31日
・8月31日
『天気:不明
ザザ――ガガガッ
もしもしユミルです。
地球は今どのような天候ですか。
「昨日と―じ。快晴―。宇宙は――だ?寒いか?」
宇宙なので天候という概念は存在しませんが、ただ言えるならば約摂氏−270℃くらいでしょうか。
いかんせん、外気の気温を完全にシャットアウトするようになっていますので寒い、熱いというのは感じませんが。
「まさしく絶対―度の空間――うわけだな。―――――――――――――がう?」
すいません、通信障害が激しく・・・もう一度お願いします。
「流―――の距離じゃ無理があ――。そ―他の様子は――なっている?」
その他の様子ですか。そうですね、ただ言えることは無音で・・・暗闇で・・・何もない。
光さえも、空気すらも存在しない完全なる暗黒の世界とでも言いましょうか。
地球の常識など到底通用しないでしょうね。
「そ―か。――じゃまた後で通信たの―。ユミ―は任務―全うし―くれ」
了解。しばらくしたらこちらから再び通信いたします。
彼・・・エルとの他愛もない会話。
このこの音もない空間では私の耳に入るのはこの他愛もない雑談のみである。
いや、空気の存在しない宇宙では音の空気振動すらも許されない。つまり私が聞こえているのは、私の脳派に直接流れ込んでくる電気信号というわけなのだが。
それでも確かに私は今この瞬間、エルと会話し情報交換を行なった。
その出来事さえあれば音が聞こえただの聞こえないだのは全くどうでもいいことばかりである。
地球から遠く離れたこの暗黒空間で他人と会話ができるということだけで、とてつもない幸運なのだ。
まるで赤子が哲学を語り出すかの如く。
全盲の少年が美しい肖像画を描き上げるかの如く。
適当に創り上げた曲や脚本が世界的に有名な戯曲と類似しているかの如く。
そういった幸運、いや奇跡といっても差し支えのないほどの偶然が折り重なって今私とエルはたった一つ繋がっている。
この世に神が居るのならば、魔物娘という身でありながらも感謝したいところだ。
目標地まで約2時間です▼
もうこれほどまで近づいてしまっていたか。
どれ、そろそろ爆弾の準備を始めなければな。
・・・・・・エルのご先祖であり私の創始者でもあるルーベリア氏。
彼は一体私を創ってどうしたかったのだろうか。
今更過去の出来事を掘り返しても仕方のないことだが、どうしても気になることが私のなかで引っかかっている。
ルーベリア氏は地球の半分を破壊することの出来る恐ろしい爆弾を発明した天才である。
その彼がそうなるにまで至った理由としては、恐らく自分と同種である人間の醜さや惨たらしさに絶望したからだというのは間違っていないだろう
ではそのような天才的頭脳を有している彼がなぜ、爆弾を作成したそのときに起爆せず数百年後という言ってしまえば面倒くさい手法を取ったのだろうか。
地球を半壊させるほどの爆弾だ、全人類全てを葬り去ることは出来ぬが間接的に人類滅亡へと誘えることは出来たはずである。
私が考えるに爆発から逃れられた半分の人類は、残された土地を我先にと奪い合うだろう。それはもう全世界を巻き込むほどの大戦となるのは間違いなく、残された人類は衰退の道を辿るだけとなる。
人類は自らの手で滅ぶこととなるのだ。
私が少し考えるだけでも想像できたのだ、天才的頭脳を持つルーベリア氏ならばこのような結末は用意に予想できよう。
わざわざ隕石が衝突する時に合わせて時限をセットするという必要はまったくもってないということがよくよく考えてみればわかる。
では何故か?
確実に人類を滅ぼせるよう念には念を入れ隕石が衝突する時と同時にしたのか。
いや、天才であるルーベリア氏はそのようなことすらも計算尽くしているだろうから無駄な計画は練りこまない。
ここで私は私なりに仮説を立ててみた。
それはどのような仮説かというと・・・まことに身勝手はなはだしく自己中心的な仮説ではあるが、ルーベリア氏は発明品である私という存在を通してもう一度人間というものを見直してみようと思っていたのではないだろうか。
そもそも人類を滅ぼすためなら爆弾を作ればいいだけで、わざわざこのような高性能のゴーレムを作る必要はない。まして、神界の神具をふんだんに使用したこれでもかというくらいに手間隙のかかったゴーレムをわざわざ作ることがまずおかしいのだ。
彼は書物の最後にこう語っていた。
「もう我輩自身でさえも、どちらが真実なのか判断できなくなってしまった。愛すべき人間の行く末を地獄から見守っていたいと思う我輩と、ここまで堕ちた人間は全てリセットすべきと思う我輩が拮抗している」
と。
もしかすると彼は隕石が衝突する時という都合のいい猶予を人類に設けていたのではないだろうか。
それまでの数百年の間に人類に変化が訪れていなければ無慈悲に滅亡し、僅かな希望が残されていれば未来へと進むことが出来る。
そしてそれを決めるのは私だ。
私が研究跡地から取り出せられ、一ヶ月という短い時間の中で人々をふれあいどう感じたか。
彼はそれを試していたのではないだろうか。
昔と変わらず人間というものは冷酷な生物であり、私に対する風当たりが酷なものであったとしたら私はもしかしたら地球で爆発するという選択を選んでしまったかもしれない。
逆にエルやその家族、また町の人々などといった温もりを感じさせるコミュニケーションを心置きなく堪能した場合、今の私のように愛する人を守るため単身宇宙へと旅立っているのかもしれない。
これは全て私が考える仮説での話しだ。
どれが真実でどれが虚偽なのか、それはルーベリア氏にしかわからない。
ただそれでも、この仮説が少しでも真実に触れていれば私はルーベリア氏の真意に近づけたのではないだろうか。
ただそれだけでも理解することが出来れば、彼の言っていた「私を父として愛している」という言葉が嘘偽りではないということを証明できるだろう。そうすれば私もルーベリア氏のことを恨みの対象ではなく、たった一人のかけがえのない父として思い続けることができるのだ。
ゆえに私の仮説が少しでもルーベリア氏の真意に触れていてほしいと願うばかりである。
ふ・・・最期の時が迫っているというのに一体私は何を考えているのだろうな。感慨深くなっている。
過程はどうあれ私は宇宙でこの身朽ち果てると決めたのだ、それでもう・・・いいではないか。
欲を言えば・・・
私はもっとエルとふれあっていたかった。家族と和気藹々としていたかった。人の世界を味わっていたかった。
全ての人を助ける。
地球を救う。
そのような大義名分は私にはプログラミングされていない。私はただエルやその家族を救いたいだけなんだ。そうしてまた素敵な毎日を送ることが何よりも楽しいのだ。
それなのに何故なのだろう。
私は大切なものを守るために飛び立ったというのに、なぜこんなにも《寂しい》?
エル達が死ぬことのほうが余程辛いということは十分理解している。理解はしているんだ。
それを理解した上でもなおふりかかる、この寂しさは一体なんだと言うのだろうか。
自己防衛システムの一環か。
はたまた宇宙線による脳回路の故障か。
この寂しさだけは到底理解が出来ないことに私は苦悩している。
どうして私なのだ。
私はただ、人として生まれ人として恋をして人として死んでいきたかった。いや、いっそのこと魔物でもよい。つまるところ私は普通に生き普通に死にたかった。
普通の人間もしくは魔物としてこの世に生を受け、エルと運命的を感じさせるような出会いをし、普通の恋愛をしてお互いに愛を育み、共に笑い楽しみ時に快楽に溺れ、そうしてたくさんの友人に祝福されながら夫婦となり、共に子供を育てながら慣れない新生活に四苦八苦し、子供が一人立ちしたら私たちはセカンドライフを楽しみ、そうしていつの日か子供夫婦や孫に見守られながら夫と共に同じ墓で眠る。
そういった普通の人生を私は望んでいた。
しかし、私にはそれは絶対に叶えられない。
私は何か罪を犯したのだろうか、許されざる行為をしたのだろうか。
そうでもなければ・・・あまりにも辛過ぎる運命じゃないか・・・
どうして私なのだ・・・
私が動かなくなる時はエルの腕の中でこの命を全うしたかった。こんな暗く寒い宇宙の真ん中で朽ちるのは…あまりにも辛い…
もはや日記ではなくただの戯れ事と愚痴だけになってしまった。
私はダメだな、決して弱音は吐かぬと誓ったのにこれではエルに合わせる顔がない。
いや・・・もう決して会うことは叶わないか。
目標地まで約30分です▼
ザザ――ガガガッ
もしもしユミルです。
応答を願います。どうぞ。
「―――――――ガッ――ザザ――」
もしもしユミルです。
応答を願います。どうぞ。
「や――通――か。ザザザザッ――と――じ――」
・・・そろそろ限界のようですね。
いや、むしろここまでもったことが信じられないほどです。
「―当――――よ――。まぁ――――――発――と言っ―――――」
あまり天狗にならないほうがいいですよ、エル?
けど・・・貴方には本当に助かっています。貴方がいるからこのような暗闇の世界でも私たちは繋がっていられる。
私は一人ではないのです。
「――――――ミ――れ―――――お――愛――――
だ――はや――っ―――よ」
顔が見えないからってはにかむような台詞を言わないでくださいよ。
恥ずかしいではないですか。
「ガガガガッ―ザ――束―――る為――――
―――たとは――――い―」
・・・そう・・・ですよね・・・
肝に銘じておきます。
「―――――――――が―――――ザザ――」
あははっ。エル、ちゃんとはっきり喋って下さいよ。ノイズが酷くて聞こえませんよ?
私の耳に聞こえるようはっきりと。
「すま―い。――ル――ザザッ――にくく―――た
そ――ろ限―――――」
・・・聞こえません。
聞こえませんからもっと大きな声ではっきりと叫んでくれませんか。
貴方が語るのは弱気ではない、私の名前です。
私の名前を、遠い遠い宇宙まで届かせるように大きく叫んで下さい。
でないと私は貴方を見失いそうになってしまう。
たった一つの貴方と私の繋ぐ道を。
「ユ――。―――ザザザ――でい――」
そこまでしてっ・・・言いたくないのですか・・・
わかりました、では私ももういいです。
地球に帰るまで通信はしません。
わかりましたか?
「――――――――ユミル!―――――――」
聞こえませんよ。
・・・聞きたくありません。
貴方の声など。
これ以上貴方の声は聴きたくない。
折角決心した私の決意が揺らいでしまいそうになるから。
貴方の温もりをもう一度感じてしまいたくなってしまうから。
「―ザザッッ――ガガガ――――ザ――――」
私と貴方の間にさよならなんて必要ありません。
例えこの声が貴方の元へ届いていなくとも、私は、私たちは常に一つなのだから。
「――――――――――――――――――」
生まれて始めて流す涙は、死の恐怖に対するものなのか。
それとも愛する彼と離れてしまったからか。
私にはわからない。わかりたくもなかった。
認めてしまえば彼と繋ぐ道がなくなってしまうような気がしたから。
目標地到着。目的地到着。目標と対象が一致しました▼
着陸態勢に移ります▼
グラビテーションフィールド展開▼
ホバリングシステム作動、着陸安全地確保▼
目標地へ着陸します▼
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
ゴウンゴウンゴウン
プシュー!
着陸成功▼
爆発地まであと約400M▼
・・・ふぅっ、ここが私の墓場となるところか。
随分とまぁ荒々しくて無骨な場所なことだ。無機質な私にはぴったりの場所じゃないか。
ふくよかな土と立派な墓石とかなんとか贅沢なことは言ってられない。
私にはやることがあるのだ、死ぬ前にまずはきちんと自分の仕事を終わらせないとな。
さて、どこらへんで爆発すればよいものか・・・
少し探索してみよう。
爆発地まであと約370M▼
しかしこの隕石、予想はしていたが相当大きいな。
直径1Kmだったか、こんなのが猛スピードで地球に衝突した日には半壊するというのもうなずける話だ。
確か太古の昔、地球は恐竜の楽園だったという。
それら恐竜が絶滅した要因として様々な説があるが、その中でも一番有力説であるのが巨大隕石の衝突であるというのを書物で読んだことがある。
今回の隕石はその時のものと比べると若干大きさには劣るので破壊力もそれほどではないとは思うが、速度が格段に速いと計測されたのでどうなるかは私にもわからない。
しかし、ただ一つ確かに確信を持って言えることは、これは地球には衝突しない。
いや私がさせない。
そのために私ははるばる遠い地球からやってきたのだ、この労力を無駄にはしない。
爆発地まであと約260M▼
どうやら隕石に到着したらどこでも爆発して良いということでもなく、決められた所定の場所で装置を作動させなければ正確に隕石を破壊できないらしい。
数百年後の未来、それも人類誰もが見たこともない隕石の爆破予定を寸分狂わず予知し実行させたルーベリア氏には心底驚愕せざるを得ないというものだ。
彼のような存在にはこの世界はどう移っていたのだろう。
着眼点、発想、思考全てにおいて人智を遥かに凌駕したその知能から見える景色は我々の見る景色とはどう違って見えたのだろうか。想像するだけ無駄というものだが、娘が父を想うことは何の不自然でもないことから、私がこのような思いを寄せるのもなんら異常ではないのだろう。
エルは恋人として好きで、ルーベリア氏は父として好きで、母様や妹様は家族として好き。
こう考えると私も随分と好きなものが増えたなぁ、と思う。
爆発地まであと約190M▼
本来この隕石は私の最も恨むべき対象であるのは間違いない。
これがなければ私はわざわざたった一人で遠い宇宙に赴かなくても良いのだから、実質言ってしまえばこの隕石が私の死因となる。
だが、よく考えればこの隕石が存在しなければそもそもの話私という存在は創られすらしなかったのではないだろうか。
全て私の仮説が正しければ―の場合ではあるが。
爆発地まであと約80M▼
眼前には岩石の山。どうやら遠回りする場所はなく、ここから正面突破しか方法がないようである。
ふん、ここまできて最後の最後で私を確かめようというのか。
いいだろう、私の最大まで強化されたアームの力とくと味わうがいい。
ズガガガッ!!
なるほど硬い。
流石は宇宙の隕石というわけだ、岩石の材質が地球のそれとは全く異なっている。
今まで私が体験した地球に存在するいかなる物質よりも硬いのではないだろうか。
だがそうこなくては、私の固い決意と分不相応なものでは張り合いがないというものだ。
砕けはしなくとも削れてはいるところをみると、私のボディとほぼ互角のようである。
私の最初で最期の全力、どうか受け止めてもらいたい。私が先に根を上げるか、貴様が砕け散るか、いざ参らん―!
爆発地まであと約58M▼
爆発予定時間まで残り13時間43分前▼
予定時間を過ぎますと、爆破破片が地球へ降り注ぐ危険性が極めて高くなります▼
なるべく早めの爆破をお願いいたします▼
ぐっ・・・想像以上に大きいなこいつは。
予定時間までに間に合うだろうか・・・
いや!何を考えている、間に合うのではない間に合わせるのだ。
弱音はもう絶対にはいてはならぬのだ!
バキンッ
うぐぅ!!?
右アーム破損、右アーム破損▼
右肩接合部に亀裂発生。極めて危険▼
エネルギー流出を防ぐため自動切断の処置を施します。右肩および右アームの神経回路切断▼
人工血液供給停止、及び筋繊維、皮膚を切断いたします▼
左アーム破損率87%。このまま酷使を続ければ100%の確立で破損します▼
左アームの回路を切断いたしますか?▼
はい――
というわけがないだろう。
今更何をされようとも私の決意は絶対に揺るがないのだ。
この両手は未来を切り開くもの。
この両足は過去を振り切るもの。
この頭は今を考え生きるもの。
右手がもげたら、左手をくれてやろう。
両手がもげたら、両足をくれてやろう。
諦めてはならないのだ、四肢全てがもげようとも頭がある!!
人間はそうやって原始の時代から今に至るまで決して諦めずに生きてきた。ならば私も人間を見習い、最期までもがき足掻いてみせようではないか。
ゴーレムである私が人間に一歩でも近づく為に。
人間に憧れた愚かなゴーレムが最期にできる唯一のことを!
ベキベキベキベキ・・・
バキンッ
爆発地まであと約10M▼
左アーム及び左レッグ大破、左アーム及び左レッグ大破▼
修復完了予定時刻は約400時間後です▼
修復を開始いたしますか?▼
いや・・・いい。
このまま続ける。
了解いたしました▼
爆発地まであと約7M▼
爆発予定時間まで残り6時間21分前▼
痛みは感じない。
辛くもない。
ボロボロの右足と頭のみとなった私に残されている道など――
右眼球破損▼
鼻消失▼
顔の皮膚組織及び結合組織に深刻のダメージ▼
これ以上のダメージは頭部破損の危険性があります▼
うるさい黙れ!!!
頭が壊れようがどうなろうが私に戻ることは許されないのだ。
ここまで来て引き下がるなど私の中にそのような選択肢はない。
もはや頭突きしか出来ぬ私に最後の力を、エネルギーを!!!
・・・爆発地まであと約0M▼
爆発予定地に到着いたしました▼
爆発予定時間まで残り1時間18分前▼
爆弾の時限タイマーを作動します▼
10分▼
やった・・・やったぞ・・・
手も足も失おうとも私はやってのけた。諦めなかったのだ。
人生いくら困難な壁にぶち当たろうとも決して諦めさえしなければ結果は見えてくるものなのだな。
計算ではじき出せる未来なんかよりも、こっちの方が泥臭く不確かなもので完璧ではないだろう。
だがその達成感、清清しさ、そして泥臭くも輝く格好よさ。
ヒトはこれがあるから頑張れるのではないだろうか。
たとえゴールの見えない真っ暗で困難な道のりでさえも、最後には必ずこの達成感が待っているのを知っているから、だからヒトは立ち向かっていけるのではないだろうか。
ようやっと少し理解できた気がする。
もう私はボロボロだ、身動きすらままならない。
横たえることにしよう。
どうやらここは隕石の中腹らしい。
小さなホールのようになっていて地球のそれとは少し違うながらも、若干の幻想的風景が漂っている。
ここで爆発することによりこの隕石自体を木っ端微塵に粉砕できるというわけだ、なるほどこれでは納得が出来る。
ここは隕石のコアのようなところなのだろう。物質の中核、最も大事で最も脆いモノの本質を決めるところ。
ここが正真正銘私の墓となるところだ。
私の見る最期の景色ということになる。
最期の景色はどのような場所になるか少々期待と不安に駆られていたが、この様な場所で逝けるのならばまぁ良しとすることにしよう。
正直なところはエルの腕の中で朽ち果てたかったのだがそれは無理だからな。
利口にここで我慢しておこうか。
5分▼
命なきこの身でさえ、終わりの時が近づいてくるのは嫌なほど分かっている。所詮私はゴーレム。この身朽ち果てるまで命令を実行するのみの存在である。
私は今この場で全世界全てのゴーレム達に言いたい。
己の運命を悲観するな。
例え自分が作られた存在であったとしても、自分は誰かに愛されているということを忘れてはならない。
その愛は恋人なのか、友人なのか、創り手なのか、それは各自にしかわからぬことだ。
だが、私たちは愛された分その愛を全力で相手に返すすべを知っている。
互いを愛し愛を育むことによってこの世はどれほど素晴らしいものなのかを実感することが出来るだろう。
どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあったとしても。
自分は誰かに愛されている、それがわかっただけで我々はこんなにも強くなることが出来るのだ。
若干説教臭くなってしまったがこれだけは覚えてもらいたい。
1分▼
あと私に残された時間は1分・・・
最期に・・・私が愛してやまない家族に一言だけ。
添えるとしよう。
母様へ。
貴女はとてもお強い方でした。貴女がいなければ今のエルと妹様はいなかったでしょう。
いきなりやってきた得体の知れぬゴーレムという私を、何一つ差別せず短い間でも使用人として扱ってくれて、私はとても嬉しかった。
感謝以外の気持ちはありません。本当にありがとうございました。
もしも・・・もしも次に生まれ変われるとしたならば、私は貴女の娘として生まれたい。
妹様へ。
貴女は私の中では太陽です。
いつどんな時でも常に前向きである発想やその表情は私にたくさんの勇気を与えてくれました。私も妹様を見習い、最期の最期は笑顔で逝けたらいいと思っております。
魔物娘としてその長くて幸せな人生を謳歌して下さい。
ボーイフレンドの方とも毎晩勤しんでいるようで、何よりです。魔界で日夜営んでいる様子を伺いたかったのですが、どうやらその夢も叶いそうにありませんので、お二人の幸せを祈ることといたします。私もエルと共に兄妹夫婦そろっての営みに混ざりたかったのですが仕方ありませんね。
末永く御幸せに。
エルへ。
貴方は私にとって全てです。
それ以外の言葉では到底言い表すことができません。貴方は私を愛してくれました。
エル、貴方は覚えていますか?貴方と営んだ日々を。
一度目はなにも感じなかった。
始めはただのエネルギーの補充のためだけだったっけな。あの時は快感も何も感じることがなく、エルには大変迷惑をかけたと思っている。
二度目は生暖かかった。
エルが妹様に取られると勘違いした私は先を越されまいとエルと半ば強制的に交わった。日記の録音を記録したまま行為に移るという今考えると恥ずかしくてたまらないが、あの時は仕方がなかったのだ。エルが好きで好きでたまらなかった、だから取られるのが悔しかった。まぁあの一件で妹様と打ち解けることが出来、さらに仲良くなることも出来たのだ。今となってはいい思い出である。
三度目は・・・気持ちよかった。何よりも嬉しかった。
エルが始めて私のことを恋人と言ってくれた。それだけ聞ければ私はもう言うことはない。満たされたのだ・・・
私は機械で、無表情で、可愛いげなく、変な所でこだわりを見せ、嘘をつき、命令を無視し、勝手に死にゆく、死んでも治らないほどの大馬鹿者です。
そんな私を貴方は何の疑いもなく純粋に愛して下さいました。今になってそれを気づく私はやはり大馬鹿者です。
それでも………そんな大馬鹿者な私でも……
永久に貴方を愛し続けていいでしょうか?
30秒▼
以上を持ちまして、私の音声日記は終了いたします。
以後この日記は残エネルギーを全て充填させたジェットエンジンを搭載させ地球へと帰還させます。
地球へたどり着く可能性は大きく見積もって約5%。決して高い値とは言い難いが、0%でもない限り私は絶対に諦めない。1%の希望がある限りその確率という名の奇跡に全力ですがってみようではないか。
笑うがいい。高度な計算機能を持ちながら、最後の最期は運に賭けるこの私を。
いくら馬鹿にされようとも、足蹴にされようとも、非難されようとも、蔑ろにされようとも。
この信念は決して曲げることはない。
最期に笑うのは、最後まで諦めなかった者なのだから。
私は帰ることができなくとも、私の声の断片だけでも地球に届けば本望である。
熱のない私でも、最期に人の温もりと言うものを感じ取れた。それでいい、それでいいのだ。
私は方舟。人類を救う方舟。
乗員なき方舟は誰が為に出航するのだろう。
私は方舟。朽ちゆく方舟。
二度と帰れぬ旅だとしても。
永きに渡りご清聴ありがとうございました。
【memorial:記念したもの】
【memorize:記憶する】
これにて私の音声日記もとい"私の活動を記念し行動を記録したもの"
【メモリアル・メモライズ】を終了します。
さようなら、ユミル。』
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
―
15秒▼
行ったか・・・無事に地球に届くことを願ってやまない。
ふ・・・もはや音声日記もないというのに独り言とはとうとう気が狂ってしまったのか?
いや、機械だけに機が狂ったという方が正しいか。
さて、私もそろそろ逝かなければならないようだ。
この31日間私は・・・充実しすぎてしまったようだ。
次々と脳に浮かんでくる日常の光景がめまぐるしく回っている。これが俗に言う走馬灯現象というものなのだろうか。
結局私は最期まで感情というものがわからなかった。
いや、たった31日で無から有を生み出すということがまず無理難題というものなのだが、それでも私はもう十分頑張ったほうではないだろうか。
この頑張りもエルはわかってくれるだろう。きっと彼なら、今できなくとも、きっといずれできると言って私の頭を撫でてくれるだろう。
私は感情を取得できない自分自身を悔やみ攻めると同時に、赤面し高揚した思いで、ただ彼に撫でられているだろうな。
10秒▼
――――――ん?
何か今凄く違和感を感じた。何を感じたのだろうか。
いや待て。
《感じた》?
一体感情のない私が何を感じるというのだ。
そもそも感情がないから感じるという言葉がでることがおかしい。
私は感じることがないのだ。
感情がない私は感じるということすらも感じ取れぬままのはず・・・?
・・・・・・・・・・はっ!ま、まさか・・・・・・
私は―――
5秒▼
―名前のない私にプレゼントだということでエルから「ユミル」という名前を授かった。北欧神話に登場する巨人から取ったものらしいが私には勿体ないくらいの名前だ。だがやはり今まで無かったものが貰えるとなると《嬉しい》ものである。
―少々《驚いた》が現に住まいにしている住居は豪邸であり、母様と妹様は実に気品溢れており身なりが正しい。
―同時に私もこれらと同じでいつかは機能しなくなると考えると少々《悲しく》なった。
―馬が《可哀相》ではないか。
―ということは魔物娘としての本能で知っていたのだがこうも見事に目の当たりにすると些か《感慨深い》ものがある。
―記録している私が《恥ずかしい》のである。
―晩餐はとても《楽しく》彼もこんなお屋敷と家族に恵まれ使用人ができてよかったと言っていた。
―私が言いたいことはエルは私が思っている以上に《魅力的》であることだ。
―とても胸がぽかぽかして《暖かい》気持ち。
―その結果に私は《唖然》とした。
―エルの作品の《素晴らし》さに実感せざるを得なくなってきた。
―私はこれほどまでに自分が《愚か》者だと思っていなかった。
―今の私は《怒り》に溢れているのだ。
―言いようのない《不安》を感じながらも。
―暑さと言うものが人間にとって《厳しい》ものなのかを考えさせられる。
―非常に《厄介》な状態に陥っている。
―私はそのような《胸騒ぎ》を覚えるのであった。
―私はエルの事を半分は《あきれ》、半分は《逞しい》と思った。
―エルとも2、3日合えなくなると思うだけで《口惜しい》と思ってしまう。
―見送りにエルが、妹様と母様を起さないよう付いて来てくれたのは《嬉し》かったのだが。
―約一ヶ月前まではこの場所にいたというのに、改めて訪れてみると随分と《懐かしい》ような気がして。
―若干の《恐怖》は少なからず感じている。
3秒▼
あ・・・・・あああ・・・わ、私は・・・
感情など知らなかったのではない――
初めから・・・知っていたのだ・・・・・・・・
嬉しいという喜びの気持ち。
素晴らしいという褒め称える気持ち。
恐怖という恐ろしい気持ち。
可哀想という悲哀の気持ち。
恥ずかしいという羞恥の気持ち。
愚かという戒めの気持ち。
その他にも様々な気持ちがある―
そうか私は、私は知っていたのか!!
1秒▼
ふっ・・・・・・はははははっ。
私は知っていた、全てを知っていたのではないか。
どうりで理解できぬはずだ、感情を既に持っている者が更に感情を手に入れようなどできるわけがないではないか。
私は・・・ついに有を生み出すことができたのだ!
エル!
やったぞ!
ついに無は有を生み出すことができた!!
装置作動▼
goodbye My Master▼
私はついに感情を―――――――――――――――――
【The end】
【End?】
『天気:不明
ザザ――ガガガッ
もしもしユミルです。
地球は今どのような天候ですか。
「昨日と―じ。快晴―。宇宙は――だ?寒いか?」
宇宙なので天候という概念は存在しませんが、ただ言えるならば約摂氏−270℃くらいでしょうか。
いかんせん、外気の気温を完全にシャットアウトするようになっていますので寒い、熱いというのは感じませんが。
「まさしく絶対―度の空間――うわけだな。―――――――――――――がう?」
すいません、通信障害が激しく・・・もう一度お願いします。
「流―――の距離じゃ無理があ――。そ―他の様子は――なっている?」
その他の様子ですか。そうですね、ただ言えることは無音で・・・暗闇で・・・何もない。
光さえも、空気すらも存在しない完全なる暗黒の世界とでも言いましょうか。
地球の常識など到底通用しないでしょうね。
「そ―か。――じゃまた後で通信たの―。ユミ―は任務―全うし―くれ」
了解。しばらくしたらこちらから再び通信いたします。
彼・・・エルとの他愛もない会話。
このこの音もない空間では私の耳に入るのはこの他愛もない雑談のみである。
いや、空気の存在しない宇宙では音の空気振動すらも許されない。つまり私が聞こえているのは、私の脳派に直接流れ込んでくる電気信号というわけなのだが。
それでも確かに私は今この瞬間、エルと会話し情報交換を行なった。
その出来事さえあれば音が聞こえただの聞こえないだのは全くどうでもいいことばかりである。
地球から遠く離れたこの暗黒空間で他人と会話ができるということだけで、とてつもない幸運なのだ。
まるで赤子が哲学を語り出すかの如く。
全盲の少年が美しい肖像画を描き上げるかの如く。
適当に創り上げた曲や脚本が世界的に有名な戯曲と類似しているかの如く。
そういった幸運、いや奇跡といっても差し支えのないほどの偶然が折り重なって今私とエルはたった一つ繋がっている。
この世に神が居るのならば、魔物娘という身でありながらも感謝したいところだ。
目標地まで約2時間です▼
もうこれほどまで近づいてしまっていたか。
どれ、そろそろ爆弾の準備を始めなければな。
・・・・・・エルのご先祖であり私の創始者でもあるルーベリア氏。
彼は一体私を創ってどうしたかったのだろうか。
今更過去の出来事を掘り返しても仕方のないことだが、どうしても気になることが私のなかで引っかかっている。
ルーベリア氏は地球の半分を破壊することの出来る恐ろしい爆弾を発明した天才である。
その彼がそうなるにまで至った理由としては、恐らく自分と同種である人間の醜さや惨たらしさに絶望したからだというのは間違っていないだろう
ではそのような天才的頭脳を有している彼がなぜ、爆弾を作成したそのときに起爆せず数百年後という言ってしまえば面倒くさい手法を取ったのだろうか。
地球を半壊させるほどの爆弾だ、全人類全てを葬り去ることは出来ぬが間接的に人類滅亡へと誘えることは出来たはずである。
私が考えるに爆発から逃れられた半分の人類は、残された土地を我先にと奪い合うだろう。それはもう全世界を巻き込むほどの大戦となるのは間違いなく、残された人類は衰退の道を辿るだけとなる。
人類は自らの手で滅ぶこととなるのだ。
私が少し考えるだけでも想像できたのだ、天才的頭脳を持つルーベリア氏ならばこのような結末は用意に予想できよう。
わざわざ隕石が衝突する時に合わせて時限をセットするという必要はまったくもってないということがよくよく考えてみればわかる。
では何故か?
確実に人類を滅ぼせるよう念には念を入れ隕石が衝突する時と同時にしたのか。
いや、天才であるルーベリア氏はそのようなことすらも計算尽くしているだろうから無駄な計画は練りこまない。
ここで私は私なりに仮説を立ててみた。
それはどのような仮説かというと・・・まことに身勝手はなはだしく自己中心的な仮説ではあるが、ルーベリア氏は発明品である私という存在を通してもう一度人間というものを見直してみようと思っていたのではないだろうか。
そもそも人類を滅ぼすためなら爆弾を作ればいいだけで、わざわざこのような高性能のゴーレムを作る必要はない。まして、神界の神具をふんだんに使用したこれでもかというくらいに手間隙のかかったゴーレムをわざわざ作ることがまずおかしいのだ。
彼は書物の最後にこう語っていた。
「もう我輩自身でさえも、どちらが真実なのか判断できなくなってしまった。愛すべき人間の行く末を地獄から見守っていたいと思う我輩と、ここまで堕ちた人間は全てリセットすべきと思う我輩が拮抗している」
と。
もしかすると彼は隕石が衝突する時という都合のいい猶予を人類に設けていたのではないだろうか。
それまでの数百年の間に人類に変化が訪れていなければ無慈悲に滅亡し、僅かな希望が残されていれば未来へと進むことが出来る。
そしてそれを決めるのは私だ。
私が研究跡地から取り出せられ、一ヶ月という短い時間の中で人々をふれあいどう感じたか。
彼はそれを試していたのではないだろうか。
昔と変わらず人間というものは冷酷な生物であり、私に対する風当たりが酷なものであったとしたら私はもしかしたら地球で爆発するという選択を選んでしまったかもしれない。
逆にエルやその家族、また町の人々などといった温もりを感じさせるコミュニケーションを心置きなく堪能した場合、今の私のように愛する人を守るため単身宇宙へと旅立っているのかもしれない。
これは全て私が考える仮説での話しだ。
どれが真実でどれが虚偽なのか、それはルーベリア氏にしかわからない。
ただそれでも、この仮説が少しでも真実に触れていれば私はルーベリア氏の真意に近づけたのではないだろうか。
ただそれだけでも理解することが出来れば、彼の言っていた「私を父として愛している」という言葉が嘘偽りではないということを証明できるだろう。そうすれば私もルーベリア氏のことを恨みの対象ではなく、たった一人のかけがえのない父として思い続けることができるのだ。
ゆえに私の仮説が少しでもルーベリア氏の真意に触れていてほしいと願うばかりである。
ふ・・・最期の時が迫っているというのに一体私は何を考えているのだろうな。感慨深くなっている。
過程はどうあれ私は宇宙でこの身朽ち果てると決めたのだ、それでもう・・・いいではないか。
欲を言えば・・・
私はもっとエルとふれあっていたかった。家族と和気藹々としていたかった。人の世界を味わっていたかった。
全ての人を助ける。
地球を救う。
そのような大義名分は私にはプログラミングされていない。私はただエルやその家族を救いたいだけなんだ。そうしてまた素敵な毎日を送ることが何よりも楽しいのだ。
それなのに何故なのだろう。
私は大切なものを守るために飛び立ったというのに、なぜこんなにも《寂しい》?
エル達が死ぬことのほうが余程辛いということは十分理解している。理解はしているんだ。
それを理解した上でもなおふりかかる、この寂しさは一体なんだと言うのだろうか。
自己防衛システムの一環か。
はたまた宇宙線による脳回路の故障か。
この寂しさだけは到底理解が出来ないことに私は苦悩している。
どうして私なのだ。
私はただ、人として生まれ人として恋をして人として死んでいきたかった。いや、いっそのこと魔物でもよい。つまるところ私は普通に生き普通に死にたかった。
普通の人間もしくは魔物としてこの世に生を受け、エルと運命的を感じさせるような出会いをし、普通の恋愛をしてお互いに愛を育み、共に笑い楽しみ時に快楽に溺れ、そうしてたくさんの友人に祝福されながら夫婦となり、共に子供を育てながら慣れない新生活に四苦八苦し、子供が一人立ちしたら私たちはセカンドライフを楽しみ、そうしていつの日か子供夫婦や孫に見守られながら夫と共に同じ墓で眠る。
そういった普通の人生を私は望んでいた。
しかし、私にはそれは絶対に叶えられない。
私は何か罪を犯したのだろうか、許されざる行為をしたのだろうか。
そうでもなければ・・・あまりにも辛過ぎる運命じゃないか・・・
どうして私なのだ・・・
私が動かなくなる時はエルの腕の中でこの命を全うしたかった。こんな暗く寒い宇宙の真ん中で朽ちるのは…あまりにも辛い…
もはや日記ではなくただの戯れ事と愚痴だけになってしまった。
私はダメだな、決して弱音は吐かぬと誓ったのにこれではエルに合わせる顔がない。
いや・・・もう決して会うことは叶わないか。
目標地まで約30分です▼
ザザ――ガガガッ
もしもしユミルです。
応答を願います。どうぞ。
「―――――――ガッ――ザザ――」
もしもしユミルです。
応答を願います。どうぞ。
「や――通――か。ザザザザッ――と――じ――」
・・・そろそろ限界のようですね。
いや、むしろここまでもったことが信じられないほどです。
「―当――――よ――。まぁ――――――発――と言っ―――――」
あまり天狗にならないほうがいいですよ、エル?
けど・・・貴方には本当に助かっています。貴方がいるからこのような暗闇の世界でも私たちは繋がっていられる。
私は一人ではないのです。
「――――――ミ――れ―――――お――愛――――
だ――はや――っ―――よ」
顔が見えないからってはにかむような台詞を言わないでくださいよ。
恥ずかしいではないですか。
「ガガガガッ―ザ――束―――る為――――
―――たとは――――い―」
・・・そう・・・ですよね・・・
肝に銘じておきます。
「―――――――――が―――――ザザ――」
あははっ。エル、ちゃんとはっきり喋って下さいよ。ノイズが酷くて聞こえませんよ?
私の耳に聞こえるようはっきりと。
「すま―い。――ル――ザザッ――にくく―――た
そ――ろ限―――――」
・・・聞こえません。
聞こえませんからもっと大きな声ではっきりと叫んでくれませんか。
貴方が語るのは弱気ではない、私の名前です。
私の名前を、遠い遠い宇宙まで届かせるように大きく叫んで下さい。
でないと私は貴方を見失いそうになってしまう。
たった一つの貴方と私の繋ぐ道を。
「ユ――。―――ザザザ――でい――」
そこまでしてっ・・・言いたくないのですか・・・
わかりました、では私ももういいです。
地球に帰るまで通信はしません。
わかりましたか?
「――――――――ユミル!―――――――」
聞こえませんよ。
・・・聞きたくありません。
貴方の声など。
これ以上貴方の声は聴きたくない。
折角決心した私の決意が揺らいでしまいそうになるから。
貴方の温もりをもう一度感じてしまいたくなってしまうから。
「―ザザッッ――ガガガ――――ザ――――」
私と貴方の間にさよならなんて必要ありません。
例えこの声が貴方の元へ届いていなくとも、私は、私たちは常に一つなのだから。
「――――――――――――――――――」
生まれて始めて流す涙は、死の恐怖に対するものなのか。
それとも愛する彼と離れてしまったからか。
私にはわからない。わかりたくもなかった。
認めてしまえば彼と繋ぐ道がなくなってしまうような気がしたから。
目標地到着。目的地到着。目標と対象が一致しました▼
着陸態勢に移ります▼
グラビテーションフィールド展開▼
ホバリングシステム作動、着陸安全地確保▼
目標地へ着陸します▼
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
ゴウンゴウンゴウン
プシュー!
着陸成功▼
爆発地まであと約400M▼
・・・ふぅっ、ここが私の墓場となるところか。
随分とまぁ荒々しくて無骨な場所なことだ。無機質な私にはぴったりの場所じゃないか。
ふくよかな土と立派な墓石とかなんとか贅沢なことは言ってられない。
私にはやることがあるのだ、死ぬ前にまずはきちんと自分の仕事を終わらせないとな。
さて、どこらへんで爆発すればよいものか・・・
少し探索してみよう。
爆発地まであと約370M▼
しかしこの隕石、予想はしていたが相当大きいな。
直径1Kmだったか、こんなのが猛スピードで地球に衝突した日には半壊するというのもうなずける話だ。
確か太古の昔、地球は恐竜の楽園だったという。
それら恐竜が絶滅した要因として様々な説があるが、その中でも一番有力説であるのが巨大隕石の衝突であるというのを書物で読んだことがある。
今回の隕石はその時のものと比べると若干大きさには劣るので破壊力もそれほどではないとは思うが、速度が格段に速いと計測されたのでどうなるかは私にもわからない。
しかし、ただ一つ確かに確信を持って言えることは、これは地球には衝突しない。
いや私がさせない。
そのために私ははるばる遠い地球からやってきたのだ、この労力を無駄にはしない。
爆発地まであと約260M▼
どうやら隕石に到着したらどこでも爆発して良いということでもなく、決められた所定の場所で装置を作動させなければ正確に隕石を破壊できないらしい。
数百年後の未来、それも人類誰もが見たこともない隕石の爆破予定を寸分狂わず予知し実行させたルーベリア氏には心底驚愕せざるを得ないというものだ。
彼のような存在にはこの世界はどう移っていたのだろう。
着眼点、発想、思考全てにおいて人智を遥かに凌駕したその知能から見える景色は我々の見る景色とはどう違って見えたのだろうか。想像するだけ無駄というものだが、娘が父を想うことは何の不自然でもないことから、私がこのような思いを寄せるのもなんら異常ではないのだろう。
エルは恋人として好きで、ルーベリア氏は父として好きで、母様や妹様は家族として好き。
こう考えると私も随分と好きなものが増えたなぁ、と思う。
爆発地まであと約190M▼
本来この隕石は私の最も恨むべき対象であるのは間違いない。
これがなければ私はわざわざたった一人で遠い宇宙に赴かなくても良いのだから、実質言ってしまえばこの隕石が私の死因となる。
だが、よく考えればこの隕石が存在しなければそもそもの話私という存在は創られすらしなかったのではないだろうか。
全て私の仮説が正しければ―の場合ではあるが。
爆発地まであと約80M▼
眼前には岩石の山。どうやら遠回りする場所はなく、ここから正面突破しか方法がないようである。
ふん、ここまできて最後の最後で私を確かめようというのか。
いいだろう、私の最大まで強化されたアームの力とくと味わうがいい。
ズガガガッ!!
なるほど硬い。
流石は宇宙の隕石というわけだ、岩石の材質が地球のそれとは全く異なっている。
今まで私が体験した地球に存在するいかなる物質よりも硬いのではないだろうか。
だがそうこなくては、私の固い決意と分不相応なものでは張り合いがないというものだ。
砕けはしなくとも削れてはいるところをみると、私のボディとほぼ互角のようである。
私の最初で最期の全力、どうか受け止めてもらいたい。私が先に根を上げるか、貴様が砕け散るか、いざ参らん―!
爆発地まであと約58M▼
爆発予定時間まで残り13時間43分前▼
予定時間を過ぎますと、爆破破片が地球へ降り注ぐ危険性が極めて高くなります▼
なるべく早めの爆破をお願いいたします▼
ぐっ・・・想像以上に大きいなこいつは。
予定時間までに間に合うだろうか・・・
いや!何を考えている、間に合うのではない間に合わせるのだ。
弱音はもう絶対にはいてはならぬのだ!
バキンッ
うぐぅ!!?
右アーム破損、右アーム破損▼
右肩接合部に亀裂発生。極めて危険▼
エネルギー流出を防ぐため自動切断の処置を施します。右肩および右アームの神経回路切断▼
人工血液供給停止、及び筋繊維、皮膚を切断いたします▼
左アーム破損率87%。このまま酷使を続ければ100%の確立で破損します▼
左アームの回路を切断いたしますか?▼
はい――
というわけがないだろう。
今更何をされようとも私の決意は絶対に揺るがないのだ。
この両手は未来を切り開くもの。
この両足は過去を振り切るもの。
この頭は今を考え生きるもの。
右手がもげたら、左手をくれてやろう。
両手がもげたら、両足をくれてやろう。
諦めてはならないのだ、四肢全てがもげようとも頭がある!!
人間はそうやって原始の時代から今に至るまで決して諦めずに生きてきた。ならば私も人間を見習い、最期までもがき足掻いてみせようではないか。
ゴーレムである私が人間に一歩でも近づく為に。
人間に憧れた愚かなゴーレムが最期にできる唯一のことを!
ベキベキベキベキ・・・
バキンッ
爆発地まであと約10M▼
左アーム及び左レッグ大破、左アーム及び左レッグ大破▼
修復完了予定時刻は約400時間後です▼
修復を開始いたしますか?▼
いや・・・いい。
このまま続ける。
了解いたしました▼
爆発地まであと約7M▼
爆発予定時間まで残り6時間21分前▼
痛みは感じない。
辛くもない。
ボロボロの右足と頭のみとなった私に残されている道など――
右眼球破損▼
鼻消失▼
顔の皮膚組織及び結合組織に深刻のダメージ▼
これ以上のダメージは頭部破損の危険性があります▼
うるさい黙れ!!!
頭が壊れようがどうなろうが私に戻ることは許されないのだ。
ここまで来て引き下がるなど私の中にそのような選択肢はない。
もはや頭突きしか出来ぬ私に最後の力を、エネルギーを!!!
・・・爆発地まであと約0M▼
爆発予定地に到着いたしました▼
爆発予定時間まで残り1時間18分前▼
爆弾の時限タイマーを作動します▼
10分▼
やった・・・やったぞ・・・
手も足も失おうとも私はやってのけた。諦めなかったのだ。
人生いくら困難な壁にぶち当たろうとも決して諦めさえしなければ結果は見えてくるものなのだな。
計算ではじき出せる未来なんかよりも、こっちの方が泥臭く不確かなもので完璧ではないだろう。
だがその達成感、清清しさ、そして泥臭くも輝く格好よさ。
ヒトはこれがあるから頑張れるのではないだろうか。
たとえゴールの見えない真っ暗で困難な道のりでさえも、最後には必ずこの達成感が待っているのを知っているから、だからヒトは立ち向かっていけるのではないだろうか。
ようやっと少し理解できた気がする。
もう私はボロボロだ、身動きすらままならない。
横たえることにしよう。
どうやらここは隕石の中腹らしい。
小さなホールのようになっていて地球のそれとは少し違うながらも、若干の幻想的風景が漂っている。
ここで爆発することによりこの隕石自体を木っ端微塵に粉砕できるというわけだ、なるほどこれでは納得が出来る。
ここは隕石のコアのようなところなのだろう。物質の中核、最も大事で最も脆いモノの本質を決めるところ。
ここが正真正銘私の墓となるところだ。
私の見る最期の景色ということになる。
最期の景色はどのような場所になるか少々期待と不安に駆られていたが、この様な場所で逝けるのならばまぁ良しとすることにしよう。
正直なところはエルの腕の中で朽ち果てたかったのだがそれは無理だからな。
利口にここで我慢しておこうか。
5分▼
命なきこの身でさえ、終わりの時が近づいてくるのは嫌なほど分かっている。所詮私はゴーレム。この身朽ち果てるまで命令を実行するのみの存在である。
私は今この場で全世界全てのゴーレム達に言いたい。
己の運命を悲観するな。
例え自分が作られた存在であったとしても、自分は誰かに愛されているということを忘れてはならない。
その愛は恋人なのか、友人なのか、創り手なのか、それは各自にしかわからぬことだ。
だが、私たちは愛された分その愛を全力で相手に返すすべを知っている。
互いを愛し愛を育むことによってこの世はどれほど素晴らしいものなのかを実感することが出来るだろう。
どんなに辛いことがあっても、悲しいことがあったとしても。
自分は誰かに愛されている、それがわかっただけで我々はこんなにも強くなることが出来るのだ。
若干説教臭くなってしまったがこれだけは覚えてもらいたい。
1分▼
あと私に残された時間は1分・・・
最期に・・・私が愛してやまない家族に一言だけ。
添えるとしよう。
母様へ。
貴女はとてもお強い方でした。貴女がいなければ今のエルと妹様はいなかったでしょう。
いきなりやってきた得体の知れぬゴーレムという私を、何一つ差別せず短い間でも使用人として扱ってくれて、私はとても嬉しかった。
感謝以外の気持ちはありません。本当にありがとうございました。
もしも・・・もしも次に生まれ変われるとしたならば、私は貴女の娘として生まれたい。
妹様へ。
貴女は私の中では太陽です。
いつどんな時でも常に前向きである発想やその表情は私にたくさんの勇気を与えてくれました。私も妹様を見習い、最期の最期は笑顔で逝けたらいいと思っております。
魔物娘としてその長くて幸せな人生を謳歌して下さい。
ボーイフレンドの方とも毎晩勤しんでいるようで、何よりです。魔界で日夜営んでいる様子を伺いたかったのですが、どうやらその夢も叶いそうにありませんので、お二人の幸せを祈ることといたします。私もエルと共に兄妹夫婦そろっての営みに混ざりたかったのですが仕方ありませんね。
末永く御幸せに。
エルへ。
貴方は私にとって全てです。
それ以外の言葉では到底言い表すことができません。貴方は私を愛してくれました。
エル、貴方は覚えていますか?貴方と営んだ日々を。
一度目はなにも感じなかった。
始めはただのエネルギーの補充のためだけだったっけな。あの時は快感も何も感じることがなく、エルには大変迷惑をかけたと思っている。
二度目は生暖かかった。
エルが妹様に取られると勘違いした私は先を越されまいとエルと半ば強制的に交わった。日記の録音を記録したまま行為に移るという今考えると恥ずかしくてたまらないが、あの時は仕方がなかったのだ。エルが好きで好きでたまらなかった、だから取られるのが悔しかった。まぁあの一件で妹様と打ち解けることが出来、さらに仲良くなることも出来たのだ。今となってはいい思い出である。
三度目は・・・気持ちよかった。何よりも嬉しかった。
エルが始めて私のことを恋人と言ってくれた。それだけ聞ければ私はもう言うことはない。満たされたのだ・・・
私は機械で、無表情で、可愛いげなく、変な所でこだわりを見せ、嘘をつき、命令を無視し、勝手に死にゆく、死んでも治らないほどの大馬鹿者です。
そんな私を貴方は何の疑いもなく純粋に愛して下さいました。今になってそれを気づく私はやはり大馬鹿者です。
それでも………そんな大馬鹿者な私でも……
永久に貴方を愛し続けていいでしょうか?
30秒▼
以上を持ちまして、私の音声日記は終了いたします。
以後この日記は残エネルギーを全て充填させたジェットエンジンを搭載させ地球へと帰還させます。
地球へたどり着く可能性は大きく見積もって約5%。決して高い値とは言い難いが、0%でもない限り私は絶対に諦めない。1%の希望がある限りその確率という名の奇跡に全力ですがってみようではないか。
笑うがいい。高度な計算機能を持ちながら、最後の最期は運に賭けるこの私を。
いくら馬鹿にされようとも、足蹴にされようとも、非難されようとも、蔑ろにされようとも。
この信念は決して曲げることはない。
最期に笑うのは、最後まで諦めなかった者なのだから。
私は帰ることができなくとも、私の声の断片だけでも地球に届けば本望である。
熱のない私でも、最期に人の温もりと言うものを感じ取れた。それでいい、それでいいのだ。
私は方舟。人類を救う方舟。
乗員なき方舟は誰が為に出航するのだろう。
私は方舟。朽ちゆく方舟。
二度と帰れぬ旅だとしても。
永きに渡りご清聴ありがとうございました。
【memorial:記念したもの】
【memorize:記憶する】
これにて私の音声日記もとい"私の活動を記念し行動を記録したもの"
【メモリアル・メモライズ】を終了します。
さようなら、ユミル。』
―
―
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―
―
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―
―
15秒▼
行ったか・・・無事に地球に届くことを願ってやまない。
ふ・・・もはや音声日記もないというのに独り言とはとうとう気が狂ってしまったのか?
いや、機械だけに機が狂ったという方が正しいか。
さて、私もそろそろ逝かなければならないようだ。
この31日間私は・・・充実しすぎてしまったようだ。
次々と脳に浮かんでくる日常の光景がめまぐるしく回っている。これが俗に言う走馬灯現象というものなのだろうか。
結局私は最期まで感情というものがわからなかった。
いや、たった31日で無から有を生み出すということがまず無理難題というものなのだが、それでも私はもう十分頑張ったほうではないだろうか。
この頑張りもエルはわかってくれるだろう。きっと彼なら、今できなくとも、きっといずれできると言って私の頭を撫でてくれるだろう。
私は感情を取得できない自分自身を悔やみ攻めると同時に、赤面し高揚した思いで、ただ彼に撫でられているだろうな。
10秒▼
――――――ん?
何か今凄く違和感を感じた。何を感じたのだろうか。
いや待て。
《感じた》?
一体感情のない私が何を感じるというのだ。
そもそも感情がないから感じるという言葉がでることがおかしい。
私は感じることがないのだ。
感情がない私は感じるということすらも感じ取れぬままのはず・・・?
・・・・・・・・・・はっ!ま、まさか・・・・・・
私は―――
5秒▼
―名前のない私にプレゼントだということでエルから「ユミル」という名前を授かった。北欧神話に登場する巨人から取ったものらしいが私には勿体ないくらいの名前だ。だがやはり今まで無かったものが貰えるとなると《嬉しい》ものである。
―少々《驚いた》が現に住まいにしている住居は豪邸であり、母様と妹様は実に気品溢れており身なりが正しい。
―同時に私もこれらと同じでいつかは機能しなくなると考えると少々《悲しく》なった。
―馬が《可哀相》ではないか。
―ということは魔物娘としての本能で知っていたのだがこうも見事に目の当たりにすると些か《感慨深い》ものがある。
―記録している私が《恥ずかしい》のである。
―晩餐はとても《楽しく》彼もこんなお屋敷と家族に恵まれ使用人ができてよかったと言っていた。
―私が言いたいことはエルは私が思っている以上に《魅力的》であることだ。
―とても胸がぽかぽかして《暖かい》気持ち。
―その結果に私は《唖然》とした。
―エルの作品の《素晴らし》さに実感せざるを得なくなってきた。
―私はこれほどまでに自分が《愚か》者だと思っていなかった。
―今の私は《怒り》に溢れているのだ。
―言いようのない《不安》を感じながらも。
―暑さと言うものが人間にとって《厳しい》ものなのかを考えさせられる。
―非常に《厄介》な状態に陥っている。
―私はそのような《胸騒ぎ》を覚えるのであった。
―私はエルの事を半分は《あきれ》、半分は《逞しい》と思った。
―エルとも2、3日合えなくなると思うだけで《口惜しい》と思ってしまう。
―見送りにエルが、妹様と母様を起さないよう付いて来てくれたのは《嬉し》かったのだが。
―約一ヶ月前まではこの場所にいたというのに、改めて訪れてみると随分と《懐かしい》ような気がして。
―若干の《恐怖》は少なからず感じている。
3秒▼
あ・・・・・あああ・・・わ、私は・・・
感情など知らなかったのではない――
初めから・・・知っていたのだ・・・・・・・・
嬉しいという喜びの気持ち。
素晴らしいという褒め称える気持ち。
恐怖という恐ろしい気持ち。
可哀想という悲哀の気持ち。
恥ずかしいという羞恥の気持ち。
愚かという戒めの気持ち。
その他にも様々な気持ちがある―
そうか私は、私は知っていたのか!!
1秒▼
ふっ・・・・・・はははははっ。
私は知っていた、全てを知っていたのではないか。
どうりで理解できぬはずだ、感情を既に持っている者が更に感情を手に入れようなどできるわけがないではないか。
私は・・・ついに有を生み出すことができたのだ!
エル!
やったぞ!
ついに無は有を生み出すことができた!!
装置作動▼
goodbye My Master▼
私はついに感情を―――――――――――――――――
【The end】
【End?】
13/03/02 20:26更新 / ゆず胡椒
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