アルバムの最後のページ
「ただいま〜・・・あれ?」
シェリーがフォン宅に帰って来た。シェリーは、キッチンからわずかに香る匂いに気づいた。
「・・・あ!?ちょ、お義母さん!?」
首を傾げたシェリーだが、すぐさまハッとして慌ててキッチンに向かう。キッチンにたどり着くと案の定、エリィがシチューを作っていた。
「あら、シェリーちゃん、おかえりなさい」
「あ、ただいまです・・・って、お義母さんが料理しなくてもいいんですよ!?お義母さんが作った料理を頂くなんておこがましい・・・」
「えぇ・・・シェリーちゃんは、私の料理は不味くて食べれないの?」
「ちっ、違います!!お義母さんの料理は美味しくて、ちょっと妬ける・・・じゃなくて!お義母さんに料理させること自体が、あの、嫁としての立場がなんというか、えーと・・・」
あわあわと慌てるシェリーを見て、エリィが意地悪くクスクスと笑った。
「ごめんなさい。ちょっとからかっただけなの。シェリーちゃんがそんな酷いこと言うわけないって、知ってるから♪」
「そ、そうですか・・・」
シェリーはそれを聞くと、安心したのか肩ごと下げてホッと息を吐いた。
その時。エリィがシェリーの肩を掴んだ。
「・・・シェリーちゃん。お願いがあるの。フォンの部屋に行って。あの子の決心を、聞いてあげて?」
「・・・へ?」
「・・・私が口を出しても意味はないわ。あとは、ふたりで決めること・・・シェリーちゃん。フォンをお願いね・・・」
それだけ言うと、エリィはまたシチュー作りを始めた。
「え、あの、お義母さ・・・?」
声をかけても、エリィは返事をしなかった。シェリーは首を傾げながらフォンの部屋に向かった。
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「フォン?入るよ?」
シェリーがフォンの部屋に入った。
ふたりが愛し合った寝室でもある部屋。そこで、フォンはクローゼット内の服を
「あ、シェリー。おかえり」
「? フォン、なにしてんの?」
シェリーが聞くと、フォンは服を畳む手を止めてシェリーに向き合うようにして、ベッドに座った。
「・・・シェリー。僕、『やりたいこと』ができたんだ」
「やりたいこと?」
フォンが無言で頷く。その反応と真面目な姿勢に向き合い、シェリーはゆっくりととぐろを巻き、目線をフォンに合わせた。
「・・・目が見えるようになってさ、街を見て、みんなと目を見て話して、今日なんか君の写真を見て・・・僕の元々の見たいものは、ほとんど見れたと思うんだ。
・・・見えなかった時は、それでいいと思ったんだ。でも、自分の写真を見て・・・一枚、二枚に写る父さんを見て、思ったんだ。
『父さんの見た景色を見てみたい』・・・って。
父さんは、死ぬ前は傭兵だったけど、その前は冒険者だったんだ。母さんと結婚するまでは自由気ままに大陸のほとんどを歩いたって言ってたのを、思い出したんだ。
僕はこの世界を歩いて、11歳から見ていない景色や人を見て回りたいんだ。
だから、僕は・・・旅に出たいんだ!」
「・・・だっ、ダメよ!そんなこと!」
聞いていたシェリーは、最後まで聞いた瞬間、とぐろを解いて立ち上がり叫んだ。
「シェリーがどう言おうと、僕は決めたんだ!母さんにも話したし、冒険道具は父さんが残したのがあるんだ。僕は行く!」
「そんな危ないこと許せるわけないでしょ!?貴方は冒険者らしい訓練もなにもしてないのよ!?」
「そんなこと言ったって、そしたら僕はずっとこの街に篭りっきりになっちゃうよ!僕は外の世界を知りたい!」
「貴方の目を奪ったのはその外の世界なのよ!?なんでそれを知っていながら旅をしたいなんて言うの!?」
あっという間にふたりは口喧嘩を始めた。おそらく口喧嘩は初めて、大声を出したのはあの雨の日以来であろう。フォンもシェリーも手を出すわけではなく、お互いの意見をぶつけ合う。
しばらくして、ふたりとも肩で息をしていた。
「はぁっ、はぁっ・・・どうしても、行きたいの・・・?」
シェリーが、途切れ途切れに聞いた。
「ふぅ、ふぅ・・・うん」
フォンが、応えた。
「・・・分かったわ。フォンの地味な頑固さは知ってたし、もう説得は無理そうだし・・・」
「・・・じゃあ・・・」
フォンが何か言おうとした瞬間・・・
「・・・ただし!私も行くわ!」
「・・・え?」
「私も旅に一緒に行く!それが条件!」
ポカンとしてしまったフォンだが、さっきと打って変わってオロオロし始めた。
「え、えと・・・でも、シェリーだって危ないよ?」
「フォンを守るくらいできるし」
「た、旅の用意とか・・・」
「フォン、知らないこと多いわね・・・パパは今の店構える前は、旅しまくってたのよ?それもらう」
「えと、えっと・・・」
こうなるとさっきのように矢継ぎ早に意見が出ないらしく、フォンは必死に言葉を探している。
「・・・フォン、今、私の心配をしてるのよね?」
あわあわするフォンの手を、ふいにシェリーが取った。
「私だって、貴方が心配。だから、さっきあんなに反対したの。私の知らないところで貴方が怪我したらどうしよう?目に異常があったら?はたまた事故に合って死んでしまうかも・・・そんなことを考えたら、反対せずにはいられなかったの。
でも、貴方はめげなかった。自分の新しく見つけた夢を追うために、私に必死に反論した・・・貴方の夢に対する情熱が本物だってことに気づいたら、もう反対できなくなった。
でもフォン。私がついていくって言ったら、貴方は慌てて止めようとした。私と同じ考え方をしたのよ。
でも、私もめげない。
貴方と一緒にいるのが私の夢だから。何があっても一緒にいるって、決めたから。私はいくら反対されても、ついて行くから・・・」
魔力を込めてもいないシェリーの眼には、とても強い決意と目力が感じ取れた。それを見たフォンは、唇をきゅっと噛み締めると、ぽろぽろと涙を流し始めた。
「・・・シェリー・・・君は、ホントに、僕のことばかり、考えてくれるんだね・・・」
「もちろんよ。私はメドゥーサよ?一度捕まえた獲物は、二度と離しはしないんだから」
フォンがシェリーに抱きついた。
シェリーはフォンを優しく抱きとめた。
この時、ふたりは旅に出ることを決めた・・・
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[数日後]
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「シェリー、まだかなぁ・・・」
ウィルベル、街の門の前の馬屋。
古いデザインのコートを着て、大きめのボストンバッグを足元に置いたフォンが、腕時計を確認する。
「まぁそうあせんなよ。女の準備ってのは時間かかるもんだ」
「はは・・・そうなの?」
「そんなもんだ」
エドがフォンに言う。彼は、フォンを見送りに来たのだ。
「フォン兄ぃを待たせるなんて・・・あんのアマ・・・」
「メリッサ、やめろ。兄貴である俺がなんでお前の殺気にビビらにゃならんのだ」
メリッサも見送りに来たのだが、エドの隣でギリギリと歯を鳴らしていた。この作品最初のメリッサはいずこへ行った?
「・・・あ、来たぞ」
その時、慌てた風に走って(?)くるシェリー、リディア、エリィが見えた。
「ごっめん、フォン!ちょっと友達と長話しすぎた!」
「いいよ。まだそんなに待ってn」
「遅いのよ鈍重蛇女!アンタフォン兄ぃを20分も待たせんじゃないわよ!」
到着すぐに謝ったシェリーに、フォンではなく、メリッサが噛み付いた。
「なんですって!?アンタに言われる筋合いはないわよ!この執着女!」
「うっせ!泥棒蛇!」
「黙れ!固まらすぞ!」
・・・また始まる、シェリーvsメリッサの口喧嘩。みんな引き気味にその様子を見守って・・・
「・・・止めないのか?」(親方)
「ほっときましょ。もうめんどくさい」(リディア)
「フォン、全部持った?ハンカチは?ティッシュは?非常用の食料は?」(エリィ)
「母さん・・・今頃そんな心配しても・・・あれ、ティッシュどこ入れたっけ?」(フォン)
「・・・ガキの遠足かよ・・・?」(エド)
・・・見守ってなんかなかった。結局、シェリーとメリッサが取っ組み合いになりかけたあたりで、フォンが止めた。
「すいませーん?そろそろ出していいでしょうかー?」
ふたりの喧嘩が終わった時、隣町へ行く馬車の手綱持ちが聞いた。
「あっ、はーい!シェリー、乗ろう?ほら、早く!」
「シャーーーッ!」
「ガーーーッ!」
「やめろバカ妹がっ!」
フォンがシェリーを馬車に無理やり乗せ、エドがメリッサを抑えている間に親方が荷物を全て入れてしまう。
「ありがとうございます、親方」
「いいってことだ。シェリーを大切にするんだぞ。さもないと・・・」
「分かってます。命に換えても、守ります」
「・・・うむ」
「シェリーちゃん、うちのフォンをお願いね?」
「キシャ・・・あ、はい!」
「シェリー、孫を妊娠したら、すぐ帰って来な。格安で産ませたげるから」
「え・・・ママ、お金取るの・・・?」
「元気でな、フォン。なんかあったら呼べよ。ここの馬屋の馬パチってでも行ってやるから」
「ははは・・・エドなら本当にやりそうだからその冗談はやめて・・・」
「フォン兄ぃ!アイツに飽きたら私に連らkもがもが!?」
「うん、うちの脳内ドドメ色は気にすんな」
「・・・どどめいろ・・・?」
ふたりの別れの挨拶が終わり、馬車がゆっくり出発した。
「行ってきまーす!」(フォン)
「行ってきまーす!」(シェリー)
ふたりが元気良く手を振る。
残された5人は、一部涙を溜めながら手を振り返す。
「元気でなーっ!」(エド)
「気をつけてねーっ!」(メリッサ)
「シェリーを頼んだぞーっ!」(親方)
「身体壊すんじゃないよーっ!」(リディア)
「手紙、待ってるからねーっ!」(エリィ)
そして。
「・・・フォン」
「ん?なに・・・」
手を振るのをやめたシェリーが、フォンに声をかけ。
「大好き♥」
メドゥーサとは思えないくらいストレートに、フォンに口づけをした・・・
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[十数年後]
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『ぺらっ、ぺらっ・・・』
「・・・んふふ♪」
とある家。
一体のスケルトンが、アルバムをめくって、『最後のページ』で小さく微笑んだ。
「『お婆ちゃ〜ん』!」
ふと、スケルトンの膝に『メドゥーサ』の子供が顔を乗せた。
「あらあら?『サティア』、どうしたの?」
「お婆ちゃん、なに見てるの?」
「これ?サティアのパパのアルバムよ」
「パパの!?見たい見たい!見せて!」
サティアと呼ばれたメドゥーサの子供が、必死に蛇部分を伸ばして、机の上のアルバムを覗き込んだ。
「わぁっ!綺麗!これ、ママ?」
「そうよ。神父さまの教会で式をあげてもらった時の写真。ほら、リディアさんが抱えてる赤ちゃん。これ、サティアなのよ」
「え〜・・・私、可愛くな〜い・・・」
「そんなことないわよ。この時、パパなんて可愛い可愛いって言いすぎて、ママが拗ねちゃって大変だったのよ」
「パパが可愛いって言ってたの!?えへへ〜////」
「ホント、サティアはパパが好きねぇ・・・あっ、そういえば、サティアに秘密にしてたんだけどね・・・」
その時。家の玄関から声が届いた。
『ただいま〜』
「あっ!パパだっ!パパ〜〜〜っ!」
「あらあら。ちょうどいいタイミングねぇ♪」
サティアがずりずりと玄関に向かい、続けてスケルトンが部屋を出ていった。
ふたりの見ていた写真には、タグがついていた。
『幸せの写真』
『◯月×日、ウィルベルにて』
『フォン、シェリー、子供を連れて帰宅、及び、結婚式を挙げる』
12/02/02 15:25更新 / ganota_Mk2
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