エピローグ
「996!997!998!」
ここは魔界のマンション「メゾン・ド・ソロモン」の中腹36階と37階の間にある中央庭園。魔界の中でも特に凶暴性の少ない植物達が多くひしめいているところだ。時刻は人間界的な時刻で言う夕方4時くらいだろうか。何人かの魔物の姿がちらほらと見える。
一人は庭園の様子をスケッチしていたり・・・散歩している一組がいたり・・・片は一方、昼間っからベンチで騎乗位になり激しく営んでいる一組がいたり。
実に健全なにはともあれ、魔界はいつもどおり平和の時を刻んでいる。
そこに一際大き大剣を振り回し素振りし注目を集めている男が一人。
「999!最後1000!」
ブォン!!と最後に盛大な音を立てると、彼は大剣を側の木に肩掛けるように置いた。そうして彼は汗だくになりながら仰向けに思いっきり寝転がった。
すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・
ゆっくりと呼吸を整え、胸の鼓動も次第に小さくなってゆく。最後に汗が引いたところで彼は独り言を呟いた。
「あぁーーーーーーー!やっぱ素振り千回は辛ぇな。まぁだがサッパリするからいいか」
仰向けから、上半身だけを起こした彼は両手を挙げぐっと伸びをする。そうして肩、首の関節をごりごりと鳴らした後、指を曲げまたも関節を鳴らそうとする。指の関節を鳴らそうとした時、ふと左手の腕時計が目に留まった・・・かと思うと彼は数秒硬直した後、指をぼきぼきっと鳴らした。
(うお・・・もう4時じゃないか。早くしねぇと帰ってきちまう)
彼は立ち上がると、気に肩掛けていた大剣を手に持ち中央庭園を後にした。
「えれべた」と言われる箱のようなものの中に入り、57と記されたボタンを一押しすると一気に上昇し上へ上へと登りつめた。階段で上がるよりも遥かに早く、また疲れることも無いという画期的なシステムだ。
あっという間に57階まで着くと、チンという音がし扉が開き、彼は「えれべた」から降りると、毎日見慣れた扉の前に立った。そして扉を開く。
「ただいまーっと」
「おかえりーあなた。遅かったじゃない。あ、また素振りでもしてたんでしょ〜分かるんだから」
リビングで本を読んでいた妻にそう言われ、面食らってしまった彼は特に何も反論はできなかったので何も言わないことにした。大剣を自室に置き、リビングの妻の隣に座る。
「いや〜つい夢中になっちまってよ。時間を忘れてつい・・・」
「ついつい言わないの。今日が何の日か忘れたわけじゃないよ・・・ねぇ?」
「おいおい人聞きの悪い。今日の日の為に魔王軍幹部の仕事を有休までとって休んだんだ、忘れるわけが無いじゃないか。当の本人よりも、俺の方が喜んでるしな」
「ふふっ・・・そうだよね。早く孫なんてのも見てみたいよね。って気が早いか」
二人はテーブルに置いてあった紅茶を呑みながら雑談をしている。その光景はとても微笑ましい。新婚でもないのにもかかわらず、このように微笑ましく初々しいのは、実にこの二人が仲むつまじいのかを色濃く反映していた。
「と言うか・・・当の本人はまだなのか?」
「どうだろうね・・・夕方には帰るって朝言ってたけど」
ドタドタドタ・・・・・・!!
トテテテ・・・・・・
「ただいま〜〜!!」
「ただいま」
噂をすれば何とやら、今日の主役が帰ってきたようだ。
扉を閉じるや否やリビングにもうダッシュして来るナイスバディな金髪セミロングサキュバスと、遅れて入ってくるやや小柄でナイスバディな黒髪ロングヘアーサキュバスの二人が魔学校から帰ってきたのであった。
「ただいま!お父さんお母さん!!」
「ただいまパパママ」
「「おかえり二人とも」」
この二人は言わなくとも分かるだろう。グレイとソフィアの愛の結晶すなわち、彼らの子供なのである。
金髪セミロングの方は姉のミスティ=ヴォルグ。16歳。エネルギッシュな性格で学力はお世辞にもあるとは言えないが、運動と実践面ではほぼ完璧。齢16にして『魔物式4800手』をマスターしてしまった実歴を持つ。彼女は『まだ』人間の男と絶賛性交際中。ちなみに父にはまだこのことは言っていない。
黒髪ロングヘアーの方は妹のマナ=ヴォルグ。13歳。物静かで姉とは対極の存在でありながら成績はほぼ完璧で、悪いところを探す方が難しい。齢13にして『魔道・魔術学検定4段』取得の才恵まれた頭脳を持つ。運動と実践面では姉には到底及ばないが、それでも一般的な魔物よりかは遥かに上といったところだろうか。彼氏募集中。
強烈な個性丸出しのサキュバス二人組みだが、この親にしてこの子ありと言ったところだろうか。
「いや〜今日は部活休まないとね!なんてったって・・・」
「お姉ちゃんの誕生日だからね。私も大会近かったけど、今日は仮病で休んできたよ」
「はっはっは、まぁ一日ぐらいいいだろ。大事な大事なミスティの誕生日だからな」
「そういうこと。さ、はやく着替えておいで。今日は外食よ!」
「やった〜!ハ〜イ♪」
「わかったよ♪」
娘二人は別々に自室へ入っていった。グレイとソフィアも外出用の衣服に着替える為に、クローゼットへと向かったようだ。
「むぅ・・・最近仕事以外で外出なんてしてないからな・・・どれを着ていくものか・・・」
「そうねぇ・・・ってあなた!汗臭いわよ!!素振りなんてするから・・・
シャワーは時間が無いから・・・・・・香水!香水でもかけて!」
「おお、すまんすまん。ええと香水は〜っと・・・」
「あ、あぁ・・・この汗臭さ・・・なんだか疼いてきちゃう・・・あん・・・股間がヒクヒク・・・あはぁ・・・」
「おいおい・・・今は我慢だぞ。今は娘の誕生日を祝うことが最優先だろう」
「そ、そうだよね・・・ゴクリッ・・・」
(変な気起こさなきゃいいが・・・)
なんだかんだで四人とも準備はできたみたいだ。ソフィアと娘二人は尻尾と翼をしまい込み、衣服を着れるようにしている。
「さ、早く行くわよ。あのレストランは超人気だから早めに行かないとすぐ満席になっちゃうからね。あそこの料理は最高よ。」
「まだアタシ2回しか行ったことないよ。たっのしみ〜♪」
「私はまだ1回しかない・・・シェフが変わり者って噂だけどどうなのパパ?」
「ん?あぁ、ちょっと早口で料理のことには目が無い奴で、最高にやたらこだわるが基本はいい奴だよ。安心しな、獲って食われたりはしないさ」
―1階ホール『レストラン:チーズ・トップ』―
黄色い電飾できらびやかにデコレイトされた看板は、周りの風景から余りにも浮いていたので一際目立っていた。きっと黄色はチーズをイメージしたのだろうとは考えなくとも思いついてしまうものだ。
「今日はまだ誰も並んでないよお父さん!チャンスチャンス!」
「おお!早く来たのが幸いしたみたいだな。急ごうか」
レストランの扉を開くと
カランコロンカラン・・・
と軽快な音と共にレストラン店内が視界に広がった。
店内は外装の派手な電飾とは全く違うイメージで、それこそ小洒落たバーの様な雰囲気を醸し出していた。
「お客様は何名でございますか?」
4人と答えるとウェイトレスはこちらへどうぞと言うので、付いていくことにした。店の一番奥、丁度4人が座れるようなところへ案内された。
「よし、今日はミスティの17歳誕生日だ。皆、好きなものを食べていいぞ」
「へへ〜言われなくても最初からそのつもり!遠慮なくいっちゃうよ!『アマゾネスのパッションミート500g』と『エンジェルチーズケーキ』で!」
「じゃあ私は・・・『ウンディーネの侵食河幸』と・・・・・・『黒魔術ごちゃ混ぜスープ』で」
「おお、なかなか大穴で行くな。ソフィアは決めたか?」
「そうねぇ・・・じゃ『触手肉棒大盛森セット』と『カクテル:アウラウネのめしべ』で・・・♪」
「どっちも大人限定の媚薬入り裏メニューじゃねーか・・・」
「うふ♪だって今日まだ6時間分ヤってないのよ?約束は・・・破っちゃダ〜メ♪」
「ち、ちくしょうめ・・・じゃ俺も裏メニューにするかね。『トリプルD』と『吟醸:雪女の吐息』で」
「ハイかしこまりました〜」
ウェイトレスは再度メニューを読み確認すると、そそくさと入り口で待ち構えている次のお客の案内をしていた。よくよく外を見てみると、先ほど並んでいなかったのが、既に30人ほどの行列になっていた。やはり早く来たのは正解だったと家族一同ホッと肩を下ろす。
「お父さんお母さん今夜よろしくヤるのはいいけど・・・宿題があるんだから出来るだけ静かにしてよね〜」
「え?お姉ちゃんまだ終わってなかったの・・・?」
「ちょっと最近は部活が忙しくて忙しくて・・・なかなか暇が無いんだよね〜」
「まぁ晩経は大事だが、若いうちにしか出来ないこともあるからな。今は全力で遊ぶ時期だと思うぞ。
っとまぁそうだな、うるささで言えば俺はともかくソフィアが問題なんだが・・・」
「あ、それについては大丈夫よ。今日は上と下の階に響かない程度に喘ぐ予定だから」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
そんなこんなで時間がある程度経過したら、全員分の料理が出来上がり、テーブルの上に乗せられた。流石は一流レストランだけあって並べられた全ての料理がそれぞれ、とても美味しそうだ。得体の知れないものが入っているスープや、うごうご蠢いているサラダとかがあるが余り気にしないでおこう。
「「「せーの・・・ミスティ誕生日おめでとう!!!」」」
「えへへ〜どーいたしまして♪」
挨拶と同時に食し始める4人。
ミスティが肉にナイフを入れると、滝のようにあふれんばかりの肉汁。まさにそれはアマゾネスのしなやかな褐色の肌から湧き出る汗または、ほとばしる愛液さながら。一口口に運び、ぶるぶるっと体を震わせ体の五感全てでこの肉の音を聞き、形を視、食感を噛み締め、味を堪能し、香りを楽しんだ。
マナはひとまずスープを飲む。魔女の実験中かを思わせるほどに液体は紫色に蛍光し、具は得体の知れないものが入っている。スプーンをかき混ぜその中の一つをすくい取ってみると、緑色でねばねばしたようなものが・・・・・・何かは追求しない方がいいだろう。
ソファアはというと、すでに触手セットを食べ終えており、カクテルを堪能していた。飲んでいると言うより、自分の身体に塗っているのだが、これも余り追求しない方がいい。ただ、そのときの彼女の顔はとても期待に満ち溢れていたと言う。
グレイにいたっては、全て完食していた。余りにも早すぎである。
気が付けば席は満員になり、店内は忙しそうに走り回るウェイトレス一食になっていた。それでもなお、店外には長蛇の列が続いており、もう少し遅く来ていたならばこのレストランで誕生日の食事は出来なかったことだろう。
ある程度食事が進んでいる頃、ふとグレイはソフィアに聞いた。
「なぁ、ドロシーに一言挨拶でもしてかねぇか?ここに来るのも久し振りだし、彼女も繁盛してるんだろう」
グレイの提案にソフィアは答える。
「ん〜わたしもそうしようと思ったんだけどね・・・この繁盛ぶりじゃ、わたしたちが行ってもかえって邪魔になるだけなんじゃないかな?」
「あ〜・・・そうか、そうだよな。彼女にとっちゃ今が一番イキイキしている時間だもんな。邪魔しちゃ悪ぃか」
「そうだね・・・今度の宴会の時でもまた呑むってことでいいんじゃない?そのほうがゆっくりできるし」
二人はそれで納得し、再び食事をし始める。
今日のメインでもあるミスティの誕生日を飾るメインディッシュ、ケーキがようやく運ばれてくると娘二人はもう大興奮。我先にとケーキにがっつく娘二人は、鼻やらほっぺやらに生クリームをつけテーブルの上で競争中だ。その顔をおかしさ、愉快さは親二人を笑わせるのは非常に容易であった。
何がおかしいのか分からない娘二人は、眉間にしわを寄せお互いの顔を見合うと、笑いの原因が分かったと同時にお互いの顔を見て笑い出した。
テーブルを取り巻く笑いの渦。非常に微笑ましい光景だが、これは魔界にいるからこその笑いだとグレイは笑いながらそう思っていた。
もし任務が完璧に成功し、地上に戻っていたのならば、多分このような生活は出来なかった、または出来たとしても数十年後だろうと確信した。騎士団の任務に負われ終わることの無い魔物との戦い。人々を守るためにあった騎士団が、気がつけば魔物と戦う軍団に成り果てていたことに彼は心底疲れ果てていたのであった。
俺は騎士団長として長居しすぎたのだ。
今思えば、任務が失敗したことは成功だったのかもしれない。スノウに新騎士団長の座を譲ることによって、全く新しい騎士団に生まれ変わるだろう。スノウ自身、魔物と戦うことはあまり好きではなかったからきっと、魔物と人間が共存し手を取り合っていく環境にしてくれるだろう。
結果的に俺も、ソフィアと魔界で幸せな家族を気付くことが出来ている。世の中失敗だけじゃないんだな・・・
グレイはそう悟ったのであった。
―
――
―――
――――
―――――
――――――
―――――――
――――――――
「皆食べ終わった?そろそろ帰るわよ」
ソフィアが聞く頃には家族全員が食べ終わっており、自宅へ帰る準備を始めていた。テーブルから立ち上がり、身支度を終えると店の入り口まで戻っていった。
「お会計は銀貨27枚です〜」
「はいどうぞ。あ、あと落ち着いたらでいいから、ドロシーシェフにごちそうさまって言っておいてくれないかしら」
「あ・・・ハイ!わかりました!またのお越しをお待ちしてます〜」
店を出る四人。少し膨れた腹を叩きながらげっぷをするミスティにソフィアははしたないから止めなさいと少し強めに言った。
「いや〜美味しかった!ありがとうねお父さんお母さん!いい誕生日だよ!」
「・・・・・・なんか、改めて言われると照れるな。なぁソフィア」
「本当にね。でも・・・本当にミスティが私たちの子供でよかったわ」
「アタシも!お父さんとお母さんの子供で最高だよ♪ぎゅ〜♪」
そう言って二人に抱きつくミスティ。グレイとソフィアは抱きついてきたミスティの頭をなでなでしてあげた。その様子を隣で見ていたマナはうらやましそうに横目でチラチラ様子を伺っている。そうして我慢が出来なくなったのか、ミスティと同じように親二人に抱きついてしまった。ただ、彼女の方はミスティと違ってやや頬を赤らめていた。
「わ、私も・・・パパとママが大好き・・・むぎゅぎゅ〜♪」
娘二人に抱かれた親二人のその時の顔ときたら・・・そのこの上なく幸せそうな表情は文では表すことが出来ないだろう。ただただ幸せであった。
時間はすでに9時を回っていた。普段はだだっ広いホールは人気も無く静まり返っている・・・
そう、『普段』ならば。
今日のホールの様子はいつもと大きく違っていた。ちょうど『メゾン・ド・ソロモン』の入り口あたりだろうか、沢山の魔物達が野次馬のように集まり何かを見ている。その数はざっと見るだけでも30人以上。100人近くが住んでいるこのマンションではかなりの人数といえよう。一人、また一人とその様子を確認するために入り口へ走っていっているようだ。
グレイは走っている魔物を一人を呼び止め、何があったのか聞いてみた。
「あらあら!誰かと思えばグレイさん!え、何があったって?
私も噂で聞いて駆けつけたんだけど・・・なんでも、入り口に人間の男が倒れているらしいのよ!
どうやってここに着たかとかはさっぱりだけど、ただ一つ分かってるのは、花の咲いた植木鉢を大事そうに抱えてるってことらしいわよ。可笑しな人よねぇ・・・
それじゃ私はもう行くわ!これは宴会の気配よ!!」
そう言うとその魔物は走って行ってしまった。
「だってよ。所持品が植木鉢だけってのも可笑しな話だな・・・気でも狂った奴なのか?」
「さあ・・・なんとなくだけど、なにかワケありな気がするわね」
「ねぇねぇ!アタシも見てみたい!」
「わ・・・私も、気になる」
「お、丁度俺も気になってたところだ。ソフィアはどうだ?」
「わたしも気になるわね〜あなたとヤるのはその後でもいっか♪」
「そうだな・・・行ってみるか。
よし!あそこまで競争しようじゃないか!手加減はしないぞ」
「お!アタシはかけっこなら誰にも負けたことは無いよ!」
「魔法で飛ぶのはアリ?」
「あらあら・・・わたしも参加していいのかな?」
「ソフィアは問答無用で1位になるからな・・・ハンデをつけるならいいが?」
「あらそう?じゃあ・・・ハンデつけてでもわたしに負けたら、6時間から12時間に延長ね♪」
「これは負けられないな・・・大人気ないが本気を出させてもらおう。」
グレイたち4人は横一列に並びスタートの準備をしている。ミスティはクラウチング、マナは魔法の詠唱を始めているので娘二人も遊びながら本気といえよう。グレイが叫んだ。
「位置について・・・よーい・・・・・・・・・・・・」
「「「「ドン!!!!」」」」
今日も魔界は平和です
ここは魔界のマンション「メゾン・ド・ソロモン」の中腹36階と37階の間にある中央庭園。魔界の中でも特に凶暴性の少ない植物達が多くひしめいているところだ。時刻は人間界的な時刻で言う夕方4時くらいだろうか。何人かの魔物の姿がちらほらと見える。
一人は庭園の様子をスケッチしていたり・・・散歩している一組がいたり・・・片は一方、昼間っからベンチで騎乗位になり激しく営んでいる一組がいたり。
実に健全なにはともあれ、魔界はいつもどおり平和の時を刻んでいる。
そこに一際大き大剣を振り回し素振りし注目を集めている男が一人。
「999!最後1000!」
ブォン!!と最後に盛大な音を立てると、彼は大剣を側の木に肩掛けるように置いた。そうして彼は汗だくになりながら仰向けに思いっきり寝転がった。
すぅ・・・はぁ・・・すぅ・・・はぁ・・・
ゆっくりと呼吸を整え、胸の鼓動も次第に小さくなってゆく。最後に汗が引いたところで彼は独り言を呟いた。
「あぁーーーーーーー!やっぱ素振り千回は辛ぇな。まぁだがサッパリするからいいか」
仰向けから、上半身だけを起こした彼は両手を挙げぐっと伸びをする。そうして肩、首の関節をごりごりと鳴らした後、指を曲げまたも関節を鳴らそうとする。指の関節を鳴らそうとした時、ふと左手の腕時計が目に留まった・・・かと思うと彼は数秒硬直した後、指をぼきぼきっと鳴らした。
(うお・・・もう4時じゃないか。早くしねぇと帰ってきちまう)
彼は立ち上がると、気に肩掛けていた大剣を手に持ち中央庭園を後にした。
「えれべた」と言われる箱のようなものの中に入り、57と記されたボタンを一押しすると一気に上昇し上へ上へと登りつめた。階段で上がるよりも遥かに早く、また疲れることも無いという画期的なシステムだ。
あっという間に57階まで着くと、チンという音がし扉が開き、彼は「えれべた」から降りると、毎日見慣れた扉の前に立った。そして扉を開く。
「ただいまーっと」
「おかえりーあなた。遅かったじゃない。あ、また素振りでもしてたんでしょ〜分かるんだから」
リビングで本を読んでいた妻にそう言われ、面食らってしまった彼は特に何も反論はできなかったので何も言わないことにした。大剣を自室に置き、リビングの妻の隣に座る。
「いや〜つい夢中になっちまってよ。時間を忘れてつい・・・」
「ついつい言わないの。今日が何の日か忘れたわけじゃないよ・・・ねぇ?」
「おいおい人聞きの悪い。今日の日の為に魔王軍幹部の仕事を有休までとって休んだんだ、忘れるわけが無いじゃないか。当の本人よりも、俺の方が喜んでるしな」
「ふふっ・・・そうだよね。早く孫なんてのも見てみたいよね。って気が早いか」
二人はテーブルに置いてあった紅茶を呑みながら雑談をしている。その光景はとても微笑ましい。新婚でもないのにもかかわらず、このように微笑ましく初々しいのは、実にこの二人が仲むつまじいのかを色濃く反映していた。
「と言うか・・・当の本人はまだなのか?」
「どうだろうね・・・夕方には帰るって朝言ってたけど」
ドタドタドタ・・・・・・!!
トテテテ・・・・・・
「ただいま〜〜!!」
「ただいま」
噂をすれば何とやら、今日の主役が帰ってきたようだ。
扉を閉じるや否やリビングにもうダッシュして来るナイスバディな金髪セミロングサキュバスと、遅れて入ってくるやや小柄でナイスバディな黒髪ロングヘアーサキュバスの二人が魔学校から帰ってきたのであった。
「ただいま!お父さんお母さん!!」
「ただいまパパママ」
「「おかえり二人とも」」
この二人は言わなくとも分かるだろう。グレイとソフィアの愛の結晶すなわち、彼らの子供なのである。
金髪セミロングの方は姉のミスティ=ヴォルグ。16歳。エネルギッシュな性格で学力はお世辞にもあるとは言えないが、運動と実践面ではほぼ完璧。齢16にして『魔物式4800手』をマスターしてしまった実歴を持つ。彼女は『まだ』人間の男と絶賛性交際中。ちなみに父にはまだこのことは言っていない。
黒髪ロングヘアーの方は妹のマナ=ヴォルグ。13歳。物静かで姉とは対極の存在でありながら成績はほぼ完璧で、悪いところを探す方が難しい。齢13にして『魔道・魔術学検定4段』取得の才恵まれた頭脳を持つ。運動と実践面では姉には到底及ばないが、それでも一般的な魔物よりかは遥かに上といったところだろうか。彼氏募集中。
強烈な個性丸出しのサキュバス二人組みだが、この親にしてこの子ありと言ったところだろうか。
「いや〜今日は部活休まないとね!なんてったって・・・」
「お姉ちゃんの誕生日だからね。私も大会近かったけど、今日は仮病で休んできたよ」
「はっはっは、まぁ一日ぐらいいいだろ。大事な大事なミスティの誕生日だからな」
「そういうこと。さ、はやく着替えておいで。今日は外食よ!」
「やった〜!ハ〜イ♪」
「わかったよ♪」
娘二人は別々に自室へ入っていった。グレイとソフィアも外出用の衣服に着替える為に、クローゼットへと向かったようだ。
「むぅ・・・最近仕事以外で外出なんてしてないからな・・・どれを着ていくものか・・・」
「そうねぇ・・・ってあなた!汗臭いわよ!!素振りなんてするから・・・
シャワーは時間が無いから・・・・・・香水!香水でもかけて!」
「おお、すまんすまん。ええと香水は〜っと・・・」
「あ、あぁ・・・この汗臭さ・・・なんだか疼いてきちゃう・・・あん・・・股間がヒクヒク・・・あはぁ・・・」
「おいおい・・・今は我慢だぞ。今は娘の誕生日を祝うことが最優先だろう」
「そ、そうだよね・・・ゴクリッ・・・」
(変な気起こさなきゃいいが・・・)
なんだかんだで四人とも準備はできたみたいだ。ソフィアと娘二人は尻尾と翼をしまい込み、衣服を着れるようにしている。
「さ、早く行くわよ。あのレストランは超人気だから早めに行かないとすぐ満席になっちゃうからね。あそこの料理は最高よ。」
「まだアタシ2回しか行ったことないよ。たっのしみ〜♪」
「私はまだ1回しかない・・・シェフが変わり者って噂だけどどうなのパパ?」
「ん?あぁ、ちょっと早口で料理のことには目が無い奴で、最高にやたらこだわるが基本はいい奴だよ。安心しな、獲って食われたりはしないさ」
―1階ホール『レストラン:チーズ・トップ』―
黄色い電飾できらびやかにデコレイトされた看板は、周りの風景から余りにも浮いていたので一際目立っていた。きっと黄色はチーズをイメージしたのだろうとは考えなくとも思いついてしまうものだ。
「今日はまだ誰も並んでないよお父さん!チャンスチャンス!」
「おお!早く来たのが幸いしたみたいだな。急ごうか」
レストランの扉を開くと
カランコロンカラン・・・
と軽快な音と共にレストラン店内が視界に広がった。
店内は外装の派手な電飾とは全く違うイメージで、それこそ小洒落たバーの様な雰囲気を醸し出していた。
「お客様は何名でございますか?」
4人と答えるとウェイトレスはこちらへどうぞと言うので、付いていくことにした。店の一番奥、丁度4人が座れるようなところへ案内された。
「よし、今日はミスティの17歳誕生日だ。皆、好きなものを食べていいぞ」
「へへ〜言われなくても最初からそのつもり!遠慮なくいっちゃうよ!『アマゾネスのパッションミート500g』と『エンジェルチーズケーキ』で!」
「じゃあ私は・・・『ウンディーネの侵食河幸』と・・・・・・『黒魔術ごちゃ混ぜスープ』で」
「おお、なかなか大穴で行くな。ソフィアは決めたか?」
「そうねぇ・・・じゃ『触手肉棒大盛森セット』と『カクテル:アウラウネのめしべ』で・・・♪」
「どっちも大人限定の媚薬入り裏メニューじゃねーか・・・」
「うふ♪だって今日まだ6時間分ヤってないのよ?約束は・・・破っちゃダ〜メ♪」
「ち、ちくしょうめ・・・じゃ俺も裏メニューにするかね。『トリプルD』と『吟醸:雪女の吐息』で」
「ハイかしこまりました〜」
ウェイトレスは再度メニューを読み確認すると、そそくさと入り口で待ち構えている次のお客の案内をしていた。よくよく外を見てみると、先ほど並んでいなかったのが、既に30人ほどの行列になっていた。やはり早く来たのは正解だったと家族一同ホッと肩を下ろす。
「お父さんお母さん今夜よろしくヤるのはいいけど・・・宿題があるんだから出来るだけ静かにしてよね〜」
「え?お姉ちゃんまだ終わってなかったの・・・?」
「ちょっと最近は部活が忙しくて忙しくて・・・なかなか暇が無いんだよね〜」
「まぁ晩経は大事だが、若いうちにしか出来ないこともあるからな。今は全力で遊ぶ時期だと思うぞ。
っとまぁそうだな、うるささで言えば俺はともかくソフィアが問題なんだが・・・」
「あ、それについては大丈夫よ。今日は上と下の階に響かない程度に喘ぐ予定だから」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
そんなこんなで時間がある程度経過したら、全員分の料理が出来上がり、テーブルの上に乗せられた。流石は一流レストランだけあって並べられた全ての料理がそれぞれ、とても美味しそうだ。得体の知れないものが入っているスープや、うごうご蠢いているサラダとかがあるが余り気にしないでおこう。
「「「せーの・・・ミスティ誕生日おめでとう!!!」」」
「えへへ〜どーいたしまして♪」
挨拶と同時に食し始める4人。
ミスティが肉にナイフを入れると、滝のようにあふれんばかりの肉汁。まさにそれはアマゾネスのしなやかな褐色の肌から湧き出る汗または、ほとばしる愛液さながら。一口口に運び、ぶるぶるっと体を震わせ体の五感全てでこの肉の音を聞き、形を視、食感を噛み締め、味を堪能し、香りを楽しんだ。
マナはひとまずスープを飲む。魔女の実験中かを思わせるほどに液体は紫色に蛍光し、具は得体の知れないものが入っている。スプーンをかき混ぜその中の一つをすくい取ってみると、緑色でねばねばしたようなものが・・・・・・何かは追求しない方がいいだろう。
ソファアはというと、すでに触手セットを食べ終えており、カクテルを堪能していた。飲んでいると言うより、自分の身体に塗っているのだが、これも余り追求しない方がいい。ただ、そのときの彼女の顔はとても期待に満ち溢れていたと言う。
グレイにいたっては、全て完食していた。余りにも早すぎである。
気が付けば席は満員になり、店内は忙しそうに走り回るウェイトレス一食になっていた。それでもなお、店外には長蛇の列が続いており、もう少し遅く来ていたならばこのレストランで誕生日の食事は出来なかったことだろう。
ある程度食事が進んでいる頃、ふとグレイはソフィアに聞いた。
「なぁ、ドロシーに一言挨拶でもしてかねぇか?ここに来るのも久し振りだし、彼女も繁盛してるんだろう」
グレイの提案にソフィアは答える。
「ん〜わたしもそうしようと思ったんだけどね・・・この繁盛ぶりじゃ、わたしたちが行ってもかえって邪魔になるだけなんじゃないかな?」
「あ〜・・・そうか、そうだよな。彼女にとっちゃ今が一番イキイキしている時間だもんな。邪魔しちゃ悪ぃか」
「そうだね・・・今度の宴会の時でもまた呑むってことでいいんじゃない?そのほうがゆっくりできるし」
二人はそれで納得し、再び食事をし始める。
今日のメインでもあるミスティの誕生日を飾るメインディッシュ、ケーキがようやく運ばれてくると娘二人はもう大興奮。我先にとケーキにがっつく娘二人は、鼻やらほっぺやらに生クリームをつけテーブルの上で競争中だ。その顔をおかしさ、愉快さは親二人を笑わせるのは非常に容易であった。
何がおかしいのか分からない娘二人は、眉間にしわを寄せお互いの顔を見合うと、笑いの原因が分かったと同時にお互いの顔を見て笑い出した。
テーブルを取り巻く笑いの渦。非常に微笑ましい光景だが、これは魔界にいるからこその笑いだとグレイは笑いながらそう思っていた。
もし任務が完璧に成功し、地上に戻っていたのならば、多分このような生活は出来なかった、または出来たとしても数十年後だろうと確信した。騎士団の任務に負われ終わることの無い魔物との戦い。人々を守るためにあった騎士団が、気がつけば魔物と戦う軍団に成り果てていたことに彼は心底疲れ果てていたのであった。
俺は騎士団長として長居しすぎたのだ。
今思えば、任務が失敗したことは成功だったのかもしれない。スノウに新騎士団長の座を譲ることによって、全く新しい騎士団に生まれ変わるだろう。スノウ自身、魔物と戦うことはあまり好きではなかったからきっと、魔物と人間が共存し手を取り合っていく環境にしてくれるだろう。
結果的に俺も、ソフィアと魔界で幸せな家族を気付くことが出来ている。世の中失敗だけじゃないんだな・・・
グレイはそう悟ったのであった。
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「皆食べ終わった?そろそろ帰るわよ」
ソフィアが聞く頃には家族全員が食べ終わっており、自宅へ帰る準備を始めていた。テーブルから立ち上がり、身支度を終えると店の入り口まで戻っていった。
「お会計は銀貨27枚です〜」
「はいどうぞ。あ、あと落ち着いたらでいいから、ドロシーシェフにごちそうさまって言っておいてくれないかしら」
「あ・・・ハイ!わかりました!またのお越しをお待ちしてます〜」
店を出る四人。少し膨れた腹を叩きながらげっぷをするミスティにソフィアははしたないから止めなさいと少し強めに言った。
「いや〜美味しかった!ありがとうねお父さんお母さん!いい誕生日だよ!」
「・・・・・・なんか、改めて言われると照れるな。なぁソフィア」
「本当にね。でも・・・本当にミスティが私たちの子供でよかったわ」
「アタシも!お父さんとお母さんの子供で最高だよ♪ぎゅ〜♪」
そう言って二人に抱きつくミスティ。グレイとソフィアは抱きついてきたミスティの頭をなでなでしてあげた。その様子を隣で見ていたマナはうらやましそうに横目でチラチラ様子を伺っている。そうして我慢が出来なくなったのか、ミスティと同じように親二人に抱きついてしまった。ただ、彼女の方はミスティと違ってやや頬を赤らめていた。
「わ、私も・・・パパとママが大好き・・・むぎゅぎゅ〜♪」
娘二人に抱かれた親二人のその時の顔ときたら・・・そのこの上なく幸せそうな表情は文では表すことが出来ないだろう。ただただ幸せであった。
時間はすでに9時を回っていた。普段はだだっ広いホールは人気も無く静まり返っている・・・
そう、『普段』ならば。
今日のホールの様子はいつもと大きく違っていた。ちょうど『メゾン・ド・ソロモン』の入り口あたりだろうか、沢山の魔物達が野次馬のように集まり何かを見ている。その数はざっと見るだけでも30人以上。100人近くが住んでいるこのマンションではかなりの人数といえよう。一人、また一人とその様子を確認するために入り口へ走っていっているようだ。
グレイは走っている魔物を一人を呼び止め、何があったのか聞いてみた。
「あらあら!誰かと思えばグレイさん!え、何があったって?
私も噂で聞いて駆けつけたんだけど・・・なんでも、入り口に人間の男が倒れているらしいのよ!
どうやってここに着たかとかはさっぱりだけど、ただ一つ分かってるのは、花の咲いた植木鉢を大事そうに抱えてるってことらしいわよ。可笑しな人よねぇ・・・
それじゃ私はもう行くわ!これは宴会の気配よ!!」
そう言うとその魔物は走って行ってしまった。
「だってよ。所持品が植木鉢だけってのも可笑しな話だな・・・気でも狂った奴なのか?」
「さあ・・・なんとなくだけど、なにかワケありな気がするわね」
「ねぇねぇ!アタシも見てみたい!」
「わ・・・私も、気になる」
「お、丁度俺も気になってたところだ。ソフィアはどうだ?」
「わたしも気になるわね〜あなたとヤるのはその後でもいっか♪」
「そうだな・・・行ってみるか。
よし!あそこまで競争しようじゃないか!手加減はしないぞ」
「お!アタシはかけっこなら誰にも負けたことは無いよ!」
「魔法で飛ぶのはアリ?」
「あらあら・・・わたしも参加していいのかな?」
「ソフィアは問答無用で1位になるからな・・・ハンデをつけるならいいが?」
「あらそう?じゃあ・・・ハンデつけてでもわたしに負けたら、6時間から12時間に延長ね♪」
「これは負けられないな・・・大人気ないが本気を出させてもらおう。」
グレイたち4人は横一列に並びスタートの準備をしている。ミスティはクラウチング、マナは魔法の詠唱を始めているので娘二人も遊びながら本気といえよう。グレイが叫んだ。
「位置について・・・よーい・・・・・・・・・・・・」
「「「「ドン!!!!」」」」
今日も魔界は平和です
10/12/01 19:43更新 / ゆず胡椒
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