連載小説
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3章 夜更け
ここは魔王城・・・の裏門。
普段は滅多に使われることはなく、見張りの魔物も力の弱い下級魔物くらいしか存在していない。
辺りには魔物の骨や少量ながら人間らしきものがいた痕跡もあった。触手の森に迷い込み生涯をここで果たしていたのだろう。
裏門は正門の1/10程度の大きさしかないが、それでも一度に百人はゆうに通れるほどであり、いかに正門が巨大なのかがわかるだろう。

またしても魔界の雰囲気に合わぬ人間達が・・・今度は二十五人。
剣を手に取る者、辺りを見回している者、ビクビクと怯えている者がいる中、先頭の男は・・・


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「どうしたんすか?グレイさん?」
 スノウの呼びかけにハッとなるグレイ。
「あぁ・・・スノウか・・・なんでもない。ただの考え事だ。」
「にしては随分と顔色も悪いっすね。本当に大丈夫で?」
 グレイの顔には冷や汗や脂汗と言ったものが流れ、滴っている。が、スノウの問いかけにも彼は平然を保つ。
「・・・俺は大丈夫だ。心配するな。」
「何かあったら言って下さいよ。俺とグレイさんの仲なんすから〜」
 スノウは腕をまくり上げ力こぶを作った。グレイは軽くスノウの頭に手を置き微笑する。

 グレイは感じていたのだ。何かとてつもなく暗く、禍々しく、恐ろしい気が先ほどからずっと裏門に近づくにつれて増していく事を。
 ・・・いや、すでに魔界に入ったときから今までとは違う得体の知れない恐怖が彼を包んでいたようだった。魔界に何回も来ている彼がだ。
(魔王城の威圧に気圧されたか?俺もビビりになったもんだな。)
 そう自分に言い聞かせ、兵士から水を貰う。それを一気に飲み干すグレイ。
(っプハァ・・・多分この気配を感じているのは俺だけだろう。皆に言うわけにはいかないな)
 皆は必ずパニックに陥り、部隊の指揮が執れなくなるというところまで彼は見据えていた。

「ここらでいいだろう。」
 グレイは辺りを見回し足を止める。裏門の真正面で木々も何もない開けた空間だ。幸い見張りは居なく、彼らの存在は誰にもばれることはない。
 足を止めるグレイを見た兵士達もすかさず足を止め、これから言われるであろうグレイの指示を聞き取りやすくするように隊列を組んだ。
「俺達はここで待機だ。」


一方こちらは残された兵士達。
「そろそろですね・・・」
 ソフィアはそう呟くと指示を出す。ソフィアもグレイと同じ恐怖を感じていた。何かが起こる。そう感じているが副団長という立場から彼女は恐怖を押さえ込まなければならなかった。

「もうじき団長達は裏門に一番近いところまで接近するでしょう。団長は私達を信じています。私達も団長達を信じましょう。」
 ソフィアの呼びかけに兵士達も深くうなずいた。皆考えることは同じなようだ。
「作戦を決行します。魔術師隊!詠唱をお願いします!」

「「「「「了解!」」」」」

 円を描くように一箇所に集まった魔術師隊。その中心にミラージュがおり、彼女は魔法詠唱を始める。この陣形は魔力の一番高い者が円の中心になるのだという。ミラージュの詠唱に復唱する形で周りを取り囲む魔術師達も詠唱を始めると、彼女達の頭上に小さな魔方陣が形成されていく。
 時間がたつにつれ小さかった魔方陣が次第に大きくなっていき、それに比例して彼女達の顔にも疲れが出てきた。
(ここまで溜まれば・・・)
「ここは危険です!皆さんは下がっていてください!!ソフィア副団長合図をお願いします!」
 ミラージュはそう言うと、魔方陣を魔王城の方向へ向ける。
 全ての準備は整いソフィアは右手を上げると―――

「発射!!!!」

 ―――その瞬間、辺りは白光に包まれ魔界の闇をかき消すかのように光り輝き、そしてその光の中心、魔方陣からは巨大な光の矢が魔王城目掛けて伸びていく。
 光の矢が魔王城まで届き城壁を吹き飛ばしていく。その美しい見た目にそぐわぬ破壊力で凄まじいエネルギー。だが、あと少しで魔王城を貫通しようと思えた時―――
 光の矢は消滅した。

「あともう少しだったのに・・・私達の力が足りなかったのね・・・」
 魔法が消えて肩を落とす魔術師達。それと同時に座り込む者や倒れる者。
「皆・・・よくがんばったよ。そして・・・無理もない、久しぶり・・・の実践でこんな大魔法・・・使っちゃうとね・・・」
 そう言うミラージュでさえ立っているのが精一杯のようだ。
「いえいえ、あなた達の働きはとても十分です。後は団長達が上手くやってくれるでしょう。残りの兵士達は魔術師達の介護を。」
 ソフィアはそう言うとふぅ・・・と深く息をついた。彼女も成功するか不安だったのだが、計画通りに事は進んだのでひとまず一安心し肩の荷が下りた。彼女自身も嬉しかったのだ。
(グレイ・・・気をつけて・・・)
 そう思い彼女も魔術師達の介護に行く。

 一つ腑に落ちないことがあったので彼女は立つのもやっとなミラージュの所に歩み寄り肩を貸した。その様子を見てソフィアは質問する。
「ねぇミラージュ。あれは本当にあなた達の魔力が足りなかったの?私の見る限りでは全力を出し尽くしていると思うのだけど・・・」
「はい・・・全力フルパワーで放出・・・しました・・・。しかし魔法は消えた・・・」
「これが・・・何を意味するか・・・わかりますか?」
 ミラージュは息をつきながら話す。ソフィアは少し考え事をし―――
 答えにたどり着いたが、同時に顔は先ほどの嬉しい顔つきではなくなっていた。わからないままのほうが良かったのかもしれない。

「ええ・・・その通り・・・私達の魔法は消えたのではない・・・何者かによって・・・消されたのです・・・!」



 グレイ達の頭上を光の矢が通り抜ける。それはあまりに眩しく彼らの視界を遮り、そして爆音。その爆音は城壁を破壊する音だと聞くだけでわかるくらいの音であった。
 そして突如何の前触れもなく光は消え、同じく爆音も消え去った。光がなくなり視界がようやくはっきり見えだすと、そこには魔王城の一角にぽかんと大口を開けている穴が見えていた。

「向こうは上手くやってくれたようだな。皆、ここからが本番だぞ。」
 大口を開けた穴からは多種多様な魔物が急いで出てくるのがはっきり確認出来る。想像以上に魔物たちはパニックになっており、とても近くに居るはずのグレイ達の姿はまるで見えていないかのようで、作戦通りである。
 グレイが今だと思ったその時、

「「静まれ!!!!!!」」

 どこからか物凄い大声二つが聞こえたかと思うと、魔物達は一瞬でピタリと動きを止めた。さっきまでの騒動が嘘のように静寂が戻る。
 グレイ達もその声に威圧され無意識に止まってしまう。声の主を探したが、人間の目では魔界の暗闇は不便すぎた。
「こんなところに来るとは、余程命を捨てたい者らしいな。」
「おぉおぉこんなとこに子ネズミかぃ」
 空を見渡すと声の主と思われる者が空中二人おり、グレイ達の前に下りてきた。その姿を見るや、その場に居るものは全員逃げ出したくなる。

 一人は、体の一部分が緑の鱗に覆われており頭には二本の角、グレイの大剣のような太い尾があり、そして背には見たこともない大きな翼を生やしている女性。立っているだけで地面がめり込んでおり、存在するだけで場の空気が重くなる。
 もう一人は、さきほどの女性より背が小さく少女といった外見で、また頭には同じく大きな角が生えているがこちらのはひん曲がっている。そして一際目立つ巨大な大鎌を背負っていて、吐き気がするほどの邪悪な気配を垂れ流しているある。

「・・・ドラゴンにバフォメットとは随分と歓迎されたもんだな。」
 グレイは冗談を言う。冗談でも言っていないと頭がおかしくなりそうだ。
 すでに約半分の人は彼女達の気に当てられ倒れている。スノウも気圧されないように精一杯のようだ。
「グレイさん・・・俺はなんとか大丈夫です・・・けど他の皆が・・・」
「わかっている。スノウ、お前ももう喋るな、気を持つことだけ考えろ。」

「我らの姿を見て気を保つとは威勢のいい人間も居るものだな。」
「まったくじゃ。『幼い少女の背徳と魅力』なぞ教え込みたいのぅ。」
 彼女達の会話を尻目にグレイは叫ぶ。
「我が名はグレイ=ヴォルグ!我々は訳あって魔王軍上層部に用がある!貴殿らがそうであるか!?」
「いかにも。我らは魔王軍幹部であるが・・・」
「話は聞いてやるが、用件によってはタダじゃおかんぞ」
(やはり幹部クラスになると人間の話をまともに聞いてくれる者も居るんだな。さて、ここまで持ち込んだがどう話そうか・・・)
 グレイは二つの不安があった。
 一つはこの二人がちゃんと話の飲んでくれるか。もう一つはグレイがずっと感じていた恐怖が彼女らではないということだ。

「・・・・・・・というわけなんだが・・・」
 グレイは一通り説明を終え、彼女らの返答を待っていた。
「・・・なるほどな。話を聞いて思ったが貴様ら、威嚇すると言っておきながら完全に立場が逆ではないか。」
「己の力量がわからぬとはアホじゃなぁ」
 二人は笑い半分呆れ半分で見ていた。
「俺達をバカにするな!勘違いされちゃ困るけど、俺達は騎士団の中でほんの一部にすぎないんだぜ!地上には俺達の何百倍もの騎士団がいて今も必死に仕事をしているし、その気になれば全軍総出動で魔王軍とも対等に戦えると思うぞ!」
 いきなりスノウがしゃしゃり出てきて自信満々で語る。グレイはとりあえず一発ゲンコツをくらわし黙らす。
「部下が迷惑をかけてすまない。だが、こいつの言っていることはさほど間違っていないだろう。俺達も守るためには全力を尽くす。お互い痛い目には合いたくないだろう?」
「・・・わかった。少し考えさせてくれ。」
 グレイは上手くいきそうだと確信した。こういう場合はたいてい上手くいくと彼の経験が物語った。

 彼女らはこちらに近づいてきた様子を見ると話がまとまったようだ。
「お前達は協会の奴らと比べて話しがわかるやつじゃなぁ。よし、その話乗ってやるぞぉ」
「今後一切我々は貴様らの王国へ軍は進めない。だが約束してくれ。貴様らも今後我々へ干渉してくるな。それと、軍に入っていないはぐれ魔物が貴様らの王国に入ることがあると思うが、それは貴様らでどうにかしてくれ。我々魔王軍もそこまで面倒は見きれんのでな。」
 思った以上の丁寧さにグレイは驚きを隠せなかったが、同時に話をのんでくれて安堵した。
「ああ、それくらいは俺達でもどうにかなる。話を聞いてくれてありがとう。約束する。」
 ドラゴンも驚き尻尾を一振りした。喜びの尻尾一振りで地面が大きくえぐり取られる。
「ありがとうか・・・人間からその言葉を聞けるとは思わなかったな。」
「最近は協会の人間が腐りきっているだけで、他の人間は意外と友好的なのかも知れんのぉ」
 そう二人は喋り、グレイ達も役目を果たし喜んでいる。スノウにいたっては、さぞ自分が話をつけたかのような顔つきだ。
「それでは、我は用があるのでこれにて失礼する。さらば。」
 ドラゴンはそう言うと、魔王城へ飛んでいき、あっという間に姿が見えなくなった。
 グレイ達も意気揚々と帰還の準備をしている。彼らの任務は終わったのだ






















「ぷっ・・・くくく・・・あははははははははははははははははは!!!!!!!!!!ひぃ〜面白い面白い・・・」

 どろりとその場の空気が濁り、その場に残っているバフォメットが突如高笑いしだした。彼女はニヤリと微笑み指を一回パチンッとならした。すると・・・

 どこに隠れていたか、彼女の背後には何百という魔王軍のデュラハン、ゴーレム、リザードマン、サキュバス・・・
 そしてサバトである魔女数人、上空には無数のハーピーが出現した。
「っ!おいおい。これは一体何のまねだ?冗談にしてはつまらなさ過ぎるぞ?」
「ほんっとにお前らはアホじゃな。バカじゃな。アホバカは死なぬとなおらんというからのぉ!」
 グレイの問いかけでさらに笑い続けるバフォメット。
「自分の言ったことを思い出せないほどバカかぁ?わしらは王国を襲わないと誓ったが・・・お前らを襲わないなんぞ一言も言うてないぞぉ?」
「・・・・・・・・・・!!!」
「ほらの?あのドラゴンは真面目でカタブツだからそこまで気づかなかったのじゃろうがなぁ。わしはしかと聞いたぞ。『約束する』となぁ!お前が自分で言ったんじゃろう?んん?」
(俺としたことが・・・逆にこいつのペースに乗せられていたのかッ・・・!)
「ひ、卑怯だ!俺達を騙したな!!」
 スノウは激しく喰らいつくがまったく相手にされていない。
「悪魔との約束は破れない。破りたいのなら・・・さきほどの魔法みたいにお前を消しちゃうぞ?
・・・そうじゃ!男どもはわしの可愛い魔女たちの『お兄ちゃん』になり、女どもはサバトにでも入ってみるかぁ?
・・・それが嫌なら皆わしのゴチソウになるかぁ?」


 バフォメットの高笑いだけが不気味に鳴り響いていた。
10/09/12 21:52更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
なっかなか話が進まず低迷中です・・・
今回はソフィアは空気です。
エロを期待している方には申し訳ありませんがまだまだになります。

次の章が物語の大きな山場になるんじゃないかと思われますが、
過度な期待は禁物ですよ!

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