悲しみが、笑いと喜びに変わる時
『ザァァァァァァ・・・』
・・・ウィルベル郊外、墓地。
この墓地にはちょうど魔力溜まりがあり、ウィルベルの人々の知らないうちにゴーストが生まれているほどだった。
「あはは〜」
「うふふ〜」
豪雨の中、ゴーストたちがニコニコ笑いながらフラフラと浮遊する中。
『・・・ボゴォ・・・ズリズリズリ・・・』
ひとつの墓石の下から棺の蓋が土を盛り上げ、横にずらされていく。
『・・・カラッ、カララッ。ずるぅ・・・』
そのできた隙間から、白い指の骨が現れ、続いて所々白骨化した屍体が出てきた。
「あれれ〜?新しいお仲間さん〜?」
「こんばんちわ〜?」
現れた魔物、スケルトンは、ニコニコしてる二体のゴーストを見ると、深々とお辞儀した。
「こんにちわ。失礼ですが、ウィルベルはどちらに行けばいいですか?」
「ウィルベル〜?街に行くの〜?」
「あっちだよ〜?」
「ありがとうございます。それでは・・・」
スケルトンが礼を言い、その後、ゴーストはまたゆらゆらとたゆたい始め、スケルトンは骨の音を鳴らしながら歩いていった・・・
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[ フォン宅 ]
『ザァァァァァァ・・・』
「・・・雨、止まないね」
ソファに座り、窓の外の雨音にため息をつくフォン。
「そうね・・・全く、洗濯物が乾かなくて困っちゃうわ!」
「ははは・・・そうだね」
ふぅ、とすぐさまフォンがため息をついた。シェリーは、その様子を心配そうに見ていた。
(・・・あの日も、豪雨だったもんね・・・)
シェリーも、フォンも覚えてる、人生の転機。フォンの母が斬られ、フォンが光を失ったあの日。ざんざん降りの豪雨の中の悲劇。ちょうどその日から、もう12年も経とうとしていた。
シェリーはなんとか明るく取り繕おうとするが、朝からフォンは沈んでばかりだ。無理もないが。
(フォン・・・)
その時。
『・・・ピンポーン』
玄関からベルが鳴った。
「え、ちょ・・・」
ちょうどシェリーは部屋干しの真っ最中で、両手に洗濯物を抱えていた。
「あ・・・僕出るよ」
わたわたするシェリーの雰囲気を感じとったフォンは、シェリーに一声かけてから、杖を取って玄関に向かった。
『ピンポーン』
「はーい。今出まーす」
フォンがゆっくりと玄関まで歩き、手探りで鍵を探して外した。
「エド?メリッサ?それとも、お義母さんですか?」
『ガチャ』
フォンが言いながら扉を開けた。
「・・・あ・・・」
「・・・?」
フォンは雨音に混じって、目の前の人が息を呑む声が聞こえた。
「・・・失礼ですが、どちら様でしょうか?僕、目が見えなくて・・・」
その時。フォンの頬に、冷たくゴツゴツした、指にしては異様な感触のモノが触れた。
「・・・あの、えと・・・?」
戸惑うフォンに構わず、それはフォンの顔を、頭を撫でる。
「フォン!ごめん、一体誰が来た・・・えっ!?スケルトン!?」
フォンの後ろから慌てて来たシェリーが、玄関でフォンを撫で回すスケルトンに驚く。
そして。
「・・・フォン!フォン!あぁ、私の愛しいフォン!」
スケルトンは、泣きながらフォンに抱きついた。
「・・・えっ?」
抱きつかれた拍子にフォンは杖を落としてしまったが、相手のゴツゴツした違和感よりもなによりも、その声が、聞いたことある声であることに固まっていた。
「・・・へ?」
シェリーもまた、スケルトンの発言にビックリして目を丸くしていた。
「あぁ、こんなに大きくなって・・・目はどうしたの?他には?どこか痛いとことかない?大丈夫?」
「ま、待って、待って!」
フォンがスケルトンを引き剥がし、彼女の手を取った。
そして、声を震わせながら、フォンが尋ねた。
「・・・か、母さん?母さん、なの?」
スケルトンは、パッと顔を明るくした。
「そうよ!貴方のお母さん、『エリィ・ウィーリィ』よ!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
フォンが信じられないと口をパクパクさせる後ろで、シェリーが叫んだ。
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その日、リディアと親方、さらにはエドにメリッサが、フォンの家に呼ばれ、居間のソファに座るスケルトンに驚き、さらにその正体を知ってさらに驚いていた。
「お、おばさん。お、俺のこと、覚えてます?」
「えぇ、もちろん。エド君でしょう?それに、後ろの子はメリッサちゃんね?」
「は、はいぃっ!」(緊張?で裏声)
「もっとこっちに来て頂戴・・・まぁ、可愛いお嬢さんになって」
「き、恐縮でございます」
エドとメリッサは、はじめて見るアンデッド族魔物のインパクトに驚きながらも、懐かしいフォンの母に自分らを覚えているかを聞いていた。
「・・・お久しぶりです、エリィさん」
「あ・・・親方さん?お変わりないようで、何よりですわ」
「えぇ。ありがとうございます。それで、これが・・・」
「妻のリディアです。はじめまして」
「あらあら!ずいぶん前に話だけお聞きしましたけど、美人な奥様ですわね!」
「あらいやだ、お世辞が上手いですわね!アリッサさんも、顔のほとんどが残っておられて・・・生前、とても美人だったことが想像できますわ!」
「いえいえそんなことないですよぉ!」
親方夫妻はと言うと、挨拶をすぐ終えた後、お互いの褒め合いになって奥様井戸端会議のようになった。
ちなみに、フォンとシェリーは・・・
「・・・シェリー?母さんの前だからって、緊張しなくていいから。ね?」
「う、うん・・・」
カッチンコッチンに固まったシェリーを、フォンがなだめていた。
「・・・ところで、うちの馬鹿娘が粗相をしなかったですか?」
『ビクゥッ!』
リディアの一言に、シェリーが肩を震わし、ブリキ人形のようにぎこちなくエリィの方を見た。
「・・・うふふ」
シェリーを見たエリィはソファから立ち上がって、シェリーに近づき、頭を撫でた。
「ぴっ・・・」
「そんなにオドオドしなくて大丈夫よ、シェリーちゃん。悪い子は、貴方みたいに緊張しないわ。私はね?貴女みたいな素直そうな子が、うちのフォンを彼氏にしてくれただけで、とても嬉しいから。これから、フォンをよろしくね?」
シェリーは無言でコクコク頷いたが、頭の蛇たちがみんなホッと息を吐いていた。
そばでリディアと親方も、胸に手を当てホッと息を吐いていた。
「・・・チッ」
「メリッサ、舌打ちすんな」
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「・・・ところでエリィさん、物は相談なことがあります」
再会と挨拶の場で、リディアが結構真面目な顔でエリィに言う。みながふと静かになった。
「はい、なんでしょう?」
「貴女の目、検査させてもらえませんか?」
みな一瞬頭に?マークが浮かんだが、ひとり、シェリーがはっとした。
「ママ・・・まさか・・・」
「・・・天から降ってきたチャンスかもしれないからね」
その言葉で、みながひとつの考えに至り、フォンとエリィに視線を向けた。
「・・・え、と?」
「・・・リディアさん、まさか・・・母さんの、目を・・・?」
お義母さんと呼ぶとややこしいため、フォンが名前でリディアに聞いた。
「・・・エリィさんはスケルトンだけど、運よくまだ目まで腐りきってないように見える。もしかしたら・・・低い確率だけど、利用できるかもしれない。アンデッドになって、目の機能が回復してるなら、だけど・・・」
そこでやっと、エリィがフォンの方を見て、またリディアを見た。
「・・・私の目を、フォンに・・・?」
リディアが、無言で頷いた。
そこで、フォンがエリィの肩を持って言った。
「・・・母さん、嫌なら、嫌って言っていいからね?母さんの身体なんだから・・・母さんの身体がどんな状態なのか、わかんないけど・・・」
その言葉に、エリィは微笑んだ。
「・・・フォン?この世で実の子が身体が不自由なのを、自分が犠牲になって治せるって聞いて、ノーを言う親がいると思うの?いるわけないでしょう。私だって、言うわけないから」
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ところ変わって、リディア外科診療所。
ふたつのベッドが並べられ、片方のベッドにはすでにフォンが横になっていた。
「フォン、大丈夫?怖くない?」
横にはシェリーがいて、フォンを心配していた。
「・・・怖くないって言うと、嘘かな・・・」
「・・・そっか」
シェリーが、フォンの手を握った。
「・・・大丈夫よ。ママは人気あったし、腕はいいはずだから!私が保証するから!」
「・・・あはは、心強いや。うん。リディアさんを信じるよ」
その時。
部屋の扉が開き、リディアとエリィが入ってきた。
「ママ・・・」
「シェリー。出て行きな。すぐ手術を始めるから」
「あ・・・うん・・・フォン、大丈夫だからね!」
それだけ言って、手をぎゅっと握ると、シェリーは部屋から出ていった。
「・・・坊や。いい知らせと悪い知らせがある・・・どっちから聞きたい?」
シェリーが出ていったあと、リディアがフォンの横に立って言った。
「・・・いい方からお願いします」
「わかった。いい知らせってのは、エリィさんの眼球が生き返ってることだ。手術をする価値はある」
フォンの表情が、すこし緩んだ。
「・・・悪い知らせはね・・・結構ひどいよ・・・『アンタの身体が危険になる可能性がある』ってこと。私はね、最悪、手術が失敗したら、移植した目が視力を失うだけと思ってたんだよ・・・それがね。さっき検査した時、エリィさんの眼球には『血が通ってない』んだよ。魔力を直接送り込んで眼球が働いてる状態なんだ。これだとね、眼球を切り取った瞬間、腐食が始まるかもしれない。眼球内の魔力が、どれだけ貯蓄されてるかによるんだ。さらに、坊やの血管に繋げたとしても、血液からの魔力供給が間に合わなくて、眼球がアンタの身体の中で腐り始めるかもしれない。わかるかい?これは、とても危険なことなんだ」
フォンの表情が固くなる。たとえ医療に疎くても、身体の一部が腐るという響きに、恐れをなしたようだ。
「・・・どうする?やめるかい?」
「・・・え?」
リディアが言った。
「エリィさんは、坊やの判断に任せると言った。『これは、坊やの人生に関わることだ。私が決めることじゃない』って・・・アンタが怖いなら、この手術、やめたっていい。
どうする?
ノーリスクで、このまま目が見えないまま暮らすか?
ぶっちゃけた言いかたすれば、博打にうってでて、目を治すことを試みるか?」
「・・・・・・」
フォンは、黙ってしまった・・・
そして・・・
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「なによそれ!?」
「ギャンブルってこと!?」
手術室の外、少し離れた待合室。
シェリーとメリッサが、親方から手術の事実を聞き、叫んでいた。
「お前らに坊主の横で聞かせると必ず止めようとするからな。こっちで聞かせるように言われたんだ」
「ちょ、フォンにぃにそんな危ない橋渡らせるなんてダメに決まってるじゃない!」
「ママに言って、やめさせないと!」
メリッサとシェリーか、手術室に行こうとする。
「やめろ!」
親方の怒号が、ふたりの足を止めた。
「これは坊主の決めることだ!お前らがやいやい言ってやめさせることじゃない!ここで待て!」
「・・・確かに、そうだよな」
最初から黙っていたエドが、口を開いた。
「手術室で、フォンにも意思確認してんだろ?だったら、俺たちが口を挟むべきじゃねぇ・・・メリッサ、ここで待ってようぜ」
「でも・・・でもぉ・・・うぅ・・・」
メリッサがまだ何か言いたそうにするが、なにも言わず、エドの横のソファに座った。
シェリーも、親方の怒号のあと立ち止まり、黙って廊下の先の手術室のドアを見ていた。
「・・・パパ」
「ん?」
「・・・部屋の前で、待つくらいは、いいよね?」
「・・・構わんぞ」
シェリーは、ずりずりと尻尾を引きずって、手術室の前に行った。
メリッサもそれを見て、椅子を持ってシェリーの後を追った。
「・・・アンタも待つの?」
「・・・悪い?」
「・・・うぅん」
シェリーもメリッサも、珍しく喧嘩腰にならず、手術室のドアを見つめた。
その時。
『・・・カチャン』
手術室のドアの、鍵が閉まった。
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「覚悟はいいわね?坊や」
手術衣、マスクとゴム手袋をつけたリディアが言う。ベッドの上のフォンが頷く。
「・・・僕、見たいんです。みんなの顔を。僕の住む街を・・・何より、シェリーを見たいんです」
リディアが微笑み、フォンの口に別のマスクを当てた。
「麻酔だよ。しっかり吸って、よくお眠り・・・すぐ終わらせたげるから・・・」
フォンは言われるがまま、フォンは大きく何度か深呼吸をし・・・
「・・・フォン、頑張るのよ・・・」
エリィの声が遠く聞こえながら。
フォンは意識を手放した・・・
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・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
長い、長い時間が過ぎた。
夕方から始まった(といっても、外は豪雨だったが)手術は、まだ続いていた。
手術室の前て待っていたメリッサは、いつのまにか椅子に座ったまま眠ってしまっていた。
「よっ、と・・・」
「すぅ・・・すぅ・・・」
眠ったメリッサをソファに連れてゆくべく抱き上げたエドは、シェリーに目を向けた。
「おい、アンタは大丈夫か?」
「平気よ。ほっといて」
シェリーは、手術室を見つめたまま応えた。
「・・・もうずっとそのままだろ」
「アンタらとは体力が違うのよ」
「・・・そうかい」
エドはメリッサを待合室まで運んでいった後、引き返してきて、メリッサのいた椅子に座った。
「・・・待合室で寝てれば?」
「俺は男だ。メリッサより体力はあるし、フォンが出てきたらメリッサを起こさないと後がめんどくせぇ」
「あっ、そ」
「・・・」
「・・・」
それから、また無言の時間が続いた。
「・・・悪いな」
急に、エドが謝った。
「・・・なにが」
「・・・俺が目を提供してりゃ、こんな博打手術じゃなかったかもしれないなと思ってよ・・・」
シェリーが、はじめてエドの方を向いた。
「バーカ。フォンがアンタが目をくれるって言ってあっさりもらうって言うと思う?」
「・・・言わないな」
「でしょう?・・・お母さんだから、もらったのよ。きっと。唯一、無意識にわがまま言える相手だから・・・」
「・・・悔しいのか?」
エドが、ふとシェリーに聞いた。シェリーの髪の蛇たちの一部が、攻撃的な音を出していたからだ。
「・・・正直、悔しさ半分。私の目が使えたとしても、きっとフォンは断るだろうから・・・でも、いずれ、そんな遠慮もない仲になってやるって、決心が半分ね・・・」
シェリーがふとエドを見ると、エドがびっくりしていた。
「・・・なによ?」
「いや・・・魔物ってのは恐ろしいな・・・彼氏の母親まで嫉妬対象かよ・・・」
「黙りやがれ。石化させるわよ」
その時。
『・・・ガチャン』
手術室の鍵が開いた。
「あ!?」
「お!?」
そして、扉が開くとともに、服や手袋にところどころ血をつけたリディアがふらふらと出てきた。
「・・・おわ、った・・・」
その顔には疲れが滲み出ており、手袋を歩きながら外すと、あろうことかエドに向けて放った。
「うわっ!?ちょ、気持ち悪りぃ!?」
「ま、ママ!?手術は?成功したの!?」
リディアは返答せず、待合室までのろのろ動いていった。
「り、リディア!?」
「・・・あなた、これ・・・あと、この娘、どかして・・・」
「あ、あぁ!」
待合室にいた親方は、リディアの血まみれ手術衣を預かり、片腕でソファで眠るメリッサを抱えた。
リディアは、そのソファにどさっと横になった。
「ま、ママ・・・?」
後をついてきたシェリーがリディアに声をかけると、リディアは・・・
「・・・多分、上手く、いった・・・疲れた、寝る・・・」
そう言って、小さな寝息をたてて、眠りはじめた。
・・・そのすぐ後、みんなが歓喜で叫んで喜び、ぶち切れたリディアが全員を石化させて、また眠りはじめた・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
数日後。
リディア外科診療所の一室に、みんなが集まっていた。
シェリー、エド、メリッサ、親方。
そして、右目を閉じた、エリィ。
ベッドにはフォンが座り、横にはリディアがいた。
「・・・包帯、取るよ、坊や」
「・・・はい」
フォンの顔半分を覆っていた包帯がはだけ、床に落ちる。
フォンの右目のみ、新しい縫合の後があった。
「坊や・・・ゆっくり、目を開けな・・・」
・・・フォンの右目が、ゆっくりと開く。
みなが、固唾を飲んで見守る。
黒い瞳が、目の前に立つシェリーを見た。
「・・・・・・」
フォンが、口をぽっかりと開いたまま立ち上がり、ふらふらと揺れながらゆっくりまっすぐ進む。
そして、シェリーの肩をつかんだ。
「・・・フォン、見える、の?」
「・・・シェリー、君は、こんなにも綺麗だったんだね・・・」
そして。
部屋に、みんなの喜びと祝福の声が響いた。
12/01/10 18:34更新 / ganota_Mk2
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