蒼花『勿忘の誓い』
【その花は青く透明でこの世のものとは思えぬほど美しかった。
ある日とある男の手により刈り取られるのを免れた花は、刈り取られるのを防いでくれたその男に恩返しをしたいと強く願った。
願いは叶い、人の姿となった花は男の元を尋ねる。
男は酷く怠け者であった。
仕事もせず毎日を自堕落に生活していた。
花はそれでも男に恩返しをしたいと強く望んでいる。
恩返しできぬまま月日が流れると、男はもはや恩返しのことなど期待しなくなっていた。
花と過ごす時間が何よりも楽しかったからだ。
しかし花は恩返しできぬ自分が情けなく、焦り始めていた。
やがて花は恩返しの方法を思いつくとそれを実行する。
それは自分という美しい花を売って金にしてもらうという恩返しであった。
その代償は二度と人の姿に戻れなくなる代償。
男は酷く悲しんだ。
これでもかというほど泣いた。
もう二度と花と会話することができないと思うと涙が溢れてやまなかった。
花を止められなかった自分を悔やんだ。
あるところにそれは大層働き者の男がいる。
男は大切なものを教えてくれたかけがえのない友人のために、今は大切なものを振りまく仕事をしている。
青い花は見渡す限りに咲き乱れていた。】
「いらっしゃいませ。
このコサージュ『勿忘の誓い』は魔界の園芸士ルドルフ氏が五年に一度だけ作り出す絶世のアクセサリーです。作るたびに追求されるその美しさには目を見張るものがあります。
どのようなブランドの装飾品よりもプレゼントとなりましょう。
渡された者は必ずや貴方と花の虜となりましょう。
値段ですか?
いえいえ、それは貴方に差し上げます。
然るべき時に然るべき物を差し上げてくれるのならば私はそれで満足です。
それでは吉報をお待ちしておりますよ……」
※※※
「いらっしゃいませー。何かお探しですか」
人通りがやむことのないアーケード街の一角にポツンと立ちそびえる寂れた花屋。
そんなもんでも客はそれなりに来るようで赤字経営になっていないのが不思議なくらい寂れた花屋。俺はそんな店でアルバイトをしている。
特に花が好きだとか嫌いだとかそんな理由はない。
ただ、流石に親から贈られてくる学費と生活費だけで生活するのに若干の負い目を感じていたので自分で少しでも賄えないかと思った行動だ。
決してパチンコで大負けしたから生活費が危ういのでバイトをするハメになったとか、そんなチャチな理由ではない。親を思う息子の正当な理由だ。
そこらへんの居酒屋チェーン店で毎日ヘトヘトになりながら最低賃金を貰うよりかは、なぜか自給が高いこのオンボロ花屋でバイトをしていたほうが格段に楽というもの。
にしても、あんまり売れているようにも見えないんで、どうしてこんなに自給がいいんだと一度店長に聞いたことがあったが……
世の中には知らなくていいこともあるんだよって言ってくるもんだから聞くに聞けないよな。
「店長ーコチョウランってどれですかー」
今来た客はコチョウランをご所望なようで、特に花の知識なんてないに等しい俺にとってそんな立派な名前の花なんて見たこともない。
バイトなんだからそれくらい覚えろよってハナシなんだがいかんせん自分は物覚えの悪い男なのだ。
バイトを始めてひと月が経とうとしているが未だに店内の花の配置を覚えられていない。
頭が悪いと言われちゃ反論してみたいが完全に正論なので論破されるのは目に見えているだろう。
まぁそんなこんなで俺は生活費を稼ぐためにバイトをしているただの大学生だ。
今日のバイトも終わり更衣室で一息ついていると。
「マーちゃんお疲れ様〜♪あ、もしかしてもう帰っちゃう?」
「お疲れ様です店長。これから帰ろうと思っていたところですが」
このハゲ坊主でガタイのいいガチムチな中年のオッサンは誰かと言われれば――店長だ。
ピンクの花柄エプロンがはち切れんばかりの筋肉に浮かび上がっている様は異界の歪みとでも表現したらいいだろうか、言葉では表現できないものがある。
明らかに脱獄犯だとか軍隊に所属でもしていない限りつくようのない傷が顔面についているが気にしてはいけない。
というかそれよりも気にしなければならない事はこの筋肉ダルマがオネエであり花屋を経営していることの方である。
普通に考えてミスマッチだ。
それはもう陸軍とかボディビルダーとか重量挙げでもしていたほうがよほど様になるというのに、あろうことかこの人は花屋の店長なのである。
「悪いけどちょ〜っとだけ帰るの待っててくれるかしら」
店長が俺を見つめる。
その視線は野獣の眼光とでも表現できようか。
俺を熱っぽい視線で見つめているような気がした。超寒気がする。
やばいこれついに掘られるんじゃね。
ひと月という節目で俺ついに男でありながら処女失うんじゃね。
俺は着替えながら感づかれないよう全力で逃げる準備をする。
「明日から新しいバイトちゃんが入るからちょっと自己紹介でもしてもらおうかと思ってさ♪」
「バイ……あ、ああそうですか。それなら大丈夫ですよ」
「よかったわ〜それじゃあ着替えたら事務室に来てちょうだいね」
危なかった、危うく心臓が止まりかけたぞ。どうしてくれる。
にしてもこんな店に新人バイトか、どうやらその新人クンもこの店の自給のよさに目をつけたのだろうな。
こんな店長がいるとも知らずに……ああ、嘆かわしいことだ。
着替えを終え事務室に入る俺。
ダンボールと植物の資料が積み重なった区域と、帳簿と事務関係の参考書がずらりと並んだ区域に分かれている部屋がある。いつもは店長のフローラルなお香の香りがするこの部屋だが、今日は一段と増して香りが強いように思われる。
あぁ、そういえば俺が始めてバイトしに訪れた時もこんな香りがしたっけなと、やや昔のことを思い出す。
店長なりの気遣いなのだろうが……少しだけ香りが強いような気がする。
まぁ気にもならない程度だからそんなみみっちいことはいちいち言うわけでもないんだけど。
「あ、いたいた♪こっちよこっち〜」
店長が俺を手招きしている。どうやら来いということか。
俺の目からでも新人バイトの後姿がうかがえる。ソファに腰掛けているせいで後頭部しか見えないが……どうも女の人っぽいぞ。
まいったな……女の人と二人っきりでバイトか。話が弾ませればいいんだが。
あ、言っておくが俺は男が趣味とかそんなのでは断じてない。断じてだ。
もし俺が男好きの性癖者だったら今頃店長にホイホイついてきちまっていただろうよ。
「さ、どうぞ自己紹介してちょうだい」
俺が店長の隣にいくと新人バイトの彼女はすっくと立ち上がり全貌をあらわにした。
俺は彼女の姿を直視した途端、身体に稲妻が走った。リアルで電気みたいなのがびりびりってきたかも知れない。
栗色のウェーブがかったロングヘアーにしっぺ下がりの眉毛。そしてタレ目。右目には涙ほくろが目立っている。
んでもって胸がばいんばいんでウエストはいい塩梅に引き締まっているのは服の上からでもよくわかる。尻は超安産型。
はっきり言って超好みのタイプだった。ウェーブヘアーにタレ目ってだけでまずご飯三杯はいけるクチなのにそれにモデル顔負けのスタイルときたもんだ、誰が見ても振り返りそうになる。
いや、むしろもう実際に俺は一目惚れしているのかもしれない。
「あっ、あのあのえとえと……明日かからお世話になりまぅ椿コハルといいます。よろしくお願いしますっ……」
「よ、よろしく。えーと、もしかして緊張してる?」
「は、はひぃ!あうあう……」
なんだこれ、天使か。
そうかついに俺の元にも天使が舞い降りてくれたのだな。現代社会に苦悩する俺を救済してくれるために神は天使を遣わしてくれたのだろう。
そう思わざるを得ないほど犯罪的にかわいい。かわいすぎる。
「俺は菊池マサアキって言います。一応ひと月だけ先輩ってことになるけどあまり上下関係は気にしなくていいですよ」
「はいっ♪でも私の方が年が一つ下ですから……よろしくこれからよろしくお願いします先輩!」
「一つ下だったんですか。じゃあこちらも、よろしくお願いします」
軽くお互いに会釈。
ああ、明るくて素直そうな好印象な女の子だなぁ。しかも後輩ときた。
もし付き合えるのなら今すぐにでも付き合ってみたいほどだ。それほどまでに俺は一目惚れしてしまっている。
けど、こんなにかわいい女の子に彼氏がいないわけがない。恋愛に臆病者な俺は指を咥えて見ているしかないのだ。
こんなかわいい人の彼氏になれたらさぞ幸せなんだろうなぁ。
「は〜い♪それじゃお互い顔を見合わせ終わったみたいだし今日はそろそろ店閉めるわよ〜」
店長がそういうので俺と椿さんは店を出ようとする。
椿さんは店長とは違う(店長と比べることがおこがましいが)ふんわりとした柔らかな香りがかすかに香り、とても心安らぐ気持ちのいいものだ。香水とかはつけていないようだし、自分の香りというものなのだろう。その香りですら惚れてしまいそうになる。
かという俺は大学でそれなりに勉強しそれなりに単位を取りそれなりにバイトをしそれなりの人生を送ってきた。全てそれなりでなあなあに過ごしてきた俺にとって彼女とは真逆なタイプの人間なのだろうなと思う。
ものの数分しか対話していないのだが、その立ち振る舞いや仕草からなんとなく彼女は俺とは違うような気がした。
「あの……先輩。明日からよろしくお願いしますね♪私がんばりますから」
「お、おう……そのなんだ、あんまり先輩らしい真似はできないけど教えられる事は俺もがんばって教えるよ」
「はい!では先輩は帰り道そっち側でしたよね。私は逆方面なのでこちらで失礼します、お疲れ様でしたっ」
「お疲れさまー」
そこでその日はお互い別れた。
自宅にて。
俺は荷物をソファの上に放り投げ食い飽きてしまったコンビニ弁当を今日も虚しく食べ終えるとベッドに横になる。
いつもはスマフォでツイッターやらミクシィやらを確認する作業に移るんだが今日はどうにもその気が起きない。レンタルしてきたAVも見る気にはなれずただただ無気力に天井を見上げているだけだ。
このもやもやした感覚、俺の脳裏には椿コハルさんが焼きついて離れないのであった。
思えば俺が最後に恋をしたのはいつだったろうか。記憶を思い返してみるとそれは小学3年のまだガキだった頃が最初の恋だったような気がする。
その恋はあえなく撃沈したわけだが、まぁいい経験とでも言うべきか。
しかし……ガキの恋と大人になってからの恋とではワケが違うというものだ。当然金はかかるし肉体関係だって関わってくる。そう、肉体関係。
もし椿さんとセックスができるとしたら俺はもう昇天してもいいくらいだろう。
あのタレ目が涙ぐんで俺を見つめているのを想像してみろ。
あの厚い唇で俺のチンコを咥えているのを想像してみろ。
あの胸を揉みしだいているのを想像してみろ。
あの腰を支えながら後ろから突いているのを想像してみろ。
彼女の喘ぎ声を想像してみろ。
それはもう最高なのだろう。自分の好きな人とセックスできることはデリヘルやソープが霞んでしまうに違いない。いくら相手が上手なセックスができるとしても気持ちがこもっていなければそれはただの行為に終わってしまうと俺は思っている。いや、俺童貞なんだけどね。
ああ、椿さん。肉体関係だけでなく清純な付き合いがしたい。
バイト同士で交際を始めるというのはよくよくある平凡な話だ。
俺は一目惚れしてしまった椿さんと……
「……だから俺は、ダメなんだな」
虚しさの塊が詰まったティッシュをゴミ箱へ捨てるとしばらくの間は何も考えずにベッドの上で横たえる。
いつものことなのだが、今日に至っては虚しさが倍にも感じられる。
今日会ったばかりの人を脳内で勝手に犯してしまったことへの罪悪感、そうすることでしか自分の本音をさらけ出せない自分に嫌悪していた。
普段よか量が多く出たことも無性に悔しかった。
「…………寝よ」
明日の講義は休んでも単位には支障がないものばかりだ。
俺は風呂に入る気にもならずそのままぐったりと眠りについた。
―――――
「いらっしゃーせー、プレゼントや儀礼祭典にお花どうですかー」
「誕生日の記念にどうぞぉ〜」
コハルがバイトに入ってから一週間が経った。
今では俺が先輩と呼ばれ、俺はコハルと呼ぶ間柄になりごくごくありふれた先輩と後輩の関係にまでなることができている。
並々ならぬ努力があったかと思われるが意外とそんなことはなく、むしろ逆にコハル自身からそう呼んでくれて構わないと言われたものだ。俺への印象は悪くないようである。
ここからもう少し足を踏み込んで恋人になるには俺の努力が必要なのだが……まぁ無理だわな。
「いやーコハルが来てからというもの、なんだか客足が増えたような気がするな」
「そ、そそそんなことないですよぅ。気のせいですー!」
「いや、ほんとにさ。ねぇ店長」
奥で花の手入れをしている店長にそう投げかけてみる。
彼……いや彼女……店長もまた上機嫌でありその無駄に高い声で鼻歌を歌っている。
「そうよ〜コハルちゃん!アナタが来てから確実に売り上げが増えているんだから!もう〜食べちゃいたいくらいだわ♪」
やめてあんたが言うとシャレならない。
やめろ、いややめてください割とまじめに。
「店長あんまりコハルをいじめないでやって下さいよ」
「なによう、つれないわね。ちょっとからかっただけじゃない、ねぇコハルちゃん?」
「え、ええまあ……ははは……い、いらっしゃいまぁーせ〜」
ニカッと笑う店長だがその容姿はどうみてもバケモノです本当にありがとうございました。
まるで例えるなら獲物を見つけた熊と野うさぎのようである。今では慣れたものだが、俺もバイトを始めた当初は随分と脅えていたような気がするな。
「ふう、今日もなかなかの人だったな」
「そうですね〜やっぱり、私の効果だとか!?」
「んなわけあるか、と言いたいところだが……実際に売り上げが上昇しているもんな」
ふんすふんすと鼻を鳴らし、さもドヤ顔で自慢げに語る彼女のその愛くるしさといったらもうなんだろう、死んでもいいやと思えてしまうほどだ。
一週間バイトを共にしてきたが彼女についてわかることといえば、まずは言うまでもないそのナイスバディだろう。細過ぎもなく太過ぎもなく、いい具合についたむっちりとした肉感がなんとも男の劣情を催す。こんな色気で迫られた日にゃ一晩で骨抜きにされてしまうだろう。
そして極めてドジであることも大きなポイントだ。棚の上の鉢を落とすなんて余裕でかましてくれるし、レジの値段を間違えることなんてものザラだ。おかげで店長からは客引きに専念してくれれば良いと言われる始末である。
性格はおっとりで何事にも一生懸命、人懐っこくつい守りたくなってしまう人格。
ここまで自分で分析してなんだが、椿コハルという人物は本当に天使なのではないだろうか。
非の打ち所がないのだ。まったくといっていいほど。俺の理想そのまんまの女性である。
ここまで分析している俺も相当キモイやつだが、俺の理想の寸分違わない存在である彼女もまた現実なのか信じ難くなってしまうというものだ。
「ところで先輩」
「ん」
「先輩って何でここでバイトを始めたんですか?」
「そりゃ金が欲しいからさ。それなら自給が良くて楽なバイトをするに決まってるじゃないか」
「……やっぱりそうですよねぇ」
俺がそういうとコハルの顔色が若干曇る。
何だ、俺なんか言っちゃいけないこと言っちゃったか。
地雷踏んじゃったか。
だってバイトする理由ってお金貰うくらいしかないだろう。
「そ、そういうコハルはどうしてここでバイトをしようと思ったんだ?」
「…………笑わないですか」
「あぁ笑わない!何でも言え、俺は笑わないぞ!」
「わたし……」
「……」
「わたし、将来お花屋さんになりたいんです」
「…………んん?」
いきなり何を言い出すかと思えばなんということだ。
なぜバイトの話から将来の夢の話になってしまった。
「わたし小さい頃から花が大好きで大好きで、この年になっても好きなままなんです。だから大好きなものを将来の仕事にできたら楽しいんだろうなぁって思って……」
「……なるほどな」
「でもやっぱり普通にOLとかやってた方が将来安定して暮らせるのかなとか思ったりもして……」
「立派だよ」
「え?」
「自分の将来のことを考えて行動してるなんて立派じゃないか。俺なんて大学をただ毎日のうのうと過ごして無駄な毎日を送っているだけなんだぞ。それに比べちゃ、凄いよコハルは」
何言っちゃってるんだ俺は。恥ずかしいったらありゃしない。
誰がこんなしょうもない大学生の話しを聞きたいって言うんだ。
将来のことをちゃんと考えているコハルに、しょうもない大学に入ってしょうもない毎日を過ごしている俺なんかが何を語っちゃってるんだ。
ああ、穴があったら掘って埋まりたい。走り去りたい。
でも俺の話をちゃんと聞いてくれる彼女の姿を見ていたらそんな事はできないし、する気も起きてこない。
「笑わないんですか」
「立派な人が立派なことを言ってるんだ、笑うわけないだろ」
そういうとコハルの顔がまたいつもの笑顔に戻る。
ああ良かった、やっぱりコハルには笑顔の方が似合う。似合いまくっている。
と言ってみたいがそんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。脳内ではいくらでもかわいいと言うことができても、実際に口に出すことの難しさたるや。まるで思春期の悪戯とでも言うべきか。
いや、もう思春期の歳ではないのだが。
「先輩はやっぱりいい人ですね」
「やっぱり?俺そんないい人的なことやった記憶ないんだけど」
「え、あ、いやぁ……なんとなくですよ」
いい人といわれて悪い気はしない。というかむしろいい気分だ。
人から感謝されるなんていつ以来だろうな。久しく懐かしい感覚ってものだ。
あ、でも待てよ。ここでいい人止まりしてしまったら恋人仲に発展するのが困難になるような……
よく、いい人で終わってしまって異性として見られなくなるっていうパターン多いって聞くし、これは果たしていい方向なのだろうか。はたまたいい人のまま友人として終わってしまうというのだろうか。
ああ、そう考えるとなんか悲しくなってきた。
お互い別々にトイレで着替え帰る支度をする。
窓から差し込む夕日が眩しくてとても綺麗で。明日も晴れそうだなぁとかそんなことを思いつつさっと上着を着て外に出る格好をした。
店を出るとコハルが既に先に待っていてくれている。帰る方向が逆なのだがなぜか彼女は毎回こうやって待っていてくれて、彼女なんかできたこともない俺にとって少しキュンとしてしまうものである。
まぁ脈なんて皆無なのでキュンとする意味もないのだが、こうして待っていてくれている彼女を見るだけで心が満たされていくというものだ。
「夕日……綺麗ですね」
「はは、なんだそりゃ。まるで付き合いたてで話題に困った挙句苦し紛れに出た話題みたいじゃないか」
「そんなつもりないですぅ〜」
「わーってるって。だけど、確かに綺麗だよなぁ」
しばし二人で夕日を眺める。
昼間の日差しほど眩しくはないが、それでも直視するには眩しすぎる橙色の光はこの季節にしては温かすぎるくらだ。
「それじゃ今日もお疲れ様でした。次のシフトはいつですか?」
「次は……明後日の10時からだな。コハルは?」
「わたしも同じです。それじゃまた明後日〜」
ばいばいとお互い手を振り俺達はそこで別れた。
歩き過ぎる彼女の後姿を目で追い、曲がり角で見えなくなるまで追い続けた俺はちょっとした満足感を覚え帰路に足を進めた。
―――――
自宅のボロアパートまでいつもどおり歩いているといつもとは明らかに違う奇妙な光景に若干の驚きを隠せないでいた。
俺の見慣れた光景が変化しているのだ。
「なんだこれ……」
俺のアパートの目の前、ずっと空き地で何の物も置いていなかった更地に奇妙で珍妙な小屋が建っていたのだ。それも俺が住んでいるボロアパートよりもよほどボロく、今にも崩れそうなほどである。
記憶を辿ってみても確かに今日の午前、俺が家を出た頃にはあの更地には何もなかった。工事をしている様子もそれらしい雰囲気も何もなかった。
なのに今この目の前に建っている明らかに怪しい小屋は何だ?
プレハブや仮設住宅なんてものですら半日で拵えることなんて無理だろう。それにこの小屋、パッと見明らかに木材しか使っていない。
「ぬけ……ぬけがら屋……?」
店頭の看板にはそう書いてあった。
日本語でも英語でも、というか今まで見たこともないような文字でそう書かれていたのだが何故か俺は普通に読めていて更に不思議に囚われることになる。こんな文字、世界史の本でも見たことがない。
店内は薄暗いが若干の明かりが灯っているところを見ると営業中……なのだろうか。
気味が悪いし近寄りたくもないのだが俺は好奇心というか探究心というか、知らず知らずのうちに店へと足を進めており気がつけば店の中へと入っていた。
「おじゃましまー……じゃなくて、ごめんくださーい」
恐る恐るか細い声を発するが、返答はない。
しょうがないので薄暗い店の中を見回してみることにすると、そこには更に興味をそそる物があった。
見たこともない刃物がずらりと並んでいたり、得体の知れない薬品が更にずらりと並んであり。ある一角にはアクセサリーとか石とか小さな小物がたくさん置いてある。
店の奥へと進むとそこにはゲームで出てきそうな武器だったり、甲冑だったり、はたまた衣服であったり。
店の中の品々は全てが実在しないファンタジーの産物のようなものばかりであり、またそれら全てには不思議な魅力というべきか無意識に引き付ける魔性の魅力があるような気がする。
ある薬品なんかは紫色でドロっとしてて見るからに怪し過ぎるし、試験管詰めにされてる衣服なんて独りでに蠢いているようにも見える。
奥にある甲冑はまるで爬虫類の鱗で拵えられたまさにファンタジーと言ってもいいものだ。
ところどころに物が置いてないところがあるがそこには「貸し出し済」と置き紙が置かれているだけであった。
ざっと見回してみたがこの店、明らかに怪しい。
というかまず店員がいないことがすでに怪しい。
「すみませーん、誰かいませんかー」
呼びかけても返事がない。
留守か……
ふと前を見るとやや横長の机のようなものがあり、その上にはペンと書類が転がっている。硬貨のようなものも見えるし、恐らくレジなのだろうか。
その机の上には真っ黒なハンドベルが置いてあった。
恐らくこれを鳴らせば店員が来るシステムなのだろう、そう悟った俺はハンドベルを鳴らそうと手を伸ばした。
もう少しで触れる、そんな距離になった頃だ。
「お客様……店の物を勝手に触らないで頂きたいのですが……」
「うわぁっ!!!」
突如音もなく背後から他人の声が聞こえてきて心臓が飛び出そうになった。
俺は驚きのあまり反射的に手を引きおそるおそる後ろを振り向く。
そこにいたのは俺の胴くらいの背丈の……少女であった。真っ黒の布を身にまとい表情すら伺えないが、間から出る長い髪は恐らく女性のものであると思われる。
「お客様……ってことはやっぱりここは店なんですか?」
「ええ……ただのしがない骨董屋ですよ……」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は向かいのアパートに住んでいる者なんですが、今日の午前に家を出た頃はこんな店ありませんでしたよ。まさかこの数時間で建てたってわけじゃ……ないですよね」
「…………」
沈黙。シカトである。
まぁこの風貌からしていろいろと事情がありそうだし、とやかく問うこともしないけどさ。
しかし本当にここの物品は奇妙なものばかりだ。
総じてアンティークの類、と見えなくもないが、いずれにも共通するのは、どこか見るものの生理的嫌悪を書き立てるような悪趣味な意匠である。
どれもこれも、製作者がまるで後世に悪意だけを伝えようとしたかのような、そんな邪な意図を感じさせるものばかりだ。
「それよりもお客様、見てはいけません」
背後の少女はそう短く叱咤した。
「ここから動いてはなりません。絶対に何かに触ってもいけません。目を弾くような物があっても、見つめたりしてはなりません。まずいと思ったらすぐに目を逸らして自分の靴を見てください……」
「は、はぁ……」
一体なんだと言うのだ。いきなり現れたと思ったら、店の物は触るなだの見るなだの忠告してきて不振にも程がある。
彼女はおもむろに杖を取り出すとなにやら小言を呟いてるようである。
「あの……いったいどういう」
「ここまで深入りしたのなら、後学のためにも黙っていたほうがいいでしょう。――あと粉末とか刃物とかの類も危ないので気をつけてください……むやみやたらに手を出すと戻ってこれなくなりますから」
なんだこれは。この店に何の躊躇もなく入った俺も異常だったが、この少女はさらに常軌を逸しているのではなかろうか。
彼女の杖の先端がぽうっと仄かに光ると、先ほどまで見えていた店の品々はブラインドがかかったかのように見えなくなり視界から完全に消え去っていった。
ホログラム的な何かか?いや、違う。あれらは確実にさっきまでここに存在していた。
俺の目から見えなくなったのか、それともこの場から消失したのか。俺にはわかるはずもない。
「……とりあえず、こんなところですかね……」
「一体何を……」
「もう大丈夫です……楽にして結構ですよ。ここに訪れたという事は貴方もまた悩みを抱えている迷い人なのですから。わかります……ええ……」
必要最低限のことしか語らぬ彼女はミステリアスの限りを尽くしており、なによりコミュニケーションがまったく取れない。
半一方的に彼女が喋って終わってしまうのだ。その不思議な風貌はコスプレでもしているかのようでつい興味が沸いてしまうのも仕方のないものだと思う。
「お客様のお求めの商品はこちらに……」
「え……商品?いや、そんなもの注文していないんですけど――」
彼女は有無を言わさず俺にとある木箱を突きつけてくる。
受け取れと言わんばかりの気迫で渡ししてくるものだからつい俺は受け取ってしまった。得体の知れない何かであることは確実であろう。
手のひらほどの大きさの木箱は手にとって見るとその大きさよりも予想に反して軽い。
一体中に何が入っているというのだろうか。
「それは見ても大丈夫なものです……どうぞお開けください」
俺は恐る恐る箱を開けてみる。
まず始めに目に入るのは青色であった。青色サイリウムのような薄ぼんやりとした蛍光のような青色が目にはいる。
物の全貌が露になるとよりいっそう蛍光が強まる。木箱の中から出てきたのは、青く仄暗く光る青色の花飾りであった。
俺はそういうものには興味がないのでこれにどんな技術や価値が込められているのかは皆目検討つかないのだが、素人目でもわかるほどこれは美しいと思えるものであった。
青色をベースに透明な水晶のような装飾が飾り付けられている。
彼女はこの商品の仕様、用途を説明をしていたようだが、あまりの美しさに見とれていた俺は半分も聞き取ることはできなく、彼女はそれをわかっているような素振りである。
「お客様……その『勿忘の誓い』を渡す際にお願いがあります……それは『勿忘の誓い』を相手に渡し終えたら、これを相手の生活区域の近くに埋めてくれますとありがたいです……渡した後すぐ、と言うわけではありません。とにかく相手の近くに埋めてくれればそれで結構です……」
彼女が手渡してきたそれは黒くて固い石ころのようなものであった。
しかし、石にしては若干形が丸すぎるような気もしなくはないが……まぁ細かい事は気にしてはいけない。
「こんなもの俺買えませんよ。絶対ウン十万はするものでしょこれ……」
「……値段はありません……ただで差し上げます……」
「へ?い、いやいやいや!!こんな綺麗なものただで――そうか、ドッキリだな!俺を驚かそうとしたってそうはいかないぞ」
木箱を彼女に返品しようとするのだが、彼女は一向に受け付けてくれず無言の圧力で俺に持って行けと言っているようであった。
そんなこと言ったって、明らかにこれ俺みたいな一般人には分不相応だろうがよ。
「貴方は然るべき時に然るべき物を差し上げてくれるのならば私はそれで満足です」
「然るべき時に然るべき者って……」
「それは自ずとわかるはず。さあ、お行きなさい。貴方の行動が貴方の未来へつながりますように……」
「はぁ……」
なんだかうまい具合に言い丸まられたような気がする。
半ば納得していない自分がいるのだがこんなに綺麗なものをただでくれるとなっちゃ受け取らないわけがないだろう。男が廃る。
木箱と中のコサージュを見回してみても特に目立ったものは書かれておらず、ただ一つだけあるとすればこれまた意味不明な文字でロゴのようなサインが書かれているだけであった。
こんなロゴ見たこともない。というか本当に存在するのかすらわからないというものだ。
そういえば店員さんがなにか使い方を説明していたような気がする……が、再度質問してもきっとまた無言で返されると思うので聞かなくてもいいだろう。
「要は、自分が渡したい相手にプレゼントしてやって、その見返りを店員さんに渡せばいいってことですか」
「だいたい……そう……」
なんとなく話の概要が理解できた俺は木箱を受け取って店員さんに軽く会釈すると店を後にした。
まるで異世界のような雰囲気だった店内からは一変、夕日が眩しい見慣れた外の景色が随分と新鮮に感じる。実際あそこはこの世のものじゃないよと言われたら俺は疑うこともなく信じてしまいそうな気分だ。
改めて木箱の中を覗くとやはりそこには青色に発光するコサージュが煌々としてすごく幻想的だ。
あまり俺自身国語が得意ではないものだから、この美しさをどう表現したらいいか語彙が見つからないのが悔しいところである。
「渡したい相手ねぇ……」
ぼそりと独り言を呟くがそんな相手は一人しかいない。
コハル。ただ一人しかいなかった。
花が好きで花屋になりたいほど花が大好きなあいつなら、きっとこのコサージュをプレゼントしてやったら喜ぶに違いない。俺が見ても綺麗と思うような品だ、彼女が見たらその感動は俺が感じたもの以上となるだろう。絶対に。
次にコハルと一緒になる日は……明後日か。
明後日がこんなに待ち遠しいなんて、まるでガキの頃の遠足前日みたいなテンションになりそうだ。ああ、ちくしょうめ。
恐らく今この世界において俺は誰よりも明後日が来るのを待ち望んでいるに違いない。じゃないとこんな変なテンションにならない。
―――――
「ふぇ!?なんですか先輩これ?」
「あぁ、最近コハル、バイト頑張ってるからさ。俺からちょっとした差し入れと言うかなんと言うか……まぁ開けてみなよ」
「先輩まさか……プレゼントですか!?」
「お、おう……そんな感じだ」
バイトの昼休憩の時間はいつも二人でメシを食っている。俺はコンビニ弁当でコハルは手作り弁当だ。
いつもこの時間は二人で休憩時間が終わるまでボーっとしている憩いの時間でもある。俺はこの時間を見計らって例のコサージュをプレゼントしたわけだが……
相変わらず自分に素直じゃない俺が壮絶にキモイ。
素直にプレゼントだって認めろよ!変にカッコつけたら余計格好悪いだろうが!
「わぁぁ!すごい……きれい……」
「だろ?俺なんかが持ってても宝の持ち腐れだからさ。コハルにやるよ」
「ぇ……いいん、ですか?こんな高そうなもの貰っちゃって」
「いいのいいの。ブランドはよくわかんないけどさ、キレイなものには変わりないだろ」
「あ、ありがとうございます!一生大切にします!!」
「一生てそんな大げさな……」
まぁしかし、無事に渡せて何よりというものだ。
彼女の反応から見るとよっぽど嬉しかったのだろう。相も変らずにへらと笑うコハルの笑顔はやはり犯罪的にかわいい。これだけでご飯四杯はいけてしまいそうだ。
これで俺の好感度も少しは上がればよいのだがな。現実は恋愛ゲームみたいにうまくいくわけがないし、セーブもコンティニューもできない。
だから慎重に下積みをして今はこうやってやっていくだけでいいのだ。
「早速着けてみますね」
ドクン……
ドクンッ……
木箱からコサージュを取り出し左胸にくくり付けるコハル。
やはり俺の予想通りというべきか、コサージュはコハルにぴったりと言っても過言ではないほど似合っていた。元々十分綺麗な彼女であるが、コサージュをつけることによりいっそう磨きがかかったかのように見える。
なんだか俺がプロデューサーにでもなった気分だ。
しかし、なにやらコハルの反応が薄い。
「あまり好きな花じゃなかったか?」
「……」
「コハル?聞いてるか」
「…………え?あ、ああ……ありがとうございます」
なんかボーっとしてるし本当は嬉しくないんじゃないだろうか。
ふむ、そういえばコハルの好きな色は青ではなかったような気がしたっけ。
まぁこればかりは仕方のないものだ。やっぱり好きな色のものをプレゼントできれば俺としても最善だったのだが、流石にあの怪しげな店員さんに細かな注文はしたくない。
「あの……本当にありがとうございます。わたしなんかがこんな」
「『わたしなんか』って自分をへりくだるもんじゃないぞ。コハルは十分かわいいんだし自信を持っていい」
「あぅ……せ、先輩、恥ずかしい、です……」
「ん?…………あ"あ"!」
はっ、恥ずかしい!
俺はどさくさにまぎれてなんてことを口走ってしまったんだ!!
コハルに向かってかわいいだなんて、いや、そりゃ正論には違いないんだけどタイミングってもんがあるだろうが。もっとこう、ロマンチック溢れたシチュエーションで言うものだろうこういう言葉は。
俺の馬鹿!
というかなんでコハルもまんざらじゃ無さそうな顔つきなんだよ。そんな表情されると期待しちゃうじゃん!
「今のは忘れろ!いいな!」
「え〜ヤですぅ。先輩が私にかわいいって言ってくれたんだから、忘れられるわけないじゃないですか」
「それはそうだけど……だー!もういい!好きにしてくれ!」
「ふふっ♪先輩、このコサージュやっぱりすごいですよ。着けた瞬間なんだか気分が清清しくなりました」
「そ、そうか。そりゃよかった」
そんな効果あったっけ、と思い返すが店員さんの説明をあまり集中して聞いてなかった俺も悪い。
まぁ高価そうなものだしアロマセラピー的な効果でもあったのかね。よくわからないけど。
ともかく俺はコサージュを彼女に渡せたわけだが、特に何か変化があるようには見受けられない。
店員さんは然るべき時に然るべき物と言っていたがそりゃいつことなのだろうか。恐らく今では無さそうな気がするが真実は闇の中だ。
「そういえば」
ふと俺は店員さんから貰った硬い石ころのようなものを思い出す。
「コハル、これも受け取ってくれないか」
「なんですこれ?」
「コサージュをくれた人からオマケで貰ったものなんだけどよ、なんでもプレゼントした相手の近くに埋めて欲しいって頼まれたんだ」
そういってコハルに黒い物体を渡す。
コハルはぐにぐに揉んでみたり軽く振ったり叩いたりしているのだが、しばらく考え込んで何かひらめいたようだ。
「これ、種じゃないですか」
「そうなのか?てっきりただの石だと」
「植物の種ですよ。けど、こんな形のものは見たことがないですね……」
「植物好きのコハルでもわからないか。それならとりあえず植えてみて、どんなものが生るか観察してみるのも面白そうだな」
自分が育てないとわかりきっているから言えるのであって、俺が育てるとなれば全力で否定するところだ。まったく俺はものぐさというか調子のいい奴というか。
ん、待てよ。あの店員さんが託したのが種ということは……店員さんに返すべきものはその収穫物なんじゃなかろうか。
それなら然るべき時ってのは収穫時期になるし、然るべき物はその収穫したものということで合点がいく。
「いいですねそれ。わたしも植物育てるのは好きですし、どんなものが生るのかわからないっていうのも面白そうです」
「だろだろ?んでもって俺からお願いなんだけど……もし、成長してわける分があったら俺に少しわけてくれないかな」
「先輩の願いとなれば余裕です!!まっかしてください!」
よし、これで万事OKだ。
コハルにコサージュを渡せたし、黒い物体もとい何かの種も渡せた。
恐らく然るべき時と然るべき物っていうのもその何かの種の収穫物で間違いないだろう。
ここまでは自分でも怖いぐらいに順調だ。こんなに簡単に進んでいいのだろうかと思うが実際そうなっているんだから仕方がない。
あとは俺の望みが適ってくれれば言うことなしなのだが、それだけは未だに何の変化もないようである。
というか本当にあのコサージュをプレゼントするだけで意中の相手と良い仲になれるのか今更になって疑問に思うようになってきた。どこぞの悪質商売みたいに『この壷を買えば悪運から逃れられます!』的な身も蓋も無い嘘っぱちだったらどうしよう。というか、もしかしたら俺はあの店員さんにいいように言いくるめられてしまっているんじゃないかとも思える。
恋愛というものは物に頼っちゃいけないんだ。自分の力で切り開いて自分の力で最高の結果を手に入れることこそが素晴らしいんじゃないか。物なんかに頼っちゃ自分の力で手に入れた愛ではないことになる。
俺が欲しいのは物で橋渡しされたかりそめの愛ではなく、自らの力で掴み取った真実の愛なのだから!
男に二言はない!
「あの先輩……よかったら今日、一緒に帰りませんか?」
男に二言は……
―――――
「いらっしゃーせー」
「いらっしゃいませぇ♪」
コハルがバイトを始めてひと月が経とうとしていた。
売り上げはやはり上々で店長もここ最近ずっと気分が良いからバイトするのもさほど苦にはならない。
こんな楽で楽しいバイトなのに給料はめちゃくちゃいいとこなんて早々見つからないだろう。俺は相当ラッキーであるに違いない。バイト時間もせいぜい長引いても夜の9時くらいまでだし、居酒屋でもないからマナーの悪い客を注意する必要もない。汚物の処理もしなくてすむ。
昼間は普通に大学に行って、大学帰りにちょろっとバイトを数時間するだけで金が貰えるんだ、なんと素晴らしいことか。店長からは「大学なんか辞めてここの跡継ぎにならないかしら?」なんてマジ顔で言われる始末だ。生憎俺は花の知識には乏し過ぎるから断るのだが。
「せんぱぁい、棚の上のあれ取ってください♪」
しかもこんなにかわいくてゆるふわエロボディの後輩がいるときたもんだ。悩殺されるのも時間の問題、いやもうすでに虜になりそうである。
自給良し、条件良し、環境良しと至れり尽くせりで当分俺はここのバイトを辞めることはないだろう。そう断言できるほど充実しているのである。
だが――
最近になって少しそれが変わってきているような気がしている。
何が変わっていると言われても具体的に言葉で表すことはできないのだが、確実に何かが変化していると思う。
しいて挙げるとすればそう、匂いが違う。
今までは花屋独特の花の臭いがかすかに花をかすめる程度だった。
しかし今は違う。甘ったるく長時間嗅いでいればあまりの甘さに胸焼けしてしまいそうになるほどの甘い香りがそこかしこに充満しているのだ。
始めは気分が良かった。だが、長い間嗅ぎ続けている間にその匂いは俺しか感じることのない特別な甘さだということに気がついた。店長に聞いてみてもそんな匂いはしないと言うし明らかにおかしい。
俺自身の鼻がおかしくなってしまったのかと思い耳鼻科にも行ったが何の異常も見られなかった。
「せ〜んぱいっ♪」
あともう一つ変わったこととがある。
コハルだ。
コハルが最近やたらめったら俺になれなれしく、というか擦り寄ってくっついてくるのだ。
はたから見ればほぼ付き合ってるカップルと言っても過言ではないだろう。
隙あらば抱きついてくるし、特に何の用もないのにやたらと名前を呼んでくる。この前なんて、高いところの荷物を取ろうと肩車してやったら股間を俺を後頭部に擦りつけてきやがった。しかもちょっと湿ってたし。
明らかに以前と違う。
妙に俺と共に行動するようになっているのだ。いや、もはや「妙」ではなく「奇妙」であるに違いない。
俺はこのひと月の間、特に彼女の好意を寄せるような行動は起こしていない。ただ、一つあるとすればあのコサージュをプレゼントしたくらいだけだ。あれだけである。
たかがコサージュ一つでこんなにべったべたになるほど好意を寄せられるだろうか。
もし俺が女だとしてもたかがプレゼントの一つや二つであそこまで異性を意識するような行動には移りはしないだろう。そう考えると今のコハルの行動や仕草が不思議でならなかった。
「せんぱい聞いてくださいよ〜最近胸がおっきくなっちゃってブラがきついんですけどどうしたらいいですかぁ〜」
「あのなー……それを男である俺に聞くか?普通に大きいサイズ買えばいいだろうが」
「それがぁ、一週間前に買ったんですけど、今朝計ったらまた1カップ上がっちゃってて……♪もうノーブラでもいいかなぁって♪」
痴女だ。どう考えても痴女だ。
脳内で妄想するのはいくらでも構わんが、実際にはそんな変態的行動は止めたほうがいいに決まってる。
それにしてもたった一週間で1カップ大きくなるだと。成長期にしても異常じゃないか。
パッと見大きくなっているのは胸だけで、ウエストとかは以前とさほど変わっているようには見られない。こんな短期間に胸だけ急成長するとなれば、もしかしたら病気の可能性も考えられなくないぞ。
成長ホルモンの異常分泌なんてこともあるかもしれない。
だが、それよりも俺が気にする点は……
「どうしてそれを俺に言う。基本そういう話しは彼氏以外の男には話さないほうが良いと思うぞ」
「だって先輩やさしいし頼りになるから……それに、わたし彼氏なんていませんよーだ」
彼氏がいない発言は意外だったが、だからどうしたというわけでもない。
だとしたら尚更俺みたいなただのバイトの先輩にこんなブラの相談をするわけにはいかないだろうが。
「その相談をするなら女友達とか店長にするべきだ。店長は半分女だから大丈夫だろ」
「む〜先輩のけちんぼ」
「うっさい。あと、間違えてもノーブラだけはやめろよ」
店の奥にいる店長の元へと走り寄るコハルを見つつ俺は再びバイトを始めた。
―――――
「マーちゃん、ちょっといいかしら」
それから数日後、俺はバイトの休憩中急に店長に呼ばれた。
いつになく神妙な顔つきの店長を様子を察するにただ事では無さそうである。
オネエ特有のいつもの軽いノリが皆無なものだから否応なしにこっちも変な気分にさせられる。
「……一体なんですか店長、思いつめたような顔して」
ちなみにコハルは今店頭で客引きの真っ最中である。部屋の奥からでも彼女の様子が伺え、いつも通り笑顔の調子で客の相手をしている。
俺と店長が何をしているかはコハルにはわからない。
「単刀直入に聞くわ。マーちゃん、あなたコハルちゃんに何かしていないでしょうね」
「何かって一体……」
「そうね、例えるならクスリ……とか、そんな類よ」
「て、店長!冗談にしてもつまらないですよ!」
俺は店長の言葉を疑ったと同時に軽い怒りのようなものを覚える。
俺がコハルにクスリを?馬鹿げてる。そんなことするわけないじゃないか。
俺だってそりゃ人間だし辛いことの一つや二つあるさ。だけど、クスリに手を出すほど人間落ちぶれちゃいない、それに手を出すことがどれだけ恐ろしいことかなんて知らないわけがない。
ましてそれをコハルにだなんて、どんなことがあってもするわけがない。いや、してはいけないんだ。
「俺はそんなものには絶対手を出さない。本当だ」
「……悪かったわね、マーちゃんを疑うようなマネをして。少しかまをかけてみたの」
「どうしてそんなことを聞くんです。わけがわかりませんよ」
それでも一瞬俺を疑っていたのだろう。それだけでも許し難いことであるが今は我慢するとしよう。
俺はこんなにも彼女のことが好きなのに、その彼女を陥れることなんてするわけないじゃないか。たとえ、クスリがあれば彼女は俺を振り向いてくれるとしても俺はそんな最悪な物に手を出しはしない。
そう店長に熱弁すると、店長は鼻で軽く笑い深い安堵を覚えたようであった。
「最近、コハルちゃん変だと思わないかしら」
「変って……」
「初めてバイトの面接で顔を合わせたときはそれはそれは真面目そうで誠実な子だったわ。それが今じゃどうよ、猫なで声で客を引き寄せ色気で購入を促進させてるだなんて以前の彼女じゃ信じられない行動だわ。確かに店の売上げが上がるのは嬉しいことだけど、売上げが上がるたびにコハルちゃんがコハルちゃんでなくなっていくような気がしてならないのよ」
「……確かに俺も最近コハルの様子がおかしくなり始めているのには気が付いていました」
その原因はわからない、とは言うことができなかった。
恐らく彼女の変化の原因はあのコサージュであることに感づき始めていたからである。しかし、それでどうなるというわけでもない。
俺は俺の思うままにプレゼントをしてコハルに喜んでもらいたかった。コハルの笑顔が見たかっただけなんだ。
コハルが俺に対して好意を寄せているのはもはや明らかであろう。俺にとって嬉し過ぎることだし、願ってもない俺の望んだ結果だ。
でも、それは俺が自分の力で掴み取ったものなのだろうか。
「話しかけても上の空だし、何か呟いていると思ったら先輩、先輩ってずーっと独り言いってるだけ。最近のコハルちゃんが怖いのよ。それに……」
「それに……?」
「直接コハルちゃんに関係があるかどうかはわからないけどね。コハルちゃんがおかしくなり始めてから、植物の成長が異常に早くなっている。これは紛れもない事実だわ」
「そんなことが…………」
コサージュ、種、植物、成長。
明らかに共通しているこれらのワードから答えを導き出すには、俺の知識では足りなさすぎた。
コサージュをつけたら彼女の性格が変わり始めて、それに呼応するかのごとく植物の成長が早くなっているだと。まったくもって意味がわからない、何の関連性も見出すことができない。
店長に相談したところでわかるはずもないだろう。
これは恐らく俺とコハルだけの問題であるのだから。
「申し訳ないですが、俺にはなにも……」
「そう、貴方がわからないのなら私にもわかるはずがないわね。マーちゃん、店長の私が言うのもなんだけど、コハルちゃんに何かあった時のために一緒についていてあげてくれないかしら。きっとコハルちゃん、アナタのことが好きよ。アナタも、もうわかっているんでしょう?」
「……」
言葉は発せず、ただ頷くことしかできない。
「だったら、何があってもコハルちゃんから離れちゃダメ。じゃないと男が廃るわよ?アナタもそろそろ自分の気持ちに素直になりなさい」
店長は全てを見透かしているようであった。伊達に男も女も経験しているだけあるというものだ。
今の俺に足りないもの、それはほんの少しの努力と全てを受け入れる柔軟さである。
コハルがどんなことになろうとも受け入れることができなければ俺は男として終わっているのだと思う。
好きになったらどんな障害があってもとことん突っ切れ、と店長は訴えかけているようであった。
相変わらず俺もとんだ店長に目をつけられてしまったものだな。
「それじゃ、私からのお話は終わり。マーちゃん、もう一度謝っておくけど疑って悪かったわね。ただ、私もコハルちゃんをマーちゃんが大切だと思っているのと同じように大切に思っているのだから、それだけは忘れないで頂戴」
「わかりました。それじゃ休憩時間も終わりましたし、仕事に戻りますね」
俺はそう言って再び業務に戻る。
相変わらずの調子で客引きをしているコハルの元へと駆け寄ると、コハルは俺に気が付いたのかよりいっそう甘い匂いを撒き散らしながらその有り余った身体を押し付けてくる。
大きくなった胸は犯罪的な弾力で俺の腹部をバウンドし返してくる。
コハルは俺と店長が何を話していたか知らない。
そして、自分が変化していることにも恐らく気が付いていないのだろう。
いつか自分自身で気が付くのだろうか、それとも他者から言われなければ気が付かないのだろうか。
それすらもわからない俺はただひたすらコハルのアピールを受け入れ、一緒に行動していくことしかできなさそうだ。それが俺の下した判断であり決断である。
「せ〜んぱいっ♪♪今日もいっしょに帰りましょ〜♪」
例のコサージュは日に日に増して艶と発光が増してきている。ような気がする、ではなく確実に以前とは違う輝きをしているのは一目瞭然であった。花びらは瑞々しさを取り戻し、今現在も生きている花のごとく燦々とそこに存在している。
プレゼントしてから今日に至るまで、コハルがコサージュをつけていない姿を俺は見ていない。
バイト時だけでなく私生活でも常につけているのだろう。
そう考えると俺がプレゼントしたものを四六時中つけてもらうというのはかなり嬉しいものだが、今の状況では喜んでよいものなのか微妙なところである。
元凶がそのコサージュであったとしても、はっきりとした理由が判明しない限りは俺自身納得できないだろう。
始めは俺のほんの少しの好奇心だけだったのに、随分と取り返しのつかないところまできてしまったもんだ。
「せんぱぁい、プレゼントありがとうございますね♪どっちも順調に成長してますょ♪」
「ああ、よかったなコハル」
どっちも。
コハルの言葉に違和感を感じながらも俺は深く問いただすことはなく、いつものように二人でバイトを始めるのであった。
バイトが終わり家に帰った俺はすかさずベッドに転がり込んだ。
そしてすかさず脳内でコハルを犯すのである。徹底的に、これ以上ないくらいに犯して犯して犯して犯しつくして。犯されて犯されて犯されて絞られて。
コハルの甘い匂いを嗅ぐたびにこの劣情は日に日に強くなっている。
自覚はある。
だが、それを律する理性というものは自慰に耽る俺の中から完全に欠乏してしまっていた。
一人になればなるほど頭の中のコハルは俺を誘惑してくるのだ。コハルが自ら股を開き、俺の上に馬乗りになってくるのだ。甘い嬌声を耳元で囁き、湿った音を響き渡らせるのだ。
そんなもの、俺に耐えられるわけがない。
俺は頭の中でコハルがこんな人物だったらいいなと思いを募らせていたのだが、その思いはそっくりそのまま現実のコハルに移り変わっていくようで言いようのない不安を感じていた。
もしコハルが完全に変わってしまったのなら、それまでのコハルはどこにいってしまうのだろうかと。
だが、その思いすらも脳内で俺を犯し犯されているコハルのせいで掻き消えそうである。精液を吐き出すたびに次なる欲望が俺の中を多いつくして度重なる自慰へと誘うのだ。
俺の中に溜まる罪悪感と性欲の比率はいつしか性欲の方が勝っているのに俺は気が付いていたがその現実に目を背け、性欲のままに自分を慰めることしかできないでいる。
もしかしたら俺も変わり始めているのではないだろうか、そう考えざるを得なくなってきた。
―――――
今日も今日とてバイトだ。
大学帰りの俺はいつも通りバイト先である花屋に向かい仕事の準備を始める。
そういえば今日のシフトはコハルがもうすでにバイトしているはずなのだが、店内には彼女の姿は見られなかった。
「あ、店長こんにちは。今日はコハルシフト入ってないんですか」
「マーちゃん……それが……」
店長はさぞ心配そうな顔つきで携帯電話を握り締めているだけであった。
俺は店長から何があったかを聞くと、店長曰くただの無断欠勤であった。
……ただの?
いや、違う。今まで一度たりとも遅刻すらしたことのないコハルが無断欠勤というのも変なことだし、何より休むことがあれば必ず連絡をよこすはずだ。しかもコハルはバイトを何よりも大切にしていたし俺が見る限りでは苦労していた素振りもまずない。バイトを純粋に楽しんでいたのだ。
そのコハルが無断欠勤するとなればそれ相応の理由があるに違いない。
そしてその理由というものが今俺の頭の中で最悪な事態として想像されている。
具体的にはどんなことと言われても答えられないが、今までの彼女の様子から察するに良いことではないのは確かであろう。なんとなく俺の直感がそう告げていた。
俺もコハルに電話をかけてみるが、発信音が鳴り続けるだけで電話を取られることはなかった。
「店長、コハルん家の住所わかりますか」
「……行くのね」
「ええ、やっぱり俺コハルがどんなことになっても見捨てられそうにないですから」
こんな意思表明は店長じゃなくてコハル本人にすべきなのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
もとはといえば俺は最初から一目惚れしていたんだ、遅かれ早かれ自分の気持ちには素直にならなきゃいけなかったのだろう。
「はい、この住所を目指せば大丈夫だわ」
「ありがとう、ございます。それじゃ俺行ってきますね」
「コハルちゃんをよろしく頼むわよ。あと、アナタも無事で」
俺はそれ以上は何も言うことなく店長から貰った紙を握り締め走り出した。
一心不乱に我を忘れて、ただひたすらコハルのために。
ただの一目惚れがこんなにも大切な存在に変わっていたことに、こんなことになってからじゃなきゃ気が付かないというのも情けない話だ。
もっと早く自分の気持ちに素直になって、勇気を出して告白でもしていたらこんな大変なことにはならなかったのだろう。ある意味ではその情けない自分への試練のようにも思える。
走り続けて約二十分。ようやくコハルの家へと辿りついた。
てっきり俺はコハルは一人暮らしをしていると聞いていたから、俺みたいにアパートに住んでいると思っていたのだが、それは俺の想像でしかなかったらしい。
普通に核家族が住めるような一軒家であったのだ。
「おいおい……一人暮らしで一軒家とか、金持ちだろ」
そんな愚痴をこぼしつつ俺はコハルの家の敷地に入る。
その敷地内ではやはり、と言うべきか通常感じることのない異変のようなものを色濃く感じることになった。だいたい予想はしていたのだがここまで異常だと流石に冷や汗が流れるというものだ。
まず目に入るのは異常に成長した雑草たちであろう。俺はこの21年間生きているが、今までこんなにも成長した雑草を見たことがあるだろうか。否、こんなもの見たこともない。
背丈を優に越え、まるでどこぞの雑誌で見たひまわり迷路のひまわりだったり、巨大なラワンブキかの如く生えそろう雑草はまるで軽い密林のようだ。
しかもその雑草もまたおかしなもので、見たこともないものばかりだ。怪しげな果実を実らせていたり、薄暗く光るものだってある。こんなものうちの花屋でも取り扱っていない、というか植物図鑑にすら載っていないような気がする。
こういうものは毒が含まれているかもしれないので迂闊に触ることなく、俺は文字通り草の根分けて足を進める。
幸いなことに家の入り口までは日頃コハルで行き来しているので獣道のように道ができていた。
俺はそこを通り家のドアの前までたどり着く。
ピンポーン
ピンポーン
反応がない。
インターホンが設置されていないので勝手に入っていいかわからない。
「お、おじゃましまーす……」
ああ入ってしまった。
仮にも一人暮らしの女子の家に何の無断もなく侵入するのはいささか、というよりほぼ犯罪行為に近いような気がする。しかし、事が重大なのだ。一刻を争うときに躊躇している暇はないと自分に言い聞かせる、もとい正当化させコハルの家へと入った。
鍵がかけられていないところをみると相当無用心に思える。
それかもしや、鍵をかける余裕すらなかったと考えるか……
「うっ……甘い、甘すぎる」
彼女の家に入ってまず思ったのはこの甘い匂いである。
以前からコハルからは甘い匂いが垂れ流れていたが、この家の中ではその匂いが霞んでしまうと思えるほど強烈な甘さを発していた。胸焼けどころではない、匂いだけで腹いっぱいになりそうな気分だ。
カーテンは全て閉じられており、電気の一つもついていない。鬱蒼とした家の中で一人俺は携帯電話のライトだけを頼りにゆっくりと家の中の捜索を始める。
人一人住むには持て余しそうなほど広いこの一軒家は間違いなくコハル自身の家なのだ。
それはこの匂いが証明している。
「こんなとこにも……」
外で見かけた奇妙な植物は家の中でも見かける。
それも、家の床を突き破り堂々とリビングのそこかしこに咲き乱れているのだ。いくら家を放置していたとしてもこんなことにはなりはしないだろう。どんなに寂れた廃屋でも植物だけが異常に生長しているなど考えられない。
そこに今現在もこの家は放置されておらず人が住んでいるという事実が突きつけられると、この光景は一変して怪奇の他ならない。
人が住んでいるのにこの有様だ、一体何をどうしたらこうなる。
これもやはり店長の言っていた植物の成長が異常に早いということに繋がってしまうのだろうか。
「うわ……なんだ、これ」
携帯電話のライトを部屋全体に照らしてみるとそこには更に奇妙なものがあった。
部屋のいたるところに謎の液体が散乱しているのだ。俺は鳥肌が止まらなかった。
その液体は琥珀色で半透明でありパッと見はウイスキーのように見られるが、よく見ると非常に粘度が高いものだということがわかる。
今まで気が付かなかったが俺が家に入ってから何度も踏んでいたようで、靴裏にはべったりと琥珀色の液体が付着していた。歩くたびにねちゃねちゃと鳴る音は若干気持ちが悪い。
俺は土足で彼女の家に入っているということになるが、あまりの緊張で脱ぐことすら忘れてしまっている。コハル、ごめん。
再び沈黙を取り戻す家。
だが、突如としてその沈黙は破られることになる。
「んああぁぁぁ!!」
「!!?」
一階の捜索を続けている俺にその声はしっかりと聞こえた。
上だ、二階から声が聞こえる。そしてこの声は紛れもなくコハルの声で間違いないだろう。
叫び声が聞こえると同時に、どたどたと壁や床を激しく打つような音も聞こえてくる。この様子からして暴れているに違いない。
「コハルーっ!!」
それ以外にも考える事はたくさんあったが、俺は考えるよりも先に体が動いてしまっていた。
この暴れようからしてコハルはきっと苦しんでいる、そんな気がしてならなかったからだ。
階段を探し俺は急ぎ二階へと上り詰める。一歩、一歩と上るたびに鼻をかすめる甘い匂いは強くなっていているのがわかると、俺の疑心は確信へと変わりゆく。
この匂いの先にコハルがいる。
ただ、その一点のみを見ざし俺は二階へ上がると匂いの強い場所へと走り出した。
「どこだ!どこにいる!!」
二階は植物の蔦のようなものでところどころが破壊させられており、損傷は激しかった。
何よりその蔦は匂いが強い所を守るかのように奥に行けば行くほど密度が増し、行く手を阻んでいるかのようだ。
その蔦はまるで生きているかのように今もなお蠢いており、手で掴むとさーっと道を開けてくれているようであった。道を塞いでいると思えば、俺が通ると開けてくれる。一体どういうことなんだ。
「コ、ハル……返事を、してくれ」
そしてその蔦の発生源らしき場所は同時に匂いの発生源でもあるらしく、その強烈な匂いはもはや俺の理性さえも侵食し始めているようである。
胸焼け感はもう感じていなくなっており、その代わり酷い渇きを覚えるようになっていた。コハルが欲しい、コハルの液で潤いを取り戻したいと。
「コハル!!だいじょう、ぶ……か!?」
ようやく俺は蔦を払い除け、二階の一番奥の部屋であろう場所にたどり着いた。
蔦が一番多く密集しており、甘い匂いは脳髄に直接突き刺さるほどに強く染み渡る。理性も愛情も欲望もうやむやになってしまうほどの強い甘さがダイレクトに脳を侵している。
ドアはすでに開いており俺はそこから部屋の中を見ると――
やはりそこにはコハルがいた。
いや、もしかしたら『コハルのかたちをした何か』なのかもしれない。
だけど俺はむせ返るほど甘い匂いを掻き分けながら彼女の元へと歩み寄るのだ。こんな痛々しいコハルを放っておけるわけがない。
「あ、れぇ先輩…………来ちゃらめですよ……あぅ、でもやっぱり、嬉しいかな」
ほぼ全裸で床に横たえているコハルの姿を見て、自分の想像していたよりも想像以上に綺麗でかわいい彼女の裸に俺は息を飲む。
やはりコハルはどんなモデルよりも顔負けしない女性だ。
息も絶え絶えで、荒く呼吸を繰り返すその姿はなんともいたたまれないし、それでいて極めて強烈な官能さを感じさせる。
つまるところエロすぎるというところだ。
「コハル……お前一体、どうしちまったんだ」
「えへぇ、コハルもわかんないや。でもね、せんぱいのことを思うと……こう、ぎゅーって胸がね、痛いの……」
裸になってもなおコサージュだけはつけている健気なコハルを見て俺は少し申し訳ない気分になる。
そんなにまでプレゼントが嬉しかったってのかよ……まったく、つくづくかわいいヤツだ。
「…………ん?いや待て。裸なのにどうやってコサージュをつけ……」
彼女の胸元にあるコサージュを見て俺は絶句した。言葉にならない叫びをあげた。
それもそのはず、コサージュが彼女の胸に張り付いていたのだ。いや、正確に言えば根を張っていた。
コサージュの根元からは無数の根のような物がコハルの胸元の皮膚に突き刺さり、まるで血管のように皮膚を盛り上げ深く根を掘り下げていたのだ。
恐らく目に見えていないだけで身体の深部まで深く深く張り巡らされているのだろう。それもまるで血管のように体中のいたるところに無数の網目状に細かく行き渡っているのだろう。
俺はそのあまりに恐ろしげな光景に思わず後ずさりしてしまう。
なんだよこれ。俺がプレゼントした時にはこんなのなかったじゃないかよ。わけがわからねぇ。
俺はこんなものをコハルにプレゼントしちまったってのかよ……!
「コハル、すまない……俺はなんてものをお前に」
「謝らないで先輩♪わたしはほんとに嬉しかったんだよ……それなのに、謝られたら、申し訳なくなっちゃうよ」
コハルの脈と呼応してコサージュも拍動している。
恐らくコサージュの根は心臓にまで行き届いているのだろう、もはや無理に引き抜くのは不可能だった。。
じゃあ俺はコハルのために何ができる。コハルのためについてやると誓ったのに俺はこのまま指を咥えたまま何もできないというのか。ただ、コハルが苦しんでいるのを見ていることしかできないってのか。
そんなの、あんまりだろ。
「せんぱぁい、寒い……寒いよ……温めて、ほしいな」
俺はそんなコハルを抱きしめた。強く強く、抱きしめることしかできなかった。
俺が今できることといえば寒がっているコハルを温めることしかできない。
寒いといっているわりには、まるで熱病にかかってるかのように熱い身体である。だけど俺は抱きしめる。
コハルが横たえている場所は床が抜けていて、下の一階部から蔦の集合体が伸びてきておりコハルを支えているようだ。
あまりにも非現実的光景を目の当たりにしすぎた俺はもはや感覚がマヒしており、彼女が変化し始めていることにもさほど反応を示さなくなってしまっていた。
それもそうだし、もうまともな反応ができるほど理性が残っていないと言うほうが正しいと思う。
「あったかぁい……ねぇ先輩、わたし嘘ついてました」
「嘘?なにをいきなり」
「いつの日か……先輩言いましたよね。『どうしてここでバイトをしようと思ったんだ』って」
「そんなこともあったっけ……そりゃコハル自分で行ってたじゃないか。将来のためだって」
「そう、それもあるんですけどね、でも本当の理由は……せっ、先輩があそこで働いてるからなんですっ。
先輩のことは以前からずっと好きだったんですが、なかなかアタックすることができなくて……で、先輩があの花屋さんでバイトをしているって噂を聞いちゃったものだからつい一緒にいたくて……その……」
なんだそういうことだったのか。どうりであんな辺鄙でオネエの店長がいる奇妙な花屋でバイトをし始める美少女がいるわけだ。
事前に用意周到に調べ尽くされていたわけだったってことか。こりゃなんとも……
だから俺の帰る方向も知ってたし、俺の方が一つ年上だってことも知ってたのか。末恐ろしいやつめ。
「えへへ……」
「えへへ、じゃないよまったく……で、なんだ、ということは俺は告白されたってことになるんだよな」
「え?…………あっ、あの、わたし何か変なこと言っちゃ」
「言ったよ、すげー言った。俺のことが好きって言った」
うわ、コハルの体が凄く熱くなってきた。それに拍動も超速い。
本当にかわいい奴だなコハルは。俺なんかと両想いだったなんてコハルがもったいないんじゃないか?
人生長いんだから、俺以外にももっとイケメンで性格いいやつもたくさん見つかっただろうに。コハルの性格とルックスがあればそこらへんの男なんてイチコロだろうさ。
「俺も始めてコハル見たときから一目惚れしちまったからなぁ、人のこと言えねぇか」
あー恥ずかしい。もっとこう夜景を見ながらロマンチックなシチュエーションでさ、ワイン片手に言えれば最高にキマる台詞だったんだけど……ま、いっか。
こうやって抱き合いながらお互いを確認しあうってのも悪くない。
あぁ、いい気持ちだ。
「せんぱい……わたし、せんぱいのこと好きです」
「俺もコハルのことが好きだ。好きになったタイミングこそ違うけれど、今はコハルと同じ気持ちだよ」
「ふふっ♪じゃあ、これからは恋人だね……♪」
お互いがお互いを見つめ合う。
もはや俺たちにはそれ以上の言葉は必要なかった。これ以上言葉をかけることの方が無粋というものだ。
やがて視線は徐々に近くなる。
俺の吐息がコハルの顔にかかる。ああ、俺の息臭いって思われてないかな、というかすごい綺麗な顔だやっぱり。
コハルの息が俺の顔にかかる。ああ、甘くてとろけそうな良い匂いだ、香りだ。女性の匂いって本当に良い匂いなんだな。
「……ん、ちゅ」
まず感じた事は柔らかかった。そして、未知の感覚だった。
唇と唇を重ねていた時間なんてものの十秒くらいだったのにもかかわらず、その十秒は俺とコハルの気持ちを確かめるのには十分な時間であった。
何も言葉はいらない。
ただ唇と唇を合わせるだけの単純なキスはお互いがお互いのことを受け入れ認め合うことによってどんなキスよりも深くより強い愛情になるものだと俺は初めて実感した。
まやかしなんかじゃない、俺とコハルが自ら求めた愛だ。愛情に変わりないんだ。
だから俺とコハルはもっとその深い愛情を知りたくなった。もっともっと深く、愛情と肉欲の深淵に足を踏み入れたくなったのだ。
「せんぱぁい、もっと……♪」
「ああ……」
もう一度唇を合わせる。
俺がコハルの上唇を軽くしゃぶると、コハルはお返しのように俺の下唇をあむあむとしゃぶってくる。その仕草に俺はこの上なく愛くるしさを感じて思わず強めに吸い上げてしまった。
じゅるっ。
いやらしい音が部屋中に響き渡る。
だけどコハルは拒むような仕草はせず、むしろ彼女は自分から口を開いて舌を突き出してきた。真っ赤に濡れたねとねとの舌はまるでヒルのようだ。ひどくやらしくて、ひどく甘い。
俺はそんなヒルを唇をすぼめて咥えてやると、コハルはあろうことは俺の唇でピストンをしてくる。
じゅるじゅると出し入れするたびに水の音が響き渡り、飲み込めなくなった唾液があごから滴り落ちるその様は俺がどんなに想像した妄想よりも魅力的だった。
彼女の唾液はまるで砂糖水のように甘く、そして虜になる中毒性を秘めていた。よく見れば琥珀色に濁っていたが、俺はもはや彼女の唾液を貪ることに夢中でその唾液がどんなものなのかを考えることなどできなくなっていた。
「はぁ……はぁ、せん、ぱい。ちょっといいれす……か」
コハルは抱きついている俺を優しく突き放す。
一体どうしたのかと思うと、俺は彼女の姿を見て瞬きをするのを忘れた。
栗色だった頭髪が、瑞々しいまでの肌色だった素肌の色が徐々に変わり始めていたのだ。
その変色は胸のコサージュから始まり、色素が沈着していくかのようにじわりじわりと色を塗り替えていっている。仄暗い青色とは対照的な、鮮やかな黄緑色に。
俺はその変化に声を荒げることなくただ見つめていた。親が成長する娘を見守るかのように、とても穏やかな気持ちで見守ることができていた。少し前の俺なら我を取り乱していただろうが、今はそんな気など微塵にも起こる気はしなかったのだ。
「コハル……お前はどうなる」
「わからない、けど……一つわかるのは、もっとせんぱいのことを好きになると、思うよ……♪♪」
ドクン、ドクンと脈が拍動するたびに色が徐々に広がって行く。
皮膚は薄い黄緑色で、体毛はそれよりもやや濃い目の緑色。まるでボディペイントのように身体を染められていくコハルはコハルの面影を残しながらまったく別の存在へと変わっているのはもはや確かである。だけど俺はそれを阻止するわけでもなく、ただただ見守っていた。
恋人であるコハルが今頑張って変化しようとしているんだ、それを阻止することなんてできるわけがない。もはや俺は当初の考えとはまったく真逆のことを語っているのだろう。
それがどうした。コハルがたとえ人じゃなくなったとしても、愛し続けるのが真の愛情ってものだろうが。
「んああぁっ♪せんぱいっ、せんぱいぃ」
コハルの変色が終わった。
全身が緑色になり、今までの肌色であったコハルはもういない。
か細く俺を呼ぶコハルに俺は何度も何度も厚い口づけを交わし、その唾液を貪るのであった。とてもとても甘く、永遠に味わっていたくなるほど甘い彼女の味。
それすらも我慢できなくなると黄緑色になったたわわな胸を今度は揉みしだき始める。両手に収まりきらないほど大きくそして柔らかい胸は男なら誰しもが憧れる巨乳そのものだ。
「んやっ、せんぱ、気持ちいいれ、すぅ♪」
「はぁ……コハル、エロすぎるぞ……」
乳首は唯一ピンク色のままであり、人間の時とそのまんまである。
俺はそんな突っ立ったピンクの突起を指先で軽く弾き、こねくり回したりしてコハルのよがり喘ぐ姿を堪能した。以前からこんなに感じるタイプであったかどうかはわからないが、明らかに今のコハルは全身が感じやすいタイプであることに間違いないだろう。体中のどこを撫でても色っぽい嬌声を上げ、身体を震えさせるその姿はたまらなく劣情をそそる。
「んむ……ちゅぱっ」
舌で突き、舐め回し、吸い上げると乳首はよりいっそう硬さを増しこりこりとした擬音語がまるで聞こえてくるみたいであった。涙ぐんだ瞳で俺を見つめてくるその切なさ。
全てが俺の理想だ。コハルは俺の理想がそっくりそのまま生き写しになったものなのかもしれない。
だけど彼女にも自我はある。
「あ、ふぅ……花が……」
コハルの足元にある蔦のひと塊から大きな花の蕾らしきものが生えてきているのが見えた。
その蕾はとても蒼くまるで青空のように清清しい蒼さを孕んでいるようである。
しばしその蕾に見とれていると、それはみるみるうちに大きくなりやがては人一人飲み込めるほどの大きな花弁へと姿を変える。
花弁の中はコハルの唾液と同様の液体が満ち足りており、あれに浸かることができたら一体どれほどの快感を感じることができるのだろうかと想像するだけで俺の息子が反応してしまう。
「お花さん……入るぅ♪」
よろよろともたついた足取りで立ち上がると、コハルは自らの意志でその花弁の中へと入っていった。
右足、そして左足と入れ液体はひざ上くらいまで浸かることとなる。
「あっ、これ……イイ♪すごぉい……」
「……」
コハルが歓喜の声を上げると、彼女の全身はたちどころにして変化が訪れた。
全身を蔦、いや、こちらは茎のようなものが覆いコハルをより植物のようにさせているのだ。こう、なんといっていいかわからないが、コハルを中心にしてコハルの周囲を覆うように茎が生えそろい、いたるところに蒼い花が咲き乱れる。
その花はコサージュの花とまったく同じものであり、彼女の頭の上や、腰、腕などをアクセサリーのようなふんだんに彩るかのように咲く。どうやらこちらの花は皮膚に根を張ったりはしないようだ。
大きな花弁を玉座として例えると、それに座るコハルは女王であり、そのコハルを取り巻く蒼い花々たちは服従する家臣にようにも見える。
全身を緑色と蒼色にコーディネートされたコハルはまるで生ける庭園のごとく、見るものを圧巻させる美しさがあった。俺もまたその美しさに圧巻された者の一人だ、第一号だ。
「お花がこんなに……うれしい♪」
「すごい……花の妖精みたいだ」
「ありがと、せんぱい♪……ねぇ、せんぱい。わたし、欲しくなっちゃった……♪」
コハルの舌なめずりをする仕草を見て、彼女は欲してると察した俺はなんの疑いもなく着ている衣類を全て放り投げ捨てた。
そこに露になるのは自分でもここまで怒張したものは見たことがない真っ赤なペニス。
コハルは俺のペニスを見るや、恥ずかしがる素振りもなく目を輝かせると息を激しく荒立たせる。
「欲しい……せんぱいのおちんぽ、エキスほしい♪ほしい……」
「俺もだ……俺もコハルを抱きたい。入れたい、突き刺したい……はぁ、はぁっ」
甘い匂いを嗅いでからというもの、今の今まで発情しきっていた俺はもはや我慢の限界に達していた。
目の前に愛しのコハルが全裸で俺を待っていてくれている。コハルも俺を欲してくれている。
もう、拒む理由なんてどこにもありはしなかった。いや、もともと拒む気などありはしなかったのだから。
「ふふ……つーかまえーた♪おちんぽ……びくびく」
「俺はこういう趣味じゃないんだが……」
蔦の一部を操り俺の四肢を縛り付けると、コハルは俺を無理やり花弁の中へと入れ込み狭い空間の中でお互いが向き合う形となった。
肌の要所要所が接触しあう。主に胸がふにふに突き当たるのがすごいそそる。
そそり立つ亀頭がコハルのへそ部分に突き当たるのが妙に恥ずかしいが仕方のないことである。
「ずっと、ずっとせんぱいのおちんぽ……欲しかったんだぁ♪」
「ずっとっていつから」
「せんぱいに一目惚れしたときに決まってるじゃないですかぁ♪♪ぐちゃぐちゃのどろどろにして……欲しかったんだよぉ」
店長はコハルのことは誠実そうだと言っていたが、なんのことはないコハルは初めから淫乱女だった。
このときばかりは店長に哀れみを感じたと言うものだ。
「ま、それは俺も同じか……」
「どゆこと?」
「俺もコハルを犯したかったってこと。俺のここ最近のオカズはコハル、お前だったんだ」
「え〜せんぱいのへんたーい♪でも……わたしでヌイてくれてたんだ……♪ふふっ」
「人のこといえねっつの」
軽いデコピンでコハルをからかってやる。
あうあうと言って若干涙目になるところとか、ほんとまったく変わってない。
変わったのは見た目だけってことか、俺の心配は杞憂だったな。やっぱりコハルはどんな姿になってもコハルのままだった。それだけわかればもう十分だ。
何の心残りもない。
「せんぱい……そろそろ……いい?」
「ああ、俺も我慢できそうに、ない」
再度お互い目を見つめ合って深いキスをする。
唇を離すと琥珀色の唾液がぬらぬらと光るのが見えて足元の液溜まりに落ちるのがわかった。
俺も一緒に堕ちてしまったようだ。
コハルさえいれば俺はもう何もいらない。もともとなあなあに生きてきた俺にとって初めて大切にしたいと思えたものなんだ。だったらそれを守り通すってのが男ってものなんじゃないのかね。
自論にしてはイケメンすぎてクサイけどな。
両腕で上半身を支え、がっちりとホールドすると亀頭の先端で膣の入り口を探るように触れさせる。
「んやぁぁ……」
「すごい濡れてるぞ」
「だって、せんぱいの、だからぁ」
いつの間にか蔦の縛りは解かれていたので動きは自由にすることができる。
コハルの膣液は唾液や花弁の液体と同じように琥珀色で粘性を持っていた。そして汗もである。
つまるところこの液体はコハルの体液であったのだ。砂糖よりも甘く、危険な中毒性を孕んでいるこの液体は彼女から分泌される至高の液なのだ。
これは俺が独り占めできる、俺が全て飲み干してやる。どうすることも自由なんだ。
そう思うと男の本能と言うべき征服欲というものがむらむらと湧き上がってくる気がして、なんだか気分が良い。
欲しがりなコハルの肉筒は求めるモノと接触して更に潤む。どろどろになった温かいそれがどんなに気持ちいいモノか、腰が前へ進むのを止めようとて止められない。
ずぶずぶと陰茎を挿し入れ、狭い肉の道を押し広げて行くと、向き合っているコハルが小さな声を上げた。
「気持ちいい?」
「……ん。いい、もっと、してぇ……♪」
甘い囁き声が俺の欲望に点火する。一気にペニス全体を愛しいコハルの肉筒にぶち込むと、奥の敏感な部分に亀頭が擦れたか、コハルは一際甲高く、引きつるように喘いだ。
頬を染め、はあはあと荒い息をする彼女にもっと気持ち良くなってもらいたい。俺は程よく肉がついて抜群に触り心地の良い胸を掴み、激しく腰を前後させた。
コハルは処女であった。その証に琥珀色の液体に混じって破瓜の赤がフトモモを伝って下りているのが目に見える。
しかし彼女は痛そうな素振りなどこれっぽちもみせず、頬を赤らめ、俺の首元に両腕を回して快感に浸っているようであった。
俺以外の男を知らないであろう膣は唯一愛するものにまとわりつき、締めつけ、細かい凹凸や襞や突起で快楽をもたらさんとする。初めての時に、俺のペニスに合わせて形が変わったんじゃないかと思える程ぴったりはまる二人の性器は、それこそ琥珀色の液体と共に解けてなくなってしまっているのではないかと錯覚を覚えるほどであった。
余りに狭くきついため、ペニスが抜けなくなるんじゃないかと怖くなるくらい締まるコハルの肉筒に、潤滑油たる大量の愛液の力を借りて強引に抜き挿しする。
先日まで純情であると思っていた女の子が、セックスに溺れている姿は、背筋がゾクゾクするくらいエロかった。
でも、まだまだだ。もっとコハルには気持ち良くなって欲しい。俺みたいな何のとりえもない男を愛してくれる理想の女にもっと楽しんでもらいたい。
献身的な衝動に任せて、俺は腰のピストン運動を止めないまま、上半身をグッと倒しておっぱいに口づけた。
爽やかな花の香りのような、情熱的なドラッグハーブのような催淫が鼻いっぱいに広がるようだった。
咲き乱れる蒼い花はピストンをするたびにユラユラとゆれ、二人の性交を祝福しているかのようにも思える。
強く香る胸の頂点を前歯で軽く噛むと、コハルは今までで一番良い声を出した。
「やんっ、ちくび、だめぇ……」
「気持ちいいか?コハルの全身を愛してあげる……」
「や、はずかし……い、イ、や、やめ、それ、すごっ……!」
別に激しい動作ではないが、コハルはそれに悦んで嬌声をあげてくれる。
下の口では、どろどろとした琥珀色の液体を漏らし、ぎゅっと膣を締め付けてくるのだ。
その度に、ぞりぞりと裏筋を穿る突起や、亀頭を洗うようなつぶつぶとした突起がペニスを襲い、射精へのカウントダウンをまた一つ進めようとする。それに対抗しようとコハルへの甘噛みをより執拗にねっとりとし、膣の中をピンポイントで攻めようとするのだがそれはかえって逆効果のようであり、ぐじゅぐじゅと強まる締め付けによって一向に我慢が聞かなくなる。
「ふぇ……ぃぃ……気持ち良い……?」
そんな俺の様子を知ってか知らずか、コハルは呆けた表情でそう言った。
そんな表情をされたら俺は余計辛くなるというのにコハルは気が付いているのか、はたまた完全な無意識なのかはいざ知らず、幾度となく俺の素肌へと吸い付いてくる。
首元を吸えば赤いあざが残るし、乳首を吸われたら気持ち良いに決まっている。
格別乳首なぞ開発されている俺ではなかったのだが、まるで人外の舌使いというか、どう攻めればどう感じてくれるか知っているかのような積極的な攻めに俺はうめき声を上げ耐えるしかない。
「はぁっ……やべぇ、締めつけ……」
「またぁ……またピクピクってしてる……♪」
堪えなければ意識ごと、性器ごと持っていかれそうな快楽の坩堝に堪えようとする。
しかし、動き始めたコハルは容赦が無い。無慈悲なほどしっかりと腰を動かして、快感を高めていく。まだゆっくりとした動きである今でさえその快楽は一歩一歩、確実に俺を絶頂へと近づけていた。
と同時に、コハルもまた黄緑色の肌を赤く火照らせそろそろ限界が近いことを示唆しているようだ。
激しく叩き付けるようなピストンをずっと続けたせいで、いつの間にか限界がすぐそこまで迫って来ていた。
激しい身体の上下運動によりたゆんたゆんと揺れるコハルの胸を舌と歯で可愛がり、甘い健やかな汁の味と汗の感覚を丹のしながら、、虚ろな眼で短く喘ぎ痙攣し続けるコハルに言った。
「コハル、もう、駄目だ、出る……!」
「ん、はっ、あ、いいよ、ナカにだして、ナカにぃっ!せんぱいのみるくいっぱい入れてぇ♪♪」
頷いて、俺はコハルを突き上げる腰に拍車をかける。喘ぎ声と交わる水音をさらに上に跳ね上げて、コハルの痴態はよりいっそうの激しさで狂い咲く。
「いくぅ、イっちゃうのぉ!♪せんぱい……ねぇ、ぃ、一緒に……一緒にぃぃ!!♪」
渾身の力を込めて、最後のスパートをかける。コハルの汗ばんだ腰を押さえ付け、種付けするために腰を突き込むごとに、頭の中が彼女一色に染まっていく。頭の上から足の先まで全てがコハルに埋め尽くされてしまっているようであった。
コハルへの愛しさが頂点に達した時、俺は白濁を放った。
「コハルッ……!」
「ぁ、あ、あぐうぅぅッ!♪」
絶頂にむせび泣くような声を上げて痙攣するコハルの身体。
最後の束縛にきつく呑み込まれて、俺はまたもう一度彼女の胎内に熱く滾った精を吐き出す。
「ぁぁぁ……熱ぃょ……せんぱぁい」
微笑のまま放心し、ぐったりと脱力したコハルの身体を、俺は抱き寄せて包み込む。柔らかく汗ばんだ肌の感触を、情熱に上気した体温を、両腕で確かめる。
絶頂を感じながらも俺の背中に腕を回し、子宮に残らずザーメンを取り込もうとする彼女の淫蕩さに、圧倒された。
その外見からは想像もできない、緩み切ったコハルの顔。果てしない愛を感じながら、狂いに狂って恐ろしいまでにしまる肉筒に、俺は精子を注ぎ続けた。
「ふふっ……♪せんぱいの種がいっぱぁい……きもちぃぃ……♪」
―――――
「いらっしゃーせー」
「いらっしゃいませぇ〜」
とある町の一角に立つ花屋。
俺たちはそこで夫婦仲睦まじく経営している夫婦として知れ渡っている。
あの後、俺は大学を辞め店長の下で金を稼ぎに稼ぎまくった。コハルの夢を叶えるためだ。
当然コハルも学校を辞めようとしたのだが、俺はそれを断固拒否。コハルには園芸やらなにやら専門の知識を蓄えてもらうために勉学は継続してもらわなければならなかったからである。
そうして無事卒業と同時に国家試験も合格し、晴れて念願の花屋『ブルースプリング』を開店することができたのが3年前の話。
今では経営も軌道に乗り、全国津々浦々に商品を発想、そして海外へ貿易なんてことも始めた。
無論商品発注だけではなく、ほぼ毎日店頭の花は売り切れで恐ろしいまでの行列の相手をしなければならないのが日々の悩みである。
「おーいコハル。そろそろ時間だぞ」
「はぁいー今行くよ〜」
そうそう、あの怪しげな店員さんから貰った種なんだが、どうにもあれはこの世の物ではなかったらしい。
調べたところによると『陶酔の果実』ってやつの種だったらしく、俺たちの世話の甲斐あってか、魔力の供給をダイレクトに受け過ぎて今では大樹と見まごう程に巨大化してしまっていた。
そして、毎日一定の時間になるとその果実の先端から雫が一滴垂れてくるのだが、それを浴びるのがコハルの日課でもある。
浴びるたびにコハルは力が漲るようで、そのおかげで毎晩ハッスル。そうして蓄えられた魔力を植物の栄養に注ぐことによって毎日売り切れてもまだ、売ることのできる花を収穫できるというものだ。
と同時に陶酔の樹も同時に生長してしまうから、このサイクルは無限に繰り返されるだろうな。
まぁ、毎晩コハルとたくさんヤルとこができるんだから嬉しいことこの上ない。
例の謎の店員さんといえば、然るべき時とか然るべき物とか結局陶酔の果実ではなかったっぽいから、適当に花を渡してあげたら満足していたよ。
魔物とか魔力とかこの世界の理とはちょっと違うようなこともいろいろと教えてくれた。どうやら俺たちの住んでいる世界とは異なる世界線の住人ということはなんとなくわかったんだけどそれ以上は深く追求はしなかった。
気が付いたらあのボロ小屋ごとすっかり消えていなくなってしまっていたので、あの人の正体は今となっては真相は闇の中ってものだ。だけど、コサージュを俺にくれたということは何かしらの運命を感じざるを得ない。ま、結果があるからこそ言えることなんだけどな。
コハルの胸のコサージュはコハルが完全にアルラウネとなったと同時にぽろっと取れて枯れてなくなってしまった。
けれど、今ではコハルの周囲には無数のあの蒼い花が咲きほこっている。俺たちの栄養を一番多く接種しているこの花はめったに売りに出さないプレミアものだし、本当に望んでいる人たちにしか売りはしない。
それほど俺たちにとっても大切なものだから。
うちらの店長だったあのオッサンもといオネエサンはというと、うちらの店で取り扱ってる虜の果実ってのを食べさせてあげたらいつの日か悪魔みたいな女の子になってしまった。そこから先は誰も知らないよ。
まったくあの人には初めから最後まで驚かされっぱなしだったなぁ。そうだろ、コハル?
「よし、今日も完売!!」
「やったぁ〜資金でもっと土地を開発してもっともっといっぱいお花を作りたいねっ♪♪」
「ああ、いつの日か一面の花畑になる日まで頑張らなきゃな」
「あ・と・は♪営みと子作りも頑張らなきゃね?」
「もちろん!俺たちの子供はきっとカワイイぞ〜コハルに似てすっげぇ美人になるさ」
「あなたに似てクールかもよ♪」
そんなこんなで今日もまた店を閉めたら夜遅くまで愛するコハルと乱れることになる。
俺はそれなりに勉強しそれなりに単位を取りそれなりにバイトをしそれなりの人生を送ってきた何の刺激もない人生を送ってきた。けれど今は違う。
朝から晩までコハルと共に過ごし、お互い愛を育みつつ苦労しながら生活している。その苦労は決して辛いものではなく、苦労すらも二人で楽しむためにあるものだと思っている。
何の変化もないつまらない毎日よりも、少しずつ変わりゆく、花に囲まれた素晴らしい毎日の方が楽しいんだ。どんなに辛いこともコハルと一緒なら乗り越えていける。
だから俺はこれからも彼女と共に生きていく。
コハルと共にいつまでも。
―蒼い花は明るい未来を照らし出すように、明るく光っていた―
※※※
「オヤオヤ、お待ちしておりましたよ。
それでは、然るべき物を頂きましょうか。
これは……ホウ……
貴方の嫁様から採れた蒼い花を……液に三日三晩漬けて……ありったっけの魔力を凝縮したもの……そうですか……そうですか。
いや、素晴らしいものを下さりありがとうございます。
貴方に差し上げたコサージュは紛失してしまったようですが、これはあのコサージュよりも強力な力、そして強い愛を込めているようですね。
結構結構……
陶酔の種も無事あるべきところへ戻ったようでなによりです。
貴方に差し上げたコサージュの力如何だったでしょうか。それはそれは困難や苦悩もあったことでしょう。
貴方の嫁様は人ではなくなりました。ですが、貴方は人間であった時の姿も忘れてはなりません。
『忘れる』ということは残酷なことです。それまで培ってきた歴史、経験、記憶、それら全てのものが一瞬にしてなかったことになってしまうのですから、どのようなものよりも恐れるべきものでしょう。
逆に言えば忘れられなければ、永遠に存在し続けられることも可能ということです。
永遠に愛するものと愛し続けられますように、お互いのことを忘れないようにして下さいね。
そして、私もまた貴方のことを忘れることはないでしょう。
出会いというのは一期一会、いつか会うかもしれないし死ぬまで会えないかもしれない。
だからこそこの一瞬を忘れずに覚えておいてください。私も忘れません。
……では私はそろそろ去るとしましょうか。良い町ですが私にはいささか花粉が強すぎるようです。
ではまたいずれどこかで会いましょう。そのときはもっと今以上に淫らで素敵な庭園になってることを願っております」
ある日とある男の手により刈り取られるのを免れた花は、刈り取られるのを防いでくれたその男に恩返しをしたいと強く願った。
願いは叶い、人の姿となった花は男の元を尋ねる。
男は酷く怠け者であった。
仕事もせず毎日を自堕落に生活していた。
花はそれでも男に恩返しをしたいと強く望んでいる。
恩返しできぬまま月日が流れると、男はもはや恩返しのことなど期待しなくなっていた。
花と過ごす時間が何よりも楽しかったからだ。
しかし花は恩返しできぬ自分が情けなく、焦り始めていた。
やがて花は恩返しの方法を思いつくとそれを実行する。
それは自分という美しい花を売って金にしてもらうという恩返しであった。
その代償は二度と人の姿に戻れなくなる代償。
男は酷く悲しんだ。
これでもかというほど泣いた。
もう二度と花と会話することができないと思うと涙が溢れてやまなかった。
花を止められなかった自分を悔やんだ。
あるところにそれは大層働き者の男がいる。
男は大切なものを教えてくれたかけがえのない友人のために、今は大切なものを振りまく仕事をしている。
青い花は見渡す限りに咲き乱れていた。】
「いらっしゃいませ。
このコサージュ『勿忘の誓い』は魔界の園芸士ルドルフ氏が五年に一度だけ作り出す絶世のアクセサリーです。作るたびに追求されるその美しさには目を見張るものがあります。
どのようなブランドの装飾品よりもプレゼントとなりましょう。
渡された者は必ずや貴方と花の虜となりましょう。
値段ですか?
いえいえ、それは貴方に差し上げます。
然るべき時に然るべき物を差し上げてくれるのならば私はそれで満足です。
それでは吉報をお待ちしておりますよ……」
※※※
「いらっしゃいませー。何かお探しですか」
人通りがやむことのないアーケード街の一角にポツンと立ちそびえる寂れた花屋。
そんなもんでも客はそれなりに来るようで赤字経営になっていないのが不思議なくらい寂れた花屋。俺はそんな店でアルバイトをしている。
特に花が好きだとか嫌いだとかそんな理由はない。
ただ、流石に親から贈られてくる学費と生活費だけで生活するのに若干の負い目を感じていたので自分で少しでも賄えないかと思った行動だ。
決してパチンコで大負けしたから生活費が危ういのでバイトをするハメになったとか、そんなチャチな理由ではない。親を思う息子の正当な理由だ。
そこらへんの居酒屋チェーン店で毎日ヘトヘトになりながら最低賃金を貰うよりかは、なぜか自給が高いこのオンボロ花屋でバイトをしていたほうが格段に楽というもの。
にしても、あんまり売れているようにも見えないんで、どうしてこんなに自給がいいんだと一度店長に聞いたことがあったが……
世の中には知らなくていいこともあるんだよって言ってくるもんだから聞くに聞けないよな。
「店長ーコチョウランってどれですかー」
今来た客はコチョウランをご所望なようで、特に花の知識なんてないに等しい俺にとってそんな立派な名前の花なんて見たこともない。
バイトなんだからそれくらい覚えろよってハナシなんだがいかんせん自分は物覚えの悪い男なのだ。
バイトを始めてひと月が経とうとしているが未だに店内の花の配置を覚えられていない。
頭が悪いと言われちゃ反論してみたいが完全に正論なので論破されるのは目に見えているだろう。
まぁそんなこんなで俺は生活費を稼ぐためにバイトをしているただの大学生だ。
今日のバイトも終わり更衣室で一息ついていると。
「マーちゃんお疲れ様〜♪あ、もしかしてもう帰っちゃう?」
「お疲れ様です店長。これから帰ろうと思っていたところですが」
このハゲ坊主でガタイのいいガチムチな中年のオッサンは誰かと言われれば――店長だ。
ピンクの花柄エプロンがはち切れんばかりの筋肉に浮かび上がっている様は異界の歪みとでも表現したらいいだろうか、言葉では表現できないものがある。
明らかに脱獄犯だとか軍隊に所属でもしていない限りつくようのない傷が顔面についているが気にしてはいけない。
というかそれよりも気にしなければならない事はこの筋肉ダルマがオネエであり花屋を経営していることの方である。
普通に考えてミスマッチだ。
それはもう陸軍とかボディビルダーとか重量挙げでもしていたほうがよほど様になるというのに、あろうことかこの人は花屋の店長なのである。
「悪いけどちょ〜っとだけ帰るの待っててくれるかしら」
店長が俺を見つめる。
その視線は野獣の眼光とでも表現できようか。
俺を熱っぽい視線で見つめているような気がした。超寒気がする。
やばいこれついに掘られるんじゃね。
ひと月という節目で俺ついに男でありながら処女失うんじゃね。
俺は着替えながら感づかれないよう全力で逃げる準備をする。
「明日から新しいバイトちゃんが入るからちょっと自己紹介でもしてもらおうかと思ってさ♪」
「バイ……あ、ああそうですか。それなら大丈夫ですよ」
「よかったわ〜それじゃあ着替えたら事務室に来てちょうだいね」
危なかった、危うく心臓が止まりかけたぞ。どうしてくれる。
にしてもこんな店に新人バイトか、どうやらその新人クンもこの店の自給のよさに目をつけたのだろうな。
こんな店長がいるとも知らずに……ああ、嘆かわしいことだ。
着替えを終え事務室に入る俺。
ダンボールと植物の資料が積み重なった区域と、帳簿と事務関係の参考書がずらりと並んだ区域に分かれている部屋がある。いつもは店長のフローラルなお香の香りがするこの部屋だが、今日は一段と増して香りが強いように思われる。
あぁ、そういえば俺が始めてバイトしに訪れた時もこんな香りがしたっけなと、やや昔のことを思い出す。
店長なりの気遣いなのだろうが……少しだけ香りが強いような気がする。
まぁ気にもならない程度だからそんなみみっちいことはいちいち言うわけでもないんだけど。
「あ、いたいた♪こっちよこっち〜」
店長が俺を手招きしている。どうやら来いということか。
俺の目からでも新人バイトの後姿がうかがえる。ソファに腰掛けているせいで後頭部しか見えないが……どうも女の人っぽいぞ。
まいったな……女の人と二人っきりでバイトか。話が弾ませればいいんだが。
あ、言っておくが俺は男が趣味とかそんなのでは断じてない。断じてだ。
もし俺が男好きの性癖者だったら今頃店長にホイホイついてきちまっていただろうよ。
「さ、どうぞ自己紹介してちょうだい」
俺が店長の隣にいくと新人バイトの彼女はすっくと立ち上がり全貌をあらわにした。
俺は彼女の姿を直視した途端、身体に稲妻が走った。リアルで電気みたいなのがびりびりってきたかも知れない。
栗色のウェーブがかったロングヘアーにしっぺ下がりの眉毛。そしてタレ目。右目には涙ほくろが目立っている。
んでもって胸がばいんばいんでウエストはいい塩梅に引き締まっているのは服の上からでもよくわかる。尻は超安産型。
はっきり言って超好みのタイプだった。ウェーブヘアーにタレ目ってだけでまずご飯三杯はいけるクチなのにそれにモデル顔負けのスタイルときたもんだ、誰が見ても振り返りそうになる。
いや、むしろもう実際に俺は一目惚れしているのかもしれない。
「あっ、あのあのえとえと……明日かからお世話になりまぅ椿コハルといいます。よろしくお願いしますっ……」
「よ、よろしく。えーと、もしかして緊張してる?」
「は、はひぃ!あうあう……」
なんだこれ、天使か。
そうかついに俺の元にも天使が舞い降りてくれたのだな。現代社会に苦悩する俺を救済してくれるために神は天使を遣わしてくれたのだろう。
そう思わざるを得ないほど犯罪的にかわいい。かわいすぎる。
「俺は菊池マサアキって言います。一応ひと月だけ先輩ってことになるけどあまり上下関係は気にしなくていいですよ」
「はいっ♪でも私の方が年が一つ下ですから……よろしくこれからよろしくお願いします先輩!」
「一つ下だったんですか。じゃあこちらも、よろしくお願いします」
軽くお互いに会釈。
ああ、明るくて素直そうな好印象な女の子だなぁ。しかも後輩ときた。
もし付き合えるのなら今すぐにでも付き合ってみたいほどだ。それほどまでに俺は一目惚れしてしまっている。
けど、こんなにかわいい女の子に彼氏がいないわけがない。恋愛に臆病者な俺は指を咥えて見ているしかないのだ。
こんなかわいい人の彼氏になれたらさぞ幸せなんだろうなぁ。
「は〜い♪それじゃお互い顔を見合わせ終わったみたいだし今日はそろそろ店閉めるわよ〜」
店長がそういうので俺と椿さんは店を出ようとする。
椿さんは店長とは違う(店長と比べることがおこがましいが)ふんわりとした柔らかな香りがかすかに香り、とても心安らぐ気持ちのいいものだ。香水とかはつけていないようだし、自分の香りというものなのだろう。その香りですら惚れてしまいそうになる。
かという俺は大学でそれなりに勉強しそれなりに単位を取りそれなりにバイトをしそれなりの人生を送ってきた。全てそれなりでなあなあに過ごしてきた俺にとって彼女とは真逆なタイプの人間なのだろうなと思う。
ものの数分しか対話していないのだが、その立ち振る舞いや仕草からなんとなく彼女は俺とは違うような気がした。
「あの……先輩。明日からよろしくお願いしますね♪私がんばりますから」
「お、おう……そのなんだ、あんまり先輩らしい真似はできないけど教えられる事は俺もがんばって教えるよ」
「はい!では先輩は帰り道そっち側でしたよね。私は逆方面なのでこちらで失礼します、お疲れ様でしたっ」
「お疲れさまー」
そこでその日はお互い別れた。
自宅にて。
俺は荷物をソファの上に放り投げ食い飽きてしまったコンビニ弁当を今日も虚しく食べ終えるとベッドに横になる。
いつもはスマフォでツイッターやらミクシィやらを確認する作業に移るんだが今日はどうにもその気が起きない。レンタルしてきたAVも見る気にはなれずただただ無気力に天井を見上げているだけだ。
このもやもやした感覚、俺の脳裏には椿コハルさんが焼きついて離れないのであった。
思えば俺が最後に恋をしたのはいつだったろうか。記憶を思い返してみるとそれは小学3年のまだガキだった頃が最初の恋だったような気がする。
その恋はあえなく撃沈したわけだが、まぁいい経験とでも言うべきか。
しかし……ガキの恋と大人になってからの恋とではワケが違うというものだ。当然金はかかるし肉体関係だって関わってくる。そう、肉体関係。
もし椿さんとセックスができるとしたら俺はもう昇天してもいいくらいだろう。
あのタレ目が涙ぐんで俺を見つめているのを想像してみろ。
あの厚い唇で俺のチンコを咥えているのを想像してみろ。
あの胸を揉みしだいているのを想像してみろ。
あの腰を支えながら後ろから突いているのを想像してみろ。
彼女の喘ぎ声を想像してみろ。
それはもう最高なのだろう。自分の好きな人とセックスできることはデリヘルやソープが霞んでしまうに違いない。いくら相手が上手なセックスができるとしても気持ちがこもっていなければそれはただの行為に終わってしまうと俺は思っている。いや、俺童貞なんだけどね。
ああ、椿さん。肉体関係だけでなく清純な付き合いがしたい。
バイト同士で交際を始めるというのはよくよくある平凡な話だ。
俺は一目惚れしてしまった椿さんと……
「……だから俺は、ダメなんだな」
虚しさの塊が詰まったティッシュをゴミ箱へ捨てるとしばらくの間は何も考えずにベッドの上で横たえる。
いつものことなのだが、今日に至っては虚しさが倍にも感じられる。
今日会ったばかりの人を脳内で勝手に犯してしまったことへの罪悪感、そうすることでしか自分の本音をさらけ出せない自分に嫌悪していた。
普段よか量が多く出たことも無性に悔しかった。
「…………寝よ」
明日の講義は休んでも単位には支障がないものばかりだ。
俺は風呂に入る気にもならずそのままぐったりと眠りについた。
―――――
「いらっしゃーせー、プレゼントや儀礼祭典にお花どうですかー」
「誕生日の記念にどうぞぉ〜」
コハルがバイトに入ってから一週間が経った。
今では俺が先輩と呼ばれ、俺はコハルと呼ぶ間柄になりごくごくありふれた先輩と後輩の関係にまでなることができている。
並々ならぬ努力があったかと思われるが意外とそんなことはなく、むしろ逆にコハル自身からそう呼んでくれて構わないと言われたものだ。俺への印象は悪くないようである。
ここからもう少し足を踏み込んで恋人になるには俺の努力が必要なのだが……まぁ無理だわな。
「いやーコハルが来てからというもの、なんだか客足が増えたような気がするな」
「そ、そそそんなことないですよぅ。気のせいですー!」
「いや、ほんとにさ。ねぇ店長」
奥で花の手入れをしている店長にそう投げかけてみる。
彼……いや彼女……店長もまた上機嫌でありその無駄に高い声で鼻歌を歌っている。
「そうよ〜コハルちゃん!アナタが来てから確実に売り上げが増えているんだから!もう〜食べちゃいたいくらいだわ♪」
やめてあんたが言うとシャレならない。
やめろ、いややめてください割とまじめに。
「店長あんまりコハルをいじめないでやって下さいよ」
「なによう、つれないわね。ちょっとからかっただけじゃない、ねぇコハルちゃん?」
「え、ええまあ……ははは……い、いらっしゃいまぁーせ〜」
ニカッと笑う店長だがその容姿はどうみてもバケモノです本当にありがとうございました。
まるで例えるなら獲物を見つけた熊と野うさぎのようである。今では慣れたものだが、俺もバイトを始めた当初は随分と脅えていたような気がするな。
「ふう、今日もなかなかの人だったな」
「そうですね〜やっぱり、私の効果だとか!?」
「んなわけあるか、と言いたいところだが……実際に売り上げが上昇しているもんな」
ふんすふんすと鼻を鳴らし、さもドヤ顔で自慢げに語る彼女のその愛くるしさといったらもうなんだろう、死んでもいいやと思えてしまうほどだ。
一週間バイトを共にしてきたが彼女についてわかることといえば、まずは言うまでもないそのナイスバディだろう。細過ぎもなく太過ぎもなく、いい具合についたむっちりとした肉感がなんとも男の劣情を催す。こんな色気で迫られた日にゃ一晩で骨抜きにされてしまうだろう。
そして極めてドジであることも大きなポイントだ。棚の上の鉢を落とすなんて余裕でかましてくれるし、レジの値段を間違えることなんてものザラだ。おかげで店長からは客引きに専念してくれれば良いと言われる始末である。
性格はおっとりで何事にも一生懸命、人懐っこくつい守りたくなってしまう人格。
ここまで自分で分析してなんだが、椿コハルという人物は本当に天使なのではないだろうか。
非の打ち所がないのだ。まったくといっていいほど。俺の理想そのまんまの女性である。
ここまで分析している俺も相当キモイやつだが、俺の理想の寸分違わない存在である彼女もまた現実なのか信じ難くなってしまうというものだ。
「ところで先輩」
「ん」
「先輩って何でここでバイトを始めたんですか?」
「そりゃ金が欲しいからさ。それなら自給が良くて楽なバイトをするに決まってるじゃないか」
「……やっぱりそうですよねぇ」
俺がそういうとコハルの顔色が若干曇る。
何だ、俺なんか言っちゃいけないこと言っちゃったか。
地雷踏んじゃったか。
だってバイトする理由ってお金貰うくらいしかないだろう。
「そ、そういうコハルはどうしてここでバイトをしようと思ったんだ?」
「…………笑わないですか」
「あぁ笑わない!何でも言え、俺は笑わないぞ!」
「わたし……」
「……」
「わたし、将来お花屋さんになりたいんです」
「…………んん?」
いきなり何を言い出すかと思えばなんということだ。
なぜバイトの話から将来の夢の話になってしまった。
「わたし小さい頃から花が大好きで大好きで、この年になっても好きなままなんです。だから大好きなものを将来の仕事にできたら楽しいんだろうなぁって思って……」
「……なるほどな」
「でもやっぱり普通にOLとかやってた方が将来安定して暮らせるのかなとか思ったりもして……」
「立派だよ」
「え?」
「自分の将来のことを考えて行動してるなんて立派じゃないか。俺なんて大学をただ毎日のうのうと過ごして無駄な毎日を送っているだけなんだぞ。それに比べちゃ、凄いよコハルは」
何言っちゃってるんだ俺は。恥ずかしいったらありゃしない。
誰がこんなしょうもない大学生の話しを聞きたいって言うんだ。
将来のことをちゃんと考えているコハルに、しょうもない大学に入ってしょうもない毎日を過ごしている俺なんかが何を語っちゃってるんだ。
ああ、穴があったら掘って埋まりたい。走り去りたい。
でも俺の話をちゃんと聞いてくれる彼女の姿を見ていたらそんな事はできないし、する気も起きてこない。
「笑わないんですか」
「立派な人が立派なことを言ってるんだ、笑うわけないだろ」
そういうとコハルの顔がまたいつもの笑顔に戻る。
ああ良かった、やっぱりコハルには笑顔の方が似合う。似合いまくっている。
と言ってみたいがそんなこと恥ずかしくて言えるわけがない。脳内ではいくらでもかわいいと言うことができても、実際に口に出すことの難しさたるや。まるで思春期の悪戯とでも言うべきか。
いや、もう思春期の歳ではないのだが。
「先輩はやっぱりいい人ですね」
「やっぱり?俺そんないい人的なことやった記憶ないんだけど」
「え、あ、いやぁ……なんとなくですよ」
いい人といわれて悪い気はしない。というかむしろいい気分だ。
人から感謝されるなんていつ以来だろうな。久しく懐かしい感覚ってものだ。
あ、でも待てよ。ここでいい人止まりしてしまったら恋人仲に発展するのが困難になるような……
よく、いい人で終わってしまって異性として見られなくなるっていうパターン多いって聞くし、これは果たしていい方向なのだろうか。はたまたいい人のまま友人として終わってしまうというのだろうか。
ああ、そう考えるとなんか悲しくなってきた。
お互い別々にトイレで着替え帰る支度をする。
窓から差し込む夕日が眩しくてとても綺麗で。明日も晴れそうだなぁとかそんなことを思いつつさっと上着を着て外に出る格好をした。
店を出るとコハルが既に先に待っていてくれている。帰る方向が逆なのだがなぜか彼女は毎回こうやって待っていてくれて、彼女なんかできたこともない俺にとって少しキュンとしてしまうものである。
まぁ脈なんて皆無なのでキュンとする意味もないのだが、こうして待っていてくれている彼女を見るだけで心が満たされていくというものだ。
「夕日……綺麗ですね」
「はは、なんだそりゃ。まるで付き合いたてで話題に困った挙句苦し紛れに出た話題みたいじゃないか」
「そんなつもりないですぅ〜」
「わーってるって。だけど、確かに綺麗だよなぁ」
しばし二人で夕日を眺める。
昼間の日差しほど眩しくはないが、それでも直視するには眩しすぎる橙色の光はこの季節にしては温かすぎるくらだ。
「それじゃ今日もお疲れ様でした。次のシフトはいつですか?」
「次は……明後日の10時からだな。コハルは?」
「わたしも同じです。それじゃまた明後日〜」
ばいばいとお互い手を振り俺達はそこで別れた。
歩き過ぎる彼女の後姿を目で追い、曲がり角で見えなくなるまで追い続けた俺はちょっとした満足感を覚え帰路に足を進めた。
―――――
自宅のボロアパートまでいつもどおり歩いているといつもとは明らかに違う奇妙な光景に若干の驚きを隠せないでいた。
俺の見慣れた光景が変化しているのだ。
「なんだこれ……」
俺のアパートの目の前、ずっと空き地で何の物も置いていなかった更地に奇妙で珍妙な小屋が建っていたのだ。それも俺が住んでいるボロアパートよりもよほどボロく、今にも崩れそうなほどである。
記憶を辿ってみても確かに今日の午前、俺が家を出た頃にはあの更地には何もなかった。工事をしている様子もそれらしい雰囲気も何もなかった。
なのに今この目の前に建っている明らかに怪しい小屋は何だ?
プレハブや仮設住宅なんてものですら半日で拵えることなんて無理だろう。それにこの小屋、パッと見明らかに木材しか使っていない。
「ぬけ……ぬけがら屋……?」
店頭の看板にはそう書いてあった。
日本語でも英語でも、というか今まで見たこともないような文字でそう書かれていたのだが何故か俺は普通に読めていて更に不思議に囚われることになる。こんな文字、世界史の本でも見たことがない。
店内は薄暗いが若干の明かりが灯っているところを見ると営業中……なのだろうか。
気味が悪いし近寄りたくもないのだが俺は好奇心というか探究心というか、知らず知らずのうちに店へと足を進めており気がつけば店の中へと入っていた。
「おじゃましまー……じゃなくて、ごめんくださーい」
恐る恐るか細い声を発するが、返答はない。
しょうがないので薄暗い店の中を見回してみることにすると、そこには更に興味をそそる物があった。
見たこともない刃物がずらりと並んでいたり、得体の知れない薬品が更にずらりと並んであり。ある一角にはアクセサリーとか石とか小さな小物がたくさん置いてある。
店の奥へと進むとそこにはゲームで出てきそうな武器だったり、甲冑だったり、はたまた衣服であったり。
店の中の品々は全てが実在しないファンタジーの産物のようなものばかりであり、またそれら全てには不思議な魅力というべきか無意識に引き付ける魔性の魅力があるような気がする。
ある薬品なんかは紫色でドロっとしてて見るからに怪し過ぎるし、試験管詰めにされてる衣服なんて独りでに蠢いているようにも見える。
奥にある甲冑はまるで爬虫類の鱗で拵えられたまさにファンタジーと言ってもいいものだ。
ところどころに物が置いてないところがあるがそこには「貸し出し済」と置き紙が置かれているだけであった。
ざっと見回してみたがこの店、明らかに怪しい。
というかまず店員がいないことがすでに怪しい。
「すみませーん、誰かいませんかー」
呼びかけても返事がない。
留守か……
ふと前を見るとやや横長の机のようなものがあり、その上にはペンと書類が転がっている。硬貨のようなものも見えるし、恐らくレジなのだろうか。
その机の上には真っ黒なハンドベルが置いてあった。
恐らくこれを鳴らせば店員が来るシステムなのだろう、そう悟った俺はハンドベルを鳴らそうと手を伸ばした。
もう少しで触れる、そんな距離になった頃だ。
「お客様……店の物を勝手に触らないで頂きたいのですが……」
「うわぁっ!!!」
突如音もなく背後から他人の声が聞こえてきて心臓が飛び出そうになった。
俺は驚きのあまり反射的に手を引きおそるおそる後ろを振り向く。
そこにいたのは俺の胴くらいの背丈の……少女であった。真っ黒の布を身にまとい表情すら伺えないが、間から出る長い髪は恐らく女性のものであると思われる。
「お客様……ってことはやっぱりここは店なんですか?」
「ええ……ただのしがない骨董屋ですよ……」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は向かいのアパートに住んでいる者なんですが、今日の午前に家を出た頃はこんな店ありませんでしたよ。まさかこの数時間で建てたってわけじゃ……ないですよね」
「…………」
沈黙。シカトである。
まぁこの風貌からしていろいろと事情がありそうだし、とやかく問うこともしないけどさ。
しかし本当にここの物品は奇妙なものばかりだ。
総じてアンティークの類、と見えなくもないが、いずれにも共通するのは、どこか見るものの生理的嫌悪を書き立てるような悪趣味な意匠である。
どれもこれも、製作者がまるで後世に悪意だけを伝えようとしたかのような、そんな邪な意図を感じさせるものばかりだ。
「それよりもお客様、見てはいけません」
背後の少女はそう短く叱咤した。
「ここから動いてはなりません。絶対に何かに触ってもいけません。目を弾くような物があっても、見つめたりしてはなりません。まずいと思ったらすぐに目を逸らして自分の靴を見てください……」
「は、はぁ……」
一体なんだと言うのだ。いきなり現れたと思ったら、店の物は触るなだの見るなだの忠告してきて不振にも程がある。
彼女はおもむろに杖を取り出すとなにやら小言を呟いてるようである。
「あの……いったいどういう」
「ここまで深入りしたのなら、後学のためにも黙っていたほうがいいでしょう。――あと粉末とか刃物とかの類も危ないので気をつけてください……むやみやたらに手を出すと戻ってこれなくなりますから」
なんだこれは。この店に何の躊躇もなく入った俺も異常だったが、この少女はさらに常軌を逸しているのではなかろうか。
彼女の杖の先端がぽうっと仄かに光ると、先ほどまで見えていた店の品々はブラインドがかかったかのように見えなくなり視界から完全に消え去っていった。
ホログラム的な何かか?いや、違う。あれらは確実にさっきまでここに存在していた。
俺の目から見えなくなったのか、それともこの場から消失したのか。俺にはわかるはずもない。
「……とりあえず、こんなところですかね……」
「一体何を……」
「もう大丈夫です……楽にして結構ですよ。ここに訪れたという事は貴方もまた悩みを抱えている迷い人なのですから。わかります……ええ……」
必要最低限のことしか語らぬ彼女はミステリアスの限りを尽くしており、なによりコミュニケーションがまったく取れない。
半一方的に彼女が喋って終わってしまうのだ。その不思議な風貌はコスプレでもしているかのようでつい興味が沸いてしまうのも仕方のないものだと思う。
「お客様のお求めの商品はこちらに……」
「え……商品?いや、そんなもの注文していないんですけど――」
彼女は有無を言わさず俺にとある木箱を突きつけてくる。
受け取れと言わんばかりの気迫で渡ししてくるものだからつい俺は受け取ってしまった。得体の知れない何かであることは確実であろう。
手のひらほどの大きさの木箱は手にとって見るとその大きさよりも予想に反して軽い。
一体中に何が入っているというのだろうか。
「それは見ても大丈夫なものです……どうぞお開けください」
俺は恐る恐る箱を開けてみる。
まず始めに目に入るのは青色であった。青色サイリウムのような薄ぼんやりとした蛍光のような青色が目にはいる。
物の全貌が露になるとよりいっそう蛍光が強まる。木箱の中から出てきたのは、青く仄暗く光る青色の花飾りであった。
俺はそういうものには興味がないのでこれにどんな技術や価値が込められているのかは皆目検討つかないのだが、素人目でもわかるほどこれは美しいと思えるものであった。
青色をベースに透明な水晶のような装飾が飾り付けられている。
彼女はこの商品の仕様、用途を説明をしていたようだが、あまりの美しさに見とれていた俺は半分も聞き取ることはできなく、彼女はそれをわかっているような素振りである。
「お客様……その『勿忘の誓い』を渡す際にお願いがあります……それは『勿忘の誓い』を相手に渡し終えたら、これを相手の生活区域の近くに埋めてくれますとありがたいです……渡した後すぐ、と言うわけではありません。とにかく相手の近くに埋めてくれればそれで結構です……」
彼女が手渡してきたそれは黒くて固い石ころのようなものであった。
しかし、石にしては若干形が丸すぎるような気もしなくはないが……まぁ細かい事は気にしてはいけない。
「こんなもの俺買えませんよ。絶対ウン十万はするものでしょこれ……」
「……値段はありません……ただで差し上げます……」
「へ?い、いやいやいや!!こんな綺麗なものただで――そうか、ドッキリだな!俺を驚かそうとしたってそうはいかないぞ」
木箱を彼女に返品しようとするのだが、彼女は一向に受け付けてくれず無言の圧力で俺に持って行けと言っているようであった。
そんなこと言ったって、明らかにこれ俺みたいな一般人には分不相応だろうがよ。
「貴方は然るべき時に然るべき物を差し上げてくれるのならば私はそれで満足です」
「然るべき時に然るべき者って……」
「それは自ずとわかるはず。さあ、お行きなさい。貴方の行動が貴方の未来へつながりますように……」
「はぁ……」
なんだかうまい具合に言い丸まられたような気がする。
半ば納得していない自分がいるのだがこんなに綺麗なものをただでくれるとなっちゃ受け取らないわけがないだろう。男が廃る。
木箱と中のコサージュを見回してみても特に目立ったものは書かれておらず、ただ一つだけあるとすればこれまた意味不明な文字でロゴのようなサインが書かれているだけであった。
こんなロゴ見たこともない。というか本当に存在するのかすらわからないというものだ。
そういえば店員さんがなにか使い方を説明していたような気がする……が、再度質問してもきっとまた無言で返されると思うので聞かなくてもいいだろう。
「要は、自分が渡したい相手にプレゼントしてやって、その見返りを店員さんに渡せばいいってことですか」
「だいたい……そう……」
なんとなく話の概要が理解できた俺は木箱を受け取って店員さんに軽く会釈すると店を後にした。
まるで異世界のような雰囲気だった店内からは一変、夕日が眩しい見慣れた外の景色が随分と新鮮に感じる。実際あそこはこの世のものじゃないよと言われたら俺は疑うこともなく信じてしまいそうな気分だ。
改めて木箱の中を覗くとやはりそこには青色に発光するコサージュが煌々としてすごく幻想的だ。
あまり俺自身国語が得意ではないものだから、この美しさをどう表現したらいいか語彙が見つからないのが悔しいところである。
「渡したい相手ねぇ……」
ぼそりと独り言を呟くがそんな相手は一人しかいない。
コハル。ただ一人しかいなかった。
花が好きで花屋になりたいほど花が大好きなあいつなら、きっとこのコサージュをプレゼントしてやったら喜ぶに違いない。俺が見ても綺麗と思うような品だ、彼女が見たらその感動は俺が感じたもの以上となるだろう。絶対に。
次にコハルと一緒になる日は……明後日か。
明後日がこんなに待ち遠しいなんて、まるでガキの頃の遠足前日みたいなテンションになりそうだ。ああ、ちくしょうめ。
恐らく今この世界において俺は誰よりも明後日が来るのを待ち望んでいるに違いない。じゃないとこんな変なテンションにならない。
―――――
「ふぇ!?なんですか先輩これ?」
「あぁ、最近コハル、バイト頑張ってるからさ。俺からちょっとした差し入れと言うかなんと言うか……まぁ開けてみなよ」
「先輩まさか……プレゼントですか!?」
「お、おう……そんな感じだ」
バイトの昼休憩の時間はいつも二人でメシを食っている。俺はコンビニ弁当でコハルは手作り弁当だ。
いつもこの時間は二人で休憩時間が終わるまでボーっとしている憩いの時間でもある。俺はこの時間を見計らって例のコサージュをプレゼントしたわけだが……
相変わらず自分に素直じゃない俺が壮絶にキモイ。
素直にプレゼントだって認めろよ!変にカッコつけたら余計格好悪いだろうが!
「わぁぁ!すごい……きれい……」
「だろ?俺なんかが持ってても宝の持ち腐れだからさ。コハルにやるよ」
「ぇ……いいん、ですか?こんな高そうなもの貰っちゃって」
「いいのいいの。ブランドはよくわかんないけどさ、キレイなものには変わりないだろ」
「あ、ありがとうございます!一生大切にします!!」
「一生てそんな大げさな……」
まぁしかし、無事に渡せて何よりというものだ。
彼女の反応から見るとよっぽど嬉しかったのだろう。相も変らずにへらと笑うコハルの笑顔はやはり犯罪的にかわいい。これだけでご飯四杯はいけてしまいそうだ。
これで俺の好感度も少しは上がればよいのだがな。現実は恋愛ゲームみたいにうまくいくわけがないし、セーブもコンティニューもできない。
だから慎重に下積みをして今はこうやってやっていくだけでいいのだ。
「早速着けてみますね」
ドクン……
ドクンッ……
木箱からコサージュを取り出し左胸にくくり付けるコハル。
やはり俺の予想通りというべきか、コサージュはコハルにぴったりと言っても過言ではないほど似合っていた。元々十分綺麗な彼女であるが、コサージュをつけることによりいっそう磨きがかかったかのように見える。
なんだか俺がプロデューサーにでもなった気分だ。
しかし、なにやらコハルの反応が薄い。
「あまり好きな花じゃなかったか?」
「……」
「コハル?聞いてるか」
「…………え?あ、ああ……ありがとうございます」
なんかボーっとしてるし本当は嬉しくないんじゃないだろうか。
ふむ、そういえばコハルの好きな色は青ではなかったような気がしたっけ。
まぁこればかりは仕方のないものだ。やっぱり好きな色のものをプレゼントできれば俺としても最善だったのだが、流石にあの怪しげな店員さんに細かな注文はしたくない。
「あの……本当にありがとうございます。わたしなんかがこんな」
「『わたしなんか』って自分をへりくだるもんじゃないぞ。コハルは十分かわいいんだし自信を持っていい」
「あぅ……せ、先輩、恥ずかしい、です……」
「ん?…………あ"あ"!」
はっ、恥ずかしい!
俺はどさくさにまぎれてなんてことを口走ってしまったんだ!!
コハルに向かってかわいいだなんて、いや、そりゃ正論には違いないんだけどタイミングってもんがあるだろうが。もっとこう、ロマンチック溢れたシチュエーションで言うものだろうこういう言葉は。
俺の馬鹿!
というかなんでコハルもまんざらじゃ無さそうな顔つきなんだよ。そんな表情されると期待しちゃうじゃん!
「今のは忘れろ!いいな!」
「え〜ヤですぅ。先輩が私にかわいいって言ってくれたんだから、忘れられるわけないじゃないですか」
「それはそうだけど……だー!もういい!好きにしてくれ!」
「ふふっ♪先輩、このコサージュやっぱりすごいですよ。着けた瞬間なんだか気分が清清しくなりました」
「そ、そうか。そりゃよかった」
そんな効果あったっけ、と思い返すが店員さんの説明をあまり集中して聞いてなかった俺も悪い。
まぁ高価そうなものだしアロマセラピー的な効果でもあったのかね。よくわからないけど。
ともかく俺はコサージュを彼女に渡せたわけだが、特に何か変化があるようには見受けられない。
店員さんは然るべき時に然るべき物と言っていたがそりゃいつことなのだろうか。恐らく今では無さそうな気がするが真実は闇の中だ。
「そういえば」
ふと俺は店員さんから貰った硬い石ころのようなものを思い出す。
「コハル、これも受け取ってくれないか」
「なんですこれ?」
「コサージュをくれた人からオマケで貰ったものなんだけどよ、なんでもプレゼントした相手の近くに埋めて欲しいって頼まれたんだ」
そういってコハルに黒い物体を渡す。
コハルはぐにぐに揉んでみたり軽く振ったり叩いたりしているのだが、しばらく考え込んで何かひらめいたようだ。
「これ、種じゃないですか」
「そうなのか?てっきりただの石だと」
「植物の種ですよ。けど、こんな形のものは見たことがないですね……」
「植物好きのコハルでもわからないか。それならとりあえず植えてみて、どんなものが生るか観察してみるのも面白そうだな」
自分が育てないとわかりきっているから言えるのであって、俺が育てるとなれば全力で否定するところだ。まったく俺はものぐさというか調子のいい奴というか。
ん、待てよ。あの店員さんが託したのが種ということは……店員さんに返すべきものはその収穫物なんじゃなかろうか。
それなら然るべき時ってのは収穫時期になるし、然るべき物はその収穫したものということで合点がいく。
「いいですねそれ。わたしも植物育てるのは好きですし、どんなものが生るのかわからないっていうのも面白そうです」
「だろだろ?んでもって俺からお願いなんだけど……もし、成長してわける分があったら俺に少しわけてくれないかな」
「先輩の願いとなれば余裕です!!まっかしてください!」
よし、これで万事OKだ。
コハルにコサージュを渡せたし、黒い物体もとい何かの種も渡せた。
恐らく然るべき時と然るべき物っていうのもその何かの種の収穫物で間違いないだろう。
ここまでは自分でも怖いぐらいに順調だ。こんなに簡単に進んでいいのだろうかと思うが実際そうなっているんだから仕方がない。
あとは俺の望みが適ってくれれば言うことなしなのだが、それだけは未だに何の変化もないようである。
というか本当にあのコサージュをプレゼントするだけで意中の相手と良い仲になれるのか今更になって疑問に思うようになってきた。どこぞの悪質商売みたいに『この壷を買えば悪運から逃れられます!』的な身も蓋も無い嘘っぱちだったらどうしよう。というか、もしかしたら俺はあの店員さんにいいように言いくるめられてしまっているんじゃないかとも思える。
恋愛というものは物に頼っちゃいけないんだ。自分の力で切り開いて自分の力で最高の結果を手に入れることこそが素晴らしいんじゃないか。物なんかに頼っちゃ自分の力で手に入れた愛ではないことになる。
俺が欲しいのは物で橋渡しされたかりそめの愛ではなく、自らの力で掴み取った真実の愛なのだから!
男に二言はない!
「あの先輩……よかったら今日、一緒に帰りませんか?」
男に二言は……
―――――
「いらっしゃーせー」
「いらっしゃいませぇ♪」
コハルがバイトを始めてひと月が経とうとしていた。
売り上げはやはり上々で店長もここ最近ずっと気分が良いからバイトするのもさほど苦にはならない。
こんな楽で楽しいバイトなのに給料はめちゃくちゃいいとこなんて早々見つからないだろう。俺は相当ラッキーであるに違いない。バイト時間もせいぜい長引いても夜の9時くらいまでだし、居酒屋でもないからマナーの悪い客を注意する必要もない。汚物の処理もしなくてすむ。
昼間は普通に大学に行って、大学帰りにちょろっとバイトを数時間するだけで金が貰えるんだ、なんと素晴らしいことか。店長からは「大学なんか辞めてここの跡継ぎにならないかしら?」なんてマジ顔で言われる始末だ。生憎俺は花の知識には乏し過ぎるから断るのだが。
「せんぱぁい、棚の上のあれ取ってください♪」
しかもこんなにかわいくてゆるふわエロボディの後輩がいるときたもんだ。悩殺されるのも時間の問題、いやもうすでに虜になりそうである。
自給良し、条件良し、環境良しと至れり尽くせりで当分俺はここのバイトを辞めることはないだろう。そう断言できるほど充実しているのである。
だが――
最近になって少しそれが変わってきているような気がしている。
何が変わっていると言われても具体的に言葉で表すことはできないのだが、確実に何かが変化していると思う。
しいて挙げるとすればそう、匂いが違う。
今までは花屋独特の花の臭いがかすかに花をかすめる程度だった。
しかし今は違う。甘ったるく長時間嗅いでいればあまりの甘さに胸焼けしてしまいそうになるほどの甘い香りがそこかしこに充満しているのだ。
始めは気分が良かった。だが、長い間嗅ぎ続けている間にその匂いは俺しか感じることのない特別な甘さだということに気がついた。店長に聞いてみてもそんな匂いはしないと言うし明らかにおかしい。
俺自身の鼻がおかしくなってしまったのかと思い耳鼻科にも行ったが何の異常も見られなかった。
「せ〜んぱいっ♪」
あともう一つ変わったこととがある。
コハルだ。
コハルが最近やたらめったら俺になれなれしく、というか擦り寄ってくっついてくるのだ。
はたから見ればほぼ付き合ってるカップルと言っても過言ではないだろう。
隙あらば抱きついてくるし、特に何の用もないのにやたらと名前を呼んでくる。この前なんて、高いところの荷物を取ろうと肩車してやったら股間を俺を後頭部に擦りつけてきやがった。しかもちょっと湿ってたし。
明らかに以前と違う。
妙に俺と共に行動するようになっているのだ。いや、もはや「妙」ではなく「奇妙」であるに違いない。
俺はこのひと月の間、特に彼女の好意を寄せるような行動は起こしていない。ただ、一つあるとすればあのコサージュをプレゼントしたくらいだけだ。あれだけである。
たかがコサージュ一つでこんなにべったべたになるほど好意を寄せられるだろうか。
もし俺が女だとしてもたかがプレゼントの一つや二つであそこまで異性を意識するような行動には移りはしないだろう。そう考えると今のコハルの行動や仕草が不思議でならなかった。
「せんぱい聞いてくださいよ〜最近胸がおっきくなっちゃってブラがきついんですけどどうしたらいいですかぁ〜」
「あのなー……それを男である俺に聞くか?普通に大きいサイズ買えばいいだろうが」
「それがぁ、一週間前に買ったんですけど、今朝計ったらまた1カップ上がっちゃってて……♪もうノーブラでもいいかなぁって♪」
痴女だ。どう考えても痴女だ。
脳内で妄想するのはいくらでも構わんが、実際にはそんな変態的行動は止めたほうがいいに決まってる。
それにしてもたった一週間で1カップ大きくなるだと。成長期にしても異常じゃないか。
パッと見大きくなっているのは胸だけで、ウエストとかは以前とさほど変わっているようには見られない。こんな短期間に胸だけ急成長するとなれば、もしかしたら病気の可能性も考えられなくないぞ。
成長ホルモンの異常分泌なんてこともあるかもしれない。
だが、それよりも俺が気にする点は……
「どうしてそれを俺に言う。基本そういう話しは彼氏以外の男には話さないほうが良いと思うぞ」
「だって先輩やさしいし頼りになるから……それに、わたし彼氏なんていませんよーだ」
彼氏がいない発言は意外だったが、だからどうしたというわけでもない。
だとしたら尚更俺みたいなただのバイトの先輩にこんなブラの相談をするわけにはいかないだろうが。
「その相談をするなら女友達とか店長にするべきだ。店長は半分女だから大丈夫だろ」
「む〜先輩のけちんぼ」
「うっさい。あと、間違えてもノーブラだけはやめろよ」
店の奥にいる店長の元へと走り寄るコハルを見つつ俺は再びバイトを始めた。
―――――
「マーちゃん、ちょっといいかしら」
それから数日後、俺はバイトの休憩中急に店長に呼ばれた。
いつになく神妙な顔つきの店長を様子を察するにただ事では無さそうである。
オネエ特有のいつもの軽いノリが皆無なものだから否応なしにこっちも変な気分にさせられる。
「……一体なんですか店長、思いつめたような顔して」
ちなみにコハルは今店頭で客引きの真っ最中である。部屋の奥からでも彼女の様子が伺え、いつも通り笑顔の調子で客の相手をしている。
俺と店長が何をしているかはコハルにはわからない。
「単刀直入に聞くわ。マーちゃん、あなたコハルちゃんに何かしていないでしょうね」
「何かって一体……」
「そうね、例えるならクスリ……とか、そんな類よ」
「て、店長!冗談にしてもつまらないですよ!」
俺は店長の言葉を疑ったと同時に軽い怒りのようなものを覚える。
俺がコハルにクスリを?馬鹿げてる。そんなことするわけないじゃないか。
俺だってそりゃ人間だし辛いことの一つや二つあるさ。だけど、クスリに手を出すほど人間落ちぶれちゃいない、それに手を出すことがどれだけ恐ろしいことかなんて知らないわけがない。
ましてそれをコハルにだなんて、どんなことがあってもするわけがない。いや、してはいけないんだ。
「俺はそんなものには絶対手を出さない。本当だ」
「……悪かったわね、マーちゃんを疑うようなマネをして。少しかまをかけてみたの」
「どうしてそんなことを聞くんです。わけがわかりませんよ」
それでも一瞬俺を疑っていたのだろう。それだけでも許し難いことであるが今は我慢するとしよう。
俺はこんなにも彼女のことが好きなのに、その彼女を陥れることなんてするわけないじゃないか。たとえ、クスリがあれば彼女は俺を振り向いてくれるとしても俺はそんな最悪な物に手を出しはしない。
そう店長に熱弁すると、店長は鼻で軽く笑い深い安堵を覚えたようであった。
「最近、コハルちゃん変だと思わないかしら」
「変って……」
「初めてバイトの面接で顔を合わせたときはそれはそれは真面目そうで誠実な子だったわ。それが今じゃどうよ、猫なで声で客を引き寄せ色気で購入を促進させてるだなんて以前の彼女じゃ信じられない行動だわ。確かに店の売上げが上がるのは嬉しいことだけど、売上げが上がるたびにコハルちゃんがコハルちゃんでなくなっていくような気がしてならないのよ」
「……確かに俺も最近コハルの様子がおかしくなり始めているのには気が付いていました」
その原因はわからない、とは言うことができなかった。
恐らく彼女の変化の原因はあのコサージュであることに感づき始めていたからである。しかし、それでどうなるというわけでもない。
俺は俺の思うままにプレゼントをしてコハルに喜んでもらいたかった。コハルの笑顔が見たかっただけなんだ。
コハルが俺に対して好意を寄せているのはもはや明らかであろう。俺にとって嬉し過ぎることだし、願ってもない俺の望んだ結果だ。
でも、それは俺が自分の力で掴み取ったものなのだろうか。
「話しかけても上の空だし、何か呟いていると思ったら先輩、先輩ってずーっと独り言いってるだけ。最近のコハルちゃんが怖いのよ。それに……」
「それに……?」
「直接コハルちゃんに関係があるかどうかはわからないけどね。コハルちゃんがおかしくなり始めてから、植物の成長が異常に早くなっている。これは紛れもない事実だわ」
「そんなことが…………」
コサージュ、種、植物、成長。
明らかに共通しているこれらのワードから答えを導き出すには、俺の知識では足りなさすぎた。
コサージュをつけたら彼女の性格が変わり始めて、それに呼応するかのごとく植物の成長が早くなっているだと。まったくもって意味がわからない、何の関連性も見出すことができない。
店長に相談したところでわかるはずもないだろう。
これは恐らく俺とコハルだけの問題であるのだから。
「申し訳ないですが、俺にはなにも……」
「そう、貴方がわからないのなら私にもわかるはずがないわね。マーちゃん、店長の私が言うのもなんだけど、コハルちゃんに何かあった時のために一緒についていてあげてくれないかしら。きっとコハルちゃん、アナタのことが好きよ。アナタも、もうわかっているんでしょう?」
「……」
言葉は発せず、ただ頷くことしかできない。
「だったら、何があってもコハルちゃんから離れちゃダメ。じゃないと男が廃るわよ?アナタもそろそろ自分の気持ちに素直になりなさい」
店長は全てを見透かしているようであった。伊達に男も女も経験しているだけあるというものだ。
今の俺に足りないもの、それはほんの少しの努力と全てを受け入れる柔軟さである。
コハルがどんなことになろうとも受け入れることができなければ俺は男として終わっているのだと思う。
好きになったらどんな障害があってもとことん突っ切れ、と店長は訴えかけているようであった。
相変わらず俺もとんだ店長に目をつけられてしまったものだな。
「それじゃ、私からのお話は終わり。マーちゃん、もう一度謝っておくけど疑って悪かったわね。ただ、私もコハルちゃんをマーちゃんが大切だと思っているのと同じように大切に思っているのだから、それだけは忘れないで頂戴」
「わかりました。それじゃ休憩時間も終わりましたし、仕事に戻りますね」
俺はそう言って再び業務に戻る。
相変わらずの調子で客引きをしているコハルの元へと駆け寄ると、コハルは俺に気が付いたのかよりいっそう甘い匂いを撒き散らしながらその有り余った身体を押し付けてくる。
大きくなった胸は犯罪的な弾力で俺の腹部をバウンドし返してくる。
コハルは俺と店長が何を話していたか知らない。
そして、自分が変化していることにも恐らく気が付いていないのだろう。
いつか自分自身で気が付くのだろうか、それとも他者から言われなければ気が付かないのだろうか。
それすらもわからない俺はただひたすらコハルのアピールを受け入れ、一緒に行動していくことしかできなさそうだ。それが俺の下した判断であり決断である。
「せ〜んぱいっ♪♪今日もいっしょに帰りましょ〜♪」
例のコサージュは日に日に増して艶と発光が増してきている。ような気がする、ではなく確実に以前とは違う輝きをしているのは一目瞭然であった。花びらは瑞々しさを取り戻し、今現在も生きている花のごとく燦々とそこに存在している。
プレゼントしてから今日に至るまで、コハルがコサージュをつけていない姿を俺は見ていない。
バイト時だけでなく私生活でも常につけているのだろう。
そう考えると俺がプレゼントしたものを四六時中つけてもらうというのはかなり嬉しいものだが、今の状況では喜んでよいものなのか微妙なところである。
元凶がそのコサージュであったとしても、はっきりとした理由が判明しない限りは俺自身納得できないだろう。
始めは俺のほんの少しの好奇心だけだったのに、随分と取り返しのつかないところまできてしまったもんだ。
「せんぱぁい、プレゼントありがとうございますね♪どっちも順調に成長してますょ♪」
「ああ、よかったなコハル」
どっちも。
コハルの言葉に違和感を感じながらも俺は深く問いただすことはなく、いつものように二人でバイトを始めるのであった。
バイトが終わり家に帰った俺はすかさずベッドに転がり込んだ。
そしてすかさず脳内でコハルを犯すのである。徹底的に、これ以上ないくらいに犯して犯して犯して犯しつくして。犯されて犯されて犯されて絞られて。
コハルの甘い匂いを嗅ぐたびにこの劣情は日に日に強くなっている。
自覚はある。
だが、それを律する理性というものは自慰に耽る俺の中から完全に欠乏してしまっていた。
一人になればなるほど頭の中のコハルは俺を誘惑してくるのだ。コハルが自ら股を開き、俺の上に馬乗りになってくるのだ。甘い嬌声を耳元で囁き、湿った音を響き渡らせるのだ。
そんなもの、俺に耐えられるわけがない。
俺は頭の中でコハルがこんな人物だったらいいなと思いを募らせていたのだが、その思いはそっくりそのまま現実のコハルに移り変わっていくようで言いようのない不安を感じていた。
もしコハルが完全に変わってしまったのなら、それまでのコハルはどこにいってしまうのだろうかと。
だが、その思いすらも脳内で俺を犯し犯されているコハルのせいで掻き消えそうである。精液を吐き出すたびに次なる欲望が俺の中を多いつくして度重なる自慰へと誘うのだ。
俺の中に溜まる罪悪感と性欲の比率はいつしか性欲の方が勝っているのに俺は気が付いていたがその現実に目を背け、性欲のままに自分を慰めることしかできないでいる。
もしかしたら俺も変わり始めているのではないだろうか、そう考えざるを得なくなってきた。
―――――
今日も今日とてバイトだ。
大学帰りの俺はいつも通りバイト先である花屋に向かい仕事の準備を始める。
そういえば今日のシフトはコハルがもうすでにバイトしているはずなのだが、店内には彼女の姿は見られなかった。
「あ、店長こんにちは。今日はコハルシフト入ってないんですか」
「マーちゃん……それが……」
店長はさぞ心配そうな顔つきで携帯電話を握り締めているだけであった。
俺は店長から何があったかを聞くと、店長曰くただの無断欠勤であった。
……ただの?
いや、違う。今まで一度たりとも遅刻すらしたことのないコハルが無断欠勤というのも変なことだし、何より休むことがあれば必ず連絡をよこすはずだ。しかもコハルはバイトを何よりも大切にしていたし俺が見る限りでは苦労していた素振りもまずない。バイトを純粋に楽しんでいたのだ。
そのコハルが無断欠勤するとなればそれ相応の理由があるに違いない。
そしてその理由というものが今俺の頭の中で最悪な事態として想像されている。
具体的にはどんなことと言われても答えられないが、今までの彼女の様子から察するに良いことではないのは確かであろう。なんとなく俺の直感がそう告げていた。
俺もコハルに電話をかけてみるが、発信音が鳴り続けるだけで電話を取られることはなかった。
「店長、コハルん家の住所わかりますか」
「……行くのね」
「ええ、やっぱり俺コハルがどんなことになっても見捨てられそうにないですから」
こんな意思表明は店長じゃなくてコハル本人にすべきなのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
もとはといえば俺は最初から一目惚れしていたんだ、遅かれ早かれ自分の気持ちには素直にならなきゃいけなかったのだろう。
「はい、この住所を目指せば大丈夫だわ」
「ありがとう、ございます。それじゃ俺行ってきますね」
「コハルちゃんをよろしく頼むわよ。あと、アナタも無事で」
俺はそれ以上は何も言うことなく店長から貰った紙を握り締め走り出した。
一心不乱に我を忘れて、ただひたすらコハルのために。
ただの一目惚れがこんなにも大切な存在に変わっていたことに、こんなことになってからじゃなきゃ気が付かないというのも情けない話だ。
もっと早く自分の気持ちに素直になって、勇気を出して告白でもしていたらこんな大変なことにはならなかったのだろう。ある意味ではその情けない自分への試練のようにも思える。
走り続けて約二十分。ようやくコハルの家へと辿りついた。
てっきり俺はコハルは一人暮らしをしていると聞いていたから、俺みたいにアパートに住んでいると思っていたのだが、それは俺の想像でしかなかったらしい。
普通に核家族が住めるような一軒家であったのだ。
「おいおい……一人暮らしで一軒家とか、金持ちだろ」
そんな愚痴をこぼしつつ俺はコハルの家の敷地に入る。
その敷地内ではやはり、と言うべきか通常感じることのない異変のようなものを色濃く感じることになった。だいたい予想はしていたのだがここまで異常だと流石に冷や汗が流れるというものだ。
まず目に入るのは異常に成長した雑草たちであろう。俺はこの21年間生きているが、今までこんなにも成長した雑草を見たことがあるだろうか。否、こんなもの見たこともない。
背丈を優に越え、まるでどこぞの雑誌で見たひまわり迷路のひまわりだったり、巨大なラワンブキかの如く生えそろう雑草はまるで軽い密林のようだ。
しかもその雑草もまたおかしなもので、見たこともないものばかりだ。怪しげな果実を実らせていたり、薄暗く光るものだってある。こんなものうちの花屋でも取り扱っていない、というか植物図鑑にすら載っていないような気がする。
こういうものは毒が含まれているかもしれないので迂闊に触ることなく、俺は文字通り草の根分けて足を進める。
幸いなことに家の入り口までは日頃コハルで行き来しているので獣道のように道ができていた。
俺はそこを通り家のドアの前までたどり着く。
ピンポーン
ピンポーン
反応がない。
インターホンが設置されていないので勝手に入っていいかわからない。
「お、おじゃましまーす……」
ああ入ってしまった。
仮にも一人暮らしの女子の家に何の無断もなく侵入するのはいささか、というよりほぼ犯罪行為に近いような気がする。しかし、事が重大なのだ。一刻を争うときに躊躇している暇はないと自分に言い聞かせる、もとい正当化させコハルの家へと入った。
鍵がかけられていないところをみると相当無用心に思える。
それかもしや、鍵をかける余裕すらなかったと考えるか……
「うっ……甘い、甘すぎる」
彼女の家に入ってまず思ったのはこの甘い匂いである。
以前からコハルからは甘い匂いが垂れ流れていたが、この家の中ではその匂いが霞んでしまうと思えるほど強烈な甘さを発していた。胸焼けどころではない、匂いだけで腹いっぱいになりそうな気分だ。
カーテンは全て閉じられており、電気の一つもついていない。鬱蒼とした家の中で一人俺は携帯電話のライトだけを頼りにゆっくりと家の中の捜索を始める。
人一人住むには持て余しそうなほど広いこの一軒家は間違いなくコハル自身の家なのだ。
それはこの匂いが証明している。
「こんなとこにも……」
外で見かけた奇妙な植物は家の中でも見かける。
それも、家の床を突き破り堂々とリビングのそこかしこに咲き乱れているのだ。いくら家を放置していたとしてもこんなことにはなりはしないだろう。どんなに寂れた廃屋でも植物だけが異常に生長しているなど考えられない。
そこに今現在もこの家は放置されておらず人が住んでいるという事実が突きつけられると、この光景は一変して怪奇の他ならない。
人が住んでいるのにこの有様だ、一体何をどうしたらこうなる。
これもやはり店長の言っていた植物の成長が異常に早いということに繋がってしまうのだろうか。
「うわ……なんだ、これ」
携帯電話のライトを部屋全体に照らしてみるとそこには更に奇妙なものがあった。
部屋のいたるところに謎の液体が散乱しているのだ。俺は鳥肌が止まらなかった。
その液体は琥珀色で半透明でありパッと見はウイスキーのように見られるが、よく見ると非常に粘度が高いものだということがわかる。
今まで気が付かなかったが俺が家に入ってから何度も踏んでいたようで、靴裏にはべったりと琥珀色の液体が付着していた。歩くたびにねちゃねちゃと鳴る音は若干気持ちが悪い。
俺は土足で彼女の家に入っているということになるが、あまりの緊張で脱ぐことすら忘れてしまっている。コハル、ごめん。
再び沈黙を取り戻す家。
だが、突如としてその沈黙は破られることになる。
「んああぁぁぁ!!」
「!!?」
一階の捜索を続けている俺にその声はしっかりと聞こえた。
上だ、二階から声が聞こえる。そしてこの声は紛れもなくコハルの声で間違いないだろう。
叫び声が聞こえると同時に、どたどたと壁や床を激しく打つような音も聞こえてくる。この様子からして暴れているに違いない。
「コハルーっ!!」
それ以外にも考える事はたくさんあったが、俺は考えるよりも先に体が動いてしまっていた。
この暴れようからしてコハルはきっと苦しんでいる、そんな気がしてならなかったからだ。
階段を探し俺は急ぎ二階へと上り詰める。一歩、一歩と上るたびに鼻をかすめる甘い匂いは強くなっていているのがわかると、俺の疑心は確信へと変わりゆく。
この匂いの先にコハルがいる。
ただ、その一点のみを見ざし俺は二階へ上がると匂いの強い場所へと走り出した。
「どこだ!どこにいる!!」
二階は植物の蔦のようなものでところどころが破壊させられており、損傷は激しかった。
何よりその蔦は匂いが強い所を守るかのように奥に行けば行くほど密度が増し、行く手を阻んでいるかのようだ。
その蔦はまるで生きているかのように今もなお蠢いており、手で掴むとさーっと道を開けてくれているようであった。道を塞いでいると思えば、俺が通ると開けてくれる。一体どういうことなんだ。
「コ、ハル……返事を、してくれ」
そしてその蔦の発生源らしき場所は同時に匂いの発生源でもあるらしく、その強烈な匂いはもはや俺の理性さえも侵食し始めているようである。
胸焼け感はもう感じていなくなっており、その代わり酷い渇きを覚えるようになっていた。コハルが欲しい、コハルの液で潤いを取り戻したいと。
「コハル!!だいじょう、ぶ……か!?」
ようやく俺は蔦を払い除け、二階の一番奥の部屋であろう場所にたどり着いた。
蔦が一番多く密集しており、甘い匂いは脳髄に直接突き刺さるほどに強く染み渡る。理性も愛情も欲望もうやむやになってしまうほどの強い甘さがダイレクトに脳を侵している。
ドアはすでに開いており俺はそこから部屋の中を見ると――
やはりそこにはコハルがいた。
いや、もしかしたら『コハルのかたちをした何か』なのかもしれない。
だけど俺はむせ返るほど甘い匂いを掻き分けながら彼女の元へと歩み寄るのだ。こんな痛々しいコハルを放っておけるわけがない。
「あ、れぇ先輩…………来ちゃらめですよ……あぅ、でもやっぱり、嬉しいかな」
ほぼ全裸で床に横たえているコハルの姿を見て、自分の想像していたよりも想像以上に綺麗でかわいい彼女の裸に俺は息を飲む。
やはりコハルはどんなモデルよりも顔負けしない女性だ。
息も絶え絶えで、荒く呼吸を繰り返すその姿はなんともいたたまれないし、それでいて極めて強烈な官能さを感じさせる。
つまるところエロすぎるというところだ。
「コハル……お前一体、どうしちまったんだ」
「えへぇ、コハルもわかんないや。でもね、せんぱいのことを思うと……こう、ぎゅーって胸がね、痛いの……」
裸になってもなおコサージュだけはつけている健気なコハルを見て俺は少し申し訳ない気分になる。
そんなにまでプレゼントが嬉しかったってのかよ……まったく、つくづくかわいいヤツだ。
「…………ん?いや待て。裸なのにどうやってコサージュをつけ……」
彼女の胸元にあるコサージュを見て俺は絶句した。言葉にならない叫びをあげた。
それもそのはず、コサージュが彼女の胸に張り付いていたのだ。いや、正確に言えば根を張っていた。
コサージュの根元からは無数の根のような物がコハルの胸元の皮膚に突き刺さり、まるで血管のように皮膚を盛り上げ深く根を掘り下げていたのだ。
恐らく目に見えていないだけで身体の深部まで深く深く張り巡らされているのだろう。それもまるで血管のように体中のいたるところに無数の網目状に細かく行き渡っているのだろう。
俺はそのあまりに恐ろしげな光景に思わず後ずさりしてしまう。
なんだよこれ。俺がプレゼントした時にはこんなのなかったじゃないかよ。わけがわからねぇ。
俺はこんなものをコハルにプレゼントしちまったってのかよ……!
「コハル、すまない……俺はなんてものをお前に」
「謝らないで先輩♪わたしはほんとに嬉しかったんだよ……それなのに、謝られたら、申し訳なくなっちゃうよ」
コハルの脈と呼応してコサージュも拍動している。
恐らくコサージュの根は心臓にまで行き届いているのだろう、もはや無理に引き抜くのは不可能だった。。
じゃあ俺はコハルのために何ができる。コハルのためについてやると誓ったのに俺はこのまま指を咥えたまま何もできないというのか。ただ、コハルが苦しんでいるのを見ていることしかできないってのか。
そんなの、あんまりだろ。
「せんぱぁい、寒い……寒いよ……温めて、ほしいな」
俺はそんなコハルを抱きしめた。強く強く、抱きしめることしかできなかった。
俺が今できることといえば寒がっているコハルを温めることしかできない。
寒いといっているわりには、まるで熱病にかかってるかのように熱い身体である。だけど俺は抱きしめる。
コハルが横たえている場所は床が抜けていて、下の一階部から蔦の集合体が伸びてきておりコハルを支えているようだ。
あまりにも非現実的光景を目の当たりにしすぎた俺はもはや感覚がマヒしており、彼女が変化し始めていることにもさほど反応を示さなくなってしまっていた。
それもそうだし、もうまともな反応ができるほど理性が残っていないと言うほうが正しいと思う。
「あったかぁい……ねぇ先輩、わたし嘘ついてました」
「嘘?なにをいきなり」
「いつの日か……先輩言いましたよね。『どうしてここでバイトをしようと思ったんだ』って」
「そんなこともあったっけ……そりゃコハル自分で行ってたじゃないか。将来のためだって」
「そう、それもあるんですけどね、でも本当の理由は……せっ、先輩があそこで働いてるからなんですっ。
先輩のことは以前からずっと好きだったんですが、なかなかアタックすることができなくて……で、先輩があの花屋さんでバイトをしているって噂を聞いちゃったものだからつい一緒にいたくて……その……」
なんだそういうことだったのか。どうりであんな辺鄙でオネエの店長がいる奇妙な花屋でバイトをし始める美少女がいるわけだ。
事前に用意周到に調べ尽くされていたわけだったってことか。こりゃなんとも……
だから俺の帰る方向も知ってたし、俺の方が一つ年上だってことも知ってたのか。末恐ろしいやつめ。
「えへへ……」
「えへへ、じゃないよまったく……で、なんだ、ということは俺は告白されたってことになるんだよな」
「え?…………あっ、あの、わたし何か変なこと言っちゃ」
「言ったよ、すげー言った。俺のことが好きって言った」
うわ、コハルの体が凄く熱くなってきた。それに拍動も超速い。
本当にかわいい奴だなコハルは。俺なんかと両想いだったなんてコハルがもったいないんじゃないか?
人生長いんだから、俺以外にももっとイケメンで性格いいやつもたくさん見つかっただろうに。コハルの性格とルックスがあればそこらへんの男なんてイチコロだろうさ。
「俺も始めてコハル見たときから一目惚れしちまったからなぁ、人のこと言えねぇか」
あー恥ずかしい。もっとこう夜景を見ながらロマンチックなシチュエーションでさ、ワイン片手に言えれば最高にキマる台詞だったんだけど……ま、いっか。
こうやって抱き合いながらお互いを確認しあうってのも悪くない。
あぁ、いい気持ちだ。
「せんぱい……わたし、せんぱいのこと好きです」
「俺もコハルのことが好きだ。好きになったタイミングこそ違うけれど、今はコハルと同じ気持ちだよ」
「ふふっ♪じゃあ、これからは恋人だね……♪」
お互いがお互いを見つめ合う。
もはや俺たちにはそれ以上の言葉は必要なかった。これ以上言葉をかけることの方が無粋というものだ。
やがて視線は徐々に近くなる。
俺の吐息がコハルの顔にかかる。ああ、俺の息臭いって思われてないかな、というかすごい綺麗な顔だやっぱり。
コハルの息が俺の顔にかかる。ああ、甘くてとろけそうな良い匂いだ、香りだ。女性の匂いって本当に良い匂いなんだな。
「……ん、ちゅ」
まず感じた事は柔らかかった。そして、未知の感覚だった。
唇と唇を重ねていた時間なんてものの十秒くらいだったのにもかかわらず、その十秒は俺とコハルの気持ちを確かめるのには十分な時間であった。
何も言葉はいらない。
ただ唇と唇を合わせるだけの単純なキスはお互いがお互いのことを受け入れ認め合うことによってどんなキスよりも深くより強い愛情になるものだと俺は初めて実感した。
まやかしなんかじゃない、俺とコハルが自ら求めた愛だ。愛情に変わりないんだ。
だから俺とコハルはもっとその深い愛情を知りたくなった。もっともっと深く、愛情と肉欲の深淵に足を踏み入れたくなったのだ。
「せんぱぁい、もっと……♪」
「ああ……」
もう一度唇を合わせる。
俺がコハルの上唇を軽くしゃぶると、コハルはお返しのように俺の下唇をあむあむとしゃぶってくる。その仕草に俺はこの上なく愛くるしさを感じて思わず強めに吸い上げてしまった。
じゅるっ。
いやらしい音が部屋中に響き渡る。
だけどコハルは拒むような仕草はせず、むしろ彼女は自分から口を開いて舌を突き出してきた。真っ赤に濡れたねとねとの舌はまるでヒルのようだ。ひどくやらしくて、ひどく甘い。
俺はそんなヒルを唇をすぼめて咥えてやると、コハルはあろうことは俺の唇でピストンをしてくる。
じゅるじゅると出し入れするたびに水の音が響き渡り、飲み込めなくなった唾液があごから滴り落ちるその様は俺がどんなに想像した妄想よりも魅力的だった。
彼女の唾液はまるで砂糖水のように甘く、そして虜になる中毒性を秘めていた。よく見れば琥珀色に濁っていたが、俺はもはや彼女の唾液を貪ることに夢中でその唾液がどんなものなのかを考えることなどできなくなっていた。
「はぁ……はぁ、せん、ぱい。ちょっといいれす……か」
コハルは抱きついている俺を優しく突き放す。
一体どうしたのかと思うと、俺は彼女の姿を見て瞬きをするのを忘れた。
栗色だった頭髪が、瑞々しいまでの肌色だった素肌の色が徐々に変わり始めていたのだ。
その変色は胸のコサージュから始まり、色素が沈着していくかのようにじわりじわりと色を塗り替えていっている。仄暗い青色とは対照的な、鮮やかな黄緑色に。
俺はその変化に声を荒げることなくただ見つめていた。親が成長する娘を見守るかのように、とても穏やかな気持ちで見守ることができていた。少し前の俺なら我を取り乱していただろうが、今はそんな気など微塵にも起こる気はしなかったのだ。
「コハル……お前はどうなる」
「わからない、けど……一つわかるのは、もっとせんぱいのことを好きになると、思うよ……♪♪」
ドクン、ドクンと脈が拍動するたびに色が徐々に広がって行く。
皮膚は薄い黄緑色で、体毛はそれよりもやや濃い目の緑色。まるでボディペイントのように身体を染められていくコハルはコハルの面影を残しながらまったく別の存在へと変わっているのはもはや確かである。だけど俺はそれを阻止するわけでもなく、ただただ見守っていた。
恋人であるコハルが今頑張って変化しようとしているんだ、それを阻止することなんてできるわけがない。もはや俺は当初の考えとはまったく真逆のことを語っているのだろう。
それがどうした。コハルがたとえ人じゃなくなったとしても、愛し続けるのが真の愛情ってものだろうが。
「んああぁっ♪せんぱいっ、せんぱいぃ」
コハルの変色が終わった。
全身が緑色になり、今までの肌色であったコハルはもういない。
か細く俺を呼ぶコハルに俺は何度も何度も厚い口づけを交わし、その唾液を貪るのであった。とてもとても甘く、永遠に味わっていたくなるほど甘い彼女の味。
それすらも我慢できなくなると黄緑色になったたわわな胸を今度は揉みしだき始める。両手に収まりきらないほど大きくそして柔らかい胸は男なら誰しもが憧れる巨乳そのものだ。
「んやっ、せんぱ、気持ちいいれ、すぅ♪」
「はぁ……コハル、エロすぎるぞ……」
乳首は唯一ピンク色のままであり、人間の時とそのまんまである。
俺はそんな突っ立ったピンクの突起を指先で軽く弾き、こねくり回したりしてコハルのよがり喘ぐ姿を堪能した。以前からこんなに感じるタイプであったかどうかはわからないが、明らかに今のコハルは全身が感じやすいタイプであることに間違いないだろう。体中のどこを撫でても色っぽい嬌声を上げ、身体を震えさせるその姿はたまらなく劣情をそそる。
「んむ……ちゅぱっ」
舌で突き、舐め回し、吸い上げると乳首はよりいっそう硬さを増しこりこりとした擬音語がまるで聞こえてくるみたいであった。涙ぐんだ瞳で俺を見つめてくるその切なさ。
全てが俺の理想だ。コハルは俺の理想がそっくりそのまま生き写しになったものなのかもしれない。
だけど彼女にも自我はある。
「あ、ふぅ……花が……」
コハルの足元にある蔦のひと塊から大きな花の蕾らしきものが生えてきているのが見えた。
その蕾はとても蒼くまるで青空のように清清しい蒼さを孕んでいるようである。
しばしその蕾に見とれていると、それはみるみるうちに大きくなりやがては人一人飲み込めるほどの大きな花弁へと姿を変える。
花弁の中はコハルの唾液と同様の液体が満ち足りており、あれに浸かることができたら一体どれほどの快感を感じることができるのだろうかと想像するだけで俺の息子が反応してしまう。
「お花さん……入るぅ♪」
よろよろともたついた足取りで立ち上がると、コハルは自らの意志でその花弁の中へと入っていった。
右足、そして左足と入れ液体はひざ上くらいまで浸かることとなる。
「あっ、これ……イイ♪すごぉい……」
「……」
コハルが歓喜の声を上げると、彼女の全身はたちどころにして変化が訪れた。
全身を蔦、いや、こちらは茎のようなものが覆いコハルをより植物のようにさせているのだ。こう、なんといっていいかわからないが、コハルを中心にしてコハルの周囲を覆うように茎が生えそろい、いたるところに蒼い花が咲き乱れる。
その花はコサージュの花とまったく同じものであり、彼女の頭の上や、腰、腕などをアクセサリーのようなふんだんに彩るかのように咲く。どうやらこちらの花は皮膚に根を張ったりはしないようだ。
大きな花弁を玉座として例えると、それに座るコハルは女王であり、そのコハルを取り巻く蒼い花々たちは服従する家臣にようにも見える。
全身を緑色と蒼色にコーディネートされたコハルはまるで生ける庭園のごとく、見るものを圧巻させる美しさがあった。俺もまたその美しさに圧巻された者の一人だ、第一号だ。
「お花がこんなに……うれしい♪」
「すごい……花の妖精みたいだ」
「ありがと、せんぱい♪……ねぇ、せんぱい。わたし、欲しくなっちゃった……♪」
コハルの舌なめずりをする仕草を見て、彼女は欲してると察した俺はなんの疑いもなく着ている衣類を全て放り投げ捨てた。
そこに露になるのは自分でもここまで怒張したものは見たことがない真っ赤なペニス。
コハルは俺のペニスを見るや、恥ずかしがる素振りもなく目を輝かせると息を激しく荒立たせる。
「欲しい……せんぱいのおちんぽ、エキスほしい♪ほしい……」
「俺もだ……俺もコハルを抱きたい。入れたい、突き刺したい……はぁ、はぁっ」
甘い匂いを嗅いでからというもの、今の今まで発情しきっていた俺はもはや我慢の限界に達していた。
目の前に愛しのコハルが全裸で俺を待っていてくれている。コハルも俺を欲してくれている。
もう、拒む理由なんてどこにもありはしなかった。いや、もともと拒む気などありはしなかったのだから。
「ふふ……つーかまえーた♪おちんぽ……びくびく」
「俺はこういう趣味じゃないんだが……」
蔦の一部を操り俺の四肢を縛り付けると、コハルは俺を無理やり花弁の中へと入れ込み狭い空間の中でお互いが向き合う形となった。
肌の要所要所が接触しあう。主に胸がふにふに突き当たるのがすごいそそる。
そそり立つ亀頭がコハルのへそ部分に突き当たるのが妙に恥ずかしいが仕方のないことである。
「ずっと、ずっとせんぱいのおちんぽ……欲しかったんだぁ♪」
「ずっとっていつから」
「せんぱいに一目惚れしたときに決まってるじゃないですかぁ♪♪ぐちゃぐちゃのどろどろにして……欲しかったんだよぉ」
店長はコハルのことは誠実そうだと言っていたが、なんのことはないコハルは初めから淫乱女だった。
このときばかりは店長に哀れみを感じたと言うものだ。
「ま、それは俺も同じか……」
「どゆこと?」
「俺もコハルを犯したかったってこと。俺のここ最近のオカズはコハル、お前だったんだ」
「え〜せんぱいのへんたーい♪でも……わたしでヌイてくれてたんだ……♪ふふっ」
「人のこといえねっつの」
軽いデコピンでコハルをからかってやる。
あうあうと言って若干涙目になるところとか、ほんとまったく変わってない。
変わったのは見た目だけってことか、俺の心配は杞憂だったな。やっぱりコハルはどんな姿になってもコハルのままだった。それだけわかればもう十分だ。
何の心残りもない。
「せんぱい……そろそろ……いい?」
「ああ、俺も我慢できそうに、ない」
再度お互い目を見つめ合って深いキスをする。
唇を離すと琥珀色の唾液がぬらぬらと光るのが見えて足元の液溜まりに落ちるのがわかった。
俺も一緒に堕ちてしまったようだ。
コハルさえいれば俺はもう何もいらない。もともとなあなあに生きてきた俺にとって初めて大切にしたいと思えたものなんだ。だったらそれを守り通すってのが男ってものなんじゃないのかね。
自論にしてはイケメンすぎてクサイけどな。
両腕で上半身を支え、がっちりとホールドすると亀頭の先端で膣の入り口を探るように触れさせる。
「んやぁぁ……」
「すごい濡れてるぞ」
「だって、せんぱいの、だからぁ」
いつの間にか蔦の縛りは解かれていたので動きは自由にすることができる。
コハルの膣液は唾液や花弁の液体と同じように琥珀色で粘性を持っていた。そして汗もである。
つまるところこの液体はコハルの体液であったのだ。砂糖よりも甘く、危険な中毒性を孕んでいるこの液体は彼女から分泌される至高の液なのだ。
これは俺が独り占めできる、俺が全て飲み干してやる。どうすることも自由なんだ。
そう思うと男の本能と言うべき征服欲というものがむらむらと湧き上がってくる気がして、なんだか気分が良い。
欲しがりなコハルの肉筒は求めるモノと接触して更に潤む。どろどろになった温かいそれがどんなに気持ちいいモノか、腰が前へ進むのを止めようとて止められない。
ずぶずぶと陰茎を挿し入れ、狭い肉の道を押し広げて行くと、向き合っているコハルが小さな声を上げた。
「気持ちいい?」
「……ん。いい、もっと、してぇ……♪」
甘い囁き声が俺の欲望に点火する。一気にペニス全体を愛しいコハルの肉筒にぶち込むと、奥の敏感な部分に亀頭が擦れたか、コハルは一際甲高く、引きつるように喘いだ。
頬を染め、はあはあと荒い息をする彼女にもっと気持ち良くなってもらいたい。俺は程よく肉がついて抜群に触り心地の良い胸を掴み、激しく腰を前後させた。
コハルは処女であった。その証に琥珀色の液体に混じって破瓜の赤がフトモモを伝って下りているのが目に見える。
しかし彼女は痛そうな素振りなどこれっぽちもみせず、頬を赤らめ、俺の首元に両腕を回して快感に浸っているようであった。
俺以外の男を知らないであろう膣は唯一愛するものにまとわりつき、締めつけ、細かい凹凸や襞や突起で快楽をもたらさんとする。初めての時に、俺のペニスに合わせて形が変わったんじゃないかと思える程ぴったりはまる二人の性器は、それこそ琥珀色の液体と共に解けてなくなってしまっているのではないかと錯覚を覚えるほどであった。
余りに狭くきついため、ペニスが抜けなくなるんじゃないかと怖くなるくらい締まるコハルの肉筒に、潤滑油たる大量の愛液の力を借りて強引に抜き挿しする。
先日まで純情であると思っていた女の子が、セックスに溺れている姿は、背筋がゾクゾクするくらいエロかった。
でも、まだまだだ。もっとコハルには気持ち良くなって欲しい。俺みたいな何のとりえもない男を愛してくれる理想の女にもっと楽しんでもらいたい。
献身的な衝動に任せて、俺は腰のピストン運動を止めないまま、上半身をグッと倒しておっぱいに口づけた。
爽やかな花の香りのような、情熱的なドラッグハーブのような催淫が鼻いっぱいに広がるようだった。
咲き乱れる蒼い花はピストンをするたびにユラユラとゆれ、二人の性交を祝福しているかのようにも思える。
強く香る胸の頂点を前歯で軽く噛むと、コハルは今までで一番良い声を出した。
「やんっ、ちくび、だめぇ……」
「気持ちいいか?コハルの全身を愛してあげる……」
「や、はずかし……い、イ、や、やめ、それ、すごっ……!」
別に激しい動作ではないが、コハルはそれに悦んで嬌声をあげてくれる。
下の口では、どろどろとした琥珀色の液体を漏らし、ぎゅっと膣を締め付けてくるのだ。
その度に、ぞりぞりと裏筋を穿る突起や、亀頭を洗うようなつぶつぶとした突起がペニスを襲い、射精へのカウントダウンをまた一つ進めようとする。それに対抗しようとコハルへの甘噛みをより執拗にねっとりとし、膣の中をピンポイントで攻めようとするのだがそれはかえって逆効果のようであり、ぐじゅぐじゅと強まる締め付けによって一向に我慢が聞かなくなる。
「ふぇ……ぃぃ……気持ち良い……?」
そんな俺の様子を知ってか知らずか、コハルは呆けた表情でそう言った。
そんな表情をされたら俺は余計辛くなるというのにコハルは気が付いているのか、はたまた完全な無意識なのかはいざ知らず、幾度となく俺の素肌へと吸い付いてくる。
首元を吸えば赤いあざが残るし、乳首を吸われたら気持ち良いに決まっている。
格別乳首なぞ開発されている俺ではなかったのだが、まるで人外の舌使いというか、どう攻めればどう感じてくれるか知っているかのような積極的な攻めに俺はうめき声を上げ耐えるしかない。
「はぁっ……やべぇ、締めつけ……」
「またぁ……またピクピクってしてる……♪」
堪えなければ意識ごと、性器ごと持っていかれそうな快楽の坩堝に堪えようとする。
しかし、動き始めたコハルは容赦が無い。無慈悲なほどしっかりと腰を動かして、快感を高めていく。まだゆっくりとした動きである今でさえその快楽は一歩一歩、確実に俺を絶頂へと近づけていた。
と同時に、コハルもまた黄緑色の肌を赤く火照らせそろそろ限界が近いことを示唆しているようだ。
激しく叩き付けるようなピストンをずっと続けたせいで、いつの間にか限界がすぐそこまで迫って来ていた。
激しい身体の上下運動によりたゆんたゆんと揺れるコハルの胸を舌と歯で可愛がり、甘い健やかな汁の味と汗の感覚を丹のしながら、、虚ろな眼で短く喘ぎ痙攣し続けるコハルに言った。
「コハル、もう、駄目だ、出る……!」
「ん、はっ、あ、いいよ、ナカにだして、ナカにぃっ!せんぱいのみるくいっぱい入れてぇ♪♪」
頷いて、俺はコハルを突き上げる腰に拍車をかける。喘ぎ声と交わる水音をさらに上に跳ね上げて、コハルの痴態はよりいっそうの激しさで狂い咲く。
「いくぅ、イっちゃうのぉ!♪せんぱい……ねぇ、ぃ、一緒に……一緒にぃぃ!!♪」
渾身の力を込めて、最後のスパートをかける。コハルの汗ばんだ腰を押さえ付け、種付けするために腰を突き込むごとに、頭の中が彼女一色に染まっていく。頭の上から足の先まで全てがコハルに埋め尽くされてしまっているようであった。
コハルへの愛しさが頂点に達した時、俺は白濁を放った。
「コハルッ……!」
「ぁ、あ、あぐうぅぅッ!♪」
絶頂にむせび泣くような声を上げて痙攣するコハルの身体。
最後の束縛にきつく呑み込まれて、俺はまたもう一度彼女の胎内に熱く滾った精を吐き出す。
「ぁぁぁ……熱ぃょ……せんぱぁい」
微笑のまま放心し、ぐったりと脱力したコハルの身体を、俺は抱き寄せて包み込む。柔らかく汗ばんだ肌の感触を、情熱に上気した体温を、両腕で確かめる。
絶頂を感じながらも俺の背中に腕を回し、子宮に残らずザーメンを取り込もうとする彼女の淫蕩さに、圧倒された。
その外見からは想像もできない、緩み切ったコハルの顔。果てしない愛を感じながら、狂いに狂って恐ろしいまでにしまる肉筒に、俺は精子を注ぎ続けた。
「ふふっ……♪せんぱいの種がいっぱぁい……きもちぃぃ……♪」
―――――
「いらっしゃーせー」
「いらっしゃいませぇ〜」
とある町の一角に立つ花屋。
俺たちはそこで夫婦仲睦まじく経営している夫婦として知れ渡っている。
あの後、俺は大学を辞め店長の下で金を稼ぎに稼ぎまくった。コハルの夢を叶えるためだ。
当然コハルも学校を辞めようとしたのだが、俺はそれを断固拒否。コハルには園芸やらなにやら専門の知識を蓄えてもらうために勉学は継続してもらわなければならなかったからである。
そうして無事卒業と同時に国家試験も合格し、晴れて念願の花屋『ブルースプリング』を開店することができたのが3年前の話。
今では経営も軌道に乗り、全国津々浦々に商品を発想、そして海外へ貿易なんてことも始めた。
無論商品発注だけではなく、ほぼ毎日店頭の花は売り切れで恐ろしいまでの行列の相手をしなければならないのが日々の悩みである。
「おーいコハル。そろそろ時間だぞ」
「はぁいー今行くよ〜」
そうそう、あの怪しげな店員さんから貰った種なんだが、どうにもあれはこの世の物ではなかったらしい。
調べたところによると『陶酔の果実』ってやつの種だったらしく、俺たちの世話の甲斐あってか、魔力の供給をダイレクトに受け過ぎて今では大樹と見まごう程に巨大化してしまっていた。
そして、毎日一定の時間になるとその果実の先端から雫が一滴垂れてくるのだが、それを浴びるのがコハルの日課でもある。
浴びるたびにコハルは力が漲るようで、そのおかげで毎晩ハッスル。そうして蓄えられた魔力を植物の栄養に注ぐことによって毎日売り切れてもまだ、売ることのできる花を収穫できるというものだ。
と同時に陶酔の樹も同時に生長してしまうから、このサイクルは無限に繰り返されるだろうな。
まぁ、毎晩コハルとたくさんヤルとこができるんだから嬉しいことこの上ない。
例の謎の店員さんといえば、然るべき時とか然るべき物とか結局陶酔の果実ではなかったっぽいから、適当に花を渡してあげたら満足していたよ。
魔物とか魔力とかこの世界の理とはちょっと違うようなこともいろいろと教えてくれた。どうやら俺たちの住んでいる世界とは異なる世界線の住人ということはなんとなくわかったんだけどそれ以上は深く追求はしなかった。
気が付いたらあのボロ小屋ごとすっかり消えていなくなってしまっていたので、あの人の正体は今となっては真相は闇の中ってものだ。だけど、コサージュを俺にくれたということは何かしらの運命を感じざるを得ない。ま、結果があるからこそ言えることなんだけどな。
コハルの胸のコサージュはコハルが完全にアルラウネとなったと同時にぽろっと取れて枯れてなくなってしまった。
けれど、今ではコハルの周囲には無数のあの蒼い花が咲きほこっている。俺たちの栄養を一番多く接種しているこの花はめったに売りに出さないプレミアものだし、本当に望んでいる人たちにしか売りはしない。
それほど俺たちにとっても大切なものだから。
うちらの店長だったあのオッサンもといオネエサンはというと、うちらの店で取り扱ってる虜の果実ってのを食べさせてあげたらいつの日か悪魔みたいな女の子になってしまった。そこから先は誰も知らないよ。
まったくあの人には初めから最後まで驚かされっぱなしだったなぁ。そうだろ、コハル?
「よし、今日も完売!!」
「やったぁ〜資金でもっと土地を開発してもっともっといっぱいお花を作りたいねっ♪♪」
「ああ、いつの日か一面の花畑になる日まで頑張らなきゃな」
「あ・と・は♪営みと子作りも頑張らなきゃね?」
「もちろん!俺たちの子供はきっとカワイイぞ〜コハルに似てすっげぇ美人になるさ」
「あなたに似てクールかもよ♪」
そんなこんなで今日もまた店を閉めたら夜遅くまで愛するコハルと乱れることになる。
俺はそれなりに勉強しそれなりに単位を取りそれなりにバイトをしそれなりの人生を送ってきた何の刺激もない人生を送ってきた。けれど今は違う。
朝から晩までコハルと共に過ごし、お互い愛を育みつつ苦労しながら生活している。その苦労は決して辛いものではなく、苦労すらも二人で楽しむためにあるものだと思っている。
何の変化もないつまらない毎日よりも、少しずつ変わりゆく、花に囲まれた素晴らしい毎日の方が楽しいんだ。どんなに辛いこともコハルと一緒なら乗り越えていける。
だから俺はこれからも彼女と共に生きていく。
コハルと共にいつまでも。
―蒼い花は明るい未来を照らし出すように、明るく光っていた―
※※※
「オヤオヤ、お待ちしておりましたよ。
それでは、然るべき物を頂きましょうか。
これは……ホウ……
貴方の嫁様から採れた蒼い花を……液に三日三晩漬けて……ありったっけの魔力を凝縮したもの……そうですか……そうですか。
いや、素晴らしいものを下さりありがとうございます。
貴方に差し上げたコサージュは紛失してしまったようですが、これはあのコサージュよりも強力な力、そして強い愛を込めているようですね。
結構結構……
陶酔の種も無事あるべきところへ戻ったようでなによりです。
貴方に差し上げたコサージュの力如何だったでしょうか。それはそれは困難や苦悩もあったことでしょう。
貴方の嫁様は人ではなくなりました。ですが、貴方は人間であった時の姿も忘れてはなりません。
『忘れる』ということは残酷なことです。それまで培ってきた歴史、経験、記憶、それら全てのものが一瞬にしてなかったことになってしまうのですから、どのようなものよりも恐れるべきものでしょう。
逆に言えば忘れられなければ、永遠に存在し続けられることも可能ということです。
永遠に愛するものと愛し続けられますように、お互いのことを忘れないようにして下さいね。
そして、私もまた貴方のことを忘れることはないでしょう。
出会いというのは一期一会、いつか会うかもしれないし死ぬまで会えないかもしれない。
だからこそこの一瞬を忘れずに覚えておいてください。私も忘れません。
……では私はそろそろ去るとしましょうか。良い町ですが私にはいささか花粉が強すぎるようです。
ではまたいずれどこかで会いましょう。そのときはもっと今以上に淫らで素敵な庭園になってることを願っております」
17/02/26 13:45更新 / ゆず胡椒