5章 未明
ともだちたくさんできるかな―
あるひ たいよう の かみさま は ひとつ の てん を つくりました。
てん は とても ちいさく とても ちっぽけ。
てん は ひとりぼっち で とても かなしくて ひとり で うたいました。
―まわる まわるよ くるくる まわる
あかちゃん ゆりかご ゆらゆら ゆれる
こども かけっこ ぐるぐる まわる
としごろ きもち ぐらぐら ぶれる
おとな よくぼう めらめら もえる
ろうじん いのち ちろちろ ともる
あなた の きもち は どこ に ある―
てん は うたう と ともだち が あつまって きて おおきく なり たま に なりました。
たま は きもち が ふくらん で うれしく なり おもいっきり のびる と からだ が できました。
からだ は きょう も ともだち を さがします。
きみ の ともだちって どんな ひと?
その ひと は きみ の こと を ともだち と おもってるのかな?
ともだちたくさんできるかな―
―失われた童謡―
----------------------------------------------
グレイ達は理解が出来なかった。いや、理解すれというほうが無茶な話である。今の今までずっと一緒に行動してきた仲間たちが、人間でなくなっている事にだれが説明できるだろうか。
本来、人間は魔物化するのにはその特定の魔物と性交しなければならないし、インキュバス化にあたっては魔物にもよるが相当な回数の性交をこなさなければならない。数ヶ月とかけてインキュバスとなっていくのだ。
まるで、人間という卵から魔物というヒヨコへ殻を破るかのようにゆっくりと。
しかし、今この状況はというと実に怪異極まりない。彼ら・・・いや、あの魔物達はついさっきまで立派な人間であったのだ。それがどうしたことか先ほどの黒い光を浴びた者は一瞬、ものの一瞬で人間という殻を破り棄てて魔物と化してしまった。人間を棄て、欲望の思うまま生きられる身となったあの者達は後悔など微塵にも感じていないだろう。逆に今では魔物にしてくれて『これ』に感謝でもしているのではないだろうか。
魔物となってしまった今では誰にもわからないが・・・
グレイとソフィアの額からは『寒気がする』のに大量の汗が滲み出る。『これ』の放つ気は邪悪や暗黒とかそういった類のレベルを遥かにに超えて・・・
そう、たとえるなら『闇』そのもの。
皮肉なことに、元人間であった魔物達はすでに交り始めており、雄や雌の全身からも汗が滲み出ている。
静まり返る中、魔物達の湿った水音と喘ぎ声だけが鳴り響いている。
バフォメットは『これ』に問いかける。
「わしらに何も影響はないところを見ると・・・『これ』は魔物のようじゃなぁ。
・・・おぬし、名とここへ来た理由を述べよ。わしの大事なお楽しみの時間を奪った罰は大きいぞぉ?」
「あはぁん・・・いっちゃった・・・・・・・・・・・・きもちいい・・・
・・・・・・・ああんっ!!またくるのっ・・・?いいよ・・・もっと・・・もっとぉ!!」
『これ』は完全に自分の世界に入っているようで、バフォメットの言葉は耳に入っていないようだ。
「おい、聴いているのかのぉ?何か言ったらどうじゃ?
・・・・・・無視かのぉ?わしの質問にぃ?」
彼女は初めは優しい口調で話していったが、ことごとく無視されていく。微笑んでいた顔がやがて真顔になり次第に眉間にしわがより、ついには悪魔のような恐ろしい形相と変わった。しかし、自分自身で気がついたのかまた微笑みを取り戻す。子供をあやすように。
「最後に聞くが・・・おぬしの名前は何じゃ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あはぁあぁぁぁ・・・もうらめらのぉ・・・あついぃ・・・」
「・・・なるほどの。じゃあ簡単な遊びをしようかの。
わしはあの人間達よりもおぬしに興味がわいてしまったわぃ。」
バフォメットはそう言うと置いてあった大鎌を手に取りニコニコしながら話を続ける。
「なぁにどれも簡単じゃよ。わしに切り刻まれるのと、わしにその触手を引っこ抜かれるのと、わしに一生性交が出来ない体にされるのと、わしに何度性交しても感じることのない体にされるのと、わしに消されるのと・・・さぁどれがいい?」
悪魔のような質問を笑顔でする彼女。まぁ悪魔なのだが。
・・・もちろんその質問も帰ってくるはずがなく、色っぽい喘ぎ声が聞こえるだけである。彼女の質問は喘ぎ声によって虚しくかき消された。
プチッ
バフォメットの額から生生しい音が聞こえたかと思うと、彼女の額から噴水のごとく血が噴出していた。
「質問に答えやがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
彼女は今まで溜まっていた怒りが火山のマグマのように大爆発。
怒りのマグマは、最初にグレイ達の前に出てきたときとは比べ物にならないほどの邪気を放出する。
「皆のもの!死にたくなければ離れるのじゃ!」
彼女の近くにいた上位魔物は危険を察知し、たちまち身をひるがえすが、危険を察知していない下位魔物は少し遅れて逃げる・・・が、一足遅かった。バフォメットの邪気に呑まれたかと思うと、魔物達は魂の抜けた抜け殻人形の様にばたばたと倒れていく。
「遅かったか・・・本気のわしには近づかないでくれ。力なき者はわしの邪気に当てられただけで・・・死ぬぞ。」
魔物達はまるでマグマから逃げようとする火山のふもとの住民になり、大混乱になる。ただひたすら火山から遠ざかろうと。
バフォメットは逃げ回る魔物達に最後に一言告げる。
「わしはもうあのアホ達には興味はないから、おぬしらの好きにしてよいぞ。
煮るなり焼くなり交わるなり好きにするがよい。」
そう言うとまた『これ』を睨みつけ、よりいっそう邪気が禍々しさを増す。
「貴様、わしを無視した罪は万死に値するぞ。・・・いや、億死じゃな。」
そう言いバフォメットは大鎌を構えると、『これ』に大きく飛び掛った―――
―バフォメットが飛び掛る数分前―
少し時間がたったが、グレイ達一同は未だにこの状況が理解できないでいた。それほど衝撃的だったのは仕方がないが、なおかつ仲間が魔物となってしまったショックの方も相当大きいだろう。それらが眼前で交わっているとなればなおさらだ。
グレイにいたっては団長という立場ゆえ相当ショックが大きく、目から光が失われていた。
そこにこそこそ動く人影が一つ。
「グレイさんグレイさん、ちょいとお話が・・・」
スノウがグレイに囁く。
「向こうは向こうでもめているみたいですし・・・今が逃げるチャンスなんじゃないすか?」
「あぁ・・・」
グレイはスノウの呼びかけに応じるが、まるで返事になっていない。スノウはいても立ってもいられなく、グレイの胸倉を掴んだ!
「・・・・・・・・・」
そんな行動にグレイはまったく抵抗しない。抵抗する気さえどうでも良くなっていた。
スノウの行動に一同は目を覚まし視線はそこに集中する。
「スノウ!?貴方何をしてるかわかっているの?」
ソフィアとミラージュが叫ぶが彼にはそんなことはどうでも良かった。ただ彼はこの心のうちをひたすら訴えたかった。
「グレイさん!そんな魔物がヤッてるのを見てたって何も変わらないっすよ!
そりゃ俺だってそこにいるのが今まで居た仲間達だなんて信じたくないっす。でも・・・魔物になった人間はもう一生人間に戻ることはないんです!諦めるしかないんですよ!
俺達の願いは、無事に皆で任務を果たして帰ることっすよね?
もう皆と帰ることは出来なくなってしまったなら、残ってる俺達だけでも帰らないと皆が無念でなりません!
だから・・・グレイさん!」
スノウはそこまで言うと手を離す。
必死な呼びかけはグレイの心に届いたのだろうか。それは誰にもわからない。ただ一つ言えるのは―――グレイの目に光が戻ったことだ。
「・・・そうだな。彼らも相当な覚悟で一緒に魔界まで着いて来てくれたんだよな。それこそこうなるかもしれないと言うのに・・・」
「グレイさんん・・・!」
エグエグと泣きじゃくるスノウ。
グレイは喘ぎ声の上げる魔物達を見つめる。そして片手を胸に当てながらこう言った。
「貴殿らに此度非常に危険な任務において目的を達成したことについて敬意を称する。私は貴殿らのことを決して忘れない。貴殿らは勇者に、英雄になったのだから。
代表して私から一言添えよう、『お疲れ様』と・・・」
魔物達の瞳から涙か汗かわからぬものが頬を伝った。それが快感によってかそれ以外のものかは知る由もない。
「スノウ。お前のおかげで俺は正気を取り戻せた。また、お前のおかげで、彼らは見事任務を達成した。ありがとう・・・」
「俺は俺の出来るとこをしたまでグレイさんにありがとうを言われる筋合いはないですよ。それに、ここまで来れたのはグレイさん無しではムリっすし・・・」
「まぁ!あんたにしちゃいいこと言うじゃない〜♪さっすが私の恋人ってわけね♪ん〜む♪」
「それは帰ってからにしなさい、ミラージュ。
・・・グレイごめん・・・わたし、何も出来なかったよ・・・」
各自お互いのパートナーのところへ行く。スノウ、ミラージュといちゃつき、グレイはソフィアをなだめる。
「ソフィアのせいじゃないさ。俺も何も出来なかった。俺のせいなんだ。俺の・・・」
ソフィアをなだめているつもりが、逆に彼の方が落ちてしまう。
「グレイ・・・何でもあなた一人で背負わなくてもいいんだよ?わからないことがあったら相談してもいい。辛いことがあったら泣けばいい。
わたしはグレイがそうしない人ってわかっている上でこうやって一緒に居るのだから。」
グレイはその強さゆえに何でも一人で抱え込む癖があるが、抱え込むくせにはそれが実現できないと非常に脆い。彼女はグレイに一番身近に居たからこそ理解できたものがあるのだ。
「・・・やっぱり俺にはソフィア、お前がどうしても必要みたいだな。これからもよろしく頼むぞ。」
「そんなこと言われなくてわかっ・・・・・・!!??
ちょっと!!それっとどういう・・・!」
グレイは微笑する。今まで何度も見てきた彼女の動揺はいつ見ても可愛い。
「・・・とにかくだ。とりあえず向こうさんはゴタゴタもめているらしいし、今はスノウの言うとおり逃げるチャンスのようだな。」
「そ、そうだね。わ、わたしはま、まだ走れるけど・・・他の皆はだだだ大丈夫かな・・・?////」
「ぷっ・・・どうだかな・・・ちょっと指示を出してくるから待っていてくれ。」
グレイは笑いをこらえ魔物の軍勢に怪しまれないように、必要最低限の声で指示を出した。向こうがもめている間にこっそりとばれずに魔界の入り口まで引き返すという、いたってシンプルな逃げ方である。
だが、その道のりには先ほど通ってきた触手の森を通らなければならないので、一概に安全とは言えないようだ。
(バフォメットが魔物達と何か話してるな・・・)
「俺達にはもう時間がない。皆、静かにこの場から引くんだ。ばれずに静かにだぞ・・・」
そろりそろりと後退していく騎士団一行。一行といっても人数は半分ほどに減ってしまっているが、それでも立派な騎士団である。
(もう少し・・・もう少しで森に・・・)
森に入っていく一行を最後まで見守れるように、それとバフォメットの背後の大軍勢が襲ってくるか確認するためにグレイは最後尾でじっと待っている。
さらに皆の安全のために、先頭にソフィア、中間にスノウ、ミラージを配置し彼女らは既に森の奥まで進んでいた。
(速く・・・気づかれないうちに・・・)
順調に一人一人と森に入っていき、やっと全員が森に入ったのでグレイも森に入ろうと魔物達に背を向ける。微妙に少しずつ蠢いているこの森はやはり気持ちが悪い。
グレイが森に足を踏み入れようとした時―――
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
突如森の中から女兵士の悲鳴が木霊する。
「しっかりしろ!今助けてやるからな!」
同じく森の中から男兵士の声。
(どうやら触手に捕まったようだな・・・大丈夫だといいが・・・・・・・・・ハッ!マズイ!!!)
グレイはハッと気づき後ろを振り向いたが時すでにもう遅し、魔物の軍勢が騎士団一行目掛けて突進してきている真っ最中である。その数ざっと500・・・
「皆!前言撤回だ!全力で逃げろ!」
「「「了解!!!」」」
森の中から声が返ってくると彼は安心し、迫り来る魔物達を待ち受けるかのごとく対峙する。
(これだけは避けたかったが・・・仕方ないか・・・)
そうしたかと思うと大剣を取り出し・・・何を思ったのか片手で闇雲に宙をブンブンと高速で振り回しだした。
魔物達はもう目の前にさしかかり、彼の大剣は徐々に空気摩擦によって熱を持ち始める。暑さに耐えながらもさらに振り回すと大剣は真っ赤に染まりやがて・・・彼の右手ごと発火した。
(俺は皆を守るといいつつ皆に助けられてばかりじゃないか。まったく情けない。
・・・次は俺が皆を助ける番だな)
彼は火が着火したのを確認すると、魔物達目掛けて横に一閃なぎ払い―――
爆音と共に天ほど高い巨大な火柱が横一面に広がる。竜の息吹をも上回る勢いで火柱はごうごうと燃え続け、魔物達を瞬時に燃やし溶かしつくした。
彼はすかさず右手に点いた火を消す。そして魔物達を確認しないまま森へと入っていった。
彼の背には火柱が立ち上がっているだけであった・・・
あるひ たいよう の かみさま は ひとつ の てん を つくりました。
てん は とても ちいさく とても ちっぽけ。
てん は ひとりぼっち で とても かなしくて ひとり で うたいました。
―まわる まわるよ くるくる まわる
あかちゃん ゆりかご ゆらゆら ゆれる
こども かけっこ ぐるぐる まわる
としごろ きもち ぐらぐら ぶれる
おとな よくぼう めらめら もえる
ろうじん いのち ちろちろ ともる
あなた の きもち は どこ に ある―
てん は うたう と ともだち が あつまって きて おおきく なり たま に なりました。
たま は きもち が ふくらん で うれしく なり おもいっきり のびる と からだ が できました。
からだ は きょう も ともだち を さがします。
きみ の ともだちって どんな ひと?
その ひと は きみ の こと を ともだち と おもってるのかな?
ともだちたくさんできるかな―
―失われた童謡―
----------------------------------------------
グレイ達は理解が出来なかった。いや、理解すれというほうが無茶な話である。今の今までずっと一緒に行動してきた仲間たちが、人間でなくなっている事にだれが説明できるだろうか。
本来、人間は魔物化するのにはその特定の魔物と性交しなければならないし、インキュバス化にあたっては魔物にもよるが相当な回数の性交をこなさなければならない。数ヶ月とかけてインキュバスとなっていくのだ。
まるで、人間という卵から魔物というヒヨコへ殻を破るかのようにゆっくりと。
しかし、今この状況はというと実に怪異極まりない。彼ら・・・いや、あの魔物達はついさっきまで立派な人間であったのだ。それがどうしたことか先ほどの黒い光を浴びた者は一瞬、ものの一瞬で人間という殻を破り棄てて魔物と化してしまった。人間を棄て、欲望の思うまま生きられる身となったあの者達は後悔など微塵にも感じていないだろう。逆に今では魔物にしてくれて『これ』に感謝でもしているのではないだろうか。
魔物となってしまった今では誰にもわからないが・・・
グレイとソフィアの額からは『寒気がする』のに大量の汗が滲み出る。『これ』の放つ気は邪悪や暗黒とかそういった類のレベルを遥かにに超えて・・・
そう、たとえるなら『闇』そのもの。
皮肉なことに、元人間であった魔物達はすでに交り始めており、雄や雌の全身からも汗が滲み出ている。
静まり返る中、魔物達の湿った水音と喘ぎ声だけが鳴り響いている。
バフォメットは『これ』に問いかける。
「わしらに何も影響はないところを見ると・・・『これ』は魔物のようじゃなぁ。
・・・おぬし、名とここへ来た理由を述べよ。わしの大事なお楽しみの時間を奪った罰は大きいぞぉ?」
「あはぁん・・・いっちゃった・・・・・・・・・・・・きもちいい・・・
・・・・・・・ああんっ!!またくるのっ・・・?いいよ・・・もっと・・・もっとぉ!!」
『これ』は完全に自分の世界に入っているようで、バフォメットの言葉は耳に入っていないようだ。
「おい、聴いているのかのぉ?何か言ったらどうじゃ?
・・・・・・無視かのぉ?わしの質問にぃ?」
彼女は初めは優しい口調で話していったが、ことごとく無視されていく。微笑んでいた顔がやがて真顔になり次第に眉間にしわがより、ついには悪魔のような恐ろしい形相と変わった。しかし、自分自身で気がついたのかまた微笑みを取り戻す。子供をあやすように。
「最後に聞くが・・・おぬしの名前は何じゃ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あはぁあぁぁぁ・・・もうらめらのぉ・・・あついぃ・・・」
「・・・なるほどの。じゃあ簡単な遊びをしようかの。
わしはあの人間達よりもおぬしに興味がわいてしまったわぃ。」
バフォメットはそう言うと置いてあった大鎌を手に取りニコニコしながら話を続ける。
「なぁにどれも簡単じゃよ。わしに切り刻まれるのと、わしにその触手を引っこ抜かれるのと、わしに一生性交が出来ない体にされるのと、わしに何度性交しても感じることのない体にされるのと、わしに消されるのと・・・さぁどれがいい?」
悪魔のような質問を笑顔でする彼女。まぁ悪魔なのだが。
・・・もちろんその質問も帰ってくるはずがなく、色っぽい喘ぎ声が聞こえるだけである。彼女の質問は喘ぎ声によって虚しくかき消された。
プチッ
バフォメットの額から生生しい音が聞こえたかと思うと、彼女の額から噴水のごとく血が噴出していた。
「質問に答えやがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
彼女は今まで溜まっていた怒りが火山のマグマのように大爆発。
怒りのマグマは、最初にグレイ達の前に出てきたときとは比べ物にならないほどの邪気を放出する。
「皆のもの!死にたくなければ離れるのじゃ!」
彼女の近くにいた上位魔物は危険を察知し、たちまち身をひるがえすが、危険を察知していない下位魔物は少し遅れて逃げる・・・が、一足遅かった。バフォメットの邪気に呑まれたかと思うと、魔物達は魂の抜けた抜け殻人形の様にばたばたと倒れていく。
「遅かったか・・・本気のわしには近づかないでくれ。力なき者はわしの邪気に当てられただけで・・・死ぬぞ。」
魔物達はまるでマグマから逃げようとする火山のふもとの住民になり、大混乱になる。ただひたすら火山から遠ざかろうと。
バフォメットは逃げ回る魔物達に最後に一言告げる。
「わしはもうあのアホ達には興味はないから、おぬしらの好きにしてよいぞ。
煮るなり焼くなり交わるなり好きにするがよい。」
そう言うとまた『これ』を睨みつけ、よりいっそう邪気が禍々しさを増す。
「貴様、わしを無視した罪は万死に値するぞ。・・・いや、億死じゃな。」
そう言いバフォメットは大鎌を構えると、『これ』に大きく飛び掛った―――
―バフォメットが飛び掛る数分前―
少し時間がたったが、グレイ達一同は未だにこの状況が理解できないでいた。それほど衝撃的だったのは仕方がないが、なおかつ仲間が魔物となってしまったショックの方も相当大きいだろう。それらが眼前で交わっているとなればなおさらだ。
グレイにいたっては団長という立場ゆえ相当ショックが大きく、目から光が失われていた。
そこにこそこそ動く人影が一つ。
「グレイさんグレイさん、ちょいとお話が・・・」
スノウがグレイに囁く。
「向こうは向こうでもめているみたいですし・・・今が逃げるチャンスなんじゃないすか?」
「あぁ・・・」
グレイはスノウの呼びかけに応じるが、まるで返事になっていない。スノウはいても立ってもいられなく、グレイの胸倉を掴んだ!
「・・・・・・・・・」
そんな行動にグレイはまったく抵抗しない。抵抗する気さえどうでも良くなっていた。
スノウの行動に一同は目を覚まし視線はそこに集中する。
「スノウ!?貴方何をしてるかわかっているの?」
ソフィアとミラージュが叫ぶが彼にはそんなことはどうでも良かった。ただ彼はこの心のうちをひたすら訴えたかった。
「グレイさん!そんな魔物がヤッてるのを見てたって何も変わらないっすよ!
そりゃ俺だってそこにいるのが今まで居た仲間達だなんて信じたくないっす。でも・・・魔物になった人間はもう一生人間に戻ることはないんです!諦めるしかないんですよ!
俺達の願いは、無事に皆で任務を果たして帰ることっすよね?
もう皆と帰ることは出来なくなってしまったなら、残ってる俺達だけでも帰らないと皆が無念でなりません!
だから・・・グレイさん!」
スノウはそこまで言うと手を離す。
必死な呼びかけはグレイの心に届いたのだろうか。それは誰にもわからない。ただ一つ言えるのは―――グレイの目に光が戻ったことだ。
「・・・そうだな。彼らも相当な覚悟で一緒に魔界まで着いて来てくれたんだよな。それこそこうなるかもしれないと言うのに・・・」
「グレイさんん・・・!」
エグエグと泣きじゃくるスノウ。
グレイは喘ぎ声の上げる魔物達を見つめる。そして片手を胸に当てながらこう言った。
「貴殿らに此度非常に危険な任務において目的を達成したことについて敬意を称する。私は貴殿らのことを決して忘れない。貴殿らは勇者に、英雄になったのだから。
代表して私から一言添えよう、『お疲れ様』と・・・」
魔物達の瞳から涙か汗かわからぬものが頬を伝った。それが快感によってかそれ以外のものかは知る由もない。
「スノウ。お前のおかげで俺は正気を取り戻せた。また、お前のおかげで、彼らは見事任務を達成した。ありがとう・・・」
「俺は俺の出来るとこをしたまでグレイさんにありがとうを言われる筋合いはないですよ。それに、ここまで来れたのはグレイさん無しではムリっすし・・・」
「まぁ!あんたにしちゃいいこと言うじゃない〜♪さっすが私の恋人ってわけね♪ん〜む♪」
「それは帰ってからにしなさい、ミラージュ。
・・・グレイごめん・・・わたし、何も出来なかったよ・・・」
各自お互いのパートナーのところへ行く。スノウ、ミラージュといちゃつき、グレイはソフィアをなだめる。
「ソフィアのせいじゃないさ。俺も何も出来なかった。俺のせいなんだ。俺の・・・」
ソフィアをなだめているつもりが、逆に彼の方が落ちてしまう。
「グレイ・・・何でもあなた一人で背負わなくてもいいんだよ?わからないことがあったら相談してもいい。辛いことがあったら泣けばいい。
わたしはグレイがそうしない人ってわかっている上でこうやって一緒に居るのだから。」
グレイはその強さゆえに何でも一人で抱え込む癖があるが、抱え込むくせにはそれが実現できないと非常に脆い。彼女はグレイに一番身近に居たからこそ理解できたものがあるのだ。
「・・・やっぱり俺にはソフィア、お前がどうしても必要みたいだな。これからもよろしく頼むぞ。」
「そんなこと言われなくてわかっ・・・・・・!!??
ちょっと!!それっとどういう・・・!」
グレイは微笑する。今まで何度も見てきた彼女の動揺はいつ見ても可愛い。
「・・・とにかくだ。とりあえず向こうさんはゴタゴタもめているらしいし、今はスノウの言うとおり逃げるチャンスのようだな。」
「そ、そうだね。わ、わたしはま、まだ走れるけど・・・他の皆はだだだ大丈夫かな・・・?////」
「ぷっ・・・どうだかな・・・ちょっと指示を出してくるから待っていてくれ。」
グレイは笑いをこらえ魔物の軍勢に怪しまれないように、必要最低限の声で指示を出した。向こうがもめている間にこっそりとばれずに魔界の入り口まで引き返すという、いたってシンプルな逃げ方である。
だが、その道のりには先ほど通ってきた触手の森を通らなければならないので、一概に安全とは言えないようだ。
(バフォメットが魔物達と何か話してるな・・・)
「俺達にはもう時間がない。皆、静かにこの場から引くんだ。ばれずに静かにだぞ・・・」
そろりそろりと後退していく騎士団一行。一行といっても人数は半分ほどに減ってしまっているが、それでも立派な騎士団である。
(もう少し・・・もう少しで森に・・・)
森に入っていく一行を最後まで見守れるように、それとバフォメットの背後の大軍勢が襲ってくるか確認するためにグレイは最後尾でじっと待っている。
さらに皆の安全のために、先頭にソフィア、中間にスノウ、ミラージを配置し彼女らは既に森の奥まで進んでいた。
(速く・・・気づかれないうちに・・・)
順調に一人一人と森に入っていき、やっと全員が森に入ったのでグレイも森に入ろうと魔物達に背を向ける。微妙に少しずつ蠢いているこの森はやはり気持ちが悪い。
グレイが森に足を踏み入れようとした時―――
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
突如森の中から女兵士の悲鳴が木霊する。
「しっかりしろ!今助けてやるからな!」
同じく森の中から男兵士の声。
(どうやら触手に捕まったようだな・・・大丈夫だといいが・・・・・・・・・ハッ!マズイ!!!)
グレイはハッと気づき後ろを振り向いたが時すでにもう遅し、魔物の軍勢が騎士団一行目掛けて突進してきている真っ最中である。その数ざっと500・・・
「皆!前言撤回だ!全力で逃げろ!」
「「「了解!!!」」」
森の中から声が返ってくると彼は安心し、迫り来る魔物達を待ち受けるかのごとく対峙する。
(これだけは避けたかったが・・・仕方ないか・・・)
そうしたかと思うと大剣を取り出し・・・何を思ったのか片手で闇雲に宙をブンブンと高速で振り回しだした。
魔物達はもう目の前にさしかかり、彼の大剣は徐々に空気摩擦によって熱を持ち始める。暑さに耐えながらもさらに振り回すと大剣は真っ赤に染まりやがて・・・彼の右手ごと発火した。
(俺は皆を守るといいつつ皆に助けられてばかりじゃないか。まったく情けない。
・・・次は俺が皆を助ける番だな)
彼は火が着火したのを確認すると、魔物達目掛けて横に一閃なぎ払い―――
爆音と共に天ほど高い巨大な火柱が横一面に広がる。竜の息吹をも上回る勢いで火柱はごうごうと燃え続け、魔物達を瞬時に燃やし溶かしつくした。
彼はすかさず右手に点いた火を消す。そして魔物達を確認しないまま森へと入っていった。
彼の背には火柱が立ち上がっているだけであった・・・
10/09/30 17:22更新 / ゆず胡椒
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