日常/前編
ウィルベル。
それがフォンが住む街の名前である。今では珍しくなりつつある、人間しか住んでない街。街中は石畳を基調とした、我々の世界で言えば、中世フランスのような感じである。
フォンは街外れの小山の麓に住んでいて、出勤時はゆるやかな坂を下りながら街へ向かう。
「〜♪、〜〜♪」
陽気に鼻歌なんか歌いながら、フォンは呑気に坂を下っていた。遅刻に何も感じてないわけではない。慌てればこけることを知っているからだ。
静かな山に小さな歌が流れる。
彼の出勤風景は、いつもこうだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大通りのある店『工房、オヤカタ』。ここは機械、武器などに使う細かな部品を作ったり、依頼されれば装飾品や武器そのものなどを作ったりする。
その店の前で、一人の娘がウロウロしていた。
綺麗なブロンドの髪をポニーテールにし、小柄な身体をワンピースに包んでいる。顔はというと、おそらく街ですれ違う男の十人中、八人は振りかえるくらいの可愛い娘だ。
「言うぞ、言うんだ。今日こそ、絶対言うんだ・・・」
なんかブツブツつぶやきながらウロウロしていたが、女性は意を決したかのように扉の前に立った。
カランカラン♪
「いらっしゃ・・・んだよ、メリッサ。冷やかしなら帰れ」
店に入ると、ショートカットの金髪の青年が、一瞬だけ笑顔になった後、「めんどくせぇ」と言わんばかりの表情をした。
彼の名はエドウィン・ブラウン。店のカウンターに頬杖をつき、店番をするのが仕事である。
「うるさい!乙女の一大決心に水をさすな、馬鹿兄貴!」
入ってきた娘はメリッサ・ブラウン。エドウィンの妹で、ときどき店を手伝いにくる。さて、その目的は・・・。
「それより!えと、フォンにぃ、いるよね?」
「ん?あー、アイツか。あれ?どうだっけ?親方、親方ぁー?」
エドウィンが店の奥に叫ぶと、奥から、ぬぅっと褐色の巨体が現れた。オヤカタの店主、親方である。名前だからしょうがない。手抜きではな(ry
「んん?なんだ、うるっせぇな」
「親方、フォンのヤロー、裏口から来やした?」
「んん?そういやまだだな、寝坊でもしたのか、あの小僧」
エドウィンと親方はなんともない感じだが、メリッサは急にわたわたと慌てた。
「えっ、来てないんですか!?おかしいじゃないですか!いつも8時前にはもう来てるのに!」
ちなみに今は8時半。店は開いているが、まだお客がくる時間帯ではない。
「あいつだって寝坊くらいすんだろ。落ち着け」
「そうだぞ、誰だって寝坊する。ワシだって寝坊する」
「いや親方はあんましてほしくねぇけどな。8時開店なのに、8時ギリ起きとか」
しかしメリッサは聞かない。慌てて転回して扉に向かう。
「もしかしたら、道でつまづいて困ったりしてるのかも!?私、ちょっと見てき・・」
扉を開けて、メリッサが飛び出した瞬間。
ドンッと音をたてて、ぶつかった。
「いたっ!」「うわっ!?」
カラン、カラン。ガンっ!
店の出入りの鐘の音と違う、乾いた木の音が鳴る。つづいて、重々しい金属音が続いた。
「いたた、ごめんなさ・・・あ!?」
メリッサが顔をあげると、そこには一人の青年が。
黒の短髪、シュッとした痩せ型に近い顔。鼻筋もとおり、はにかんだ口元もあわせ、おそらくイケメンの部類に入る。
特徴といえば、目だろう。悪い特徴だが。
両方の目には、角度、大きさは違えど目の中心を通る痛々しい刀傷があった。彼が目が見えないのは、この傷のせいだ。
「いたた・・・メリッサ、かな?ごめんよ、ぶつかっちゃった、ケガ無い?」
この青年が、フォン・ウィーリィ。約30分ほどかかって、出勤するのだ。
「ごごご、ごめん、フォンにぃ!フォンにぃこそ、ケガ無い!?大丈夫!?」
メリッサはわたわたと慌ててフォンに駆け寄り、手を貸して立たせた。
「おぅ、フォン。テメェ初めて遅刻したな」
「あ、エド?ごめん、寝坊しちゃった」
「ハッハッハッ、坊主が寝坊か。こりゃ今日は雪か、雷だな」
「なんでですか、親方。僕だって、人ですよぅ」
続けてエドウィン、親方が店からでてきた。エドウィンが茶かし、親方が笑う。いつもと話題は違えど、工房オヤカタでは、いつもこんな感じだ。
フォン、エドウィン、メリッサは、いわゆる幼馴染である。
三人は小学生のころから、よく三人で遊んでいた。仲良く遊び、お互いの家でご飯を食べ、雑魚寝なんかもした。
目が見えなくなったフォンに、工房での仕事を紹介したのも、ブラウン兄妹である。その仕事はというと、三人くらいしか知らない、フォンの特技を利用したものだった。
「よし坊主、そろそろ始めてくれ」
「はい、親方」
フォンがメリッサに支えられながら工房に入り(杖はメリッサが拾った)、椅子にすわる。
前には机があり、時計やカメラなど、様々な機械が山になっていた。
そのうちのひとつを、フォンが手に取る。
「ん・・・時計か」
さわさわと持っている時計を撫でさわると、すぐさま持ってきていた道具箱をあけ、手探りでドライバーやらなんやらの工具を取り出す。
すると、目が見えてないにもかかわらず、ネジにドライバーを一発で差し込み、分解を始めた。
またそれが早い早い。あっという間に時計は、レンズ、本体、歯車や、針などの細やかな部品に分けられた。
素早く分解を終えたフォンは、次の機械にとりかかった。
フォンの仕事は、いらなくなった機械を分解し、部品ごとに仕分けること。使えるものは親方に回し、使えない鉄の部品は、溶鉱炉行きである。
フォンは黙々と機械を分解しつづける・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
彼は、結構腕のいい技師の母の元に産まれた。父は傭兵であった。
母がいつも仕事で、機械をいじっていた。それを見ていたフォンは、いつしか母の簡単な手伝いをしていた。
特技、いや、才能が目覚めたのは、8歳のころ。
母が分解を進めていた時に電話にでた。その隙に、機械をいじくりまわすと、なんとサッと分解が完了した。その早さに、母も驚きを隠せなかった。
それから、母はフォンに分解を任せるようにした。「見つけた才能は伸ばしたほうがいい」というのが、母の考えだった。
10際の頃には、母の前で、目を瞑って分解をしてみせた。ただし、不真面目にするなと怒られたが。
しかし、これがいまのフォンの仕事を成り立たせている。
また、10歳で見ずにできるようになったのも幸運だった。
11歳の誕生日、母を亡くしたのだから。
病気でも、事故でもない。
殺しだった。しかも、フォンの目の前で。
誕生日の日、隣町にフォンの誕生日プレゼントを母と買いに行った。ざんざん降りの大雨であったが、子どものフォンは幌馬車の上で騒ぎまくり、母はうるさい、静かにしろといいながらも、ニコニコ笑っていた。
二人が乗る幌馬車に、野盗が襲いかかったのは、隣町にあと数分でたどり着くところだった。
幌馬車が倒され、馬が逃げ出し、フォンは母に泣きついた。
「この子だけは助けて!私はどうなってもいいからっ!」
フォンは今でも覚えている。母の叫びを。背中からバッサリ斬られた、母の最後の微笑みを。
しかし、野盗はみなケタケタ笑いながら、フォンを虐めた。
蹴り飛ばし、殴った。
泣き喚いたとき、野盗の一人が、フォンを二回斬りつけた。目から血が流れ出し、フォンは暗闇に包まれた。
ここからフォンは覚えていない。恐怖で耳を塞いでうずくまり、ガタガタ震えて、どれぐらいたったか。ガードナー(警察みたいなもの)がフォンを保護してくれた。
しかし、その後の現実は非常だった。
親戚もいない、祖父、祖母の類も死別。さらに、知り合いのほとんどは哀れむだけで、手はさしのべてくれなかった。どこも、自分らが生き残るのにせいいっぱいだったのだ。
エドウィンやメリッサは親に一緒に暮らすことを頼み込んだが、答えはノー。結果、父親が戦場から帰ってくるまで孤児院に預けられることに。
孤児院の神父は優しかったが、フォンは早く父親が帰って来るのを待っていた。
泣きつきたかった。もはや全てが怖かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ところ変わり、フォンの家からすこし離れた森の中。
シェリーは、メモを片手に、麻袋をひきずっていた。
「んーと、とりあえず森の中で手に入る食材はこんくらいかぁ」
シェリーは夕食の食材を集めていた。キノコや山菜等、ウサギ(決してワーラビットではない)などのお肉。生き物系統は石化させて袋に入れている。
不意にガサガサと茂みが揺れ、下半身が蜘蛛の女性が現れた。
「あら、ごきげんよう。通い妻」
「だっ、誰が、かかか、通い妻よッ!?」
シェリーの友人、アラクネのアリーシャである。
アリーシャが茶化して呼ぶと、顔を絵の具で塗りたくったように真っ赤になって叫ぶシェリー。アリーシャはフォンのことを知っているのだ。
「今日の夕食の準備?健気ねぇ。さっさと押し倒してヤっちゃえばいいのに」
「うっさい。あんたみたいにヤろうとしたら、フォンに嫌われるからやーよ」
「ふぅん、じゃ、私は嫌われてもいーし、あの子、泣き顔が映えそうだからおそっちゃ」
「石化させてから締め上げて動けなくしてアンタの嫌いな浮浪者どもの溜まり場に放置してあげようか、いや今すぐやろうそうしよう」
「じょ、冗談よ!だから目を本気モードにすんじゃないわよっ!」
目を光らせ、シェリーがアリーシャを睨む。アリーシャは引きつりながら、笑ってシェリーをなだめて、話題を変えた。
「て、てかさ、貴女、一体いつまでそのままの状態を継続するつもりよ?確か、もう9年くらい世話してない?」
「なに言ってるのよ、8年と4ヶ月と8日よ」
「そこまで覚えてんの!?」
(アタシだって、告白して、あいつと・・・結ばれたいわよ)
しかし、アリーシャも知らない事情を知っているシェリーは、踏み出せずにいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
フォンが14歳のとき、とうとう最大の悲劇が起こった。
父が戦場で亡くなった。魔物に殺されたという一報だった。
それを聞いたフォンは、もはや壊れたも同然だった。
その日からずっと部屋の片隅でうずくまり、残しながらも食べていたご飯も食べなくなり、エドウィンやメリッサともしゃべらなくなった。
さらにはある大雨の日、失踪事件を起こす。
エドウィン、メリッサ、神父が雨の中探すと、年不相応にわんわん泣きわめくフォンがふらふら歩いているのを見たという。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(お父さん殺されてるのに、どうして魔物を好きになれるのよ・・・)
「ちょっと、シェリー?おーい?」
ため息をつき、上の空なシェリーを、アリーシャが不思議に思っていた。
それがフォンが住む街の名前である。今では珍しくなりつつある、人間しか住んでない街。街中は石畳を基調とした、我々の世界で言えば、中世フランスのような感じである。
フォンは街外れの小山の麓に住んでいて、出勤時はゆるやかな坂を下りながら街へ向かう。
「〜♪、〜〜♪」
陽気に鼻歌なんか歌いながら、フォンは呑気に坂を下っていた。遅刻に何も感じてないわけではない。慌てればこけることを知っているからだ。
静かな山に小さな歌が流れる。
彼の出勤風景は、いつもこうだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大通りのある店『工房、オヤカタ』。ここは機械、武器などに使う細かな部品を作ったり、依頼されれば装飾品や武器そのものなどを作ったりする。
その店の前で、一人の娘がウロウロしていた。
綺麗なブロンドの髪をポニーテールにし、小柄な身体をワンピースに包んでいる。顔はというと、おそらく街ですれ違う男の十人中、八人は振りかえるくらいの可愛い娘だ。
「言うぞ、言うんだ。今日こそ、絶対言うんだ・・・」
なんかブツブツつぶやきながらウロウロしていたが、女性は意を決したかのように扉の前に立った。
カランカラン♪
「いらっしゃ・・・んだよ、メリッサ。冷やかしなら帰れ」
店に入ると、ショートカットの金髪の青年が、一瞬だけ笑顔になった後、「めんどくせぇ」と言わんばかりの表情をした。
彼の名はエドウィン・ブラウン。店のカウンターに頬杖をつき、店番をするのが仕事である。
「うるさい!乙女の一大決心に水をさすな、馬鹿兄貴!」
入ってきた娘はメリッサ・ブラウン。エドウィンの妹で、ときどき店を手伝いにくる。さて、その目的は・・・。
「それより!えと、フォンにぃ、いるよね?」
「ん?あー、アイツか。あれ?どうだっけ?親方、親方ぁー?」
エドウィンが店の奥に叫ぶと、奥から、ぬぅっと褐色の巨体が現れた。オヤカタの店主、親方である。名前だからしょうがない。手抜きではな(ry
「んん?なんだ、うるっせぇな」
「親方、フォンのヤロー、裏口から来やした?」
「んん?そういやまだだな、寝坊でもしたのか、あの小僧」
エドウィンと親方はなんともない感じだが、メリッサは急にわたわたと慌てた。
「えっ、来てないんですか!?おかしいじゃないですか!いつも8時前にはもう来てるのに!」
ちなみに今は8時半。店は開いているが、まだお客がくる時間帯ではない。
「あいつだって寝坊くらいすんだろ。落ち着け」
「そうだぞ、誰だって寝坊する。ワシだって寝坊する」
「いや親方はあんましてほしくねぇけどな。8時開店なのに、8時ギリ起きとか」
しかしメリッサは聞かない。慌てて転回して扉に向かう。
「もしかしたら、道でつまづいて困ったりしてるのかも!?私、ちょっと見てき・・」
扉を開けて、メリッサが飛び出した瞬間。
ドンッと音をたてて、ぶつかった。
「いたっ!」「うわっ!?」
カラン、カラン。ガンっ!
店の出入りの鐘の音と違う、乾いた木の音が鳴る。つづいて、重々しい金属音が続いた。
「いたた、ごめんなさ・・・あ!?」
メリッサが顔をあげると、そこには一人の青年が。
黒の短髪、シュッとした痩せ型に近い顔。鼻筋もとおり、はにかんだ口元もあわせ、おそらくイケメンの部類に入る。
特徴といえば、目だろう。悪い特徴だが。
両方の目には、角度、大きさは違えど目の中心を通る痛々しい刀傷があった。彼が目が見えないのは、この傷のせいだ。
「いたた・・・メリッサ、かな?ごめんよ、ぶつかっちゃった、ケガ無い?」
この青年が、フォン・ウィーリィ。約30分ほどかかって、出勤するのだ。
「ごごご、ごめん、フォンにぃ!フォンにぃこそ、ケガ無い!?大丈夫!?」
メリッサはわたわたと慌ててフォンに駆け寄り、手を貸して立たせた。
「おぅ、フォン。テメェ初めて遅刻したな」
「あ、エド?ごめん、寝坊しちゃった」
「ハッハッハッ、坊主が寝坊か。こりゃ今日は雪か、雷だな」
「なんでですか、親方。僕だって、人ですよぅ」
続けてエドウィン、親方が店からでてきた。エドウィンが茶かし、親方が笑う。いつもと話題は違えど、工房オヤカタでは、いつもこんな感じだ。
フォン、エドウィン、メリッサは、いわゆる幼馴染である。
三人は小学生のころから、よく三人で遊んでいた。仲良く遊び、お互いの家でご飯を食べ、雑魚寝なんかもした。
目が見えなくなったフォンに、工房での仕事を紹介したのも、ブラウン兄妹である。その仕事はというと、三人くらいしか知らない、フォンの特技を利用したものだった。
「よし坊主、そろそろ始めてくれ」
「はい、親方」
フォンがメリッサに支えられながら工房に入り(杖はメリッサが拾った)、椅子にすわる。
前には机があり、時計やカメラなど、様々な機械が山になっていた。
そのうちのひとつを、フォンが手に取る。
「ん・・・時計か」
さわさわと持っている時計を撫でさわると、すぐさま持ってきていた道具箱をあけ、手探りでドライバーやらなんやらの工具を取り出す。
すると、目が見えてないにもかかわらず、ネジにドライバーを一発で差し込み、分解を始めた。
またそれが早い早い。あっという間に時計は、レンズ、本体、歯車や、針などの細やかな部品に分けられた。
素早く分解を終えたフォンは、次の機械にとりかかった。
フォンの仕事は、いらなくなった機械を分解し、部品ごとに仕分けること。使えるものは親方に回し、使えない鉄の部品は、溶鉱炉行きである。
フォンは黙々と機械を分解しつづける・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
彼は、結構腕のいい技師の母の元に産まれた。父は傭兵であった。
母がいつも仕事で、機械をいじっていた。それを見ていたフォンは、いつしか母の簡単な手伝いをしていた。
特技、いや、才能が目覚めたのは、8歳のころ。
母が分解を進めていた時に電話にでた。その隙に、機械をいじくりまわすと、なんとサッと分解が完了した。その早さに、母も驚きを隠せなかった。
それから、母はフォンに分解を任せるようにした。「見つけた才能は伸ばしたほうがいい」というのが、母の考えだった。
10際の頃には、母の前で、目を瞑って分解をしてみせた。ただし、不真面目にするなと怒られたが。
しかし、これがいまのフォンの仕事を成り立たせている。
また、10歳で見ずにできるようになったのも幸運だった。
11歳の誕生日、母を亡くしたのだから。
病気でも、事故でもない。
殺しだった。しかも、フォンの目の前で。
誕生日の日、隣町にフォンの誕生日プレゼントを母と買いに行った。ざんざん降りの大雨であったが、子どものフォンは幌馬車の上で騒ぎまくり、母はうるさい、静かにしろといいながらも、ニコニコ笑っていた。
二人が乗る幌馬車に、野盗が襲いかかったのは、隣町にあと数分でたどり着くところだった。
幌馬車が倒され、馬が逃げ出し、フォンは母に泣きついた。
「この子だけは助けて!私はどうなってもいいからっ!」
フォンは今でも覚えている。母の叫びを。背中からバッサリ斬られた、母の最後の微笑みを。
しかし、野盗はみなケタケタ笑いながら、フォンを虐めた。
蹴り飛ばし、殴った。
泣き喚いたとき、野盗の一人が、フォンを二回斬りつけた。目から血が流れ出し、フォンは暗闇に包まれた。
ここからフォンは覚えていない。恐怖で耳を塞いでうずくまり、ガタガタ震えて、どれぐらいたったか。ガードナー(警察みたいなもの)がフォンを保護してくれた。
しかし、その後の現実は非常だった。
親戚もいない、祖父、祖母の類も死別。さらに、知り合いのほとんどは哀れむだけで、手はさしのべてくれなかった。どこも、自分らが生き残るのにせいいっぱいだったのだ。
エドウィンやメリッサは親に一緒に暮らすことを頼み込んだが、答えはノー。結果、父親が戦場から帰ってくるまで孤児院に預けられることに。
孤児院の神父は優しかったが、フォンは早く父親が帰って来るのを待っていた。
泣きつきたかった。もはや全てが怖かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ところ変わり、フォンの家からすこし離れた森の中。
シェリーは、メモを片手に、麻袋をひきずっていた。
「んーと、とりあえず森の中で手に入る食材はこんくらいかぁ」
シェリーは夕食の食材を集めていた。キノコや山菜等、ウサギ(決してワーラビットではない)などのお肉。生き物系統は石化させて袋に入れている。
不意にガサガサと茂みが揺れ、下半身が蜘蛛の女性が現れた。
「あら、ごきげんよう。通い妻」
「だっ、誰が、かかか、通い妻よッ!?」
シェリーの友人、アラクネのアリーシャである。
アリーシャが茶化して呼ぶと、顔を絵の具で塗りたくったように真っ赤になって叫ぶシェリー。アリーシャはフォンのことを知っているのだ。
「今日の夕食の準備?健気ねぇ。さっさと押し倒してヤっちゃえばいいのに」
「うっさい。あんたみたいにヤろうとしたら、フォンに嫌われるからやーよ」
「ふぅん、じゃ、私は嫌われてもいーし、あの子、泣き顔が映えそうだからおそっちゃ」
「石化させてから締め上げて動けなくしてアンタの嫌いな浮浪者どもの溜まり場に放置してあげようか、いや今すぐやろうそうしよう」
「じょ、冗談よ!だから目を本気モードにすんじゃないわよっ!」
目を光らせ、シェリーがアリーシャを睨む。アリーシャは引きつりながら、笑ってシェリーをなだめて、話題を変えた。
「て、てかさ、貴女、一体いつまでそのままの状態を継続するつもりよ?確か、もう9年くらい世話してない?」
「なに言ってるのよ、8年と4ヶ月と8日よ」
「そこまで覚えてんの!?」
(アタシだって、告白して、あいつと・・・結ばれたいわよ)
しかし、アリーシャも知らない事情を知っているシェリーは、踏み出せずにいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
フォンが14歳のとき、とうとう最大の悲劇が起こった。
父が戦場で亡くなった。魔物に殺されたという一報だった。
それを聞いたフォンは、もはや壊れたも同然だった。
その日からずっと部屋の片隅でうずくまり、残しながらも食べていたご飯も食べなくなり、エドウィンやメリッサともしゃべらなくなった。
さらにはある大雨の日、失踪事件を起こす。
エドウィン、メリッサ、神父が雨の中探すと、年不相応にわんわん泣きわめくフォンがふらふら歩いているのを見たという。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(お父さん殺されてるのに、どうして魔物を好きになれるのよ・・・)
「ちょっと、シェリー?おーい?」
ため息をつき、上の空なシェリーを、アリーシャが不思議に思っていた。
11/04/07 10:53更新 / ganota_Mk2
戻る
次へ