連載小説
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前編-開戦-
俺の住んでいる町は、仮にK県N町とでもさせてほしい。
自分の町なので何だが、正直言ってド田舎と言っていい地域だ。最近では商店や企業がそれなりにはあるが、未だに田んぼや森林が圧倒的に多くの面積を占めている。
加えて、全国レベルで知られるような特産品や伝統芸能があるわけでもないので、知名度も低い。まあ、K県以外のジパングの人100人に聞いても、99人はN町など知らないと答えるだろう。
そんな、どこにでもあるマイナーな自治体であるN町が今、ある危険に晒されていた。ある休日の昼下がり、俺は公園のベンチで友人と、その危機について意見を交わす。

「Y市の魔物が、ますます増えて来ている。どうやら全国の親魔物領から集まっているみたいだ」
「本当かよ……もしかして、このN町を狙ってるのかな?」
「間違いない。Y市に隣接する反魔物領の自治体は、もうこのN町しかないんだから」

申し遅れた。俺の名前は駒川 湊(こまがわ みなと)。都会の大学を卒業した後、地元に戻ってそこの中小企業に就職した、社会人1年生だ。
そして今、俺の隣に座って魔物の脅威をしきりに訴える長髪を束ねた男は、藤林 小太郎(ふじばやし こたろう)。歳は俺と同じ23歳で、アルバイトで生計を立てているということだった。彼とは3カ月ほど前、町のスポーツセンター(とは名ばかりの古びた体育館)で知り合い、以来意気投合してよく会っている。
知り合ってしばらくは、他愛ない話題で時間を潰すことが多い俺達だったが、隣町の反魔物領、Y市が魔物の手に堕ち、親魔物政策への転換を宣言してからは、何かとその話をするようになっていた。魔物が初めてジパングに現れて早数十年、国内の一部に親魔物の自治体ができ始めているとは言え、まだまだ魔物イコール人類の敵という考えは根強く残っている。
俺の地元であるK県はと言うと、元は全域が反魔物領だった。だが隣接する親魔物領のS県からの魔物の浸食が激しく、県境の自治体から次々と、反魔物政策の放棄を余儀なくされていった。そしてとうとう、このN町の番が来たというわけである。危機感も募ろうと言うものだ。

「この町が魔物に侵略されたら、どうなるんだろうな……」

俺は不安を口にした。俺自身はそこまで魔物に詳しいわけではなく、身近な人達の噂話やマスコミの記事、ネットの書き込み程度の情報しか持っていなかったが、異質な者達との邂逅に、楽観的な気持ちはどうしても持てなかった。

「侵略されたらどうなるかだって? 町が滅びるに決まってるだろ」
「え? さすがにそれは言い過ぎじゃ……?」

小太郎の、あまりと言えば絶望的な物言いに、俺は思わず疑問を呈した。

「言い過ぎなもんか。魔物は大っぴらには活動しないが、夜や人目に付かない場所では人間を襲って喰っているんだぞ。大量に移り住んで来たら、当然治安は崩壊する。人々は安心して生産活動に携われなくなり、経済も崩壊。人間はみんなどこかに逃げるか、貧しく息を殺して生活するようになるのが落ちだ」

まくしたてる小太郎。そこまでと思っていなかった俺は、息を呑んだ。

「じゃ、じゃあ、親魔物領になったS県やY市は……?」
「S県もY市も、もう駄目だ……魔物に喰い尽くされて荒廃するだけだろう」
「…………」

あまりのことに、俺は口が聞けなくなった。S県やY市の運命は、遠くない将来のN町の運命である。

「脅かすようなことを言って済まない、湊。でも、俺の故郷の町はもう……」
「小太郎……」

うつむく小太郎を、俺はじっと見た。
出会ってしばらくした頃、俺は小太郎の故郷の町が親魔物領になってしまい、彼が命からがらこのN町に逃げてきたことを聞いていた。だが、このN町ももはや、彼にとって安住の地ではなくなっている。

「小太郎……お前、どうするんだ? また引っ越すか?」
「いや、俺はもう逃げない。俺はここで魔物と戦う」
「えっ? 戦うって……」

意外なことを言い出した小太郎に、俺は面食らった。俺の知る限り、魔物の身体能力は人間を遙かに凌駕しており、まともにぶつかって渡り合うのは至難の業のはずであった。確かに小太郎は武道をかなりやっており、剣術や柔術は相当の腕前と聞いているが、無謀なことに変わりはないだろう。

「無茶だろ、それ……」
「湊、考えてもみてくれ」

小太郎がじっと俺の目を覗き込んでくる。ちなみに、俺の身長が165センチに対して小太郎は180をゆうに超えており、正面から向かい合うと妙な圧迫感がある。今は同じベンチに腰掛けているのでさほど目線の高さは違わないが、それでも気圧されるような気がして俺は少々のけぞった。

「俺は一度故郷の町を捨てて逃げている。今度N町から逃げたら二度目だ。二度あることは三度あるって言うだろ? 次の町でも魔物の脅威に怯えて暮らすのは御免だ」
「でも、だからと言って……」
「今のままでは、魔物がジパング全域に広がるのは時間の問題だ。そうなったらジパングそのものが滅びてしまう。そうなる前に、誰かがどこかで食い止めないといけないんだ」
「そのどこかが、このN町だと……?」
「そうだ。侵入してくる魔物を、実力行使で追い散らす」

大きく頷く小太郎。俺は少し考えた。
確かに、仮に反魔物領の町に逃げたとしても、いつそこに魔物が入り込むか分からないのである。一生逃げ続けるぐらいなら、伸るか反るかの勝負に出た方が後悔は少ないかも知れない。

「……いいだろ。でも勝ち目あるのか? たった2人で」
「一緒に戦ってくれるのか? 湊」

目を丸くして尋ねてくる小太郎に俺は言った。

「当たり前だろ。よそから来たお前が戦って、N町出身の俺が逃げたら格好付かないだろが」
「ありがとう……でも、2人だけで戦うつもりじゃないぞ。俺はN町の有志を募って、N町防衛隊を結成しようと思っている」
「なるほど。数を集めるわけだな。具体的にはどうやって募集しようか?」
「まずは湊、お前が周りの人達に呼びかけてくれ」
「お、俺が……?」
「ああ。お前は都会の大学を出たエリートだし、腕力だってこの町で1、2を争うぐらい強い。中心人物に据えるには打って付けだ」

俺ごときの学歴で、エリートなどとはおこがましい限りだったが、誰かが最初に呼びかけない限り、1人も集まらないのは当然である。俺が発起人をやるしかないだろうと思い直した。

「分かったよ。でも小太郎も知り合いを当たってくれよ」
「もちろんだ。それと、最初から武力で魔物から町を守るのが目的だと言わなくていい。最初は勉強会みたいな名目で集まってもらって、めぼしいのがいたら防衛隊に誘うんだ。防衛隊に入った人には、さらにその知り合いを当たってもらう」
「なるほど」

なんとなく、詐欺師っぽいやり口だと思わないでもなかったが、状況が状況である。手段にこだわってはいられなかった。
小太郎はさらに続ける。

「これだけだと、なかなか人数が増えないだろうから、ネットのSNSでも勉強会のメンバーを募集するぞ」
「え? SNSで? 大丈夫か?」

俺は訝しんだ。魔物だってネットぐらい見るだろう。募集状況が筒抜けになってしまうのではないだろうか。

「防衛隊を結成してるのが、魔物にばれたっていいんだよ」

小太郎は笑って言う。

「N町に備えがあるって分かれば、魔物達はびびって進撃を止めるかも知れないだろ? 何なら、実際の何倍もの人数が集まってるようにSNSで偽装したっていいんだ」

そういう考え方もあるのか。俺は頷いた。

こうして、俺と小太郎は早速、N町防衛隊の創設に動いた。最初は地道に数人ずつ集めては、町の施設を借りて勉強会を開く。その席で小太郎は、魔物がいかに人間に害を為すか、とうとうと語って参加者を震撼させた。
そして参加者の中から、体力とやる気がありそうな人物を1人ずつ防衛隊に誘っていく。始めは参加を了承する者、尻込みする者が半ばずつで、あまり人数が伸びなかったが、十数人集まる頃には口コミも広がっていたのか、だんだん参加者が増えていった。最後には、勉強会には参加せず直接防衛隊に志願してくる者もいたりして、都合100名近い男達が集まっていた。

「何とか集まった。よかった」
「ああ……それだけ、魔物への危機感が強まってるってことだろ」

募集が一段落して、俺達2人は小太郎のアパートでささやかな祝杯を上げた。防衛隊に十分な人数が集まる前に魔物が侵入してきて、全てが水泡に帰すという事態を俺は恐れていたのだが、とりあえずその最悪のケースは回避できた。

こうして、望み得る限りの人材を集めたN町防衛隊だったが、問題を2つ抱えていた。
まず1つ目は、魔物がいざN町に迫ってきたときの、隊員の集結の問題である。
集まった隊員のほとんどは、仕事や学校がある。いくらN町が反魔物領でも、魔物が攻め込んでくるまでずっと休んで、Y市との町境に貼り付くのは許されないだろう。否、例え全員が暇であったとしても、一箇所で集団生活をしながら、いつ来るか分からない魔物を待ち続けるような資金はなかった。
従って、隊員には普段通りの生活をしてもらい、魔物が攻めてきたら素早く集合して、侵攻してくるルート上に陣を敷かなければいけない。だがそれで迎撃が間に合うのか?

「心配はいらない」

懸念を伝える俺に、小太郎は言った。

「Y市には俺の放ったスパイがいて、魔物の動向を見張っている。魔物がY市の中心街を出発したときに、直ちに連絡してもらう手筈だ。Y市の中心街からN町に来るまでには時間がある。その間に隊員に一斉連絡して、自動車に分乗して集まればいい」
「マジかよ……用意周到だな」

俺は感心する。これで、集結の問題は解決した。魔物が攻めてくる時間帯によっては、職場や学校をどうしても抜けられない隊員も出るだろうが、何人かそういう人がいるのは仕方ないと割り切った。

2つ目は、武器の問題である。
ジパングでは、民間人の武装は厳しく制限されていて、専門の武器を大量に用意するのは困難を極める。だが前述の通り、身体能力で人間をはるかに上回る魔物を相手に、素手で挑むのは自殺行為であった。何か手に持たなければいけない。
俺と小太郎で相談した結果、自前で武器を用意できる人には用意してもらい、そうでない人にはホームセンターで長さ1メートル半弱(もっと長い方がいいのだが、自動車に積んで移動する必要性から、あまり長くできなかった)の鉄パイプを買ってきて配ることにした。もちろん防衛隊の予算などないので、鉄パイプを使う人には実費だけ出してもらうのである。

「湊は武器はどうするんだ?」
「ん〜家にあるやつから適当に見繕うわ」

実家に帰宅した俺は、何かないかと倉庫を漁った。大工道具でも、戦いに使えそうなものがあればあるもので、まずは重さ5キロほどの大きな木製のハンマーを使わせてもらうことにした。
それから、頑丈なシャベルを出して副武器にすることにした。縁に砥石をかけて、少しばかり切れ易くしたのは内緒だ。

人材、集結、武器、全ての課題がクリアされ、魔物迎撃の体制は整った。後は侵攻開始までの時間を有効に使うだけである。
俺達は休日に集まっては、申し訳程度の訓練をやった。
と言っても、俺達は公権力から認められた武装団体でも何でもないので、大人数が武器を振り回せば、凶器集合準備罪で一斉検挙される危険がある。訓練の内容は主に集結と体力作りであった。集結というのは、実際に魔物が攻めてきたと想定して、ランダムな時間に隊員に一斉にメールを送信して、所定の場所に集まる訓練である。始めのうちはうまくいかず、全員集合までに時間がかかったが、二度三度と繰り返すうちに時間は短くなった。

訓練の合間に、簡単な戦術も決めた。隊員の間でペアを決め、最低限その2人一組で戦うこと。それでもかなわなければ、ペア2つの4人で一匹の魔物を撃退すること。
それから、逃げ出した魔物には構わず、追いかけないことにした。相手が魔物とは言え、必要以上に傷付けないという配慮からだが、隊員が勝手に魔物を追跡することで陣形がバラバラになるのを防ぐ意味合いもある。

そして俺達は、ついに運命の日を迎えた。

ある日曜日の午後、俺は実家の一室に横たわり、体を休めていた。前日に訓練をやっていたため、今日は休養日である。このまま何事もなければ明日は普通に仕事だな、と考えていたときだった。
携帯電話に、メールの着信が入った。
見ると小太郎からだった。その内容に目を通すより早く、今度は電話の着信が伝えられる。

「俺だ。どうした?」
『魔物達が動き出した! N町目指して移動を始めてるぞ!』
「ついに来たか!」

俺は跳ね起きた。一刻の猶予もならない。とは言え、前々から想定し、対応を準備していた事態である。慌てる必要はなかった。むしろ休日の日中という、防衛隊員が集合しやすい時間帯に来てくれたのはラッキーだとさえ思った。

「分かった。集合場所は?」
『X地点だ。そこで魔物を迎え撃つ!』
「了解だ」

俺は身支度を整え、武器を車に積むと、直ちに発進した。すでに小太郎の送信した一斉メールにより、防衛隊の全員に急報が伝えられている。俺があらかじめ決められた隊員の自宅に迎えに行くと、すでに準備を整えた隊員が外で待っていた。
隊員を車に乗せ、さらに次の隊員の家へ。都合4人の隊員を拾い、俺はX地点へと急行した。

魔物がN町に侵入してくるルートは、前もっていくつか想定されていた。そして、どのルートから来るかによって、迎撃地点を変えることになっていたのである。X地点はそのうちの1つで、国道脇にある町外れの広い空き地だった。二十数台の車で集まるには手頃な場所だ。

俺がX地点に到着すると、すでに何台かの車が停まっており、小太郎始め十数人の隊員が待っていた。まだ魔物は来ていない。他の隊員の車は続々とやってくる。

「どうやら、間に合いそうだな」
「ああ、スパイから連絡あったぞ。もうしばらく猶予がありそうだ」

小太郎は道着に袴、おそらくは模造刀の大小を腰に差し、手には六尺棒を持っていた。他の隊員達も思い思いの格好である。俺はと言うと、動きやすいTシャツの上に防具代わりのライフジャケットを着けてきていた。傍から見たら珍妙な格好だろうが、機能重視だ。
やがて、隊員は1人も欠けずに全員集合した。俺は自分の受け持ちの部隊の隊員に声をかける。

「第1部隊、集合してください!」

N町防衛隊は、全体を3つの部隊に分けていた。第1部隊は俺、第2部隊は小太郎、そして第3部隊は地元の神社の息子である絹島(きぬしま)さんがそれぞれ率いている。(ちなみに一応、防衛隊全体の責任者は俺が兼ねることになっている)
3つに分かれた俺達は、X地点広場に陣形を組んだ。中央は俺、右翼が小太郎、左翼が絹島さんという配置である。

ちょうど陣形を組み終わったとき、ついに国道の先の方から、魔物が群を成して行進してくるのが見えた。

「来たぞ! 魔物だ!」

小太郎が叫ぶ。全員に緊張が走った。もちろん俺にもだ。
おびただしい数の魔物が国道を歩いてくる。人間の女性の姿をしているのは共通だったが、その姿形は千差万別だった。

獣のような耳や尻尾を持つもの。
巨大な蜘蛛の胴体を持つもの。
下半身が長い蛇になっているもの。
昆虫や蝙蝠、鳥のような羽を持つもの。

魔物に警戒心を持つ者にとっては、まさに百鬼夜行だった。

「あれと戦うのかよ……」

誰かが漏らした。無理もない。俺も腰が引けそうだった。
だが、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。俺は絹島さんに合図をして、神社から持ってきた太鼓を鳴らしてもらった。

トントン、トントントントン……

軽妙な太鼓の音が響き渡る。魔物達の注意がこちらに向いたのが分かった。
実のところ、俺は小太郎の言葉から、ある淡い期待を抱いていた。
N町との境界に武装した人間の集団がいて、侵入を阻止する構えを見せたら、魔物達は躊躇して引き返してくれるのではないかと思ったのである。
だが、そんな期待は木っ端微塵に砕け散った。魔物達は一切迷う素振りを見せず、国道を逸れてX地点へと入り込んできたのである。

「っ!!」

こうなったら覚悟を決めるしかない。魔物達は、青い肌に蝙蝠のような羽を持った魔物―確か、デーモンという種族だ―を先頭に、どんどん近づいてくる。数はおそらく100前後。防衛隊とほぼ同じだ。
俺は味方の陣の前に出て、最後の警告をしようとした。

「待て! お前ら止ま……」

だが、無駄だった。デーモンが右手を挙げるやさっと下ろし、それを合図に、魔物達が一斉にこちらに向かって突進してきたのである。

「くっ……話し合いもしないのかよ」
「駒川君! 射撃の許可を!」

見ると、弓道の名手である三岩(みついわ)さんが、先端に分銅を付けた矢を、和弓につがえていた。俺は間髪を入れずに叫ぶ。

「撃ってください!」

三岩さんの弓が満月のように引き絞られ、今にも矢が放たれようとした。ところがそのとき、何としたことか、魔物の方から矢が飛んできて三岩さんの体に突き刺さる。

「ぐあっ!」
「何!?」

弓を取り落として倒れる三岩さん。驚く俺を尻目に、魔物達はもう至近距離まで迫っていた。このままぶつかったら、押し負けるのは明白だった。
已むを得ない。俺は三岩さんは後で助けることにして、指揮下の隊員に号令を下した。

「第1部隊、突撃!」

間を置かず、小太郎と絹島さんの号令も飛ぶ。

「第2部隊、突撃!」
「第3部隊、突撃!」

夕焼けが茜色に広場を染め上げる中、100名近い隊員達は一斉に、喚声を上げて魔物に突っ込んでいった。
16/02/15 00:53更新 / 水仙鳥
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■作者メッセージ
書いてみて、説明臭い前編になってしまったような……
後半ではエロを出します!

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