☆奇界 No.04 グンファ牙城
城とは、敵を防ぐために土や石で築いた堅牢な建物を差し、主に権力者や軍人の住居、軍の防衛拠点、物資の貯蓄などに利用されている。
その堅牢さから、重厚で巨大な物体や主要拠点の例えに使われることも多く、中でも主要拠点は「牙城」と呼ばれる。
初めて奇界が発見された数年後に、その「牙城」を文字の方の意味で体現した奇界が発見された。
その奇界の名は「グンファ牙城」。
風化して巨大な牙の様になった骨によって形成されている奇界で、名前通り牙で築かれた城の様に様に見える事から名前が付いていて、この土地が魔界化しない原因はこの骨が、脱臭炭のような働きをして魔力を分解しているという学説が唱えられている。
本当の城のように、階層が存在しており、外部から確認すると地上10階と見られる。
主に調査されているのは下層である1~5階で、これ以上の階層には、下層よりも危険な魔物や動物が居るためあまり調査されることが無く、あったとしても数か月に一度くらいのものだ。
一見生命とは無縁な死の世界に見えるが、そのようなことは無い。
むしろ命の溢れる豊かな土地だ。
ここには植物の代わりに独特な進化を遂げた菌類が生えており、植物としてのニッチを占めている。
全ての奇界に言える事だが、独特なのは動植物や魔物だけではなく、環境もそうだ。
特にこのグンファ牙城は奇界の中でも奇妙な環境を有している。
それは、水の代わりに黒いタールの泉が所々湧いていることだ。
グンファ牙城のタールは、なんと飲むことができる。
気になるお味の方だが、ある調査員曰く少々トロみのある麦茶のような感じらしい。
さて、最初の舞台となるのは第2階。
ここは比較的弱い魔物や大人しい草食動物が多く、新人の調査員、見習い冒険者が素材やアイテム集めでよく来ている。
「先輩、ここの生物達はとても変わっていますね。どれも見たことが無いものばかりです。」
「なにせ膨大な知識を誇る魔物ですら全ての種を確認出来ていないというからな……。」
草の様に茂る菌糸を踏む乾いた音を立て、二人の調査員が調査をしている。
一人は若い青年で、もう一人は彼の先輩であるダークエルフだ。
「調査対象はこれでしたね。」
「そうだ。それを始めとするキノコを1種類ずつ持ち帰ることが任務だ。」
青年が骨の柱の一つに生えていた黄色いキノコを採取し、試験管を太くしたような採取ビンに入れた。
「……!」
何かの気配を感じ、青年は後ろを振り返る。
そこには黒いスライムが2匹、ダークエルフにすり寄っていた。
「身構えなくても大丈夫だ。こいつらは人を見ると積極的に近寄って来るが、襲う訳じゃない。ここにやってくるお客さんが好きなだけだ。」
ダークエルフの言う通り、スライム達は攻撃することもなく、無邪気に彼女の太ももにじゃれついているだけだ。
おい、そこ代われ。描写してるこっちまでスリスリしたくなっちまっただろうが。
このスライム達は新たに発見された魔物娘だ。
彼女らの様に最近発見された新種で、特異な特徴を持っている種族は「未確認個体」と呼ばれ、研究が進められている。
スライム達は「未確認個体74号」と呼ばれ、タールのように粘度の高い体が特徴的だ。
性格は非常に人懐っこく、気に入った人物が居るとタールの様にベッタリくっ付いて離れない甘えん坊である。
「うにゅ♪」
「え?」
74号の片方が青年の方に近寄り、抱きついてきた。
彼女の背丈は、青年の半分程しかない為、丁度股間の所に頭が当たってしまう。
「彼女らなりの挨拶だ。こんにちはと言っているようなものだ。」
「えっ、ちょ…これは…」
「きゅー♪」
「うにー♪」
物陰からも、74号の他の個体達がワラワラと現れ、青年に体を押し付ける。
青年の下半身に沢山の74号がくっ付いていることでまるで彼がロングスカートを履いたようになってしまっていた。
「はっはっは、相当気に入られたようだな。」
「う、うーん……なんか恥ずかしい……」
恥じらう青年を、ダークエルフはニヤニヤとしながら見つめていた。
太ももにすりついていた個体が彼女のホットパンツを下ろすイタズラをしていた事すら知らずに。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
第4階。良質なタールが湧き出す泉や栄養価の豊富な餌が存在している。
その為、下の階層からも上の階層からも多くの野生動物や魔物が集まることが多い。
「……。」
タールの泉の中で、耳の無い白いカバのような生物が大きな欠伸をしている。
この生物の名はマッドタタス。
グンファ牙城に生息する大型哺乳類で、カバの様に見えるがカバとは別の生物だ。
かといって、姿が似ているムーミントロールの仲間でも無い。
居てたまるか。こんなクリーチャーじみた姿のムーミンが。
「グッホォ……」
泉に漬かっているマッドタタスは、気持ちよさそうに鼻からタールの霧を上げ、鼻と胴体を泉に埋めた。
「……グブゥ…ンブゥーーーーッ!」
極楽極楽と、程よい湯加減の風呂に浸かっているかのように気持ちよさそうにしていたマッドタタスの様子がおかしい。
まるで、何かに呼吸口を塞がれて窒息しているようだ。
さらに、樽の様にデップリとした胴体をヌラリと粘液で覆われた筒状のものが締め上げている。
マッドタタスは数時間も息を止めて潜水できる程の肺活量の持ち主なのだが、そのマッドタタスさえ窒息寸前に追い込む程の力で絞めつけているのは一体何なのだろうか。
「ムゥ−−−−−−−ッ!」
必死に抵抗しようとするマッドタタスだったが、ついに体を完全に絞め潰されて絶命した。
マッドタタスが死んだことを察知したかのように、胴体の横からブクブクと泡が上り、一つの影が現れた。
「…………。」
それは、髪、肌まで黒い色をした魔物娘で、目が隠れる程伸びている前髪が彼女の得体の知れなさを滲ませている。
彼女は最近発見された新種の魔物娘だ。
種族はミューカストトードと同じ両生亜人型に分類される。
この魔物の正式名称は決まっておらず、「未確認個体112号」という仮称で呼ばれている。
112号はアシナシイモリという両生類の特徴を持っており、泉に入ってきた動物や泉の周辺に生えている粘菌を常食とし、餌となる動物や男を捕らえる際にはラミアの様な蛇体状の下半身で相手を締め付ける習性がある。
彼女等の体から分泌される粘液は吸着力が強く、滑り止めの様な役割をする為どんな形状の相手でも拘束する事が可能だ。
「……。」
久しぶりに上等な獲物を得た112号は、マッドタタスを引きずり込み、泉の底へ消えて行った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ギシャオーッ!」
「ルルルルォーーーッ!」
第10階。ここからはヒエラルキーの頂点に立つ大型動物、ドラゴンゾンビやベルゼブブといった強大な力を持つ魔物が多く生息している。
今、ネコ科の猛獣の体にトサカの生えたワニの頭を付けたような爬虫類「リゲタロス」とトラの様な緑色の縞模様の入ったハイエナのような肉食哺乳類「ヒエヴェン」が激闘を繰り広げている。
彼らが争っている原因は、縄張りだ。
肉食動物のオスの多くは餌や交尾相手を確保する為の縄張りを持ち、広ければ広いほど生存競争に有利になる。
故に彼らにとって縄張りは大切な物であり、それを確保しているかしていないかで明日の生き様が決まる。
つまり、死活問題なのだ。
二頭がお互いの未来を賭けて奪い合っているこの場所は、良質なタールの泉があり、なおかつお互いが好んで襲う獲物が生息している。
そんな超優良物件をむざむざと渡す訳にはいかない。
シェアなんぞまっぴら御免だ。そう言うかのように、二頭の争いは激しさを増していく。
「グギャオッ!」
「ギャンッ!?」
ヒエヴェンがリゲタロスの喉元に噛みつき、地面に叩き伏せた。
リゲタロスは必死に抵抗するが体格とパワーはヒエヴェンの方が上であり、捕まってしまった時点でもう勝負は付いているに等しい。
「ォォッ……ギュォ……」
「ギュルルルゥッ!グアッ!」
弱弱しい声を上げ、背を向けて逃げ出すリゲタロスに向かってヒエヴェンが吠え声を上げた。
新たなこの場所を根城とする主の誕生の瞬間である。
流石に人間の世界とは違い、新築祝いは送られないが。
「ググルルルル……」
リゲタロスの物とは違う唸り声が、ヒエヴェンの横で発せられた。
どうやら、新たなる挑戦者が現れたらしい。
「ヴーッ、ガルルル…」
その挑戦者は、数人の魔物娘だった。
四つん這いになり、上体を起こしてヒエヴェンを睨み付けている。
灰色の皮膚の部分を除く、獣の特徴がある部位の手足と尻尾、耳の形質はライオンのようで、特に上半身の筋肉がガッシリとしている。
彼女らは「タールライアン」という新種のアンデッドの魔物娘だ。
旧魔王時代に沼で溺れ死んだライオンの死体が魔物化したもので、主に冷涼な沼の近くが生息域だ。
近年グンファ牙城の上層にも生息が確認されたことから、彼女らが強大な魔物であることが分かる。
「……グゥッ!」
ただでさえ強大な存在であるライオンが、一頭だけではなく数頭も居れば勝ち目は無い。
ヒエヴェンは舌打ちするように低く鳴き、その場を去って行った。
「オワッタナ。」
タールライアンのリーダー格はそう呟くと、立ち上がって体に着いた埃を手で払う。
「コレデワタシタチモ、イチニンマエカ。」
リーダー格のタールライアンより髪の短い個体が彼女の顔を見る。
タールライアンにはオス個体とメス個体という個体の違いがあり、リーダー格はオス個体で、オスライオンの鬣の様に髪が伸びていて体格も大きく、筋肉質だ。
対してリーダー格以外の個体は全てメス個体だ。
髪が短くオス個体より一回り小柄で、体つきも丸みを帯びている。
「オチツケ、ナワバリヲモッタダケデハ、イチニンマエトハイエナイ。」
大型ワーキャットの仲間には珍しく、タールライアンは社会性が強い。
10〜20頭、それとさらにそれぞれの夫からなる群れを形成し、オス個体は外敵の迎撃、手強い獲物の狩猟を担当し、メス個体は普通の獲物の狩猟や子育てを担当する。
ちなみに、彼女らの夫の役割はメス個体とほぼ同じだ。
「ソウイワレテミレバ、ソウダッタナ。」
群れの中で産まれたタールライアン、及びタールライアンから産まれたインキュバスは大人になると数人の集団で群れを巣立ち、自分達で群れを形成するようになる。
他の群れと合併してゆき、集団の規模が大きくなってくると次はリーダーを決める戦いが起こる。
リーダーになるのはオス個体のタールライアンで、その集団の中で一番強いオス個体が選ばれる。
そして、その群れで子供を産み育て、その子供達がまた自立して群れを形成する。
それが彼女らの由緒ある繁栄の方法だ。
「イチニンマエニナッテモ、オレタチハナカマダ!コレカラサキモ、ガンバルゾ!」
「「オーーーッ!」」
リーダー格のオス個体の号令で、群れのメス個体達は大いに奮い立った。
この先、彼女らには様々な困難が待ち受けているだろう。
しかし、それは生きていれば到底起こり得ることだ。
タールライアン達は持ち前の百獣の王としての誇り高さと仲間との絆を以て、厳しい自然を生き抜いていく。
このSSを読んでいる我々も、彼女らのように何事にもめげずに強く生きたいものだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
冒頭にも説明したが、あえてここでもう一度言おう。
現在確認されているグンファ牙城の階層は、10階までだ。
しかし、最近になって、グンファ牙城には、隠された二つの階があるという事が原住民の魔物娘の話によって判明した。
一つは、頂上にある「骨峰(こつほう)」。
牙城の魔物娘達からは「天の口」と呼ばれ、巨大な六つの牙に囲まれている台地だ。
もう一つは、地下深くにある「奈落」。
牙城の魔物娘達からは「地の口」と呼ばれ、牙の形に風化せずに残っている巨大な骨が大量に転がっている地底空間だ。
この二つの場所には野生動物はおろか、魔物娘すら寄り付かない。
何故なら、そこには「主」が居るからだ。
この「主」はそれぞれグンファ牙城の魔物娘達から崇拝されており、数々の伝承を残している。
「骨峰」と「奈落」の調査は行われるようになったが、未だに「主」と遭遇した者は居ない。
だが、グンファ牙城の近くのある集落で、「主」を追っている調査員の一人が「主」が見つかるかどうかについて占い師に聞いたところ、このような答えが返ってきた。
「貴方が探し求めている、二頭の「主」は近いうちに見つかるだろう」と。
オマケ タールライアンのイメージ図
その堅牢さから、重厚で巨大な物体や主要拠点の例えに使われることも多く、中でも主要拠点は「牙城」と呼ばれる。
初めて奇界が発見された数年後に、その「牙城」を文字の方の意味で体現した奇界が発見された。
その奇界の名は「グンファ牙城」。
風化して巨大な牙の様になった骨によって形成されている奇界で、名前通り牙で築かれた城の様に様に見える事から名前が付いていて、この土地が魔界化しない原因はこの骨が、脱臭炭のような働きをして魔力を分解しているという学説が唱えられている。
本当の城のように、階層が存在しており、外部から確認すると地上10階と見られる。
主に調査されているのは下層である1~5階で、これ以上の階層には、下層よりも危険な魔物や動物が居るためあまり調査されることが無く、あったとしても数か月に一度くらいのものだ。
一見生命とは無縁な死の世界に見えるが、そのようなことは無い。
むしろ命の溢れる豊かな土地だ。
ここには植物の代わりに独特な進化を遂げた菌類が生えており、植物としてのニッチを占めている。
全ての奇界に言える事だが、独特なのは動植物や魔物だけではなく、環境もそうだ。
特にこのグンファ牙城は奇界の中でも奇妙な環境を有している。
それは、水の代わりに黒いタールの泉が所々湧いていることだ。
グンファ牙城のタールは、なんと飲むことができる。
気になるお味の方だが、ある調査員曰く少々トロみのある麦茶のような感じらしい。
さて、最初の舞台となるのは第2階。
ここは比較的弱い魔物や大人しい草食動物が多く、新人の調査員、見習い冒険者が素材やアイテム集めでよく来ている。
「先輩、ここの生物達はとても変わっていますね。どれも見たことが無いものばかりです。」
「なにせ膨大な知識を誇る魔物ですら全ての種を確認出来ていないというからな……。」
草の様に茂る菌糸を踏む乾いた音を立て、二人の調査員が調査をしている。
一人は若い青年で、もう一人は彼の先輩であるダークエルフだ。
「調査対象はこれでしたね。」
「そうだ。それを始めとするキノコを1種類ずつ持ち帰ることが任務だ。」
青年が骨の柱の一つに生えていた黄色いキノコを採取し、試験管を太くしたような採取ビンに入れた。
「……!」
何かの気配を感じ、青年は後ろを振り返る。
そこには黒いスライムが2匹、ダークエルフにすり寄っていた。
「身構えなくても大丈夫だ。こいつらは人を見ると積極的に近寄って来るが、襲う訳じゃない。ここにやってくるお客さんが好きなだけだ。」
ダークエルフの言う通り、スライム達は攻撃することもなく、無邪気に彼女の太ももにじゃれついているだけだ。
おい、そこ代われ。描写してるこっちまでスリスリしたくなっちまっただろうが。
このスライム達は新たに発見された魔物娘だ。
彼女らの様に最近発見された新種で、特異な特徴を持っている種族は「未確認個体」と呼ばれ、研究が進められている。
スライム達は「未確認個体74号」と呼ばれ、タールのように粘度の高い体が特徴的だ。
性格は非常に人懐っこく、気に入った人物が居るとタールの様にベッタリくっ付いて離れない甘えん坊である。
「うにゅ♪」
「え?」
74号の片方が青年の方に近寄り、抱きついてきた。
彼女の背丈は、青年の半分程しかない為、丁度股間の所に頭が当たってしまう。
「彼女らなりの挨拶だ。こんにちはと言っているようなものだ。」
「えっ、ちょ…これは…」
「きゅー♪」
「うにー♪」
物陰からも、74号の他の個体達がワラワラと現れ、青年に体を押し付ける。
青年の下半身に沢山の74号がくっ付いていることでまるで彼がロングスカートを履いたようになってしまっていた。
「はっはっは、相当気に入られたようだな。」
「う、うーん……なんか恥ずかしい……」
恥じらう青年を、ダークエルフはニヤニヤとしながら見つめていた。
太ももにすりついていた個体が彼女のホットパンツを下ろすイタズラをしていた事すら知らずに。
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第4階。良質なタールが湧き出す泉や栄養価の豊富な餌が存在している。
その為、下の階層からも上の階層からも多くの野生動物や魔物が集まることが多い。
「……。」
タールの泉の中で、耳の無い白いカバのような生物が大きな欠伸をしている。
この生物の名はマッドタタス。
グンファ牙城に生息する大型哺乳類で、カバの様に見えるがカバとは別の生物だ。
かといって、姿が似ているムーミントロールの仲間でも無い。
居てたまるか。こんなクリーチャーじみた姿のムーミンが。
「グッホォ……」
泉に漬かっているマッドタタスは、気持ちよさそうに鼻からタールの霧を上げ、鼻と胴体を泉に埋めた。
「……グブゥ…ンブゥーーーーッ!」
極楽極楽と、程よい湯加減の風呂に浸かっているかのように気持ちよさそうにしていたマッドタタスの様子がおかしい。
まるで、何かに呼吸口を塞がれて窒息しているようだ。
さらに、樽の様にデップリとした胴体をヌラリと粘液で覆われた筒状のものが締め上げている。
マッドタタスは数時間も息を止めて潜水できる程の肺活量の持ち主なのだが、そのマッドタタスさえ窒息寸前に追い込む程の力で絞めつけているのは一体何なのだろうか。
「ムゥ−−−−−−−ッ!」
必死に抵抗しようとするマッドタタスだったが、ついに体を完全に絞め潰されて絶命した。
マッドタタスが死んだことを察知したかのように、胴体の横からブクブクと泡が上り、一つの影が現れた。
「…………。」
それは、髪、肌まで黒い色をした魔物娘で、目が隠れる程伸びている前髪が彼女の得体の知れなさを滲ませている。
彼女は最近発見された新種の魔物娘だ。
種族はミューカストトードと同じ両生亜人型に分類される。
この魔物の正式名称は決まっておらず、「未確認個体112号」という仮称で呼ばれている。
112号はアシナシイモリという両生類の特徴を持っており、泉に入ってきた動物や泉の周辺に生えている粘菌を常食とし、餌となる動物や男を捕らえる際にはラミアの様な蛇体状の下半身で相手を締め付ける習性がある。
彼女等の体から分泌される粘液は吸着力が強く、滑り止めの様な役割をする為どんな形状の相手でも拘束する事が可能だ。
「……。」
久しぶりに上等な獲物を得た112号は、マッドタタスを引きずり込み、泉の底へ消えて行った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ギシャオーッ!」
「ルルルルォーーーッ!」
第10階。ここからはヒエラルキーの頂点に立つ大型動物、ドラゴンゾンビやベルゼブブといった強大な力を持つ魔物が多く生息している。
今、ネコ科の猛獣の体にトサカの生えたワニの頭を付けたような爬虫類「リゲタロス」とトラの様な緑色の縞模様の入ったハイエナのような肉食哺乳類「ヒエヴェン」が激闘を繰り広げている。
彼らが争っている原因は、縄張りだ。
肉食動物のオスの多くは餌や交尾相手を確保する為の縄張りを持ち、広ければ広いほど生存競争に有利になる。
故に彼らにとって縄張りは大切な物であり、それを確保しているかしていないかで明日の生き様が決まる。
つまり、死活問題なのだ。
二頭がお互いの未来を賭けて奪い合っているこの場所は、良質なタールの泉があり、なおかつお互いが好んで襲う獲物が生息している。
そんな超優良物件をむざむざと渡す訳にはいかない。
シェアなんぞまっぴら御免だ。そう言うかのように、二頭の争いは激しさを増していく。
「グギャオッ!」
「ギャンッ!?」
ヒエヴェンがリゲタロスの喉元に噛みつき、地面に叩き伏せた。
リゲタロスは必死に抵抗するが体格とパワーはヒエヴェンの方が上であり、捕まってしまった時点でもう勝負は付いているに等しい。
「ォォッ……ギュォ……」
「ギュルルルゥッ!グアッ!」
弱弱しい声を上げ、背を向けて逃げ出すリゲタロスに向かってヒエヴェンが吠え声を上げた。
新たなこの場所を根城とする主の誕生の瞬間である。
流石に人間の世界とは違い、新築祝いは送られないが。
「ググルルルル……」
リゲタロスの物とは違う唸り声が、ヒエヴェンの横で発せられた。
どうやら、新たなる挑戦者が現れたらしい。
「ヴーッ、ガルルル…」
その挑戦者は、数人の魔物娘だった。
四つん這いになり、上体を起こしてヒエヴェンを睨み付けている。
灰色の皮膚の部分を除く、獣の特徴がある部位の手足と尻尾、耳の形質はライオンのようで、特に上半身の筋肉がガッシリとしている。
彼女らは「タールライアン」という新種のアンデッドの魔物娘だ。
旧魔王時代に沼で溺れ死んだライオンの死体が魔物化したもので、主に冷涼な沼の近くが生息域だ。
近年グンファ牙城の上層にも生息が確認されたことから、彼女らが強大な魔物であることが分かる。
「……グゥッ!」
ただでさえ強大な存在であるライオンが、一頭だけではなく数頭も居れば勝ち目は無い。
ヒエヴェンは舌打ちするように低く鳴き、その場を去って行った。
「オワッタナ。」
タールライアンのリーダー格はそう呟くと、立ち上がって体に着いた埃を手で払う。
「コレデワタシタチモ、イチニンマエカ。」
リーダー格のタールライアンより髪の短い個体が彼女の顔を見る。
タールライアンにはオス個体とメス個体という個体の違いがあり、リーダー格はオス個体で、オスライオンの鬣の様に髪が伸びていて体格も大きく、筋肉質だ。
対してリーダー格以外の個体は全てメス個体だ。
髪が短くオス個体より一回り小柄で、体つきも丸みを帯びている。
「オチツケ、ナワバリヲモッタダケデハ、イチニンマエトハイエナイ。」
大型ワーキャットの仲間には珍しく、タールライアンは社会性が強い。
10〜20頭、それとさらにそれぞれの夫からなる群れを形成し、オス個体は外敵の迎撃、手強い獲物の狩猟を担当し、メス個体は普通の獲物の狩猟や子育てを担当する。
ちなみに、彼女らの夫の役割はメス個体とほぼ同じだ。
「ソウイワレテミレバ、ソウダッタナ。」
群れの中で産まれたタールライアン、及びタールライアンから産まれたインキュバスは大人になると数人の集団で群れを巣立ち、自分達で群れを形成するようになる。
他の群れと合併してゆき、集団の規模が大きくなってくると次はリーダーを決める戦いが起こる。
リーダーになるのはオス個体のタールライアンで、その集団の中で一番強いオス個体が選ばれる。
そして、その群れで子供を産み育て、その子供達がまた自立して群れを形成する。
それが彼女らの由緒ある繁栄の方法だ。
「イチニンマエニナッテモ、オレタチハナカマダ!コレカラサキモ、ガンバルゾ!」
「「オーーーッ!」」
リーダー格のオス個体の号令で、群れのメス個体達は大いに奮い立った。
この先、彼女らには様々な困難が待ち受けているだろう。
しかし、それは生きていれば到底起こり得ることだ。
タールライアン達は持ち前の百獣の王としての誇り高さと仲間との絆を以て、厳しい自然を生き抜いていく。
このSSを読んでいる我々も、彼女らのように何事にもめげずに強く生きたいものだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
冒頭にも説明したが、あえてここでもう一度言おう。
現在確認されているグンファ牙城の階層は、10階までだ。
しかし、最近になって、グンファ牙城には、隠された二つの階があるという事が原住民の魔物娘の話によって判明した。
一つは、頂上にある「骨峰(こつほう)」。
牙城の魔物娘達からは「天の口」と呼ばれ、巨大な六つの牙に囲まれている台地だ。
もう一つは、地下深くにある「奈落」。
牙城の魔物娘達からは「地の口」と呼ばれ、牙の形に風化せずに残っている巨大な骨が大量に転がっている地底空間だ。
この二つの場所には野生動物はおろか、魔物娘すら寄り付かない。
何故なら、そこには「主」が居るからだ。
この「主」はそれぞれグンファ牙城の魔物娘達から崇拝されており、数々の伝承を残している。
「骨峰」と「奈落」の調査は行われるようになったが、未だに「主」と遭遇した者は居ない。
だが、グンファ牙城の近くのある集落で、「主」を追っている調査員の一人が「主」が見つかるかどうかについて占い師に聞いたところ、このような答えが返ってきた。
「貴方が探し求めている、二頭の「主」は近いうちに見つかるだろう」と。
オマケ タールライアンのイメージ図
19/02/26 18:09更新 / 消毒マンドリル
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