連載小説
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反魔物領でお茶会を(中編)
「こ、こちらこそよろしくお願いします」

改めて白澤先生に挨拶を返した僕だったが、少し違和感を覚えていた。僕が想像していたのは、もう少し年配の先生だったからだ。権威と言うからには、少なくとも魔物を十何年かは研究していそうなものだが、目の前にいる白澤先生はどう見ても20代前半にしか見えない。

「…………」
「高遠くん? 私の胸に何か付いていますか?」
「あ! す、すみません!」

無意識のうちに、白澤先生の胸元を見ていたことに気付き、僕は慌てて顔を背けた。背の低い僕が考えこんで固まっていたので、たまたま白澤先生の胸の方に目線が合ってしまっていただけなのだが、女性にしてみれば愉快ではないだろう。

「まあまあ。彼も年頃の男性なのだ。許してやってくれたまえ。彼は私といるときも、私のこの胸ばかり見てくるのだ。そんなに好きなのなら、頼めば直に見せてやらないこともないのだがね」
「そ、そんなこと……」
「まあ、高遠くんはおっぱい好きなんですね。私も見られて嫌というわけではありませんから、好きなだけ竹子さんのと見比べていただいて結構ですよ。何なら触ってみますか?」
「…………」

年上の美女2人にからかわれ、またしても僕は顔を赤くしてしまった。いや待て、そんなことを言っている場合じゃない……

「あ、あのっ!」

僕は顔を上げ、白澤先生の方に向かって言った。

「白澤先生は、魔物の弱点について教えてくださると……」
「静です」
「え……?」
「静、でいいですよ」
「……し、静先生は、魔物の弱点について僕達に教えてくださると聞いたんですが、本当ですか?」
「ええ、もちろんです」
「えっと、それは……」
「2人とも、いい加減に座りたまえ。いつまで立ち話をしているつもりだ?」
「「あ……」」

竹子さんに促され、僕と静先生は座席に座った。さらに何か注文するように竹子さんに言われたので、ココアを頼んだ。ここの紅茶は美味しいのだが、もう夜なので眠れなくなると困る。
ココアを飲んで人心地付いたところで、僕は改めて静先生に質問をした。

「ええと、しら……静先生は、どちらで魔物の研究をなさっているんですか? 竹子さんから聞いたんですが、魔物学の権威だとか……」

別に竹子さんが紹介してくれた人を疑うわけではないのだが、気になる点ははっきりさせておきたかった。二十何人もの人に時間を取ってもらって講習会を開くわけだから、講師の人の素性を確かめるぐらいは、幹事の責任だろう。

「まあ、権威だなんて……まだ駆け出しの研究者です。本当なら、まだ人様にものを教えるなんておこがましいのですけれど……」

そう答えると、静先生はS大学の准教授という身分証を僕に見せてくれた。どうやら、身分を疑う余地はなさそうだ。しかし……

「S大学……静先生って、S県に住んでらっしゃるんですか?」
「そうですよ」
「S県って親魔物領ですよね? 危険なんじゃ……」

心配する僕に、静先生は真剣な顔で言った。

「確かに危険はあります。しかし、魔物を知るには魔物に近づかなくてはなりません」
「静先生……」
「高遠くん……静先生はね、前々から人間が魔物に怯えなくて済む社会を作ろうとお考えなんだ。そのために危険を承知で、親魔物領で活動をされている。そして今回は、T市を守ろうという我々の志を汲んで、無料で講習を引き受けてくださったのだ。これほどの厚意を無にする手はないぞ」
「はい」

僕は大きく頷いた。最早迷うことはなかった。

…………

翌日、僕は地元の公民館を1時間200円で予約し、名簿の人達に案内を出した。
そしてその次の土曜日、公民館の研修室で、静先生の第一回目の講義が始まったのだった。

僕を含む20数人の受講者(全員男で、僕を入れてほとんどが童貞)の前に立った静先生は、簡単に自己紹介をした後、僕達に問いかけた。

「皆さん、魔物は恐ろしいですか?」

全員が頷く。当たり前だ。魔物なんて怖くないと意地を張るぐらいなら、この講習会に最初から出てきていない。
僕を入れた全員が肯定したのを見て、静先生も頷いた。

「分かります。魔物は人間より遙かに強くて、襲われたら一溜りもありませんよね。しかし……」

静先生は一度間を置き、全員の顔を見回してから続ける。

「最近の研究で、魔物には苦手なものがあることが分かりました」
「苦手なもの?」
「何ですかそれは!?」

僕達は腰を浮かして静先生に問いかける。それを手で制し、静先生は言った。

「論より証拠です。竹子さん、例の映像を……」

アシスタントとして控えていた竹子さんは、部屋の灯りを消すとノートパソコンを操作し、プロジェクターから映像を映し始めた。全員の注目がスクリーンに集まる。

「あっ!」

映像は、のっけから衝撃的であった。それほど大きくない檻が映し出され、檻の中には全裸の男性が1人と……ウシオニがいるのが分かった。
ウシオニと言えば、魔物の中でも最も凶暴と言われる種族である。どんなに切り刻んでも倒すことができない、怪力の化け物。
そのウシオニと、人間が同じ檻の中にいる。次の瞬間にも人間は一溜りもなく喰い殺されてしまうのではないか。僕は戦慄を覚えた。

が、そのとき、人間の男性は信じ難い行動に出た。なんと、男性は自分の股間をいじり始めたのである。いわゆるオナニーだ。
そして、さらに目を疑うことが起きた。男性が自慰を始める同時に、ウシオニは不快そうに男から顔を背け、最後に液体が飛んでウシオニの顔にかかると、ウシオニは蜘蛛の体を裏返しにして倒れてしまったのである。

「ええーっ!?」
「な、なんで……?」

映像の中のウシオニは、8本の足をヒクヒクと痙攣させて悶絶している。僕達は驚くどころではなかった。
揃って口をあんぐりとさせる受講者達に、静先生は言った。

「意外に思われたでしょう? 魔物が苦手なものは、実は人間の男性の精だったのです。特に童貞の精は効果があると研究の結果が出ています。皆さんの力を合わせれば、魔物に勝つことができるのです。理解していただけましたか?」

僕達は、頷くしかなかった。

……………

衝撃のうちに、静先生の第一回目の講習は幕を閉じた。だがいくら魔物への対処法が分かっても、二十数人では数が足りなさ過ぎる。すぐに二回目の講習会を計画した僕は、一回目の受講者にも頼んで方々に声をかけてもらった。
すでに口コミが広がっていた結果(おそらく、静先生の容姿を含めてだろう)、二回目の講習には200人以上が押しかけることになった。もう研修室では入りきらない。大会議室を借り切って椅子をぎっしりと並べ、会場にした。

ひしめく聴衆を前に、静先生は悠然と講義を行う。


「グリズリーという魔物に遭遇した場合は、すぐに地面に横たわって死んだふりをしてください。立ったままだとグリズリーはすぐさま襲いかかってきます。死んだふりをすることで、グリズリーは相手への興味をなくし……」

「アラクネは人間に服を差し出してきます。これを拒絶したが最後、アラクネは相手の人間を糸でぐるぐる巻きにして殺してしまうのです。アラクネから服を渡されたら、速やかに受け取ってください。受け取った服をその場で着てしまえば最も安全です……」

「龍の弱点は、臀部の下あたりに1枚だけ生えている、逆さの鱗です。ここにそっと触れさえすれば、龍はたちまち力を失い、動けなくなって簡単に退治が……」

「マンドラゴラを見つけたときは、一刻も早く引き抜かなくてはいけません。マンドラゴラは地面に埋まった状態だと毒物を散布して人を苦しめます。それを防ぐためには、見つけたら直ちに素手で掴んで引き抜くしか……」

…………

「今回で、受講者はのべ500人を超えました」

3回目の講習が終わった後、僕は初めて訪れた竹子さんのマンションで、結果を報告していた。いつもは例の喫茶店で打ち合わせをしていたのだが、竹子さんは今日に限って、自分の部屋まで来るよう僕に言ってきたのである。

「ご苦労だったね、高遠くん。まあ飲みたまえ」
「あ、ありがとうございます」

前に置かれたティーカップを手に取り、竹子さんお手製の熱い琥珀色の液体を啜る。あの喫茶店のお茶に、勝るとも劣らない味だ。
初めて女性の部屋を訪れているという緊張と、今回の静先生の講習会の成果がもたらす高揚、2つが合わさり、僕は何とも形容し難い心持ちがしていた。

「ええと……」

ともかくも心を無理に落ち着け、竹子さんと静先生に報告する。

「今回は凄かったですよ……T市からだけじゃなくて、県庁所在地のK市からも聞きに来る人がいました。それも一般人だけじゃなくて、K市の助役さんまでです。講習が終わった後、その助役さんに会ったんですけど、必要なことがあればK市からも援助するって言ってくれて……やっぱりみんな、よっぽど魔物が怖いん……」
「ふっ、もういい」
「え……?」
「そんな話はどうでもいいと言っているんだ」

とっておきの報告を竹子さんに鼻で笑われ、僕は面食らった。

「どうでもいいって……」
「ごめんなさいね。今日は特別な訓練をするために、高遠くんに来てもらいました」
「特別な訓練……?」

オウム返しに静先生に聞き返す僕。静先生は続けて言った。

「はい。男性の精以上に、確実に魔物を仕留められる方法です」
「え……? そんなものがあるなら、僕一人に話すんじゃなくて、次の講演でみんなに話した方がいいんじゃ……?」
「駄目です」
「え……?」
「特別な訓練って言いましたよね? この方法を伝えられるのは1人だけなんです」
「? その方法って……?」

戸惑う僕に、静先生は真剣な表情で尋ねた。

「高遠くん、魔物と戦うために、どんな訓練でもできますか?」
「もちろんです」

僕は即答した。

「私の言うこと、全部実行できますか?」
「空を飛んだりはできませんけど、人間にできることなら」
「よかった……では、魔物の動きを封じるツボを教えます」
「ツボですか……」

ツボなら、合気道と柔術で多少心得がある。なんとか習得できるかも知れないと思った。

「どこです? そのツボは?」
「ここです。今から高遠くんには、このツボを刺激する術を学んでもらいます」

そう言って、静先生は自分の胸、いや正確には、鞠のように大きく膨らんだ乳房の先端を指さした。
16/06/28 00:38更新 / 水仙鳥
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■作者メッセージ
次回、白澤先生の個人授業です。もちろんアシスタントの竹子さんも加わります。

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