読切小説
[TOP]
Belive
人間、魔物、精霊、妖精・・・あるいは不死者も含まれるかもしれない。それらは全て生命活動に必要な三大欲求を持っている。
その内二つは、比較的簡単に満たされるだろう。腹が減れば何かを捕って食えばいいし、眠気に限っては邪魔することすら難しい。
だが残りの一つに限っては、自分ひとりではどうしようもないことがある。特に人間と魔物は。

この魔物の少女―イーシャもそうだった。

「んっ・・・くぅ・・・ッッッ!!・・・・・っはぁ、はぁ・・・」
洞窟の中でイーシャが絶頂を迎えるのは一体何回目だっただろうか。もはや彼女すら覚えていなかった。覚えていられないほど、経験した。そこまで経験してもなお、満たされない。
「はぁ・・・」
愛液に濡れた自分の羽を見つめて溜め息をつく。空しい、果てしなく空しい。まるで心の中を虚無が支配しているようだった。何をする気にもなれない。そして何もする必要が無い。蓄えは十分にある。この冬を越したとしても余るくらいだ。この洞窟は快適だ。風雨をしのげるどころか夏は涼しく、冬は仄かに暖かい。もっとも人間や他の魔物達が使う魔法とやらに比べれば、雲泥の差といわれてしまうだろうが、その差を埋めるのは彼女には到底無理な話だ。
暫くして、心から虚無が払われていき、代わりに情欲が彼女の支配権を握った。この時期は常にそんな感じだ。
なぜ自分に発情期などとというものがあるのか、彼女は甚だ疑問だった。いくら求めようとそれが叶うはずもないのに。そもそもなぜ求めるのだろう。男という存在がそれほど大事なのだろうか。そうは思えない、あんなもの無くても済むはずだ。あんなもの無くても生きていけるはずだ。事実私は生きている、男など手に入れなくてもこうして一人でいままで生きてきたのに・・・。
何度も同じことを考え、そして何度も同じ答えを出した疑問を、彼女は今日もまた考える。
"分からない"
それが結論だった。結論が出せないことこそが結論といえた。自分の体が熱を帯びる理由はいくら考えても思いつかず、しかしそんなことはお構いなしに彼女は発情する。この矛盾を解決する存在は依然として見つからない。
先ほど、いやこれを生まれて初めて感じてから嫌というほど吐き出したはずの理由無き不快感がまた彼女の体を蝕んでいく。これを払拭する手段は二つだけ。
男を手に入れるか、自分で自分を慰めるか。
「んっ・・・」
彼女は羽を自分の股の間に這わせ、再び虚無を取り戻そうとする。取り戻したところで長続きはせず、また情欲に変わる。そのサイクルを繰り返し、疲れ果てて眠るときが彼女の一日の終わりだった。今日も彼女はこれを繰り返すのだろう。
その時だった

「あっ・・・!」
「!?」
彼女は久しぶりに自分以外の声を聞いた。男の声だった。反射的にその方向を振り向くと、声の主であろう青年がそこに佇んでいた。
青年は軽装だが、右手には剣が握られていた。しかし何より目に付いたのは、青年の服に仰々しく描かれた紋章だった。彼女は物知りではない。しかしその紋章の意味を知らぬ魔物は果たしてこの世にいるだろうか。
正義と言う名のもとに、理不尽に数多の魔物を斬り刻む教団の紋章を。
通りすがりか?いや、やはり自分を退治しに来たのだろうか?

そんなことを考えている余裕は、彼女にはなかった。

「い・・・いやあああああああああ!!!
青年の姿を見るなり彼女の住む洞窟の中にけたたましく、そして悲痛な悲鳴が反響し、彼女の顔は一瞬にして鮮やかな朱色に染め上げられていく。
「うわあああ!お邪魔しましたァァアアア!!」
青年は弾けたようにに洞窟を飛び出してしまい、後に残ったのは見るに絶えない・・・
「グスッ・・・うう・・・」
自慰の瞬間を見られてしまった哀れな少女の姿であった。
先ほどまで体を蝕んでいた欲などどこへやら。今彼女の心には深い悲しみと羞恥に包まれてしまっていた。
「あ、あの〜」
しばらくして青年が戻ってきた。右手には相変わらず剣を握りしめていたが、なぜか彼女に敵対する様子は微塵も感じられない。
「なんだよ・・・。何の用だ!」
彼女は青年を睨みつける。気の弱い者ならそれだけで震え上がるような怒りの形相・・・のはずだったが、流れた涙と顔の紅潮のせいでそのような恐ろしさは皆無だった。
「な、何の用って・・・。そうだなあ、端的に言うとだな」
青年は剣先をイーシャに突きつけ、口の端を釣り上げながらこう言った。
「貴様を殺しに来た」
洞窟に沈黙が流れ、イーシャの顔から怒りが消えた。そして、哀しげな、かつどこか満足そうな表情がそこに現れる。まるで死期を悟った老人のような顔だった。
「・・・とうとうお前らに住処がばれたってことか」
「その通り。我らが聖域における数々の窃盗事件、これらを我々は同一犯、それも汚らわしい魔物による仕業と判断し、その諸悪の根源を神なる剣によって浄化するために私が抜擢されたのだ」
イーシャは青年をひどく軽蔑した。どうしてこういう類の人間はこうも話が長いのだろうか。殺しに来たのならグダグダと御託を並べている間に斬り捨ててしまえばいいものを。いやそもそも、これが仕事にすぎないのなら殺意を相手に伝える必要すらないだろうに。
「そーかいそーかい、じゃあとっとと殺っちまってくれよ。逃げる気もねえから」
そう言ってイーシャは目を閉じ顔を伏せる。青年の視線が彼女の首筋を見据えた。「黄泉の国で、存分に贖罪するがいい」
青年は再び剣を握り締め、頭上高くに掲げた後にイーシャの首筋に向かって勢いよく―

振り下ろさなかった

「とまあココまでが建前だ」
さきほどまでの荘厳な口調とは一転。青年はおどけたような軽い調子でそう言ってのけた
「・・・はぁ?」
「アッハッハ!ビックリさせちゃったかな?まあ当然か」
さすがのイーシャもこれには困惑した。
建前、殺す気は無いということか?つまり教団の制服を身に纏い、剣を振り回し、仰々しく前口上を垂れ流した挙句に見逃すというのだろうか。それも、全く抵抗もしていない相手を。
そんなイーシャの心情をよそに、青年は剣をカランと投げ捨ててやれやれとその場に腰を下ろした。
「初めまして、僕はレイジス。知ってるとは思うけど、僕達の国じゃあ魔物は魔物ってだけで斬り捨て御免でね。いや御免なんてもんじゃない、見かけて意図的に逃がしたなんて日には今度はそいつが死罪になるんだよ。神の教えに反す者ってね」
レイジスと名乗る青年は先ほどのイーシャのようにうんざりした様子で話した。
「はぁー、まあそうは言っても・・・ね。見つけ次第殺せなんて、親の仇じゃあるまいし、僕にはどうも・・・無理でさ」
「ああ、そうかい。用が無いなら帰れよ」
イーシャは冷ややかにそう言った。殺意のある無しに関わらず、どうもコイツは自分の嫌いなタイプのように思えた。
「いや、だから・・・そんなノコノコ帰れる身分じゃないんだよ・・・」
「だからなんだよ、私には関係ねえだろ」
「ま、まあ話を聞いてよ。あんなことしといてすっごく言いづらいんだけどさ・・・」
そう言ってレイジスはうつむいた。様子を見るにかなり言いづらいことのようだった。
まさか本当は殺す気なのだろうか、いやそれならあんな茶番をやる必要は全くない。ということは、自分を殺す気が無いというのは本当だろう。しかしそれでは彼は国に戻れない。
一体自分をどうする気なのだろう。彼女が困惑している間に、レイジスは首をかしげるイーシャに向き直り口を開いた。その内容はイーシャの予想とは全くかけ離れたものだった。
「僕がいかにも君を討伐したように見せ付けるんだ。そうすればもうあいつらが君を狙うことはないし、僕だって国へ帰ることが出来る。・・・本当は帰りたくも無いけど」
イーシャは目を丸くした。つまり芝居を打とうというのだ、自分がイーシャを殺さずに済むように。イーシャはなぜそんな言葉が出てくるのかまるで分からなかった。コイツは、教団の人間のはずだ。それともそれは見当違いで、本当はただの追い剥ぎだとでもいうのだろうか。
「・・・お前何言ってんだ。私はあの国からくすね続けてやっと生きてんだよ。私が死んだことにしたところで、私があそこで仕事をすりゃそんな芝居たちまち水の泡だ」
「そう、その通りだ。だからあの国に出向くのも、もうやめて欲しい。」
「ケッ!どうせ飢え死にさせるつもりならとっととこの場でバッサリやっちまったらどうなんだよ!」
「違う!討伐したとさえ伝えれば、僕はあそこの幹部格になれる。そうしてあの国で僕の自由が利くようになれば、君のところに必要なものを持ってくることも出来る、そうすれば・・・もう君が危険を犯して盗みを働く必要もなくなるんだ・・・」
「・・・!」
イーシャはレイジスのその言葉に心が揺らいだ。
あの国に侵入したときにいつも、どれだけ嫌でも必ず耳に入ってくる、劈くような怒号と悲鳴。それは彼女にとって他者を否定するあらゆる言葉よりも単純、かつ最大の罵倒だった。魔物のイーシャは魔物である為に、目に付く人々から自分の全てを否定され続けてきたのだ。
イーシャは"仕事"を終えて帰ってきた日にその獲物に手をつけることはない。住処の洞窟で彼女は、辺りにそれを散らかして、その日一日の残った時間、ただ一人、静かに泣き崩れるのだ。孤独を、恐怖を、そして悲愴を、涙の形にして流し続けてきた。そうでもしなければ、彼女の心はとうに荒み切っていたに違いない。
ただ一つ残った、生きる意思すら失うほどに。
「・・・胡散くせえな。お前は教団、私は魔物・・・。そう、人殺しの魔物だぞ?お前だって散々そう教えられてんだろ!?何十年と年食ったイカレたクソジジイどもにな!その通りだ、私は今すぐお前を八つ裂きにしたっていいんだぜ!」
「確かに・・・」
レイジスは再び俯く。
返す言葉が無い、イーシャはレイジスの反応をそう解釈した。所詮コイツも教団の人間だった。ただ自分が役目を果たせないから、上司をペテンにかけようとする臆病者だと。
しかしイーシャのその考えを覆すように、レイジスは力強く顔を上げた。
「じゃあ君は・・・人間を殺したことがあるのか?」
「ッ!それは・・・」
今度はイーシャが黙らされてしまった。彼女にそんなことが出来るはずはなかった。彼女にも恨む人間は山ほどいる。ひどい時には、空高く運び去りそのまま地面に叩きつけようかと思うこともあった。だがその度に、理屈ではない何か本能のようなものが、いつも怒りに駆られるイーシャに歯止めをかけるのだ。故に彼女が人を殺めることはなかった。いくら怨嗟が募ろうと無理だった。
「ないんだね」
「・・・―ッ!―ッッ!!!」
「本当だったんだ・・・。今の魔物は人を殺さないって・・・」
イーシャは膝を折ってその場に崩れ落ちた。地面に突っ伏しながら、いつも仕事から帰ったときのように泣いた。
「なんで・・・!なんでなんだよ!!なんでお前らは・・・私を遠ざけて・・・私から逃げて・・・私を毛嫌いして・・・。私を・・・知ろうともしないでッ!!だから・・・こんな真似でしか・・・生きていけなくなったんじゃねえか・・・。」
「何でだと思う・・・?」
キッとイーシャはレイジスを睨みつけて、そして驚いた。
彼の顔が一転していた。初めのおどけたような軽い表情も、今までの憂いや必死さに満ちた表情も、そこには無い。今彼の顔から感じられるのは、怒りと、そして凄まじい憎悪。どちらもイーシャが彼から初めて感じたものであり、その衝撃は彼女の激情を一時的に吹き飛ばした。
「さ、さっきも言っただろ、お前らが何も知らないから―」
「それもあるけど・・・でも」
そこまで言ってレイジスは黙り込んだ。話すのを躊躇しているのだろうか。否、言葉にするのさえ憎たらしいのだ。だがこれは心の内に秘めておくべきことではない。その話を聞いたとき、彼は強くそう感じのだ。そして、決して許されることではないとも。
「僕があの国で聞いた話だけどね・・・」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

僕の夢は兵士になることだった。いや、兵士じゃなくたっていい。国の人々を守れればなんだってよかった。もちろん、魔物から・・・。
あの国では君の言うとおりに、魔物はおぞましく、そして汚らわしい生き物だというのが常識でね。生命がそのものが罪、あるいは神が犯した最大の失態・・・。まあ表現はなんでもいいや、今更思い出したくも無い。とにかくみんなそんなことを言われて育って、大人になって、そして子供に昔自分が言われた事をそのまま伝えていく。国全体が、そうして成り立ってた。
僕も当然その一員だったよ。あの教会で、あの髭の長いやさしい神父さんの声を、僕は未だに・・・もしかしたら今だからこそ、鮮明に思い出せる。もちろん、僕がその言葉を疑うことは許されなかったと思う。疑ったことがないから、分からないけど。疑ったとして、白黒つけるなんて無理だったんじゃないかな。ハッキリさせるには、魔物を見つけて調べてみるしかない。魔物を見つけるには、国の外へ出るしかない。でも、僕を含めて誰も国の外へは出ようとしなかった。そりゃ当然だ、外には散々聞かされた恐ろしい魔物がウヨウヨいるんだもの。そんなものを見つけて、どうするんだ?
みんな、そう考えてるんだ。
僕はかねてからの希望通り兵士になった。一生懸命自分を鍛えた、鍛えて鍛えて鍛えぬいた。そうしたら、いつの間にか僕は兵士じゃなくなってた。戦う人間じゃなくて、戦わせる人間になった。今度は鍛えるんじゃなくて、ひたすら勉強した。兵法を、武器の使い方を、仕組みを、そして・・・子供の頃神父さんがしてくれた話通りの魔物を。国を守りたいってだけで、なんの娯楽も知らずにただ鍛えて、覚えて。たったその二つに僕は生きてきたんだ。
ある日、僕は教主から―まあ教会で一番えらい人だと思ってくればいい―からお呼びがかかったんだ。なんでも、極秘の話とかでね。
僕がこのとき話を聞いたとき、自分でもよく狂ってしまわなかったと思うよ。
「・・・・・・は?」
「もちろん、すぐに信じてもらおうとは思っておらん。念の為もう一度話そうか」
「――――――――――――」
「今の魔物は人を襲わない、むしろ友好的であるとさえされる。魔物は人を愛し、人の愛がなければ魔物は生きてゆけぬ。すでに奴らとはそういった関係にあるのだ。そうなってから、もう何十年と経っている」
「・・・・・・・・仮に、それが、本当だったとして、国民は、なぜ、誰一人として、真実を、知らないのですか・・・・・・?」
「無論、教えるわけにはいかぬからだ」
「なぜ・・・何故です!?何故ありもしない恐怖を植えつけるんですか!?このことを皆が知れば、もう魔物に怯える世の中も終わるのに!!」
「終わってもらっては困るんだ」
「なんですって・・・?」
「この国が、なぜ国として成り立っているのかを考えたことはあるか?・・・恐怖だよ。魔物を恐れ、忌み嫌う心が人々を集め、ここに国という巨大な集合体を作り出した。魔物への恐怖はいわばその城壁なのだ。それを吹き払えばどうなると思う?恐れるものが消え去った人間はこの世界に散らばり、我らが何百年にもわたって築き上げたこの国はものの数ヶ月で滅亡を迎える。愛する生まれ故郷だ。君とて、まさかそれを望みしまい?」
「・・・・・・・・・・・・そんな・・・ッ!」
僕はガックリと膝を折った。それから次に立ち上がるまでどれくらい経ったか、もう覚えてはいない。
全く、ちょっと書き方を変えれば喜劇にでもなるんじゃないかな。僕は、人々を脅威から守るために生きてきたんだ。守りたいものの為に、僕の何もかもを犠牲にしてね。
ところがその脅威は、僕が生まれる前に、綺麗さっぱり無くなってたなんて!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「君の討伐は、試験みたいなものなんだ。真実を知ってもなお、僕が教団に従うか試そうってわけ」
レイジスはそこまで言うと、数十秒の間沈黙した。
「・・・以上が真実だよ。なにかご質問は・・・えっと・・・あ、まだ名前すら聞いてないや。教えてくれる?」
レイジスがあのおどけたような軽い口調に戻った。だがイーシャは彼に疑問をぶつける気にも、名前を教える気にもならなかった。それもそのはず、彼女の心に疑問など一つもありはしない。今そこを埋め尽くしているのは、地獄の業火のような凄まじい怒りのみだった。
「ふざけんなよ・・・」
真に怒りに燃えたとき、イーシャは声を荒らげるタイプではない。その煮えたぎる憤怒の情を、ぶつけるべき相手に全てぶつけるのが彼女の怒りの表現だ。しかし、今現在それは不可能だった。なぜなら諸悪の根源である人間はここにいない。故に行き場の無い感情をレイジスにぶつけそうにもなりはしたが、彼女は踏み止まった。敵は彼ではない、彼もまた卑劣な嘘の被害者に過ぎないのだ。その事実を彼女は必死で反芻した。
「じゃあアイツは・・・アイツも・・・騙されて・・・ッ」
「アイツ?」
レイジスの言葉にイーシャはビクリと体を震わせた。
「アイツって・・・?」
「―ッ!なんでもない!」
「そ、そう」
イーシャがその回答を強く拒み、レイジスはそれ以上の追求を諦めた。ふと彼が外を見ると、既に日が傾いていた。どうやら結構な時間話し込んでいたらしい。彼は日が暮れる前にここに来た目的の達成を急ぐことにした。
「でさ、今の話、引き受けてくれるかな・・・」
「・・・」
「・・・頼む、僕を信じてくれ!君が教団にどれだけひどい目に遭わされたのか僕は何一つ知らないけど、この通りだ」
レイジスが深々と頭を下げると、それは地面にぶつかった。
「僕は、あんな奴らの為に、魔物を死なせたくない・・・!でもこのままじゃ、僕の目の前で・・・君が死ぬ!」
イーシャはほとんどヤケになっていた。例えこの青年の話が全て嘘であり、自分は結局殺されるのだとしても、どうでもいいことだった。青年を信じたわけではない。むしろ今の話が本当なら、イーシャはもう人間そのものを信じられなくなりそうだった。魔物である彼女が人間を捨てること、それは即ち破滅を意味し、故に彼女の答えは決まっていた。
「・・・もう、どうにでもしやがれ・・・」
その声を聞いて、レイジスの頭が勢いよく挙げられた。これで一つの命が救われた。いや、もしかしたら自分も含めて二つかもしれない。そう考えると彼はイーシャがまるで命の恩人のように思えてきた。彼の表情は安堵と感謝に満たされ、イーシャとは光と闇のように対照的だった。
「ありがとう、本当にありがとう・・・!!」
レイジスはイーシャの翼を握り締め、感謝の言葉を叫び続けた。だがイーシャの方はそれに何の反応も示さない。
「じゃあ説明するよ、僕の言うとおりに動いてくれれば・・・」
レイジスはその計画を長々とイーシャに説明したが、イーシャはその半分も聞いてはいなかった。もっともそれで問題は無かった、レイジスの計画の中でイーシャは彼によって討ち取られており、彼女は特に複雑な行動をとる必要もなかったからだ。

かくしてレイジスの一計は見事に成功を収めた。
教団の中でそれなりの立場にある者を上手く洞窟へ呼び出し、そこでレイジスの剣が深く突き刺さった血塗れの彼女を見せ付ける。無論この血は彼女のものではなく、剣も叩き折ったものをくっつけてあるに過ぎない。問題はイーシャの演技力であったが、絶望の中にいた彼女はレイジスが作り出した状況の中でうずまっているだけで十分だった。それだけで彼女は死体のように見えた。教団の人間はレイジスを褒めたて、誇りに思い、そして彼を連れて満足そうに帰っていった。
教団内でのレイジスの地位は躍進し、彼の生活は見違えるほどに裕福になった。イーシャもまたその恩恵を受けて静かに暮らしている。もう彼女が教団に蔑まれることも無くなり、まさに彼の書いたシナリオ通りの展開だった。

それから数ヶ月、イーシャはずっと洞窟にこもっていた。レイジスは、教団が国外をうろつくことは少ないから、なにも隠れ続ける必要はない、とは言っていたものの、そもそもイーシャは意味も無く散歩に出かけるような陽気さを持ち合わせてはいなかった。彼女が唯一の外に出る機会が、教国へ行くことだった。レイジスによってその必要がなくなった今、彼女に外へ出る理由など何一つ存在しなかった。洞窟の中でイーシャはまた自慰にふけっていた。体は一瞬潤い、そしてすぐに乾く。火に炙られる鉄板に水をかけるような毎日が今月もやってきた。
「おーい、イーシャ!」
青年の元気な声が洞窟内にこだました、その主は当然レイジスである。彼はいつも両手に大きな袋を抱え、まるで子供のような振る舞いでイーシャの元を訪れる。初めて会ったときのような憂いも、怒りも、彼は一切見せることは無かった。無実の囚人が牢獄から解き放たれたように、彼は常に笑顔だった。
イーシャはやや小走りで近づいてくるレイジスの方を見ると・・・
「く・・・来るな!」
その来訪を拒絶した。何かに怯えるように、強く。
「え?あ、ごめん。なんかタイミング悪かった・・・?」
レイジスは歩みを止めて罰が悪そうにその場に抱えていた袋を置いた。
「・・・いや、悪かった・・・なんでもない」
イーシャはレイジスから目をそらし小声で呟いた。レイジスは駆け寄るのではなく、ゆっくりとイーシャに近づいていく。
「・・・イーシャ、ときどきこうなるよね。僕が来ると、なんか凄い怒り出して・・・やっぱり、余計なことしちゃったのかな・・・」
そう言ってレイジスが俯いた。それを見たイーシャは慌てて彼の言葉を否定する。
「ち、違う!そうじゃなくて・・・」
イーシャがその続きを言おうとすると、急に喉が仕事をしなくなった。あの最悪の思い出を語って、また傷つくことを防ぐかのように。だがそれは想起までは防いでくれなかった。彼女の頭にある光景が鮮明に蘇る。
初めて男を攫おうとした、あの日を。
「・・・ッ!」
イーシャは頭を抱えてうずくまった。頭の幻影を振り払おうとすればするほど、それはハッキリと彼女の脳内に映し出されていく。
「う、うわああああ!!」
「!、イーシャ!」
叫び声を挙げたイーシャをレイジスが優しく抱き締めた。彼の身体に覆われ、イーシャの視界を優しい闇が包み込んだ。
「イーシャ・・・怖いの?」
レイジスの囁きが彼女の幻影に割り込む。彼の問いかけに答えるように、イーシャの身体が震え出し、その翼でレイジスにしがみついた。
「怖いなら、何が怖いか、なんで怖いかをしっかり考えるんだ。なんだか分からないままっていうのが、一番恐怖を助長させる。さあ、考えて。君が怖いのは何?」
レイジスが続けて囁くと、イーシャの震えが少しずつ収まっていった。やがてしがみついていた翼もその力をゆるめると、彼女はレイジスから離れ、自分の恐怖を語り出した。
「私はあの時、発情期で、男を探してた。私と一緒になって、子供を育てる相手を・・・」
「そ、そう・・・それで?」
発情期という単語にレイジスはドキリとしたが、ここで自分が動揺してはせっかく落ち着かせたのが水の泡だ。彼はなんとか自分を押さえ込み、イーシャに続きを促した。
「あちこち飛び回って、アイツを見つけた。ほとんど一目惚れだったと思う。アイツは大きな紋章のある服を着てた。紋章は・・・・・・お前のそれと、同じだった。でも私はまだその紋章の意味なんか知らなくて、そんなの関係なしに、ただ攫ってしまおうとした。でもアイツは、私が飛び掛って捕まえたら、アイツは・・・」
イーシャの表情が怯えたものに変わっていった。レイジスはそれを見て覚悟を決めた。いかな恐ろしい事実が語られようと、受け止めなければならない。そうしなければ、彼女は決してこの恐怖から抜け出せないだろう。
「・・・その人は、どうしたの?」


「・・・アイツは自分で・・・
自分の首を斬りやがったんだ!!」



「アイツは、私と一緒にいるのが死ぬ程・・・いや、死ぬより嫌だったんだ!!だから自分で死んだんだ!私から、逃げたいからッ・・・!」
人間からの拒絶、それは魔物にとってどんな責め苦よりも耐え難いものとなる。ましてそれが自らの命を賭してものだったなら・・・それは存在そのものの否定に他ならない。
レイジスは初めてその事実を知った。友好的などでは片付けられない。魔物と人間の関係は、もはやそんな淡白なものではなくなっているのだ。魔物は人間を生まれながらにして愛している。そして今、人間は魔物を拒み続けている。その愛を知りながら、自らの保身を優先し続けている。だから彼女はこんな目に遭ってしまった。それが人の罪でなくて、なんであろうか。そしてそんな罪を犯し続けるあの教団は・・・。
被害は魔物だけではない。人間も一人死んだ。何も知らずに、何も知られずに、ただ餌食になるぐらいならと、自らの誇りを守るために死んでいった。後戻りの出来ぬの世界に逃げて、彼は救われたのだろうか。少なくとも、彼はそれが最善だと考えていた。だが、もし少しでも事実を知っていたならば、その事実を隠されたりしなければ、彼はきっと今も生きていたに違いない。彼を愛する少女と共に・・・。
レイジスは立ち上がると、教団の紋章が描かれた服を脱ぎ捨てた。抱えてきた袋から油と火打石を取り出し、油を今脱ぎ捨てた服にぶちまける。
「もう、こんなものに用は無い」
レイジスが火打石を鳴らすと、油の染み込んだ服はたちまち火炎を包まれる。描かれた紋章もみるみるうちに焼かれ、後に残ったのは黒い塵だけとなってしまった。
「もう、あそこには戻りたくない。僕は、君の側にいたい。君がどれだけ周りから拒絶されようと、僕は残るから・・・だから・・・!」
深呼吸、そしてレイジスは叫ぶ
「僕と一緒に生きて欲しい・・・もう一度僕を信じてくれ!」
辺りを静寂が支配した。イーシャは何も言わなかった。何も言わずに立ち上がった。涙を流しながら、よろよろとレイジスに歩み寄り、
彼を、強く抱き締めた。
「今度は、信じて、いいん、だよな・・・?」
「もちろん」
イーシャが顔を上げると、レイジスが見下ろしていた。どちらからともなく顔を近づけ、二人の唇が重なり合った。
イーシャはもう歯止めが効かなくなっていた。レイジスを押し倒し、獣のように口内を貪った。彼の舌を、自分の舌で責め尽くした。何年もの間植え続け、今ようやく、彼女の欲求が満たされようとしていた。レイジスもそれを受け止め、イーシャよりも緩慢ではあるが、イーシャに舌を絡ませる。それは彼女の情熱を全て受け止めんとばかりに、優しく。数十秒その状態が続くと、レイジスの股間が膨らんできた。イーシャはそれを感じると、ズボンの上から羽で撫でつつ彼に問う。
「レイジス、いいだろ・・・?」
ここまで迫られて、拒むことの出来る男などこの世にいない。レイジスが僅かに頷くと、イーシャは強引に彼のズボンを引き剥がした。彼の肉棒が開放され天を突く。そこから漂う匂いに引かれてイーシャたまらずそれを頬張った。
「んむ・・・ちゅる・・・」
口の中いっぱいに雄の味が広がった。レイジスの舌にしたように、イーシャはそれを舐め回す。彼女の舌が棒を撫でるたびに、眩暈がするような感覚を覚えた。これが、これこそが、自分に足りなかったものだと直感した。一度、顔を引いて、次は喉の奥まで一気にくわえ込む。初めは遅く、段々とその速度を上げていく。魔物の本能が、何をすればいいか、どうやって求めるものを手に入れるかを全て教えてくれた。それに忠実に、彼女はストロークを繰り返す。速めるだけでなく、時折不意打ちのように動きを止めて舐める。そしてすぐにまた動き出す。どこにどれだけの刺激を与えればいいか、彼が何を欲しているか、彼女は手に取るように分かっていた。
「イ、イーシャ、僕もう・・・!」
レイジスが僅かに痙攣したかと思うと、イーシャの口の中にレイジスの精液が噴出した。イーシャは一瞬戸惑う、しかしすぐにそれがなんであるかを理解し飲み込む。そして出された分だけでは足りず、まだ中に残るものまで根こそぎ奪わんと彼の肉棒に吸い付く。全てを吸い出したあと、付着する塊まで余さず舐め採り、何も残らなくなると静かに口を離した。
「はぁ、はぁ、レイジス・・・。まだ足りない、もっと・・・もっとくれよぉ」
イーシャはレイジスを跨ぐように立ち上がると、翼で自分の秘所を広げる。
「ほら、こんなになっちまった。お前が口に出すから、私はもう・・・我慢できねぇぞ・・・!」
その濡れに濡れた穴をひとしきりレイジスに見せ付けた後、イーシャは彼の股間に座り込んだ。一度射精してもなお硬度を保つそれを翼で弄び、自分の秘所を押し付ける。
「へへ、まだ固いんだな。ほら、入れるぞ、入っちまうぞ・・・!」
少し腰を上げて目標を定める。レイジスの肉棒をしっかりと握り締め。膣口に当てがうと。イーシャは一切の躊躇なしに自分をそれで貫いた。
「ううっ・・・うああああッ・・・!」
破瓜の僅かな痛み、その直後に訪れるのは痺れるような快感。耐え切れずに倒れこんだイーシャをレイジスが優しく受け止めた。
「だ、大丈夫―うわっ!」
「レ、レイジス、レイジス!!」
イーシャは翼と脚でしっかりとレイジスを固定すると、狂ったように腰を降り始める。それに呼応するかのようにレイジスも出来る限り腰を振り上げて彼女の膣内を突き上げた。男女の位置関係は本来全く逆ではあるが、そんなことはお構い無しに、二人は快楽を貪った。
「ぐぅ・・・イーシャ、締りすぎ」
「んっ・・・レイジス、んあっ、気持ち・・・あっ・・・いいよぉ!レイジスゥ!」
イーシャの膣壁はレイジスを締め上げ、レイジスの肉棒はイーシャの全てを己が物にすべくその肉の中に割って入る。相手に快楽を与えることがそのまま自分の快楽となる連鎖に、二人は瞬く間に沈んでいった。擦れ、突き上げ、締めて、引っかかる。あらゆる動作がなにもかも快感の種となっていった。
「イーシャ・・・!」
「レ、レイジス・・・レイジス!!」
もはや互いの名前を呼び合うぐらいしか言葉を発せなかった。それほどまでに快感は強く、その快感の中でさえ呼び合えるほど二人の想いは強かった。その想いが体を更に密着させ、感じる快楽の量は際限なく高まっていく。
「レイジス・・・私もうダメ、イきそう・・・レ、レイジス・・・レイジス・・・―――――ッッ!!!」
「ぐうゥ・・・イーシャ・・・ッ!」
イーシャがこれまでで最も強くレイジスを抱き締めた。ビクリビクリと痙攣し、同時に彼女の膣もまたレイジスの精を搾りとるべく収縮する。レイジスがその動きに導かれて膣の一番奥にたどり着くと、強く突き上げつつ二度目の精をを解き放った。あっという間に彼女の中は白く染まり、結合部からは捕らえられなかった精液が溢れ出てきてその場を白濁させた。イーシャの体から力が抜け、レイジスの自分の体重を預ける。重すぎず、軽すぎず、実に心地よい重みだった。
「レイジス、お前、暖かいな・・・。人間って暖かいんだな・・・」
そう言うとイーシャは眠りに落ちた。次から彼女が目覚めるときは、必ず目の前に、彼がいるはずだ。

魔物は愛を取り戻した。それはもう二度と、彼女の手元から離れることはないだろう。
人間は真実を知った。おかげで、一つの尊い命を魔の手から守ることが出来た。
願わくば、この二人の歩む先に、祝福があらんことを。
14/03/30 14:33更新 / fvo

■作者メッセージ
嘘の宣伝を真に受けてサバトに入ってしまったイーシャ
予言師を名乗る魔物にそそのかされ、イーシャは彼にある重大な秘密を
告げてしまうのだが・・・!?

次回:「真実の花嫁」  乞うご期待!

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33