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とある夫婦の昔話
とある廃鉱山。
とある理由から閉山されたここに、身長190はあろうかというガタイのいい一人の若者がピッケル片手に現れた。

「・・・よし、今日も頑張るか」

『立ち入りを禁ず』と書かれた立て札を無視し、元々入り口であったであろうトロッコの線路が続く横穴にカンテラ片手に入っていく。

「昨日は奥の右の坑道行って、突き当たりで掘ったんだよな・・・よし、今日は左の坑道行ってもっと奥まで行くか」

若者はふんっと踏ん張って意気込みを入れると、どんどん坑道の奥へ行った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

彼がここに来たのは一度二度ではない。もう幾度となくここに来ており、毎回ピッケルを振るって採掘を行っていた。

「ふんっ!ふんっ!」

『ガキン!ガキン!』

「むぅ・・・中々でないな」

若者は採掘によって地面に落ちた石をひとつひとつ調べるが、どうやら目当てのものが出なかったようでため息を吐いた。

「くっ・・・もっと奥に行かないといけないか?・・・しかし、あんまり行くと『怪物』に会うかもしれないしな・・・」

若者は立ち上がって奥に続く闇の先を見て悩みはじめた。

『怪物』とは、この鉱山の閉鎖理由である。

しばらく前、鉱夫のひとりが闇の中で光る無数の目を見たと言ってパニックになった。さらに目がなんだと意気揚々と奥に真意を確かめに行った鉱夫が行ったっきり帰ってこず、様子を見に行くとカチンコチンに固まっていたのだという。これによって、鉱山には恐ろしい怪物が住むとされて閉山となったのだ。

ちなみに、若者はこの話を鉱山近くの村で聞いた。彼はその村の住人ではない。遠くからはるばる訪れた冒険者であった。

「うぐぐ・・・しかし・・・やるしかない!行くぞ!」

若者は、腹を括って奥に進んで行った・・・


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『・・・カキーン・・・カキーン・・・』


鉱山の奥の奥。
遠くから聞こえるピッケルの音に、暗い闇の中、もぞもぞと動く者がいた。

「・・・ぅるさいなぁ・・・せっかく寝てたのに・・・また鉱夫どもが採掘を始めたのかしら・・・」

闇の中、『ふたつの光』と『無数の小さな光』が瞬き、ずりずりと何かを引きずる音をたててピッケルの音のする方へと向かって行った。


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「・・・はぁ、一休みするか・・・」

ピッケルを置いて、いい具合に腰掛けれるほどの高さの石に座った若者が汗を拭く。

「くそ、一朝一夕では出ないとは思ってたが・・・一ヶ月かけても出ないとはな・・・間に合うかな・・・」

その時。

「・・・?なんだ、音?」

『・・・・・・』

「・・・気のせい・・・か?」

しかし若者は相当用心深かったのか、わざとカンテラを置いたまま、音がした気がしたのとは反対方向の通路の闇の中、岩の影に隠れた。

(・・・いや、やっぱり何か来るな・・・)

岩に隠れたまま地面に耳を当てると、わずかに音が聞こえた。

『・・・ずる・・・ずる・・・』

(なにかを引きずる音・・・まさか、『怪物』か!?)

若者はそーっと岩からわずかに顔を出し、カンテラより向こうの闇を見つめた。




『無数の小さな光』が見えた。




(っ!?)

その光は闇の向こうから徐々に近づき、やがてカンテラの光で明るくなった範囲へと入ってきた。



「・・・あら?誰もいない?」



光と思っていたのは、目だった。
キリッと引き締まった吊り目に、無数の蛇たちの目。それらが光を反射していたのだと若者は理解した。

彼女はメドゥーサだった。
顔は先ほど言った吊り目に薄い唇。少し小顔に仕上がっており、髪は薄いブルーのロング、髪の蛇たちに限っては若干濃くなっている。
少々男勝りな美人だった。

(・・・でか・・・)

しかし、若者が視線を奪われたのはその美貌の下、服に半分隠れた胸だった。服が小さいのか、はたまた中身がでかいのか(おそらく後者)、そのふたつの球体は上はしっかり隠れていたが、いわゆる『南半球』は露出していた。

「むぅ・・・でもピッケルはあるわね?また来るのかしら・・・よっ」

『むにゅぅ』

(うぉっ・・・)

メドゥーサが床に落ちていたピッケルを取る際、尻尾で取らずに前かがみになって取ったため、下向きになった乳が腕に圧迫されて形を変える。若者が、つい前のめりになりそうになった。

(・・・はっ!?いかんいかん!俺にはあの人がいるじゃないかっ!)

若者はまた岩に隠れてぶんぶんと頭を振った。


その時。


『シュ?シャ〜〜〜ッ!』

「ん?どうしたの?」

メドゥーサの頭の蛇が鳴く。その先には、若者が隠れた岩があった。

「・・・ふ〜ん・・・そりゃ!」


『ブゥン!ガキンッ!』


「ぬぉっ!?」

メドゥーサが投げたピッケルは岩に綺麗に突き刺さり、若者の顔の横に刃を覗かせた。若者はそれにびっくりしてつい声を出してしまった。慌てて口元を隠すが、時すでに遅し。

「出てきなさいよ。人間。さもないと、すぐさまそっちに行って絞め殺すわよ」

(・・・くっ、しょうがない・・・)

若者は諸手を挙げてゆっくりとメドゥーサの前に歩いてゆく。そして、カンテラの光が若者を照らした。

「アンタひとり?」

「あぁ・・・なぁ、俺はどうなる?素直に出てきたんだから、無事に帰してくれないか?」

「・・・はいそーですかって帰したらアンタがなにするかわかんないでしょ。ダメよ」

若者が小さく舌打ちする。無事に帰るのはやはり難しいかと若者は腹を括った。

「・・・で?俺はなにすりゃいいんだ?」

「・・・名前」

「・・・なに?」

「名前言いなさいっつってんの」

メドゥーサは冷たい口調と目で言う。若者は小さく首をかしげたが、素直に答えた。

「・・・『ミッド』だ」

「ミッドね・・・なにしてたの?」

「採掘だ」

「・・・まぁ、そっか」

メドゥーサはピッケル、床に散らばる石、ミッドの顔の順に見て頷いた。




「・・・じゃ、採掘続けていいわよ」




「・・・へっ!!?」

ミッドは驚き、目を丸くした。
メドゥーサは先ほどミッドが座っていた石に腰掛け、若者を見ていた。

「・・・どうしたの?早く続けなさいよ。名前聞いたし、ひとりならまぁ耐えられなくない音だから、追っ払うのは勘弁したげる」

「え、あ、おぅ・・・って、なんでお前そこに座ってんだよ?」

「アンタを監視するから」

「・・・はぁ?」

「ここ、私の巣なのよ?家なのよ?他人に勝手に入られて、ハイご自由にしてください、って言えるわけないでしょ。なにするかだけ監視させてもらうわ」

ふんと鼻を鳴らし『なんか文句ある?』という顔で胸を張るメドゥーサに、ミッドはため息を吐いてピッケルを岩から抜いて採掘を再開した。

『ガキン!ガキン!』

「・・・・・・」(ミッド)
「・・・(じ〜っ)」

『ガキン!ガキン!』

「・・・・・・」
「・・・(じ〜っ)」

『ガキン!ガキン・・・』

「・・・(じ〜〜〜っ)」



やりづらいわっ!



ミッドはピッケルを地面に叩き落とした。

「ん?やめるの?」

「ちげぇ!お前と蛇に睨まれたまんまやるのがやりにくいっつってんだよ!視界の端で睨み顏が見えて怖いんだよ!」

「睨んでないわよ。見てるだけ」

「目つき怖いんだよ!」

「失礼ね!生まれつきよ!」

「もうちょっとくらい穏やかな顔にできねぇのか!せめて笑うとかさ!」

「・・・こう?」

するとメドゥーサは口の端を吊り上げ、少し眉間にシワを寄せて笑顔を・・・

笑ってねぇし!いや、笑いと言えば笑いだが、俺を見下して鼻で笑ってるようにしか見えねぇ!」

「うるさいわね!悪ぅございました!私は笑うのが下手なのよ!ていうか、アンタに笑いかける要素ないし余計難しいわよ!」

ミッドは少し黙ったあと、ため息をついて地面に落としたピッケルとカンテラを拾った。

「もういい。今日は帰る・・・」

「あっ、そ。帰りなさい、帰りなさい。私もピッケルの音が止んで眠りやすいわ」

ミッドが無駄にしんどそうに帰る姿に向かってメドゥーサが手をひらひらと振る。そして、ミッドが見えなくなってからはじめて、メドゥーサは来た道を引き返して行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


翌日。
ミッドはまたもや鉱山に入っていた。

「昨日は変な邪魔が入ったからな・・・今日は別の場所を探して掘るとしよう・・・」

ミッドは、昨日行った場所に通じる道ではない道を探し、別の道で奥へと進んで行った・・・



・・・そして・・・



『げっ』(ミッド&メドゥーサ)



まるで仕組まれたかのように出会った。

「・・・げって何よ」

「・・・そっちこそ」

「アタシはアンタがまた来たことに対する『げっ』よ」

「こっちは場所を変えたのにお前と会った『げっ』だ」

お互いしばらく対峙していたが、ふとメドゥーサが自分の頬に指を運び・・・


『むにゅう・・・ひくひく』


「こ、これならどうよ?」


両頬を押し上げ、必死に目尻をさげ、ピクピクと引きつった笑顔を見せた。

それを見たミッドは一瞬ポカンとしたが、ふと、自分の昨日の発言を思い出した。

『もっと穏やかな顔にできねぇのか!』

そして、引きつった笑顔を続けるメドゥーサを見て・・・



「・・・ぶっ、ぶははははははははは!」



腹を抱えて笑い声を上げた。

「な、なに?なんで笑ってんのよ?」(ひくひく)

「いやっ、ぶふっ、お前の引きつり笑いに耐えられなく・・・ぶははははは!」

「なぁんですってぇっ!?」

メドゥーサは元の睨み顏に戻ったが、ミッドは笑いすぎで顔が上げられずにそのまましゃべり続けた。

「ひっ、ひっ・・・すまん。じょ、上出来だよ、くくくっ・・・採掘の邪魔にはならねぇよ。てか、もうその睨み顏のままでもよくなった」

「なっ!?一晩かけてなんとかしたのに・・・」

「じゃ、監視なりなんなりしてくれよ。俺は掘るから」

(しかもスルーされた・・・)
「・・・じゃあ、監視させてもらうわ。言っとくけど、アタシに襲いかかったりなんかしたら石化させてやるからね」

「耐石化装備もないのにメドゥーサに闘い申し込む冒険はしねぇよ」

ミッドはピッケルを振り上げ、また岩を掘りはじめた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『ガキン!ガキン!』

「う〜ん・・・出ないなぁ」
「・・・ねぇ」

ミッドがため息とともに肩を落とすのに合わせたかのように、メドゥーサが声をかけた。

「あん?」

「アンタ、なにを探してんのよ?」

「・・・なんでそんなこと聞くんだよ?」

「別に?暇だから」

「じゃあ家・・・は、ここか。部屋に帰れよ」

「採掘音が響いて耳障りだからイヤだ」

「・・・そうかい」

ミッドがため息を吐いた。鼻の頭を掻きながら少し恥ずかしそうに言った。

「・・・『ブルーラブ』っていう宝石の原石だよ」

「ぶるーらぶ?」

「お前が原因で廃坑になる前、ここでたまに取れてたらしい宝石だよ。希少価値が結構高くてな。宝石そのものを買うには結構な額がするんだ。俺は、冒険してそれを探してんだよ。実家が鍛冶屋兼小道具店でな、原石さえあれば加工できるし・・・」

「・・・なんで?光り物好きなの?」

メドゥーサがさらに聞くと、ミッドは頭の後ろをポリポリと掻いた。

「・・・『ブルーラブ』には、恋を成就させる力があるってされててな。俺、それで告白するんだ。長い間片思いだった人にな」

「・・・・・・ぇっ」

その話を聞いた瞬間、メドゥーサが目を見開いたが、また睨み顏に戻った。

「・・・ふーん。なるほどね。メルヘンチックな話じゃない」

「そ、そうか?」

「・・・よし、私も探したげるわ。そしたらもっと早くアンタを追い出せるし」

メドゥーサは立ち上がり(?)、ミッドとは違う岩壁に向き直った。

「は?いや、ピッケルはもう無いんだg」


「せいっ!」



『ボガァッ!ガラガラガラァッ!』



メドゥーサが掛け声とともに岩壁を尻尾で殴りつけると、大きな音を立てて崩れ落ちた。

なにしてんのお前!?

「ん?採掘」

「違うっ!それ採掘違う!破壊活動だそれは!せめてもっと細かくやれ!」

「むぅ・・・注文が細かいわねぇ」

「そのまま続けると、最悪この坑道が崩れ落ちるぞ」

「それは困るわね。やめとこう」

打って変わって尻尾で細かく岩壁を砕くメドゥーサを見て、ミッドは大きくため息を吐いた。


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「む・・・もうこんな時間か」

昨日とは違って採掘に集中していたミッドは手元の懐中時計がいつの間にか夜6時を示していたのにやっと気づいた。

「今日はそろそろ帰る。ありがとうな」

「へ・・・や、やめといた方がいいわよ」

「?なんで?」

ミッドが言うと、メドゥーサはずいっとミッドに顔を寄せてきた。

「アンタね、私のような魔物がいるこんな山に他に魔物がいないと思うの?夜、そんなか帰ろうとしたらいい獲物よ?」

「む・・・たしかにそうか・・・」

ミッドが納得すると、メドゥーサが唐突にミッドの手を握った。

「・・・しょうがないから、うちの家に泊めたげるわ。しょうがないからね。あーやだやだ、女の一人暮らしに男泊めるとか。やだやだ」

「え?ちょ、お・・・力、つよっ!?ちょ、待てって、おい!」

メドゥーサは、問答無用でミッドを引きずって坑道の暗い闇へ消えていった。


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鉱山最深部。
大きくドーム状にくりぬかれた様な場所の真ん中に、大量のご馳走というべき料理を乗せたテーブルがあった。


「まったく、食材までムダになったわ・・・さ、冷めないうちに食べなさい!残したら絞め殺すわよ!」


(え〜〜〜〜〜〜?)

エプロン姿のメドゥーサにビシッとお玉で指されて夕食完食を強制されたミッドは、目の前の大量の料理に驚きを隠せなかった。

(オムライスにスパゲッティ、野菜サラダや魚のソテー、豚か牛かわからん肉のステーキ?やらなんやら他にも多数・・・こ、これを全て食いきれと言うのか・・・?)

ミッドはチラッとメドゥーサに視線をやった。



「・・・なんか文句ある?」

『ビキビキビキビキ・・・』



尻尾で岩石を握りつぶし・・・訂正、すり潰していた。

「・・・いただきます」

ミッドは腹を括った。たとえ不味かろうと、量が莫大であろうと吐いても食い切らねば殺されると思い、彼はオムライスにスプーンを入れ、口に運んだ。


「・・・んぅ?」


「・・・な、なによ?」

ミッドは目をパチクリさせた。
卵はふわふわ、熱すぎて舌を火傷させたり冷えて冷たいということはなく、バターライスの暖かさと卵の冷めてない熱が適度に混ざり合い旨さをダイレクトに感じる。さらにバターライスはご飯に味付けの偏りはなく、さらにご飯はべちゃべちゃしておらず焼き飯としての食感を保ちながら舌にバターの甘さが広がる。

・・・言い換えると、素晴らしく美味い。ミッドがこれほどのオムライスを食べたことはないと思うほどだった。

「・・・これ、すげぇ美味い」

「ほ、ホント?」

「ちょっと待て・・・他のメシは・・・?」

ミッドは手当り次第に料理を食べはじめた。

どれもこれも素晴らしい味をしていた。ミッドの好みに関係なく『美味い』と言わせ、もう手が止まらないようになり、気づけばミッドは全てのメシを平らげてしまっていた。

「げぷっ・・・美味かった・・・もう食えねぇ・・・」

「ふんっ、下品に食べたわね・・・ま、いいわ。許してあげる」

そう言うメドゥーサだが、髪の蛇たちがやけに活発に動いているのをミッドは見逃さなかった。

(・・・なんだ?蛇が・・・意味わからんな)

『喜んでいること』には気づかなかったが・・・


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


深夜。
先ほどのドーム部屋の壁沿いのベッドでメドゥーサが眠り、原点を通した対称位置でミッドが寝ていた。

「・・・・・・」

「・・・ぐぅ、ぐぅ・・・」

「・・・ねぇ」

「・・・ぐぅ、ぐぅ・・・」

「・・・寝てる?」

ふと、メドゥーサが起き上がり、ずるずるという引きずる音も最小限に抑えてミッドに近づいた。

「・・・見事に寝てるわね・・・」

メドゥーサはぐっすり寝ているミッドの寝顔を見て、顔を緩ませた。

「・・・はぁ・・・」

しかし、すぐさまため息をついてしまった。すると、メドゥーサはいそいそとベッドに戻り眠ってしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それからしばらくの日数、ミッドはメドゥーサとともに採掘を続けた。ご飯はすべてメドゥーサが賄うため、ミッドは一日中採掘をしていた。
食事の際はふたりはおしゃべりを交えていた。ミッドは自分のことや他の旅先のことや実家の鍛冶屋兼小道具店のことなどを話した。メドゥーサはだいたい聞き専だったが、たまに自分のことを話していた。鉱夫たちを追い出したのはピッケル音がうるさいだけでなく、山の生き物をバサバサ殺すからだったとか、夢は医者になることで現在勉強中なんだとか、そんなことを話していた。
ふたりは、結構おしゃべりを楽しんでいた。

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『ガキン!』


「・・・お?」

ある日、ミッドがピッケル振るい、坑道の岩壁が欠ける。その欠けた向こうに、青い鉱石があった。

「・・・ま、まさか・・・」

ミッドは、ピッケルを慎重に振るい、その青い鉱石を出来るだけ傷つけることなく、岩壁から取り除いた。

「ちょっと〜。そろそろご飯にしない?」

その時、ちょうどメドゥーサが昼食の弁当を持ってきた。

「お、おぉ・・・おぉぉぉっ!」

「・・・なにうめいてんの?」

メドゥーサが片眉を上げて聞くと、ミッドは手のひらにある鉱石を大切そうにメドゥーサの前に出した。

「・・・出た」

「・・・え?」

「これだ!これなんだ!『ブルーラブ』!!!」

「・・・え・・・」

メドゥーサがミッドの手元をみた。
研磨されていないに関わらず、その青は濁りひとつなく、それを通して景色が青く染まっていた。

これが、ミッドの探していた鉱石、『ブルーラブ』である。

「やった!よっしゃあぁぁぁっ!とうとう見つけた!いよっしゃぁぁぁっ!」

ミッドはブルーラブを手に、飛び跳ねるようにして喜んでいた。


対するメドゥーサの顔は、あまり優れていなかった。


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『悪い、長い間世話になったな』


ミッドは、すぐさま荷物をまとめて出ていってしまった。最後に残した言葉が、上の言葉だった。

「・・・・・・」

メドゥーサは、机の中でボーッとしていた。

机には、2つのお弁当がのっていた。ミッドは嬉しさのあまり、それさえ食べずに行ってしまったのだ。

「・・・晩のご飯でいいや」

今は食欲がないのか、メドゥーサは部屋を出ていった。

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

メドゥーサは、最後にミッドがブルーラブを見つけた場所に来た。暗闇でも目が見えるためカンテラの灯りはない。少し前まではあんなに明るかったのに。

「・・・あ?」

メドゥーサは、落し物に気づいた。

ピッケルだ。ミッドが忘れたのだろう。もしくはもう要らないからか。ここには来ないから。

「・・・・・・」

メドゥーサは、ピッケルを取って、そっと抱きしめた。鉄の冷たさが頬と彼女の心に刺さっていた。

「・・・アタシって、男運ないのかな・・・いや、度胸がないのよね・・・あの夜、『襲っちゃえば』もしかしたら・・・だったのにね・・・」

あの夜とは、ミッドが泊まり始めた初夜のことだ。彼女はあの時、『今、襲ってしまおうか』という欲望を抑え、ため息を吐いてから寝たのだ。



「・・・一目惚れの晴れ、のち失恋の雨、ってか・・・ははは、笑えないや・・・」



メドゥーサの頬に一筋の涙が流れた。
彼女は、ピッケルを元に戻し、ゆっくりその場を後にした・・・



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


・・・それから。

・・・長い月日が。

・・・流れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


[数年後、ウァンバッハ]


「・・・はい、これでお終い。長い間、お疲れ様」


とある診療所の入り口。
街一番の若手名医と言われる彼女の元から、数ヶ月に渡り治療をした患者が退院することになった。

「ありがとうございます、先生。本当に、長い間・・・迷惑をかけました」

「なに言うのよ。医者は人を治すのが仕事よ。『魔物だろうが』なんだろうが関係ないの」

けらけら笑う彼女は、メドゥーサだった。ロングヘアと見るも熟れた立派な双乳が男患者の絶えぬ理由かもしれない。

「・・・せ、先生!」

急に患者が彼女の手を握り、顔を赤くしながら彼女に言った。



「にゅ、入院前から、いつか言おうと思ってたんです!!ぼ、ぼぼぼ、僕と!結婚してください!!」



告白だった。
それを聞いた、彼女の返答は・・・



「・・・悪いね。『昔から』寝取りはしないって決めてるんだ」



「・・・へ?」

その時、患者の後ろからひとりの女性が近づいてきた。

「あ、ん、た、バカァ!?先生に迷惑をかけんじゃないの!」

「ぐぇっ!?おまっ、喉締まぬぉぉぉギブギブギブギブ!」

女性はホールドスリーパーをしたまま、患者を引きずって行ってしまった。

「お幸せに〜・・・ってね」

彼女は笑顔で手を振っていたが、少しさみしげな顔を一瞬してから、診療所に入った。そして、待合室に飾ってあるものに目をやった。


ピッケルだった。下には『持ち主探しています、持ち主の名前はミッド』というラベルが貼られていた。
診療所には不似合いなそれを見る目は、愛おしそうだった。

「・・・アタシも未練たらたらだけどね・・・」

このメドゥーサこそ、あの医者を夢見ていたメドゥーサだ。あれからしばらくして医師免許を取り親魔物領で医者をすることになって、なぜかミッドが取りに来なかったピッケルを回収し、こうしてミッドを知ってる人を探している。

・・・あわよくば、ミッドにもう一度会えることを願って。

「・・・はぁ、さて、仕事、仕事」

そう言って、部屋の奥へいこうとした、その時。

『・・・ッ!シャーーーッ!シャーーーッ!』

「ん?なんだい?」

髪の蛇たちが玄関を向いて鳴きだした。

『チリンチリ〜ン♪』

「あぁ、お客さんか。いらっしゃ・・・」

接待文句を言いながら振り向いたメドゥーサは、相手を見て硬直してしまった。






「・・・やっと、見つけた」






ミッドだった。
昔の冒険者装備のまま、あの時とほとんど変わらなかった。

「・・・あ、ぁ・・・」

「・・・思えば、なんであんな長い間世話になったのに一度も名前聞かなかったのか。昔の俺は無礼極まりないと思うぜ」

メドゥーサは口をパクパクして驚いていたが、ハッとして壁に掛かったピッケルを見た。

「あ、アンタ、やっとピッケル取りにきたのね?全く、物忘れが激しすぎるわね。さっさとこれ、持って帰ってよね」

「え?・・・あ、おぅ・・・」

尻尾を使ってメドゥーサがピッケルを取り、ミッドに渡した。ミッドはわけがわからないという感じで受け取っていた。

「・・・ま、久しぶりね。お茶でも飲む?それとも、診察でも受けてく?見た目健康体そのものだけど?」

「あ、いや、いらん」

「そう?なら帰る?奥さんが待ってるでしょう?」

無意識のうちに、メドゥーサは皮肉のように言っていた。



「・・・結婚はしていない。というか、片思い『だった』あの女にも、告白してない」



ミッドの発言に、メドゥーサは目をまん丸くした。

「・・・はぁ!?なんで!?あんな苦労したのに!?」

「・・・いや、あの・・・」

「なに!?まさか直前になってひよったの!?バッカじゃないの!?街に出るようになってから知ったけど、あのブルーラブってもんのすごい宝石じゃない!!それで失敗するわけないでしょ!?」

「・・・いや、だからな・・・」

「なに?まだぐずるの?なにか他に理由でもあんの?」



「・・・ある。他に好きな女ができた」



一瞬、静寂が流れ、その次に・・・


『バッチィィィィィィン!!!』


メドゥーサの尻尾による殴打音が響いた。

「ぬぉぉぉぉぉぉ・・・」
(脇腹を押さえ床を転げ回る)

「こんのドボケ!あんだけ努力したのにコロッと他の女にほだされやがって!(そんなんだったら、やっぱりアタシがヤっとけばよかっ・・・!)」

「と、とりあえず、話を聞いてくれ・・・」

「あぁん?」

ミッドはよろよろと立ち上がった。メドゥーサは昔ながらの睨み目でミッドを睨みつける。

「・・・宝石を持って帰って、親父の指導のもと、指輪をこさえ始めたんだ。きっと喜んでくれるだろうなと思って、最初は頑張っていた。

ところがだ。途中から別の女のことが頭を埋め尽くし始めた。どうやってもその女のことばかり思ってしまって・・・メシさえ食うのがおっくうになるくらいだった・・・

そこで、気づいたんだ。俺は、必死に偶像を拝む様に片思いの人を見ていただけで、愛してなかったんだと。本当に愛したのは、その別の女なんだと」

そこまでミッドが言ったところで、メドゥーサがため息を吐いた。

「・・・あー。はいはい。そうですか。わかりましたよ。じゃあ、さっさとその女に告白して結ばれなさいよ、この浮気者」

「・・・お前は、ダメだと思うか?この、俺の気持ち」

ミッドが不安げに聞いた。

「・・・別に?個人の恋愛感情に順序なんてないでしょ?いいんじゃない?」

「そうか・・・分かった。告白しよう」

「はいはい、いってらっしゃい。それじゃ、また機会があったら・・・」


『ガシッ』


踵を返そうとしたメドゥーサの肩を、ミッドが掴んだ。メドゥーサはミッドの顔をギロリと睨んだが、ミッドは、ポケットから小さな小箱を取り出し、開けた。






「結婚してくれ、『リディア』」

小箱の中身は『ブルーラブの指輪』だった。







・・・また、静寂が訪れた。

「・・・・・・へ?」

「え?あ、ま、まさか、リディアって、お前の名前じゃなかったか!?診療所の看板に『リディア診療所』って書いてあったからてっきりそうだと!すまん!!」

「いや、あの、ちが、え、アタシ?別の女って、アタシ??」

メドゥーサ・・・リディアが自分を指差し、聞いた。

「そうだが」

「あの、えと、この指輪は・・・?」

「・・・俺の気持ちの真偽が疑われるなと思ったんだが、これだったら、どれだけ俺が真剣に想ってるか分かってくれると思ったんだが・・・なんというか、使い回しはダメか・・・?」

「ちょ、ま・・・いや、悪くないし、アタシの名前はリディアだけど・・・あの、アタシでいいの?本当にアタシで・・・いいの??」

「お前じゃなきゃダメだ」

「・・・・・・きゅぅ」

瞬間、リディアが顔を真っ赤にしてぶっ倒れた。

「ちょ!?おい!しっかりしろ!誰か!誰か医者はいないかーーーっ!?」





数日後、ふたりは式を挙げた。




12/02/26 10:40更新 / ganota_Mk2

■作者メッセージ

「・・・という、まぁベタな思い出の品だったりするんだが・・・」


ウィルベルにある、工房オヤカタの倉庫。
ミッド・・・最近では親方と呼ばれてる彼が締めくくった。

「・・・は、ははは・・・」

口元をヒクつかせながらひきつり笑いをする、隻眼のミッドの娘婿『フォン・ウィーリィ』。

「・・・あぅあぅあぅ・・・」

目にいっぱいの涙をためて今にも泣きそうなミッドの孫娘『サティア・ウィーリィ』。
彼ら三人に囲まれて床に鎮座するのは。



『折れた』ピッケルだった。



「お、おじいちゃ・・・ご、ごめんなさ・・・」

「すいません、親方・・・サティアのやったことです。僕が責任を・・・」

「いや、俺はいいんだが・・・リディアが知ったら・・・」

そこまでミッドが言って、全員に同じビジョンが見えた。



『サティア・・・おばあちゃん、怒っちゃったよ・・・ちょぉっと頭、冷やそうか?』



『ぞっ!!!』

幼い孫娘にも甘くない、というか厳しいリディアを思い浮かべ、全員が背筋を寒くさせた。

「・・・ふぇ・・・」

「サティア!泣くんじゃない!とりあえず、なんとか工作しましょう!」

「うむ・・・そうだ!ジパングの炊いたコメがいい接着剤になると聞いたぞ!」

「なんて素晴らしいタイミング!サティア、昨日食べた白い粒々、お弁当箱にあると思うから取って来なさい!早く!」

「ふぇぇぇ・・・」

もう半分泣きながら、サティアが工房に向かう。残された大の男ふたりがピッケルを拾う。

「こんなもの振り回して遊んでたのか・・・フォン、少しは躾をしっかりしろよ?」

「すいません・・・ひとりで採掘ごっこをしてたらしく・・・はっ!?リディアさんは今どこに!?」

「うっ!お、俺が探してこよう!」

「頼みます!」

ミッドが慌てて倉庫を出ていった。

「サティア・・・早くしてくれぇ・・・」


その時。


『ずる・・・ずる・・・』


「・・・ぇ」

倉庫の向こうの廊下から、ラミア種の歩く音がした。

ただし、サティアのように幼い子が歩く音ではなかった。



その音は、倉庫の前で止まった。





「ん?坊や、そこでなにして・・・坊や?そのピッケルはなんだい?」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


サティアとミッドが倉庫に再び帰ってきた時、フォンが激しい怒気をまとうリディアに必死に土下座していた。

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