奇界 No.02 リピスラズラ台地
昔々、あるところに一つの国がありました。
その国は貧しいながらも王や民たちは暖かい心の持ち主で、皆が助け合って生きています。
ある日、彼らが真面目に頑張って働いている姿を見た神様が王様の前に現れてこう言ました。
「お前とお前の国の者達は、苦しい思いをしながらも、めげすに生きている。なんと素晴らしいことか。褒美として、私から良い物をくれてやろう。」
神様は王様に、一つの大きな袋を渡しました。
「これは魔法の石の種だ。畑に蒔いておくと、一晩で実が成る程大きくなる。実の中には魔法の石がぎっしり詰まっておって、それは万病に効く薬にもなるし、鋼に練り混めば強い剣や鎧ができて、高く売れる宝石にもなる。」
「そんなに良いものを、ワシに下さるのですか。」
「そうだ。だがしかし、一つだけ約束がある。まず、石を使った物を作る時は、必ずこの国の者達の手で作ること。もう一つ、人に対する思いやりと優しさを忘れないことだ。」
神様は王様と国の民たちにそう言うと、天へ帰っていきました。
種を貰った王様は、さっそく国の民に種を蒔かせました。
種はすくすくと育ち、次の日には実を付けています。
その実の中を割ってみると、青い宝石が詰まっていました。
これが、魔法の石でした。
国の民たちは、神様に言われた通りに魔法の石を砕いて飲むと、どんな病人もたちまち元気になり、鋼に練り込めば、ドラゴンの鱗ですら切り裂く強い剣とバフォメットの魔法ですら効かない頑丈な鎧ができ、行商人に売ればたくさんのお金を貰えました。
これには王様と国の民達は大喜びです。
そして、魔法の石のお陰で国はとても大きく豊かになりました。
しかし、王様や国の民達は、皆と仲良く暮らすことよりも、魔法の石で国を豊かにすることしか考えていませんでした。
近くの小さくて弱い国を滅ぼし、そこの人達を奴隷にして、魔法の石とそれからできるものを作らせ、自分達は遊んで暮らすようになったのです。
それを見た神様は大変怒り、王様の前に現れました。
その時、王様は、家来達と一緒に宴会を開いて呑気に笑っています。
「おお、神ではないか。久しぶりじゃのう。」
「お前はあの時の約束を破ったな。」
「約束?そんなものをワシはしたのか?」
「ああ、確かにしたぞ。だがしかし、お前はそれを破った。私を裏切ったのだ。」
「裏切る?ほっほっほ、何を馬鹿な事を言っておるんじゃ?それよりも、魔法の石の種が無くなりそうで困っておる。早く種を寄越せ。」
王様のあまりにも乱暴な態度に、神様はとても怒りました。
「ええい!そんなに魔法の石が欲しければ、お前達がなってしまえ!」
怒り狂った神様が呪文を唱えると、王様と家来達、その場にいた芸人、踊り子は魔法の石に変わってしまいました。
しかし、神様の怒りは治まらず、お城も、国の民達も、国に生えている草や木、牛や馬、地面まで、国をまるごと魔法の石に変えてしまったのです。
魔法の石に変えられてしまったこの国は、二度と元に戻ることはなかったそうな。
〜親魔国ゴンサクリ帝国に伝わる御伽話〜
青、青、青…
地面、そこから生えている結晶、草木…全てが真っ青だ。
冷涼な高地に位置する親魔国、ゴンサクリ帝国。
この国に存在する奇界「リピスラズラ台地」は、土壌から鉱物、そこに自生している植物まで青い。
そのことから、ある国の王の横暴に怒った神が、王を王国と丸ごと青い宝石に変えてしまったものがここのルーツだという御伽話も生まれている。
リピスラズラ台地の土壌には謎の青い物質が存在しており、この土地にあるものが青い色をしているのもそれの影響だ。
この物質だが、魔力を吸収して特殊な養分やミネラルに変える性質があり、そのお陰で多くの魔物がいるゴンサクリ帝国の隣に存在しても土地が魔界化しないのである。
また、リピスラズラ台地には何故か魔界でしか生育しない植物と、魔界では生育できない植物が同時に生えているのだが、これも青い物質によるものだろう。
とにかく、ここは特別な環境だ。
独特な進化を遂げた生物や魔物が多く生息しているため、観光客や研究機関の調査員といった多くの者が訪れている。
そして、それらの次に多いのが冒険者だ。
ここは良質な宝石や薬草が多く採れるため、駆け出しの冒険者からプロまで幅広い層に依頼が舞い込んでくることが多いのである。
「お兄ちゃん、あった?」
「うーん…なかなかないなー…」
深い青色の岩壁にツルハシを振るう二人の少年。
この二人は見習い冒険者の兄弟で、活発そうな筋肉質の方が兄「ソロ」、気弱で中性的な雰囲気の方が弟「ルーブ」。
宝石の納品依頼を受けた二人は、この時いつもよりマジメに作業に打ち込んでいた。
二人の所属しているギルドでは自分のランクと同じレベルの依頼を達成した回数により昇進が決まって来る。
例えば、Cランクの冒険者であればCランクの依頼を200件こなせば上のBランクに昇格できるのである。
この二人は最低ラインのFランクで、依頼を10件こなせばやっと一般レベルであるEランクに昇格できる。
今、二人が受けている依頼はその10件目だ。
「えいっ!あっ!」
「どうした?ルーブ。」
「お兄ちゃん!見て!出たよ!」
大粒の真珠のような宝石、リピスラズラパールをルーブは高々と掲げる。
「おおっ!本当だ!やるじゃんか!ルーブ!」
「うん!」
探し求めていた物をついに見つけた事で二人は歓喜した。
これでやっと自分達も一人前の冒険者として認められる。
その希望が二人の心の中に溢れ返っていた。
「よし!あとはこのまま報告だな……ッ!」
突如、横からダイナマイトが火花で軌跡を描き、二人に飛んできた。
「ルーブ!伏せろ!」
「えっ……!」
それに気づいたソロは、咄嗟にルーブの体を掴んで地面に伏せさせる。
その時に、持っていたリピスラズラパールが吹っ飛んでしまった。
「あっ!ほ、宝石がっ!」
「止せ!死ぬぞ!」
吹っ飛んでしまった宝石を取りに行こうとするルーブを阻止するソロ。
彼の判断は正しく、それが転がって行った方では大爆発が起きた。
もし、ルーブが取りに行っていれば彼の命は無かっただろう。
「ヘッヘッヘ、大漁大漁〜!」
ダイナマイトを投げ入れた主は、派手なメガネを掛けた太った男、本名:明石町則夫(あかしちょう のりお)だった。
彼は現代から来た転生者で、かつては大物芸能人の明石町めんまの息子だったが、刹久朱(せっくす)県のビーチで暴行事件を起こしてしまったことで父の怒りを買って勘当されてしまった。
(暴行事件の真相について知りたい方は、魔物娘奇想天外!本編の「水中を切り裂く銀色の閃光」を読んで欲しい。)
しかし、失意のまま街中をフラフラ彷徨っている際、謎の黒づくめの男により魔力で爆弾を精製できるチート能力を付与されて図鑑世界に召喚されたのだ。
爆弾精製能力を手にした彼はゴンサクリ帝国のギルドで異例のスピード出世を果たし、たった一ヶ月でBランクに昇進した。
ギルド内での彼の評判は良いが、それは上っ面だけで、実際はこの台地に生息する弱い魔物を爆弾でいたぶったり、希少動物を密猟するなどの悪行に手を染めている。
彼が中でも好んでいるのが、強力な爆弾で岩壁を爆破して違法な採掘を行う事だ。
本来、爆弾を使った採掘はここでは違法なのだが、彼はギルドの目を潜り抜けてコソコソと行っている。
「さーて、どれぐらい採れるかなぁ〜?ん?」
明石町が瓦礫の山に目配せをしようとすると、伏せていた兄弟と目が合ってしまった。
「お〜、目撃者が居やがったか〜」
ニタニタと下品な笑みで兄弟に詰め寄る明石町。
威嚇するように大股で近づく彼に、ルーブは恐怖心を覚える。
怯える彼を庇う為に、ソロが前に出て両手を広げた。
「見たところFランの雑魚だな。ゲヘヘヘヘッ、Bランクの先輩が一つアドバイスをしてやる。」
脂ぎった明石町の手に手榴弾が出現し、小気味良い音を立ててピンが抜かれる。
「冒険者には運も必要なんだぜ。だが、お前らはそれすら持ち合わせていねぇカスだ!カスに冒険者なんてやる資格は…」
歯クソの付いた汚い歯を浮かび上がらせた醜い表情を浮かべ、明石町は手榴弾を二人に投げつけた。
「ねェんだよ!くたばりやがれ!クソガキがァッ!」
「くっ!ルーブ!お前だけでも逃げろ!」
「で、でも!」
「良いから!早く!」
大好きなお兄ちゃんを見捨てて逃げ出したくはない。
一つ余ったクッキーをくれた。
いじめっ子からいつも自分を庇ってくれた。
落としたお母さんの手袋を一緒に探して見つけてくれた。
そんな、優しくて、温かい兄と、別れてしまうのなんて嫌だ。
だから、せめて、最後は…
僕がお兄ちゃんを助けたい。
「……ごめん!お兄ちゃん!」
「ル、ルーブ!何を……!」
ルーブはソロを突き飛ばし、自身を前に立ち塞がらせた。
「今まで、ありがとう…お兄ちゃんと一緒にいられて…本当に…幸せだった。」
「ルーブ!やめろ!お前が居なくなったら……!」
「僕だって、お兄ちゃんが居なくなるのは辛い。だから…せめて…お兄ちゃんだけでも生きてね…」
笑顔で涙を流し、ソロの方を向くルーブ。
今の彼には堅い意志が宿っていた。
命に代えてでも、兄を守るという意思が。
「ルーブ!ルーー……!?」
もうダメかと思われたその時、二つの影にによってルーブとソロはそれぞれ抱きかかえられ、爆弾の衝撃と爆風がこない場所に移された。
「大丈夫か?」
「怪我はないか?」
二人を助け出したのは二人のワイバーンだった。
体は甲殻ではなく白い毛に覆われ、頭から群青色の二本の角が伸び、手足と尾に鋭い棘が生えている。
「あん?なんだてめぇ!人の楽しみを邪魔すんじゃねぇよ!」
「弱い者イジメとは卑劣な奴だな。」
「全く、男の風上にも置けん。」
「テメェ!許さねぇ!さっきのガキとまとめてチリにしてやらぁ!」
怒った明石町は両手にダイナマイトの束を精製し、ワイバーンコンビに投げつけた。
しかし、それをワイバーンコンビは軽く掴み取り、目にもとまらぬ速さで翼の風邪きり羽根の部分で小突く。
すると、たちまちダイナマイトは凍り付いて粉々に砕け散ってしまった。
「なっ!?ええい!小賢しい!こうなりゃ数で押し切ってやらぁっ!」
ヤケを起こした明石町が両手を空中に掲げると、空中に数多くの種類の爆弾が精製された。
「あばよ!今度こそ消し炭にしてやる!喰らいやがれ!」
「やれやれ、芸の無い奴だ。」
「何度やっても無駄だというが分からんのか。」
爆弾の雨が自分達に降り注ぐ前に、ワイバーンコンビは口から氷の吐息を吹きかけ、それらを全て凍らせる。
「す、すごい……!」
二人の技の見事な連携と技のキレに、兄弟は逃げることも忘れ、ただ見とれていた。
「んぎゃああああっ!いでででっ!つめだだだだだだっ!」
相手にお見舞いするつもりだった爆弾の雨を、逆に利用されて氷の飛礫に変えられ、自分がダメージを受けてしまっている明石町。
その姿は何とも間抜けである。
「ク、クソッ!こうなったら特大のブツでもおみま……」
飛礫になんとか耐え切り、明石町は切り札である特大爆弾を召喚しようとする。
しかし、そこまで彼に行動を起こさせるほどワイバーンコンビは甘くない。
「行くぞ!」
「ああ!」
ワイバーンコンビは二人で明石町を前後に挟み撃ちする体勢を取り、前に居る方は右腕を、後ろにいる方は左腕を上げた。
「い、一体何のマネだ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
すると、下から猛吹雪が明石町を巻き上げ、高く打ち上げる。
「セェイッ!」
「ドウッ!」
ワイバーンコンビは阿吽の呼吸で羽ばたいて上昇し、真っ直ぐに明石町に突進していった。
そして、上げていた腕をラリアットの形にして彼の喉元へと振り下ろす!
「ヘイル…」
「ボンバーーーッ!」
「ギョブァァァーーーーーッ!!!!」
華麗なクロスボンバーを決められた明石町は気絶し、地面へと墜落してゆく。
そして、腹側から地面に激突してめり込んだ。
「さて、終わったな。」
「うむ。」
敵を倒し終えたワイバーンコンビはゆっくりと地面に降り立ち、兄弟の元へと歩み寄る。
「もう大丈夫だ。」
「安心してくれ。」
ワイバーンコンビは、戦いのときに見せていた険しい顔つきから、優しい微笑みで兄弟に語り掛けた。
凛々しくも、温かい笑顔に幼い兄弟は心を打たれて顔を赤らめる。
「た、助けてくれて、ありがとうございますっ!」
「お姉さんたち、すごく、かっこ良かった!」
「そうかそうか、照れるな。」
「君達、見たところ冒険者みたいだね。一体何をしにここに来たんだ?」
「それは…」
ルーブは依頼でここに宝石を取りに来たこと、この依頼が終われば自分達は晴れてEランクの冒険者になれることを伝えた。
すると、ワイバーンコンビはお互いに顔を合わせた後、頷く。
「分かった。わざわざこんな危ない場所までよく頑張って来たな。」
「ここは今みたいな悪い奴だけじゃなくて、男の子を見ると襲ってくる危ない魔物も沢山いるからな。早いうちに帰った方が良いぞ。」
「で、でも…さっき宝石が吹き飛んじゃったから…また探さないと…」
「そうか…それなら…」
ワイバーンコンビの片方が、自分の耳に付けていたイヤリングにぶら下げてあるリピスラズラパールを取った。
先程ルーブが発見したものよりも大粒だ。
「お姉さんの持っているやつをあげよう。とっても大きいから依頼した人も喜ぶと思うぞ。」
「わぁ……!」
「すごい……!」
彼女が持っているリピスラズラパールを見て、二人は感嘆の息を漏らす。
「本当に…貰っちゃって良いの…?」
「別に構わないよ。これはお姉さんが持っているよりも、君達の様な頑張る人にあげた方が良いと思うんだ。」
ルーブの手に、ワイバーンの持っていたリピスラズラパールが乗せられる。
この時のものは兄弟にとって、これまでに見てきた宝石の中でも一番の輝きを放っていた。
「ありがとうっ!お姉さん!」
「お礼が言いたいのはこっちも同じさ。」
「何せ、久しぶりにとっても勇気のある人と出会えたからね。そう、そこのキミ達。」
「えっ?」
「俺達が?」
宝石を渡していない方のワイバーンが兄弟を指差す。
「あの時君は、悪い奴から弟君を守ろうとしたわけだろう?」
「そうだけど…」
「弟君の方も、そんなお兄ちゃんを助けようとした訳だ。二人とも、本当に仲が良いんだね。」
「う、うん…僕、お兄ちゃんのこと本当に大好きだから…」
「俺も、ルーブのこと…大好きだし…」
兄弟仲の良さを、宝石を渡した方のワイバーンに指摘され、赤面する二人。
その心境には嬉しさと羞恥心が入り混じっている。
「人を守るために恐ろしい相手に立ち向かうなんて、誰でもできることじゃない。そんなすごいことを君達はやったんだ。」
「この調子で、兄弟仲良く頑張るんだよ。」
「うんっ!」
「分かった!」
元気いっぱいな返事を受け取ったワイバーンコンビは、良い物を見たような顔になる。
「お姉さんたちはここで失礼させて貰う。」
「気を付けて帰るんだよ。」
「さよな…ちょっと待って!」
何かを思い立ったように、ソロが彼女達に駆け寄る。
「何だ?」
「また…会えるかな…?」
「大丈夫。きっと会えるさ。」
ワイバーンコンビに頭を撫でられるソロ。
並大抵の少年なら羨ましくって仕方がないだろう。
「さ、行こうか。姉さん。」
「ああ。また会える日を楽しみにしているよ。君達。」
「じゃあねー!」
「お姉さんたちも気を付けてね〜!」
息を合わせて空高く舞い上がるワイバーンコンビを、幼い兄弟はいつまでも見送った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ハァ…ハァ…ハァ……クソッ!」
一方、明石町は青い泥にまみれた状態でリピスラズラ台地を脱出しようとしていた。
ワイバーンコンビの目を盗み、その場から体を引きずって逃げ出したのはいいものの、彼女らとの戦いで魔力を使い果たしてしまい、爆竹一本すら作れない状態だ。
その為、魔物娘や野生動物に襲われてしまえば一巻の終わりである。
「俺は…こんなもんじゃ終わらねぇ…!世界の…支配者…主人公なんだ…」
「そこのお前!ノリオ・アカシチョウだな!」
「へっ!?」
鋭い怒号に驚いた明石町を、近世の歩兵の様な格好をした男と魔物娘達が取り囲んでいた。
彼らはゴンサクリ帝国のギルドに所属するギルドナイト、罪を犯した冒険者を逮捕することを職業としている者だ。
例えて言うなら警察に近い。
「ギルドナイトだ!84にも及ぶ罪状によりお前を逮捕する!」
「チッ!そう簡単に捕まってたまるか!」
明石町が隠し持っていた手榴弾を取り出し、ギルドナイト達に突き付ける。
「俺は!この世界の主人公だッ!てめぇらモブにそう簡単にやられる訳が…ギャアアアアッ!?」
高らかに宣言する彼の肩に、黒色の鳥のツメが食い込んだ。
「ヒャッハァー!男みーっけ!」
明石町に掴みかかったのはい雷を操る鳥の魔物娘、サンダーバードだった。
様子からしてかなり男に飢えていたようで、足の爪にかなり力がこもっている。
「なんだっ!テメェッ!クソ!離しやがれ!」
手にある手榴弾の存在をも忘れ、明石町はサンダーバードを振りほどこうと必死になって暴れる。
「ハッ!そうだ!手榴弾があったんだ!コイツでもくら…」
だがしかし、気が付いた瞬間には頼みの綱である手榴弾は手からスルリと落ちてしまった。
「畜生!そんなのありか!?おい、ギルドナイト共!あんたらは冒険者の味方なんだろ!?だったら俺を助けろよ!早くしろ!俺が誰だか分かってァァァアァァァーーーーーーッ!」
恥もへったくれも無い懇願もギルドナイトには届かず、明石町は飢えたメス鳥に空の彼方へ呆気なく連れ去られてしまった。
「隊長殿、奴を追わなくて良いのですか?」
「さっきはそう思ったが、自然を荒らしていた者には自然による報いを受けた方が良いと思ってな…奴は崖から落ちて死亡したということにしてくれ。」
「分かりました。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
それから、数年後。
リピスラズラ台地の洞窟に作られた家。
「なぁ、これはあの時の二人ではないのか?」
「どれ……おぉ!」
ワイバーンコンビは気まぐれで訪れたゴンサクリ帝国で買った新聞を読んでいた。
「お手柄!若き冒険者兄弟、誘拐された王国の姫を助け出す!……やるじゃないか。」
「素質はあるとは思っていたが、ここまでのものとはな。」
二人が見ている写真には、救出された双子の姫と美青年に成長したソロとルーブが写っている。
「王女を救出した褒美として、二人には姫との婚約を約束される予定…」
「くぅ〜っ!タイプだったのに〜っ!あの時付き合って番になっておけば…」
「落ち着け、姉さん。まだ続きがあるぞ。」
「続きだと?」
「…だったのだが、二人はその申し出を断った。彼ら曰く、私達には心に決めた方がおり、その方とお付き合いする予定とのことで、この会見が終わった後にプロポーズをしに行くとのこと。」
「なんだ、やはり先客がいたという事ではないか。」
「だが、あの二人の輝かしい成長ぶりを見れただけ徳だろう。」
「ハッハッハ。そうだな。」
紺色の木の実を齧りながらワイバーンコンビが談笑していると、扉を叩く音がする。
「む、客か?我々に用などとは一体……」
宝石を渡した方のワイバーンが扉を開けると、あの二人が立っていた。
「お久しぶりです。」
「貴方達をお迎えに参りました。」
ソロは情熱的な赤色、ルーブは吸い込まれそうな深い青色の、それぞれを象徴するような宝石があしらわれた指輪を持っている。
「これは…」
「一本取られてしまったな…。」
「あの時に助けて頂いて以来、一目惚れしてしまいました。」
「それで、貴方達に相応しい男になるべく、精一杯努力したのです。」
「「どうか、」」
「僕と」
「俺と」
「「結婚してください!」」
自分達にも負けないくらい、息ピッタリな告白を受けたワイバーンコンビの心は鷲掴みにされた。
「もちろん。」
「喜んで。」
リピスラズラ台地は、ただいま春真っただ中だ。
至る所で花が咲き始めているが、この洞窟の中の物も咲き始めたようだ。
「愛」という大輪の花が。
その国は貧しいながらも王や民たちは暖かい心の持ち主で、皆が助け合って生きています。
ある日、彼らが真面目に頑張って働いている姿を見た神様が王様の前に現れてこう言ました。
「お前とお前の国の者達は、苦しい思いをしながらも、めげすに生きている。なんと素晴らしいことか。褒美として、私から良い物をくれてやろう。」
神様は王様に、一つの大きな袋を渡しました。
「これは魔法の石の種だ。畑に蒔いておくと、一晩で実が成る程大きくなる。実の中には魔法の石がぎっしり詰まっておって、それは万病に効く薬にもなるし、鋼に練り混めば強い剣や鎧ができて、高く売れる宝石にもなる。」
「そんなに良いものを、ワシに下さるのですか。」
「そうだ。だがしかし、一つだけ約束がある。まず、石を使った物を作る時は、必ずこの国の者達の手で作ること。もう一つ、人に対する思いやりと優しさを忘れないことだ。」
神様は王様と国の民たちにそう言うと、天へ帰っていきました。
種を貰った王様は、さっそく国の民に種を蒔かせました。
種はすくすくと育ち、次の日には実を付けています。
その実の中を割ってみると、青い宝石が詰まっていました。
これが、魔法の石でした。
国の民たちは、神様に言われた通りに魔法の石を砕いて飲むと、どんな病人もたちまち元気になり、鋼に練り込めば、ドラゴンの鱗ですら切り裂く強い剣とバフォメットの魔法ですら効かない頑丈な鎧ができ、行商人に売ればたくさんのお金を貰えました。
これには王様と国の民達は大喜びです。
そして、魔法の石のお陰で国はとても大きく豊かになりました。
しかし、王様や国の民達は、皆と仲良く暮らすことよりも、魔法の石で国を豊かにすることしか考えていませんでした。
近くの小さくて弱い国を滅ぼし、そこの人達を奴隷にして、魔法の石とそれからできるものを作らせ、自分達は遊んで暮らすようになったのです。
それを見た神様は大変怒り、王様の前に現れました。
その時、王様は、家来達と一緒に宴会を開いて呑気に笑っています。
「おお、神ではないか。久しぶりじゃのう。」
「お前はあの時の約束を破ったな。」
「約束?そんなものをワシはしたのか?」
「ああ、確かにしたぞ。だがしかし、お前はそれを破った。私を裏切ったのだ。」
「裏切る?ほっほっほ、何を馬鹿な事を言っておるんじゃ?それよりも、魔法の石の種が無くなりそうで困っておる。早く種を寄越せ。」
王様のあまりにも乱暴な態度に、神様はとても怒りました。
「ええい!そんなに魔法の石が欲しければ、お前達がなってしまえ!」
怒り狂った神様が呪文を唱えると、王様と家来達、その場にいた芸人、踊り子は魔法の石に変わってしまいました。
しかし、神様の怒りは治まらず、お城も、国の民達も、国に生えている草や木、牛や馬、地面まで、国をまるごと魔法の石に変えてしまったのです。
魔法の石に変えられてしまったこの国は、二度と元に戻ることはなかったそうな。
〜親魔国ゴンサクリ帝国に伝わる御伽話〜
青、青、青…
地面、そこから生えている結晶、草木…全てが真っ青だ。
冷涼な高地に位置する親魔国、ゴンサクリ帝国。
この国に存在する奇界「リピスラズラ台地」は、土壌から鉱物、そこに自生している植物まで青い。
そのことから、ある国の王の横暴に怒った神が、王を王国と丸ごと青い宝石に変えてしまったものがここのルーツだという御伽話も生まれている。
リピスラズラ台地の土壌には謎の青い物質が存在しており、この土地にあるものが青い色をしているのもそれの影響だ。
この物質だが、魔力を吸収して特殊な養分やミネラルに変える性質があり、そのお陰で多くの魔物がいるゴンサクリ帝国の隣に存在しても土地が魔界化しないのである。
また、リピスラズラ台地には何故か魔界でしか生育しない植物と、魔界では生育できない植物が同時に生えているのだが、これも青い物質によるものだろう。
とにかく、ここは特別な環境だ。
独特な進化を遂げた生物や魔物が多く生息しているため、観光客や研究機関の調査員といった多くの者が訪れている。
そして、それらの次に多いのが冒険者だ。
ここは良質な宝石や薬草が多く採れるため、駆け出しの冒険者からプロまで幅広い層に依頼が舞い込んでくることが多いのである。
「お兄ちゃん、あった?」
「うーん…なかなかないなー…」
深い青色の岩壁にツルハシを振るう二人の少年。
この二人は見習い冒険者の兄弟で、活発そうな筋肉質の方が兄「ソロ」、気弱で中性的な雰囲気の方が弟「ルーブ」。
宝石の納品依頼を受けた二人は、この時いつもよりマジメに作業に打ち込んでいた。
二人の所属しているギルドでは自分のランクと同じレベルの依頼を達成した回数により昇進が決まって来る。
例えば、Cランクの冒険者であればCランクの依頼を200件こなせば上のBランクに昇格できるのである。
この二人は最低ラインのFランクで、依頼を10件こなせばやっと一般レベルであるEランクに昇格できる。
今、二人が受けている依頼はその10件目だ。
「えいっ!あっ!」
「どうした?ルーブ。」
「お兄ちゃん!見て!出たよ!」
大粒の真珠のような宝石、リピスラズラパールをルーブは高々と掲げる。
「おおっ!本当だ!やるじゃんか!ルーブ!」
「うん!」
探し求めていた物をついに見つけた事で二人は歓喜した。
これでやっと自分達も一人前の冒険者として認められる。
その希望が二人の心の中に溢れ返っていた。
「よし!あとはこのまま報告だな……ッ!」
突如、横からダイナマイトが火花で軌跡を描き、二人に飛んできた。
「ルーブ!伏せろ!」
「えっ……!」
それに気づいたソロは、咄嗟にルーブの体を掴んで地面に伏せさせる。
その時に、持っていたリピスラズラパールが吹っ飛んでしまった。
「あっ!ほ、宝石がっ!」
「止せ!死ぬぞ!」
吹っ飛んでしまった宝石を取りに行こうとするルーブを阻止するソロ。
彼の判断は正しく、それが転がって行った方では大爆発が起きた。
もし、ルーブが取りに行っていれば彼の命は無かっただろう。
「ヘッヘッヘ、大漁大漁〜!」
ダイナマイトを投げ入れた主は、派手なメガネを掛けた太った男、本名:明石町則夫(あかしちょう のりお)だった。
彼は現代から来た転生者で、かつては大物芸能人の明石町めんまの息子だったが、刹久朱(せっくす)県のビーチで暴行事件を起こしてしまったことで父の怒りを買って勘当されてしまった。
(暴行事件の真相について知りたい方は、魔物娘奇想天外!本編の「水中を切り裂く銀色の閃光」を読んで欲しい。)
しかし、失意のまま街中をフラフラ彷徨っている際、謎の黒づくめの男により魔力で爆弾を精製できるチート能力を付与されて図鑑世界に召喚されたのだ。
爆弾精製能力を手にした彼はゴンサクリ帝国のギルドで異例のスピード出世を果たし、たった一ヶ月でBランクに昇進した。
ギルド内での彼の評判は良いが、それは上っ面だけで、実際はこの台地に生息する弱い魔物を爆弾でいたぶったり、希少動物を密猟するなどの悪行に手を染めている。
彼が中でも好んでいるのが、強力な爆弾で岩壁を爆破して違法な採掘を行う事だ。
本来、爆弾を使った採掘はここでは違法なのだが、彼はギルドの目を潜り抜けてコソコソと行っている。
「さーて、どれぐらい採れるかなぁ〜?ん?」
明石町が瓦礫の山に目配せをしようとすると、伏せていた兄弟と目が合ってしまった。
「お〜、目撃者が居やがったか〜」
ニタニタと下品な笑みで兄弟に詰め寄る明石町。
威嚇するように大股で近づく彼に、ルーブは恐怖心を覚える。
怯える彼を庇う為に、ソロが前に出て両手を広げた。
「見たところFランの雑魚だな。ゲヘヘヘヘッ、Bランクの先輩が一つアドバイスをしてやる。」
脂ぎった明石町の手に手榴弾が出現し、小気味良い音を立ててピンが抜かれる。
「冒険者には運も必要なんだぜ。だが、お前らはそれすら持ち合わせていねぇカスだ!カスに冒険者なんてやる資格は…」
歯クソの付いた汚い歯を浮かび上がらせた醜い表情を浮かべ、明石町は手榴弾を二人に投げつけた。
「ねェんだよ!くたばりやがれ!クソガキがァッ!」
「くっ!ルーブ!お前だけでも逃げろ!」
「で、でも!」
「良いから!早く!」
大好きなお兄ちゃんを見捨てて逃げ出したくはない。
一つ余ったクッキーをくれた。
いじめっ子からいつも自分を庇ってくれた。
落としたお母さんの手袋を一緒に探して見つけてくれた。
そんな、優しくて、温かい兄と、別れてしまうのなんて嫌だ。
だから、せめて、最後は…
僕がお兄ちゃんを助けたい。
「……ごめん!お兄ちゃん!」
「ル、ルーブ!何を……!」
ルーブはソロを突き飛ばし、自身を前に立ち塞がらせた。
「今まで、ありがとう…お兄ちゃんと一緒にいられて…本当に…幸せだった。」
「ルーブ!やめろ!お前が居なくなったら……!」
「僕だって、お兄ちゃんが居なくなるのは辛い。だから…せめて…お兄ちゃんだけでも生きてね…」
笑顔で涙を流し、ソロの方を向くルーブ。
今の彼には堅い意志が宿っていた。
命に代えてでも、兄を守るという意思が。
「ルーブ!ルーー……!?」
もうダメかと思われたその時、二つの影にによってルーブとソロはそれぞれ抱きかかえられ、爆弾の衝撃と爆風がこない場所に移された。
「大丈夫か?」
「怪我はないか?」
二人を助け出したのは二人のワイバーンだった。
体は甲殻ではなく白い毛に覆われ、頭から群青色の二本の角が伸び、手足と尾に鋭い棘が生えている。
「あん?なんだてめぇ!人の楽しみを邪魔すんじゃねぇよ!」
「弱い者イジメとは卑劣な奴だな。」
「全く、男の風上にも置けん。」
「テメェ!許さねぇ!さっきのガキとまとめてチリにしてやらぁ!」
怒った明石町は両手にダイナマイトの束を精製し、ワイバーンコンビに投げつけた。
しかし、それをワイバーンコンビは軽く掴み取り、目にもとまらぬ速さで翼の風邪きり羽根の部分で小突く。
すると、たちまちダイナマイトは凍り付いて粉々に砕け散ってしまった。
「なっ!?ええい!小賢しい!こうなりゃ数で押し切ってやらぁっ!」
ヤケを起こした明石町が両手を空中に掲げると、空中に数多くの種類の爆弾が精製された。
「あばよ!今度こそ消し炭にしてやる!喰らいやがれ!」
「やれやれ、芸の無い奴だ。」
「何度やっても無駄だというが分からんのか。」
爆弾の雨が自分達に降り注ぐ前に、ワイバーンコンビは口から氷の吐息を吹きかけ、それらを全て凍らせる。
「す、すごい……!」
二人の技の見事な連携と技のキレに、兄弟は逃げることも忘れ、ただ見とれていた。
「んぎゃああああっ!いでででっ!つめだだだだだだっ!」
相手にお見舞いするつもりだった爆弾の雨を、逆に利用されて氷の飛礫に変えられ、自分がダメージを受けてしまっている明石町。
その姿は何とも間抜けである。
「ク、クソッ!こうなったら特大のブツでもおみま……」
飛礫になんとか耐え切り、明石町は切り札である特大爆弾を召喚しようとする。
しかし、そこまで彼に行動を起こさせるほどワイバーンコンビは甘くない。
「行くぞ!」
「ああ!」
ワイバーンコンビは二人で明石町を前後に挟み撃ちする体勢を取り、前に居る方は右腕を、後ろにいる方は左腕を上げた。
「い、一体何のマネだ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
すると、下から猛吹雪が明石町を巻き上げ、高く打ち上げる。
「セェイッ!」
「ドウッ!」
ワイバーンコンビは阿吽の呼吸で羽ばたいて上昇し、真っ直ぐに明石町に突進していった。
そして、上げていた腕をラリアットの形にして彼の喉元へと振り下ろす!
「ヘイル…」
「ボンバーーーッ!」
「ギョブァァァーーーーーッ!!!!」
華麗なクロスボンバーを決められた明石町は気絶し、地面へと墜落してゆく。
そして、腹側から地面に激突してめり込んだ。
「さて、終わったな。」
「うむ。」
敵を倒し終えたワイバーンコンビはゆっくりと地面に降り立ち、兄弟の元へと歩み寄る。
「もう大丈夫だ。」
「安心してくれ。」
ワイバーンコンビは、戦いのときに見せていた険しい顔つきから、優しい微笑みで兄弟に語り掛けた。
凛々しくも、温かい笑顔に幼い兄弟は心を打たれて顔を赤らめる。
「た、助けてくれて、ありがとうございますっ!」
「お姉さんたち、すごく、かっこ良かった!」
「そうかそうか、照れるな。」
「君達、見たところ冒険者みたいだね。一体何をしにここに来たんだ?」
「それは…」
ルーブは依頼でここに宝石を取りに来たこと、この依頼が終われば自分達は晴れてEランクの冒険者になれることを伝えた。
すると、ワイバーンコンビはお互いに顔を合わせた後、頷く。
「分かった。わざわざこんな危ない場所までよく頑張って来たな。」
「ここは今みたいな悪い奴だけじゃなくて、男の子を見ると襲ってくる危ない魔物も沢山いるからな。早いうちに帰った方が良いぞ。」
「で、でも…さっき宝石が吹き飛んじゃったから…また探さないと…」
「そうか…それなら…」
ワイバーンコンビの片方が、自分の耳に付けていたイヤリングにぶら下げてあるリピスラズラパールを取った。
先程ルーブが発見したものよりも大粒だ。
「お姉さんの持っているやつをあげよう。とっても大きいから依頼した人も喜ぶと思うぞ。」
「わぁ……!」
「すごい……!」
彼女が持っているリピスラズラパールを見て、二人は感嘆の息を漏らす。
「本当に…貰っちゃって良いの…?」
「別に構わないよ。これはお姉さんが持っているよりも、君達の様な頑張る人にあげた方が良いと思うんだ。」
ルーブの手に、ワイバーンの持っていたリピスラズラパールが乗せられる。
この時のものは兄弟にとって、これまでに見てきた宝石の中でも一番の輝きを放っていた。
「ありがとうっ!お姉さん!」
「お礼が言いたいのはこっちも同じさ。」
「何せ、久しぶりにとっても勇気のある人と出会えたからね。そう、そこのキミ達。」
「えっ?」
「俺達が?」
宝石を渡していない方のワイバーンが兄弟を指差す。
「あの時君は、悪い奴から弟君を守ろうとしたわけだろう?」
「そうだけど…」
「弟君の方も、そんなお兄ちゃんを助けようとした訳だ。二人とも、本当に仲が良いんだね。」
「う、うん…僕、お兄ちゃんのこと本当に大好きだから…」
「俺も、ルーブのこと…大好きだし…」
兄弟仲の良さを、宝石を渡した方のワイバーンに指摘され、赤面する二人。
その心境には嬉しさと羞恥心が入り混じっている。
「人を守るために恐ろしい相手に立ち向かうなんて、誰でもできることじゃない。そんなすごいことを君達はやったんだ。」
「この調子で、兄弟仲良く頑張るんだよ。」
「うんっ!」
「分かった!」
元気いっぱいな返事を受け取ったワイバーンコンビは、良い物を見たような顔になる。
「お姉さんたちはここで失礼させて貰う。」
「気を付けて帰るんだよ。」
「さよな…ちょっと待って!」
何かを思い立ったように、ソロが彼女達に駆け寄る。
「何だ?」
「また…会えるかな…?」
「大丈夫。きっと会えるさ。」
ワイバーンコンビに頭を撫でられるソロ。
並大抵の少年なら羨ましくって仕方がないだろう。
「さ、行こうか。姉さん。」
「ああ。また会える日を楽しみにしているよ。君達。」
「じゃあねー!」
「お姉さんたちも気を付けてね〜!」
息を合わせて空高く舞い上がるワイバーンコンビを、幼い兄弟はいつまでも見送った。
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「ハァ…ハァ…ハァ……クソッ!」
一方、明石町は青い泥にまみれた状態でリピスラズラ台地を脱出しようとしていた。
ワイバーンコンビの目を盗み、その場から体を引きずって逃げ出したのはいいものの、彼女らとの戦いで魔力を使い果たしてしまい、爆竹一本すら作れない状態だ。
その為、魔物娘や野生動物に襲われてしまえば一巻の終わりである。
「俺は…こんなもんじゃ終わらねぇ…!世界の…支配者…主人公なんだ…」
「そこのお前!ノリオ・アカシチョウだな!」
「へっ!?」
鋭い怒号に驚いた明石町を、近世の歩兵の様な格好をした男と魔物娘達が取り囲んでいた。
彼らはゴンサクリ帝国のギルドに所属するギルドナイト、罪を犯した冒険者を逮捕することを職業としている者だ。
例えて言うなら警察に近い。
「ギルドナイトだ!84にも及ぶ罪状によりお前を逮捕する!」
「チッ!そう簡単に捕まってたまるか!」
明石町が隠し持っていた手榴弾を取り出し、ギルドナイト達に突き付ける。
「俺は!この世界の主人公だッ!てめぇらモブにそう簡単にやられる訳が…ギャアアアアッ!?」
高らかに宣言する彼の肩に、黒色の鳥のツメが食い込んだ。
「ヒャッハァー!男みーっけ!」
明石町に掴みかかったのはい雷を操る鳥の魔物娘、サンダーバードだった。
様子からしてかなり男に飢えていたようで、足の爪にかなり力がこもっている。
「なんだっ!テメェッ!クソ!離しやがれ!」
手にある手榴弾の存在をも忘れ、明石町はサンダーバードを振りほどこうと必死になって暴れる。
「ハッ!そうだ!手榴弾があったんだ!コイツでもくら…」
だがしかし、気が付いた瞬間には頼みの綱である手榴弾は手からスルリと落ちてしまった。
「畜生!そんなのありか!?おい、ギルドナイト共!あんたらは冒険者の味方なんだろ!?だったら俺を助けろよ!早くしろ!俺が誰だか分かってァァァアァァァーーーーーーッ!」
恥もへったくれも無い懇願もギルドナイトには届かず、明石町は飢えたメス鳥に空の彼方へ呆気なく連れ去られてしまった。
「隊長殿、奴を追わなくて良いのですか?」
「さっきはそう思ったが、自然を荒らしていた者には自然による報いを受けた方が良いと思ってな…奴は崖から落ちて死亡したということにしてくれ。」
「分かりました。」
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それから、数年後。
リピスラズラ台地の洞窟に作られた家。
「なぁ、これはあの時の二人ではないのか?」
「どれ……おぉ!」
ワイバーンコンビは気まぐれで訪れたゴンサクリ帝国で買った新聞を読んでいた。
「お手柄!若き冒険者兄弟、誘拐された王国の姫を助け出す!……やるじゃないか。」
「素質はあるとは思っていたが、ここまでのものとはな。」
二人が見ている写真には、救出された双子の姫と美青年に成長したソロとルーブが写っている。
「王女を救出した褒美として、二人には姫との婚約を約束される予定…」
「くぅ〜っ!タイプだったのに〜っ!あの時付き合って番になっておけば…」
「落ち着け、姉さん。まだ続きがあるぞ。」
「続きだと?」
「…だったのだが、二人はその申し出を断った。彼ら曰く、私達には心に決めた方がおり、その方とお付き合いする予定とのことで、この会見が終わった後にプロポーズをしに行くとのこと。」
「なんだ、やはり先客がいたという事ではないか。」
「だが、あの二人の輝かしい成長ぶりを見れただけ徳だろう。」
「ハッハッハ。そうだな。」
紺色の木の実を齧りながらワイバーンコンビが談笑していると、扉を叩く音がする。
「む、客か?我々に用などとは一体……」
宝石を渡した方のワイバーンが扉を開けると、あの二人が立っていた。
「お久しぶりです。」
「貴方達をお迎えに参りました。」
ソロは情熱的な赤色、ルーブは吸い込まれそうな深い青色の、それぞれを象徴するような宝石があしらわれた指輪を持っている。
「これは…」
「一本取られてしまったな…。」
「あの時に助けて頂いて以来、一目惚れしてしまいました。」
「それで、貴方達に相応しい男になるべく、精一杯努力したのです。」
「「どうか、」」
「僕と」
「俺と」
「「結婚してください!」」
自分達にも負けないくらい、息ピッタリな告白を受けたワイバーンコンビの心は鷲掴みにされた。
「もちろん。」
「喜んで。」
リピスラズラ台地は、ただいま春真っただ中だ。
至る所で花が咲き始めているが、この洞窟の中の物も咲き始めたようだ。
「愛」という大輪の花が。
19/02/17 14:26更新 / 消毒マンドリル
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