小悪党に小悪魔の愛の手を
夜の繫華街。
街頭や装飾の光が煌めく光景はとても妖しい雰囲気を醸し出している。
今日もそこは、その妖しさに魅せられた人々で溢れかえっていた。
「ヒヒヒヒ、良いじゃん良いじゃん。」
「や、やめてください!」
上品な制服を着た稲荷の女子高生に、一人のガラの悪いチンピラが絡んでいた。
彼女の嫌がっている態度にも関わらず、チンピラは女子高生の肩を掴む。
「好きな場所行きたかったら言いなよ?ゲーセン?カラオケ?それともラブホ?」
「い、いや…」
チンピラが無理矢理女子高生の手を引っ張ろうとしたその時。
「おい!その手を放せ!」
「あぁん?」
女子高生を無理矢理連れまわそうとするチンピラに、一人の男が声を上げた。
男の容姿は、顔立ちが整っており、身長も高く、今どきのファッションを着こなしている爽やかなイケメンといった所だ。
「なんだぁ?てめぇ?痛い目に遭いてぇようだな!」
声を荒げてチンピラが拳を振り上げて殴り掛かる。
「フン!遅いんだよ!」
振りかぶられた拳をイケメンは避け、チンピラの顔面にパンチを打ち込んだ。
「ギャアッ!」
顔面にキツい一発を貰ったチンピラはものの見事にダウンしてしまう。
仰向けの大の字になって倒れている所が何とも言えない哀れさを醸し出している。
「だ、大丈夫ですか?」
「何、これくらいどうってことないよ。」
心配そうに声を掛ける女子高生に、イケメンは爽やかスマイルで応える。
「助けて頂いて、ありがとうございました。」
「いやいや、俺はただ、女の子に寄ってたかって悪さするようなヤツが許せなかっただけさ。」
「あっ、あのっ!私っ!あなたの、男らしさに惚れてしまいましたっ!ぜっ、是非付き合ってください!」
「フフ、別に構わないよ。ほら、付いてきて。」
「……はいっ!」
イケメンと女子高生は、良い感じになって繁華街の出口へと歩みを進めた。
普通なら、この二人がイチャラブする展開になるが、この話はそうはいかない。
なぜならこの話の主人公は、イケメンと女子高生のカップルではなく、先程イケメンにブッ倒されたチンピラだからだ。
「う、ぐぐぐ……」
頭を押さえながらよろめきつつ立ち上がるチンピラ、追手 内(ついて ない)。
「クソ……またかよ……」
身体に付いた埃を払い、ズキズキと痛む鼻を左手で押さえる。
残った右手でポケットに手を入れると、いつも入れているお気に入りの財布(980円)が無い。
「ノビてる隙に財布がパクられてやがる……チクショウ!」
追手は女を引っかける邪魔をされたことと、気絶している間に財布を盗まれてしまった悔しさで地団駄を踏む。
「ここの所何もかも上手く行ってねぇ…最悪だ…」
忌々し気に自分の近況を口に出すと、追手はおぼつかない足取りで自分の家であるアパートへと戻る。
無機質なドアを開けた先はワンルームの部屋で、床にはクシャクシャに丸められたティッシュや菓子の袋、酒の缶といったゴミが散乱している。
足の踏み場も無いほど広がっているゴミを逆に足場にして、追手は冷蔵庫へと手を伸ばす。
「こういう時はやっぱ飲まねぇとやってらんねぇって…ねぇのかよ。クソッタレ。」
冷蔵庫の中は、空だ。
追手が求めていた酒はおろか食品が一つも見当たらない。
「酒どころかメシもねぇとはな……まぁ、前から酒飲むのをメシ代わりにしてたから仕方ねぇか。ギャハハハッ……」
追手は半ばヤケ気味に自嘲する。
「まったく、かつてのアク高一のワルがこのザマか…」
冷蔵庫に反射した自分の顔を見て、追手はふと自身の過去を回想した。
追手は幼い頃からのワルで、小学生の頃には飲酒や喫煙もしている。
彼の一番の黄金期は高校時代で、古今東西からあらゆる不良が集まる亜九島(あくとう)高校に進学した彼は、持ち前の胆力で下級生から上級生まで幅広い年齢層の手下を従え、教師を恫喝したり、喧嘩と抗争に明け暮れたりする悪行三昧の毎日を送っていた。
喧嘩の際には、自慢の武器の鉄パイプを振り回して戦場を駆けていたので自校や近隣の高校の生徒からは「パイプの追手」と呼ばれ恐れられた。
そんな毎日に、彼はとても満足していた。
だがしかし、時が経ち、成人して社会に出た時、現実を突きつけられることとなった。
学生時代はケンカの強さや運動の上手さで決められていた序列が、社会人では年収の多さ、学歴、家柄、礼儀などで決まるようになる。
当然、どれもお粗末な追手は爪弾きに遭い、馬鹿にされた。
せめて優しさや誠実さといった人徳があれば、まだ何とかなったかもしれないが、彼はそれすらも持っていない。
その為、追手はとにかく生きづらい社会人生活を送ることになった。
バイト先の居酒屋では同僚に学歴の低さを笑われ、客のサラリーマンからは「社会を舐めるな」とストレスのはけ口に罵倒され、店長に「早く辞めてくれた方が助かる」と皮肉を言われる始末。
当然そんな生活に耐え切れず、彼は一か月で勤め先を辞めた。
惨めな自分を見つめる事が嫌になった追手は、かつての高校時代の栄光を取り戻すべく、その時に親密だった舎弟に連絡を入れたが、毎日掛かって来るヒマ電にうんざりした彼らは番号を変更しており、繋がらない。
仕方なく、彼一人のみで不良チーム「リヴェンジャーズ」を結成し、あちらこちらで悪さをしようとしたは良いもの、成人していれば当然刑罰は重くなるため、それに怖気付き、悪行内容は若い女に対する悪質なナンパだけにした。
しかしその悪質なナンパだが、成功した例は一度もなく、それどころか何故かイケメンに乱入された挙句彼らに叩きのめされてしまうのが毎回のオチであった。
ご丁寧にも、乱入したイケメンと狙っていた女が良い感じになってしまうのが彼の自尊心を大きく傷つける。
「あーあ…こんなことなら死んだ方がマシだな…」
追手は雑誌の詰まったダンボールを踏み台にして乗り、上からビニール紐で括り縄を作って吊るした。
「それじゃ、あばよ。クソッタレな人生……」
彼が括り縄に手を掛け、首を吊ろうとしたその時。
「ぱんぱかぱんぱんぱーん!」
「うぉっ!?」
突如、幼い少女の元気で明るい声が雰囲気の不釣り合いなこの部屋にけたたましく鳴り響いた。
「おめでとうございま〜す!」
追手は、掛け声に驚いて縄を掴んでいた手を離してしまい、床へ転がり落ちてしまう。
床に尻もちをついている姿勢から、声がした方を向くと、そこには青肌の小さな少女、デビルが居た。
「なっ、なんだぁ!てめぇは!不法侵入で訴えるぞこのガキが!」
「まぁまぁ、落ち着いてください〜、29歳無職男性、追手内さん!貴方はこの度素晴らしい功績を出したんですよ!」
「うるせぇ!29歳無職は余計だ!ブチ殺すぞ!で、その素晴らしい功績って一体何なんだよ?」
「えへへっ、それはですねぇ〜…」
「………………。」
悪戯に笑うデビルを追手は怪訝な目で睨む。
「貴方が成立させたカップルがこの度、なんと!100組目になったんですよ〜!」
「ハァ!?」
「多くの恋愛願望を持つ女の子が、貴方に絡まれたお陰で素敵なカッコイイ王子様と出会えたんですよ!これは勲章ものですっ!」
「やかましいわ!ボケ!100組とかどうして分かるんだよ!証拠見せろよ!」
チンピラの定番ゼリフ「証拠見せろ」を聞いたデビルはブツブツと呪文を唱え、追手の目の前に大きなテレビを出現させた。
「おい!なんでブラウン管なんだよ!今はデジタルだろ!」
「映すだけならそれでも問題ありませんよ〜。それではっ!VTR!スタート!」
デビルがあざとい決めポーズを取ると、コンセントにもつないでいない筈のテレビに砂嵐が映り、クッキリとした映像に切り替わった。
「おいおい、俺と一緒に遊ばな〜い?」
「し、しつこいわね!あっち行きなさいよ!」
「そういう強気なところが可愛いねぇ〜」
テレビには追手とメデューサの女性が映っていた。
「こ、これは!昨日の俺じゃねぇか!」
「そうです!その通りで〜す!」
驚いて目を丸くする追手に、デビルが大げさにリアクションする。
「おい、止めな。」
「あ?何だおま……ギャア!」
振り向いたとたんに、映像の中の方の追手はチャラチャラとした見た目の男に殴り倒されてしまった。
「大丈夫かい、姉ちゃん。」
「フン。あんなヤツあたし一人で追っ払えたし。」
「最近の女の子は強いから、そんなことできなくもないだろうけど、ここは危ないからな。万一の事があったら大変だぜ。」
「あっそう。後で、お礼くらいしてやっても良いわよ。」
「ハッハッハ。そいつは嬉しいねぇ。」
「美味しいお店知ってるから。そこ、連れてってあげるわ。」
チャラチャラした格好の男とメデューサがいい雰囲気になった所で、デビルがテレビの電源ボタンを押して画面を消した。
「………………。」
「まだまだ、映像はありますよ〜ウフフフフッ。」
嗜虐心を含んだ笑みで、デビルは数本のビデオテープを追手の前に落として見せる。
「わ、分かった…ソイツは本当なんだな。」
「えぇ、そうでーす。キャハッ♪」
「だけどよ…それが一体どうしたんだ?」
「貴方のこの素晴らしい功労を称えて、全日本リア充応援協会から私が派遣されてきたんです!」
「はぁ!?」
「さぁ、素晴らしい功績を出したご褒美に、一つだけなら何でも願い事を叶えられますよっ!私は悪魔ですので、それなりのモノは叶えられるつもりですっ!」
追手は最初沈黙していたが、思い立った顔になるとデビルに向き合った。
「俺を……世界一のワルにしてくれ……!誰にもナメられない、バカにされないような悪になりてぇんだ……!」
デビルはその願い事を聞くと、笑顔で二回頷いた。
「そうですか。その願いは叶えられませんね。」
「何ッ!?」
「何故なら、もうすでに貴方はもう立派な悪です。世界一のワルですから。」
「そ、それは一体どういう事なんだ!まさか…俺に素質があるとでもいうのか?」
「それも悪くない考えですが、違います〜」
「じゃあ一体何な……うぷっ!?」
言い終わらないうちに、デビルが追手の口に左乳首を押し当てて口を塞いだ。
「貴方が、この私を、惚れさせてしまったという大罪を背負った極悪人だからですよ!」
「んんう!?むぐぐぐぐぐ!?」
「貴方の事を調べてみたら、本当に情けなくて、弱くて、可哀想な人間だったので……助けてあげたくなってしまったんですよ〜♥」
口の中の体温をモロに感じている左乳首の刺激に顔を蕩けさせるデビル。
快楽で蕩けかけている幼い顔つきが、背徳感を感じさせる。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「怖がらなくていいです〜♥安心して私に甘えて下さ〜い♥」
暴れようとする追手だったが、デビルに頭を撫でられると大人しくなり、彼女の体を掴み、赤ん坊の様に一心不乱に乳を吸った。
「……うぅっ、うううううう…………」
追手の頭の中に、思い出が浮かぶ。
今度は、荒れ狂っていた偽りの栄光ではない。
温かい、愛情あふれる光景だ。
「オギャアッ!オギャアッ!」
「おぉ!これが俺の息子か!可愛いなぁ〜!」
「きっと、あなたに似て、頭が良くてカッコいい子になりそうね。」
「はははは……お前のお転婆でお調子者な所も受け継いじゃいそうだけどな……」
「うふふふふ……」
「あはははは……」
「しゅわーっち!ウルトラマンさんじょーう!」
「出たな〜!ウルトラマンめ〜!かくごしろ〜!」
「ウルトラキーック!」
「ぐわぁ〜やられた〜!内は強いな〜!」
「もう!ぼくはウルトラマンだっていってるでしょ!おとうさん!」
「あぁ、ごめんごめん!あはははは……」
「あはははは……」
「内〜!ご飯よ〜!」
「うん!わかった!おかあさん!いますぐいくね〜!」
「今日は、内が運動会のかけっこで一位を取ったご褒美に、大好きなハンバーグにしたからね!」
「やったー!ありがとう!おかあさん!」
彼が産まれた頃と幼い頃、まだ、家庭に温かさがあった頃だ。
幼い頃の彼は心優しい少年だったが、事故で両親を失ってからというもの、そのトラウマで心がねじけてしまい、今の彼の性格へと繋がることになるのだった。
「(ごめんよ……父ちゃん……母ちゃん……)」
涙を流して己の過ちを悔いつつ、追手は乳を吸う。
「(俺…今までなんてことしてたんだ……)」
「辛かったよね…良い子…良い子…私の可愛い…ダーリン……♥」
「(ありがとう…ありがとう…)」
久しぶりに味わった温かさに包まれ、追手はこの上なく幸せな気持ちで眠りについた。
それから数年後。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい!ダーリン!」
追手は立派に社会復帰を果たし、心を入れ替えてあの時のデビル、エリナと生活を送っていた。
「あっ!ダーリン、ちょっと待って!」
「何だい?エリナ?」
エリナが耳打ちの姿勢を取ると、追手は身を屈めて耳をエリナの口の高さまで下げる。
「赤ちゃん…できちゃったみたいなの…♥」
「本当かっ!?」
知らせを聞き、追手は感極まりエリナに抱きついた。
「ちょ、ちょっとダーリン、苦しいわよ。」
「ごめんごめん。この子は、絶対に俺みたいな生き方をさせてはいけないな。だからその為に、一緒に頑張ろう、エリナ。」
「もちろん、良いわよ。」
「ありがとう…愛しているからね……」
妻の体を抱きしめた後、追手は軽やかな足取りで仕事に行くのであった。
街頭や装飾の光が煌めく光景はとても妖しい雰囲気を醸し出している。
今日もそこは、その妖しさに魅せられた人々で溢れかえっていた。
「ヒヒヒヒ、良いじゃん良いじゃん。」
「や、やめてください!」
上品な制服を着た稲荷の女子高生に、一人のガラの悪いチンピラが絡んでいた。
彼女の嫌がっている態度にも関わらず、チンピラは女子高生の肩を掴む。
「好きな場所行きたかったら言いなよ?ゲーセン?カラオケ?それともラブホ?」
「い、いや…」
チンピラが無理矢理女子高生の手を引っ張ろうとしたその時。
「おい!その手を放せ!」
「あぁん?」
女子高生を無理矢理連れまわそうとするチンピラに、一人の男が声を上げた。
男の容姿は、顔立ちが整っており、身長も高く、今どきのファッションを着こなしている爽やかなイケメンといった所だ。
「なんだぁ?てめぇ?痛い目に遭いてぇようだな!」
声を荒げてチンピラが拳を振り上げて殴り掛かる。
「フン!遅いんだよ!」
振りかぶられた拳をイケメンは避け、チンピラの顔面にパンチを打ち込んだ。
「ギャアッ!」
顔面にキツい一発を貰ったチンピラはものの見事にダウンしてしまう。
仰向けの大の字になって倒れている所が何とも言えない哀れさを醸し出している。
「だ、大丈夫ですか?」
「何、これくらいどうってことないよ。」
心配そうに声を掛ける女子高生に、イケメンは爽やかスマイルで応える。
「助けて頂いて、ありがとうございました。」
「いやいや、俺はただ、女の子に寄ってたかって悪さするようなヤツが許せなかっただけさ。」
「あっ、あのっ!私っ!あなたの、男らしさに惚れてしまいましたっ!ぜっ、是非付き合ってください!」
「フフ、別に構わないよ。ほら、付いてきて。」
「……はいっ!」
イケメンと女子高生は、良い感じになって繁華街の出口へと歩みを進めた。
普通なら、この二人がイチャラブする展開になるが、この話はそうはいかない。
なぜならこの話の主人公は、イケメンと女子高生のカップルではなく、先程イケメンにブッ倒されたチンピラだからだ。
「う、ぐぐぐ……」
頭を押さえながらよろめきつつ立ち上がるチンピラ、追手 内(ついて ない)。
「クソ……またかよ……」
身体に付いた埃を払い、ズキズキと痛む鼻を左手で押さえる。
残った右手でポケットに手を入れると、いつも入れているお気に入りの財布(980円)が無い。
「ノビてる隙に財布がパクられてやがる……チクショウ!」
追手は女を引っかける邪魔をされたことと、気絶している間に財布を盗まれてしまった悔しさで地団駄を踏む。
「ここの所何もかも上手く行ってねぇ…最悪だ…」
忌々し気に自分の近況を口に出すと、追手はおぼつかない足取りで自分の家であるアパートへと戻る。
無機質なドアを開けた先はワンルームの部屋で、床にはクシャクシャに丸められたティッシュや菓子の袋、酒の缶といったゴミが散乱している。
足の踏み場も無いほど広がっているゴミを逆に足場にして、追手は冷蔵庫へと手を伸ばす。
「こういう時はやっぱ飲まねぇとやってらんねぇって…ねぇのかよ。クソッタレ。」
冷蔵庫の中は、空だ。
追手が求めていた酒はおろか食品が一つも見当たらない。
「酒どころかメシもねぇとはな……まぁ、前から酒飲むのをメシ代わりにしてたから仕方ねぇか。ギャハハハッ……」
追手は半ばヤケ気味に自嘲する。
「まったく、かつてのアク高一のワルがこのザマか…」
冷蔵庫に反射した自分の顔を見て、追手はふと自身の過去を回想した。
追手は幼い頃からのワルで、小学生の頃には飲酒や喫煙もしている。
彼の一番の黄金期は高校時代で、古今東西からあらゆる不良が集まる亜九島(あくとう)高校に進学した彼は、持ち前の胆力で下級生から上級生まで幅広い年齢層の手下を従え、教師を恫喝したり、喧嘩と抗争に明け暮れたりする悪行三昧の毎日を送っていた。
喧嘩の際には、自慢の武器の鉄パイプを振り回して戦場を駆けていたので自校や近隣の高校の生徒からは「パイプの追手」と呼ばれ恐れられた。
そんな毎日に、彼はとても満足していた。
だがしかし、時が経ち、成人して社会に出た時、現実を突きつけられることとなった。
学生時代はケンカの強さや運動の上手さで決められていた序列が、社会人では年収の多さ、学歴、家柄、礼儀などで決まるようになる。
当然、どれもお粗末な追手は爪弾きに遭い、馬鹿にされた。
せめて優しさや誠実さといった人徳があれば、まだ何とかなったかもしれないが、彼はそれすらも持っていない。
その為、追手はとにかく生きづらい社会人生活を送ることになった。
バイト先の居酒屋では同僚に学歴の低さを笑われ、客のサラリーマンからは「社会を舐めるな」とストレスのはけ口に罵倒され、店長に「早く辞めてくれた方が助かる」と皮肉を言われる始末。
当然そんな生活に耐え切れず、彼は一か月で勤め先を辞めた。
惨めな自分を見つめる事が嫌になった追手は、かつての高校時代の栄光を取り戻すべく、その時に親密だった舎弟に連絡を入れたが、毎日掛かって来るヒマ電にうんざりした彼らは番号を変更しており、繋がらない。
仕方なく、彼一人のみで不良チーム「リヴェンジャーズ」を結成し、あちらこちらで悪さをしようとしたは良いもの、成人していれば当然刑罰は重くなるため、それに怖気付き、悪行内容は若い女に対する悪質なナンパだけにした。
しかしその悪質なナンパだが、成功した例は一度もなく、それどころか何故かイケメンに乱入された挙句彼らに叩きのめされてしまうのが毎回のオチであった。
ご丁寧にも、乱入したイケメンと狙っていた女が良い感じになってしまうのが彼の自尊心を大きく傷つける。
「あーあ…こんなことなら死んだ方がマシだな…」
追手は雑誌の詰まったダンボールを踏み台にして乗り、上からビニール紐で括り縄を作って吊るした。
「それじゃ、あばよ。クソッタレな人生……」
彼が括り縄に手を掛け、首を吊ろうとしたその時。
「ぱんぱかぱんぱんぱーん!」
「うぉっ!?」
突如、幼い少女の元気で明るい声が雰囲気の不釣り合いなこの部屋にけたたましく鳴り響いた。
「おめでとうございま〜す!」
追手は、掛け声に驚いて縄を掴んでいた手を離してしまい、床へ転がり落ちてしまう。
床に尻もちをついている姿勢から、声がした方を向くと、そこには青肌の小さな少女、デビルが居た。
「なっ、なんだぁ!てめぇは!不法侵入で訴えるぞこのガキが!」
「まぁまぁ、落ち着いてください〜、29歳無職男性、追手内さん!貴方はこの度素晴らしい功績を出したんですよ!」
「うるせぇ!29歳無職は余計だ!ブチ殺すぞ!で、その素晴らしい功績って一体何なんだよ?」
「えへへっ、それはですねぇ〜…」
「………………。」
悪戯に笑うデビルを追手は怪訝な目で睨む。
「貴方が成立させたカップルがこの度、なんと!100組目になったんですよ〜!」
「ハァ!?」
「多くの恋愛願望を持つ女の子が、貴方に絡まれたお陰で素敵なカッコイイ王子様と出会えたんですよ!これは勲章ものですっ!」
「やかましいわ!ボケ!100組とかどうして分かるんだよ!証拠見せろよ!」
チンピラの定番ゼリフ「証拠見せろ」を聞いたデビルはブツブツと呪文を唱え、追手の目の前に大きなテレビを出現させた。
「おい!なんでブラウン管なんだよ!今はデジタルだろ!」
「映すだけならそれでも問題ありませんよ〜。それではっ!VTR!スタート!」
デビルがあざとい決めポーズを取ると、コンセントにもつないでいない筈のテレビに砂嵐が映り、クッキリとした映像に切り替わった。
「おいおい、俺と一緒に遊ばな〜い?」
「し、しつこいわね!あっち行きなさいよ!」
「そういう強気なところが可愛いねぇ〜」
テレビには追手とメデューサの女性が映っていた。
「こ、これは!昨日の俺じゃねぇか!」
「そうです!その通りで〜す!」
驚いて目を丸くする追手に、デビルが大げさにリアクションする。
「おい、止めな。」
「あ?何だおま……ギャア!」
振り向いたとたんに、映像の中の方の追手はチャラチャラとした見た目の男に殴り倒されてしまった。
「大丈夫かい、姉ちゃん。」
「フン。あんなヤツあたし一人で追っ払えたし。」
「最近の女の子は強いから、そんなことできなくもないだろうけど、ここは危ないからな。万一の事があったら大変だぜ。」
「あっそう。後で、お礼くらいしてやっても良いわよ。」
「ハッハッハ。そいつは嬉しいねぇ。」
「美味しいお店知ってるから。そこ、連れてってあげるわ。」
チャラチャラした格好の男とメデューサがいい雰囲気になった所で、デビルがテレビの電源ボタンを押して画面を消した。
「………………。」
「まだまだ、映像はありますよ〜ウフフフフッ。」
嗜虐心を含んだ笑みで、デビルは数本のビデオテープを追手の前に落として見せる。
「わ、分かった…ソイツは本当なんだな。」
「えぇ、そうでーす。キャハッ♪」
「だけどよ…それが一体どうしたんだ?」
「貴方のこの素晴らしい功労を称えて、全日本リア充応援協会から私が派遣されてきたんです!」
「はぁ!?」
「さぁ、素晴らしい功績を出したご褒美に、一つだけなら何でも願い事を叶えられますよっ!私は悪魔ですので、それなりのモノは叶えられるつもりですっ!」
追手は最初沈黙していたが、思い立った顔になるとデビルに向き合った。
「俺を……世界一のワルにしてくれ……!誰にもナメられない、バカにされないような悪になりてぇんだ……!」
デビルはその願い事を聞くと、笑顔で二回頷いた。
「そうですか。その願いは叶えられませんね。」
「何ッ!?」
「何故なら、もうすでに貴方はもう立派な悪です。世界一のワルですから。」
「そ、それは一体どういう事なんだ!まさか…俺に素質があるとでもいうのか?」
「それも悪くない考えですが、違います〜」
「じゃあ一体何な……うぷっ!?」
言い終わらないうちに、デビルが追手の口に左乳首を押し当てて口を塞いだ。
「貴方が、この私を、惚れさせてしまったという大罪を背負った極悪人だからですよ!」
「んんう!?むぐぐぐぐぐ!?」
「貴方の事を調べてみたら、本当に情けなくて、弱くて、可哀想な人間だったので……助けてあげたくなってしまったんですよ〜♥」
口の中の体温をモロに感じている左乳首の刺激に顔を蕩けさせるデビル。
快楽で蕩けかけている幼い顔つきが、背徳感を感じさせる。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「怖がらなくていいです〜♥安心して私に甘えて下さ〜い♥」
暴れようとする追手だったが、デビルに頭を撫でられると大人しくなり、彼女の体を掴み、赤ん坊の様に一心不乱に乳を吸った。
「……うぅっ、うううううう…………」
追手の頭の中に、思い出が浮かぶ。
今度は、荒れ狂っていた偽りの栄光ではない。
温かい、愛情あふれる光景だ。
「オギャアッ!オギャアッ!」
「おぉ!これが俺の息子か!可愛いなぁ〜!」
「きっと、あなたに似て、頭が良くてカッコいい子になりそうね。」
「はははは……お前のお転婆でお調子者な所も受け継いじゃいそうだけどな……」
「うふふふふ……」
「あはははは……」
「しゅわーっち!ウルトラマンさんじょーう!」
「出たな〜!ウルトラマンめ〜!かくごしろ〜!」
「ウルトラキーック!」
「ぐわぁ〜やられた〜!内は強いな〜!」
「もう!ぼくはウルトラマンだっていってるでしょ!おとうさん!」
「あぁ、ごめんごめん!あはははは……」
「あはははは……」
「内〜!ご飯よ〜!」
「うん!わかった!おかあさん!いますぐいくね〜!」
「今日は、内が運動会のかけっこで一位を取ったご褒美に、大好きなハンバーグにしたからね!」
「やったー!ありがとう!おかあさん!」
彼が産まれた頃と幼い頃、まだ、家庭に温かさがあった頃だ。
幼い頃の彼は心優しい少年だったが、事故で両親を失ってからというもの、そのトラウマで心がねじけてしまい、今の彼の性格へと繋がることになるのだった。
「(ごめんよ……父ちゃん……母ちゃん……)」
涙を流して己の過ちを悔いつつ、追手は乳を吸う。
「(俺…今までなんてことしてたんだ……)」
「辛かったよね…良い子…良い子…私の可愛い…ダーリン……♥」
「(ありがとう…ありがとう…)」
久しぶりに味わった温かさに包まれ、追手はこの上なく幸せな気持ちで眠りについた。
それから数年後。
「それじゃあ、行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい!ダーリン!」
追手は立派に社会復帰を果たし、心を入れ替えてあの時のデビル、エリナと生活を送っていた。
「あっ!ダーリン、ちょっと待って!」
「何だい?エリナ?」
エリナが耳打ちの姿勢を取ると、追手は身を屈めて耳をエリナの口の高さまで下げる。
「赤ちゃん…できちゃったみたいなの…♥」
「本当かっ!?」
知らせを聞き、追手は感極まりエリナに抱きついた。
「ちょ、ちょっとダーリン、苦しいわよ。」
「ごめんごめん。この子は、絶対に俺みたいな生き方をさせてはいけないな。だからその為に、一緒に頑張ろう、エリナ。」
「もちろん、良いわよ。」
「ありがとう…愛しているからね……」
妻の体を抱きしめた後、追手は軽やかな足取りで仕事に行くのであった。
19/02/23 14:47更新 / 消毒マンドリル