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Bossbattle:03 ホールイン・ワン〜天誅の一振り〜 前編
 ゴルフを鑑賞したり、見ている人には分かるだろうか。
 ホールイン・ワンを決めた時の爽快感が。
 甲高い音を立てて飛んで行くボールが、吸い込まれるかのようにカップへと消えていくのを見る爽快感が。
 一振りで遠くへ吹っ飛んでいくのを見る爽快感が。

 ボールを悪党に変えたならば、その爽快感はさらに増すだろう。

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 「おい!何やっているんだ!とっとと酒を持ってこい!」
 「す、すいませんっ!」

 辺り一面に広がる青い芝生。
 ここはかつて広大な森であったが、ある一人の男、茶色い背広を着た中年のサラリーマンの命令により草原に変えられてしまった。
 その男は「山岡正男(やまおか まさお)」。
 かつては大手企業に勤める一課の課長だったが、いつものように仕事を(部下に丸投げ)していると、突如課内が光に包まれ、彼は部下と共に図鑑世界へと召喚されてしまった。
 彼を召喚したのは全身を黒いローブで覆った黒づくめの男で、男が言うには「この世界は魔物の脅威にさらされており、奴等を打ち倒す英雄が必要だ」という理由だ。
 山岡は部下を引き連れ、黒づくめの男から与えられた宝具「ウルティマ・クラブ」、金色のゴルフクラブを手にして反魔物の小国を襲っていた魔王軍を蹴散らした。
 これに感謝した小国の王は彼に「欲しいものは何でもやろう」とのたまったのだが、それがいけなかった。
 横暴な山岡は「王国」を明け渡すように国王に言ってきた。
 これには流石の国王も無理だと応じるが、彼にウルティマ・クラブで玉座の一番上の宝石を破壊されると真っ青になって二つ返事でこの取引を承認した。
 王権は王族から山岡とその二人の腰巾着に取って代わられ、悪政が続いた。
 重い税、理不尽な法律、毎日捧げなければならない貢物…
 最初は国民もそれに怒り、抵抗運動をしてきたが、ウルティマ・クラブの力によって強化魔法を掛けられた兵士たちにこくごとく鎮圧された。
 さらに山岡の悪行はこれだけではない。
 彼は大のゴルフ好きで、景観が良いという理由で国民の生活に関わっている森林や湖を自分専用のゴルフ場に変えてしまった。
 当然、国王の所有物となった土地にただの平民は入れるわけもなく、彼らの生活はさらに困窮した。
 そんな状況などお構いなしに、山岡は今日もゴルフに興じていた。
 腰巾着たちと共に試合結果を見てゲラゲラ笑い合い、部下には酒や料理、ゴルフ用品などを運ばせる雑用をやらせている。

 タッタッタッタ…
 
 「山岡さん!お酒持ってきました!」 

 童顔で背の低い社員が、ヘトヘトになって高級酒の乗った盆を持ってきた。

 「川崎!遅ぇんだよ!てめぇは下っ端の中で一番若いんだからもっと早く持って来れるだろうが!」
 「そうだそうだ!お前みたいな何やってもダメなウスノロを拾ってやった課長に感謝する意思はねぇのか!」
 「会社に居た時もそうだが感謝の気持ちが足りねぇんだよ!」

 山岡と腰巾着二人は川崎に対してギャアギャア罵声を浴びせる。

「ははは…すいません…」

 川崎は愛想笑いをすると、盆を白墨で作られたテーブルの上に置く。

 「次遅れたら給料は払わねぇからな!覚えとけ!」
 「はい…」

 急な雑用を終えて、せっかく注文を持ってきたのにも関わらず怒鳴り散らされたことは川崎の精神に相当応えたようで、力ない足取りで雑務員の休憩所へと向かう。
 休憩所はボロボロな掘っ立て小屋で、その中にはくたびれた顔の山岡の部下が数人いた。
 かつての彼らなら山岡や腰巾着にイビられても、家に帰って疲れを癒すことができていた。
 しかし、今となってしまってはその帰る家も無く、こうして粗末な掘っ立て小屋で身を寄せ合うしかないのだ。

 「川崎、お前…いつもいつも山岡の野郎にこき使われ続けて…辛いよな…」
 「前の世界でも、今の世界でも…こんなに頑張ってるのにどうして川崎君は報われないのかしら…」
 「みんながそう気に掛けることじゃないよ。だいたいこうなっているのも全部トロい僕が悪いんだ。」

 最初は前の世界で普段から特段とイビられている川崎を見ても、何とも思わず、むしろ出来の悪い彼に非があると考え、見下していた彼らだったが、こちらの世界に来てからは、雑用を通じて彼の痛みを思い知り、お互いに励まし合う関係になっていた。

 「ったく、結局この世界でも不公平さは相変わらずか…」
 「なんで山岡の野郎といい、係長のゴマスリみたいなやつが良い思いしてんだが…」
 「おうおう、お前ら。こんな暗い雰囲気じゃふさわしかねぇだろう!」
 「そうだったわね!今日はアレよ!アレ!」

 一人の体格のいい社員が掘っ立て小屋の隅から木箱を持ってきた。
 中を開けると、粗末なビンに入ったワイン数本と上等な肉の燻製がある。

 「どうしたの…これ?」
 「俺達で給料コツコツと貯めて、城下町で買って来たんだ。山岡の野郎が贅沢品巻き上げてたのと俺達の給料がクッソ安いおかげで、中々手に入れられなかったんだよなぁ。」
 「今日は川崎君の誕生日でしょ?だから、ムードを出すためにもせめてご飯くらいは豪華にしておこうって思って。」
 「みんな…」

 今まで感じた事の無かった同僚の思いやりに、川崎は戸惑いつつも嬉しそうな表情を見せる。

 「それに、今まで冷たくしてきたせめてもの償いの意味も込めてお前の誕生日を祝うことにしたのさ。」
「さぁ、パーティの主役はお前なんだ。好きなだけ食って飲んでくれ!」
 「ありがとう…!それじゃ、いただきま…」

 バァンッ!

 川崎が燻製肉に手を伸ばそうとしたその時、掘っ立て小屋のドアが乱暴に開けられた。
 山岡の取り巻き二人組だ。

 「おい!緊急事態だ!メシなんか食ってねぇでとっとと出て来やがれ!」

 取り巻き(片割れA)が川崎と社員たちに怒鳴り散らした。
 
 「つーかよ、てめぇら奴隷の分際で美味いモン食ってて生意気なんだよ!つーわけで、コイツは没収させて貰う!」

 川崎が味わう筈だった誕生日プレゼントは、取り巻き(片割れB)に乱暴に取り上げられる。

 「…!」

 社員たちは忌々し気に、取り巻き二人を睨みつける。
 本当なら飛び掛かって奪い返してやりたいところであるが、二人はウルティマ・クラブの能力により身体能力、魔力共に強化され、この国で最強の装備を身に着けているため勝ち目はない。
 その為、ただ睨むことしかできない。

 「あ?なんだよ?その目はよ?別に逆らっても構わねぇけど〜、コイツでチョチョっと細切れにしてやっから。」

 取り巻き(A)は上等な品質の剣の刃を露骨にチラつかせる。

 「わーったんなら、とっとと支度しな。特に川崎、おめーは特段すっとろいんだから俺達の迷惑にならねーようにしろよ。」
 「はい・・・」

 社員達と川崎は取り巻き(A)に言われるがままに粗末な装備を身に着ける。
 全員の支度が終わったことを確認すると、取り巻き(B)が転移魔法を唱え、自分達と彼らを転移させた。

 ヴヴゥン…シュンッ!
 
 「課長、連れてきました。」
 「うむ、ご苦労。」

 取り巻き二人が率いる一行は、山岡がふてぶてしく居座る玉座の間に現れた。

 「えーと、それじゃ今からお前らにやって欲しいことを言う。」
 
 山岡は片手で鼻をほじり、もう片方の手で取り巻き二人と社員たちを指さす。

 「昨日、俺の国に魔王軍が攻めて来たんだわ。どーせいつもの雑魚部隊だろうと思ってたんだが途中からなんか手強くってな。そこでだ、お前ら。攻めてきた魔物の部隊を軽くひねって来い。できるよな?」

 会社に居た頃と変わらない横暴さに社員達は怒りを覚えるが、実力的にも地位的にも不利なので従わざるを得ない。

 「わかりました…」
 「俺達と課長はそっち行かねぇから。戦いの指揮を執るという重要な役目があるしな。」

 取り巻き二人は口ではそう言っているが、本音は自分達が不利になったらいつでも逃げ出す魂胆だ。

 「どうせ死ぬなら魔物の一匹でも倒してから死ねよ。最低限の事をやってこそ社会人だからな。」

 山岡は気怠そうにウルティマ・クラブを振り、彼らに最低限の強化魔法を掛けると、転移魔法を掛け、戦場へと飛ばした。


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 「ハァッ!」
 「喰らえ!」

 王国と魔王軍の戦いは苛烈を極めていた。
 魔王軍側は昨日まで分隊で攻めていたが、戦局の悪化を見かねてついに本隊を動員した。
 部隊は全てアンデッドで構成されており、尖兵のゾンビの兵力、リビングアーマーによる強行突破、新型の大砲による遠距離攻撃で王国軍を圧倒していた。
 川崎を初めとする社員達も元からいた軍師より強化されてはいたが、流石にこの数が相手では分が悪く、最初はリビングアーマーを計6体倒す(殺していない)成果を上げる程好調だったのだが、次第に敵の多さに疲弊していって、一人、また一人と倒されてしまった。

 「くっ…!」

 残るは川崎一人となっていた。
 先ほどリビングアーマーのリーダーと格闘戦を繰り広げたのが効いているのか、立っていられるのもやっとという状況だ。

 「まだだ…!まだ僕は倒れる訳にいかないんだ…!やられて行ったみんなの為にも…!」

 川崎の前に大量のゾンビ兵が迫る。
 満身創痍(といっても瀕死という訳ではなく、装備がボロボロというだけ)の彼であったが、それでもなお戦おうと立ち上がる。

 「…!」

 川崎は剣を振り上げ、ゾンビ軍団に向かって斬撃を放つ。
 だがしかし、それはどこからともなく現れた魔力のエネルギー弾によって打ち消されてしまった。

 「なっ…!?」

 唖然とする川崎の前に、彼と同じくらいの体格の女性が現れた。
 いきり立っていたゾンビ達は彼女が現れると、進撃を止め、構えていた武器を収めた。
 肌はゾンビと同じ色をしており、体格に似合わずバストは100cmを超えているかという程大きい。
 上半身には薄紫色と紫色の横縞模様のセーターを羽織り、下半身には短パン状のデニムを履いている。

 「貴方達の敗北は決まっています。これ以上無駄な戦いはしないでください。」
 
 女性は抑揚のない、落ち着いた口調で川崎を諭す。
 
 「うるさい!ここで戦って散っていったみんなの為にも、僕は負けるわけには…」

 威勢よく川崎は女性に斬りかかろうとするが、女性が彼の前に手をかざすと、川崎は力なく地面に崩れ落ち、寝息を立てて眠ってしまった。

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 「…はっ!?ここは…」

 川崎が気が付くと、豪華な寝室にいた。
 周りは山奥の王室に置いてあるものよりも豪華な家具が置いてあり、彼はその中の一つの天蓋付きのベッドで寝かされていた。

 キィィィ…

 「おはようございます。よく眠れましたか?」

 彫刻が施された扉が開き、先程川崎を眠らせた女性が紅茶と上等なチョコレートが盛られた皿が乗った盆を持って部屋に入ってきた。

 「お前は…!」
 「貴方がそんな態度を取るのも無理は無りません。ですが、少し落ち着いてください。」

 身構える川崎に女性は動じず、彼のベッドの脇にある椅子に座り、ベッドの上に盆を置く。

 「体の疲労も完全に取れていなくて、おまけに武器もない状態で私と戦っても勝ち目は無いでしょう。今はただ、大人しくしていてください。」

 サッ モグモグ…

 女性はそう告げると、皿のチョコレートを一つつまむ。

 「貴方もどうですか?」
 「……。」
 「毒の類は一切入れていません。安心してください。」

 最初は躊躇う川崎であったが、昨日から何も小麦粉を練った粗末な携帯食料と水以外口にしていなかったため、誘惑に負けて手を伸ばした。

 「…美味しい…。」

 前の世界で一度食べたチョコレートよりもコクのある味わいに、川崎は舌鼓をうった。

 「そうでしょう。何せ私のとっておきですから。おっと、自己紹介が遅れましたね。私はフィニシア。魔術師をやっているリッチです。」
 
 フィニシアはもう一つ用意した紅茶を啜る。

 「まず、貴方にお話したいことがあります。」
 「何でしょうか?」
 「貴方の仲間は生きています。どうぞ。」
 
 ギィ…
 トットットッ…

 「よう!川崎!無事だったか!」
 「いやー!助かった!このねーちゃんが俺達を助けてくれたんだよ!」
 「魔物って私達が思っていたより、ずっと良い人で驚いたわ。」
 「山岡の野郎よりもずっと話分かってくれるしな。」

 開いた扉から、次々と社員達が入って来る。
 
 「みんな…!」
 「実は私達魔物は、近年多発している貴方達の様な異世界人…別の世界から連れてこられた人間達による悪徳統治を打倒し、支配されている人々を助け出すプロジェクトを展開しておりまして、本来であれば異世界人は逮捕されて刑罰を受けるのですが、貴方達は素性を調べた結果、王国で悪政を行っていた事件の首謀者、貴方方の元上司の被害者であり、なおかつ酌量の余地があると判断されましたのでそれは取り消しになりました。」
 「つまり、僕達には何もしないという事ですか?」
 「そうなりますね。言い忘れていましたが、川崎さん、もう一人貴方に会いたいという人が居ますよ。どうぞ。」

 ギギィ…
 ズン、ズン、ズン…

 「あっ…!」

 続いて部屋に入ってきたのは川崎が倒したリビングアーマーのリーダーだった。何やらモジモジしている。

 「………。」
 「君は…。」
 「この子、自分を倒した貴方の強さに惚れてしまったらしいんですよね。」

 フィニシアはリビングアーマーのリーダーに目配せをすると、彼女はしおらしいようすで縮こまる。

 「ははは…ありがとうございます…。」
 「………鈍いですね…。彼女は貴方と結婚したがっているということですよ。」

 「そ、そうですか…えっ!?」

 川崎は驚いた。
 チビで弱虫と、何の取柄もない自分が惚れられてしまったことに。
 異形であるとはいえ、よく見れば顔立ちも良くプロポーションもバツグンの紛れもない美女である。
 そんな彼女に自分はもったいないと、平身低頭する川崎であったが結局フィニシアの説得により晴れて彼女の夫となった。

 「おめでとう!川崎君!」
 「まさかお前にそんな形で先こされちまうとはな!」
 「ヒュー!ヒュー!色男ー!」

 同僚にはやしたてられた川崎とリビングアーマーのリーダー、リアは恥ずかしさのあまり、赤面するが、その様子はどこか嬉しそうであった。

 「やるじゃねぇか…川崎………でもよ、山岡の野郎と取り巻きはどうなんだ?俺達が抜けたってことを知ったら報復しに来るんじゃねぇのか?」
 「た、確かに…そいつは心配だな…」
 「そうなったら川崎君もリアさんの身も危ないわね…」
 
 同僚の一人の疑問に、他の社員達の空気が重くなる。

 「大丈夫だよ、みんな。リアさんは絶対僕が守るから。ね?」

 ギュウウウウッ。
 
 川崎がリアの手を強く握りしめる。

 「……ッ」
 「あんなに情けなかったお前がここまで成長するたぁ、先輩として嬉しいぜ〜!」
 「見直したぜ!川崎!」
 
 再び雰囲気が明るくなった時に、フィニシアがまた口を開く。

 「ご心配なく。貴方達は大切な捕虜ですので指一本触れさせません。それに、彼の方はただいま私の優秀な弟子が征伐に向かっていますので。ちなみに私が戦いに参加したのも彼女からの要請です。」
 「優秀な弟子?」
 「はい。とても優秀な子です。性根は捻くれておりますが、私の弟子の中では一二を争う程優秀です。なので、チンケな力を手に入れてふんぞり返っている小悪党に負けはしませんよ。」

 いつも無表情なフィニシアは珍しく、微笑を浮かべた。
19/01/18 00:43更新 / 消毒マンドリル
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■作者メッセージ
後半へ続く〜!(キートン山田風に)

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