浮気癖
PM 11:39
男が夜なお明るい街中を歩いていた。
若くして数多くの部下を動員し、自分の属する企業に様々な改革をもたらした英才であるが、ふらついた足取りと乱れに乱れたスーツ、なにより周りに妖艶な夢魔をはべらし鼻の下を伸ばしたその様相からは男の才能など決して読み取れはしなかった。
楽しげに繁華街を歩く一組の男女は、夢魔の方が一方的に別れを告げることでその行脚に終止符が打たれた。曰く、男が一切自分を見ようとしないので夢魔として不愉快極まりなく、また単純につまらなくもあったのだという。
男は去り行く夢魔の後姿をしばし呆然と眺めた後、また先ほどと変わらぬ千鳥足で帰途についた。
PM 11:57
「たらいま」
呂律の回らない口調で帰宅を告げるとすぐに一人の魔物が男を迎えた。紫色の髪、空色の翼と金色の鉤爪、まごうことなきセイレーンだ。小規模な歌手仕事を続けていた彼女に男は一目惚れ、オタクは確定、あと数歩でストーカーにまでなるほどの猛アタックを行った。セイレーンの方はといえば、実力はあるものの如何せん知名度が低く、その場その場で一瞬もてはやされるだけだった彼女に、唯一ファンと呼べる存在になってくれた者が彼であった。
必然的に二人は惹かれ合い、やがて結ばれた。公表は一応したものの、皮肉にもセイレーンの知名度の低さが幸いし、大騒ぎになるようなことはなかった。
彼女曰く、「もともと貴方以外の男に知られるべきではなかったのかも」らしい
今はセイレーンが嫁入りする形で、男と共に静かに幸せに暮らしている・・・はずであった
「おかえりなさい♪」
夫を迎えたその顔は満面の笑顔で満たされていた。しかし、それは明らかに作り物だった。彼女がもしアイドルだったならば、どんな素人のスタッフにさえダメ出しを食らうような歪極まる笑い方である。
「ご飯は食べてきたんだよね?お風呂沸いてるよ!一緒に入る?」
「おおーありがとー」
そんなことは露ほども気に留めず、男は間の抜けた返事を返して風呂場へ足を運ぶ。しかしセイレーンはそれを許しはしなかった。作り物の笑顔のまま、その眼だけがカッと見開かれ・・・
「浮気したでしょ」
氷よりも冷たい声でその言葉を男に突き立てた。途端男の体から酔いの全てが霧散した。全身が硬直し、血の気が引くのが分かった。セイレーンの本気の怒りが成せる業である。
「・・・・・・何を証拠に」
抑揚のない声だった。今の反応が自白と同義であることに気付かない程男はバカではない。しかし聞かずにはいられなかった。
「うふふ、貴方って嘘がつけない性質よねぇ。まあ証拠といえば、私以外の女の匂いがするからだけど?他に言いたいことは―」
セイレーンが言い終わる前に男は玄関のすぐ奥にある階段に向かって駆け出した。そんな雑な逃亡を魔物である彼女が許す筈はない。
翼腕を持つセイレーンが捕らえた獲物を運ぶには空を飛ぶしかない。しかしここは家の中、それは不可能である。ならばと彼女は男の両肩をしっかりと掴むことに集中した。男とてこのまま玄関に居座り続けるわけにはいくまい。風呂なり寝室なりへと移動するだろう、それに自分がついていけばいいだけの話。無論男が掴まった自分ごと移動できることは先刻承知である。
「今晩の安眠は無いものと思うことね♪」
セイレーンの顔が笑顔に戻った。今度は怒りと情欲による興奮が混じった本気の笑いだった。
男は素直に寝室に向かう。そしてその扉を閉めるなりセイレーンは服を脱ぎ捨て、男をベッドに押し倒し強引にそのスーツを剥ぎ取った。
体が熱い。子孫を残すため、そして快楽を貪るために脳が全身を奮い立たせている。私の愚息は痛いほどに剛直し、彼女の体に進入し柔らかい膣肉に包まれている。何度体を交えてもこの感覚に慣れてしまうことは無い。濡れた彼女の穴に突き入れる瞬間、彼女が決して逃すまいと締め付け絡みつく瞬間、いつだって私の体はそこから迸る快感に全身が痺れるのだ。
彼女の体も熱い。私を押さえつけ、私の上で腰を振って中を擦り、可愛らしくも艶かしいその喘ぎ声が小さく口から漏れる度に、その熱は増していくようだ。なにより彼女はその羽で私を包み込んでいるから、二人が発した熱が逃げることは無い。外で吹雪が荒れ狂う極寒の季節でも、こうして彼女と交わればその存在を疑ってしまうほどだ。最近耳にしたことだが、ハーピー種の中には自分のものであることを主張するために、男に自分の匂いを擦り付けるものが居るらしい。彼女が匂いに敏感なのはそうせいかもしれない。
私は彼女の顔を見た。途端に意識が飛びそうになる。いつもは見せないこの顔も、決して慣れることはない。表情は先ほどまでとは全く違い、怒りは微塵も感じられない、毎晩見る魔物特有の妖艶な笑みもそこにはない、彼女は今にも泣きそうな顔だった。泣きそうな顔で、必死に私にしがみついてくる。
小さな罪悪感とそれをかき消す程の彼女への愛が私の心を支配した。無意識の内に私が彼女を抱く力も強くなった。
愛おしい、ただひたすらに彼女が愛おしい。
数ヶ月に一回、この稚拙な策を弄するが、夢魔と過ごした時間のなんとつまらないことか。
だが全てはこんな彼女を見るため。いつもとは違う彼女をを見て、そしてそれを愛するため。彼女へ愛を捧げるため。そう考えれば夢魔と居るときもいくらか気も晴れるのだった。
許してくれ
小さな罪悪感が私に心の中でそう呟かせた。彼女を求めることが、それが私の彼女に対する贖罪になることを祈る。
ありがとう
私が生涯愛するただ一人の魔物よ。勉強だけを生きがいにされて、人を超え人の上に立つことが義務となってしまった私でも、君だけは心から愛することが出来た。初めて君の姿を見たあの日に、君は私に愛することを教えてくれた。こんなにも単純で素晴らしいことを、血の繋がった家族でさえ教えてくれなかったことを、君が教えてくれた。あの感動は今でも鮮明に思い出せるとも。
「愛しているよ」
男が夜なお明るい街中を歩いていた。
若くして数多くの部下を動員し、自分の属する企業に様々な改革をもたらした英才であるが、ふらついた足取りと乱れに乱れたスーツ、なにより周りに妖艶な夢魔をはべらし鼻の下を伸ばしたその様相からは男の才能など決して読み取れはしなかった。
楽しげに繁華街を歩く一組の男女は、夢魔の方が一方的に別れを告げることでその行脚に終止符が打たれた。曰く、男が一切自分を見ようとしないので夢魔として不愉快極まりなく、また単純につまらなくもあったのだという。
男は去り行く夢魔の後姿をしばし呆然と眺めた後、また先ほどと変わらぬ千鳥足で帰途についた。
PM 11:57
「たらいま」
呂律の回らない口調で帰宅を告げるとすぐに一人の魔物が男を迎えた。紫色の髪、空色の翼と金色の鉤爪、まごうことなきセイレーンだ。小規模な歌手仕事を続けていた彼女に男は一目惚れ、オタクは確定、あと数歩でストーカーにまでなるほどの猛アタックを行った。セイレーンの方はといえば、実力はあるものの如何せん知名度が低く、その場その場で一瞬もてはやされるだけだった彼女に、唯一ファンと呼べる存在になってくれた者が彼であった。
必然的に二人は惹かれ合い、やがて結ばれた。公表は一応したものの、皮肉にもセイレーンの知名度の低さが幸いし、大騒ぎになるようなことはなかった。
彼女曰く、「もともと貴方以外の男に知られるべきではなかったのかも」らしい
今はセイレーンが嫁入りする形で、男と共に静かに幸せに暮らしている・・・はずであった
「おかえりなさい♪」
夫を迎えたその顔は満面の笑顔で満たされていた。しかし、それは明らかに作り物だった。彼女がもしアイドルだったならば、どんな素人のスタッフにさえダメ出しを食らうような歪極まる笑い方である。
「ご飯は食べてきたんだよね?お風呂沸いてるよ!一緒に入る?」
「おおーありがとー」
そんなことは露ほども気に留めず、男は間の抜けた返事を返して風呂場へ足を運ぶ。しかしセイレーンはそれを許しはしなかった。作り物の笑顔のまま、その眼だけがカッと見開かれ・・・
「浮気したでしょ」
氷よりも冷たい声でその言葉を男に突き立てた。途端男の体から酔いの全てが霧散した。全身が硬直し、血の気が引くのが分かった。セイレーンの本気の怒りが成せる業である。
「・・・・・・何を証拠に」
抑揚のない声だった。今の反応が自白と同義であることに気付かない程男はバカではない。しかし聞かずにはいられなかった。
「うふふ、貴方って嘘がつけない性質よねぇ。まあ証拠といえば、私以外の女の匂いがするからだけど?他に言いたいことは―」
セイレーンが言い終わる前に男は玄関のすぐ奥にある階段に向かって駆け出した。そんな雑な逃亡を魔物である彼女が許す筈はない。
翼腕を持つセイレーンが捕らえた獲物を運ぶには空を飛ぶしかない。しかしここは家の中、それは不可能である。ならばと彼女は男の両肩をしっかりと掴むことに集中した。男とてこのまま玄関に居座り続けるわけにはいくまい。風呂なり寝室なりへと移動するだろう、それに自分がついていけばいいだけの話。無論男が掴まった自分ごと移動できることは先刻承知である。
「今晩の安眠は無いものと思うことね♪」
セイレーンの顔が笑顔に戻った。今度は怒りと情欲による興奮が混じった本気の笑いだった。
男は素直に寝室に向かう。そしてその扉を閉めるなりセイレーンは服を脱ぎ捨て、男をベッドに押し倒し強引にそのスーツを剥ぎ取った。
体が熱い。子孫を残すため、そして快楽を貪るために脳が全身を奮い立たせている。私の愚息は痛いほどに剛直し、彼女の体に進入し柔らかい膣肉に包まれている。何度体を交えてもこの感覚に慣れてしまうことは無い。濡れた彼女の穴に突き入れる瞬間、彼女が決して逃すまいと締め付け絡みつく瞬間、いつだって私の体はそこから迸る快感に全身が痺れるのだ。
彼女の体も熱い。私を押さえつけ、私の上で腰を振って中を擦り、可愛らしくも艶かしいその喘ぎ声が小さく口から漏れる度に、その熱は増していくようだ。なにより彼女はその羽で私を包み込んでいるから、二人が発した熱が逃げることは無い。外で吹雪が荒れ狂う極寒の季節でも、こうして彼女と交わればその存在を疑ってしまうほどだ。最近耳にしたことだが、ハーピー種の中には自分のものであることを主張するために、男に自分の匂いを擦り付けるものが居るらしい。彼女が匂いに敏感なのはそうせいかもしれない。
私は彼女の顔を見た。途端に意識が飛びそうになる。いつもは見せないこの顔も、決して慣れることはない。表情は先ほどまでとは全く違い、怒りは微塵も感じられない、毎晩見る魔物特有の妖艶な笑みもそこにはない、彼女は今にも泣きそうな顔だった。泣きそうな顔で、必死に私にしがみついてくる。
小さな罪悪感とそれをかき消す程の彼女への愛が私の心を支配した。無意識の内に私が彼女を抱く力も強くなった。
愛おしい、ただひたすらに彼女が愛おしい。
数ヶ月に一回、この稚拙な策を弄するが、夢魔と過ごした時間のなんとつまらないことか。
だが全てはこんな彼女を見るため。いつもとは違う彼女をを見て、そしてそれを愛するため。彼女へ愛を捧げるため。そう考えれば夢魔と居るときもいくらか気も晴れるのだった。
許してくれ
小さな罪悪感が私に心の中でそう呟かせた。彼女を求めることが、それが私の彼女に対する贖罪になることを祈る。
ありがとう
私が生涯愛するただ一人の魔物よ。勉強だけを生きがいにされて、人を超え人の上に立つことが義務となってしまった私でも、君だけは心から愛することが出来た。初めて君の姿を見たあの日に、君は私に愛することを教えてくれた。こんなにも単純で素晴らしいことを、血の繋がった家族でさえ教えてくれなかったことを、君が教えてくれた。あの感動は今でも鮮明に思い出せるとも。
「愛しているよ」
15/04/13 18:34更新 / fvo