とある冒険作家の夫婦録〜砂漠編〜
ー空にはジリジリと焼きつく太陽
ー地面は白い砂と無骨な岩石ばかり
ー照る光は砂を煌めかせて反射し
ー太陽の熱さを倍加させている
ー歩む魔界豚も舌を出して暑がり
ー手綱を持つ彼女も汗まみれである
ー私も滝のような汗を流すが
ー私の妻はやけに涼しげである
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【序章:旅路】より抜粋)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(ブフォ・・・ブフォ・・・)
砂と岩石ばかりの砂漠を歩く魔界豚の息づかいは、全力疾走してバスを追いかけた後の人より荒く、吐息は生暖かさに富んでいた。
「トンピー・・・頑張ってぇ・・・もうちょいだからさぁ・・・」
『ぺちん』
(ブフォ〜・・・)
麦わら帽子を被り、その魔界豚の噛んでいるハミ(競走馬の噛んでる金属のやつ)に繋がる手綱を持っているゴブリンの少女が鞭を振るうが、すでに熱さにやられているのか弱々しい。しかし魔界豚はひと鳴きして、歩みを強めた。
「・・・フォンの旦那〜・・・大丈夫ですか〜・・・」
ゴブリンが振り返って尋ねる。彼女の後ろ、魔界豚の背中には幌付きの荷物載せ部分がある。その中で、もう渇き始めた湿りタオルを頭に乗せた隻眼の男が荷物に紛れて横になっていた。
「大丈夫だよ・・・ちょっと、暑いかな・・・」
「暑いのと乗り心地が悪いのは勘弁してくだせ〜・・・」
「乗り心地に文句なんてないよ・・・無理やり頼み込んだんだから・・・」
彼の名は『フォン・ウィーリィ』。冒険作家である。
彼の著書は賛否両論あるものの、新参冒険者には分かりやすく、また密かに一般人の恋愛話好きの魔物たちの間での流行本になりつつある。
前者はともかく、後者についてそれはなぜかと言えば、となりでハンカチをはためかせてフォンに風を送るひんぬーメドゥーサ、『シェリー・ウィーリィ』の存在だった。
「ちょっと、まだ着かないの?フォンが茹だっちゃったら、締め上げるわよ」
彼女はメドゥーサ特有の睨み目をゴブリンに向け、ツインテールに纏められた蛇たちの半分をゴブリンに向けさせ、もう半分をフォンに向けていた。もちろん、ゴブリンには威嚇、フォンには心配をしている。
「奥様〜・・・無茶言わんでくだせ〜・・・これでもトンピーフルスロットルで向かってまさ〜・・・」
「奥様って言えば、機嫌良くなると思わないでくれる?」
(・・・チッ、最近はこれも通じなくなってきたか・・・)
ギロリと睨みを強めたシェリーに対し、ゴブリンは小さく舌打ちをした。
「・・・シェリーは、なんか、涼しそうだね・・・」
「ん・・・確かに、そんな言うほど暑くはないけど・・・日陰だからじゃない?」
ラミア種のなにかの特性なのか、それとも魔物の上位種だから身体が頑丈なのか。シェリーは自分でもわかってないのか、首をかしげた。
「・・・どれどれ・・・」
すると、フォンは濡れタオルで自分の汗を粗方拭き、ゆっくりとシェリーに抱きついた。
「・・・へ・・・?」
「・・・あ、やっぱりシェリーの方がひんやりしてる・・・」
フォンが少し幸せそうに頬を緩めたところで、シェリーは顔を真っ赤にさせ、ジタバタと暴れ始めた。
「・・・ばっ、ばばばば!フォン!ななななにしてるのよ!!?」
「はぁ〜・・・シェリー、気持ちいいよ・・・もうちょっとこのままで・・・」
「そんないやらしい台詞こんなとこで言わないでーーーーーーっ!」
(・・・奥様の頭の方がいやらしい気がしますがねぇ・・・つぅか、独り身の私にまた見せつけるのか。旦那め・・・爆発しろ・・・)
歯をギリギリと鳴らしてフォンたちのいちゃつきを見ていたゴブリンだが、嬉しそうに鳴いた魔界豚の鳴き声に前を見る。
「・・・お、おぉ〜・・・」
先に見えた、緑の大地と白い家々、巨大なピラミッドに、ゴブリンは目を輝かせた。
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ー砂漠の広がるイーディップ地方
ーその白い砂原の中で青々と茂る土地がある
ー巨大な四角錐の古代建造物『ピラミッド』
ーそれを中心にしてその緑の大地が広がっていた
ーそこには多くの人々が暮らし
ー魔物と人間が手を取り合っていた
ー私達はここまで連れてきてくれた商人と別れ
ー現地の執務官様に案内をしてもらった
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【二章:到達】より抜粋)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そんじゃあ、私は商売をしますんで。数日後にまたお迎えにあがります〜」
砂漠の中で唯一緑の生い茂るオアシスにある町『テ・ウベ』。
ここは数年前にファラオが復活したことで明緑魔界が発現し、そこに人や魔物が集まり、小さな町となったのだ。
明緑魔界とは、最近になって確認され始めた魔界であり、砂漠であっても青々とした緑が広がる魔界である。
フォンはこの都市の話を聞き、貴重な魔界と聞いて黙っていられず、この町へ向かう行商人であるゴブリンに頼み込んで連れてきてもらったのだ。ちなみにこのゴブリンはいつもいろんなところにフォンたちを連れて行ったりしている。
「いつもありがとうね」
「お礼なんていらないですよ。代わりに・・・ね?」
ゴブリンはニヤリと笑って親指と人差し指で輪を作った。
「うん。帰ったら色つけて払うよ」
「ありがとうさんです旦那。それでは〜」
そう言うとゴブリンはご機嫌に魔界豚を連れて、市場らしい広場へ向かった。
「・・・さて、どうましょうか」
「とりあえず町見て回ろうよ。ね?」
(・・・フォンの目がキラキラしだした・・・ダメだ、こうなるともう私の話聞かなくなる・・・)
目を輝かすフォンに、あぁ今日も一日歩き詰めかな、とシェリーが思った時であった。
「・・・失礼ですが。冒険作家フォン・ウィーリィ様と、シェリー・ウィーリィ様でしょうか?」
後ろからかけられた声に、フォンとシェリーが振り向く。そこに立っていたのは、キリリと引き締まり、どこか警戒色の感じられる睨みをしたアヌビスが立っていた。
「え・・・はい、そうd」
「そうだけど、なにかしら?」
フォンが返答するより早く、シェリーがフォンとアヌビスの間に立ちふさがり、もう明らかなガンを飛ばし始めた。もちろん髪の蛇たちも警戒をすっ飛ばした攻撃態勢に切り替わっていた。
ところが、シェリーのガン飛ばしに一切の感情的変化を見せずに、アヌビスは淡々と話し始めた。
「私、この町の執務官兼ピラミッド守護者を務めております、アヌビスの『ハムゥーナ』と申します。此度はテ・ウベまでの御足労、まことに感謝しております。我が主、ファラオ様は貴方様のような高名な作家に自分の町が本の題材にしていただけることを誠に光栄に思っておりまして。これにつきましてファラオ様が貴方様を今宵の宴に招待したく、お迎えにあがりました」
まるで文面を丸暗記してきたのかと疑うほどスラスラとしゃべったことに二人は一瞬ポカンとなったが、フォンがひとつ尋ねた。
「・・・あの、僕、今日来るなんて連絡、入れてない・・・」
「先日、フォン様の編集長と名乗る方の手紙が届きまして、そこに到着予定日時やお二方の容貌などが事細かに書かれておりました」
「・・・エドってばなにしてんのさ・・・」
自分勝手に町の探索を行いたかったフォンは少し残念そうに頭を抱えたが、すぐにハムゥーナがフォローに入った。
「ご安心ください。お手紙に、フォン様には必ず自由時間を設けさせること、あまり過度な接待は逆に煙たがれるなども書かれていたため、ファラオ様は今日のみ宴を開かれるつもりのようです。ちなみに本日はファラオ様直々によるピラミッド探索なども行う手筈でございます」
「よしシェリーすぐ行こう」
「・・・そうね」
(目の輝きが倍加した・・・)
シェリーはそう言いながらも、ハムゥーナをギロリと睨む。その視線に気づいたハムゥーナは、シェリーに一礼して言った。
「シェリー様、ピラミッド内ではフォン様とお手を繋いでおくことをお勧めします」
「・・・はい?」
「ピラミッド内では多くの夫婦となった魔物がおりまして、対して未だ未婚の者もおります。ファラオ様の瘴気に当てられたものがフォン様を襲う可能性も無きにしも非ずなので」
「わかった。ありがとう。絶対離さないわ」
「こちらとしても問題の発生は困りますので」
「・・・ん?なに話してるの?」
目を輝かして手記を書いていたフォンがそこで顔をあげてキョトンとする。
ハムゥーナは苦笑し、シェリーはため息を吐いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー石造りのピラミッドは外と大きく違い
ー日が入らず、涼しく、うってかわって快適だった
ー主であるファラオ『ハトシェプト』様の話を拝聴し
ー私は念願のピラミッド探索を行わせてもらえた
ー完全な住居用でないこの建造物には
ー未だ多くのトラップが解除されておらず
ー私の探索欲を満たし、楽しませてくれた
ー余談ではあるが
ー探検中、何故か妻がひと時も手を離してくれなかった
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【三章:探検】より抜粋)
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「・・・ということで、妾の国家の黄金期は繁栄を極め、人々が・・・でありましたが、それ故に一部の家臣や兵に慢心と怠慢がおき・・・かくして妾は・・・」
ピラミッド中心部、王の間。
この町の領主であり、ピラミッドの主であるファラオ『ハトシェプト・トトゥーメス』が、自分の前に正座しているフォンとシェリー(シェリーは正座というよりとぐろ巻き)に、長々と話を続けていた。
(・・・ま〜だ終わらなんのかにゃ。ハトシェプト様のお話)
(黙って拝聴しろ。今、やっと中盤に入ったところだ)
ハトシェプトから少し離れた場所に並んで直立するハムゥーナと、スフィンクスの『テプラ』が、ヒソヒソと話している。
(うへぇ・・・もう1時間も喋りっぱなしにゃ・・・)
(黙ってろというに。いつも寝て話を聞いてない貴様も、たまにはしっかり聞け)
(んにゃこと言ったって、ぶっちゃけハトシェプト様の生前の国家繁栄話なんて、物好きな歴史家じゃにゃいと聞く意味ないにゃ)
(・・・なら、フォン様はどうなのだ)
ハムゥーナがフォンを顎で指した。
一時間もの間、小難しい?歴史の勉強じみた話を聞かされているシェリーは、目が今にも閉じて寝てしまいそうなのに対し、フォンは小さく相槌をつきながらハトシェプトの話を素早く手記に書き記していた。小さくガリガリガリガリと鉛筆が急速に削れる音がしているのが、遠目から聞いても証拠になった。
(・・・あの作家はバケモノかにゃ?)
(失礼なことを言うな)
(だってハトシェプト様の話を聞いて寝ないことは誰もないにょに・・・)
(だから、黙れというに!)
「・・・ハムゥーナ、テプラ。妾の話はつまらないですか」
ハッと二人が顔を向けると、ハトシェプトが不満そうに頬を膨らませていた。
「も、申し訳ありません!」
「ご、ごめんなさいにゃ!」
「・・・全く、興が冷めました。フォン殿。貴方様はピラミッドの探求に興味がおありと聞きましたが」
「はい!是非に!」
手記にまだ何か書き込んでいたフォンは、ファラオの言葉に顔をあげ、まるで新しい玩具をもらう子供のように目をキラキラ光らせた。
「・・・あらあら、相当待たせていたようですね」
「・・・あ、いえ、ハトシェプト様のお話も興味深かったですが・・・」
「しかし、貴方の興味の天秤は探求に傾いてらっしゃるのでしょう?私が直に案内致します。話の続きはその道々でしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
フォンの、本当の子供のように一喜一憂、表情をコロコロ変える様にハトシェプトは可愛く思ったが、素早く感知したシェリーの睨みにその心を隠して話をしていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、ハトシェプトの案内により安全、かつ優雅な探索が行われる、はずだったのだが。
『ゴゴゴゴゴゴーーーッ!!』
『ぎゃーーーーーーっ!?』
「なんか壁が狭ってくるんだけどーーーっ!?」
「走れ!走れ!!誰だ、壁トラップのスイッチ押したのは!?」
「犯人は知ってるけど今はノーコメントにゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
左右から迫る廊下の壁。トラップから逃れるために、シェリーはフォンの手を引っ張り、ハムゥーナとテプラはハトシェプトを抱え、ダッシュで走っていた。
すぐにゴールが見え、全員が廊下を走り切った後に、廊下の壁がピシャーンと音を響かせて閉じた。
「ぜぇ、ぜぇ・・・ちょっと、安全じゃ、ないじゃ、ないの・・・」
「な、なぜ・・・このトラップが、作動してるのだ・・・」
シェリーとハムゥーナが肩で息をする横で、ハトシェプトとフォンが話をしていた。
「如何ですか、フォン殿。これが宝物庫へ通ずる廊下に仕掛けられた『挟み壁の罠』ですわ。昔は壁を取り替え、トリモチ式にして探検者を捕縛する様にしていて、最近は安全のため作動自体をストップしていたのですが、今回はリアリティを出すため、壁を圧殺式にし、ちゃんと動く様にしておきました」
「アンタの仕業かっ!!!」
「ハトシェプト様っ!!?」
(さっきスイッチ押してたのも、ハトシェプト様だったにゃ・・・)
ちなみにフォンは・・・
「すごかったです!後でしくみとか教えていただけますか!?」
遊園地のアトラクションかなにかで遊んだ後の子供だった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
その後・・・
「フォン様、この部屋は3つのレバーのうちひとつが正解で、次の部屋への道が開かれます。正しいのは・・・」(ハムゥーナ)
「ちなみにフォン殿、こちらがダミーですわ」(ハトシェプト)
『ガコン!』
「ちょっとハトシェプト様それ振り子ハンマーのレバーでげばら!?」(ハムゥーナ)
ハムゥーナが振り子ハンマーで吹っ飛ばされたり。
「ここには矢のトラップがあったりするにゃ。足元に感圧床があるから、十分注意するにゃ」(テプラ)
『ガコン!』
「あ・・・」(フォン)
「ちょっと今どこの床踏んだにゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
『ドシュシュシュシュシュシュ!!!』
テプラが矢のトラップで穴だらけにされかけたり。
「ここの床に張ってある糸は切らないでくださいね!?」(ハムゥーナ)
「一番被害くらいやすいのは先行してるうちらだからにゃ!?」(テプラ)
『・・・ぷちん』
「あ・・・ごめん」(シェリー)
『乗り越えろよ糸くらいよぉ!!!』(ハムゥーナ、テプラ)
『バゴンッ!』
「きゃあぁぁぁぁぁぁ・・・」(ハムゥーナ)
「にゃあぁぁぁぁぁぁ・・・」(テプラ)
ハムゥーナとテプラが落とし穴に落ちたりと、他にもたくさんのトラップに引っかかっていた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『もう勘弁してください』
ボロボロになったハムゥーナとテプラが土下座し、ハトシェプトに許しを乞いていた。
「あら、もう音を上げるの?」
「ハトシェプト様のお話の横で私語をしていたことは平に謝ります故・・・」
「もううちらの身体はボロボロですにゃ・・・どうかもう、お許しを・・・」
二人の土下座にふぅ、と溜息を吐いたハトシェプトは、フォンに申し訳なさそうに言った。
「フォン殿、申し訳ありませんけども、また明日に探検の続きをしてもよろしいでしょうか?」
「え、えぇ、いいですけど・・・」
『また明日!?』
ハムゥーナ達が声をあげると、ハトシェプトは『にっこり』笑った。
「えぇ、もちろん。ハムゥーナ、テプラ。手伝ってくれますよね?」
「・・・くぅ〜ん・・・(;ω;)」
「・・・みぃ〜・・・(;ω;)」
二人は、抱き合って怯えた小動物の顔で、力無くうなづいた。
「・・・怖いわね、ハトシェプト様」
「そうだね・・・ところでシェリー」
「なに?」
フォンは、ずっとフリーでない、左手を指差した。
「なんでずっと僕の手を握ってるの?」
探検中、ずっと、シェリーはフォンの手を握っていたのだ。
「べ、別に・・・その・・・悪い!?」
「いや、全然・・・だけど、もしかしてシェリー、怖かった?」
「へ!?」
「今日は罠作動してばっかりだったし、結構危ない罠多かったし・・・ごめんね・・・」
「あっ、謝らなくていいわよ!怖くなんてなかったの!・・・ただ、ちょっと、フォンを心配しただけ・・・」
「・・・そっか・・・ありがとう」
「謝らなくていいってば・・・」
フォンが苦笑混じりに謝り、シェリーが顔を赤らめて言う。
そして、シェリーは気づくのだ。三つの視線に。
『ニヤニヤニヤニヤ・・・』(×3)
「・・・はっ!?」
視線の元を見ると、ハトシェプトたちがとても嬉しそうににやにや笑っていた。
「うふふふ♥ハムゥーナに仕掛けておくよう言っておいてよかったわ♥」
「はい、ピラミッドに入る前から、『常時手をつなぐ』ことを進言しておきましたから」
「にゃかにゃかラブラブですにゃ〜♥今夜は負けないくらいうちもラブラブするにゃん♥」
三人がキャッキャッ笑っているのを見て、シェリーは怒りが募ったものの、フォンと手が離せないために爆発はさせなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー夜となると盛大な宴が始まった
ー私は騒がしいのは苦手なのだが歓迎されるのは嬉しい
ーハトシェプト様の部下のギルタブリルの踊り
ー人が作ったものと相違ない、かつ豪勢な食事
ーここには書ききれぬような素晴らしい光景だった
ーハトシェプト様たちも旦那様と仲良くなさり
ー私の妻も酔ったのか、私の話を誰彼構わずしている
(私の話のなにが楽しいのか未だにわからないが)
ー私は酒に火照った身体を冷やすため
ーまた、夜の砂漠がどのようなものか知るため
ー少々、ピラミッドから外出した
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【四章:遭遇】より抜粋)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・なかなか寒いなぁ」
フォンは宴の場から抜け、ピラミッドの門番(マミーとその旦那)にちょっと散歩する、妻が来たら探さず落ち着いて待っておくよう言っておいて、と告げたのちに街から少し出た砂漠まで来ていた。
汗が滝になる昼間の暑さとは打って変わり、砂漠の夜は長袖でも寒気を感じるほど冷えていた。
「これは着るものを選ばないと風邪をひいちゃうなぁ・・・」
手元の手帳に書き込みながら、フォンはつぶやく。
ふと、静かな砂漠にビュウと風が吹いて、砂が舞い上がった。
「うえっぷ・・・ぺっ、ぺっ・・・口に入っちゃった・・・」
さらに風がもうひとつビュウッと吹き、風の冷たさにフォンは身震いをした。
「うわっ、寒い・・・一回帰ろうかな・・・服をもう少し厚着してから・・・」
「・・・そんなことせずとも、我とひとつになれば、寒さなぞ感じなくなるぞ?」
瞬間、フォンの後ろから長い蛇の胴がぐるりと巻きつき、フォンを抱き込んだ。普段ならばフォンは「どうしたのシェリー?」と声を掛けるが、今回はサッと顔を青ざめさせた。
「・・・えっと、こんばんわ?」
「ほう、我に対して対等の輩に対する挨拶をするか。これは肝が座っている強者か、それとも頭が足りぬ無礼者か?」
フォンに巻きついてた蛇の胴がギリギリと彼の身体を締め上げ始めた。痛みにギュッと身体を強張らせるが、フォンは左後ろから聞こえる声に振り向いた。
「痛っ・・・え、えと、僕、身体が弱いから、できれば緩めてもらえると嬉しいんですが・・・」
「ふむ、己の弱みを正直に白状したか。よろしい、その嘘の下手そうな真っ直ぐの眼に免じて、力を緩めてやるとしよう」
フォンの目の前にある顔は、やはり愛しい妻のものではなかった。
ギラギラと妖しく光る黄金色の眼、瞳の白目部分も人とは違って闇のように黒い。肌は瑞々しく美しいながらも、紫色に染まっている故に、妖艶さと気味の悪さを合わせ持っていた。
「・・・あ、あの、貴女はどなたですか・・・?」
「・・・『貴女』?『どなた』?」
フォンの言葉に蛇女は明らかに不満を訴え、ギリギリとまたフォンを締め上げた。
「イタタタタ・・・あ、貴女様は、どちら様でいらっしゃいますか?」
「・・・まぁ、及第点としてやろう」
フォンが言い直すと、ふっと締め上げの力が緩み、フォンはホッと一息をついた。
「特別に名乗ってやろう。我が名は『アヌクゥス』。冥府の力を受け、神の命の下にファラオを堕としたアポピスの血を継ぐ者ぞ!恐れ慄くがいい!ホーーホッホッホッ!」
セリフに続けて高笑いをしたアポピス、アヌクゥス。対するフォンは多少慌てたそぶりをしていた。
「えと、あの、アヌクゥス様?僕、逃げませんので、できれば離してもらえると嬉しいんですけど・・・」
「・・・ふむ。貴様、中々見所のある男だの。我の正体を知りながら、怯えているようには見えぬ」
ずいっとフォンの顔を覗き込むアヌクゥス。彼女の大きな、バレーボールほどの双乳がフォンの肩にのしかかり柔らかく形を変える。
「あの、その、できれば密着しないようにしていただきたいんですが・・・」
「・・・ははぁん・・・貴様、我が身体に欲情しておるのか」
「いえ全然」
迅速の早さでフォンが否定したが、アヌクゥスは勝手に頷き、話を続けた。
「ふふふ・・・恥ずかしがることはない。凡夫並みの顔、細く弱々しい肉体、度胸はあるが、明らかに頼りない性格。これでは女子には見向きもされなかろうて。我のような魅力的な者に近づかれては、さぞ気を張ろうて」
冒険作家で一児の父、さらに未だに三角関係を迫られるモテ男を捕まえてなにを言っとるか感満載であるが、なぜかアヌクゥスはどんどん勝手に話を進める。
「本来、今宵はファラオ、ハトシェプトを堕落させるために来たのだが・・・気が変わった。お主を我が贄とし、愉悦に興ずる」
「いや、お願いですからやめてください」
「ふふふ、強情な奴め。だがそこが愛い。どれ、我がひと噛みして、正直にしてやろう・・・」
じゅるりと舌舐めずりをして、アヌクゥスはフォンの首に噛みつこうとして・・・
「・・・・・・ちょっと。そこの蛇女・・・・・・」
背後からかかった声に、アヌクゥスはあと1ミリのところで歯を止め、フォンはさらに顔を青くしてため息を吐いた。
「えぇい、何者じゃ!我に向かっていい度胸・・・」
アヌクゥスは顔をしかめて振り返る。
そして、目にしたモノに対し、吐き捨てかけていた言葉をピタリと止めてしまった。
「うちのフォンになにしてくれてんのかぁしぃらぁ〜〜〜?」
その姿はかくも恐ろしかった。
瞳の色は血走って黄色から紅く染まり。
髪は逆立ち、蠢きながら無数の目と牙を蘭々と光らせ。
怒りで暴走した魔力が周りの砂を舞い上がらせていた。
「ひ・・・ひ・・・??」
一瞬臆したアヌクゥスは、自らの身体が指一本も動かせなくなっていることに驚愕する。
「・・・こうなっちゃったら、シェリーはもう止まらないんだ・・・」
フォンはこの後どうやって鬼神と化した彼女を止めるか考えてため息を吐き。
そして・・・
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「ありがとうございました、シェリー殿。アポピスは私たちにとって手の焼く存在。それを捕らえてくださるとはなんとお礼をしたらよろしいのか・・・」
「別に?フォンに手を出したあの女が悪いのよ」
その後、宴の場でハトシェプトがシェリーに酌をしていた。ちなみにシェリーはすでに怒りが解けていた。
「ねぇ、今どんな気持ちにゃ?どんな気持ちにゃ??」
「ムダだぞ、テプラ。明日までそのままらしいからな」
酒の席の隅では、ぐるぐる巻きに縛られて石化しているアヌクゥスと、酒に酔ったテプラ、少し離れて様子を見ているハムゥーナがいた。
さて、フォンはと言うと・・・
「・・・シェリー?ちょっとは緩めて・・・」
「あげない」
「・・・ですよね〜・・・」
シェリーにぐるぐる巻にされ、全く身動きの取れなくなったフォンであった・・・
ー地面は白い砂と無骨な岩石ばかり
ー照る光は砂を煌めかせて反射し
ー太陽の熱さを倍加させている
ー歩む魔界豚も舌を出して暑がり
ー手綱を持つ彼女も汗まみれである
ー私も滝のような汗を流すが
ー私の妻はやけに涼しげである
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【序章:旅路】より抜粋)
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(ブフォ・・・ブフォ・・・)
砂と岩石ばかりの砂漠を歩く魔界豚の息づかいは、全力疾走してバスを追いかけた後の人より荒く、吐息は生暖かさに富んでいた。
「トンピー・・・頑張ってぇ・・・もうちょいだからさぁ・・・」
『ぺちん』
(ブフォ〜・・・)
麦わら帽子を被り、その魔界豚の噛んでいるハミ(競走馬の噛んでる金属のやつ)に繋がる手綱を持っているゴブリンの少女が鞭を振るうが、すでに熱さにやられているのか弱々しい。しかし魔界豚はひと鳴きして、歩みを強めた。
「・・・フォンの旦那〜・・・大丈夫ですか〜・・・」
ゴブリンが振り返って尋ねる。彼女の後ろ、魔界豚の背中には幌付きの荷物載せ部分がある。その中で、もう渇き始めた湿りタオルを頭に乗せた隻眼の男が荷物に紛れて横になっていた。
「大丈夫だよ・・・ちょっと、暑いかな・・・」
「暑いのと乗り心地が悪いのは勘弁してくだせ〜・・・」
「乗り心地に文句なんてないよ・・・無理やり頼み込んだんだから・・・」
彼の名は『フォン・ウィーリィ』。冒険作家である。
彼の著書は賛否両論あるものの、新参冒険者には分かりやすく、また密かに一般人の恋愛話好きの魔物たちの間での流行本になりつつある。
前者はともかく、後者についてそれはなぜかと言えば、となりでハンカチをはためかせてフォンに風を送る
「ちょっと、まだ着かないの?フォンが茹だっちゃったら、締め上げるわよ」
彼女はメドゥーサ特有の睨み目をゴブリンに向け、ツインテールに纏められた蛇たちの半分をゴブリンに向けさせ、もう半分をフォンに向けていた。もちろん、ゴブリンには威嚇、フォンには心配をしている。
「奥様〜・・・無茶言わんでくだせ〜・・・これでもトンピーフルスロットルで向かってまさ〜・・・」
「奥様って言えば、機嫌良くなると思わないでくれる?」
(・・・チッ、最近はこれも通じなくなってきたか・・・)
ギロリと睨みを強めたシェリーに対し、ゴブリンは小さく舌打ちをした。
「・・・シェリーは、なんか、涼しそうだね・・・」
「ん・・・確かに、そんな言うほど暑くはないけど・・・日陰だからじゃない?」
ラミア種のなにかの特性なのか、それとも魔物の上位種だから身体が頑丈なのか。シェリーは自分でもわかってないのか、首をかしげた。
「・・・どれどれ・・・」
すると、フォンは濡れタオルで自分の汗を粗方拭き、ゆっくりとシェリーに抱きついた。
「・・・へ・・・?」
「・・・あ、やっぱりシェリーの方がひんやりしてる・・・」
フォンが少し幸せそうに頬を緩めたところで、シェリーは顔を真っ赤にさせ、ジタバタと暴れ始めた。
「・・・ばっ、ばばばば!フォン!ななななにしてるのよ!!?」
「はぁ〜・・・シェリー、気持ちいいよ・・・もうちょっとこのままで・・・」
「そんないやらしい台詞こんなとこで言わないでーーーーーーっ!」
(・・・奥様の頭の方がいやらしい気がしますがねぇ・・・つぅか、独り身の私にまた見せつけるのか。旦那め・・・爆発しろ・・・)
歯をギリギリと鳴らしてフォンたちのいちゃつきを見ていたゴブリンだが、嬉しそうに鳴いた魔界豚の鳴き声に前を見る。
「・・・お、おぉ〜・・・」
先に見えた、緑の大地と白い家々、巨大なピラミッドに、ゴブリンは目を輝かせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ー砂漠の広がるイーディップ地方
ーその白い砂原の中で青々と茂る土地がある
ー巨大な四角錐の古代建造物『ピラミッド』
ーそれを中心にしてその緑の大地が広がっていた
ーそこには多くの人々が暮らし
ー魔物と人間が手を取り合っていた
ー私達はここまで連れてきてくれた商人と別れ
ー現地の執務官様に案内をしてもらった
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【二章:到達】より抜粋)
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「そんじゃあ、私は商売をしますんで。数日後にまたお迎えにあがります〜」
砂漠の中で唯一緑の生い茂るオアシスにある町『テ・ウベ』。
ここは数年前にファラオが復活したことで明緑魔界が発現し、そこに人や魔物が集まり、小さな町となったのだ。
明緑魔界とは、最近になって確認され始めた魔界であり、砂漠であっても青々とした緑が広がる魔界である。
フォンはこの都市の話を聞き、貴重な魔界と聞いて黙っていられず、この町へ向かう行商人であるゴブリンに頼み込んで連れてきてもらったのだ。ちなみにこのゴブリンはいつもいろんなところにフォンたちを連れて行ったりしている。
「いつもありがとうね」
「お礼なんていらないですよ。代わりに・・・ね?」
ゴブリンはニヤリと笑って親指と人差し指で輪を作った。
「うん。帰ったら色つけて払うよ」
「ありがとうさんです旦那。それでは〜」
そう言うとゴブリンはご機嫌に魔界豚を連れて、市場らしい広場へ向かった。
「・・・さて、どうましょうか」
「とりあえず町見て回ろうよ。ね?」
(・・・フォンの目がキラキラしだした・・・ダメだ、こうなるともう私の話聞かなくなる・・・)
目を輝かすフォンに、あぁ今日も一日歩き詰めかな、とシェリーが思った時であった。
「・・・失礼ですが。冒険作家フォン・ウィーリィ様と、シェリー・ウィーリィ様でしょうか?」
後ろからかけられた声に、フォンとシェリーが振り向く。そこに立っていたのは、キリリと引き締まり、どこか警戒色の感じられる睨みをしたアヌビスが立っていた。
「え・・・はい、そうd」
「そうだけど、なにかしら?」
フォンが返答するより早く、シェリーがフォンとアヌビスの間に立ちふさがり、もう明らかなガンを飛ばし始めた。もちろん髪の蛇たちも警戒をすっ飛ばした攻撃態勢に切り替わっていた。
ところが、シェリーのガン飛ばしに一切の感情的変化を見せずに、アヌビスは淡々と話し始めた。
「私、この町の執務官兼ピラミッド守護者を務めております、アヌビスの『ハムゥーナ』と申します。此度はテ・ウベまでの御足労、まことに感謝しております。我が主、ファラオ様は貴方様のような高名な作家に自分の町が本の題材にしていただけることを誠に光栄に思っておりまして。これにつきましてファラオ様が貴方様を今宵の宴に招待したく、お迎えにあがりました」
まるで文面を丸暗記してきたのかと疑うほどスラスラとしゃべったことに二人は一瞬ポカンとなったが、フォンがひとつ尋ねた。
「・・・あの、僕、今日来るなんて連絡、入れてない・・・」
「先日、フォン様の編集長と名乗る方の手紙が届きまして、そこに到着予定日時やお二方の容貌などが事細かに書かれておりました」
「・・・エドってばなにしてんのさ・・・」
自分勝手に町の探索を行いたかったフォンは少し残念そうに頭を抱えたが、すぐにハムゥーナがフォローに入った。
「ご安心ください。お手紙に、フォン様には必ず自由時間を設けさせること、あまり過度な接待は逆に煙たがれるなども書かれていたため、ファラオ様は今日のみ宴を開かれるつもりのようです。ちなみに本日はファラオ様直々によるピラミッド探索なども行う手筈でございます」
「よしシェリーすぐ行こう」
「・・・そうね」
(目の輝きが倍加した・・・)
シェリーはそう言いながらも、ハムゥーナをギロリと睨む。その視線に気づいたハムゥーナは、シェリーに一礼して言った。
「シェリー様、ピラミッド内ではフォン様とお手を繋いでおくことをお勧めします」
「・・・はい?」
「ピラミッド内では多くの夫婦となった魔物がおりまして、対して未だ未婚の者もおります。ファラオ様の瘴気に当てられたものがフォン様を襲う可能性も無きにしも非ずなので」
「わかった。ありがとう。絶対離さないわ」
「こちらとしても問題の発生は困りますので」
「・・・ん?なに話してるの?」
目を輝かして手記を書いていたフォンがそこで顔をあげてキョトンとする。
ハムゥーナは苦笑し、シェリーはため息を吐いた。
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ー石造りのピラミッドは外と大きく違い
ー日が入らず、涼しく、うってかわって快適だった
ー主であるファラオ『ハトシェプト』様の話を拝聴し
ー私は念願のピラミッド探索を行わせてもらえた
ー完全な住居用でないこの建造物には
ー未だ多くのトラップが解除されておらず
ー私の探索欲を満たし、楽しませてくれた
ー余談ではあるが
ー探検中、何故か妻がひと時も手を離してくれなかった
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【三章:探検】より抜粋)
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「・・・ということで、妾の国家の黄金期は繁栄を極め、人々が・・・でありましたが、それ故に一部の家臣や兵に慢心と怠慢がおき・・・かくして妾は・・・」
ピラミッド中心部、王の間。
この町の領主であり、ピラミッドの主であるファラオ『ハトシェプト・トトゥーメス』が、自分の前に正座しているフォンとシェリー(シェリーは正座というよりとぐろ巻き)に、長々と話を続けていた。
(・・・ま〜だ終わらなんのかにゃ。ハトシェプト様のお話)
(黙って拝聴しろ。今、やっと中盤に入ったところだ)
ハトシェプトから少し離れた場所に並んで直立するハムゥーナと、スフィンクスの『テプラ』が、ヒソヒソと話している。
(うへぇ・・・もう1時間も喋りっぱなしにゃ・・・)
(黙ってろというに。いつも寝て話を聞いてない貴様も、たまにはしっかり聞け)
(んにゃこと言ったって、ぶっちゃけハトシェプト様の生前の国家繁栄話なんて、物好きな歴史家じゃにゃいと聞く意味ないにゃ)
(・・・なら、フォン様はどうなのだ)
ハムゥーナがフォンを顎で指した。
一時間もの間、小難しい?歴史の勉強じみた話を聞かされているシェリーは、目が今にも閉じて寝てしまいそうなのに対し、フォンは小さく相槌をつきながらハトシェプトの話を素早く手記に書き記していた。小さくガリガリガリガリと鉛筆が急速に削れる音がしているのが、遠目から聞いても証拠になった。
(・・・あの作家はバケモノかにゃ?)
(失礼なことを言うな)
(だってハトシェプト様の話を聞いて寝ないことは誰もないにょに・・・)
(だから、黙れというに!)
「・・・ハムゥーナ、テプラ。妾の話はつまらないですか」
ハッと二人が顔を向けると、ハトシェプトが不満そうに頬を膨らませていた。
「も、申し訳ありません!」
「ご、ごめんなさいにゃ!」
「・・・全く、興が冷めました。フォン殿。貴方様はピラミッドの探求に興味がおありと聞きましたが」
「はい!是非に!」
手記にまだ何か書き込んでいたフォンは、ファラオの言葉に顔をあげ、まるで新しい玩具をもらう子供のように目をキラキラ光らせた。
「・・・あらあら、相当待たせていたようですね」
「・・・あ、いえ、ハトシェプト様のお話も興味深かったですが・・・」
「しかし、貴方の興味の天秤は探求に傾いてらっしゃるのでしょう?私が直に案内致します。話の続きはその道々でしましょう」
「あ、ありがとうございます!」
フォンの、本当の子供のように一喜一憂、表情をコロコロ変える様にハトシェプトは可愛く思ったが、素早く感知したシェリーの睨みにその心を隠して話をしていた。
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さて、ハトシェプトの案内により安全、かつ優雅な探索が行われる、はずだったのだが。
『ゴゴゴゴゴゴーーーッ!!』
『ぎゃーーーーーーっ!?』
「なんか壁が狭ってくるんだけどーーーっ!?」
「走れ!走れ!!誰だ、壁トラップのスイッチ押したのは!?」
「犯人は知ってるけど今はノーコメントにゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」
左右から迫る廊下の壁。トラップから逃れるために、シェリーはフォンの手を引っ張り、ハムゥーナとテプラはハトシェプトを抱え、ダッシュで走っていた。
すぐにゴールが見え、全員が廊下を走り切った後に、廊下の壁がピシャーンと音を響かせて閉じた。
「ぜぇ、ぜぇ・・・ちょっと、安全じゃ、ないじゃ、ないの・・・」
「な、なぜ・・・このトラップが、作動してるのだ・・・」
シェリーとハムゥーナが肩で息をする横で、ハトシェプトとフォンが話をしていた。
「如何ですか、フォン殿。これが宝物庫へ通ずる廊下に仕掛けられた『挟み壁の罠』ですわ。昔は壁を取り替え、トリモチ式にして探検者を捕縛する様にしていて、最近は安全のため作動自体をストップしていたのですが、今回はリアリティを出すため、壁を圧殺式にし、ちゃんと動く様にしておきました」
「アンタの仕業かっ!!!」
「ハトシェプト様っ!!?」
(さっきスイッチ押してたのも、ハトシェプト様だったにゃ・・・)
ちなみにフォンは・・・
「すごかったです!後でしくみとか教えていただけますか!?」
遊園地のアトラクションかなにかで遊んだ後の子供だった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
その後・・・
「フォン様、この部屋は3つのレバーのうちひとつが正解で、次の部屋への道が開かれます。正しいのは・・・」(ハムゥーナ)
「ちなみにフォン殿、こちらがダミーですわ」(ハトシェプト)
『ガコン!』
「ちょっとハトシェプト様それ振り子ハンマーのレバーでげばら!?」(ハムゥーナ)
ハムゥーナが振り子ハンマーで吹っ飛ばされたり。
「ここには矢のトラップがあったりするにゃ。足元に感圧床があるから、十分注意するにゃ」(テプラ)
『ガコン!』
「あ・・・」(フォン)
「ちょっと今どこの床踏んだにゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
『ドシュシュシュシュシュシュ!!!』
テプラが矢のトラップで穴だらけにされかけたり。
「ここの床に張ってある糸は切らないでくださいね!?」(ハムゥーナ)
「一番被害くらいやすいのは先行してるうちらだからにゃ!?」(テプラ)
『・・・ぷちん』
「あ・・・ごめん」(シェリー)
『乗り越えろよ糸くらいよぉ!!!』(ハムゥーナ、テプラ)
『バゴンッ!』
「きゃあぁぁぁぁぁぁ・・・」(ハムゥーナ)
「にゃあぁぁぁぁぁぁ・・・」(テプラ)
ハムゥーナとテプラが落とし穴に落ちたりと、他にもたくさんのトラップに引っかかっていた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
『もう勘弁してください』
ボロボロになったハムゥーナとテプラが土下座し、ハトシェプトに許しを乞いていた。
「あら、もう音を上げるの?」
「ハトシェプト様のお話の横で私語をしていたことは平に謝ります故・・・」
「もううちらの身体はボロボロですにゃ・・・どうかもう、お許しを・・・」
二人の土下座にふぅ、と溜息を吐いたハトシェプトは、フォンに申し訳なさそうに言った。
「フォン殿、申し訳ありませんけども、また明日に探検の続きをしてもよろしいでしょうか?」
「え、えぇ、いいですけど・・・」
『また明日!?』
ハムゥーナ達が声をあげると、ハトシェプトは『にっこり』笑った。
「えぇ、もちろん。ハムゥーナ、テプラ。手伝ってくれますよね?」
「・・・くぅ〜ん・・・(;ω;)」
「・・・みぃ〜・・・(;ω;)」
二人は、抱き合って怯えた小動物の顔で、力無くうなづいた。
「・・・怖いわね、ハトシェプト様」
「そうだね・・・ところでシェリー」
「なに?」
フォンは、ずっとフリーでない、左手を指差した。
「なんでずっと僕の手を握ってるの?」
探検中、ずっと、シェリーはフォンの手を握っていたのだ。
「べ、別に・・・その・・・悪い!?」
「いや、全然・・・だけど、もしかしてシェリー、怖かった?」
「へ!?」
「今日は罠作動してばっかりだったし、結構危ない罠多かったし・・・ごめんね・・・」
「あっ、謝らなくていいわよ!怖くなんてなかったの!・・・ただ、ちょっと、フォンを心配しただけ・・・」
「・・・そっか・・・ありがとう」
「謝らなくていいってば・・・」
フォンが苦笑混じりに謝り、シェリーが顔を赤らめて言う。
そして、シェリーは気づくのだ。三つの視線に。
『ニヤニヤニヤニヤ・・・』(×3)
「・・・はっ!?」
視線の元を見ると、ハトシェプトたちがとても嬉しそうににやにや笑っていた。
「うふふふ♥ハムゥーナに仕掛けておくよう言っておいてよかったわ♥」
「はい、ピラミッドに入る前から、『常時手をつなぐ』ことを進言しておきましたから」
「にゃかにゃかラブラブですにゃ〜♥今夜は負けないくらいうちもラブラブするにゃん♥」
三人がキャッキャッ笑っているのを見て、シェリーは怒りが募ったものの、フォンと手が離せないために爆発はさせなかった。
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ー夜となると盛大な宴が始まった
ー私は騒がしいのは苦手なのだが歓迎されるのは嬉しい
ーハトシェプト様の部下のギルタブリルの踊り
ー人が作ったものと相違ない、かつ豪勢な食事
ーここには書ききれぬような素晴らしい光景だった
ーハトシェプト様たちも旦那様と仲良くなさり
ー私の妻も酔ったのか、私の話を誰彼構わずしている
(私の話のなにが楽しいのか未だにわからないが)
ー私は酒に火照った身体を冷やすため
ーまた、夜の砂漠がどのようなものか知るため
ー少々、ピラミッドから外出した
(ウィーリィ冒険譚、砂漠都市『テ・ウベ』、【四章:遭遇】より抜粋)
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「・・・なかなか寒いなぁ」
フォンは宴の場から抜け、ピラミッドの門番(マミーとその旦那)にちょっと散歩する、妻が来たら探さず落ち着いて待っておくよう言っておいて、と告げたのちに街から少し出た砂漠まで来ていた。
汗が滝になる昼間の暑さとは打って変わり、砂漠の夜は長袖でも寒気を感じるほど冷えていた。
「これは着るものを選ばないと風邪をひいちゃうなぁ・・・」
手元の手帳に書き込みながら、フォンはつぶやく。
ふと、静かな砂漠にビュウと風が吹いて、砂が舞い上がった。
「うえっぷ・・・ぺっ、ぺっ・・・口に入っちゃった・・・」
さらに風がもうひとつビュウッと吹き、風の冷たさにフォンは身震いをした。
「うわっ、寒い・・・一回帰ろうかな・・・服をもう少し厚着してから・・・」
「・・・そんなことせずとも、我とひとつになれば、寒さなぞ感じなくなるぞ?」
瞬間、フォンの後ろから長い蛇の胴がぐるりと巻きつき、フォンを抱き込んだ。普段ならばフォンは「どうしたのシェリー?」と声を掛けるが、今回はサッと顔を青ざめさせた。
「・・・えっと、こんばんわ?」
「ほう、我に対して対等の輩に対する挨拶をするか。これは肝が座っている強者か、それとも頭が足りぬ無礼者か?」
フォンに巻きついてた蛇の胴がギリギリと彼の身体を締め上げ始めた。痛みにギュッと身体を強張らせるが、フォンは左後ろから聞こえる声に振り向いた。
「痛っ・・・え、えと、僕、身体が弱いから、できれば緩めてもらえると嬉しいんですが・・・」
「ふむ、己の弱みを正直に白状したか。よろしい、その嘘の下手そうな真っ直ぐの眼に免じて、力を緩めてやるとしよう」
フォンの目の前にある顔は、やはり愛しい妻のものではなかった。
ギラギラと妖しく光る黄金色の眼、瞳の白目部分も人とは違って闇のように黒い。肌は瑞々しく美しいながらも、紫色に染まっている故に、妖艶さと気味の悪さを合わせ持っていた。
「・・・あ、あの、貴女はどなたですか・・・?」
「・・・『貴女』?『どなた』?」
フォンの言葉に蛇女は明らかに不満を訴え、ギリギリとまたフォンを締め上げた。
「イタタタタ・・・あ、貴女様は、どちら様でいらっしゃいますか?」
「・・・まぁ、及第点としてやろう」
フォンが言い直すと、ふっと締め上げの力が緩み、フォンはホッと一息をついた。
「特別に名乗ってやろう。我が名は『アヌクゥス』。冥府の力を受け、神の命の下にファラオを堕としたアポピスの血を継ぐ者ぞ!恐れ慄くがいい!ホーーホッホッホッ!」
セリフに続けて高笑いをしたアポピス、アヌクゥス。対するフォンは多少慌てたそぶりをしていた。
「えと、あの、アヌクゥス様?僕、逃げませんので、できれば離してもらえると嬉しいんですけど・・・」
「・・・ふむ。貴様、中々見所のある男だの。我の正体を知りながら、怯えているようには見えぬ」
ずいっとフォンの顔を覗き込むアヌクゥス。彼女の大きな、バレーボールほどの双乳がフォンの肩にのしかかり柔らかく形を変える。
「あの、その、できれば密着しないようにしていただきたいんですが・・・」
「・・・ははぁん・・・貴様、我が身体に欲情しておるのか」
「いえ全然」
迅速の早さでフォンが否定したが、アヌクゥスは勝手に頷き、話を続けた。
「ふふふ・・・恥ずかしがることはない。凡夫並みの顔、細く弱々しい肉体、度胸はあるが、明らかに頼りない性格。これでは女子には見向きもされなかろうて。我のような魅力的な者に近づかれては、さぞ気を張ろうて」
冒険作家で一児の父、さらに未だに三角関係を迫られるモテ男を捕まえてなにを言っとるか感満載であるが、なぜかアヌクゥスはどんどん勝手に話を進める。
「本来、今宵はファラオ、ハトシェプトを堕落させるために来たのだが・・・気が変わった。お主を我が贄とし、愉悦に興ずる」
「いや、お願いですからやめてください」
「ふふふ、強情な奴め。だがそこが愛い。どれ、我がひと噛みして、正直にしてやろう・・・」
じゅるりと舌舐めずりをして、アヌクゥスはフォンの首に噛みつこうとして・・・
「・・・・・・ちょっと。そこの蛇女・・・・・・」
背後からかかった声に、アヌクゥスはあと1ミリのところで歯を止め、フォンはさらに顔を青くしてため息を吐いた。
「えぇい、何者じゃ!我に向かっていい度胸・・・」
アヌクゥスは顔をしかめて振り返る。
そして、目にしたモノに対し、吐き捨てかけていた言葉をピタリと止めてしまった。
「うちのフォンになにしてくれてんのかぁしぃらぁ〜〜〜?」
その姿はかくも恐ろしかった。
瞳の色は血走って黄色から紅く染まり。
髪は逆立ち、蠢きながら無数の目と牙を蘭々と光らせ。
怒りで暴走した魔力が周りの砂を舞い上がらせていた。
「ひ・・・ひ・・・??」
一瞬臆したアヌクゥスは、自らの身体が指一本も動かせなくなっていることに驚愕する。
「・・・こうなっちゃったら、シェリーはもう止まらないんだ・・・」
フォンはこの後どうやって鬼神と化した彼女を止めるか考えてため息を吐き。
そして・・・
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
「ありがとうございました、シェリー殿。アポピスは私たちにとって手の焼く存在。それを捕らえてくださるとはなんとお礼をしたらよろしいのか・・・」
「別に?フォンに手を出したあの女が悪いのよ」
その後、宴の場でハトシェプトがシェリーに酌をしていた。ちなみにシェリーはすでに怒りが解けていた。
「ねぇ、今どんな気持ちにゃ?どんな気持ちにゃ??」
「ムダだぞ、テプラ。明日までそのままらしいからな」
酒の席の隅では、ぐるぐる巻きに縛られて石化しているアヌクゥスと、酒に酔ったテプラ、少し離れて様子を見ているハムゥーナがいた。
さて、フォンはと言うと・・・
「・・・シェリー?ちょっとは緩めて・・・」
「あげない」
「・・・ですよね〜・・・」
シェリーにぐるぐる巻にされ、全く身動きの取れなくなったフォンであった・・・
13/04/06 19:41更新 / ganota_Mk2