一皮むかせて
「お前、さっさと童貞捨てろ」
築地銘太は祖父のその一言でその日一日の幸福をなにもかも破壊し尽くされた気分になった。まさか親類縁者から自分の心の弱点を、極めて的確に、しかも渾身の一撃で貫かれることになるとは思わなかった。今日、彼に幸福な点があるとすれば二つだけだろう。一つは"その日一日"がもうすぐ終わりを迎えること、もう一つはこの言葉を祖父と自分以外誰も聞いていなかったことである。
「・・・じいちゃんいきなり何を―」
「何もクソもあるか。お前はもう20に手が届こうってのに、女の手一つ握ったことが無いらしいじゃないか。人としてどうかはともかく、男としてはちったあ恥じやがれ」
傷心の築地を追撃が襲う。もはや祖父の顔をまともに見れなくなっていた。それどころか、俯く以外にどちらを向けばいいのかすら分からなかった。
実際、祖父の言うとおり築地は女の手一つ握ったことが無い。それには人見知りしがちな彼の性分もよるが、もう一つ原因があった。悪戯好きだった幼い頃の築地は些細なことから友達の女の子に泣き出され、散々に嫌われたのだ。それ以来女性というものに苦手意識を持つようになってしまっていた。
もちろん築地は男女の仲というものが存在することぐらいは知っている。その手の類は知識としては身に着けていたし、実際に付き合っている恋人同士というものもいくつか見てきた。しかし、どうしても自分が好かれると思えなかったのだった。
「まあお膳立てぐらいはしてやろう。俺の知り合いに妖怪の娘がいてな、情け無い孫の筆を下ろしてやってくれといったら、二つ返事で乗ってくれたぞ」
「なにを無茶苦茶な!相手の顔も名前も知らないのに」
「じゃあ名前を教えてやる、影山カザミという名だ。それと顔だが、心配するな。妖怪は美人しかいない」
「いや、そういう心配じゃ―」
「いいから、明日男になって来い。もう約束は取り付けたんだ。洗練された本物の技ってもんを身をもって味わいな。じゃあな、おやすみ」
祖父は一方的にそう言い渡すと、自分の部屋へ引っ込んでしまった。それは手遅れの合図だった。祖父の眠りを妨げられたものは、築地も彼の両親も含めて存在しなかった。すなわち、もう祖父が取り付けている約束とやらを取り消すことは不可能ということである。
「・・・行かないわけには・・・いかないよなぁ。じいちゃんが勝手にやったにしても向こうに迷惑だし、何よりそのじいちゃんにどやされるだろうし・・・」
築地は大きく溜め息をつくと、明日の幸福すら取り上げられた気分になりながら、自身もまた寝室へと入っていった。
「カザミ、さっさと処女卒業しなさい」
影山カザミは母親のその一言でその日一日の幸福をなにもかも破壊し尽くされた気分になった。まさか親類縁者から自分の心の弱点を、極めて的確に、しかも渾身の一撃で貫かれることになるとは思っていなかった。
「・・・えっ」
「あなたももう年頃、それも妖怪の娘。いつまでも山に篭って妖術ばかり磨いているわけにもいかないでしょう」
「そ、それは・・・」
カザミが母親から目を逸らす、これまで男性との交流を持たなかったカザミにとって、恐れていた時がついに来てしまったのだ。
「いきなりそのような事を言われても、私の知り合いには男性が・・・」
「そんなことだろうと思って私が約束を取り付けてあります」
「なッ―!」
カザミが驚きのあまり立ち上がる。
「アナタに筆を下ろしてもらうつもりらしいから、しっかり相手してあげなさいね」
「でも、私だって経験は・・・」
「だからバレないように余裕だけは保ってなさいよ?」
「そんな無茶苦茶な!相手の顔も名前も知らないのに」
「ああ、そういえば。お名前は築地銘太さん、中々に見目麗しい方のようですよ。じゃあ頑張りなさい」
母親はその事実のみを淡々と伝えると、静かに立ち上がり微笑ましげに笑いながら寝室へ入っていってしまい、後には困惑、そして焦燥する一人娘のみが残された。
彼女の母親が言う通り、影山カザミはカラス天狗の中でも優れた妖術の使い手であった。そして、それはカザミの生まれ持っての才能によるものではない。幼い頃より妖術に多大な関心を寄せていたカザミは、それを学ぶことが許される年になると、夜明け前に目を覚まし誰よりも早く彼女の師の下に行き、誰よりも多い課題や練習量をこなし、そして日が沈み師さえ疲れ果てて音を上げてからようやく家路につく、そんな生活を続けるようになった。幸いなことに、持ち前の丈夫さから体を壊すようなことはなかったものの、そのせいで色気のある話には恵まれなかった。カザミの友人達が山を下りて男達の注目を集めている間も、彼女は読心や千里眼などの技を身に付けていくばかりだった。そして、いつしかカザミは男を惑わす術に長けているものの、その背後に男の影を全く感じない実に奇妙なカラス天狗になったのだ。
とはいえ、カザミも妖怪は妖怪。その体には生き物として避けられぬ"欲"というものが備わっており、度々溢れ出すそれを満たしてくれる相手を求めているというのも、また事実であった。
「・・・まぁ、仕方あるまい、もう決まったことだ。それにこうなるような気はしていたんだ。せめて明日に備えてもう寝てしまおう・・・それにしてもどんな男なんだろうか」
カザミは一人そう呟くと、不安とほんの僅かばかりの期待を持ちつつ敷かれた布団に体を横たえた。
翌日、空が橙色にそまる夕暮れの頃、築地は登山道すらなく普段は全く人の寄り付かない山に分け入り、一際高い杉の木の根元に佇んでいた。そこが件の影山カザミとの待ち合わせ場所であった。
「まだ来てないらしいな、もうすぐ日が暮れるから暮れたら帰ろう。じいちゃんが怒鳴ろうと知ったことか」
築地は必死でその言葉を自分自身に言い聞かせていた。相手が姿を現さないならば、こちらに非は無くなるはずだ。そうすれば何食わぬ顔して帰ることが出来るだろうと。しかし、その目論見は彼が気付かぬ内に崩れ去っていた。杉の枝に茂る葉の中に、影山カザミは築地が到着する少し前から身を潜めていたのだ。
「ああ、ついに来てしまった」
互いの体を交えるためだけの出会い、カザミはその相手とどう面と向かったらいいのかさっぱり分からなかった。しかもお互いこれが初体験なのだ。もっとも相手はこちらを経験豊富な手練か何かと思っているかも知れないのだが、だからこそどんな顔をすればいいのかカザミには見当もつかない。しかし、このまま自分だけ帰ってしまう訳にはいかない。こうやって同じ場所に集まった以上、会えなかったなどという言い訳は通用しなくなったからだ。
頭を抱えてしばらく悩んでいると、カザミの記憶から母親の"あなたも妖怪の娘"という言葉が浮かび上がってきた。そして彼女は一つの乱暴な結論に至ってしまった。
「そ、そうだ、私は妖怪じゃないか。古来より妖怪は人を惑わし連れ去るものだ。人が妖怪と交わるとはつまりそういうことだろう」
そうやって自分の言葉で自分を騙し切ると、カザミは心を落ち着かせて、ある呪文を静かに呟いた。すると突然、築地は抗いがたい強烈な眠気を感じ、その現象を疑問に思う間もなくその場に座り込み眠りに落ちてしまった。
カザミはそれを見ると、足で掴んでいた杉の枝を離して一直線に築地へと落下し、見事にその両肩へ着地する。そして築地の体を傷つけぬように力加減を調節しながらしっかりと両足で捕まえると、大きく羽ばたき近くにある住処へと運び去っていった。
窓を潜り抜け寝室に入って、カザミは朝から敷いたままの布団に築地を丁寧に横たわらせ、自分は窓枠に座る。
「や、やってしまった・・・」
ついに自分も人を攫ってきてしまった。それも男を。カザミは自分の行いを冷静に自覚し始めた。目の前ですやすやと寝息を立てている者は紛れもなく男性であり、しかもこれから自分の初めての相手になろうという男だ。カザミはそう考えると築地から目を離すこができなくなった。カザミは無意識のうちに窓枠から降り、寝ている築地に近づく。そして築地の寝顔を見つめる内に二人の顔の距離が縮まり、いつの間にか築地に覆いかぶさるような格好になっていた。
そのとき、急ごしらえでかけたカザミの術が効力を失い、覚醒した築地の目が見開かれ、二人の視線が合わさった。見つめられたカザミはあわてて飛びのく。
「わあ!す、すまん、別に変なことするつもりじゃ・・・」
「な、なんで俺こんな所で寝てるんだ!?」
築地は飛び起きて辺りを見回す。そこはどう見ても先ほどまで自分がいたはずの山中ではない。
「そうか、あのとき急に眠くなって・・・そのまま寝ちゃったのか俺・・・。えっと、君が連れてきたの?・・・というか、君は・・・」
「ああ、私は影山カザミだ。な、なぜか君があの場所で寝ていたのでな」
眠っていた件については、カザミは白を切ることにした。まさか顔を合わせたくないためだけに妖術を使って眠らせたとはとても言う気になれなかった。
「ところで、あの場所にいたということは、君はその・・・」
「はい・・・俺が築地銘太です」
「そうか、その、よろしく」
「えっと・・・こちらこそ」
互いの名前を伝え合ったところで、二人の間に沈黙が流れる。周りが勝手に決めてしまった約束なだけに、今日会う目的について二人ともどう切り出したものか分からなかった。そのことを考えて、自分の顔が熱くなるのだけが感じられた。
初めに勇気を振り絞ったのはカザミの方だった。
「じゃあ・・・は、始めようか」
カザミが築地に詰め寄った。詰め寄ったまではいいものの、やはりその先はどうすればいいのか分からない。とりあえず抱き合えばいいんだろうか。そんなことよりも、カザミには築地の顔が目の前にあることの方が問題だった。これ以上見詰め合っていたら、熱で顔が燃え上がるかもしれない。もういい、抱き付いてしまえ。カザミは翼を築地の背に回してしがみ付いた。
「うわっ」
生まれて初めて女に抱きつかれた築地は驚愕した。背を包む羽の柔らかさ、香水か、はたまた妖怪であるカザミ自身のものなのか、妙に興奮する香り。何より、直接ではないにしろ触れ会う体から伝わってくる温もり。何もかもがこれまで感じたことの無い感覚だった。それらに誘われて、築地は自然と両腕でカザミを抱き締めた。
「あ、あの、ここからどうすれば・・・」
菊池に聞かれてカザミは慌てた。
「ここから・・・えっと・・・そうだ服を脱げ!つ、築地のは大きいから窮屈だろう」
「いや、大きいって・・・!」
頼む、大きくなっていてくれ。カザミはそう願いながら菊池のズボンを脱がそうとする。しかしうまくいかない。脱がすどころか、その構造すら上手く理解できなかった。
「どう―」
どうやって、といいかけてカザミは口を噤んだ。このズボンがありふれたものならば、教えてやる側が脱がし方すら知らないのは不自然だ。それに、このまま手間取っていては同じく怪しまれるだろう。カザミは迷った挙句、また得意の妖術で片付けることにした。
「ええい、失せろ!」
カザミが翼を広げて叫ぶと、二人の衣服は跡形もなく消え去ってしまった。
「服が・・・!」
「ふふふ、我々カラス天狗はこういう術にも長けているんだ」
カザミは引きつった笑顔で自慢げにそう語った。そして、築地の、初めて見る男の体をまじまじと凝視しつつ、視線を下に降ろしていくと、かくしてそこには先の抱擁と、目の前にあるカザミの裸体に煽られ天を突く築地の分身が雄々しく存在していた。カザミはその奇妙な形と、漂う雄の匂いに釘付けになる。顔を近づけ、翼で感触を確かめ、思わず舌を出して舐めてみる。ビクリとそれが震えた。
「ん、むっ・・・」
「カザミさん・・・!?」
不意にカザミが逸物を咥え込んだ。築地の匂いがカザミの理性を吹き飛ばし、妖怪の女としての本能だけを彼女に残した。根元まで貪り、亀頭を撫でまわし、舌の先を裏筋に這わせる。
「か、カザミさ・・・もう・・・!」
切羽詰った築地の声でカザミは我に返り、逸物から口を離した。
「よ、よし。これだけ大きければ十分だろう。じゃあ次は・・・」
カザミがごくりと生唾を飲み込む。意を決して築地に寄りかかり状態をゆっくりと布団に押し倒した。そして自分の腰を持ち上げると、いつしかすっかり濡れきっていた入り口を築地の先端にあてがった。カザミの奥から湧き出る透明な液体が垂れて築地の分身をてらてらと輝かせる。カザミは腰をおろし、あてがった先端をじわじわと飲み込んでいく。亀頭がその中に消えると、築地の体に電流が走った。
「・・・ッ!」
「どうだ?き、気持ち良いか?」
「・・・はい、カザミさ、ん・・・」
「ふふ、そうか。それは嬉しいな」
男が自分の体でよがっているという事実に、カザミは興奮し、同時に少しばかりの優越感を感じる。
初めては痛いと聞いていたが、ここまで濡れているならばそんなこともあるまい。カザミの頭にそんな考えが浮かんだ。たとえ嘘でも、少しは慣れているように見せかけようじゃないか。
「な、なかなかいいモノを持ってるじゃないか(分からんが)このまま・・・お、奥まで飲みこんでくれる」
言うが早いが、カザミはそれまでのゆっくりとした動きを一転させ、一思いに腰を下ろし言葉通り自分の最奥部まで築地を迎え入れた。しかし、それはまぎれもなく悪手だった。カザミの乙女の証が乱暴に突き破られると同時に、敏感な最奥部が容赦なく責め立てられる。
「――ああ、アッ・・・!」
その痛みと快感にカザミは言葉を失い、そのまま前のめりになって倒れこむ。
「カザミさん?大丈夫!?」
「あ、ああ・・・」
築地の手を借りてカザミが再び起き上がった。
「少し、調子に乗りすぎた・・・。だがもう大丈夫だ、このまま続きを―」
そう言って腰を持ち上げようとしたカザミを築地が制した。
「カ、カザミさん、血が・・・!」
「えっ・・・?」
築地が指差した結合部からは、カザミから溢れ出た愛液のほかにもう一つ、赤い血がにじみ出して築地の体を濡らしていた。それは紛れもなく、カザミの純潔を築地が散らしたことの証だった。
「あ、いや、これは・・・」
「・・・もしかしてカザミさんって、したことなかったんじゃ・・・?」
その問いに、カザミはばつが悪そうに頷いた。こんなものを見せてしまっては、どう言い訳しようが疑いを晴らすことはできない。それに、カザミは自分の今までの動きが豊かな経験を持つそれではないことは既に自覚していた。
結局、自分は男一人も手玉に取れないのか。
「母に・・・男を知るために築地の筆下ろしをしてやれと言われたんだ。年頃の妖怪が処女のままいいのかとな。それで・・・確かにあまりに突然だったが、私も男と付き合ってみたいとは思ってたんだ。ずっと山に引きこもっていたから・・・」
築地は驚いた。まさか妖怪の間では処女であることが人間で言う童貞と同じような扱われ方をしているとは、思いもよらなかった。
「・・・騙してすまなかった」
築地の目にカザミが涙を浮かべるのが映った。幼い頃の記憶が蘇る、女の子を泣かせて嫌われたあの光景が。築地はすぐにその場を逃げ出したくなったが、二人の繋がりがそれを許さなかった。築地はハッとして思い留まる。こんな所でも逃げてしまったら、それこそ祖父が言ったように男として、それどころか人間としてこれ以上ない恥じゃないか。
祖父の言葉に勇気を貰った築地は起き上がり、カザミが泣き出す前にその頬に手を寄せ、静かに唇を重ねた。
「つ、築地!?」
「カザミさん・・・その、カザミさんの初めての相手が俺だっていうなら・・・男してそれは・・・嬉しいと思うし、それに・・・筆下ろしってのもしてもらったわけだから・・・俺は騙されたなんて全然思ってないよ・・・」
「・・・本当に?」
その問いに、築地は優しく頷いた。カザミが再び築地に抱きつく、今度は先ほどよりもずっと強い抱擁だった。
「続き・・・してもいいか?」
「うん・・・俺もしたい」
抱きついたカザミを、築地がゆっくりと仰向けに押し倒す。窓から入りこむ月明かりが、上気したカザミの顔を照らし出した。
「動くよ、カザミ」
築地は少しずつ腰を動かし始める。一度行き来するたびに、互いの敏感な部分がこすれ合い、奥にぶつかるたびにカザミの体が震えた。カザミも築地に合わせて自ら築地を迎え入れていき、その動きがどちらともなく次第に速くなっていく。
「カザミさん、カザミさん・・・!」
「め・・・いた・・・ッ!」
荒くなった息遣いと声で二人の興奮が高まり、築地の逸物がさらに膨張する。狭かったカザミの膣内を押し広げていき、内側をひたすら擦りあげる。同時にそこは築地を締め付けながら奥へ導くとともに、襞の一つ一つがからみついてまだかまだかと子種をせがんだ。
「カザミさん、俺、もう・・・」
築地に限界が迫っていると知ったカザミは、両足で築地の腰を抱え込む。
「ハァ、ハァ・・・逃がさないからな・・・」
「・・・逃げるもんか・・・ぐッ―!」
「あ、あ、んん・・・――――ッ!!」
カザミの体がビクビクと震え、カザミの中が一際強く締め付けられ、その最奥部が深く挿し込まれた築地の逸物に吸い付くと、それは脈動しつつ白濁した子種を勢い良くぶちまけた。カザミは翼も両足も使って築地の体にしがみつく。肌と肌が1分の隙間もなく密着し、築地の体の熱を感じるたびに、彼が愛しくなった。決して離れたくない程に。
「ああ・・・か、感じるぞ。築地の、凄く熱い・・・んあっ・・・!」
「と、止まらな―」
「ふふ・・・い、いいぞ。全部私のものだ」
全身を突き抜ける快感に耐えつつ、カザミはニヤリと笑って築地の腰を強く抱えて自らの奥深くまで築地をくわえ込む。そうするたびに、築地はまた子種を吐き出した。
やがてそれも収まり、疲れ果てた二人は息を荒らげたまま布団に倒れ伏した。
「カザミさん・・・好きだよ」
築地の口から自然とその言葉が紡がれた。
「私もだ・・・嬉しいよ、銘太」
そんなやり取りをして急に恥ずかしくなり、二人は目を逸らす。築地がそのままふと窓の外を見ると、慌てて布団から飛び出し窓から外の様子を伺った。月は既に真上に昇り、その他は一切の光のない宵闇の景色が一面に広がっていた。
「しまった。もう日が暮れてる。これ、帰れるかな・・・」
カザミが起き上がり、築地の側に立ってその言葉に答える。
「無理だ、ここは夜に人間が降りられるような山じゃない。だから・・・」
カザミが翼で築地を包み込み、少し恥ずかしげに彼の耳元で囁いた
「だから泊まっていかないか。その、まだまだ学べることはあるだろうし・・・」
二人の初夜はまだ始まったばかりであった。
築地銘太は祖父のその一言でその日一日の幸福をなにもかも破壊し尽くされた気分になった。まさか親類縁者から自分の心の弱点を、極めて的確に、しかも渾身の一撃で貫かれることになるとは思わなかった。今日、彼に幸福な点があるとすれば二つだけだろう。一つは"その日一日"がもうすぐ終わりを迎えること、もう一つはこの言葉を祖父と自分以外誰も聞いていなかったことである。
「・・・じいちゃんいきなり何を―」
「何もクソもあるか。お前はもう20に手が届こうってのに、女の手一つ握ったことが無いらしいじゃないか。人としてどうかはともかく、男としてはちったあ恥じやがれ」
傷心の築地を追撃が襲う。もはや祖父の顔をまともに見れなくなっていた。それどころか、俯く以外にどちらを向けばいいのかすら分からなかった。
実際、祖父の言うとおり築地は女の手一つ握ったことが無い。それには人見知りしがちな彼の性分もよるが、もう一つ原因があった。悪戯好きだった幼い頃の築地は些細なことから友達の女の子に泣き出され、散々に嫌われたのだ。それ以来女性というものに苦手意識を持つようになってしまっていた。
もちろん築地は男女の仲というものが存在することぐらいは知っている。その手の類は知識としては身に着けていたし、実際に付き合っている恋人同士というものもいくつか見てきた。しかし、どうしても自分が好かれると思えなかったのだった。
「まあお膳立てぐらいはしてやろう。俺の知り合いに妖怪の娘がいてな、情け無い孫の筆を下ろしてやってくれといったら、二つ返事で乗ってくれたぞ」
「なにを無茶苦茶な!相手の顔も名前も知らないのに」
「じゃあ名前を教えてやる、影山カザミという名だ。それと顔だが、心配するな。妖怪は美人しかいない」
「いや、そういう心配じゃ―」
「いいから、明日男になって来い。もう約束は取り付けたんだ。洗練された本物の技ってもんを身をもって味わいな。じゃあな、おやすみ」
祖父は一方的にそう言い渡すと、自分の部屋へ引っ込んでしまった。それは手遅れの合図だった。祖父の眠りを妨げられたものは、築地も彼の両親も含めて存在しなかった。すなわち、もう祖父が取り付けている約束とやらを取り消すことは不可能ということである。
「・・・行かないわけには・・・いかないよなぁ。じいちゃんが勝手にやったにしても向こうに迷惑だし、何よりそのじいちゃんにどやされるだろうし・・・」
築地は大きく溜め息をつくと、明日の幸福すら取り上げられた気分になりながら、自身もまた寝室へと入っていった。
「カザミ、さっさと処女卒業しなさい」
影山カザミは母親のその一言でその日一日の幸福をなにもかも破壊し尽くされた気分になった。まさか親類縁者から自分の心の弱点を、極めて的確に、しかも渾身の一撃で貫かれることになるとは思っていなかった。
「・・・えっ」
「あなたももう年頃、それも妖怪の娘。いつまでも山に篭って妖術ばかり磨いているわけにもいかないでしょう」
「そ、それは・・・」
カザミが母親から目を逸らす、これまで男性との交流を持たなかったカザミにとって、恐れていた時がついに来てしまったのだ。
「いきなりそのような事を言われても、私の知り合いには男性が・・・」
「そんなことだろうと思って私が約束を取り付けてあります」
「なッ―!」
カザミが驚きのあまり立ち上がる。
「アナタに筆を下ろしてもらうつもりらしいから、しっかり相手してあげなさいね」
「でも、私だって経験は・・・」
「だからバレないように余裕だけは保ってなさいよ?」
「そんな無茶苦茶な!相手の顔も名前も知らないのに」
「ああ、そういえば。お名前は築地銘太さん、中々に見目麗しい方のようですよ。じゃあ頑張りなさい」
母親はその事実のみを淡々と伝えると、静かに立ち上がり微笑ましげに笑いながら寝室へ入っていってしまい、後には困惑、そして焦燥する一人娘のみが残された。
彼女の母親が言う通り、影山カザミはカラス天狗の中でも優れた妖術の使い手であった。そして、それはカザミの生まれ持っての才能によるものではない。幼い頃より妖術に多大な関心を寄せていたカザミは、それを学ぶことが許される年になると、夜明け前に目を覚まし誰よりも早く彼女の師の下に行き、誰よりも多い課題や練習量をこなし、そして日が沈み師さえ疲れ果てて音を上げてからようやく家路につく、そんな生活を続けるようになった。幸いなことに、持ち前の丈夫さから体を壊すようなことはなかったものの、そのせいで色気のある話には恵まれなかった。カザミの友人達が山を下りて男達の注目を集めている間も、彼女は読心や千里眼などの技を身に付けていくばかりだった。そして、いつしかカザミは男を惑わす術に長けているものの、その背後に男の影を全く感じない実に奇妙なカラス天狗になったのだ。
とはいえ、カザミも妖怪は妖怪。その体には生き物として避けられぬ"欲"というものが備わっており、度々溢れ出すそれを満たしてくれる相手を求めているというのも、また事実であった。
「・・・まぁ、仕方あるまい、もう決まったことだ。それにこうなるような気はしていたんだ。せめて明日に備えてもう寝てしまおう・・・それにしてもどんな男なんだろうか」
カザミは一人そう呟くと、不安とほんの僅かばかりの期待を持ちつつ敷かれた布団に体を横たえた。
翌日、空が橙色にそまる夕暮れの頃、築地は登山道すらなく普段は全く人の寄り付かない山に分け入り、一際高い杉の木の根元に佇んでいた。そこが件の影山カザミとの待ち合わせ場所であった。
「まだ来てないらしいな、もうすぐ日が暮れるから暮れたら帰ろう。じいちゃんが怒鳴ろうと知ったことか」
築地は必死でその言葉を自分自身に言い聞かせていた。相手が姿を現さないならば、こちらに非は無くなるはずだ。そうすれば何食わぬ顔して帰ることが出来るだろうと。しかし、その目論見は彼が気付かぬ内に崩れ去っていた。杉の枝に茂る葉の中に、影山カザミは築地が到着する少し前から身を潜めていたのだ。
「ああ、ついに来てしまった」
互いの体を交えるためだけの出会い、カザミはその相手とどう面と向かったらいいのかさっぱり分からなかった。しかもお互いこれが初体験なのだ。もっとも相手はこちらを経験豊富な手練か何かと思っているかも知れないのだが、だからこそどんな顔をすればいいのかカザミには見当もつかない。しかし、このまま自分だけ帰ってしまう訳にはいかない。こうやって同じ場所に集まった以上、会えなかったなどという言い訳は通用しなくなったからだ。
頭を抱えてしばらく悩んでいると、カザミの記憶から母親の"あなたも妖怪の娘"という言葉が浮かび上がってきた。そして彼女は一つの乱暴な結論に至ってしまった。
「そ、そうだ、私は妖怪じゃないか。古来より妖怪は人を惑わし連れ去るものだ。人が妖怪と交わるとはつまりそういうことだろう」
そうやって自分の言葉で自分を騙し切ると、カザミは心を落ち着かせて、ある呪文を静かに呟いた。すると突然、築地は抗いがたい強烈な眠気を感じ、その現象を疑問に思う間もなくその場に座り込み眠りに落ちてしまった。
カザミはそれを見ると、足で掴んでいた杉の枝を離して一直線に築地へと落下し、見事にその両肩へ着地する。そして築地の体を傷つけぬように力加減を調節しながらしっかりと両足で捕まえると、大きく羽ばたき近くにある住処へと運び去っていった。
窓を潜り抜け寝室に入って、カザミは朝から敷いたままの布団に築地を丁寧に横たわらせ、自分は窓枠に座る。
「や、やってしまった・・・」
ついに自分も人を攫ってきてしまった。それも男を。カザミは自分の行いを冷静に自覚し始めた。目の前ですやすやと寝息を立てている者は紛れもなく男性であり、しかもこれから自分の初めての相手になろうという男だ。カザミはそう考えると築地から目を離すこができなくなった。カザミは無意識のうちに窓枠から降り、寝ている築地に近づく。そして築地の寝顔を見つめる内に二人の顔の距離が縮まり、いつの間にか築地に覆いかぶさるような格好になっていた。
そのとき、急ごしらえでかけたカザミの術が効力を失い、覚醒した築地の目が見開かれ、二人の視線が合わさった。見つめられたカザミはあわてて飛びのく。
「わあ!す、すまん、別に変なことするつもりじゃ・・・」
「な、なんで俺こんな所で寝てるんだ!?」
築地は飛び起きて辺りを見回す。そこはどう見ても先ほどまで自分がいたはずの山中ではない。
「そうか、あのとき急に眠くなって・・・そのまま寝ちゃったのか俺・・・。えっと、君が連れてきたの?・・・というか、君は・・・」
「ああ、私は影山カザミだ。な、なぜか君があの場所で寝ていたのでな」
眠っていた件については、カザミは白を切ることにした。まさか顔を合わせたくないためだけに妖術を使って眠らせたとはとても言う気になれなかった。
「ところで、あの場所にいたということは、君はその・・・」
「はい・・・俺が築地銘太です」
「そうか、その、よろしく」
「えっと・・・こちらこそ」
互いの名前を伝え合ったところで、二人の間に沈黙が流れる。周りが勝手に決めてしまった約束なだけに、今日会う目的について二人ともどう切り出したものか分からなかった。そのことを考えて、自分の顔が熱くなるのだけが感じられた。
初めに勇気を振り絞ったのはカザミの方だった。
「じゃあ・・・は、始めようか」
カザミが築地に詰め寄った。詰め寄ったまではいいものの、やはりその先はどうすればいいのか分からない。とりあえず抱き合えばいいんだろうか。そんなことよりも、カザミには築地の顔が目の前にあることの方が問題だった。これ以上見詰め合っていたら、熱で顔が燃え上がるかもしれない。もういい、抱き付いてしまえ。カザミは翼を築地の背に回してしがみ付いた。
「うわっ」
生まれて初めて女に抱きつかれた築地は驚愕した。背を包む羽の柔らかさ、香水か、はたまた妖怪であるカザミ自身のものなのか、妙に興奮する香り。何より、直接ではないにしろ触れ会う体から伝わってくる温もり。何もかもがこれまで感じたことの無い感覚だった。それらに誘われて、築地は自然と両腕でカザミを抱き締めた。
「あ、あの、ここからどうすれば・・・」
菊池に聞かれてカザミは慌てた。
「ここから・・・えっと・・・そうだ服を脱げ!つ、築地のは大きいから窮屈だろう」
「いや、大きいって・・・!」
頼む、大きくなっていてくれ。カザミはそう願いながら菊池のズボンを脱がそうとする。しかしうまくいかない。脱がすどころか、その構造すら上手く理解できなかった。
「どう―」
どうやって、といいかけてカザミは口を噤んだ。このズボンがありふれたものならば、教えてやる側が脱がし方すら知らないのは不自然だ。それに、このまま手間取っていては同じく怪しまれるだろう。カザミは迷った挙句、また得意の妖術で片付けることにした。
「ええい、失せろ!」
カザミが翼を広げて叫ぶと、二人の衣服は跡形もなく消え去ってしまった。
「服が・・・!」
「ふふふ、我々カラス天狗はこういう術にも長けているんだ」
カザミは引きつった笑顔で自慢げにそう語った。そして、築地の、初めて見る男の体をまじまじと凝視しつつ、視線を下に降ろしていくと、かくしてそこには先の抱擁と、目の前にあるカザミの裸体に煽られ天を突く築地の分身が雄々しく存在していた。カザミはその奇妙な形と、漂う雄の匂いに釘付けになる。顔を近づけ、翼で感触を確かめ、思わず舌を出して舐めてみる。ビクリとそれが震えた。
「ん、むっ・・・」
「カザミさん・・・!?」
不意にカザミが逸物を咥え込んだ。築地の匂いがカザミの理性を吹き飛ばし、妖怪の女としての本能だけを彼女に残した。根元まで貪り、亀頭を撫でまわし、舌の先を裏筋に這わせる。
「か、カザミさ・・・もう・・・!」
切羽詰った築地の声でカザミは我に返り、逸物から口を離した。
「よ、よし。これだけ大きければ十分だろう。じゃあ次は・・・」
カザミがごくりと生唾を飲み込む。意を決して築地に寄りかかり状態をゆっくりと布団に押し倒した。そして自分の腰を持ち上げると、いつしかすっかり濡れきっていた入り口を築地の先端にあてがった。カザミの奥から湧き出る透明な液体が垂れて築地の分身をてらてらと輝かせる。カザミは腰をおろし、あてがった先端をじわじわと飲み込んでいく。亀頭がその中に消えると、築地の体に電流が走った。
「・・・ッ!」
「どうだ?き、気持ち良いか?」
「・・・はい、カザミさ、ん・・・」
「ふふ、そうか。それは嬉しいな」
男が自分の体でよがっているという事実に、カザミは興奮し、同時に少しばかりの優越感を感じる。
初めては痛いと聞いていたが、ここまで濡れているならばそんなこともあるまい。カザミの頭にそんな考えが浮かんだ。たとえ嘘でも、少しは慣れているように見せかけようじゃないか。
「な、なかなかいいモノを持ってるじゃないか(分からんが)このまま・・・お、奥まで飲みこんでくれる」
言うが早いが、カザミはそれまでのゆっくりとした動きを一転させ、一思いに腰を下ろし言葉通り自分の最奥部まで築地を迎え入れた。しかし、それはまぎれもなく悪手だった。カザミの乙女の証が乱暴に突き破られると同時に、敏感な最奥部が容赦なく責め立てられる。
「――ああ、アッ・・・!」
その痛みと快感にカザミは言葉を失い、そのまま前のめりになって倒れこむ。
「カザミさん?大丈夫!?」
「あ、ああ・・・」
築地の手を借りてカザミが再び起き上がった。
「少し、調子に乗りすぎた・・・。だがもう大丈夫だ、このまま続きを―」
そう言って腰を持ち上げようとしたカザミを築地が制した。
「カ、カザミさん、血が・・・!」
「えっ・・・?」
築地が指差した結合部からは、カザミから溢れ出た愛液のほかにもう一つ、赤い血がにじみ出して築地の体を濡らしていた。それは紛れもなく、カザミの純潔を築地が散らしたことの証だった。
「あ、いや、これは・・・」
「・・・もしかしてカザミさんって、したことなかったんじゃ・・・?」
その問いに、カザミはばつが悪そうに頷いた。こんなものを見せてしまっては、どう言い訳しようが疑いを晴らすことはできない。それに、カザミは自分の今までの動きが豊かな経験を持つそれではないことは既に自覚していた。
結局、自分は男一人も手玉に取れないのか。
「母に・・・男を知るために築地の筆下ろしをしてやれと言われたんだ。年頃の妖怪が処女のままいいのかとな。それで・・・確かにあまりに突然だったが、私も男と付き合ってみたいとは思ってたんだ。ずっと山に引きこもっていたから・・・」
築地は驚いた。まさか妖怪の間では処女であることが人間で言う童貞と同じような扱われ方をしているとは、思いもよらなかった。
「・・・騙してすまなかった」
築地の目にカザミが涙を浮かべるのが映った。幼い頃の記憶が蘇る、女の子を泣かせて嫌われたあの光景が。築地はすぐにその場を逃げ出したくなったが、二人の繋がりがそれを許さなかった。築地はハッとして思い留まる。こんな所でも逃げてしまったら、それこそ祖父が言ったように男として、それどころか人間としてこれ以上ない恥じゃないか。
祖父の言葉に勇気を貰った築地は起き上がり、カザミが泣き出す前にその頬に手を寄せ、静かに唇を重ねた。
「つ、築地!?」
「カザミさん・・・その、カザミさんの初めての相手が俺だっていうなら・・・男してそれは・・・嬉しいと思うし、それに・・・筆下ろしってのもしてもらったわけだから・・・俺は騙されたなんて全然思ってないよ・・・」
「・・・本当に?」
その問いに、築地は優しく頷いた。カザミが再び築地に抱きつく、今度は先ほどよりもずっと強い抱擁だった。
「続き・・・してもいいか?」
「うん・・・俺もしたい」
抱きついたカザミを、築地がゆっくりと仰向けに押し倒す。窓から入りこむ月明かりが、上気したカザミの顔を照らし出した。
「動くよ、カザミ」
築地は少しずつ腰を動かし始める。一度行き来するたびに、互いの敏感な部分がこすれ合い、奥にぶつかるたびにカザミの体が震えた。カザミも築地に合わせて自ら築地を迎え入れていき、その動きがどちらともなく次第に速くなっていく。
「カザミさん、カザミさん・・・!」
「め・・・いた・・・ッ!」
荒くなった息遣いと声で二人の興奮が高まり、築地の逸物がさらに膨張する。狭かったカザミの膣内を押し広げていき、内側をひたすら擦りあげる。同時にそこは築地を締め付けながら奥へ導くとともに、襞の一つ一つがからみついてまだかまだかと子種をせがんだ。
「カザミさん、俺、もう・・・」
築地に限界が迫っていると知ったカザミは、両足で築地の腰を抱え込む。
「ハァ、ハァ・・・逃がさないからな・・・」
「・・・逃げるもんか・・・ぐッ―!」
「あ、あ、んん・・・――――ッ!!」
カザミの体がビクビクと震え、カザミの中が一際強く締め付けられ、その最奥部が深く挿し込まれた築地の逸物に吸い付くと、それは脈動しつつ白濁した子種を勢い良くぶちまけた。カザミは翼も両足も使って築地の体にしがみつく。肌と肌が1分の隙間もなく密着し、築地の体の熱を感じるたびに、彼が愛しくなった。決して離れたくない程に。
「ああ・・・か、感じるぞ。築地の、凄く熱い・・・んあっ・・・!」
「と、止まらな―」
「ふふ・・・い、いいぞ。全部私のものだ」
全身を突き抜ける快感に耐えつつ、カザミはニヤリと笑って築地の腰を強く抱えて自らの奥深くまで築地をくわえ込む。そうするたびに、築地はまた子種を吐き出した。
やがてそれも収まり、疲れ果てた二人は息を荒らげたまま布団に倒れ伏した。
「カザミさん・・・好きだよ」
築地の口から自然とその言葉が紡がれた。
「私もだ・・・嬉しいよ、銘太」
そんなやり取りをして急に恥ずかしくなり、二人は目を逸らす。築地がそのままふと窓の外を見ると、慌てて布団から飛び出し窓から外の様子を伺った。月は既に真上に昇り、その他は一切の光のない宵闇の景色が一面に広がっていた。
「しまった。もう日が暮れてる。これ、帰れるかな・・・」
カザミが起き上がり、築地の側に立ってその言葉に答える。
「無理だ、ここは夜に人間が降りられるような山じゃない。だから・・・」
カザミが翼で築地を包み込み、少し恥ずかしげに彼の耳元で囁いた
「だから泊まっていかないか。その、まだまだ学べることはあるだろうし・・・」
二人の初夜はまだ始まったばかりであった。
17/01/01 14:11更新 / fvo