連載小説
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後編-N町の最期-
夕日に照らされた広場で、N町防衛隊は魔物の群れと激突した。

こちらは全員が武器を持っていて、おざなりではあるが訓練もしている。最終的な勝敗はともかく、序盤はこちらが優勢だろうと思っていた俺の予想は、一瞬で覆された。
武器で打ちかかられた魔物達はあまりに素早く巧妙に動き、かつタフだった。隊員達の攻撃は、躱されるか、受け止められるか、直撃して全く効かないかのどれかで、撃退どころか逆に次々と武器を奪われて押し倒されていく。
隊員の中には武道の有段者も何人かいたが、結果は変わらなかった。回し蹴りで魔物の頭を蹴ろうとした者は足を掴まれて地面に投げ出され、掴んで投げ飛ばそうとした者はあべこべに持ち上げられて地面に叩き付けられた。

開始10秒で、早くもこちらの敗勢が明らかになった。魔物達は嘲笑う声すら立てながら、一方的に防衛隊を蹂躙している。
この状態になって、俺の心に迷いが生じた。

――みんなを逃がすべきじゃないのか?

もとより必勝などとは思っていなかったが、多少苦戦させるぐらいのことはできると思っていた。魔物を苦しめて、『反魔物領に侵入するのも楽じゃない』程度のことは思わせてやるつもりだった。
だが、どうやら俺達は、魔物達に何の苦労もさせることができないようだ。そうと分かった以上は、このまま粘り続けるより、この場から隊員を逃がした方がいいのではないか。
見ると、小太郎のところも絹島さんのところも似たような状況である。全員やられるのは時間の問題だろう。
でも、今なら。
今、全員に退却を命じ、俺自身は殿になって、魔物達を引き付ければ。
大多数は撤退の途中で魔物に捕まるだろう。だが、数人は逃げられるはずだ。いやこの際、1人か2人でも無事ならいい。

小太郎や絹島さんに相談している猶予はない。俺が全責任を負って「全員退却!」と叫ぼうとしたとき、悲鳴に近い声が後ろの方で上がった。

「隊長! 後ろからも魔物が!」
「え!?」

振り返って見ると、背後から別の魔物達が迫っていた。数はこちらも100ぐらいだ。

「なんで……?」

魔物達は、この場所で俺達が待ち構えていると知っていたのか。いや、そんなことを考えている余裕はない。このままでは背後を突かれてしまう。

「円陣を組め!」

俺は急いで、前後に敵を迎える構えを取ろうとした。だがそのときにはもう、俺の第一部隊で動ける隊員は十人程度しか残っていなかった。辛うじて組んだ円陣は前後から挟み込むように突進してきた魔物達に一瞬で突き崩され、バラバラになった隊員が1人ずつ魔物に薙ぎ倒されていく。
すでに当初の作戦は完全に瓦解していた。2人一組で1体の魔物と戦うどころか、1人が2、3匹の魔物の下敷きになっている有様だ。
俺自身は、群がってくる魔物を躱したり、押しのけたりしてどうにか倒されずに済んでいたが、このままではやられるのは時間の問題だろう。
魔物相手に何もできず、無為に全滅。
俺は、最悪の結末を覚悟した、そのときだった。
戦闘に参加していない魔物が1体いるのを、俺は見つけた。

「あれは……?」

そうだ。魔物達の指揮を執っていたデーモンだ。

「あいつさえ倒せば……」

将を失った魔物達は浮足立って引き揚げるかも知れない。一縷の望みに賭け、俺はデーモンの方に駆け寄った。

「相手をしてもらおうか」
「あら、わたくしに挑んでくるとは、度胸のある殿方ですわね……」

デーモンがこちらを見て薄笑いを浮かべる。俺はハンマーを構えて名乗りを上げた。

「俺はN町一の大力者、駒川湊! 大将同士の一騎討ちだ!!」
「わたくしはデーモンのアスラベラ。どうぞ、いらしてください」
「行くぞ!」

俺はハンマーを振りかぶると、袈裟懸けにデーモンの首筋へと振り下ろした。さほどスピードのない攻撃だ。これ自体は当たるはずがない。デーモンが身を低くして躱したところに足を出して、頭を蹴り飛ばすのが俺の作戦だった。しかし……

パシッ
「なっ……」

何とデーモンは、片手でハンマーの頭を受け止めた。
一瞬、茫然とした俺の腹部に、デーモンの空いている手が拳となって突き刺さった。さして力を込めたようには見えない一撃だったが、ライフジャケット越しに衝撃が体へと伝わり、俺は呼吸ができなくなった。

「ぐっ……」

自分の意志と関係なく、ハンマーが手から離れ、両膝が地面に付く。このままではまずい。俺は最後のチャンスに賭けて、罠を張った。
地面に仰向けに倒れながら、体の側面をデーモンに向けた。馬乗りになりやすくするためだ。
倒れた相手に馬乗りになると、自分の腰あたりは意外に死角になる。そこが狙い目だった。
うまい具合に、デーモンは俺にのしかかってきた。デーモンの身長は190センチ近い。普通なら絶体絶命だが……

――もらった!

俺は満を持して、後ろの腰に差していたシャベルを引き抜き、デーモンの腹に斬り付けた。が、何かを切り裂く感触がない。

「?」

見ると、デーモンの指がシャベルの縁をつまんでいた。たったそれだけのことで、俺はシャベルを1センチも動かすことができなくなっていた。

「もうおしまいですか? 駒川湊君」

勝ち誇った笑みを浮かべて、デーモンは俺を見下ろしている。今度こそまずい。死んだか……
そのときだった。デーモンの体が突然、俺の上から横薙ぎに弾き飛ばされた。「ギャッ」と短く悲鳴を上げて倒れるデーモン。

「立て湊! 逃げるぞ!」
「小太郎!」

俺はようやく、小太郎がデーモンを蹴り飛ばして俺を助けたのだと気付いた。ふらつく足で立ち上がった俺の手を掴み、小太郎は走り出す。

「こっちだ!」
「あっ、おい!」

俺は戸惑ったが、小太郎の勢いに抗することができず、一緒に走り出していた。すでに六尺棒を失っていた小太郎は、抜身の大刀を振り回して魔物達を追い散らす。どうにか俺達は小太郎の車までたどり着くことができた。

「乗れ!」

小太郎に言われるまま、俺が助手席に転がり込むと、小太郎は猛スピードで車を発進させた。あっという間に戦場の喧騒は後方の小さな音となり、やがて聞こえなくなった。

………………………………
……………………
…………

夜の帳が降り切った中、小太郎の運転する車は走行していた。
すでに戦っていた場所から大分離れていたが、小太郎は無言で運転を続けていた。俺の方も口を開く気になれず、黙って助手席でうなだれていた。

「…………」

魔物に対して、何もできなかったという無力感。
そして、責任者でありながら隊員を見捨て、自分達だけ逃げてきたという、自責の念が募っていた。

「情けねえ……」

辛うじて、それだけの言葉が口から出る。するとハンドルを握りながら、小太郎が言った。

「湊、くよくよするのは止めろ」
「でもさ……」
「お前は精一杯やった。最後まで責任を果たそうとした。お前を勝手に連れ出したのは俺だ。お前は悪くない」
「小太郎……」

小太郎の気遣いに、俺は不覚にも、少し涙が零れた。それを悟られないよう、窓の外を見るふりをして、俺は尋ねる。

「そう言えば俺達今、どこに向かってるんだ?」
「S県のホテルだ。今夜はN町には帰らない方がいい」
「え……? 確かに今N町は魔物が侵入してて危ないだろうけど、S県って親魔物領じゃないか!?」
「だからいいんだよ。魔物の侵入を阻もうとした俺達が親魔物領に逃げ込むなんて誰が思う? 下手に別の反魔物領に逃げたら、それこそすぐに見つかってあの世行きだ」
「そういうものか……」

俺は何となく合点が行かなかったが、すでに代案を出す気力はなかった。万事小太郎に任せて、S県行きを了承する。

「分かった……ホテルの目星は?」
「もう付いてる。どこかに一度停まって予約するから」

その後、俺達はコンビニの駐車場で休息を取った。俺がライフジャケットを脱いで2人分の飲み物を買いに行っている間に、小太郎はスマホでホテルの予約を済ませたようだった。

…………

「このホテルか……なんか、高そうじゃないか?」
「高いところだから、セキュリティがしっかりしてるんだよ。金のことは心配するな」
「そうだけど……なんか悪いな」

フロントでキーを受け取り、2人用の部屋に入る。外から見たときも豪華だったが、内装もなかなかに立派だった。こんな状況でなかったら、ちょっとした旅行気分に浸れたことだろう。
ルームサービスで夜食を取り、歯も磨いて、さて寝るかという段取りになったとき、小太郎が俺のベッドに座ってきた。

「湊、ちょっといいか?」
「なんだよ? 改まって」
「湊に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「え……?」

ずい、と小太郎が近づいてくる。俺はベッドの上で後退しようとしたが、すぐ壁際に追い詰められてしまった。
俺の目をまっすぐに見ながら、小太郎が言う。

「湊、自分だけ助かったこと、気に病んでるだろ?」
「そ、そりゃまあ。小太郎はああ言ってくれたけど、やっぱりみんながやられて言い出しっぺの俺が生き残ったわけだからな……」
「だろうな。でもね、気にする必要はないんだよ」
「……ありがとう。気持ちは嬉しい。でも……」
「違う」
「え……?」
「まだ、分からないか?」
「な、何が……?」
「じゃあ、目をつぶって」
「?」
「いいから」

小太郎が何を言いたいのか分からなかったが、とりあえず、俺は言われるままに目を閉じた。
しばらく小太郎が、何かゴソゴソやっている気配がする。続いて、右手首を握られ、引っ張られるのを感じた。

ふにょん

次の瞬間、手に何か柔らかいものが触れた。ずっしりと重く、温かい。

「?」

何だろうか。思わず目を開けると、小太郎が胸をはだけていた。
腹部には、押し下げられたサラシ。そして、その上部から飛び出している大きな丸い膨らみを、俺の手は握っていた。

「お、お、お、お前、お、お、女!?」

確かに小太郎は顔立ちも整っていて声も高めだったが、出会ったときからずっと、男だと信じて疑っていなかった。それがまさか女だったとは。俺は驚愕して右手を引っ込めようとした。だが、俺の手を掴む小太郎の手の力が万力のように強く、1ミリも動かすことができない。

「全く湊はにぶいなあ。何ヶ月も一緒にいたのに、気付いてくれないんだもん」
「は、放せよ!」
「嫌だね」

口元を歪めて、俺を見下ろす小太郎。そのとき俺は、もう一つの異常事態に気付いた。
小太郎の腰の後ろから何か紐のようなものが伸びていて、俺の胴体に巻き付いているではないか。いや、これは紐なんかじゃない。まさか、尻尾……?

「お、お、お、お前、ま、ま、まも、魔物……!?」
「クノイチだ」

ニカアッと、口が耳まで裂けたような笑みを小太郎は浮かべた。そんな、まさか、あれほど魔物を忌み嫌う発言を繰り返した小太郎が、当の魔物だったなんて。
俺は混乱し、パニック寸前になった。だが、自分が命の危機に晒されていることに思い至る。

「うおお!」

空いている左手で、俺は胴に巻き付いた小太郎の尻尾を外そうとした。だがその左手も掴まれ、俺は完全に動きを封じられてしまう。そのときになって俺は、体の力が入らないことに気付いた。小太郎に摑まれている手だけではなく、足まで思うように動かない。

「ルームサービスだよ」

俺の気持ちを見透かしたかのように、小太郎が言う。

「ここのオーナーは魔物でね。お前の食事に痺れ薬を入れてもらったんだ。あ、ちなみに叫んでも無駄だぞ。このホテルは完全防音だ」
「ぐ……なんで、あんなことを……?」

そうだ。訳が分からない。魔物でありながら、どうして親魔物化を阻止する防衛隊なんか作らせたのか……

「ごめん、湊……」
「え……?」
「始める前にネタばらししてやろうと思ってたんだけど、もう我慢できないわ……」
「なっ、何が……?」

このときになって俺は、小太郎の様子がおかしいのに気付いた。瞳がどんよりと濁り、顔全体から露わになった胸までが紅潮している、さらに呼吸が荒くなっていた。

「はあ、はあ……湊……」
「ど、どうした? もしかして体の具合でも……」
「……さつ」
「え?」
「暗殺……」
「!?」

やっぱり殺されるのか。しかしそのとき、俺の体はもう完全に動かなくなっていて、逃げようがなかった。が、小太郎は意外な行動に出た。少し後ろに下がると、俺のズボンを脱がせ始めたのである。

「な、何を……?」
「暗殺、暗殺、暗殺……」

うわごとのように暗殺暗殺と唱えながら、小太郎は俺のズボンと下着を引きずり下ろし、股間を露出させてしまった。そして次の瞬間、

じゅぷっ

何と小太郎は、俺の逸物を口に含んでしまった。そのまま舌で先端がジュルジュルと舐め回される。

「ぎひっ!」

自慰とは比較にならない快感だった。女性と付き合ったことのない俺にとっては、もちろん初めての経験である。一瞬で射精しそうになるのを、辛うじてこらえる。

「や、やめろ……」
「んっ、んっ……湊……」

小太郎は俺の顔を見ながら、逸物に舌を這わせ続ける。その表情は怖いぐらいに艶めかしく、つい先ほどまで男だと思っていたのが信じられないほどだった。

「や、やめてくれ……頼むから……」

何故小太郎がこんな真似をするのか分からないが、射精してしまったら自分の中で何かが終わる。そう直感した俺は、痺れ気味の口で必死に頼み込んだ。

「分かったよ」

小太郎の口が俺の股間から離れる。助かったと思ったのも束の間、小太郎は両の乳房を突き出してきた。

「こっちの方でしてほしいんだろ……? そんなにがっつかなくても、ちゃんとしてやるよ……」
「ち、ちが……」

反論する間もなく、小太郎は胸で挟み込んでしまった。大きな南瓜のようなサイズの乳房は、俺の肉棒を完全に包み込んでしまう。小太郎が上体を上下に動かすと、再び抗いがたい快感が襲ってきた。

「ま、待ってくれ……」
「何が待ってくれだ。湊、大きいオッパイ好きだって言ってただろ?」
「そ、それは……」

男だと思って長く接していたら、そういう話もする。俺は顔が熱くなった。

「ほら、湊の大好きなオッパイだぞ。しゃぶらせてやろうか?」
「うう……」

極限状態なので意識していなかったが、小太郎のバストは大きさもさることながら、形も整っていて、まさに男の欲情を掻き立てる肉塊だった。今までよく平らに押さえつけられていたと思うくらいだ。
その魅惑的な肉に挟まれ、だんだんと股間が反応してきてしまう。

「そろそろ、いいかな……」

満足そうに俺の股間を眺める小太郎。袴を脱いで下半身を露わにする。
腰を前に進めてくると、さすがに童貞の俺でも、彼女が何をしようとしているか分かった。

「そ、それだけはやめてくれ。友達だろ?」
「友達? 湊が友達のわけないだろ。湊は俺の御主人様。クノイチの房中術でたっぷり奉仕してやるよ……」
「そんな……」

こんな形で童貞喪失か。そう思ったとき、闖入者が突然現れた。

「その挿入、ちょっと待ってもらえますかしら?」
「「!?」」

やっとのことでそっちを見ると、俺が先程戦いを挑んだ、あのデーモン-アスラベラだった。ドアに鍵はかけていたはずだが、魔物には関係ないということだろうか。

「何だお前。これから俺はこの方を暗殺するんだから、散れ散れ」

小太郎が不機嫌そうに追い払おうとするが、アスラベラは怯まない。

「そうは行きませんわ。わたくし、その湊君から契約の意志を頂戴していますので」
「け、契約?」
「湊君、わたくしに自己紹介をして『相手をしろ』と言いましたでしょう? デーモンにとっては立派な契約の意思表示ですわよ」
「????」
「ちっ、邪魔されたくないから、こんなホテルまで湊を連れてきたのに……」

アスラベラが何を言っているのか、俺には全く理解できなかった。だが小太郎とアスラベラは俺を無視して何やら交渉を始めてしまった。“共有”とか、“時間配分”とかの単語が聞こえた後、妥結したらしく2人は握手する。

「じゃあ、俺から行くぞ」
「仕方ありませんわね」
「??」

俺が訳が分からずにいると、小太郎は再び俺の股間にまたがってきた。熱を帯び、液体の滴る肉の割れ目が俺の先端に触れたと思った瞬間、

ズブッ

「ぐあっ!」
「気持ちい……」

情けないことに、俺は小太郎の中に入り込んだだけで、内部に放ってしまった。茫然としていると、小太郎を押しのけてアスラベラがまたがってきた。

「お待たせしました、湊君。低級魔族とは一味違うデーモンのおまんこ、味わってくださいね」
「ひっ……」

服を脱いだアスラベラの胸は、小太郎に勝るとも劣らないほど大きく発達していた。その乳房でも股間をしごかれ、俺はまたしても女体に挿入できる状態になってしまった。

………………………………
……………………
…………

長い一夜が明けた。
何回精を放ったのか数え切れないが、一晩中小太郎かアスラベラの中に咥え込まれて搾られ続けたのは間違いない。
痺れ薬はすでに抜けていたが、疲労と気力の限界で、俺は指一本動かせず、日の出を見るか見ないかのうちに失神した。

…………

気が付くと、俺は小太郎のアパートの布団に寝かされていた。失神している間に運ばれたらしい。

「気が付いたか、湊」
「俺、まだ生きてるんだな……」
「当たり前だろ。魔物が人間を殺すわけないじゃないか」
「え……?」

前に聞いた話と違う。体を起こそうとした俺を止めたのはデーモンのアスラベラだった。

「まだお疲れなんですから、そのまま休んでいてください」
「あ、うん……」

俺は寝そべったまま、2人に『今回の一件の真相』を聞いた。
最初に聞かされたのが、魔物が人間を襲って殺すという話が出鱈目である、ということだ。
魔物はみんな人間が大好きで、半ば強引に結婚や性交を行うことはあっても、傷害を加えることはないらしい。
ではなぜ小太郎は嘘をついてまで魔物を貶めていたのか? それは魔物側の逼迫した事情によるものだった。
親魔物領の拡大により、魔物の行動範囲は広がったものの、伴侶を得られない者が依然として多くを占めていた。人間のパートナーを見つけることが無上の目的である魔物にとって、男不足は深刻な問題であり、すでにあちこちから不満が噴出していて、暴動寸前になったこともあったそうだ。
その状態を解決するため、1つのプランが提案された。
男を一箇所に集めて、一網打尽にしてしまえばいいではないかと。
そういういきさつで、わざと反魔物領の防衛隊を設立させ、魔物の群れに突っ込ませるために、小太郎がN町へと送りこまれてきた。俺を始めN町の男達は、集魚灯に引き寄せられる魚のように、まんまと魔物の罠に飛び込んでいったというわけだ。
ちなみに、あのときX地点に攻め寄せてきた魔物達だが、向こうもSNSで募集をかけていた。俺もそのSNSを覗かせてもらったのだが、そこにはこんな文面が踊っていた。

“独り身の魔物娘集まれ! あなたに合うパートナーがきっと見つかる! S県魔物自治委員会主催 婚活フェスティバル In N町!”

「…………」

力が抜けた。どうやら、俺達が命を捨てる覚悟で構築した防衛線は、魔物達にとってはお見合いパーティーの会場に過ぎなかったようだ。

「ごめんよ湊。でもいいだろ? これから俺が幸せにしてやるから」
「わたくしもいますわ。湊君、生涯辛い思いはさせませんわよ」

がっくりと脱力した俺の両側から、小太郎とアスラベラが抱き付いてくる。
そうなのだ。経緯がどうであれ、俺はクノイチに暗殺され、デーモンに堕落させられた。もう彼女達に従うしかない。

「よろしく……」

俺は、そっと2人を抱き返した。

………………………………
……………………
…………

数日後、N町は正式に親魔物領宣言を行った。すでに町長も町会議員の大半も親魔物派に鞍替え済であり、知らないのは俺達町民だけだった。いつでも親魔物領宣言はできたのだが、N町防衛隊の出撃準備完了・全滅まで待っていたらしい。

そう、あの日町境で魔物を迎え撃ったN町防衛隊は、ただの1人も逃げおおせることができず、全員が魔物に捕まり、その伴侶になったのだった。
ある日の朝早く、俺と小太郎、アスラベラは、そのN町防衛隊の1人である絹島さんの神社にいた。

「ではこれより、駒川湊君、小太郎さん、アスラベラさんの結婚式を……ううっ!」

式を取り仕切る絹島さんは、苦悶の表情を浮かべていた。と言っても体調が悪いのではない。この神社に住み付いた龍とエキドナが、長い胴体を複雑に絡ませ合って、彼の首から下を包み込んでいるのである。見ていると、龍とエキドナは交互に絹島さんに上体を密着させながらカクカクと動いている。見えてはいないが、交わっているのは間違いなさそうだった。俺の左右に立つ、和風の花嫁衣裳の小太郎と、黒いウエディングドレスのアスラベラも、その様子を見て明らかに興奮している。式が終わり次第、一滴残らず搾られるのは間違いなさそうだった。

だが、俺はまだいい。これから絹島さんは、連日連夜、2体の魔物と交わりながら100組の結婚式を捌かなければいけないのである。ある意味、今回の最大の被害者だ。
今日は俺達の他に、3組が控えているらしい。俺達の次は弓道の三岩さんと、彼を射たキューピッドのカップルである。2人はすでに神社入りしていて、社務所の片隅のスペースで行為に及びながら順番を待っていた。

…………

何日かして、俺は職場に復帰した。小太郎やアスラベラは働かなくていいと言ってくれたのだが、何もしないというのも落ち着かず、しばらくは仕事を続けさせてもらうことにした。

そんなある日、俺は仕事の用事で、隣町のT市を訪れた。この町はまだ反魔物領だ。
休憩がてら喫茶店に入ると、シルクハットに燕尾服の男が、ティーカップを片手に熱弁を振るっているところだった。

「魔物の脅威は、すぐそこまで迫ってきている。魔物に侵略されたN町の人々は今、命の危機に怯えながらひっそりと暮らすことを強いられているそうだ。今のままでは、魔物がジパング全域に広がるのは時間の問題だ。そうなったらジパングそのものが滅びてしまう。そうなる前に、誰かがどこかで食い止めないといけない。つまりはこのT市で……」

どうやら、この町でも始まったらしい。
俺は、シルクハット男の話を真剣に聞いている少年から見えないよう、そっと合掌してつぶやいた。

「末永く、お幸せに……」
16/05/08 17:23更新 / 水仙鳥
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■作者メッセージ
後編をお送りしました。抵抗を試みても、所詮人間は魔物の掌の上ということでしょうか……

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