後編
「…………ん、んん……はっ!!!」
おぼろげな意識を叩き起こし目を覚ますアルベルト。まだ日は昇っていないのだろうか、真っ暗闇の空間の中彼はベッドの毛布を蹴り上げ起床しようとする。
(…………!?!?)
しかし蹴り上げられない。というより、そもそも彼はベッドで寝ていなかった。
彼は横たえてはいたものの、自室のベッドで寝ておらずどこかも知れぬ床の上で毛布を被らずにいただけであったのだ。日が昇っているのかどうか定かではないのはこの空間から外の様子をうかがい知れないためでもある。
窓のない完全な閉鎖空間で彼は目を覚ました。
(何だここは……僕はなぜこんなところで)
手を床に着き立ち上がろうとする。しかしその直後、すぐさま自身の異常に気がついた。
両手首が完全にくっつき合わさっており鎖のようなもので固定されているのである。身動きをとろうとしたところで両足も結ばれていることが発覚した。今の彼は両手両足が完全に拘束されており身動きが取れない状態に陥っていた。
いつの間に、誰が、どうして。無論、彼にわかるはずもない。意識を取り戻した直後からこの状態でありそれ以前のことは全く覚えていたかったのだからわかるはずがないのだ。
(僕は確か……そうだ、ロジーさん、いやロジーが魔物だと判明して、急ぎ教団本部に救援要請の通達を書いて…………それから?それからどうしてこうなっているんだ!?)
謎が謎を呼び自問自答が頭の中で堂々巡りを繰り返す。
ひとまず彼は壁に寄りかかりながら上半身を上げ目を暗闇に慣らすことにした。次第に薄ぼんやりと視界が晴れてくると、見覚えのある物品や器具がそこかしこに映るようになってくる。農作業用の鍬や鎌、積み重なった古い書類、見たことはあるが何に使っているかはわからない道具たち。
床は整えられた木材ではなく地面そのままで、しっとりとした湿り気ある土が彼を支えている。
(どこかの屋外倉庫のようだが……)
そこまでは判明したが、一体どこの、誰の倉庫なのかは皆目見当がつかなかった。いくら村医者のアルベルトであったとしても村に無数に存在する倉庫一つ一つの内部までは把握しているわけがない。彼はそこまで推理したところで考えるのをやめた。
「ぅ……ゴホッ、ゴホッ」
「!?だ、だれかいるのですか?」
突然、視界外から何者かの咳き込む声が聴こえたものだから、反射的に問いかけるアルベルト。その声はひどく弱弱しく、そして年老いた老人男性の声であった。
その声はとても近くの場所から聴こえており、暗闇の中目を凝らし必死に姿を探し求める。そしてアルベルトは山のように積まれた荷物の隙間からひどく衰弱しているだろう老人の姿を発見することができた。
不用意に近づいていい相手かどうかは定かではないが、この状況はただ事ではないと直感したアルベルトは拘束された身を這いずる様に動かし老人の元へと向かってゆく。
「や、やはり貴方は……!!」
「その声は……アルベルト先生か……ゴホッ、ゴホッ!」
見間違えることはなかった。しわがれた声に小さく縮こまった背、ナサリ村の中でもこれほどの老人など数えるほどしかいない。その中でアルベルトが一番に思い当たる人物など彼以外にいなかったのである。
「村長!大丈夫ですか!?」
「なあに、心配はいりませんわい……少し埃っぽくてのう」
「ご老体をこんな場所に幽閉するなんて……いったい何が起きているのですか。僕にはさっぱり……」
突如として襲いかかる情報量に彼の頭はパンクしそうになってしまう。目が覚めたらどこかも知れぬ倉庫で、身柄を拘束されており、なぜか村長も拘束されていた。全く持って意味がわからないことだらけである。不安は焦燥感へと変わり、何かとんでもないことが起こるのではないか、もしくはもう起きてしまったのかと再び頭の中を思案がぐるぐると回り始めた。
そして、ぶつぶつと独り言を話すアルベルトの堂々巡りを止めたのは村長のたった一言だった。
「ナサリ村はもう終わりじゃ……もう、なにもかも……」
「なん――」
ぽつり、ぽつりと村長は語り始める。アルベルトはかすれ気味の村長の声を一字一句聞き逃さぬよう耳を澄ませた。
「実のところわしも詳しいことはよくわからん……アルベルト先生が行方不明になり、村に奇病が蔓延して治療する者がおらず、不満に耐えかねた村人らが暴動が起こした。その結果がこれじゃ。村長のわしが捕らえられ、村は変わり……ゴホッ、ゴホッ!!」
「な、なにを……僕が行方不明??奇病?暴動???」
全く身に覚えのない出来事を説明され狼狽えるアルベルト。
「アルベルト先生。先生が最後に覚えている記憶はどこまでじゃ。どこで記憶が途絶えておる」
「僕は……そう、救援…………じゃなくて手紙、そう手紙を書き終えたところまでは覚えている。そしていつも通りベッドに入って……」
「それは”いつ”の話かの。冬か、春か、夏か……はたまた秋か」
「そんなの冬に決まってるじゃないですか村長」
そこまでアルベルトは説明したところで、村長は深い溜め息を吐き出していた。深く、深く、まるで生気まで抜けているかのように長い溜め息を吐き、表情も一気に暗くなってゆく。何が何だかわからないままのアルベルトは質問に質問を返すように村長に尋ねた。
「村長、一体何がわかったのですか。僕が行方不明になった時期が何か?いやそもそも行方不明になった自覚すらないのですが……」
「……先生や、焦らず聞いておくれ」
(ゴクリ……)
「先生が行方不明になった時期は恐らく冬で間違いないじゃろう。じゃが今の季節は初夏なのじゃ。行方不明になって数か月は確実に経過しておるのじゃよ」
「………………えっ」
思考が、停止して、動作すら、硬直する。
冷静に考えれば気が付けた。暖房器具が何もついていない屋外倉庫で寒さを感じず、息が白くならない時点で極寒の冬ではないということに。仮に今が冬だとしたらあまりの寒さでまともに会話をしていられる場合ではなかったことだろう。
「そんなバカな……ありえない!!!!僕は確かにあの日、雪をかき分け家に帰り救援要請を書いていた!!冬だったんだ……それがもう初夏だって?ありえない!!!」
「事実じゃ。わしがここに拘束されたのは今からほぼ1週間前になる。そこで初めて先生がここにいるということを知ったのじゃから」
「そ、それじゃ僕は冬から初夏の今までずっと意識を失っていたということになるじゃないですか!そんなの普通に考えてありえない……ありえないって……言ってくださいよ村長」
二人の間に沈黙が流れる。
それは村長の無言の肯定であり、アルベルトに対する言い逃れのない現実でもあった。
◇
それからアルベルトは村長から事のあらましを聞いていた。
体の一部が溶ける原因不明の奇病が流行り始めたこと。
患者に苦痛はなくむしろ喜々としていたこと。
健常者はその病状を恐れ患者を隔離したこと。
不安を恐れた者は新たに実った作物を食し恍惚に浸っていたこと。
打開策を見出さない村長に不安が募っていったこと。
ついには暴動が起きて村長を幽閉したことまで。
彼が意識を失っている間にナサリ村はもう取り返しのつかないところまできてしまっている。村長が初めに語った「この村はもう終わり」という言葉は比喩でも何でもなくそれが全てであり、アルベルトがどう打開策を講じようとも覆らない状態まで陥っているのは紛れもない事実であった。
「先生、さっき救援要請と言っておったが……まさか先生はこの原因を……」
「ええ――恐らくこの村で一番早く気付いたのが僕なのでしょう。そしておそらく口封じのためここに幽閉された。そう考えるのが一番妥当です」
「なんということじゃ……村長という身分でありながらわし自身何も気が付けなかった。わしゃ村長失格じゃの……」
「気をしっかり持ってください。村長が悪いわけではありません。悪いのは全てヤツのせいです」
ロジー。ロジオーネと名乗ったあの宣教師はあろうことか聖職者という身分を偽っていた魔物だった。アルベルトが肉眼で見たかぎり間違いなく彼女はローパー、あるいはそれに準ずる魔物であり教団のひいては人類の敵である。
教団の一員であるアルベルトは当然処分できるものなら……とは思いつつも自らの力でどうにかなる存在でもないのもまた事実。多少魔法の心得はあるものの、他者を殺めるほど強力な魔法を行使する魔力はない。それゆえに救援要請を書いていたのだがこの惨状をみるに救援は来ていないようだった。
「冬から僕は気を失い続けていたようですが……だとしても疑問が残ります。僕はどうやって今日まで生きてこられたのですか?気を失っている状態だとしても栄養補給は必要ですし、それに排泄だって」
そう尋ねられた村長は、何かを言いたげに口元をもごもごとさせていたが言葉を聞き取ることは叶わなかった。
その時である。
ゴゥーン…………
ゴゥーーーンンン…………
(この音は……教会の鐘か。ということは今はちょうど昼なのだな)
「まっ、まずい!アルベルト先生!!!今すぐに元いた場所に戻るんじゃ!!!ゴホッ、ゴホッ!!」
「どうしたんですか村長!?」
「いいからはやく!早く戻らないと……」
「早く戻らないと、どうしました?」
心臓が握り潰されそうな悪寒。瞳孔を塗りつぶされそうな深淵。
硬く閉じられた倉庫の外側からひとりの女性の声が聴こえた。アルベルトも、村長も聞き覚えのあるその声に振り向きたくとも振り向けぬ得体の知れぬ嫌悪感を抱く。本能が見てはいけないと告げていたいたのだ。
ギイィィィ……
暗闇の倉庫に光が漏れ始める。両開きの扉が左右に開き始めると、外の光が闇を払うかのように倉庫内を鮮明に照らし出してゆく。
そして二人は見てはいけないと警告する本能を振り切り扉を開いた存在を視認した。
「やっと目を覚ましましたね、アルベルトさん」
扉の先にいたのロジーだった。己のことをロジーと名乗っている怪物だった。
その、あまりに人外じみた風貌はローパーという存在を見慣れていたアルベルトでさえ吐き気を覚えるほどおぞましく、悪意に満ちていた。身体のいたる部位から触手を生やし、宙を舞う姿は蛭のようでありながら非生物的でもあり、逆に神々しくもあった。
光が背後から差し込み逆光のように映る姿はまるでジパングの菩薩のようでもある。
「ロジー……ロジオーネッ!」
「ああ私の名前を憶えていてくれたのですね。嬉しいです」
「もう隠す気はないようだな、ローパー」
「種族名で呼ばれると急に余所余所しく感じてしまいますね。ええそうです、私はローパー・ロジオーネ。今一度どうぞお見知りおきを」
頭を下げ一礼する彼女は一見すると礼儀正しい淑女のような印象を覚えることだろう。しかしその内側で渦巻く混沌とした欲望は魔物の中でもとりわけ過激で苛烈なものだ。
ニコリと微笑む笑顔の裏で奈落よりも奥深い人類種への悪意を感じ取れる。少しでも手を出そうものなら指先から足の裏まで熔かし尽してしまいそうなほどの色欲の焔が燻ぶっている。
「積もり積もった話もありますから外でお話しませんか?ハイ、錠も外しましたよ。あぁ、村長のも外しておきましょう」
彼女が指をパチンッと一つ鳴らすとアルベルトと村長の身を拘束していた錠が溶けるように外れた。いや、実際に溶けたのだろう。先ほどまで錠だったものの残骸は触手へと変化するとロジーの中へと戻っていったのだから。
「では村長、アルベルトさんを貰っていきますね。今までありがとうございました。感謝を込めて村長には素敵なプレゼントを差し上げましょう」
「な、なにを……うおおっ!?」
「ああもう暴れないでくださいアルベルトさん。それにお二人の邪魔をしてはいけませんよ」
彼女は触手でアルベルトを手元に手繰り寄せると、それと入れ違うかのようにロジーの側で控えていた人物が倉庫の中へと入っていく。村人らしい質素な衣装を身に包み倉庫の中へ入っていく女性をアルベルトは一瞬、横顔だけ確認できたがその女性の顔はアルベルトさえ知らない顔だった。
アルベルトは倉庫内に残された村長の身を案じたが、触手に縛られた状態ではどうすることもできずロジーに担がれたままその場を後にした。
「あの女性は一体……」
「ふふ、長い間離れ離れになっていたのです。久しぶりの再会を邪魔するわけにはいきませんからね」
「????」
◇
「……久しぶり。あたしのこと覚えてる?」
「お、おおおおおお……その姿、顔、忘れたことなどあるものか……ジェイミー……」
「あんたの顔はずいぶんとまぁしわくちゃになっちゃって」
「お前が死んでからもわしはしぶとく生き続けていたよ。こんな姿になってものう」
「随分と寂しい思いをさせちゃったみたいね」
「当たり前じゃろう。当時は村医者なんておらんかったからの」
「でもそんな寂しい日々は今日でオシマイ。さ、これ飲んでみて」
「……これは?」
「ロジー様が授けてくれたもの。ソレをあたしの墓石の土に振り撒いたら蘇ったんだってさ。■■■教様様だよほんと。ほら、あたしが飲ませてあげるから」
「んぐ……ごくっ…………ウグッ!?か、体が……」
「あはっ♥あたしが知るあんたの姿そのまんまだよ」
「…………これは奇跡か……わしの身体があの頃に戻って……」
「”わし”とか古臭い一人称はやめてあの頃に戻ろうよ。あたしも持病が消えてさ、やっと……やっとあんたとの子どもを作れるんだから」
「…………ああ、許してくれアルベルト先生。俺はやっぱり村長失格だったみたいだ。こんなの……屈するなという方が無理だろう」
「あたし多分もう人間じゃないけどいい?」
「かまうものか」
◇
「ここら辺でいいかな」
アルベルトを抱きかかえたロジーは村に唯一一つだけ存在する公園のベンチに腰掛け、アルベルトを隣に座らせる。触手の拘束は解きその気になればいつでも逃げられる状況だ。
だというのに彼は逃げる気はなかった。もっと正確にいうと逃げることができなかったといった方が正しいだろうか。
「…………」
「ああ、そんな警戒しないでください。別に取って食おうとは思ってはいませんから」
「魔物の言うことなど信用できるものか」
教団の者とその宿敵である魔物が互いの素性を理解した上で隣り合わせに座っている。この状況がいかに不可思議で奇妙なものであるかは言うまでもないだろう。
普段ならば一触即発ものであるがそうはならないのは、二人とも本質は争いを好まない性格だからでありできることならば話し合いで解決できないかと思っている為である。二人が対等の立場であれば、の話だが。
「アルベルトさん、見てくださいほら、あそこあそこ」
「…………」
ロジーが指さす方向には子供数人が走り回っており、公園の遊具で遊んでいる光景が広がっている。しかしそこにも非日常の影が落ちており、ニコリと微笑むロジーとは裏腹にアルベルトは何度か目の悪寒を覚えるのであった。
公園で遊ぶ女児は皆、腹が臨月のように膨らみ、下半身はゲル状に溶け、触手でじゃれ合っている。齢10才にも満たないであろう幼児までもが胎内に新たな命を宿し腹を撫でている光景が歪の極みであり常軌を逸していた。
「村の皆さんは■■■教の素晴らしさに気付いてくれました。宣教師である私が見習いたいほど熱心に■■■教の教義を取り入れてますよ」
女児の姿しか見えないと思っていたがそうではない。
女児に混ざって、女児らと同じくらいの大きさの触手塊が蠕動するかのように地面を這いずり回り女児と戯れている。触手塊は女児に絡まると、女児の内部に出たり入ったりを繰り返し、ゲル状の下腹部に白濁液を吐き出し濁らせている。ぶるぶると震え始た触手塊はしばらくすると男児の姿へと変化しまた触手塊へと変化し、可逆的に触手塊と男児の姿を交差させていた。
「これが……」
「え?」
「これがお前の望んだ改革だというのか」
「はい、そうです。もっと正確にいえば私ではなく■■■教の、といえば正しいでしょうか。ナサリ村の改革はこれ以上ないほどの大成功ですよ」
確かに活気には満ち溢れている。
しかし根本的なところでズレていた。それこそヒトと魔物という決して相容れぬ価値観で。
「……僕は一体いつから監禁されていたんだ」
「あぁ、ふふっやっぱり気になっちゃいますか」
「いいから答えてくれ……もう、気が狂いそうだ」
「あの日、アルベルトさん覗き見してましたよね?」
「…………知っていたのか」
「はい♪さすがに救援要請を出されるとマズいことになっちゃいますのでその晩先生の家に忍び込んでそのまま倉庫でお休みしていただきました。救援要請の書類は……ほら、ここにありますよ」
そう言いロジーはどこから取り出したか例の書類をアルベルトの眼前にチラつかせた。触手にくるまれた書類はロジーが指を鳴らすと発火し始め、みるみるうちに灰へと変わってゆく。彼にはもはや書類を取り返す気力はなく、目の前で燃え散る救援要請を呆然と見つめているだけだった。
よく見ると、いつの日か彼女に頼んだ友人宛の手紙や教団への報告書らも一緒に燃えていた。
「……ひとつ教えてくれないか」
「はい、なんでしょう」
「お前は一体”いつ”から魔物だったのだ」
「”いつ”から……というのは私が純正の魔物であったのか、それとも人間が魔物化した存在なのか、そういうことですか?それでしたら私は人間が魔物化した存在です」
「それは”いつ”からだ?」
「数年前とだけ。あまり具体的に言うと歳がバレちゃいますので」
「そうか……初めから、そうだったのだな……」
誰に語り掛けるわけでもなく、彼は空に向かって呟いた。
初めから、あの日アルベルトとロジーが出くわしたあの瞬間から、彼女がナサリ村に訪れた時点でこうなることは決まっていたのだ。どうあがいても逃れられぬ運命だったのだ。複雑に絡み合う触手が行く手を阻むかのように、こうなるように未来を導いていたのである。
「…………」
「…………♥♥」
悔しいとか、悲しいとか、そういうのではなかった。
ただただ無力だった。無情だった。無意味だった。彼がこの村で築いた日々や功績が音を立てて崩れてゆくさまは彼を喪失感に浸らせるには十分であり、彼女はその様子を眺めるのがこの上なく心地よかった。
魔物としての彼女ではなく、彼女個人として恍惚としていた。ひとえに性格が悪かったのだ。
「少し歩きましょうか。お散歩デート、してみたかったんですよね」
「逃げるかもしれないぞ」
「逃げられるのならどうぞ」
◇
「オラッ!!孕め!孕め!!俺の種受け取れッッ!!」
「あはァン♥♥ソコッ、そ、こっ♥ああああぁぁっっ♥♥♥」
「う、はぁ……アンタのデカすぎっ♥♥♥お腹貫通しそうッ!」
「うっ、ふぐっ……ああああっががががきもちいきもちいいがががgagagag縺阪b縺。縺?>縺阪b縺。縺?>縺ゅ≠縺ゅ≠菫コ縺御ソコ縺ァ縺ェ縺上↑縺」縺ヲ縺励∪縺??ュ縺檎汲縺?≧縺?≧縺」
「繧ゅ≧縺薙l縺ァ3莠コ逶ョ繧茨シ溘>縺?刈貂帙↓縺励※鬆よ斡繧「繝上ぃ繝ウ」
「莠疲怦陟?>縲ゆス穂ココ縺?縺」縺ヲ縺雁燕縺ォ縺ッ逕」繧薙〒繧ゅi縺?s縺?菫コ縺ョ霍。蜿悶j縺ッ螟壹¢繧後?螟壹>譁ケ縺瑚憶縺」
村の至る所で交配が繰り広げられている。ローパーと人間男性が交わっているところがあれば、男性が変化して肉汁のような飛沫を上げながら奇声を発している光景もある。
ロジー曰く、あれでもちゃんとした言葉を発しているらしいが当然のことながらアルベルトは肉汁を聞き取ることはできなかった。アレを理解し始めたらいよいよもって人間を辞めたことになるのだろう。
「うぐ……」
そして村の集落部ではむせ返るような甘ったるい靄が充満していることに気がついた。
思わず彼は服の袖で口と鼻を塞ぎ呼吸するのを躊躇う。
「あぁ、これは【焚殖香炉】ですね。排卵を促して受精率を上げる効能があります。生理痛もなくなりますし、男性の精子も活発になる効能もあるのでアルベルトさんも嗅いで大丈夫ですよ?」
「こんなもの……どこから仕入れて……」
「仕入れたのではなくて収穫したのです。村の畑ではちょうど収穫シーズンですしナサリ村の新たな名産品として村の農業組合も力を入れているみたいです」
アルベルトが視線を畑に移すと今まさに収穫している真っ最中であり、ローパーと触手塊が結合しながら茶葉を捥いでいた。収穫したばかりの茶葉に愛液やら白濁液やらわからない液体が飛び散っているが当の本人らは全く意に介さず行為をしながら収穫をしている。
「さっきの男児もそうだったが……アレは【触手薬】の影響か」
「はい。それも時間制限付きの変身ではなく、いつでもどこでも可逆的に変身できるようになってます。度重なる【触手薬】の乱用でこの村の男性は皆、体液の半分以上が【触手薬】になってしまったんですよね」
「は、はは……狂ってる」
「この光景を狂っていると言うのなら、まだアルベルトさんは真に理解されてないようですね」
淫気に満ち溢れ変わり果てた姿となった村を一望しながらアルベルトはがくりと膝をつく。今の彼にできることといえば、本当にナサリ村は終わったしまったのだと心の底から認め嘆くことぐらいしかなかった。
「ロジー様、それにアルベルト先生!お久しぶりです」
「おやレイリィ。そういえば今日が出発の日でしたね」
「はい!これからはロジー様に代わり私が■■■教の素晴らしさを教えて回ります!どうかロジー様は幸せな日々を送ってください」
レイリィと呼ばれた少女はゲル状の下半身を人の足のように擬態させ、外見は完全な人間と変わりない状態で大きな荷物を背負っている。その服装はまるで初めてロジーを見たときのような聖職者のような服装であり、今まさにナサリ村を出発しようとしているところであった。
「レイリィ、キミは一体……」
「アルベルト先生、今までお世話になりました。今度は私が宣教師となり■■■教の素晴らしさを伝えていくため旅立とうと思います。またいつの日か戻ってくる日までどうかお元気で!」
「貴女こそ、一人旅は危険がつきものです。どうか健康には気をつけてくださいね」
「ハイ!ロジー様。きっと素敵な男性も探してみせます。■■■教を信仰していればきっといつか叶うと信じていますから!」
「実に良い心がけです。ああ、そうそう。■■■教と呼ぶのはもう辞めにしてこれからは【ナサリ教】と呼ぶように。いいですね?」
ロジーから祝福を受け取りナサリ村を発つ少女。その少女が新たな宗教ナサリ教を振りまき同胞を殖やしていくのはまた別の物語になるとして、二人は少女を見送った。こうして宗教というものは姿かたちを変えながら連綿と続いてゆく。それは悪夢かはたまた救済か。
結局のところ、藁にも縋りたい思いで救われればそれは救済になり、絶望の果てに落とされるのならば悪夢となりうるのである。
問題はその藁が触手に変わっただけなのだ。
◇
植物は歪み捻じれ見たこともない奇妙な果実を実らせている。そのどれもが退廃的な色彩、魅力的な香りを放っており素性を知らない人間ならばついつい食してしまいかねない代物だ。
アルベルトは農民に押し付けられた作物を両腕に抱きかかえながら、その香りを我慢しつつ帰路につくのであった。
「……ただいま」
「ただいま♥」
もうロジーに何かを問おうという気力さえなくなりかけていた。さも当然のように自宅に押し入り同伴者のように振る舞うのだから隙がないといえばそうなる。教団の敵だというのに何故か明確な敵意が沸かず、隣にいるのが当たり前と思えてしまう自分がおかしくなっているのではないかと思い始めたアルベルトであった。
大量の作物を冷暗所に置き、数か月ぶり(彼の意識では数時間ぶりだが)の自宅のソファに体を降ろす。
「さて……と。ロジー、お前は僕に一体何をした」
「何がです?」
「とぼけないでくれ。僕は教団の者、お前は魔物。だというのになぜこうして通常通り会話ができている。普通に考えておかしいんだ」
「あぁ……やっぱり貴方は村の皆さんとは違いますね。バレちゃいましたか」
舌をぺろりと出してさもそれらしいアピールをしていたようだが、アルベルトには何の効果もなかった。むしろより一層疑心感を募らせたまである。
「アルベルトさんは”既成事実”という言葉をご存知ですか」
「既に成している事実、読んで字の如くだけれどもそれがなにか」
「つまりはそういうことです」
「いや全く話が見えないのだが………………………………まさか!?!?」
突拍子もなく既成事実という言葉の意味を問われたところで彼の疑問が消えるわけではない。むしろなおさらわけがわからなくなってしまったことだろう。
だが数秒の後、考えうる最悪の可能性を思い浮かべた彼はロジーに食い入るようにして問い詰めた。
「あ、いえ、違います。きっと恐らく貴方が考えていることではありません。何なら私のお腹触ってみます?」
「いや、結構」
「私が言いたいのは”既に成していた”ということです。さっきアルベルトさん、言いましたよね『初めからそうだった』と。その通りなのです」
「???」
【寄生時術】
それが彼女の仕組みであった。
曰く、ナサリ教の絶対秘術であり対策さえされなければ回避不能の幻惑魔術であるという。初対面の相手にしか効果がなく幻惑効果も弱いが、それゆえにとてつもない成功率を誇る。相手の意識に自らの意識を寄生させ、無意識のうちに自らに有利になるよう事を進ませることが可能となる。対象者はいつ術中にかかったのかもわからないまま無意識に操られていることとなり、それすら気がつかないまま一生を過ごす。
「といっても本当に効果は弱いんです。だって現にアルベルトさんは私が魔物と知ると嫌悪感をむき出しにしてるじゃないですか」
「それはそうだけど……釈然としないなこれは」
「私は魔物で、教団の敵で、処分する対象である。でもいざ目の前にいるとどう対処していいかわからない。それがつまりそういうことです」
アルベルトは首をかしげわかったようなわからなかったような……自らの深層心理に問いかけている。無意識を意識しようとしてもそれはもう無意識ではなくただの有意識なのである。無意識とは知覚できないからこそ無意識なのであり、その隙間に寄生して作用させる【寄生時術】はまさに回避不能の絶対秘術なのであった。
「ナサリ教を主教の宗派と勝手に信じ始めたときは思わず笑いそうになっちゃうほどでした。私がいつナサリ教があの忌まわしき主教の宗派だと言いましたか?そんなこと一度も言っておりませんよ」
「そんなハズは……確かにあの時」
彼女との会話をできる限り思い返し、記憶をたどる。
(あの時?あの時はいつのことだ?僕は確かに聞いた……いや、本当に聞いたのだろうか???)
「■■■教はナサリ教であり、ナサリ教は■■■教なのです。初めからそれは決まっていて、ただ単に貴方は知らなかっただけなのです」
「わけがわからない……」
「要するに卵が先か鶏が先かということです。脳のシワをときほどき触手のように柔軟な発想をすればすぐ理解できますよ」
八割方何を言っているのか理解できなかったが、恐らくリラックスして落ち着けと言っているような気がして嫌気がさすアルベルト。村を壊滅させた魔物がすぐ隣で座っているというのにまるで親友かのように振る舞う彼女に嫌気がさし、それを拒否しない、できない自分にも嫌気がさしていた。
「それでもわからない。お前はなぜそこまでしてこの村に固執しているんだ」
「…………この村、ではありません。貴方にです」
「なっ――」
隣り合わせに座る彼女が語り始める。心なしか手を抑える触手が熱くなっているような気がした。
「紆余曲折……ええ、詳細はあまり語りたくはありませんが私は既に成体ローパーなんですけども、残念なことにまだ夫がおりません。ですが貴方という存在をようやく見つけたんです。一目惚れでした」
「――――」
「魔物が一目惚れしちゃいけないんですか?人並みに恋をしてはいけないんですか?そんなルールはどこにもありません。私は魔物としてではなく、一人の女性として貴女を好いてしまった。ただそれだけのことです」
彼女の目は本気だった。
人類の敵であり、教団の討伐対象であり、ナサリ村の災厄の元凶である彼女であるが、その目はひとりの女性の目そのものであった。例え魔物と言えど彼女の目は嘘偽りない真実を語っているような無垢さがあり思わずアルベルトも圧倒される。
そして彼もまた、自分のことをこれ程までに想ってくれている彼女の真摯さに胸を撃たれつつあった。
「アルベルトさんを一目見た瞬間から私の子宮は疼いて疼いてどうしようもないくらい絆されているのです。貴女との子を宿したいと訴えてやまないのです。責任とってください、くれますよね?」
恋をした魔物娘ほど厄介なものはいない。教団本部にいた頃よく聞かされていた教訓を思い出したアルベルトは今まさに目の前にいる魔物がそうなのだろうと納得した。
さらに熱くなる彼女の体を感じていよいよもって身の危険を感じ始めたアルベルトはソファから立ち上がろうとしても、一切身動きが取れないことに気がつく。いつのまにか両足は彼女のゲル状の下半身に埋まっており完全に固定されていたのだ。両腕にはそれぞれ触手が絡みつき人外の怪力で彼を組み伏している。
「ああそうだ。アルベルトさん、さっき気絶している間の数か月どうやって栄養補給していたか気になっていましたよね」
「ああ……それはそうだけど」
「毎日アルベルトさんの胃に触手を入れて私の体節を流し込んでいました。排泄物も直腸から直接吸引してましたのでもうこれは一心同体と言っても差し控えないですよね」
「うっぷ……そういうのはもっと早く……」
「アルベルトさんもその気になればきっと触手になれますよ。でも、初めてはやっぱり人間体のほうが私は好きですね♥♥」
ここまでされてもなお彼女に敵意が沸かないのは【寄生時術】の影響なのか、はたまた実のところそれなりに好意が沸いてしまっているのかは定かではない。ただ一つ断定できることがあるとすれば、今この状態で彼がロジーを振り払うことはないということだ。
触手でアルベルトを掴みベットへと放り投げたロジーは、その脚とも粘液ともいえない部位で覆い、衣服を溶かしつくした。仰向けにされ衣服もなくなったアルベルトは無意識のうちに剛直させた陰部をそそり立たせる。
「ふ、っふふふふふ♥♥♥やっとアルベルトさんのおチンポが……」
ギラギラと怪しげに光る眼、舌なめずりする口角、全身から滴る粘液。アルベルトにまたがり昂ぶるその姿は捕食者そのものである。
「私の体節を毎日、毎日、毎日流し込んで、その前からも料理に触手薬を薄めて薄めて仕込ませて、アルベルトさんの肉体はもはや半分以上が私と触手薬できていると言っても過言ではありません。その気になれば触手になれるのは冗談ではありませんよ?」
「例え冗談だとしても、面白くもなんともない。むしろ胸糞わr……」
その直後赤く、緋色に煌く彼女の眼光がアルベルトの視界を覆い包む。眼球から体の末端に至るまで全てが溶岩のように熱く滾り、血液が沸騰しているような錯覚を覚えるアルベルト。
「あ………ウグウゥゥゥゥウ!!!」
「身も心も全て溶け後に残るは根源たる欲望のみ。衣食住、それ即ち異蝕獣であり遍く世界の生命はそれを満たすことを生涯の糧とします」
「嘘だ……ッ嘘だそんな僕の、僕のカラダ、がっ……あああああああああああああああ縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠雖後□雖後□縺阪b縺。縺?>菴輔b閠?∴繧峨l縺ェ縺!!!!!!!」
熱波に当てられた氷のようにアルベルトの肉体が溶け始める。皮膚がただれ、筋肉がむき出しになり、骨が露出する。痛みはなくむしろ全身が愛撫されているかのようなこそばゆしさと快感が蕩けるほどで、昂ぶれば昂ぶるほど肉体は原形をとどめなくなっていった。
肉体が崩れると同時にその残骸は粘性を保ちながら紐状へと変化しはじめ、無数の男性器が合わさったおぞましき物体へと姿を変えゆく。
【異形となりて 進化せよ】
【蝕みとなりて 浸食せよ】
【獣となりて 支配せよ】
アルベルトとしての意識が消える直前ロジーはそう語り、逆さ三日月のような口元をしながら無数に存在するアルベルトの性器を全身で浴びるのであった。
腕だったものが性器に変わり、脚だったものが性器に変わり、頭だったものが性器に変わる。きっと今の自分の姿を鏡で見てしまったらアルベルトは卒倒するだろう。
しかしその心配はない。なぜなら視認するための瞳はなく、今この状態で唯一確認できるものといえば肌で触れているロジーだけなのだから。目の前の対象が雌であり自らの子孫を残せると本能で察したアルベルトは全身をいきり勃たせ、先端からドロリとした粘液を垂れ流す。
「いっぱい愛してください。たくさん犯してください。私はそのために在るのですから♥」
「蜒輔?縺雁燕繧定ィア縺輔↑縺??りィア縺輔↑縺?′窶ヲ窶ヲ縺雁燕繧堤官縺励◆縺上※縺励g縺?′縺ェ縺」
「ふふ♥♥いいでしょう、共に往きましょう。果てなき深みへ、根源の快楽へ……」
ロジーは男性器の中でも一番大きなものを見つけると、自らの秘部へあてがいゆっくりと腰を落としていった。
深く、深く、膣と陰茎という概念すら超越して、二人の身体は溶けあい落ちてゆく。
ゆっくりと、落ちてゆく。
落ちてゆく……
落ちてゆく…………
落ちてゆく………………
堕ちていった。
おぼろげな意識を叩き起こし目を覚ますアルベルト。まだ日は昇っていないのだろうか、真っ暗闇の空間の中彼はベッドの毛布を蹴り上げ起床しようとする。
(…………!?!?)
しかし蹴り上げられない。というより、そもそも彼はベッドで寝ていなかった。
彼は横たえてはいたものの、自室のベッドで寝ておらずどこかも知れぬ床の上で毛布を被らずにいただけであったのだ。日が昇っているのかどうか定かではないのはこの空間から外の様子をうかがい知れないためでもある。
窓のない完全な閉鎖空間で彼は目を覚ました。
(何だここは……僕はなぜこんなところで)
手を床に着き立ち上がろうとする。しかしその直後、すぐさま自身の異常に気がついた。
両手首が完全にくっつき合わさっており鎖のようなもので固定されているのである。身動きをとろうとしたところで両足も結ばれていることが発覚した。今の彼は両手両足が完全に拘束されており身動きが取れない状態に陥っていた。
いつの間に、誰が、どうして。無論、彼にわかるはずもない。意識を取り戻した直後からこの状態でありそれ以前のことは全く覚えていたかったのだからわかるはずがないのだ。
(僕は確か……そうだ、ロジーさん、いやロジーが魔物だと判明して、急ぎ教団本部に救援要請の通達を書いて…………それから?それからどうしてこうなっているんだ!?)
謎が謎を呼び自問自答が頭の中で堂々巡りを繰り返す。
ひとまず彼は壁に寄りかかりながら上半身を上げ目を暗闇に慣らすことにした。次第に薄ぼんやりと視界が晴れてくると、見覚えのある物品や器具がそこかしこに映るようになってくる。農作業用の鍬や鎌、積み重なった古い書類、見たことはあるが何に使っているかはわからない道具たち。
床は整えられた木材ではなく地面そのままで、しっとりとした湿り気ある土が彼を支えている。
(どこかの屋外倉庫のようだが……)
そこまでは判明したが、一体どこの、誰の倉庫なのかは皆目見当がつかなかった。いくら村医者のアルベルトであったとしても村に無数に存在する倉庫一つ一つの内部までは把握しているわけがない。彼はそこまで推理したところで考えるのをやめた。
「ぅ……ゴホッ、ゴホッ」
「!?だ、だれかいるのですか?」
突然、視界外から何者かの咳き込む声が聴こえたものだから、反射的に問いかけるアルベルト。その声はひどく弱弱しく、そして年老いた老人男性の声であった。
その声はとても近くの場所から聴こえており、暗闇の中目を凝らし必死に姿を探し求める。そしてアルベルトは山のように積まれた荷物の隙間からひどく衰弱しているだろう老人の姿を発見することができた。
不用意に近づいていい相手かどうかは定かではないが、この状況はただ事ではないと直感したアルベルトは拘束された身を這いずる様に動かし老人の元へと向かってゆく。
「や、やはり貴方は……!!」
「その声は……アルベルト先生か……ゴホッ、ゴホッ!」
見間違えることはなかった。しわがれた声に小さく縮こまった背、ナサリ村の中でもこれほどの老人など数えるほどしかいない。その中でアルベルトが一番に思い当たる人物など彼以外にいなかったのである。
「村長!大丈夫ですか!?」
「なあに、心配はいりませんわい……少し埃っぽくてのう」
「ご老体をこんな場所に幽閉するなんて……いったい何が起きているのですか。僕にはさっぱり……」
突如として襲いかかる情報量に彼の頭はパンクしそうになってしまう。目が覚めたらどこかも知れぬ倉庫で、身柄を拘束されており、なぜか村長も拘束されていた。全く持って意味がわからないことだらけである。不安は焦燥感へと変わり、何かとんでもないことが起こるのではないか、もしくはもう起きてしまったのかと再び頭の中を思案がぐるぐると回り始めた。
そして、ぶつぶつと独り言を話すアルベルトの堂々巡りを止めたのは村長のたった一言だった。
「ナサリ村はもう終わりじゃ……もう、なにもかも……」
「なん――」
ぽつり、ぽつりと村長は語り始める。アルベルトはかすれ気味の村長の声を一字一句聞き逃さぬよう耳を澄ませた。
「実のところわしも詳しいことはよくわからん……アルベルト先生が行方不明になり、村に奇病が蔓延して治療する者がおらず、不満に耐えかねた村人らが暴動が起こした。その結果がこれじゃ。村長のわしが捕らえられ、村は変わり……ゴホッ、ゴホッ!!」
「な、なにを……僕が行方不明??奇病?暴動???」
全く身に覚えのない出来事を説明され狼狽えるアルベルト。
「アルベルト先生。先生が最後に覚えている記憶はどこまでじゃ。どこで記憶が途絶えておる」
「僕は……そう、救援…………じゃなくて手紙、そう手紙を書き終えたところまでは覚えている。そしていつも通りベッドに入って……」
「それは”いつ”の話かの。冬か、春か、夏か……はたまた秋か」
「そんなの冬に決まってるじゃないですか村長」
そこまでアルベルトは説明したところで、村長は深い溜め息を吐き出していた。深く、深く、まるで生気まで抜けているかのように長い溜め息を吐き、表情も一気に暗くなってゆく。何が何だかわからないままのアルベルトは質問に質問を返すように村長に尋ねた。
「村長、一体何がわかったのですか。僕が行方不明になった時期が何か?いやそもそも行方不明になった自覚すらないのですが……」
「……先生や、焦らず聞いておくれ」
(ゴクリ……)
「先生が行方不明になった時期は恐らく冬で間違いないじゃろう。じゃが今の季節は初夏なのじゃ。行方不明になって数か月は確実に経過しておるのじゃよ」
「………………えっ」
思考が、停止して、動作すら、硬直する。
冷静に考えれば気が付けた。暖房器具が何もついていない屋外倉庫で寒さを感じず、息が白くならない時点で極寒の冬ではないということに。仮に今が冬だとしたらあまりの寒さでまともに会話をしていられる場合ではなかったことだろう。
「そんなバカな……ありえない!!!!僕は確かにあの日、雪をかき分け家に帰り救援要請を書いていた!!冬だったんだ……それがもう初夏だって?ありえない!!!」
「事実じゃ。わしがここに拘束されたのは今からほぼ1週間前になる。そこで初めて先生がここにいるということを知ったのじゃから」
「そ、それじゃ僕は冬から初夏の今までずっと意識を失っていたということになるじゃないですか!そんなの普通に考えてありえない……ありえないって……言ってくださいよ村長」
二人の間に沈黙が流れる。
それは村長の無言の肯定であり、アルベルトに対する言い逃れのない現実でもあった。
◇
それからアルベルトは村長から事のあらましを聞いていた。
体の一部が溶ける原因不明の奇病が流行り始めたこと。
患者に苦痛はなくむしろ喜々としていたこと。
健常者はその病状を恐れ患者を隔離したこと。
不安を恐れた者は新たに実った作物を食し恍惚に浸っていたこと。
打開策を見出さない村長に不安が募っていったこと。
ついには暴動が起きて村長を幽閉したことまで。
彼が意識を失っている間にナサリ村はもう取り返しのつかないところまできてしまっている。村長が初めに語った「この村はもう終わり」という言葉は比喩でも何でもなくそれが全てであり、アルベルトがどう打開策を講じようとも覆らない状態まで陥っているのは紛れもない事実であった。
「先生、さっき救援要請と言っておったが……まさか先生はこの原因を……」
「ええ――恐らくこの村で一番早く気付いたのが僕なのでしょう。そしておそらく口封じのためここに幽閉された。そう考えるのが一番妥当です」
「なんということじゃ……村長という身分でありながらわし自身何も気が付けなかった。わしゃ村長失格じゃの……」
「気をしっかり持ってください。村長が悪いわけではありません。悪いのは全てヤツのせいです」
ロジー。ロジオーネと名乗ったあの宣教師はあろうことか聖職者という身分を偽っていた魔物だった。アルベルトが肉眼で見たかぎり間違いなく彼女はローパー、あるいはそれに準ずる魔物であり教団のひいては人類の敵である。
教団の一員であるアルベルトは当然処分できるものなら……とは思いつつも自らの力でどうにかなる存在でもないのもまた事実。多少魔法の心得はあるものの、他者を殺めるほど強力な魔法を行使する魔力はない。それゆえに救援要請を書いていたのだがこの惨状をみるに救援は来ていないようだった。
「冬から僕は気を失い続けていたようですが……だとしても疑問が残ります。僕はどうやって今日まで生きてこられたのですか?気を失っている状態だとしても栄養補給は必要ですし、それに排泄だって」
そう尋ねられた村長は、何かを言いたげに口元をもごもごとさせていたが言葉を聞き取ることは叶わなかった。
その時である。
ゴゥーン…………
ゴゥーーーンンン…………
(この音は……教会の鐘か。ということは今はちょうど昼なのだな)
「まっ、まずい!アルベルト先生!!!今すぐに元いた場所に戻るんじゃ!!!ゴホッ、ゴホッ!!」
「どうしたんですか村長!?」
「いいからはやく!早く戻らないと……」
「早く戻らないと、どうしました?」
心臓が握り潰されそうな悪寒。瞳孔を塗りつぶされそうな深淵。
硬く閉じられた倉庫の外側からひとりの女性の声が聴こえた。アルベルトも、村長も聞き覚えのあるその声に振り向きたくとも振り向けぬ得体の知れぬ嫌悪感を抱く。本能が見てはいけないと告げていたいたのだ。
ギイィィィ……
暗闇の倉庫に光が漏れ始める。両開きの扉が左右に開き始めると、外の光が闇を払うかのように倉庫内を鮮明に照らし出してゆく。
そして二人は見てはいけないと警告する本能を振り切り扉を開いた存在を視認した。
「やっと目を覚ましましたね、アルベルトさん」
扉の先にいたのロジーだった。己のことをロジーと名乗っている怪物だった。
その、あまりに人外じみた風貌はローパーという存在を見慣れていたアルベルトでさえ吐き気を覚えるほどおぞましく、悪意に満ちていた。身体のいたる部位から触手を生やし、宙を舞う姿は蛭のようでありながら非生物的でもあり、逆に神々しくもあった。
光が背後から差し込み逆光のように映る姿はまるでジパングの菩薩のようでもある。
「ロジー……ロジオーネッ!」
「ああ私の名前を憶えていてくれたのですね。嬉しいです」
「もう隠す気はないようだな、ローパー」
「種族名で呼ばれると急に余所余所しく感じてしまいますね。ええそうです、私はローパー・ロジオーネ。今一度どうぞお見知りおきを」
頭を下げ一礼する彼女は一見すると礼儀正しい淑女のような印象を覚えることだろう。しかしその内側で渦巻く混沌とした欲望は魔物の中でもとりわけ過激で苛烈なものだ。
ニコリと微笑む笑顔の裏で奈落よりも奥深い人類種への悪意を感じ取れる。少しでも手を出そうものなら指先から足の裏まで熔かし尽してしまいそうなほどの色欲の焔が燻ぶっている。
「積もり積もった話もありますから外でお話しませんか?ハイ、錠も外しましたよ。あぁ、村長のも外しておきましょう」
彼女が指をパチンッと一つ鳴らすとアルベルトと村長の身を拘束していた錠が溶けるように外れた。いや、実際に溶けたのだろう。先ほどまで錠だったものの残骸は触手へと変化するとロジーの中へと戻っていったのだから。
「では村長、アルベルトさんを貰っていきますね。今までありがとうございました。感謝を込めて村長には素敵なプレゼントを差し上げましょう」
「な、なにを……うおおっ!?」
「ああもう暴れないでくださいアルベルトさん。それにお二人の邪魔をしてはいけませんよ」
彼女は触手でアルベルトを手元に手繰り寄せると、それと入れ違うかのようにロジーの側で控えていた人物が倉庫の中へと入っていく。村人らしい質素な衣装を身に包み倉庫の中へ入っていく女性をアルベルトは一瞬、横顔だけ確認できたがその女性の顔はアルベルトさえ知らない顔だった。
アルベルトは倉庫内に残された村長の身を案じたが、触手に縛られた状態ではどうすることもできずロジーに担がれたままその場を後にした。
「あの女性は一体……」
「ふふ、長い間離れ離れになっていたのです。久しぶりの再会を邪魔するわけにはいきませんからね」
「????」
◇
「……久しぶり。あたしのこと覚えてる?」
「お、おおおおおお……その姿、顔、忘れたことなどあるものか……ジェイミー……」
「あんたの顔はずいぶんとまぁしわくちゃになっちゃって」
「お前が死んでからもわしはしぶとく生き続けていたよ。こんな姿になってものう」
「随分と寂しい思いをさせちゃったみたいね」
「当たり前じゃろう。当時は村医者なんておらんかったからの」
「でもそんな寂しい日々は今日でオシマイ。さ、これ飲んでみて」
「……これは?」
「ロジー様が授けてくれたもの。ソレをあたしの墓石の土に振り撒いたら蘇ったんだってさ。■■■教様様だよほんと。ほら、あたしが飲ませてあげるから」
「んぐ……ごくっ…………ウグッ!?か、体が……」
「あはっ♥あたしが知るあんたの姿そのまんまだよ」
「…………これは奇跡か……わしの身体があの頃に戻って……」
「”わし”とか古臭い一人称はやめてあの頃に戻ろうよ。あたしも持病が消えてさ、やっと……やっとあんたとの子どもを作れるんだから」
「…………ああ、許してくれアルベルト先生。俺はやっぱり村長失格だったみたいだ。こんなの……屈するなという方が無理だろう」
「あたし多分もう人間じゃないけどいい?」
「かまうものか」
◇
「ここら辺でいいかな」
アルベルトを抱きかかえたロジーは村に唯一一つだけ存在する公園のベンチに腰掛け、アルベルトを隣に座らせる。触手の拘束は解きその気になればいつでも逃げられる状況だ。
だというのに彼は逃げる気はなかった。もっと正確にいうと逃げることができなかったといった方が正しいだろうか。
「…………」
「ああ、そんな警戒しないでください。別に取って食おうとは思ってはいませんから」
「魔物の言うことなど信用できるものか」
教団の者とその宿敵である魔物が互いの素性を理解した上で隣り合わせに座っている。この状況がいかに不可思議で奇妙なものであるかは言うまでもないだろう。
普段ならば一触即発ものであるがそうはならないのは、二人とも本質は争いを好まない性格だからでありできることならば話し合いで解決できないかと思っている為である。二人が対等の立場であれば、の話だが。
「アルベルトさん、見てくださいほら、あそこあそこ」
「…………」
ロジーが指さす方向には子供数人が走り回っており、公園の遊具で遊んでいる光景が広がっている。しかしそこにも非日常の影が落ちており、ニコリと微笑むロジーとは裏腹にアルベルトは何度か目の悪寒を覚えるのであった。
公園で遊ぶ女児は皆、腹が臨月のように膨らみ、下半身はゲル状に溶け、触手でじゃれ合っている。齢10才にも満たないであろう幼児までもが胎内に新たな命を宿し腹を撫でている光景が歪の極みであり常軌を逸していた。
「村の皆さんは■■■教の素晴らしさに気付いてくれました。宣教師である私が見習いたいほど熱心に■■■教の教義を取り入れてますよ」
女児の姿しか見えないと思っていたがそうではない。
女児に混ざって、女児らと同じくらいの大きさの触手塊が蠕動するかのように地面を這いずり回り女児と戯れている。触手塊は女児に絡まると、女児の内部に出たり入ったりを繰り返し、ゲル状の下腹部に白濁液を吐き出し濁らせている。ぶるぶると震え始た触手塊はしばらくすると男児の姿へと変化しまた触手塊へと変化し、可逆的に触手塊と男児の姿を交差させていた。
「これが……」
「え?」
「これがお前の望んだ改革だというのか」
「はい、そうです。もっと正確にいえば私ではなく■■■教の、といえば正しいでしょうか。ナサリ村の改革はこれ以上ないほどの大成功ですよ」
確かに活気には満ち溢れている。
しかし根本的なところでズレていた。それこそヒトと魔物という決して相容れぬ価値観で。
「……僕は一体いつから監禁されていたんだ」
「あぁ、ふふっやっぱり気になっちゃいますか」
「いいから答えてくれ……もう、気が狂いそうだ」
「あの日、アルベルトさん覗き見してましたよね?」
「…………知っていたのか」
「はい♪さすがに救援要請を出されるとマズいことになっちゃいますのでその晩先生の家に忍び込んでそのまま倉庫でお休みしていただきました。救援要請の書類は……ほら、ここにありますよ」
そう言いロジーはどこから取り出したか例の書類をアルベルトの眼前にチラつかせた。触手にくるまれた書類はロジーが指を鳴らすと発火し始め、みるみるうちに灰へと変わってゆく。彼にはもはや書類を取り返す気力はなく、目の前で燃え散る救援要請を呆然と見つめているだけだった。
よく見ると、いつの日か彼女に頼んだ友人宛の手紙や教団への報告書らも一緒に燃えていた。
「……ひとつ教えてくれないか」
「はい、なんでしょう」
「お前は一体”いつ”から魔物だったのだ」
「”いつ”から……というのは私が純正の魔物であったのか、それとも人間が魔物化した存在なのか、そういうことですか?それでしたら私は人間が魔物化した存在です」
「それは”いつ”からだ?」
「数年前とだけ。あまり具体的に言うと歳がバレちゃいますので」
「そうか……初めから、そうだったのだな……」
誰に語り掛けるわけでもなく、彼は空に向かって呟いた。
初めから、あの日アルベルトとロジーが出くわしたあの瞬間から、彼女がナサリ村に訪れた時点でこうなることは決まっていたのだ。どうあがいても逃れられぬ運命だったのだ。複雑に絡み合う触手が行く手を阻むかのように、こうなるように未来を導いていたのである。
「…………」
「…………♥♥」
悔しいとか、悲しいとか、そういうのではなかった。
ただただ無力だった。無情だった。無意味だった。彼がこの村で築いた日々や功績が音を立てて崩れてゆくさまは彼を喪失感に浸らせるには十分であり、彼女はその様子を眺めるのがこの上なく心地よかった。
魔物としての彼女ではなく、彼女個人として恍惚としていた。ひとえに性格が悪かったのだ。
「少し歩きましょうか。お散歩デート、してみたかったんですよね」
「逃げるかもしれないぞ」
「逃げられるのならどうぞ」
◇
「オラッ!!孕め!孕め!!俺の種受け取れッッ!!」
「あはァン♥♥ソコッ、そ、こっ♥ああああぁぁっっ♥♥♥」
「う、はぁ……アンタのデカすぎっ♥♥♥お腹貫通しそうッ!」
「うっ、ふぐっ……ああああっががががきもちいきもちいいがががgagagag縺阪b縺。縺?>縺阪b縺。縺?>縺ゅ≠縺ゅ≠菫コ縺御ソコ縺ァ縺ェ縺上↑縺」縺ヲ縺励∪縺??ュ縺檎汲縺?≧縺?≧縺」
「繧ゅ≧縺薙l縺ァ3莠コ逶ョ繧茨シ溘>縺?刈貂帙↓縺励※鬆よ斡繧「繝上ぃ繝ウ」
「莠疲怦陟?>縲ゆス穂ココ縺?縺」縺ヲ縺雁燕縺ォ縺ッ逕」繧薙〒繧ゅi縺?s縺?菫コ縺ョ霍。蜿悶j縺ッ螟壹¢繧後?螟壹>譁ケ縺瑚憶縺」
村の至る所で交配が繰り広げられている。ローパーと人間男性が交わっているところがあれば、男性が変化して肉汁のような飛沫を上げながら奇声を発している光景もある。
ロジー曰く、あれでもちゃんとした言葉を発しているらしいが当然のことながらアルベルトは肉汁を聞き取ることはできなかった。アレを理解し始めたらいよいよもって人間を辞めたことになるのだろう。
「うぐ……」
そして村の集落部ではむせ返るような甘ったるい靄が充満していることに気がついた。
思わず彼は服の袖で口と鼻を塞ぎ呼吸するのを躊躇う。
「あぁ、これは【焚殖香炉】ですね。排卵を促して受精率を上げる効能があります。生理痛もなくなりますし、男性の精子も活発になる効能もあるのでアルベルトさんも嗅いで大丈夫ですよ?」
「こんなもの……どこから仕入れて……」
「仕入れたのではなくて収穫したのです。村の畑ではちょうど収穫シーズンですしナサリ村の新たな名産品として村の農業組合も力を入れているみたいです」
アルベルトが視線を畑に移すと今まさに収穫している真っ最中であり、ローパーと触手塊が結合しながら茶葉を捥いでいた。収穫したばかりの茶葉に愛液やら白濁液やらわからない液体が飛び散っているが当の本人らは全く意に介さず行為をしながら収穫をしている。
「さっきの男児もそうだったが……アレは【触手薬】の影響か」
「はい。それも時間制限付きの変身ではなく、いつでもどこでも可逆的に変身できるようになってます。度重なる【触手薬】の乱用でこの村の男性は皆、体液の半分以上が【触手薬】になってしまったんですよね」
「は、はは……狂ってる」
「この光景を狂っていると言うのなら、まだアルベルトさんは真に理解されてないようですね」
淫気に満ち溢れ変わり果てた姿となった村を一望しながらアルベルトはがくりと膝をつく。今の彼にできることといえば、本当にナサリ村は終わったしまったのだと心の底から認め嘆くことぐらいしかなかった。
「ロジー様、それにアルベルト先生!お久しぶりです」
「おやレイリィ。そういえば今日が出発の日でしたね」
「はい!これからはロジー様に代わり私が■■■教の素晴らしさを教えて回ります!どうかロジー様は幸せな日々を送ってください」
レイリィと呼ばれた少女はゲル状の下半身を人の足のように擬態させ、外見は完全な人間と変わりない状態で大きな荷物を背負っている。その服装はまるで初めてロジーを見たときのような聖職者のような服装であり、今まさにナサリ村を出発しようとしているところであった。
「レイリィ、キミは一体……」
「アルベルト先生、今までお世話になりました。今度は私が宣教師となり■■■教の素晴らしさを伝えていくため旅立とうと思います。またいつの日か戻ってくる日までどうかお元気で!」
「貴女こそ、一人旅は危険がつきものです。どうか健康には気をつけてくださいね」
「ハイ!ロジー様。きっと素敵な男性も探してみせます。■■■教を信仰していればきっといつか叶うと信じていますから!」
「実に良い心がけです。ああ、そうそう。■■■教と呼ぶのはもう辞めにしてこれからは【ナサリ教】と呼ぶように。いいですね?」
ロジーから祝福を受け取りナサリ村を発つ少女。その少女が新たな宗教ナサリ教を振りまき同胞を殖やしていくのはまた別の物語になるとして、二人は少女を見送った。こうして宗教というものは姿かたちを変えながら連綿と続いてゆく。それは悪夢かはたまた救済か。
結局のところ、藁にも縋りたい思いで救われればそれは救済になり、絶望の果てに落とされるのならば悪夢となりうるのである。
問題はその藁が触手に変わっただけなのだ。
◇
植物は歪み捻じれ見たこともない奇妙な果実を実らせている。そのどれもが退廃的な色彩、魅力的な香りを放っており素性を知らない人間ならばついつい食してしまいかねない代物だ。
アルベルトは農民に押し付けられた作物を両腕に抱きかかえながら、その香りを我慢しつつ帰路につくのであった。
「……ただいま」
「ただいま♥」
もうロジーに何かを問おうという気力さえなくなりかけていた。さも当然のように自宅に押し入り同伴者のように振る舞うのだから隙がないといえばそうなる。教団の敵だというのに何故か明確な敵意が沸かず、隣にいるのが当たり前と思えてしまう自分がおかしくなっているのではないかと思い始めたアルベルトであった。
大量の作物を冷暗所に置き、数か月ぶり(彼の意識では数時間ぶりだが)の自宅のソファに体を降ろす。
「さて……と。ロジー、お前は僕に一体何をした」
「何がです?」
「とぼけないでくれ。僕は教団の者、お前は魔物。だというのになぜこうして通常通り会話ができている。普通に考えておかしいんだ」
「あぁ……やっぱり貴方は村の皆さんとは違いますね。バレちゃいましたか」
舌をぺろりと出してさもそれらしいアピールをしていたようだが、アルベルトには何の効果もなかった。むしろより一層疑心感を募らせたまである。
「アルベルトさんは”既成事実”という言葉をご存知ですか」
「既に成している事実、読んで字の如くだけれどもそれがなにか」
「つまりはそういうことです」
「いや全く話が見えないのだが………………………………まさか!?!?」
突拍子もなく既成事実という言葉の意味を問われたところで彼の疑問が消えるわけではない。むしろなおさらわけがわからなくなってしまったことだろう。
だが数秒の後、考えうる最悪の可能性を思い浮かべた彼はロジーに食い入るようにして問い詰めた。
「あ、いえ、違います。きっと恐らく貴方が考えていることではありません。何なら私のお腹触ってみます?」
「いや、結構」
「私が言いたいのは”既に成していた”ということです。さっきアルベルトさん、言いましたよね『初めからそうだった』と。その通りなのです」
「???」
【寄生時術】
それが彼女の仕組みであった。
曰く、ナサリ教の絶対秘術であり対策さえされなければ回避不能の幻惑魔術であるという。初対面の相手にしか効果がなく幻惑効果も弱いが、それゆえにとてつもない成功率を誇る。相手の意識に自らの意識を寄生させ、無意識のうちに自らに有利になるよう事を進ませることが可能となる。対象者はいつ術中にかかったのかもわからないまま無意識に操られていることとなり、それすら気がつかないまま一生を過ごす。
「といっても本当に効果は弱いんです。だって現にアルベルトさんは私が魔物と知ると嫌悪感をむき出しにしてるじゃないですか」
「それはそうだけど……釈然としないなこれは」
「私は魔物で、教団の敵で、処分する対象である。でもいざ目の前にいるとどう対処していいかわからない。それがつまりそういうことです」
アルベルトは首をかしげわかったようなわからなかったような……自らの深層心理に問いかけている。無意識を意識しようとしてもそれはもう無意識ではなくただの有意識なのである。無意識とは知覚できないからこそ無意識なのであり、その隙間に寄生して作用させる【寄生時術】はまさに回避不能の絶対秘術なのであった。
「ナサリ教を主教の宗派と勝手に信じ始めたときは思わず笑いそうになっちゃうほどでした。私がいつナサリ教があの忌まわしき主教の宗派だと言いましたか?そんなこと一度も言っておりませんよ」
「そんなハズは……確かにあの時」
彼女との会話をできる限り思い返し、記憶をたどる。
(あの時?あの時はいつのことだ?僕は確かに聞いた……いや、本当に聞いたのだろうか???)
「■■■教はナサリ教であり、ナサリ教は■■■教なのです。初めからそれは決まっていて、ただ単に貴方は知らなかっただけなのです」
「わけがわからない……」
「要するに卵が先か鶏が先かということです。脳のシワをときほどき触手のように柔軟な発想をすればすぐ理解できますよ」
八割方何を言っているのか理解できなかったが、恐らくリラックスして落ち着けと言っているような気がして嫌気がさすアルベルト。村を壊滅させた魔物がすぐ隣で座っているというのにまるで親友かのように振る舞う彼女に嫌気がさし、それを拒否しない、できない自分にも嫌気がさしていた。
「それでもわからない。お前はなぜそこまでしてこの村に固執しているんだ」
「…………この村、ではありません。貴方にです」
「なっ――」
隣り合わせに座る彼女が語り始める。心なしか手を抑える触手が熱くなっているような気がした。
「紆余曲折……ええ、詳細はあまり語りたくはありませんが私は既に成体ローパーなんですけども、残念なことにまだ夫がおりません。ですが貴方という存在をようやく見つけたんです。一目惚れでした」
「――――」
「魔物が一目惚れしちゃいけないんですか?人並みに恋をしてはいけないんですか?そんなルールはどこにもありません。私は魔物としてではなく、一人の女性として貴女を好いてしまった。ただそれだけのことです」
彼女の目は本気だった。
人類の敵であり、教団の討伐対象であり、ナサリ村の災厄の元凶である彼女であるが、その目はひとりの女性の目そのものであった。例え魔物と言えど彼女の目は嘘偽りない真実を語っているような無垢さがあり思わずアルベルトも圧倒される。
そして彼もまた、自分のことをこれ程までに想ってくれている彼女の真摯さに胸を撃たれつつあった。
「アルベルトさんを一目見た瞬間から私の子宮は疼いて疼いてどうしようもないくらい絆されているのです。貴女との子を宿したいと訴えてやまないのです。責任とってください、くれますよね?」
恋をした魔物娘ほど厄介なものはいない。教団本部にいた頃よく聞かされていた教訓を思い出したアルベルトは今まさに目の前にいる魔物がそうなのだろうと納得した。
さらに熱くなる彼女の体を感じていよいよもって身の危険を感じ始めたアルベルトはソファから立ち上がろうとしても、一切身動きが取れないことに気がつく。いつのまにか両足は彼女のゲル状の下半身に埋まっており完全に固定されていたのだ。両腕にはそれぞれ触手が絡みつき人外の怪力で彼を組み伏している。
「ああそうだ。アルベルトさん、さっき気絶している間の数か月どうやって栄養補給していたか気になっていましたよね」
「ああ……それはそうだけど」
「毎日アルベルトさんの胃に触手を入れて私の体節を流し込んでいました。排泄物も直腸から直接吸引してましたのでもうこれは一心同体と言っても差し控えないですよね」
「うっぷ……そういうのはもっと早く……」
「アルベルトさんもその気になればきっと触手になれますよ。でも、初めてはやっぱり人間体のほうが私は好きですね♥♥」
ここまでされてもなお彼女に敵意が沸かないのは【寄生時術】の影響なのか、はたまた実のところそれなりに好意が沸いてしまっているのかは定かではない。ただ一つ断定できることがあるとすれば、今この状態で彼がロジーを振り払うことはないということだ。
触手でアルベルトを掴みベットへと放り投げたロジーは、その脚とも粘液ともいえない部位で覆い、衣服を溶かしつくした。仰向けにされ衣服もなくなったアルベルトは無意識のうちに剛直させた陰部をそそり立たせる。
「ふ、っふふふふふ♥♥♥やっとアルベルトさんのおチンポが……」
ギラギラと怪しげに光る眼、舌なめずりする口角、全身から滴る粘液。アルベルトにまたがり昂ぶるその姿は捕食者そのものである。
「私の体節を毎日、毎日、毎日流し込んで、その前からも料理に触手薬を薄めて薄めて仕込ませて、アルベルトさんの肉体はもはや半分以上が私と触手薬できていると言っても過言ではありません。その気になれば触手になれるのは冗談ではありませんよ?」
「例え冗談だとしても、面白くもなんともない。むしろ胸糞わr……」
その直後赤く、緋色に煌く彼女の眼光がアルベルトの視界を覆い包む。眼球から体の末端に至るまで全てが溶岩のように熱く滾り、血液が沸騰しているような錯覚を覚えるアルベルト。
「あ………ウグウゥゥゥゥウ!!!」
「身も心も全て溶け後に残るは根源たる欲望のみ。衣食住、それ即ち異蝕獣であり遍く世界の生命はそれを満たすことを生涯の糧とします」
「嘘だ……ッ嘘だそんな僕の、僕のカラダ、がっ……あああああああああああああああ縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠雖後□雖後□縺阪b縺。縺?>菴輔b閠?∴繧峨l縺ェ縺!!!!!!!」
熱波に当てられた氷のようにアルベルトの肉体が溶け始める。皮膚がただれ、筋肉がむき出しになり、骨が露出する。痛みはなくむしろ全身が愛撫されているかのようなこそばゆしさと快感が蕩けるほどで、昂ぶれば昂ぶるほど肉体は原形をとどめなくなっていった。
肉体が崩れると同時にその残骸は粘性を保ちながら紐状へと変化しはじめ、無数の男性器が合わさったおぞましき物体へと姿を変えゆく。
【異形となりて 進化せよ】
【蝕みとなりて 浸食せよ】
【獣となりて 支配せよ】
アルベルトとしての意識が消える直前ロジーはそう語り、逆さ三日月のような口元をしながら無数に存在するアルベルトの性器を全身で浴びるのであった。
腕だったものが性器に変わり、脚だったものが性器に変わり、頭だったものが性器に変わる。きっと今の自分の姿を鏡で見てしまったらアルベルトは卒倒するだろう。
しかしその心配はない。なぜなら視認するための瞳はなく、今この状態で唯一確認できるものといえば肌で触れているロジーだけなのだから。目の前の対象が雌であり自らの子孫を残せると本能で察したアルベルトは全身をいきり勃たせ、先端からドロリとした粘液を垂れ流す。
「いっぱい愛してください。たくさん犯してください。私はそのために在るのですから♥」
「蜒輔?縺雁燕繧定ィア縺輔↑縺??りィア縺輔↑縺?′窶ヲ窶ヲ縺雁燕繧堤官縺励◆縺上※縺励g縺?′縺ェ縺」
「ふふ♥♥いいでしょう、共に往きましょう。果てなき深みへ、根源の快楽へ……」
ロジーは男性器の中でも一番大きなものを見つけると、自らの秘部へあてがいゆっくりと腰を落としていった。
深く、深く、膣と陰茎という概念すら超越して、二人の身体は溶けあい落ちてゆく。
ゆっくりと、落ちてゆく。
落ちてゆく……
落ちてゆく…………
落ちてゆく………………
堕ちていった。
19/01/12 00:19更新 / ゆず胡椒
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