訓練(キャンプ)や戦闘演習を行ったりするのだが…中でも「卒業試験」は過酷で名高い。
広大なモリトヒル山に、己のカンと仲間の結束を頼りに山頂までたどり着き、旗を立てるというものだ。
だが、制限時間は3日以内と短く、テレポートの魔法を使ったり、機動力の高い種族が運転手を務めるタクシーに乗る事は勿論禁止である。
そして今、その過酷な試練にあの「4人組」が挑んでいた。
リーダーのドラゴルフが先頭に立ち、後からアルム、ベル、ルキアが続く形だ。
現在、彼(女)らは試練当日から二日も歩き続けており、疲労がかなり溜まっていて、トボトボと歩くのが精いっぱいな状況だ。
一人を除いて。
「あっるーこーあっるーこー♪わたしっは元気ー♪」
「あ…う…あ…う…あ………。」
「…………………。」
「…………………。」
そう、ドラゴルフである。
体力自慢の獣系魔物の中でも特に持久力の高いウルフ属…その中でも上位の種であるヘルハウンドの彼女は全くピンピンしていた。
ヘットヘトになっている仲間を背に、試練の事など忘れて呑気に歌など歌っている程の余裕っぷりである。
「うーん…みんなもうそろそろここで休憩でいいかな?」
「た…たのみゅ…」
鈍いドラゴルフでも、流石に仲間たちがバテている事を察したようで、背負っていた道具袋から布製の敷物を取り出す。
「お、おい…ドラゴルフ……お前、体力しゅごすぎ………」
ややふらつき、呂律が回らないながらもアルムが彼女の体力を称賛した。
パーティーの中では2番目にしぶとい彼だからこそ、言葉を腹の底からしぼり出せる余裕があるのだが、残りの2人はあ行のうめき声を上げるのがやっとな程疲弊している。
「んー?そうかなー?僕はこれが普通だと思うんだけど?はい、みんな。」
「さんきゅー…」
「す…ま……い………(すまない)」
「あ………う…………(ありがとう)」
へたり込むようにドサっと座った三人に、続いてドラゴルフは茶と梅おにぎりを振舞う。
アルムはおにぎりを丸ごと口に放り、ベルは静かに茶を啜り、ルキアはおにぎりをすこし食べた後に茶を流し込んでいた。
ここでも、4人の個性はハッキリと現れているようである。
ちなみに水筒に入れられる形で4人に支給されたあの茶は、クークが様々なハーブと薬草を調合して作ったもので、ある程度とはいえ疲労やケガを一気に治す程の回復力を誇り、そこそこ高い回復薬といい勝負ができるシロモノなのだからすごい。
梅おにぎりの方は、なんとドラゴルフの手作り。
実は父の故郷であるジパングで育った彼女は、そこの郷土料理であるおにぎりと味噌汁だけなら普通に作れてしまうのだ。
試練の前日、こんなこともあろうかと朝早く起きて作ったのだが、その判断は正解だったようだ。
「この、オニギリとかいうのうめェな!もっとだ!もっとないのか?」
「ジパングの携帯食……中々やるではないか……」
「やはり米は茶と合う。桜の下でハナミをやっている時なら最高なのだがな…」
仲間からの大好評をドラゴルフは嬉しそうに頬を緩ませる。
ヘルハウンドらしからぬふっくらとした笑顔は、おそらく師であるクークから受け継がれたのだろう。
「うん!おかわりはあるからね!さぁどんどん食べて……」
次のおにぎりのおかわりを道具袋から取り出そうと、ドラゴルフは後ろを振り向く。
「えっ?」
しかし、そこには招かれざる客が図々しく居座っていた。
なんと…あの猛獣喰いの猛獣である「ブルーラプトル」の一匹がドラゴルフのリュックに頭を突っ込んでおにぎりを食べているではないか!
「ぎゃーっ!?ぶ、ブルーラプトルー!?」
「グェーッ!?(ヘ、ヘルハウンドー!?)」
これにはお互いかなり驚き、両社とも目を丸くして飛びのいてしまった。
ドラゴルフは先生に恐ろしい魔獣と教えられた存在がそこにいる事に、ブルーラプトルは生態系の頂点であるヘルハウンドが獲物(道具袋)の持ち主である事に驚き合ったのだ!
「ムッ!ドラゴルフ!危ない!」
「へっ!?」
唐突に、ルキアが気配を察してドラゴルフに向かって電撃を放つ!
ドラゴルフは咄嗟にしゃがむと、上の方から短い悲鳴と共に黒焦げになったブルーラプトルが落ちてきた!
「た、助かった、けど…」
「おいおい、こりゃヤベェんじゃねぇのか?」
「クッ…!マズい………!」
「完全に油断してしまったな。」
一体何事かと、4人は円陣を組み迎撃態勢を取るが…
なんと、いつの間にやらブルーラプトルの群れに囲まれていたのである!
血に飢えた蒼き肉食竜達は口からよだれを垂らし、開ききった目を血走らせてドラゴルフ太刀を睨みつけており、今にも一匹が飛びかかってきそう…と地の文で実況しているそばから一匹が飛びかかった!
それを合図に、あとの群れも次々と襲い掛かっていく!
「お前ら如きに食われる私ではない!」
最初に迎撃を加えたのはベルだった。
レイピアで目の前を一文字に切り払い、氷の刃を放って飛びかかった2匹のブルーラプトルを切り裂く!
「ギャアッ!?」「ギエッ!?」
氷の刃に切り裂かれた2匹は真っ白に凍り付き、地面に落ちてそのまま動かなかった。
そんな2匹を、ベルは「つまらぬモノでも斬ってしまった」というかのように冷ややかに見降ろしている。
「テメェらかかって来い!いくらでも相手になってやるよ!」
ベルの背後から飛びかかろうとした一匹をアルムが力いっぱい殴り飛ばす。
殴られた一匹は、頬にクッキリとパンチマークを残してノビていた。
「ギエアッ!」
「オラオラオラァッ!」
「ギャンッ!?」
樹上から小柄な個体が襲い掛かってくるが、彼らもアルムの敵ではない。
その場から飛び上がって顎にアッパーカットの一撃を決める!
まるで、天に「昇」る「竜」のようなダイナミックな雄姿は傍から見てもとても美しいだろう。
「…ホアッ!」
「「ギャアアアアアアアーッ!?」」
「グェーッ!」
「ひぇ〜!僕は美味しくないよ〜っ!」
一方、ベルとアルムの背面ではルキアとドラゴルフが群れを迎撃している。
ルキアはムチのように変化させた雷の魔力で10匹ほどのブルーラプトルを打ち据えている。
こちらはアルムとベルよりも広範囲の敵にダメージを与えられているのだが、威力は2人より劣っているようで、打ちのめされたブルーラプトルが起き上がってジワジワと接近している。
ルキアは体内の魔力が多い体質故、魔力切れの心配はないのだが、危険な状況である事には変わりないので気は抜けない。
ドラゴルフの方はというと、先程リュックを漁っていた個体と交戦している。
相手は他の3人とは違って1体だけ…なのだが、それなりに苦戦していた。
この個体、よく見ると周りで戦っている連中よりも体が一回りも大きく、だいぶ前に負ったと思われる傷の痕が体中に浮かんでいる。
それに、コイツが吠える度に他のブルーラプトル達が体制を変えて攻めてくる。
「コイツ、間違いない……!ボスか!」
ドラゴルフの予想通り、この個体は群れを率いるボスだったようだ。
動きもかなり戦い慣れしており、ドラゴルフの振るう剣を次々とかわしてゆき、わずかな間に喉元に食らいつける距離まで接近してしまった。
「し、しまった!」
「ドラゴルフッ!」
ここで仲間を失わせてなるものかと、ルキアは雷魔法を放とうとする。
だが、この距離ではドラゴルフが襲われるまで間に合わない上に、助けようとしている彼女まで巻き添えにしてしまうと悟り、とりやめる。
ドラゴルフにも雷魔法が当たらない安全な距離もあるのだが、そこに行けば自分が今戦っている群れが隙を突いて侵入してしまう。
合理主義者の彼にとって、どちらに転んでも命取りになりかねない選択肢を突きつけられているこの状況は限りなく最悪な状況だった。
(アルムとベルは流石にこちらに行けないし、言わずもがな俺も下手には動けない…だが、ドラゴルフはあのままではやられてしまう…!一体…どうすれば良い…!?)
「ギャアオーウッ!」
「わ、わああああああーーーっ!?」
ゴズシャアッ!
「ドラゴルフ!…は?」
「遅かったか…え?」
「…ッ!やはり助けに行けば良かっ……て、んっ?」
ドラゴルフの叫び声とブルーラプトルのボスの吠え声、そして「生々しい打撃音」を耳にし、3人のだれもが「ドラゴルフの死」という絶望的な状況を想像して振り返る。
だがしかし、そこには………
「うーん…痛ててて………」
「キュエ〜…………」
頭にでっかいタンコブを付け、そこを痛そうにさすっているドラゴルフと、同じく頭にでっかいタンコブを付けて倒れたブルーラプトルのボスが居た。
どうやら、ボスの方が重症である。
このマヌケな光景には、仲間の3人どころか子分のブルーラプトル達もポカーンと固まってしまう。
「だ、大丈夫そうだな…」
「しかし、一体どうしてこんな事になった…?ルキア、お前はどう思う?」
「そうだそうだ、お前頭良いんだからどういう事か分かる…よな?」
「お前ら、いくら俺でもそこまでは知らんぞ。せ、専門外だ。」
「クェー?」
「キョッ?」
先程の殺伐とした雰囲気から一転し、先程まで争っていた勇者パーティとブルーラプトルの群れの両陣営は「一体全体どーゆーことなんだ」と思考を巡らせる事に精一杯になり、一時的に休戦状態となっていた。
これは一体どういう事なのか、それは時間を少し遡らせて見てみよう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ギャアオーウッ!」
「わ、わああああああーーーっ!?」
怯えるドラゴルフに襲い掛かるブルーラプトルのボス。
口を大きく開き、ドラゴルフの喉元に首を伸ばす!
その中に生えるキバは鋭く、銀色に輝いて見える唾液によって研ぎ澄まされていた。
「こ、来ないで〜!」
あまりの恐怖にドラゴルフは半狂乱になり、剣をブルーラプトルのボスの頭に振り下ろそうとするが、あまりに大きく振りかぶりすぎてしまい…
「わっ!?あーっとっとっとっと、ひゃあんっ!?」
自身が剣を振った反動でバランスを崩して千鳥足になり、ついに頭から地面に突っ込む体制になってしまう。
だがしかし、それが幸運であった。
その落下地点に、ちょうどブルーラプトルのボスの頭が来たのである。
「ウゲェッ!?」
全力で振り下ろされたドラゴルフの頭は、見事ブルーラプトルのボスの脳天を直撃した。
密度の高い筋肉や硬質の体毛で覆われたヘルハウンドの肉体は非常に頑丈で、特に頭は小さな火山弾が直撃しても無傷なほど丈夫だ。
そんなシロモノで頭を全力でぶん殴られれば、流石のブルーラプトルのボスでも気絶は免れない。
とにかく、そんな訳でドラゴルフはこの場を切り抜けられたわけだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「クエッ」
「クエッ」
「キュエウー…」
しばらくして、ドラゴルフの石頭で気絶していたブルーラプトルのボスが意識を取り戻した。
周りには心配して駆けつけた子分たちが集まりだしていて、先程ベルに凍らされたり、アルムに殴られたり、ルキアに黒焦げにされた連中もしれっと復活している。
「ほら、しっかりしろ。」
「いたたっ!し、しみる〜!」
勇者パーティの方でも、ドラゴルフが仲間達にタンコブの治療をしてもらっていた。
ベルが携帯していた傷薬を塗り、その上からルキアに治療魔法をかけて貰った事でプックリ膨らんでいたコブはみるみる縮んで完全に引っ込む。
「ギャオ!」
「あっ!」
頭の痛みが引くとすぐに、ブルーラプトルのボスは獲物であるドラゴルフのリュックを持ち去り、部下と共に一目散に逃げだした。
「待てー!僕のリュックー!」
「悔しいけどよ、もう持ってかれちまったもんはしゃーないぜ。ここは諦め…」
「落ち着け、ドラゴルフ。アレは惜しいがこれ以上追い詰めるまでの相手でもないだ…」
一人で群れを追おうとするドラゴルフをベルとアルムが引き止めようとするが、間にルキアが割って入る。
「いや、行かねばならんだろう。何せ今回の課題は「山頂に旗を立てる」事だ。…ドラゴルフ、ここから先はお前が言ってくれ。」
「う、うん。あの旗だけど、リーダーが持っていなきゃいけないことになっているのはみんな知っているよね?それで、僕はそれ、リュックに入れちゃってたんだ。肌身離さず持つようにって言われてたのに…だから、取り返さなきゃって思ったの…本当にごめん!みんな!」
「「な、何ーっ!?」」」
あまりにも衝撃的な発言にアルムとベルは目を見開き、大声で驚嘆の声を漏らす。
ここでもう一度言うが、この試練はモリトヒル山の山頂に旗を立てるというものだ。
山頂に辿り着く事が課題ではない。
辿り着いた上で、旗を立てる事が課題なのである。
課題のキーアイテムである旗を無くしてしまうという事は、この試練の失敗を意味するに等しい。
何が何でも、取り返さねばならないのだ!
「みんな、そういう訳だから僕に旗を取り返しに行かせて欲しいんだけど…いいかな?迷惑かけた上にワガママまで言ってごめんね……」
跪き、ジパングの謝罪仕草の「土下座」で謝罪するドラゴルフ。
全身を振るわせ、嗚咽を堪え地に伏せる事で「自分」がなんとしてもケジメをつける事3人に示している。
3人とも一瞬硬直していたが、すぐにベルが応えた。
「ダメだ。そのような事は許さん。」
「はぁっ!?」
「なっ!?」
「ふえぇぇ!?」
なんと、彼女はドラゴルフの精一杯の誠意を突き放してしまった!
これにはドラゴルフ本人も狼狽えてしまう!
果たして、これは一体どういうことなのか!?
その真意は……………
第2話後半に続く!
ヒアット近くに存在する山「モリトヒル」は、所々に生い茂る緑の木々の「森」とそこそこ高低差のある「丘」によって構成されており、近くの村やヒアットの住民はよくピクニックやデートの場所として選ぶことが多い。
また危険度も比較的低く、子供がキノコ取りに行ったり、駆け出しの冒険者が資材を調達しに行くこともしばしばある。
気象も穏やかで自然の恵みに溢れたこの場所は、まさしくヒアット住民の憩いの場所と呼んで良いだろう。
だがしかし…それは、あくまでも「「普通の」ヒアット住民」にとっての話。
実は、一般市民や弱い冒険者に開放されているのは「モリトヒル」のほぼふもとでしかない。
ひとたび奥に進めば、より鬱蒼とした森林と曲がりくねった路地が方向感覚を混乱させ、中途半端に高低差のある地形が移動による疲労を地味に増やしてくる。
さらには、クマやイノシシといった猛獣…すらエサにする魔界動物「ブルーラプトル」も生息しているのだ。
真っ青な獣脚類…「ヴェロキラプトル」や「デイノニクス」といった小型肉食恐竜のような見た目をした彼らは、多数の群れを成して獲物を狩る習性がある。
一頭一頭がライオン並みのパワーがある彼らに束になってかかられれば、流石の魔物やちょっと鍛えた程度の人間であればひとたまりもない。
つまり、何が言いたいのかというと…「モリトヒル」の奥地はふもとと比べて危険なのである。
その為、そこに入れるのは一人前の勇者、ベテラン冒険者、そして勇者候補生と引率の教官しか入れない。
特に、勇者候補生はそこでサバイバル訓練(キャンプ)や戦闘演習を行ったりするのだが…中でも「卒業試験」は過酷で名高い。
広大なモリトヒル山に、己のカンと仲間の結束を頼りに山頂までたどり着き、旗を立てるというものだ。
だが、制限時間は3日以内と短く、テレポートの魔法を使ったり、機動力の高い種族が運転手を務めるタクシーに乗る事は勿論禁止である。
そして今、その過酷な試練にあの「4人組」が挑んでいた。
リーダーのドラゴルフが先頭に立ち、後からアルム、ベル、ルキアが続く形だ。
現在、彼(女)らは試練当日から二日も歩き続けており、疲労がかなり溜まっていて、トボトボと歩くのが精いっぱいな状況だ。
一人を除いて。
「あっるーこーあっるーこー♪わたしっは元気ー♪」
「あ…う…あ…う…あ………。」
「…………………。」
「…………………。」
そう、ドラゴルフである。
体力自慢の獣系魔物の中でも特に持久力の高いウルフ属…その中でも上位の種であるヘルハウンドの彼女は全くピンピンしていた。
ヘットヘトになっている仲間を背に、試練の事など忘れて呑気に歌など歌っている程の余裕っぷりである。
「うーん…みんなもうそろそろここで休憩でいいかな?」
「た…たのみゅ…」
鈍いドラゴルフでも、流石に仲間たちがバテている事を察したようで、背負っていた道具袋から布製の敷物を取り出す。
「お、おい…ドラゴルフ……お前、体力しゅごすぎ………」
ややふらつき、呂律が回らないながらもアルムが彼女の体力を称賛した。
パーティーの中では2番目にしぶとい彼だからこそ、言葉を腹の底からしぼり出せる余裕があるのだが、残りの2人はあ行のうめき声を上げるのがやっとな程疲弊している。
「んー?そうかなー?僕はこれが普通だと思うんだけど?はい、みんな。」
「さんきゅー…」
「す…ま……い………(すまない)」
「あ………う…………(ありがとう)」
へたり込むようにドサっと座った三人に、続いてドラゴルフは茶と梅おにぎりを振舞う。
アルムはおにぎりを丸ごと口に放り、ベルは静かに茶を啜り、ルキアはおにぎりをすこし食べた後に茶を流し込んでいた。
ここでも、4人の個性はハッキリと現れているようである。
ちなみに水筒に入れられる形で4人に支給されたあの茶は、クークが様々なハーブと薬草を調合して作ったもので、ある程度とはいえ疲労やケガを一気に治す程の回復力を誇り、そこそこ高い回復薬といい勝負ができるシロモノなのだからすごい。
梅おにぎりの方は、なんとドラゴルフの手作り。
実は父の故郷であるジパングで育った彼女は、そこの郷土料理であるおにぎりと味噌汁だけなら普通に作れてしまうのだ。
試練の前日、こんなこともあろうかと朝早く起きて作ったのだが、その判断は正解だったようだ。
「この、オニギリとかいうのうめェな!もっとだ!もっとないのか?」
「ジパングの携帯食……中々やるではないか……」
「やはり米は茶と合う。桜の下でハナミをやっている時なら最高なのだがな…」
仲間からの大好評をドラゴルフは嬉しそうに頬を緩ませる。
ヘルハウンドらしからぬふっくらとした笑顔は、おそらく師であるクークから受け継がれたのだろう。
「うん!おかわりはあるからね!さぁどんどん食べて……」
次のおにぎりのおかわりを道具袋から取り出そうと、ドラゴルフは後ろを振り向く。
「えっ?」
しかし、そこには招かれざる客が図々しく居座っていた。
なんと…あの猛獣喰いの猛獣である「ブルーラプトル」の一匹がドラゴルフのリュックに頭を突っ込んでおにぎりを食べているではないか!
「ぎゃーっ!?ぶ、ブルーラプトルー!?」
「グェーッ!?(ヘ、ヘルハウンドー!?)」
これにはお互いかなり驚き、両社とも目を丸くして飛びのいてしまった。
ドラゴルフは先生に恐ろしい魔獣と教えられた存在がそこにいる事に、ブルーラプトルは生態系の頂点であるヘルハウンドが獲物(道具袋)の持ち主である事に驚き合ったのだ!
「ムッ!ドラゴルフ!危ない!」
「へっ!?」
唐突に、ルキアが気配を察してドラゴルフに向かって電撃を放つ!
ドラゴルフは咄嗟にしゃがむと、上の方から短い悲鳴と共に黒焦げになったブルーラプトルが落ちてきた!
「た、助かった、けど…」
「おいおい、こりゃヤベェんじゃねぇのか?」
「クッ…!マズい………!」
「完全に油断してしまったな。」
一体何事かと、4人は円陣を組み迎撃態勢を取るが…
なんと、いつの間にやらブルーラプトルの群れに囲まれていたのである!
血に飢えた蒼き肉食竜達は口からよだれを垂らし、開ききった目を血走らせてドラゴルフ太刀を睨みつけており、今にも一匹が飛びかかってきそう…と地の文で実況しているそばから一匹が飛びかかった!
それを合図に、あとの群れも次々と襲い掛かっていく!
「お前ら如きに食われる私ではない!」
最初に迎撃を加えたのはベルだった。
レイピアで目の前を一文字に切り払い、氷の刃を放って飛びかかった2匹のブルーラプトルを切り裂く!
「ギャアッ!?」「ギエッ!?」
氷の刃に切り裂かれた2匹は真っ白に凍り付き、地面に落ちてそのまま動かなかった。
そんな2匹を、ベルは「つまらぬモノでも斬ってしまった」というかのように冷ややかに見降ろしている。
「テメェらかかって来い!いくらでも相手になってやるよ!」
ベルの背後から飛びかかろうとした一匹をアルムが力いっぱい殴り飛ばす。
殴られた一匹は、頬にクッキリとパンチマークを残してノビていた。
「ギエアッ!」
「オラオラオラァッ!」
「ギャンッ!?」
樹上から小柄な個体が襲い掛かってくるが、彼らもアルムの敵ではない。
その場から飛び上がって顎にアッパーカットの一撃を決める!
まるで、天に「昇」る「竜」のようなダイナミックな雄姿は傍から見てもとても美しいだろう。
「…ホアッ!」
「「ギャアアアアアアアーッ!?」」
「グェーッ!」
「ひぇ〜!僕は美味しくないよ〜っ!」
一方、ベルとアルムの背面ではルキアとドラゴルフが群れを迎撃している。
ルキアはムチのように変化させた雷の魔力で10匹ほどのブルーラプトルを打ち据えている。
こちらはアルムとベルよりも広範囲の敵にダメージを与えられているのだが、威力は2人より劣っているようで、打ちのめされたブルーラプトルが起き上がってジワジワと接近している。
ルキアは体内の魔力が多い体質故、魔力切れの心配はないのだが、危険な状況である事には変わりないので気は抜けない。
ドラゴルフの方はというと、先程リュックを漁っていた個体と交戦している。
相手は他の3人とは違って1体だけ…なのだが、それなりに苦戦していた。
この個体、よく見ると周りで戦っている連中よりも体が一回りも大きく、だいぶ前に負ったと思われる傷の痕が体中に浮かんでいる。
それに、コイツが吠える度に他のブルーラプトル達が体制を変えて攻めてくる。
「コイツ、間違いない……!ボスか!」
ドラゴルフの予想通り、この個体は群れを率いるボスだったようだ。
動きもかなり戦い慣れしており、ドラゴルフの振るう剣を次々とかわしてゆき、わずかな間に喉元に食らいつける距離まで接近してしまった。
「し、しまった!」
「ドラゴルフッ!」
ここで仲間を失わせてなるものかと、ルキアは雷魔法を放とうとする。
だが、この距離ではドラゴルフが襲われるまで間に合わない上に、助けようとしている彼女まで巻き添えにしてしまうと悟り、とりやめる。
ドラゴルフにも雷魔法が当たらない安全な距離もあるのだが、そこに行けば自分が今戦っている群れが隙を突いて侵入してしまう。
合理主義者の彼にとって、どちらに転んでも命取りになりかねない選択肢を突きつけられているこの状況は限りなく最悪な状況だった。
(アルムとベルは流石にこちらに行けないし、言わずもがな俺も下手には動けない…だが、ドラゴルフはあのままではやられてしまう…!一体…どうすれば良い…!?)
「ギャアオーウッ!」
「わ、わああああああーーーっ!?」
ゴズシャアッ!
「ドラゴルフ!…は?」
「遅かったか…え?」
「…ッ!やはり助けに行けば良かっ……て、んっ?」
ドラゴルフの叫び声とブルーラプトルのボスの吠え声、そして「生々しい打撃音」を耳にし、3人のだれもが「ドラゴルフの死」という絶望的な状況を想像して振り返る。
だがしかし、そこには………
「うーん…痛ててて………」
「キュエ〜…………」
頭にでっかいタンコブを付け、そこを痛そうにさすっているドラゴルフと、同じく頭にでっかいタンコブを付けて倒れたブルーラプトルのボスが居た。
どうやら、ボスの方が重症である。
このマヌケな光景には、仲間の3人どころか子分のブルーラプトル達もポカーンと固まってしまう。
「だ、大丈夫そうだな…」
「しかし、一体どうしてこんな事になった…?ルキア、お前はどう思う?」
「そうだそうだ、お前頭良いんだからどういう事か分かる…よな?」
「お前ら、いくら俺でもそこまでは知らんぞ。せ、専門外だ。」
「クェー?」
「キョッ?」
先程の殺伐とした雰囲気から一転し、先程まで争っていた勇者パーティとブルーラプトルの群れの両陣営は「一体全体どーゆーことなんだ」と思考を巡らせる事に精一杯になり、一時的に休戦状態となっていた。
これは一体どういう事なのか、それは時間を少し遡らせて見てみよう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ギャアオーウッ!」
「わ、わああああああーーーっ!?」
怯えるドラゴルフに襲い掛かるブルーラプトルのボス。
口を大きく開き、ドラゴルフの喉元に首を伸ばす!
その中に生えるキバは鋭く、銀色に輝いて見える唾液によって研ぎ澄まされていた。
「こ、来ないで〜!」
あまりの恐怖にドラゴルフは半狂乱になり、剣をブルーラプトルのボスの頭に振り下ろそうとするが、あまりに大きく振りかぶりすぎてしまい…
「わっ!?あーっとっとっとっと、ひゃあんっ!?」
自身が剣を振った反動でバランスを崩して千鳥足になり、ついに頭から地面に突っ込む体制になってしまう。
だがしかし、それが幸運であった。
その落下地点に、ちょうどブルーラプトルのボスの頭が来たのである。
「ウゲェッ!?」
全力で振り下ろされたドラゴルフの頭は、見事ブルーラプトルのボスの脳天を直撃した。
密度の高い筋肉や硬質の体毛で覆われたヘルハウンドの肉体は非常に頑丈で、特に頭は小さな火山弾が直撃しても無傷なほど丈夫だ。
そんなシロモノで頭を全力でぶん殴られれば、流石のブルーラプトルのボスでも気絶は免れない。
とにかく、そんな訳でドラゴルフはこの場を切り抜けられたわけだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「クエッ」
「クエッ」
「キュエウー…」
しばらくして、ドラゴルフの石頭で気絶していたブルーラプトルのボスが意識を取り戻した。
周りには心配して駆けつけた子分たちが集まりだしていて、先程ベルに凍らされたり、アルムに殴られたり、ルキアに黒焦げにされた連中もしれっと復活している。
「ほら、しっかりしろ。」
「いたたっ!し、しみる〜!」
勇者パーティの方でも、ドラゴルフが仲間達にタンコブの治療をしてもらっていた。
ベルが携帯していた傷薬を塗り、その上からルキアに治療魔法をかけて貰った事でプックリ膨らんでいたコブはみるみる縮んで完全に引っ込む。
「ギャオ!」
「あっ!」
頭の痛みが引くとすぐに、ブルーラプトルのボスは獲物であるドラゴルフのリュックを持ち去り、部下と共に一目散に逃げだした。
「待てー!僕のリュックー!」
「悔しいけどよ、もう持ってかれちまったもんはしゃーないぜ。ここは諦め…」
「落ち着け、ドラゴルフ。アレは惜しいがこれ以上追い詰めるまでの相手でもないだ…」
一人で群れを追おうとするドラゴルフをベルとアルムが引き止めようとするが、間にルキアが割って入る。
「いや、行かねばならんだろう。何せ今回の課題は「山頂に旗を立てる」事だ。…ドラゴルフ、ここから先はお前が言ってくれ。」
「う、うん。あの旗だけど、リーダーが持っていなきゃいけないことになっているのはみんな知っているよね?それで、僕はそれ、リュックに入れちゃってたんだ。肌身離さず持つようにって言われてたのに…だから、取り返さなきゃって思ったの…本当にごめん!みんな!」
「「な、何ーっ!?」」」
あまりにも衝撃的な発言にアルムとベルは目を見開き、大声で驚嘆の声を漏らす。
ここでもう一度言うが、この試練はモリトヒル山の山頂に旗を立てるというものだ。
山頂に辿り着く事が課題ではない。
辿り着いた上で、旗を立てる事が課題なのである。
課題のキーアイテムである旗を無くしてしまうという事は、この試練の失敗を意味するに等しい。
何が何でも、取り返さねばならないのだ!
「みんな、そういう訳だから僕に旗を取り返しに行かせて欲しいんだけど…いいかな?迷惑かけた上にワガママまで言ってごめんね……」
跪き、ジパングの謝罪仕草の「土下座」で謝罪するドラゴルフ。
全身を振るわせ、嗚咽を堪え地に伏せる事で「自分」がなんとしてもケジメをつける事3人に示している。
3人とも一瞬硬直していたが、すぐにベルが応えた。
「ダメだ。そのような事は許さん。」
「はぁっ!?」
「なっ!?」
「ふえぇぇ!?」
なんと、彼女はドラゴルフの精一杯の誠意を突き放してしまった!
これにはドラゴルフ本人も狼狽えてしまう!
果たして、これは一体どういうことなのか!?
その真意は……………
第2話後半に続く!
21/05/01 06:02更新 / 消毒マンドリル
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