読切小説
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Forget-me-not
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 とある町の外れに、それはもう大層な怠け者な男がおりました。
 男は仕事も何もせず、昔稼いだお金を食いつぶしながら日々生活していました。




 男はある日、ぷらりと町へ散歩に出かけました。
 この町の住民は皆とても働き者で、毎日がとても充実しています。ある者は桑で畑を耕し、ある者は商いに勤めています。この男を除いてはですが。
 男はこの町の住民を見るとイライラしてきます。仕事なんて何が楽しいんだ、退屈でつまらないだけだ。そんなひねくれた性格のせいか、男は常に一人ぼっちでした。
 男が町を歩いていると、男の数少ない友人のうちの一人が男を呼び止めます。

「よぉ、ひさしぶりだなルドルフ。お前は・・・また仕事もしてないでほっつき歩いてんのか」

「仕事なんざめんどくせぇ、あと、あまり俺の名を人前で呼ぶな。
俺がどう生きてどう死のうが俺の勝手だ。仕事に縛られ、自由の利かない人生なんてまっぴらごめんだな」

 男は皮肉ったらしく返します。
 友人は少し呆れた顔をしました。

「まぁ、お前がそれでいいならいいが・・・昔の経験を生かして、何かやればいいのによ・・・
あ、そうだ、最近村の近くで山賊が出たって噂だ。身包みはがされないようにお前も気をつけとけよ」

「山賊か。身包みはがそうとも、俺は何も持っていないがな」

「アッハッハ!まったくそうだ。
それじゃ俺は仕事に戻るが・・・お前も早くいい仕事見つけろよ」




 男は友人と別れを告げ、再び町を歩きだしました。
 ここは、町の中心街。いつ来ても人がたくさん溢れかえり、にぎやかです。
 武器店や道具店をうろうろとしていると、ふと、レストランからいい香りがしてきました。男はお腹をぐぅと鳴らすと、財布を確認しレストランに入っていきます。
 レストランの中はとても混んでおり、家族やカップルなどで一杯になっていました。

「んじゃこれを頼む」

 男はいつか尽きるかもしれないお金で、このレストランで一番高くて美味しい料理を頼みました。その料理は今まで食べたことの無いくらい美味しく、男はあっという間にペロリと食べつくしてしまいました。男はとても満足です。
 
 けれど、男は不思議なことに自分が頼んだ高級料理よりも、隣の家族の普通料理のほうが美味しそうに見えました。なんとも不思議です。



 
 男はレストランを出ると、もうお空は真っ暗です。もう少し散歩をしていたいと思っていましたが、時間が時間なので帰ることにしました。
 帰路の街道を歩いていると、男はふと何かを見つけました。近づいて見てみると、それははっきりと見えてきます。
 それはなんと・・・美しい花でしょう、暗闇の中で光り輝いています。花は蒼に輝き、葉は水晶のように透き通っていました。

「こんな花、こんな所に生えていただろうか・・・?」

 男は時間を忘れ、うっとりと花を見つめていました。
 見る角度によって全く違う輝き方を見せてくれるその花は、まるで万華鏡のようです。
 男は満足して家に帰ろうとしましたが、あまりにも美しかったのか、また明日来ようと思いました。
 すると、数人の人の気配を感じます。男はしまった、と友人の言葉を思い出しました。
 男はいつの間にか山賊に囲まれていたのです。
 山賊の一人が言いました。

「こんな時間にこんなところで一人で歩いてちゃぁよ〜襲ってくれって言ってるのと同じだぜぇ?お兄さんよ!」

 一人がそう言うと続けざまに他の山賊が言います。

「出せるもん出して、早いとこ行っちまいな!じゃねぇと・・・痛い目見るぜ?」

 そう言うと、山賊達は一斉に武器を取り出しました。それを見た男はため息をつきます。

「・・・生憎お前さんたちには悪いが、俺は一文無しだぞ?」

 男は財布を山賊達に投げ入れました。山賊達は財布をいそいそと広げ中身を見ると・・・何も入っていません。

「おい・・・?これはどういうことだ?」

「そういうことだ。お前たちはこんな貧乏で何も持っていない奴から何を剥ぎ取る気だ?」

 山賊達はしばし話し合いをしています。時折もめていましたが、話しがつきました。

「・・・ったく・・・俺達も流石にそこまで落ちぶれちゃいねぇからな。今日のところは見逃してやるよ。ほら、さっさと行け!」

「悪かったな貧乏で。じゃ、失礼する」

「お・・・そうそう、一つ聞きたいが・・・この場所ってよぉ、お前の土地じゃねぇよな?」
 
 ふと山賊のリーダー格らしき大男が男に質問しました。もちろん無一文な男に所有地などあるわけが無いので、そう説明すると大男が続けざまに言います。

「んじゃこの花は誰のモンでもねぇな。俺様が大切に刈り取って大切に売りさばいてやろう。こんな綺麗な花なんて見たことねぇ、きっと大金で売れるな。
おい!ナイフを貸せ!」

 大男は部下からナイフを貰い、ぢり・・・ぢり・・・と一歩づつ花に近づいていきます。今にも花が刈り取られようとした時―――
 男が大男のナイフを弾き飛ばしました。大男は男を睨みつけます。

「・・・あ??何してんだてめー?この俺の邪魔しようってのかぁ!!??」

「邪魔じゃない、阻止したんだ。その花はたった今俺のものになった。
何故かって?・・・俺が気に入ったからさ」

「あぁそうかい、よっぽどお前さんは死にたいらしい。
んじゃ今すぐ殺してやるよ!かかれぇ!野郎ども!!!」


――
―――
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―――――
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―――――――

「ハァ・・・ハァ・・・っ痛痛・・・戦うのなんて・・・何年ぶりだろうな・・・」

 男は一人、花の側で仰向けに横たわっていました。男は山賊との戦いに勝ったのです。
 不幸中の幸いか、あの山賊達は出来たばかりでさほど強くはありませんでしたし、男は元軍人であったので戦いには慣れていました。
 花には傷一つありません。ですが、男の方はというと服は擦り切れ、体中にアザや切り傷が出来ていました。
 男は仰向けになりながら思いました。

(ったく何考えてんだ俺らしくねぇ・・・普通に花のことなんて無視すればよかっただろーが・・・
・・・けどなぜだろうか・・・ほっておけないよな・・・)

 男は軋む体をやっとのことで起き上がらせ、花に語り掛けます。

「まぁ気が向いたらまた来るからよ、それまで誰にも刈られるんじゃないぞ。
・・・ったく花に話しかけてどうする。とうとう俺もトチ狂っちまったか?ハハハ」

 男はそう言い、自分の家に向かって歩き出します。
 空はうっすらと青くなり始めていました。


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 一日、二日、そして一週間とたちました。
 しかし、男は一向に花に合いに来ません。
 それもそのはず、男は思った以上に重症でした。右手と右足は骨が折れているようで、とても痛く動きません。左足は痛みは無く、傷もありませんでしたが、何故か動きませんでした。
 唯一左手が動きますが、利き手ではないので思うように動きません。両足が動かないので自由に歩くことすら出来ませんでした。
 食事は日ごろ買い溜めしていたので、なんとか大丈夫なようです。
 そのような生活が続き、一週間が経ち、8日目の夜を迎えた頃です。
 傷を癒すためにベッドで横たわっていると―――



コンコン



 誰かが扉を叩いているではありませんか。
 友人が少ないので滅多に鳴らないその音は、今の男にはとても嬉しく懐かしい音でした。
 男は急いでベッドから飛び上が・・・ることは出来ないので、ベッドからずり落ち、動く左手で這って行きます。ようやく苦労して扉の前にたどり着きました。

「開けてくれて結構だぞー」

 今の男は、扉を開けることが出来ないので、こう言う他ありません。



ガチャリ



 ドアノブが回ると男はもう心臓が高鳴りしています。
 誰だろう、友人か親戚か家族か・・・家族はもういないか。彼は心躍らせ扉が開くのを待ちました。
 そして扉が開ききるとそこには・・・一人の女性がいました。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰??」

 男の目の前にはそれはそれは美しい女性が一人佇んでいました。
 しかし、どうも格好が普通ではありません。
 上半身ですが、格好依然にまず服を着ていません。男は彼女の自然体で大きな胸に釘付けになってしまいました。
 下半身は・・・これも服ではありません。どうも大きな花を髣髴させるような物に乗っていて、一番下から出ている根っこで移動しているようです。
 そして、頭には青色の花飾りがキラキラに輝いていましたとさ。
 彼女は言います。

「先日は助けてくれてどうもありがとうございます」

 男はわけが分かりませんでした。自分の頬をつねりましたが痛みがあります。どうやら夢ではないようです。

「山賊からわたしを助けてくれたじゃないですか」

「山賊?ああ・・・ん?
何言ってんだ?俺は誰も助けてねーぞ?」

「もう少しで刈り取られるところでした。・・・これでも分からないですか?」

 男はハッと気付いてしまいました。
 よく見るとこの女性、あの山賊から守った花とは姿形こそ違えど非常に酷似しているのです。

「わたし・・・あなたに恩返しがしたくて・・・どうしてもしたくて・・・」

「恩・・・返し・・・
お、おぉ・・・そーかそーか。それじゃまぁ・・・とりあえず上がってくか?」

 男は彼女を自宅に招き入れました。男の家は酷く散らかっていて整理整頓も何もされていません。

「恩返しか!そーかそーか。ところでお前は名前は何ていうんだ?」

「わたしはアウラウネの"フェアギス=マイン=ニヒト"といいます。恩返しをするためやって来ました。これからよろしくお願いしますねご主人♪」

「フェアギスか!そーか。恩返ししてくれるのなら大歓迎だ!
今日はもう遅いから・・・明日から恩返しよろしくたのむぜフェアギス!」
(仕事をしなくて楽な生活できるとは最高だ!)

 そんなこんなで自分の勝手な思いで花を守ってしまった男に・・・恩を感じてしまったフェアギスによる恩返しの日々がスタートするのでした・・・
  


―次の日の朝―


「ふぁぁ・・・さ・・・てと。んで、フェアギスよ。何を恩返ししてくれるんだ?」

 男はフェアギスにそう質問しました。フェアギスは言います。

「なにが?」

「なにがって!!!
オメーは俺に恩返しに着たんじゃねーのか!?」

「ハイそうです」

「だったらなんかあんだろーが」

「そうですね・・・それでは、ここを掘ってください!」

「おおそこか!そこに宝物が埋まってるんだな!?」

 男はフェアギスの言うことを信じ、ひたすらに掘り続けました。しかし、掘っても掘っても出てくるのは土と少し大きい石ばかり。
 気付けば太陽は頭の真上に来ていました。

「・・・・・・・・・・・・・・・・ギロッ」

 男はフェアギスを睨みつけます。

「いや違うんです!」

「何が違うんだコラぁ!!何も出てこねーじゃねーか!!」

「わたしそういう見つけるの不得意なんですよ〜!」

「じゃあ何が得意なんだよお前は」

「何がって言われましても・・・」

 男はしばらくため息をつき続けいていました。ふと目に映った友人の豪邸がとても羨ましく見えてきます。

「あそこの豪邸を見てみろ。あそこの奥さんはセイレーンでなぁ、自分の羽で綺麗な布織ったり、月一回コンサートを開いて稼いでいるんだ。俺が今着ている服もあそこの奥さんから友人のよしみで貰ったものだし、歌だって滅茶苦茶上手い。
フェアギスはそんなことできねーのかぃ?」

「織物に歌・・・ですか・・・分かりました!なんとかやってみます!」

 自宅に戻りフェアギスはまず織物に取り掛かりました。

「決して覗かないでくださいね・・・」

 フェアギスがそう言うと、一番奥の部屋に入っていきました。

 カタンカタンカタンカタン―

 どうやら出来上がったようです。フェアギスが部屋から出てきました。
 しかし、フェアギスが持っていたのは布ではなく、たった一本の植物の茎でした。

「で・・・できました・・・」

「売れるかぁーーーーーーーっ!!!!!」

 男は叫びます。無理もありませんよね。

「つーかお前・・・それただの茎じゃねーか!!
今のカタンカタンって音は何だったんだ一体!!」

「すいません・・・では歌を歌います!」



 3・2・1!ボエ〜



「うん・・・わかった・・・もういいから・・・止めてくれ・・・」

 男は半ば泣きながらフェアギスを止めにかかります。しかし、当の本人は自分に酔いしれていて、結局一曲歌い終わるまで歌い続けていましとた。

「どうでしたか!?ご主人?」

「あぁ!ばっちり最悪だ!」

「ガーン!!!やっぱり無理です〜・・・わたしこういう才能なくて・・・」

「ったく・・・何か他に出来ることが無いものか・・・」

「あ、ご主人・・・
わたしお腹すいて今にも倒れそうです・・・」

「ええええええええええ・・・
恩返しに来たんじゃねーのかよ・・・しょーがねーな俺が何か作って・・・
・・・待てよ、お前がアウラウネってことは・・・」

「つまりそういうことです♪大丈夫ですか?」

「・・・ったくもーなぁ・・・一回だけだぞ?」

「すいませんありがとうございます・・・パクッ♪」

 男はフェアギスに餌をあげます。フェアギスは蔓で男を手繰り寄せると、餌に食いつきました。
 餌を頬張ると見る見るうちに大きくなっていきます。フェアギスの口の中はアウラウネの蜜がたくさん分泌されるので、餌はとても敏感になってしまいました。餌の先っぽの方でしょうか、大きく膨らんでいるところはよりいっそう敏感になっており、舌先でちろちろと舐めるだけで餌は脈打ちます。
 餌が一度大きく脈打つと、すかさずフェアギスは餌の根元を蔓で握り締めました。

「エヘヘ♪まだですよご主人♪いーっぱい溜めたほうが濃くて美味しいのが出るんですから♪」

「ぐっ・・・なかなかどうして・・・俺が餌やりしてんだか・・・」

「あ、出そうですかぁ?いーですよ♪びゅびゅっとたーっくさん餌下さいね♪」

 フェアギスは蔓の締め付けを弱めます。それと同時に餌への刺激を強くしていきました。餌を上下に早く動かし先っぽを舐め続け、じゅっぽじゅっぽと音を立てていきます。

「は、早っ・・・うっ・・・もう・・・出っ・・・あああああああああああっっっ!!」

 男が叫ぶと、餌から白いねばねばした物がフェアギスの口の中に出されました。舌でよくよく味を堪能し、コクリと飲み干します。
 餌の中にはまだ、ねばねばした者が残っているらしいので残さず食べつくしました。

「チュゥゥゥーーーー・・・ズッ・・・ズッズル・・・
・・・ぷはっ!ゴチソウさまでしたご主人♪♪」

「はぁ・・・はぁ・・・
・・・ったく・・・俺が誰かの為に飯をやるなんて生まれて初めての出来事だ・・・
だいたい、俺よりだらしねぇ奴を始めて見たぞ・・・」

 フェアギスはお腹が満たされたのか、すぅすぅと眠りについてしまいました。
 男は自分より自分勝手でだらしない人を始めて見たので、少しの驚きと呆れを感じました。しかし、男は呆れつつも今までに無い感情が芽生え始めます。
 『楽しい』。
 昔仕事をしていたときも、仕事をやめた今も『楽しい』という感情は一切感じなかった男が、フェアギスといるこの時間が『楽しい』と感じ始めてきていたのです。これはこの男にはとても大きな事でした。
 男は寝ているフェアギスを起こさないようにそーっと自分のベッドに運ぶと、毛布をかけてあげました。
 男はフェアギスの寝顔を確認すると、自分はその側で床に寝そべり眠りにつきました。

「明日は頼むぞ、フェアギス・・・」







 それからしばらくフェアギスによる、気持ちだけは恩返しという日々が続きました・・・

「何でオメーが俺より遅くまで寝てんだよ!!」
「ぐーぐがー」

「お前はダンジョン攻略とかできねーのか?」
「完全にムリです」

「畑もロクに耕せねーのかよ!!根っこでひっかいてるだけじゃねーか!!」
「ガンバリます!」

「お前は結局何しに来たの?」
「"恩返し"です!」
「いや、違うな。お前は恩を仇で返すタイプだ」
「それならご主人と同じですね」
「うるせ!」

「ドジ!マヌケ!ほんとにお前はどーしようもない奴だなぁ!ハッハッハ!」
「そんなに褒めても何も出ませんよぉ♪」
「褒めてねぇ!」

 最近では町である噂が流れています。

「最近やけにアイツが楽しそうなのは気のせいだろうか・・・」
「なんでも畑仕事とかやってるらしいよ・・・」
「本当にか!?あの怠け者で有名なアイツが・・・」
「奇跡に近いぞそれ・・・」

 最初は純粋に恩返しのみを期待していた男でしたが、いつしかそんなことはすっかり忘れていました。
 自分よりなさけないフェアギスの世話で忙しくて忙しくて・・・
 でもそれがなんだか楽しくて楽しくて・・・決して豊かではない生活でしたが、男は今の時間が生まれて一番楽しい時と感じていました。
 
 ただ逆にフェアギスは、そのことをとても気にしていました。
 自分が何一つ恩返しできていないことを・・・




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 二人が出会ってからもうすぐ一年が経とうとしていた時、ある日の晩のこと・・・
 
「いやーしかし、お前と出会ってからもうすぐで一年経つんだよなぁ・・・
この一年はあっという間だったな」

「そうですね〜色々と大変でしたけど楽しい一年でしたよね〜」

「特に冬とかはな・・・噂には聞いていたが、本当に花弁の中に入れられるとは思わなかったぞ。冬が終わるまでの数ヶ月の間、お前とつながりっぱなしとはなかなか・・・だったぞ」

「そんなこと言わないで下さいよご主人♪」

「まぁそうしないと生きていけないなら仕方ねぇよな。・・・ところでよ、フェアギス」

「はい、なんですか?」

「今更なんだけどよ・・・俺がお前を助けたとき、お前はどう見ても普通の花だっただろう?どうして今のアウラウネの姿になったんだ?」

「あぁ〜それですか。通りすがりの聖職者にさせてもらったんですよ」

「通りすがりの・・・聖職者?」

「はい。ご主人がわたしを助けてくれた時ありますよね?その後、わたしはどうしても恩返しがしたかったんですが、ただの植物である私のそのような願いが叶うわけがありません。わたしはわたしの姿を嘆きました。
するとある日、わたしの目の前に真っ黒いローブを来た聖職者が現れこう言いました。『お前の願いこの私が叶えて差し上げましょう。どうか殿方を幸せにしてあげてください。』と。
それで気がついたら・・・この姿になっていました」

「なるほどわからん・・・世の中には不思議なことがあるもんだな。ただの花が魔物になっちまうなんてよ」

「ただの花なんて言わないで下さいよ!
こう見えて結構珍しい花だったんですよわたし。売れば結構なお金になりますし・・・・・・・・・・・・ぁ」

「すまないな、綺麗な花にしとくぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「しかし、その聖職者ってのが気になるな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」

「ん?どーした?」

 見つけました・・・
 ご主人に恩返しをする方法を見つけたのです・・・
 でも、それを考えるとなんだか急に涙があふれてきました・・・



 ―お別れです―



 でもそれでご主人に恩返しが出来るなら―――

「ご主人・・・」

「何だ?」

「私の名前・・・"フェアギス=マイン=ニヒト"・・・決して・・・決して忘れないで下さい・・・」

「何だ何だ?どうしたって言うんだ?」

「・・・いえ、なんでもありません・・・そろそろ眠たいので寝ますね・・・
・・・・・・・・・・おやすみなさい・・・・・・・・・・・」

 フェアギスは寝返りを打つように男から少し離れました。
 
 今日は少し離れて寝よう・・・
 側で寝ると・・・泣いてるのがバレちゃうから・・・








―翌朝―

「ふぁ〜〜〜あ・・・・・っと、今日も寝起きは快調っと・・・そうだろ?・・・って
・・・ん?フェアギスはどこだ?フェアギス!フェアギスー!?」

 男が朝目覚めると、昨夜まで隣で寝ていたフェアギスがいなくなっていました。男が不安になって家中を探し回るが、どこにも見当たりません。
 男は扉を開け外に飛び出ました。

「フェアギスー!!どこにいるんだー!?返事をしてくれーー!!!
フェアギ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ス?」

 男の目の前には、あの花が一輪咲いておりました。
 その花はあの日と変わらず、花は蒼く輝き、葉は水晶のように美しく透き通っています。
 男は思い出しました。
 昨日のフェアギスが何気なく言った一言を・・・

(あいつ・・・あいつ・・・なに・・・なにやってんだよ・・・)

 男は花に歩み寄りしゃがみこみました。瞳には涙がたまっています。

「なにやってんだよ!!おい!!!!!!」

 花を揺さぶりますが返事は返ってきません。

「金なんかどーでもいいんだよ!!!なあ!戻ってこいよ!!!おい!聞いてんのか!?
フェアギス!!フェアギスーーーーーーーーっ!!!!」

 
 どうですかご主人?
 わたし・・・キレイでしょ?
 わたし・・・恩返しできたでしょ?
 わたし・・・役立たずじゃないでしょ?
 だから・・・そんな顔しないでくださいよ・・・
 わたしまで・・・悲しくなってしまう・・・じゃないですか
 ご主人・・・わたし・・・
 さようなら・・・さようなら・・・
 
「売るワケにいくかよぉ・・・バカヤロウ・・・」

 男は涙でぐちゃぐちゃになった顔を手で拭き、花を抱きかかえました。

「お前を・・・売れるわけねぇだろうが・・・バカヤロウ・・・バカヤロウ・・・」

 その日の朝露はいつもよりしょっぱかった。


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―数年後―

 男の家に一人の来客がおりました。

「よぉルドルフ!今日も精がでるなーっ!」

「おーお前か!奥さんの喉の調子はどうだ?」

「一時は中止も考えたが、今日になって急に良くなってきたんだ!よかったよかった・・・
町のコンサートならまだしも、隣国の友好を結ぶためのコンサートだからな!もし中止なんてしたら首が飛ぶところだったぜ!」

「危なかったな・・・奥さんは大事にすれよ。
ところで、これどーよ!」

「おぉ!お前ほどの怠け者がここまでやるとはな。見直したぞ!」

「結局左足は動かないままだけどな。見返りなんて無くてもよ、誰かの為に頑張るってのは結構気分いいもんだ。
それに・・・こいつは俺にこれを教えてくれた奴への・・・ささやかな"恩返し"さ!」

 男が振り向くと、そこには一面に広がった蒼い花畑がありました。

「あいつ一人じゃ寂しいだろうからな。町中をこの花で一杯にしてやるんだ!」

「そりゃそいつも喜ぶなぁ・・・」

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 こうして怠け者の男は、働き者の男に変わりました。
 成し遂げたいと思うことは何事でも楽しくやったほうがいいのです。
 それが仕事だからでなく、好きだからやることに意味があるのです。
 そう、男が花を好きだったように・・・

 男が愛する人を取り戻すために、植木鉢片手に再び魔界へ行ったのはまた別のお話し・・・・・・

おしまいおしまい
11/09/18 16:33更新 / ゆず胡椒

■作者メッセージ
『ワスレナグサ』
ムラサキ科ワスレナグサ属
英名:「Forget-me-not」
独名:「Vergissmeinnicht」
季語:春
花言葉:「真実の友情」
    「誠の愛」
    「わたしを     」

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