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最近、私は少しヘンだと思う。
いや、今更過ぎるといわれればその通りなんだけど、とにかくヘンだ。
なにがヘンかと言われれば、挙げれば数が多すぎて自分でも把握しきれないほどなんだけどね。
まず、第一に耳が前にも増して良くなった。未だに補聴器を着けていなければ聞こえにくい音はあるんだけれど、それでも補聴器なしで聞こえる音が増えたというのは自分でも驚くべき結果だ。まさか音を補うだけでなく、聴力事態を治癒する機能も備わっていたのだというのだろうか。だとすると、ノーベル賞モノ……いや、もっとそれ以上のとんでもない製品だということになる。
ただの普通の女子高生である私がこんなたいそうなものを持っててよかったのだろうか。
……なーんてことを思っていたのもつい先日までのコトなんだよね。今となっては補聴器から時たま聞こえてくるぐじゅぐちゅとしたあの音を聞きたいがために着けているようなものだ。
アタマの裏側を細い紐状のものでずるずる弄られる快感は脳がとろけてしまうようで、とてもじゃないが抗うことなんてできない。
「んー……これがこうだから、えーっと……」
第二に、すこし物忘れが激しくなった気がする。
物忘れと言っていいものなのかどうか微妙なところだけど、とにかく記憶の行き違いが多くなってきたんだ。
例えば、私の初体験は中学生の頃、学校の体育館庫でタイチと一晩中くんずほぐれつセックスしまくった、というのは鮮明に覚えている。だというのに、タイチ本人は「そんなことしてない」の一点張りで私とタイチの主張がかみ合わないのだ。私はこんなにも覚えているというのに……
ランコとの会話だってそうだ。私がランコに「ランコっていつも穴開けたコンドーム財布に入れてるんだったっけ。めっちゃ優等生じゃん」って言ったら真顔で「友達辞めるよ?」って言われた次第だ。さすがにそれはちょっと冷たいんじゃないかなぁ、と思ったよ。
私と相手の記憶がかみ合わない時、大抵そういう時は私がおかしいってことになって終わるんだけど……どうにもやっぱり腑に落ちないのが本音だ。
だってこんなにもはっきり覚えているのにさ、相手が覚えていない、ってそれじゃあまりにも不平等だよねえ。
私だけが、素敵な思い出、面白い出来事を覚えているのに、他の皆はそれを覚えていない。それはとても悲しいことだと思う。ソウデショ?
だから皆が忘れてしまったことを、いつの日か再現して取り戻せるようにできたらいいなぁって計画してるんだけど、それはまた後々だね。
「助詞?助動詞?ええと……あれこの単語ってなんだっけ……」
そして、第三に。
タイチのことが気になって気になって仕方がないのだ。
一体私はいつの間に、こんなにタイチのことが気になっていたのだろうか。
いじめっ子を成敗してくれた時?チガウ。
一緒の高校に上がれた時?チガウ。
倒れた私を保健室まで運んできてくれた時?チガウ。
全部そうなんだけど全部違う。それはタダのきっかけでしかない。
彼の吐く息が素肌に当たると、その部分は赤く腫れて疼きだす。彼の声が耳に入るとまるで耳が膣になってしまったかのように振動で愛撫され快感へと直結する。彼の体臭を嗅ぐと鼻から入り込んだ空気は肺胞のひとつひとつに吸収され私の全身へと駆け巡る。
身悶えするほどに愛おしい。できることならば今すぐにでもひとつになりたい。ドロドロに解けて一緒に混ざり合いたい。
……だけど、まだその時じゃないんだ。
もっと、この音が近づいてきてからじゃないと駄目な気がするんだ。
「なーアイ、この単語ってどういう意味だ?」
じっくりと、ねっとりと近づいてくる音。とても遅くイライラと待ち遠しいけれど確実に近づいてきている音。
だから私はじっくりと、ねっとりと待つ。そうして待って耐え抜いたその先に見えるモノはきっと、言葉で言い表わせないほど素晴らしいものなのだろう。
至高で、極上で、崇高で、天上で。そして最も深いモノなのだろう。
だから私は待つ。ひたすらに待ち続ける。
「アイ……聞いてるか?」
「ん、あぁ、もちろん。この単語はね……」
実際のところほとんど話なんて聞いてなくて、自分語りをしていた真っ最中なのは内緒だ。
私は今、タイチと二人きりで例のケーキ屋に来ている。
学校祭を3日後に控えたこんな時期になにをしているのかというと……お察しの通り勉強だ。
メイド喫茶の準備はどうしたとか、委員会の仕事はどうしたとか言われそうだけど安心して。それら全てを終わらせた後にこうやって勉強しているんだからお咎めナシでしょ?
ちゃ〜んと喫茶のレイアウトも考えてるし、委員長としてクラス費用の確認とクラスの士気上げをやってたんだから何も問題ないはず。
「desire、欲望って意味だよ」
「欲望か、ふむふむ、となるとこの英文はこうなって……」
「タイチそれ、中学校レベルの文章じゃない?」
「うっせ、俺ぁ英語なんて中学でほとんど諦めてんだよ」
まぁ私も他人に物事を教えるのはそこまで嫌いじゃないからいいんだけどさ。
それにこの美味しいスイーツも食べられるからむしろ今は機嫌が良かったりする。
「タイチも勉強ばっかやってないでケーキでも食べたら?」
「俺はお前みたいにデキがよくないからよ、こういうときでもこまめに勉強してないと進級すら危ういんだぞ」
「だからって学校祭準備期間中にするイミある?」
「ある!みんな学校祭で浮かれている間に俺はこそこそと学力をつけていつか見返してやる…………という想像をだな」
「想像だけじゃダメでしょ」
勉強を教えることは意外と好きだ。
ケーキを食べることはむしろ好きだ。
そして、タイチと一緒に勉強してケーキを食べるのは格別に幸せだ。
少し前の私ならば、別になんとも思っていなかったのだろう。ただの親友としてぐちぐち文句をたれながら英語を教えていたに違いない。
けれど今となっては、同じ教科書のページを開いて同じところを勉強しているだけで幸せだ。
「いやぁしかし最近アイ、ホントに英語得意になったよな」
「ま、これも努力の賜物ってやつだよ」
「……そんなに努力してるようには見えねェんだけどなぁ……」
……ずばりその通りだ。
私は英語に関して言えば全くといっていいほど勉強していない。
もともと得意だったという点もあるだろうけど、それよりもこの【ドブ=アングル】の自動翻訳機能が画期的すぎて勉強する必要がなくなってしまったのだ。
聞こえる言葉が全て日本語に変換されて聞こえて、さらには私の喋る言葉は聞く人の母国語で聞こえてしまうという事実も知ってしまったで、これ以上なにを勉強すればいいのだろう状態なわけである。
私がロシア人に対して「こんにちは」と日本語で話せば、ロシア人は「Здравствуйте」とロシア語で聞こえるらしく、もはや私自身が翻訳機になってしまったかのような錯覚を覚えるものだ。
けど、だからといって不気味がったりはもうしないよ。だって便利すぎてこれナシの生活なんてもう考えられないんだもの。
音だってそうだし、言語だってそうだしとにかく便利すぎるのだ。この補聴器は。
「あー疲れた……今日はここまでにするかなー」
「それがいいよ。学校祭までもうあと3日なんだから、ムダに疲れは溜めない!学生生活最大のビッグイベントなんでしょ?」
「当然!学校祭楽しまずして学生とは言えねぇからな」
「それじゃ私も俄然メイドのやる気が出てきたぞー」
「ハハッ、お前のその貧n…………い、いやなんでもない」
「んふ♪貧、なんだって?私耳悪いから聞こえなぁい」
「な、なんでもないったらなんでもねえ。そろそろ時間も時間だし帰るぞ」
突然動揺し始めたタイチをからかいつつ、私たちはケーキ屋を後にする。
タイチはほとんどケーキを口にしてなく、食べかけがテーブルの上に残されていたのでもったいないから私が全部食べてあげることにした。
生クリームとイチゴはさすがの甘さといったところだけれど、私はそれよりもケーキの食べかけの部分に付着していたタイチの唾液の方が甘く感じられる。佐藤の甘さとはまた別次元の味覚を誇るタイチの体液の一部が極上な調味料として私の味覚を彩るのだ。
これを異常と捉えるか正常と捉えるかは人次第なのだろうけど、私は胸を張ってこう言い張れる。
正常だ、と。
だって気になるヒトの体液は食べてみたくなるのがフツーの考えでしょ?だったら美味しいに決まってるじゃないか。
私にとってこの行動を異常だと肯定付ける選択肢は存在しないんだ。そんなことを気にかけるという思想にすら至らなかった。
だから私はこの変化にすら自分自身で気がつかなかったのかもしれない。
そもそもこんなことを考えること自体が異常であり、正常と異常の区別が逆になっていることに。
「ただいま〜」
「おかえりアイ。あと1時間くらいで夕飯だからそれまでに風呂入っといで」
「はぁい」
家に着くなり早々風呂の準備をする私。
リボンを外し、ワイシャツと靴下を洗濯機に放り投げ下着を外し……
あ、そうそう。
もう一つだけ、私がヘンだなって思ったところがあるんだった。
私のカラダ……特に胸とか、腰とか?そこらへんの肉付きがちょっと変わってきてるんだ。
タイチからも貧乳とバカにされてきた胸は最近になって急に成長し始めたのか、今までつけていたブラではサイズが合わなくなってきた。これには私もガッツポーズだ。限りなくAに近いBだったのが、今ではDかEカップになろうとしているところだろうか。数日前の私の写真と見比べるとその違いは歴然であり、今の私がいかに女性らしい体系であるというのかがよーくわかる。ハリがあって、きれいな形で、そしてちょっと湿ってる私のおっぱい。
自分で言うのもなんだけど、けっこう美乳なんじゃない?なんてね。
そしてちょっと肉がついてぷよぷよしてたお腹はというと、シュッと引き締まってキレイな曲線を描くウエストラインになっている。
お腹の肉がそのまま胸に移動したんじゃないかってくらい不自然な体の変化が起きているんだ。特に運動などしているわけでもない状態で、僅か数日でここまで劇的に体が変化するなんて明らかに普通じゃない。私だってそれは理解している。
それでも……それでも、やっぱり自分の体がより魅力的な女性に変化していることは純粋に嬉しかった。だから普通じゃないと思っていながらもそれを受け入れている自分がいたのかもしれない。
「んっ……」
自分で胸を揉んでみる。
ふにふにとした二の腕と近い触感をした二つの半球は、指を押し当てるとむゅうと沈み、指を離すと再び元に戻る。
両手で自分の胸を持ち上げ、さながら第三者……タイチに揉まれているのを頭で妄想しながらその手に重量感を感じた。以前なら、そもそも胸が手に乗るという絵面は実現不可能な光景だったけれど、今の大きくなった胸ならばそれは可能になったのだ。
「は、ぅ」
乳首をコリコリ、と撫でてみる。
ピンク色に熱持った突起は固く隆起して、乳房の柔らかさとは真逆の感触を体験させてくれるものだ。これを彼にかじられたらと思うだけで下半身が疼く。
私のかく汗はどうにもべとべとした粘液状になっていて、そういう体質なのかどうかはわからないけど非常に見た目が悪い。
特に頭皮からの汗が一際激しくって、毛髪が大きな束になってしまうほどだ。その束の先端からどろっ、と汗が垂れるものだから一見すると汗っていうよりもローションみたいで少し誤解を招いてしまいそうになっちゃう。
その汗のべとべとが肌にまとわりついて気持ち悪いからシャワーで流す。
……のだけれども、思った以上に粘性が強くて排水溝に詰まってしまうのは非常に困ったものだよ。抜け落ちた髪の毛とねとねとに詰まった汗は排水溝でごぼごぼのどろどろになり泡を立てている。その音がまた脳内で響き渡るあの水音と似ててね……これまたリラックスできる瞬間なんだ。
例えば、大自然の中でドラム缶風呂に入るのは想像するだけで気持ちよさそう、というのはほとんどの人が想像できることだろう。
だから私だって、排水溝に詰まる粘液の音を聞きながら体を洗い流すのはとても気持ちがいい。頭の中の隅々までほじくらされて、マッサージされているような感覚に陥るのだから気持ちいいのは当たり前のことだ。
「ぁ、んっぅ……」
ここで自慰をしてしまっても構わない。けれど私をそれをすることはなかった。
なぜなら、私はもうわかっていたからだ。自慰だけでは、達することはできないということを。
先日から頭の中で繰り返される性欲と交配願望は日に日に増し、我慢できなくなって幾度となく自慰をしてきた。
けれど、いつまでたっても、いくら激しくやっても、気持ちよさが訪れるだけで絶頂することはできなかったのだ。
それはタイチのことを想えば想うほど強くなり、それと比例してイケなくなるこの体に苛立ちを覚えることもあった。
「ふぅ……」
冷水を浴びて気持ちの高まりを収める私。
もうすぐ……このイケないイライラはもうすぐで解消されるんだからそれまで我慢だよ。
耐えなきゃ。耐えた分だけ気持ちいいのがくるなら、私は喜んで待とう。
そうすることで私が一番望む結果が得られるなら、いつまでも待ってやろう。この音の続くかぎり深くフカク……
浴槽へは入らず体の汚れのみを落としきった私は、そそくさと着替え、夕飯を食べ終えると自室へと戻った。
いくらクシで髪をとかしても一向に毛束は元に戻らないので、私は諦めてそのまま就寝することにした。
―――――
「おっはようアイちゃん!ついに今日という日がやってきたね!」
三日後の朝。
ついに学校生活一大ビッグイベントである学校祭開催の日が訪れた。
朝もいつも通り朝食を食べ、歯みがきをして……バッグには教科書の代わりに学校祭に必要な道具を入れ、元気良く家を飛び出す。
あれ、私いつのまに補聴器つけてたんだっけ…………まぁいいや。
ともかく、学校祭だというのにいつも通りの代わり映えのない生活サイクルをし、いつもの場所でランコを待っていたのだった。
「おはようランコ。いやぁホントだね。ランコも今日は一段と気合入れてるじゃん」
「でへへ〜わかる?ちょっと髪の毛マシマシで持っちゃいました♪」
「こんだけ髪の毛遊ばせていいのって学校祭ぐらいなものだからね」
骨倉高校では学校祭に限り多少の髪いじりが許されていて、女子達はこういうときにいつの間に会得したのか不明な髪いじり技術を発揮して髪を盛ってる。夥しい数のヘアピンを髪の団子にぶっ挿し気に入った形に固定させている。正直私はあまりそういうのは好きじゃないので理解できないんだけど……そこは個々人の好き勝手ということで。
「そういえば前々から思ってたんだけどさ」
「なに?」
「アイちゃんって髪質変わった?なんか前と違うよーな……」
私の髪はセミロングであることは変わりはない。
しかし、ランコの言うとおり髪質は若干変化していた。
ウェーブがかった癖のようなものが現れ始め、毛が数本の束になってうねり曲がっていたのだ。しかも、いくらドライヤーをかけて乾かしたとしても、ものの数分で湿り気を取り戻してしまいパッと見とても不衛生に思われてしまうのだ。それはちょっと困るね。
頭皮からの汗というよりは……髪の毛そのものが湿っているような気がして何だか不思議な感覚に囚われる。
「ま、人間生きてるうちに髪質3回くらい変わるって聞くしそれなんじゃない?」
「へーそうなんだ!なんだかずっとストレートのアイちゃんを見てきてから逆に新鮮かも」
「しっかしランコはランコでまたすごい盛ってるよね……去年より激しいでしょそれ」
「でっしょー!うへへ……あの人見てくれるかなぁ」
「そろそろいい加減ランコの好きな人教えてくれてもいいんじゃない?」
「それは内緒なの!!」
女子らしい恋愛トークを織り交ぜつつ私たちは学校へと向かう。
登校する時に見かける生徒達はみな、これから始まる学校祭に心躍らせている者もいれば、ごく稀に気だるそうにしている者もいる。
学校祭を楽しむ楽しまないは人それぞれだ。だけど、私的には長い人生の中でたった三回しか行うことのできない高校学校祭は楽しまなければ大損するものだと思う。私の自論だけどね。
同窓会で集まったときにあのときあんなことがあったよな、と話し合えるもののなかでも学校祭ネタというのは結構あるらしいし……ってなんだかジジくさいね。やめやめ。
「あとさ……胸おっきくなったでしょ。わかるんだよ〜わたしには」
「あ、やっぱり気づく?そうなんだよね、最近いきなり大きくなり始めてさ」
「なんてゆーか……フェロモンがすっごいの!女の私でも反応しちゃうくらいだよ」
「へぇ……♪」
その時私のこぼした笑みをランコに見られなくてよかった。
無意識のうちにじゅるりと口の周りを一周する舌を見られることがなくてよかった。
この学校の学校祭はそこそこ規模が大きいきめなようで、一般人の参加も認めている。そのため学校前にはたくさんの出店が並んでおり、すでに準備をし始めているものもあった。肉の焼ける香ばしい臭いやパチパチとわたがしのザラメが弾ける音も聞こえる。それだけで朝っぱらからお腹がすいてきてしまいそうだ
教室につくとクラスの半数ほどはメイド喫茶の準備を始めていてセッティングをしている者や着替えをして衣装チェックをしている者もいた。
「お、お帰りなさいませご主人様♪」ニカッ
「おいやめろ気持ち悪い」
「しょうがねえだろ俺メイドなんだし」
「こんなんでお客さん来るモンかねぇ……」
「アレだ、動物園の珍獣扱いだよ。お前は珍獣になりきって客寄せパンダとなれ」
「人の尊厳とはいったい」
「お帰りなさいませ、お嬢様」キラリーン
「ほわっ……これはこれで結構クルものがあるね……」
「でしょ?メイド喫茶ならぬ執事喫茶ってのが流行りそうかも」
「どうかな……?もっと男らしくしたほうがいい?」
「これ以上男らしくされたら惚れそうなんでやめてください」
うんうん、なかなか調子はよさそうだ。
みんながみんな、自分のやるべきことを率先して行なっている。それって意外と簡単そうに聞こえて実はかなり難しかったりするからね。こうやって何の不備もなくスムーズにコトが進んでいるのは委員長としてとても誇れることだ。
さて、それじゃ私もそろそろメイド服に着替えるとするかな。ついでにランコと一緒に更衣室に行くとしよう。一人で着るのは些か恥ずかしい気分もあるわけで……
それにメイド服の着方なんてよくわからないからランコに仕立ててもらおうという魂胆でもある。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「う〜ん、この衣装だと白ニーソより黒ニーソの方が似合うと思うよ〜」
「このフリッフリのフリル!裁縫部はホントいい仕事するよねぇ」
「えっ、ガーターベルトもつけちゃう?攻めるねぇアイちゃん!」
「うわ……なんだろう、すごいドキドキする……」
「あれ、衣装合わせしたんだよね?胸の辺りがすごいきつそうなんだけど」
「……ぎりぎり着れてるからまぁいっか!あんまり激しい動きしたらポロってこぼれちゃうかもしれないから気をつけてね」
「なんだかアイちゃんなんだけど、アイちゃんじゃないみたい……綺麗というか、いろっぽ……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なんやかんやあって仕立ててもらった私は教室に戻る。
すると、私の姿を見たクラスのみんなは一瞬作業の腕がピタリと止まり、私の姿に釘付けになってしまっているようだった。
「おい、アレ東峰でいいんだよ、な?」
「た、たぶん……あんなにムネでかかったっけ……?」
「俺の記憶が間違ってなけりゃ限りなくまな板に近いものだったはずだが……まさかパッドか?」
「いや……ありゃパッドなんかじゃねぇ。わからねえかお前ら?自分の股間に聞いてみろよ」
「…………めっちゃびんびんくる。やべえありゃホンモノだ。モノホンのチチじゃねえか!でっか!!」
「いったいどうなってやがる……ってか胸だけじゃなくて全体的にすげぇエロくね?」
「確かに……」
「ア、アアアイちゃん!?その胸どしたの?」
「まーたアイちゃんったらー学校祭だからって気合入れてパッド詰めてもバレバレだよ〜?」
「ホレホレ、お姉さんにその胸の正体暴かせてごらん……って、あれれ……」モミモミ
「何も詰まってない……それどころまマシュマロみたいな柔からさ……」
「そんなバカな……う、疑ってすいませんでしたっー!!アイさん、できればどうやって大きくしたのか教えて欲しいのですが」
「あんたら自分も大きくしたいからって手の平返しすぎだろ」
教室に入った途端、同じクラスメイトの女子から胸を揉まれるわ、男子からは変な視線で見られるわでてんてこ舞いだ。
でも私はこのわいわいがやがやした雰囲気が大好きだ。
つくづく私はこのクラスが好きなんだなぁと実感させられるよほんと。こんな面白くもなんともない、ただの耳の悪い女を委員長にしてくれてさ、しかも悪口一つ言わないんだから逆に疑い深くなっちゃうってものだよ。
今日が高校生活最後の学校祭だから、悔いの残らないように精一杯楽しもう!
……欲を言えば、みんなとはずっと一緒に楽しく過ごしていたいと思っている。けれどそれは適わないことだ。学校祭が終わればみんな進学のことに対して真剣に向き合わなければならない時期に差し掛かって、自由に遊べる期間はどんどん少なくなってくるだろう。仕方ない、そう仕方ないことなんだ。
…………ずっとみんなと……イッショニ……ぐじゅっ
「うぃーすおはよー」
「おいタイチおせーぞ!!早く着替えて来いや!」
「ワリーワリー、目覚ましぶっ壊れててよ」
「お前の目覚まし時計は随分と頻繁に壊れるようだなぁ?」
……来た♪
きたきたきたぁ。タイチがやっと来た。遅刻ぎりぎりじゃない。
ああ、私は今日という日をどれだけ待ったことか。
「おはよ♪タイチ」
「お、おう……おはよう」
「んふ……ねぇ、どうかなこれ、似合ってる?」
「い、いいんじゃない、かな?うん、似合ってる似合ってる」
タイチの視線は一度私の胸を凝視した後はきょろきょろと目を合わせないように、当たり障りのない部分だけを見通していた。
遠くからは男子のヤジが飛んできている。
やれ「うらやましい」だの「朝っぱらからイチャイチャしやがって」だの言われて……正直むちゃくちゃ気分がいい。冗談抜きで濡れる。
ヤジを飛ばされるということはそれだけ想われているということでもあるので、みな私とタイチの今後を祝福してくれているのだろう。
ああ、ついに今日がやってきたんだなぁ。今日という日を私は一生忘れることがないだろう。なぜなら、今日が私の人生のターニングポイントになると確信しているからだ。
その全てはタイチに委ねられているといっても過言じゃない。
「タイチ、今日の放課後屋上で待ってるから」
「放課後?まぁ時間は空いてるが……どうした?」
「ちょっとイイコトをね」
「??」
伝えたいことはひとまず全部伝えたから、あとは今日の放課後を待つだけだ。
放課後までに私自身が我慢しきれるかどうかが不安になるところだが、ここは委員長としての威厳を見せつけてあげようじゃないか。
学校祭が開催されるとほぼ同時にとてつもない数のお客さんが学校の敷地内に入るのが見えた。
ある人は出店で食べ物を買っていたり、またある人は別のクラスの出し物を見学に行ったり……体育館のステージでは有志たちがバンド演奏をしたり漫才をやっていたりと大盛り上がりだ。
演奏の爆音が教室にまで響いてきて、ベースの低音がビリビリと窓ガラスを振動させている。
そして、かくいう我らがメイド喫茶はというと……
「お帰りなさいませご主人様♪」
「お帰りなさいませご主人様……」バリトンボイス
「ハイハーイ写真は一枚100円ですよーローアングルしたら教員呼びますのでー」
「え、サイン?まぁ、いいけど……」
「ゆであげパスタの温玉カルボナーラです。では、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
「は〜いケチャップでハートです〜」
まさかの大盛況!
教室内はほぼ満席状態で廊下にも大勢の客が並んで待っている状態だった。
これには私も予想外過ぎて正直驚いている。せめて半席以上埋まれば御の字かな、と思っていたのだけれどまさかここまで盛況するとは思ってもみなかったから結果としては大満足だ。
客層も老若男女さまざまで家族連れやらカップルやら多種多様の人が来ている。
どうやら、クラスのイケメン&美人軍団が宣伝で色々と出回っている効果がそこそこ効いているようで、そこから口コミが広がりこうなっているらしい。
「ゴメン、アイちゃん!そのパスタC席まで持っていって!」
私は接客担当ではなく、奥で金額の計算と食品の数合わせを行なう係なので表立ってお客さんの前に姿を現すことはない。
だけど人手が足りなくなって食品を配膳しに行く人がいなくなると誰でもいいから手の開いている人が配膳しに行くということになっている。そして今回は私の番らしい。
よし、身なりを整え、できるだけ愛嬌を振りまき、盛大な笑顔で……よし。
「お待たせしましたご主人様♪チーズたっぷり特性ナポリタンです」
「ああ、ありがt……!?」
私が接客として表に出ると、すかさず教室内がざわつきだす。
「あの子だけ飛びぬけてかわいくね?」とか「読者モデルにいそう」とか「ここが本物のメイド喫茶なら真っ先に連絡先聞くレベルだ」とか、なんだか色々いわれている。そんなに褒めてもなんにも出ないよ?
教室のどんな場所にいようともひそひそ声は私の耳に入り、それら全てを聞き逃すことはない。それは補聴器によって洗練された私の聴覚だからこそ聞き分けられる音だ。
だから当然、下心見え見えのくだらない発言も聞けちゃうのが玉に瑕なものだけどそれだけ私が魅力的に見えているという証拠でもあるので、今回ばかりは許してあげよう。
まぁけど、私のことを性的な目で見ていいのはタイチだけなんだけどね。ウン。
タイチ以外の男の人なんて眼中にもない。
「それじゃちょっと休憩行ってくるからあとよろしくね」
「はいはーい」
昼の休憩時間に差し掛かったので私はクラスメイトに仕事を任せ、ひとりで昼食を探しに学校内をうろつき始めようとした。
ランコと食べ歩きでもしようと思っていたのだけど、彼女はまだ仕事時間で忙しそうだから一緒に行動することはできない。ちょっぴり寂しいケド仕方ないよね。
「いたいた、アイ休憩時間か」
「え、あっ……」
え、ちょ、待って待って。こんなの聞いてない、予想外。
や、やばい……
どうしても我慢できそうにないからあえて一緒に行動しないでひとりでぶらぶらしようと思っていたのに……どうしてこういう時に限って向こうから来るのよ。
タイチったら……
「俺もちょうど休憩時間だし、どっか見て回ろうぜ」
「あ、ぅん」
「それに、お前気づいてないだろ。他校のヤンキーどもがお前のこと危ない目つきで見てたんだからな。一人じゃ危険だから俺がついててやる」
「あ、そう、なの」
もう……もう!!
どうして、こんなに、あぁ…………
もう言葉が出てこない。きっとどんな言葉で今の心情を表現しようとも、この高ぶる気持ちを表すことのできる言語は存在しないのだろう。それほどまでにトキめいていた。
もちろん他校の生徒が私をどんな風に見てたかなんて言われなくてもわかっていた。けれど今の私なら指一本触れられることなくなぎ倒せる自信があったし、他人に迷惑をかけるつもりはなかったんだ。
それなのにタイチは。私の親友はびっくりするぐらいお人好しなのか、私についていくときたものだ。それって遠まわしに私を守ってやるって言ってるのと同じことだよね。
わ、わわっ、私をまもっ……ぐじゅ……ってくれるって、ふ、ふふふ……ホントにタイチは昔っから変わらないんだから。
けど、私はそういうところが……
「メシ買ったら体育館のバンド演奏見にいかね?先生方のステージがもうすぐ始まるらしいんだ」
「いいよ♪タイチの好きなようにして」
「……なぁ、お前最近変わったよな」
「そう?私はいたって正常だよ。なにも異常じゃないよ」
「だといいんだが……なーんか根本的に変わったような気がするんだよなぁ」
「キノセイじゃない?ほらっ、早くしないと始まっちゃうんでしょ?」
「ぅわっ、ちょっ」
私はタイチの指に私の指を絡ませ、腕を引っ張るようにして歩き進めた。俗に言う恋人繋ぎと言うもので、タイチは始めこそ嫌がっていたものの、出店で昼食を買う頃にはとっくに恥など忘れているようだった。
合わさった手の平の中は、私の手汗でぐっしょりと湿っている。
体育館につく頃には、私は髪の毛先からぽたぽた滴るほどに汗をかいていた。粘っこくて、若干甘い匂いのする汗のようなもの。それが熱気に滾る体育館の湿気によるものなのか、真夏の猛暑日によるものなのか、それ以外のものなのか。
それは私にもタイチにもわからない。ワカラナイ。
だけど、一つ確信できるのは私の内側に燃えるこの熱情は体育館の熱気よりも、出店で買った出来立てホヤホヤのたこ焼きよりも熱く、どろどろに燃え盛っているということだった。
もう少し……あともう数時間の我慢……ふえへへ……ガマン、スレ、バ……
……ぐじゅっ
いや、今更過ぎるといわれればその通りなんだけど、とにかくヘンだ。
なにがヘンかと言われれば、挙げれば数が多すぎて自分でも把握しきれないほどなんだけどね。
まず、第一に耳が前にも増して良くなった。未だに補聴器を着けていなければ聞こえにくい音はあるんだけれど、それでも補聴器なしで聞こえる音が増えたというのは自分でも驚くべき結果だ。まさか音を補うだけでなく、聴力事態を治癒する機能も備わっていたのだというのだろうか。だとすると、ノーベル賞モノ……いや、もっとそれ以上のとんでもない製品だということになる。
ただの普通の女子高生である私がこんなたいそうなものを持っててよかったのだろうか。
……なーんてことを思っていたのもつい先日までのコトなんだよね。今となっては補聴器から時たま聞こえてくるぐじゅぐちゅとしたあの音を聞きたいがために着けているようなものだ。
アタマの裏側を細い紐状のものでずるずる弄られる快感は脳がとろけてしまうようで、とてもじゃないが抗うことなんてできない。
「んー……これがこうだから、えーっと……」
第二に、すこし物忘れが激しくなった気がする。
物忘れと言っていいものなのかどうか微妙なところだけど、とにかく記憶の行き違いが多くなってきたんだ。
例えば、私の初体験は中学生の頃、学校の体育館庫でタイチと一晩中くんずほぐれつセックスしまくった、というのは鮮明に覚えている。だというのに、タイチ本人は「そんなことしてない」の一点張りで私とタイチの主張がかみ合わないのだ。私はこんなにも覚えているというのに……
ランコとの会話だってそうだ。私がランコに「ランコっていつも穴開けたコンドーム財布に入れてるんだったっけ。めっちゃ優等生じゃん」って言ったら真顔で「友達辞めるよ?」って言われた次第だ。さすがにそれはちょっと冷たいんじゃないかなぁ、と思ったよ。
私と相手の記憶がかみ合わない時、大抵そういう時は私がおかしいってことになって終わるんだけど……どうにもやっぱり腑に落ちないのが本音だ。
だってこんなにもはっきり覚えているのにさ、相手が覚えていない、ってそれじゃあまりにも不平等だよねえ。
私だけが、素敵な思い出、面白い出来事を覚えているのに、他の皆はそれを覚えていない。それはとても悲しいことだと思う。ソウデショ?
だから皆が忘れてしまったことを、いつの日か再現して取り戻せるようにできたらいいなぁって計画してるんだけど、それはまた後々だね。
「助詞?助動詞?ええと……あれこの単語ってなんだっけ……」
そして、第三に。
タイチのことが気になって気になって仕方がないのだ。
一体私はいつの間に、こんなにタイチのことが気になっていたのだろうか。
いじめっ子を成敗してくれた時?チガウ。
一緒の高校に上がれた時?チガウ。
倒れた私を保健室まで運んできてくれた時?チガウ。
全部そうなんだけど全部違う。それはタダのきっかけでしかない。
彼の吐く息が素肌に当たると、その部分は赤く腫れて疼きだす。彼の声が耳に入るとまるで耳が膣になってしまったかのように振動で愛撫され快感へと直結する。彼の体臭を嗅ぐと鼻から入り込んだ空気は肺胞のひとつひとつに吸収され私の全身へと駆け巡る。
身悶えするほどに愛おしい。できることならば今すぐにでもひとつになりたい。ドロドロに解けて一緒に混ざり合いたい。
……だけど、まだその時じゃないんだ。
もっと、この音が近づいてきてからじゃないと駄目な気がするんだ。
「なーアイ、この単語ってどういう意味だ?」
じっくりと、ねっとりと近づいてくる音。とても遅くイライラと待ち遠しいけれど確実に近づいてきている音。
だから私はじっくりと、ねっとりと待つ。そうして待って耐え抜いたその先に見えるモノはきっと、言葉で言い表わせないほど素晴らしいものなのだろう。
至高で、極上で、崇高で、天上で。そして最も深いモノなのだろう。
だから私は待つ。ひたすらに待ち続ける。
「アイ……聞いてるか?」
「ん、あぁ、もちろん。この単語はね……」
実際のところほとんど話なんて聞いてなくて、自分語りをしていた真っ最中なのは内緒だ。
私は今、タイチと二人きりで例のケーキ屋に来ている。
学校祭を3日後に控えたこんな時期になにをしているのかというと……お察しの通り勉強だ。
メイド喫茶の準備はどうしたとか、委員会の仕事はどうしたとか言われそうだけど安心して。それら全てを終わらせた後にこうやって勉強しているんだからお咎めナシでしょ?
ちゃ〜んと喫茶のレイアウトも考えてるし、委員長としてクラス費用の確認とクラスの士気上げをやってたんだから何も問題ないはず。
「desire、欲望って意味だよ」
「欲望か、ふむふむ、となるとこの英文はこうなって……」
「タイチそれ、中学校レベルの文章じゃない?」
「うっせ、俺ぁ英語なんて中学でほとんど諦めてんだよ」
まぁ私も他人に物事を教えるのはそこまで嫌いじゃないからいいんだけどさ。
それにこの美味しいスイーツも食べられるからむしろ今は機嫌が良かったりする。
「タイチも勉強ばっかやってないでケーキでも食べたら?」
「俺はお前みたいにデキがよくないからよ、こういうときでもこまめに勉強してないと進級すら危ういんだぞ」
「だからって学校祭準備期間中にするイミある?」
「ある!みんな学校祭で浮かれている間に俺はこそこそと学力をつけていつか見返してやる…………という想像をだな」
「想像だけじゃダメでしょ」
勉強を教えることは意外と好きだ。
ケーキを食べることはむしろ好きだ。
そして、タイチと一緒に勉強してケーキを食べるのは格別に幸せだ。
少し前の私ならば、別になんとも思っていなかったのだろう。ただの親友としてぐちぐち文句をたれながら英語を教えていたに違いない。
けれど今となっては、同じ教科書のページを開いて同じところを勉強しているだけで幸せだ。
「いやぁしかし最近アイ、ホントに英語得意になったよな」
「ま、これも努力の賜物ってやつだよ」
「……そんなに努力してるようには見えねェんだけどなぁ……」
……ずばりその通りだ。
私は英語に関して言えば全くといっていいほど勉強していない。
もともと得意だったという点もあるだろうけど、それよりもこの【ドブ=アングル】の自動翻訳機能が画期的すぎて勉強する必要がなくなってしまったのだ。
聞こえる言葉が全て日本語に変換されて聞こえて、さらには私の喋る言葉は聞く人の母国語で聞こえてしまうという事実も知ってしまったで、これ以上なにを勉強すればいいのだろう状態なわけである。
私がロシア人に対して「こんにちは」と日本語で話せば、ロシア人は「Здравствуйте」とロシア語で聞こえるらしく、もはや私自身が翻訳機になってしまったかのような錯覚を覚えるものだ。
けど、だからといって不気味がったりはもうしないよ。だって便利すぎてこれナシの生活なんてもう考えられないんだもの。
音だってそうだし、言語だってそうだしとにかく便利すぎるのだ。この補聴器は。
「あー疲れた……今日はここまでにするかなー」
「それがいいよ。学校祭までもうあと3日なんだから、ムダに疲れは溜めない!学生生活最大のビッグイベントなんでしょ?」
「当然!学校祭楽しまずして学生とは言えねぇからな」
「それじゃ私も俄然メイドのやる気が出てきたぞー」
「ハハッ、お前のその貧n…………い、いやなんでもない」
「んふ♪貧、なんだって?私耳悪いから聞こえなぁい」
「な、なんでもないったらなんでもねえ。そろそろ時間も時間だし帰るぞ」
突然動揺し始めたタイチをからかいつつ、私たちはケーキ屋を後にする。
タイチはほとんどケーキを口にしてなく、食べかけがテーブルの上に残されていたのでもったいないから私が全部食べてあげることにした。
生クリームとイチゴはさすがの甘さといったところだけれど、私はそれよりもケーキの食べかけの部分に付着していたタイチの唾液の方が甘く感じられる。佐藤の甘さとはまた別次元の味覚を誇るタイチの体液の一部が極上な調味料として私の味覚を彩るのだ。
これを異常と捉えるか正常と捉えるかは人次第なのだろうけど、私は胸を張ってこう言い張れる。
正常だ、と。
だって気になるヒトの体液は食べてみたくなるのがフツーの考えでしょ?だったら美味しいに決まってるじゃないか。
私にとってこの行動を異常だと肯定付ける選択肢は存在しないんだ。そんなことを気にかけるという思想にすら至らなかった。
だから私はこの変化にすら自分自身で気がつかなかったのかもしれない。
そもそもこんなことを考えること自体が異常であり、正常と異常の区別が逆になっていることに。
「ただいま〜」
「おかえりアイ。あと1時間くらいで夕飯だからそれまでに風呂入っといで」
「はぁい」
家に着くなり早々風呂の準備をする私。
リボンを外し、ワイシャツと靴下を洗濯機に放り投げ下着を外し……
あ、そうそう。
もう一つだけ、私がヘンだなって思ったところがあるんだった。
私のカラダ……特に胸とか、腰とか?そこらへんの肉付きがちょっと変わってきてるんだ。
タイチからも貧乳とバカにされてきた胸は最近になって急に成長し始めたのか、今までつけていたブラではサイズが合わなくなってきた。これには私もガッツポーズだ。限りなくAに近いBだったのが、今ではDかEカップになろうとしているところだろうか。数日前の私の写真と見比べるとその違いは歴然であり、今の私がいかに女性らしい体系であるというのかがよーくわかる。ハリがあって、きれいな形で、そしてちょっと湿ってる私のおっぱい。
自分で言うのもなんだけど、けっこう美乳なんじゃない?なんてね。
そしてちょっと肉がついてぷよぷよしてたお腹はというと、シュッと引き締まってキレイな曲線を描くウエストラインになっている。
お腹の肉がそのまま胸に移動したんじゃないかってくらい不自然な体の変化が起きているんだ。特に運動などしているわけでもない状態で、僅か数日でここまで劇的に体が変化するなんて明らかに普通じゃない。私だってそれは理解している。
それでも……それでも、やっぱり自分の体がより魅力的な女性に変化していることは純粋に嬉しかった。だから普通じゃないと思っていながらもそれを受け入れている自分がいたのかもしれない。
「んっ……」
自分で胸を揉んでみる。
ふにふにとした二の腕と近い触感をした二つの半球は、指を押し当てるとむゅうと沈み、指を離すと再び元に戻る。
両手で自分の胸を持ち上げ、さながら第三者……タイチに揉まれているのを頭で妄想しながらその手に重量感を感じた。以前なら、そもそも胸が手に乗るという絵面は実現不可能な光景だったけれど、今の大きくなった胸ならばそれは可能になったのだ。
「は、ぅ」
乳首をコリコリ、と撫でてみる。
ピンク色に熱持った突起は固く隆起して、乳房の柔らかさとは真逆の感触を体験させてくれるものだ。これを彼にかじられたらと思うだけで下半身が疼く。
私のかく汗はどうにもべとべとした粘液状になっていて、そういう体質なのかどうかはわからないけど非常に見た目が悪い。
特に頭皮からの汗が一際激しくって、毛髪が大きな束になってしまうほどだ。その束の先端からどろっ、と汗が垂れるものだから一見すると汗っていうよりもローションみたいで少し誤解を招いてしまいそうになっちゃう。
その汗のべとべとが肌にまとわりついて気持ち悪いからシャワーで流す。
……のだけれども、思った以上に粘性が強くて排水溝に詰まってしまうのは非常に困ったものだよ。抜け落ちた髪の毛とねとねとに詰まった汗は排水溝でごぼごぼのどろどろになり泡を立てている。その音がまた脳内で響き渡るあの水音と似ててね……これまたリラックスできる瞬間なんだ。
例えば、大自然の中でドラム缶風呂に入るのは想像するだけで気持ちよさそう、というのはほとんどの人が想像できることだろう。
だから私だって、排水溝に詰まる粘液の音を聞きながら体を洗い流すのはとても気持ちがいい。頭の中の隅々までほじくらされて、マッサージされているような感覚に陥るのだから気持ちいいのは当たり前のことだ。
「ぁ、んっぅ……」
ここで自慰をしてしまっても構わない。けれど私をそれをすることはなかった。
なぜなら、私はもうわかっていたからだ。自慰だけでは、達することはできないということを。
先日から頭の中で繰り返される性欲と交配願望は日に日に増し、我慢できなくなって幾度となく自慰をしてきた。
けれど、いつまでたっても、いくら激しくやっても、気持ちよさが訪れるだけで絶頂することはできなかったのだ。
それはタイチのことを想えば想うほど強くなり、それと比例してイケなくなるこの体に苛立ちを覚えることもあった。
「ふぅ……」
冷水を浴びて気持ちの高まりを収める私。
もうすぐ……このイケないイライラはもうすぐで解消されるんだからそれまで我慢だよ。
耐えなきゃ。耐えた分だけ気持ちいいのがくるなら、私は喜んで待とう。
そうすることで私が一番望む結果が得られるなら、いつまでも待ってやろう。この音の続くかぎり深くフカク……
浴槽へは入らず体の汚れのみを落としきった私は、そそくさと着替え、夕飯を食べ終えると自室へと戻った。
いくらクシで髪をとかしても一向に毛束は元に戻らないので、私は諦めてそのまま就寝することにした。
―――――
「おっはようアイちゃん!ついに今日という日がやってきたね!」
三日後の朝。
ついに学校生活一大ビッグイベントである学校祭開催の日が訪れた。
朝もいつも通り朝食を食べ、歯みがきをして……バッグには教科書の代わりに学校祭に必要な道具を入れ、元気良く家を飛び出す。
あれ、私いつのまに補聴器つけてたんだっけ…………まぁいいや。
ともかく、学校祭だというのにいつも通りの代わり映えのない生活サイクルをし、いつもの場所でランコを待っていたのだった。
「おはようランコ。いやぁホントだね。ランコも今日は一段と気合入れてるじゃん」
「でへへ〜わかる?ちょっと髪の毛マシマシで持っちゃいました♪」
「こんだけ髪の毛遊ばせていいのって学校祭ぐらいなものだからね」
骨倉高校では学校祭に限り多少の髪いじりが許されていて、女子達はこういうときにいつの間に会得したのか不明な髪いじり技術を発揮して髪を盛ってる。夥しい数のヘアピンを髪の団子にぶっ挿し気に入った形に固定させている。正直私はあまりそういうのは好きじゃないので理解できないんだけど……そこは個々人の好き勝手ということで。
「そういえば前々から思ってたんだけどさ」
「なに?」
「アイちゃんって髪質変わった?なんか前と違うよーな……」
私の髪はセミロングであることは変わりはない。
しかし、ランコの言うとおり髪質は若干変化していた。
ウェーブがかった癖のようなものが現れ始め、毛が数本の束になってうねり曲がっていたのだ。しかも、いくらドライヤーをかけて乾かしたとしても、ものの数分で湿り気を取り戻してしまいパッと見とても不衛生に思われてしまうのだ。それはちょっと困るね。
頭皮からの汗というよりは……髪の毛そのものが湿っているような気がして何だか不思議な感覚に囚われる。
「ま、人間生きてるうちに髪質3回くらい変わるって聞くしそれなんじゃない?」
「へーそうなんだ!なんだかずっとストレートのアイちゃんを見てきてから逆に新鮮かも」
「しっかしランコはランコでまたすごい盛ってるよね……去年より激しいでしょそれ」
「でっしょー!うへへ……あの人見てくれるかなぁ」
「そろそろいい加減ランコの好きな人教えてくれてもいいんじゃない?」
「それは内緒なの!!」
女子らしい恋愛トークを織り交ぜつつ私たちは学校へと向かう。
登校する時に見かける生徒達はみな、これから始まる学校祭に心躍らせている者もいれば、ごく稀に気だるそうにしている者もいる。
学校祭を楽しむ楽しまないは人それぞれだ。だけど、私的には長い人生の中でたった三回しか行うことのできない高校学校祭は楽しまなければ大損するものだと思う。私の自論だけどね。
同窓会で集まったときにあのときあんなことがあったよな、と話し合えるもののなかでも学校祭ネタというのは結構あるらしいし……ってなんだかジジくさいね。やめやめ。
「あとさ……胸おっきくなったでしょ。わかるんだよ〜わたしには」
「あ、やっぱり気づく?そうなんだよね、最近いきなり大きくなり始めてさ」
「なんてゆーか……フェロモンがすっごいの!女の私でも反応しちゃうくらいだよ」
「へぇ……♪」
その時私のこぼした笑みをランコに見られなくてよかった。
無意識のうちにじゅるりと口の周りを一周する舌を見られることがなくてよかった。
この学校の学校祭はそこそこ規模が大きいきめなようで、一般人の参加も認めている。そのため学校前にはたくさんの出店が並んでおり、すでに準備をし始めているものもあった。肉の焼ける香ばしい臭いやパチパチとわたがしのザラメが弾ける音も聞こえる。それだけで朝っぱらからお腹がすいてきてしまいそうだ
教室につくとクラスの半数ほどはメイド喫茶の準備を始めていてセッティングをしている者や着替えをして衣装チェックをしている者もいた。
「お、お帰りなさいませご主人様♪」ニカッ
「おいやめろ気持ち悪い」
「しょうがねえだろ俺メイドなんだし」
「こんなんでお客さん来るモンかねぇ……」
「アレだ、動物園の珍獣扱いだよ。お前は珍獣になりきって客寄せパンダとなれ」
「人の尊厳とはいったい」
「お帰りなさいませ、お嬢様」キラリーン
「ほわっ……これはこれで結構クルものがあるね……」
「でしょ?メイド喫茶ならぬ執事喫茶ってのが流行りそうかも」
「どうかな……?もっと男らしくしたほうがいい?」
「これ以上男らしくされたら惚れそうなんでやめてください」
うんうん、なかなか調子はよさそうだ。
みんながみんな、自分のやるべきことを率先して行なっている。それって意外と簡単そうに聞こえて実はかなり難しかったりするからね。こうやって何の不備もなくスムーズにコトが進んでいるのは委員長としてとても誇れることだ。
さて、それじゃ私もそろそろメイド服に着替えるとするかな。ついでにランコと一緒に更衣室に行くとしよう。一人で着るのは些か恥ずかしい気分もあるわけで……
それにメイド服の着方なんてよくわからないからランコに仕立ててもらおうという魂胆でもある。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「う〜ん、この衣装だと白ニーソより黒ニーソの方が似合うと思うよ〜」
「このフリッフリのフリル!裁縫部はホントいい仕事するよねぇ」
「えっ、ガーターベルトもつけちゃう?攻めるねぇアイちゃん!」
「うわ……なんだろう、すごいドキドキする……」
「あれ、衣装合わせしたんだよね?胸の辺りがすごいきつそうなんだけど」
「……ぎりぎり着れてるからまぁいっか!あんまり激しい動きしたらポロってこぼれちゃうかもしれないから気をつけてね」
「なんだかアイちゃんなんだけど、アイちゃんじゃないみたい……綺麗というか、いろっぽ……」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なんやかんやあって仕立ててもらった私は教室に戻る。
すると、私の姿を見たクラスのみんなは一瞬作業の腕がピタリと止まり、私の姿に釘付けになってしまっているようだった。
「おい、アレ東峰でいいんだよ、な?」
「た、たぶん……あんなにムネでかかったっけ……?」
「俺の記憶が間違ってなけりゃ限りなくまな板に近いものだったはずだが……まさかパッドか?」
「いや……ありゃパッドなんかじゃねぇ。わからねえかお前ら?自分の股間に聞いてみろよ」
「…………めっちゃびんびんくる。やべえありゃホンモノだ。モノホンのチチじゃねえか!でっか!!」
「いったいどうなってやがる……ってか胸だけじゃなくて全体的にすげぇエロくね?」
「確かに……」
「ア、アアアイちゃん!?その胸どしたの?」
「まーたアイちゃんったらー学校祭だからって気合入れてパッド詰めてもバレバレだよ〜?」
「ホレホレ、お姉さんにその胸の正体暴かせてごらん……って、あれれ……」モミモミ
「何も詰まってない……それどころまマシュマロみたいな柔からさ……」
「そんなバカな……う、疑ってすいませんでしたっー!!アイさん、できればどうやって大きくしたのか教えて欲しいのですが」
「あんたら自分も大きくしたいからって手の平返しすぎだろ」
教室に入った途端、同じクラスメイトの女子から胸を揉まれるわ、男子からは変な視線で見られるわでてんてこ舞いだ。
でも私はこのわいわいがやがやした雰囲気が大好きだ。
つくづく私はこのクラスが好きなんだなぁと実感させられるよほんと。こんな面白くもなんともない、ただの耳の悪い女を委員長にしてくれてさ、しかも悪口一つ言わないんだから逆に疑い深くなっちゃうってものだよ。
今日が高校生活最後の学校祭だから、悔いの残らないように精一杯楽しもう!
……欲を言えば、みんなとはずっと一緒に楽しく過ごしていたいと思っている。けれどそれは適わないことだ。学校祭が終わればみんな進学のことに対して真剣に向き合わなければならない時期に差し掛かって、自由に遊べる期間はどんどん少なくなってくるだろう。仕方ない、そう仕方ないことなんだ。
…………ずっとみんなと……イッショニ……ぐじゅっ
「うぃーすおはよー」
「おいタイチおせーぞ!!早く着替えて来いや!」
「ワリーワリー、目覚ましぶっ壊れててよ」
「お前の目覚まし時計は随分と頻繁に壊れるようだなぁ?」
……来た♪
きたきたきたぁ。タイチがやっと来た。遅刻ぎりぎりじゃない。
ああ、私は今日という日をどれだけ待ったことか。
「おはよ♪タイチ」
「お、おう……おはよう」
「んふ……ねぇ、どうかなこれ、似合ってる?」
「い、いいんじゃない、かな?うん、似合ってる似合ってる」
タイチの視線は一度私の胸を凝視した後はきょろきょろと目を合わせないように、当たり障りのない部分だけを見通していた。
遠くからは男子のヤジが飛んできている。
やれ「うらやましい」だの「朝っぱらからイチャイチャしやがって」だの言われて……正直むちゃくちゃ気分がいい。冗談抜きで濡れる。
ヤジを飛ばされるということはそれだけ想われているということでもあるので、みな私とタイチの今後を祝福してくれているのだろう。
ああ、ついに今日がやってきたんだなぁ。今日という日を私は一生忘れることがないだろう。なぜなら、今日が私の人生のターニングポイントになると確信しているからだ。
その全てはタイチに委ねられているといっても過言じゃない。
「タイチ、今日の放課後屋上で待ってるから」
「放課後?まぁ時間は空いてるが……どうした?」
「ちょっとイイコトをね」
「??」
伝えたいことはひとまず全部伝えたから、あとは今日の放課後を待つだけだ。
放課後までに私自身が我慢しきれるかどうかが不安になるところだが、ここは委員長としての威厳を見せつけてあげようじゃないか。
学校祭が開催されるとほぼ同時にとてつもない数のお客さんが学校の敷地内に入るのが見えた。
ある人は出店で食べ物を買っていたり、またある人は別のクラスの出し物を見学に行ったり……体育館のステージでは有志たちがバンド演奏をしたり漫才をやっていたりと大盛り上がりだ。
演奏の爆音が教室にまで響いてきて、ベースの低音がビリビリと窓ガラスを振動させている。
そして、かくいう我らがメイド喫茶はというと……
「お帰りなさいませご主人様♪」
「お帰りなさいませご主人様……」バリトンボイス
「ハイハーイ写真は一枚100円ですよーローアングルしたら教員呼びますのでー」
「え、サイン?まぁ、いいけど……」
「ゆであげパスタの温玉カルボナーラです。では、ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
「は〜いケチャップでハートです〜」
まさかの大盛況!
教室内はほぼ満席状態で廊下にも大勢の客が並んで待っている状態だった。
これには私も予想外過ぎて正直驚いている。せめて半席以上埋まれば御の字かな、と思っていたのだけれどまさかここまで盛況するとは思ってもみなかったから結果としては大満足だ。
客層も老若男女さまざまで家族連れやらカップルやら多種多様の人が来ている。
どうやら、クラスのイケメン&美人軍団が宣伝で色々と出回っている効果がそこそこ効いているようで、そこから口コミが広がりこうなっているらしい。
「ゴメン、アイちゃん!そのパスタC席まで持っていって!」
私は接客担当ではなく、奥で金額の計算と食品の数合わせを行なう係なので表立ってお客さんの前に姿を現すことはない。
だけど人手が足りなくなって食品を配膳しに行く人がいなくなると誰でもいいから手の開いている人が配膳しに行くということになっている。そして今回は私の番らしい。
よし、身なりを整え、できるだけ愛嬌を振りまき、盛大な笑顔で……よし。
「お待たせしましたご主人様♪チーズたっぷり特性ナポリタンです」
「ああ、ありがt……!?」
私が接客として表に出ると、すかさず教室内がざわつきだす。
「あの子だけ飛びぬけてかわいくね?」とか「読者モデルにいそう」とか「ここが本物のメイド喫茶なら真っ先に連絡先聞くレベルだ」とか、なんだか色々いわれている。そんなに褒めてもなんにも出ないよ?
教室のどんな場所にいようともひそひそ声は私の耳に入り、それら全てを聞き逃すことはない。それは補聴器によって洗練された私の聴覚だからこそ聞き分けられる音だ。
だから当然、下心見え見えのくだらない発言も聞けちゃうのが玉に瑕なものだけどそれだけ私が魅力的に見えているという証拠でもあるので、今回ばかりは許してあげよう。
まぁけど、私のことを性的な目で見ていいのはタイチだけなんだけどね。ウン。
タイチ以外の男の人なんて眼中にもない。
「それじゃちょっと休憩行ってくるからあとよろしくね」
「はいはーい」
昼の休憩時間に差し掛かったので私はクラスメイトに仕事を任せ、ひとりで昼食を探しに学校内をうろつき始めようとした。
ランコと食べ歩きでもしようと思っていたのだけど、彼女はまだ仕事時間で忙しそうだから一緒に行動することはできない。ちょっぴり寂しいケド仕方ないよね。
「いたいた、アイ休憩時間か」
「え、あっ……」
え、ちょ、待って待って。こんなの聞いてない、予想外。
や、やばい……
どうしても我慢できそうにないからあえて一緒に行動しないでひとりでぶらぶらしようと思っていたのに……どうしてこういう時に限って向こうから来るのよ。
タイチったら……
「俺もちょうど休憩時間だし、どっか見て回ろうぜ」
「あ、ぅん」
「それに、お前気づいてないだろ。他校のヤンキーどもがお前のこと危ない目つきで見てたんだからな。一人じゃ危険だから俺がついててやる」
「あ、そう、なの」
もう……もう!!
どうして、こんなに、あぁ…………
もう言葉が出てこない。きっとどんな言葉で今の心情を表現しようとも、この高ぶる気持ちを表すことのできる言語は存在しないのだろう。それほどまでにトキめいていた。
もちろん他校の生徒が私をどんな風に見てたかなんて言われなくてもわかっていた。けれど今の私なら指一本触れられることなくなぎ倒せる自信があったし、他人に迷惑をかけるつもりはなかったんだ。
それなのにタイチは。私の親友はびっくりするぐらいお人好しなのか、私についていくときたものだ。それって遠まわしに私を守ってやるって言ってるのと同じことだよね。
わ、わわっ、私をまもっ……ぐじゅ……ってくれるって、ふ、ふふふ……ホントにタイチは昔っから変わらないんだから。
けど、私はそういうところが……
「メシ買ったら体育館のバンド演奏見にいかね?先生方のステージがもうすぐ始まるらしいんだ」
「いいよ♪タイチの好きなようにして」
「……なぁ、お前最近変わったよな」
「そう?私はいたって正常だよ。なにも異常じゃないよ」
「だといいんだが……なーんか根本的に変わったような気がするんだよなぁ」
「キノセイじゃない?ほらっ、早くしないと始まっちゃうんでしょ?」
「ぅわっ、ちょっ」
私はタイチの指に私の指を絡ませ、腕を引っ張るようにして歩き進めた。俗に言う恋人繋ぎと言うもので、タイチは始めこそ嫌がっていたものの、出店で昼食を買う頃にはとっくに恥など忘れているようだった。
合わさった手の平の中は、私の手汗でぐっしょりと湿っている。
体育館につく頃には、私は髪の毛先からぽたぽた滴るほどに汗をかいていた。粘っこくて、若干甘い匂いのする汗のようなもの。それが熱気に滾る体育館の湿気によるものなのか、真夏の猛暑日によるものなのか、それ以外のものなのか。
それは私にもタイチにもわからない。ワカラナイ。
だけど、一つ確信できるのは私の内側に燃えるこの熱情は体育館の熱気よりも、出店で買った出来立てホヤホヤのたこ焼きよりも熱く、どろどろに燃え盛っているということだった。
もう少し……あともう数時間の我慢……ふえへへ……ガマン、スレ、バ……
……ぐじゅっ
15/07/27 00:16更新 / ゆず胡椒
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