連載小説
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中編
(寒い寒い、もうすっかり真冬か)

 雪道を歩いているアルベルトは身を縮こませ震えながら雪景色を眺めている。いつものように巡回検診を終え帰路についているところだ。
 例年では冬だろうと年中構わず遊びまわっている子供の姿を見たものだがここ最近は外で遊んでいる子供の数も減ったようにみえる。単に今年の冷え込みが厳しいというわけではないようだ。

(……ロジーさんが教室を開いてから、か)

 子供に学問を教えるという点はアルベルトも大賛成であり、場合によっては自分も何か教鞭を執ることができないかと考えていたほどだ。やはり人間が必要最低限生きる上では教養は欠かせないものであるし、子供たちの将来のためを思えば知識を分け与えてあげるというのは大人の義務であると彼は思っていた。
 皆が皆教室にこもりきり勉学に勤しんでいるのは大変喜ばしいことである。だが、外で遊ぶ子供の数が減るというのはそれはそれで寂しいものである……とは思いつつもそれは単なる大人のエゴであると切り捨て子供の勉学を密かに応援するアルベルトなのであった。

(…………ん?)

 ふと、雪道を歩いているアルベルトは奇妙な光景を目の当たりにする。何の変哲もないただの民家。正確に言えばその民家が所有しているであろう畑だ。
 こんな真冬で雪が降り積もっているというのに、その畑だけは土が顔を出しており現在進行形で村人が耕していたのだから。

「ちょっといいですか」
「お、アルベルト先生じゃないですかい。何か用でも?」
「いえ、真冬なのに畑を耕してどうかしたのかと思いましてね」

 民家の男とその妻であろう二人は冬だというのに薄手の衣服一枚だけを身に着け、汗だくになりながら鍬を振り下ろしていた。完全に季節外れの行為、外見である。
 ナサリ村では秋までに収穫した作物を長期保存し、冬の間はそれで乗り切るというのが例年の常識であったはずなのだがどうしたことか彼らは今まさに作物を育てる準備をしているようである。

「そういや説明がまだでしたね。へへっ、ロジー様が冬でも育つ植物の種を授けてくださいましてさぁ」
「ホント、ロジー様には頭が上がらないわぁ。うちの娘もお世話になってるみたいだし」
「冬でも育つ種……?」
「アルベルト先生も気になりますかい?たくさん貰ったから少し分けてやりますよ」

 男はそう言い麻袋に一握りの種を詰め込んでアルベルトへと手渡した。
 受け取った種を彼はまじまじと観察する。

「…………????」
「どうしましたかね先生」
「いえ、ロジーさんはこれを何の種と仰っていましたか?」
「いやそれが『成長してからのお楽しみです。きっとこの村の名産品の一つになるでしょう』って渡されただけでさぁ。俺らもてんでさっぱりなんだ。アルベルト先生はこの種が何の作物かご存じで?」
「どこかで見たことが……あったようななかったような……ううん気のせいだろうか」

 黒く、硬く、シワのある胡桃のような種はこれといった特徴的な形をしているわけでもなくひときわ地味な見た目をしていた。
 記憶のどこかに引っ掛かりを覚えるも明確に思い出すことができないということは大した種ではないのだろう。そう思うことにしてアルベルトは麻袋を鞄にしまい込む。

「冬の間何もできない俺ら農民にロジー様はやることを授けてくれたんだ、感謝しねぇとな」
「ホントさね!うちの娘のマナも毎日教室でお世話になってるみたいだし今度焼き菓子でも差し入れようかしら」
「ロジーさんはああ見えて甘いものが大好きです。さぞ喜ぶと思いますよ」
「あら!それじゃ早速作って明日マナに持たせようかね!!」
「おおっ、そいつはいいじゃねえか」

 アルベルトは軽く会釈するとその場を後にした。
 辺りを見回してみると、確かに他の民家でも畑を耕している姿がちらほら見え、真冬らしくない作業が至る所で見かけることができる。雪原の真横で泥だらけになるという違和感しかない光景に妙な雰囲気を覚えつつ、彼は再び足を進めるのであった。


  ◇


 例年通りならば今時期は冬の風邪に罹った患者の対応に追われていたはずなのだが、今年は妙なことに患者が少なく比較的平穏な冬を迎えていた。
 時折常備薬の買い付けに来る老人の相手をしつつ、試薬の整理などをしながら今日もいつも通り過ごしていた頃。

「こんにちはアルベルトさん。今日は……暇そうですね」
「おやロジーさん、どこか調子でも?」
「いえ。今日は学校お休みでしたのでちょっと診療所に顔でも出そうかなと思いまして」
「それはかまいませんが……よりによってこんな場所にですか?」

 コクリと首を縦に振り誰もいなくなった待合室に腰掛けるロジー。アルベルトもまた書類を整理し診察室へ向かうとロジーの向かいに座る。

「最近姿を見ないと思ってましたがもしかしてずっと教会に?」
「ええ。もう毎日子供たちが来るものですから学校を開かないわけにはいきませんしね。私自身教鞭を執るの好きなのでそれはいいんですけど、流石に今日は休息をとらせていただきました」
「働きすぎは体に毒ですよ。まぁ、僕も人の言えた事じゃないんですが」

 アルベルトは診察室から暖かい茶を二つ手に取り、片方のマグカップをロジーに渡す。はふはふと息を漏らし一口、もう一口と湯を喉へ流し込むと冬の寒さを吹き飛ばすかのように体全体が温まり始めた。

「ロジーさんの評判は村中で話題になってますよ。改革の立役者だとかロジー大先生だとか……」
「あはは、みなさん大袈裟ですよ。私はただのしがない宣教師です」
「ただのしがない宣教師はここまで村人のために接してはくれませんよ。ロジーさんは心の底から聖人気質がありますから、必然的にそうなってしまうのではないでしょうか」
「聖人気質だなんて……アルベルトさんも大袈裟です」

 いつの間にか茶を飲みほしていたロジーは顔を若干赤らめつつそんなことを呟いていた。

「そういえばアルベルトさん。さっきから気になっていたんですが、その手に持っているソレ……何です?」
「ああこれですか。これは遠方の友人宛の手紙です。同じ教団の医療従事者仲間で定期的に連絡を取り合っているんですよ。もう一つは教団本部宛の報告書です」

 アルベルトの性格を生き写したかのような正確で歪みのない文字が宛名が書き綴られている。封蝋されており後は郵送するだけのようだ。

「友人はエスティアラプ市担当の医者でしてね。もしかしたらロジーさんもどこかですれ違っていたかもしれないですよ」
「エスティアラプ市の……そうだったのですか」
「あそこは規模も大きくてここなんかよりもずっと忙しのです。ここ2、3通まるで返信がないのもきっと忙しすぎて読む暇すらないんですよアイツ」

 手紙の内容には近況報告といった個人的なことから流行の疾患情報など医療業務に必要不可欠な内容まで多岐にわたることを書き綴っている。当然、ナサリ村改革やロジーという宣教師の存在についてなども記入しておりどんな反応が返ってくるか楽しみにしているアルベルトであった。

「ではその手紙と報告書は私が出しておきましょうか」
「え、いやいいですよロジーさんの手を煩わせるわけには」
「いえいえ、帰り道の途中ついでに出すだけですので気になさらず」
「……ではお言葉に甘えてもいいですか、患者は少ないですけどまだやることが残ってまして。よろしくお願いしますロジーさん」
「はいっ♪」

 やけに積極的なロジーに手紙を渡し、これでひとつ面倒ごとが省けたと少し肩の荷が軽くなるアルベルト。手と手が触れあった瞬間妙な湿り気を感じたが、マグカップが熱くて手汗でもかいていたのかとひとり納得し、その後も彼女と他愛も無い談話を繰り返しているのであった。
 そして話題は再び学校のことへと移る。ナサリ村発展のこともあってかアルベルトは興味津々に彼女の話を聞いていた。

「字の読み書きできる子が増えてきたのですか。それは実に良いことですね。やはり将来快適に生活していく上では読み書きができるか否かでは可能性が大きく違いますので」
「優秀な子は数学や科学といった難しい内容まで積極的に取り組んでいます。歴史が飛びぬけて得意な子もいたり、■■■教の教義を暗記できる子もいたり、魔法の才能を感じさせる子もいたり……教え甲斐がありますよ本当に。みんなとても良い子です」

 嬉しそうに語るロジーの姿を見て、そういえば彼女はまだ20代そこらの女性なんだったな……と思い返すアルベルトなのであった。互いに敬語でしゃべり続け、しかも聖職者という立場もあってか無意識のうちに年上だと錯覚していたアルベルトは彼女に気づかれないよう己を戒める。

「今度暇ができたときにもでも授業を見学しに行ってもいいですか?」
「もちろんです!!むしろアルベルトさんに医療の基礎を教えてもらいたいくらいですよ」
「あっはは、考えておきますか」
「基本的に昼〜夕方間で授業を開いてますのでその時間帯ならいつでも大丈夫です。子供たちもみんな待ってますよ」

 気付けば外は夕暮れになりかけており、時間も時間なのでロジーは診療所を後にした。実のところ彼女はまたアルベルト宅で夕飯を作ろうと画策していたらしく、あまりに忍びないと察した彼は半ば強制的に外に出した次第である。頬を膨らませながらも本気では怒ってない素振りで手を振り帰路につくロジーの後姿をアルベルトは見えなくなるまで見送っていた。
 近日中に教鞭を執るという口約束をしたアルベルト。今後彼は幾度となく教会で授業させられるようになるとは今の彼には思いもしなかっただろう。


  ◇


「先生〜アルベルト先生〜いますか〜〜〜!!」

 書類の整理が終わり、酒を飲みながら夜ひとりの時間を堪能していた頃。
 診療所の外から鳴り響く子供の声が彼の静寂を即座に終了させた。急ぎ白衣を着て診療所の入り口の鍵を開ける。

「どうしたんだい!?!?具合でも!?」
「うぅ〜〜〜ぎもぢわるい゛…………」

 ドアを開けたその先に見えたのは子供が二人。いかにも体調の悪そうな女子、それを介護するかのように付きそう男子。保護者の姿はなく二人だけで診療所まで駆け込んでいた。
 
「せ、先生、マナが急に気持ち悪いって……」
「はきそう……うぅぅぅぅぅ〜〜〜」
「とりあえず中へ!!」

 急ぎ診察室へ運ぼうとしたがそれすらも限界のようで、いつ吐いてもいいようにすぐさま水場へと誘導させる。アルベルトが応急処置用にと用意した吐き気止めを服用させしばらくの間水場で診察しながら様子を伺うことにした。
 マナと呼ばれた少女は顔を青ざめ汗だくになりながらを不快な嘔吐感に襲われている。額どころか全身から汗を流すマナの姿を見守る少年は不安そうな顔をしながら懸命に彼女の名前を呼びかけ背中をさすっているのであった。

「……とりあえずは治まったようかな」

 数十分が経過し次第に彼女の顔色が健康的な肌色に戻るのを確認すると、ひとまず安堵するアルベルトと少年。マナも吐き気が和らいできたようで、荒い呼吸は平常時に戻りつつあった。

「マナちゃん、でいいかな?」
「はい……」
「急に吐き気が来たとのことだけど、何か変なものを食べた記憶はあるかい?」
「いや、それはないよ先生。今日一日中俺とマナは一緒にいたけど変なものなんて何も食べてないって」
「うんそうだよ先生。あっ、でももしかして」
「もしかして?」

 はっ、とマナは閃いたかのように顔を上げると男子の耳元を手で覆いひそひそ話をし始める。何をしゃべっているのか聞き取れないアルベルトは首を傾げるがすぐにひそひそ話は終わりマナと男子は揃って喋り始めた。

「もしかすると……ミルクセーキ飲みすぎちゃったかも、知れないです」
「ミルクセーキ?あの甘い牛乳のお菓子の??」
「俺、ミルクセーキ作るの得意でさ。マナに満足してもらいたくってたくさん作りすぎちまったんだ。それをマナが全部飲んじまって」
「ちょっと、飲ませたのはリオンでしょ?その言い方だと私が悪いみたいじゃ……」
「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて」

 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気が漂っていたので静止にかかり場を和ませる。
 乳飲料の飲み過ぎで胃や腸がやられるというのはよくある話であり、しかも甘味料を添加されたミルクセーキときたものだ。吐き気もあって当然である。

「一応念のため触診しますね。上着を捲ってくれるかな」
「え……」
「ああ大丈夫、お腹出すだけでいいから胸まで上げる必要はないよ」

 少し恥ずかしそうにしながらマナは冬にしてはやけに薄い上着を一枚胸元までたくし上げる。後ろでは不安げにそわそわしながら見守る男子の姿があり、アルベルトは彼を落ち着かせつつマナの腹部を触診し始める……のだが……

(さっきから気になっていたが……妙に膨れているな……胃下垂かこれは)

「ええと、君の名は……確かリオンくんだったっけ」
「はい、そうです。リオン・クルークです」
「リオンくん。キミ、これは食べさせ過ぎだよ。お腹がこんなに膨れてるじゃないか」
「うっ……すみません」
「彼女のことを大切に思うなら限度というものを知らなきゃ。一人前の男にはなれないぞ」
「肝に銘じておきます。ごめんなマナ、俺ってば美味しそうに飲むお前の姿が気持ちよくて止まらなかったんだ」
「ううんいいの。私だって美味しすぎて止まらなかったのは事実だもん」

 マナの吐き気は完全に収まったようで体調も元に戻っていった。青ざめた頬は一転して今は赤みを帯びており、年相応というよりはやや大人びた顔つきでリオンを見つめている。
 その姿を第三者視点で見ているアルベルトは青春とは良いモノだなぁ、と一瞬思ったがそう思うことこそが年寄りの発想であると気付きすぐさま思考を振り払った。

「そういえば」

 すっかり体調が戻ったマナはふと、妙なことをアルベルトに投げかける。

「アルベルト先生ってロジー様とどんなカンケイなの?」
「えっ」
「それ俺も気になってたんだ。だってロジー様ってば、診療所に行くときめっちゃウキウキしてるんだぜ。絶対何かあるって学校で話題になってたんだよなー」

(待て待て待て待て待て、なんだその噂は。僕と?ロジーさんが?そんな関係??いやいやそれはないだろうおかしいって)

 片手で顔を覆い、呆れたような、落胆したような、焦りのような、困惑のような、そんな顔をしている。

「断じてない。そもそも僕のようなただの村医者が聖職者と釣り合おうとすること自体おこがましくて……」
「釣り合うとか合わないとかそんなことは聞いてないんだけどー?」
「ってか■■■教ならむしろ歓迎してくれそうだけどな」
「ほんとにね。■■■教なら絶対そうする」

(■■■教ならそうする?いったい何のことだ……?)

 妙な引っかかりを覚えるも、どうせ子供のたわ言だろうと深く考えようとはしなかった。それよりも彼は心の底に抱えていたロジーに対する感情を何の気なしに発掘されたものだから、子供の相手などしていられるような心情ではなかったのだ。

「とりあえず吐き気も治ったので今日は帰ります。先生ありがとうございました。ロジー様にもよろしく伝えといておきますね」
「えっ、あ、うん……うん?」
「夜分遅くに失礼しました〜」

 嵐のように訪れ嵐のように去って行ったマナとリオンを茫然と見送るアルベルトであった。しかしその嵐は彼の心に浅く小さな傷跡を残していたことに彼自身はまだ気がついていないようであった。
 放置すればすぐに治ってしまいそうな程小さな傷跡。だからこその致命的な傷を。





(……何かがおかしい気がする)

 いつも通り患者の診察をし、いつも通り巡回検診をし、いつも通りパンを買い、いつも通り雪かきをする。何も変わらないいつも通りの日常。しかし、アルベルトはここ最近何かが歪んできているような、言い様のない不安感を覚えることが多くなってきた。
 何かがおかしい。だけどその何かが決定的にわからないのが余計に奇妙というか不気味というか、一言で言えば気味が悪かった。

「やあ先生今日もお仕事ですかい。年末だっていうのにお疲れさまでさぁ」
「医療に休みはありませんからね。まぁ慣れたものですよ」
「あ、そうだ!先生これから用事あるかい?」
「???いえ、今日はもう特にありませんが……」

 街角ですれ違った村人の男性と世間話をしていると急に彼は何かを閃いたようで「よしきた!」と言わんばかりにアルベルトに提案をする。

「ついこの間良い茶葉が手に入ったんですわ。先生にも少しおすそ分けしてあげたくてね」
「ええっ、そんな悪いですよ」
「たくさんありすぎてウチじゃ使いきれないんでさ、むしろ貰ってくだせぇ」
「そういうことならば……喜んで」

 普段からよく好んで茶を飲むアルベルトは思わぬ収穫に内心小躍りしている。村人から無償でもらうという事実は若干気が引けるところもあったが余しているならしょうがない、そう割り切ることにしてアルベルトは村人の家までついて行くことにした。

「ただいま、っと。ちょっと準備するんで上がっててくだせぇ」

 しばらく歩いたのち、村人の家にたどり着いた二人。村人はそそくさと家の中に入るとすかさず水場の方に移動し茶葉を準備し始めているようであった。

(……………………)

 一方のアルベルトはというと、家に上がってという指示を受けたのにもかかわらずとある一点を呆然と見続けている。それは雪原の中に溶け込むように雪化粧を被る青々とした草木だった。
 凍り付いた土をものともせず根を張り、葉を広げ、脈々と育ち続ける逞しい植物が畑一面に生い茂っていたのである。そしてその植物はどれも見たこともないような奇怪な形状をしており、花や種、中には果実を実らせたものもある。
 無言で首をかしげるアルベルトであるが、これはなにもこの家だけの話ではなかった。今ではこのナサリ村のほとんどの農家がロジーから授けられた種を栽培しており、冬季でも農家の仕事を全うしている。何もおかしいところはない。むしろ良いことと言えるだろう。
 だが、どこかに妙な引っ掛かりを覚えるのもまた事実であった。

「お待たせ先生!これが例の茶葉でさぁ。ついでに一杯淹れてきたから味見してくだせぇ」「あ、あぁ、うん……ありがとうございます」

 真冬だというのに南国のような畑からは一旦目をそらし、アルベルトは茶葉の入った袋と暖かい茶を手に取る。
 寒空の下歩き続け冷えた体にを労わるかのように湯気を立たせる茶は香ばしく、そして甘い芳醇な香りを放ち彼の鼻腔をくすぐり魅了させた。透き通った琥珀色を呈しており、器の底には茶葉が沈殿しているようで、今まさに淹れたばかりの新鮮さがよくわかる。

「ん…………おお、これは美味しい。僅かな甘さがアクセントになって今まで飲んだことのない不思議な味がしますね。若干のとろみがあるのもまた珍しいです」
「ええ、ええ!!そうでしょう先生!俺も家内も子どもらも気に入っちまってさ、毎日飲んでるんだけどそれ以上に採れるもんだから一向に減らないんですわ」
「採れる……?もしかしてこの茶葉は」
「ああそっか、説明してなかった!この茶葉はウチの畑から採れたモンでさぁ。美味しいだろ先生?」

 ずず……と、もうひと口含むアルベルト。独特なとろみが口全体を覆い、渋みと甘味が合わさった不思議な味が鼻から通り抜ける。思わず病みつきになってしまいそうな魅力を含んだ極上の茶であることは間違いなかった。彼が今まで飲んだことのある茶の中でもトップクラスに美味しいと言えるほどに。
 だが、その茶葉が村人の畑から採れているということに言い様のない不安を覚えるアルベルトでった。いや、もっと正確に言えば「ロジーが授けた種から収穫したもの」に不安を覚えたのだ。

「ロジーさんはこの種を何と言って貴方に授けたのですか?」
「え?えーと、なんだったっけ……ああ、そうだそうだ。『何が実るかは貴方の農家の腕と愛情次第です』とかなんとか」
「何の種、とは仰っていなかったのですね」
「そうですな。まぁでもこんなに美味しい茶が淹れられるんですからきっと茶の種だったんでしょう!いや〜ロジー様には感謝してもしたりないですわ!■■■教様様ってもんです」

 アルベルトは適当に相槌を合わし会話を流しながら、その裏で思案を巡らせていた。なぜそう頑なに種の品種を明らかにしないのか?もしかして知られるとマズイ何かがあるのではないだろうか?冬季にここまで急速に成長する植物なんてこの世に存在するのか?
 そう考えながらもう一杯の茶を口に含む。
 冷えた体が次第に温まり固まった冷え固まった手足が和らいでいくと、なんだか気分が良くなりさらにもう一杯、もう二杯と飲み進めることしか考えられなくなっていった。

(あれ……僕は何を不安に思っていたのだろう?まぁ、美味しいからいいか)

 彼はいつの間にか自宅まで歩いており、気がつけばリビングで茶を飲み耽っていた。それほどまでにこの茶は極上に美味しく、無意識に飲み進んでしまうほどの病みつきさがあった。


  ◇


(くそっ!何で今日限って!!)

 それから数日後。
 急ぎ雪道を駆けているアルベルトの姿があった。外はもう夕暮れを通り越し、夜になりかけている。
 今日は待ちに待ったアルベルトが教鞭を執る日だった。しかし、ご覧のとおり外はもう完全に夜を迎え始めている。授業は終わっているだろう。彼は間に合わなかったのだ。
 彼自身、今日の予定を忘れていたわけではない。むしろ今日という日を楽しみにしていたのは他でもない彼自身でもあったのだから。
 だが予想外なことに、今日に限って急激に患者が殺到し授業どころではなかったのだ。冬道で転倒して骨折した老人、腹部の痛みを訴える女児多数、発熱と発汗の風邪多数……その他数えられぬほどの患者が診療所に押し寄せていた。

(村の子供たちには後日謝罪するとして……ロジーさん怒ってるだろうな)

 今日は行けそうにない、という連絡をする暇さえなかった彼は約束を無断で放棄したことになる。患者の診察をしていたといえば明確な理由にはなり得るだろうが、それはそれとして彼自身、今すぐ謝罪せねばと責任を感じていたのだ。
 全ての患者を診察し終えた彼は急ぎ診療所を後にし今こうして教会へと足を急がせている、というわけである。

(あれ……まだ明かりが)

 彼が走っている間に外はもう完全な夜になってしまい、夜空に星々が見え始めていた。
 授業はもうとっくに終わっている時間なのだが何故か教室に明かりが灯されており、遠くから確認したところまだ二人ほど残っているのが確認できる。
 彼は走るのをやめ、教室の裏口へと回り込む。そのまま正面入り口から入ればいいものをなぜか彼は裏口から、しかも忍び足で裏戸を少し開け中の様子を伺い、中に入るタイミングを計っているようだった。アルベルトは約束を破ったという負い目を感じており、なかなか中に入れないようである。
 傍から見れば完全に不審者である。しかしここは町はずれの丘の教会であることから、彼の姿を目撃するものなど誰もいないのであった。

「夜の特別教室にようこそ。今夜はアンリさんにもお勉強をしていただくため特別教室を開きました。子どもたちはちゃんと学び成長しているのに成人しているアンリさんができていないというのは恥ずかしいでしょう?ささ、まずはこの飴玉でも舐めながら気を楽にしてください」

 アルベルトが聞き耳を立てていると、どうやら二人のうち一人はロジーで確定のようである。夜の特別授業という聞き慣れない言葉を発していたのが気になり聞き耳を続けることにする。

「まず、この授業を受けたいということは貴女は■■■教に入信したいということで間違いありませんね」
「はい。先生の献身的な活動にいたく感動しました。あたしも立派な信徒になりたいです」
「とても良い心がけです。さぞ■■■神様もお喜びになることでしょう」

 基本的に主教から他の宗教に改宗するのはタブーとされているが主教が分岐した■■■教ならばさほどお咎めはないだろう。彼は心の中で肯定しアンリと呼ばれた女性を視認する。

(彼女は確か……村はずれの農家の一人娘だったっけか。歳は……ちょうど20歳だったはず。最後に診察したのは…………)

 などとどうでもいいことを考えていると彼の思考を振り払うかのようにロジーが大きな声で説明し始める。ハッ、と我に返りアルベルトは再び裏戸の隙間から中の様子を伺いながら聞き耳を立てるのであった。

「ではまず、授業をする前にいくつかの質問をさせていただきます。まず始めに、アンリさんは今好きな男性がいますか?もしいるのでしたらお名前を教えてください」
「えっ、それは…………ハイ。幼馴染のマルクルです」
「マルクルさんですね、わかりました。では次の質問です。貴女はマルクルさんと性行為をしたことがありますか?」
「……ないです。というかまだ付き合ってすら……」
「なるほどわかりました。では次の質問です。貴女はマルクルさんとの子どもを授かりたいと思いますか?」
「えっ、その……」

(いったい何を知りたいんだ……■■■教に意味があるのだろうか)

 およそ■■■教には関係のなさそうなことばかり質問するアルベルトは、質問の内容も相まって異質な雰囲気を感じ取る。ロジーの追い詰めるかのような姿に気圧され気味になるアンリはたじろぎ回答をどもってしまっていた。

「はい、では追加の飴玉とお茶をどうぞ。ゆっくりかみ砕いて、飲んでくださいね。気分が和らぎます」
「あ、ありがとうございます」

 バリバリと飴玉をかみ砕き、それをぬるくなった茶で押し流す。桃色の飴玉は見たことがなかったが、あの茶はアルベルトも何度も飲んだ例の茶だ。裏口まで香る甘ったるい香りは間違いないだろう。アルベルトが飲んでいたものよりもさらに濃い強烈な香りをしていることから、良質な茶葉をふんだんに使って淹れたものだということがわかる。
 一つ砕いて一気飲み。二つ砕いて一気飲み。三つ砕いて……その辺りでアンリの様子が変わってきたことに気がついたアルベルト。彼は息を飲みながら凝視する。

「はあ、熱いですね。マルクルとの子はたくさん作りたいです。いっぱい、ほしいです」
「ではいっぱい作るためには貴女は何をしなければなりませんか?」
「交尾!交尾です。あたしの家、畜産もやってるからわかるんですけど交尾をすると子どもができるんです。牛も豚も、人間だって同じなんですよね先生」
「そうですね。雄の子種を雌に注げば自ずと子供は授かります。人間だって動物なのですから、牛や豚と何ら違いはありません」
「じ、じじじゃあマルクルと交尾、交尾がしたいです。交尾、ハァーッ、はあっ、はっ、はっ……」

 アンリは茶が入れられたポットをがぶ飲みし、血走った目でおかしな言葉を連呼し始める。異常な光景にアルベルトは息を飲み注視していた。彼は今決定的な瞬間を目の当たりにしそうなのだ。存在感を限りなく消し、息を潜め静寂に、しかし一点も見逃すことなく眼を開き続けていた。

「交尾ではありません。セックスです。家畜は家畜、ヒトはヒト、それぞれ行為の差はないですが表現の違いはあります」
「セックス……セックスしたいです先生セックスセックス、マルクルとセックス、うはえへへっへえへ、へへへ、あははははセックスセックスセックス」
「わかりました。それではこれより入信の儀に移らせてもらいます。これから私が語る教義を復唱し、必ず守って下さい。貴女の口から直接語ることにより■■■神様の耳に届かせるのです。そうすれば晴れて貴女は我々の同胞となることができるのですから」
「わ、わわかりました先生」
「では、参ります……」

(!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?)

 隙間から覗く光景を見たアルベルトは絶句した。
 己が目を擦り、もう一度、目をカッと見開いて目視する。そして見間違いではないことを確認し、動悸が激しくなってゆくのを実感した。

「■章■節、入信の儀は何人たりとも他言してはならない。秘匿せねばならない神聖なものである」
「■章■節、入信の儀は何人たりとも他言してはならない。秘匿せねばならない神聖なものである」

 ロジーの服から何かが生えてくる。ソレは司祭服を突き破り、肉々しくて粘性を持つ細長い線虫のようなモノ。意志すら感じず、不規則に宙を舞うソレは人間の肉体から発していい器官ではなく有無を言わさぬ異形さがあった。

 触手。一言で言うならばまさしくそれが一番当てはまる言葉である。ロジーは触手を生やしていたのだ。
 彼は絶対に声を漏らすまいと口に手を当て塞ぐ。今から始まるであろうおぞましき光景を夢想し、恐怖と戦慄が彼を支配する。

「■章■節、入信の儀は何人たりとも他言してはならない。秘匿せねばならない神聖なものである」
「■章■節、入信の儀は何人たりとも他言してはならない。秘匿せねばならない神聖なものである」

 無数の触手がアンリの両足を掴み、秘部を露わにさせるよう外側に開かせる。なぜかアンリは大声を張り上げることもなく、恥じる様子もなく、むしろ嬉々として受け入れているようでその光景がよりいっそう恐怖を増長させた。
 四肢を拘束させられたアンリは広い卓上に仰向けにされ、ロジーの正面を向くように調整されている。


「■章■節、肉体とは檻であり、魂を昇華させるには不要なものである」
「■章■節、肉体とは檻であり、魂を昇華させるには不要なものである」

 メリメリと音を立て触手を増やすロジーの姿は間違いなく人外のソレだった。
 ローパー。
 アルベルトは教団本部にいた頃、何度か目の当たりにしたことがあった。それも手に負えなくなったローパー症の患者を始末する光景をだ。アルベルトは思い出したくもない記憶を今思い出し、その打つ手のない行く末を噛みしめる。

「■章■節、一粒の種が数百の実を実らせるように、我々もまた増えることができる。数が増えることにより■■■神もまた我々を見つけやすくなる」
「■章■節、一粒の種が数百の実を実らせるように、我々もまた増えることができる。数が増えることにより■■■神もまた我々を見つけやすくなる」

 ロジーが大口を開けると、彼女の喉の奥から得体の知れない塊が這い出てくる。アルベルトはソレを凝視してしまい、強烈な嗚咽感を覚え、震える手で口を抑えるのに必死だった。
 ロジーの口から出てきたもの。それはミミズ状の触手の塊が拳大に固まったものであった。うねうねと絡まり合い、蠢く物体は見た者に戦慄を覚えさせ原始的な恐怖を植え付ける。
 彼女は大口を開けると、仰向けに寝かされたアンリもまた待ち望んでいるかのように大口を開け、そしてロジーの口からこぼれ落ちた塊はアンリの口の中へボトリと落ちてゆく。

「さあ、目を閉じて。貴女の全身に祝福が行き渡るのを待ちましょう。脳、心臓、血管、筋肉、全ての臓器に満遍なく、■■■神様の愛が染み込むのがわかりますか」
「あ、あっ、ああああ、あわああ、あっっ、あ゛っー」

 ずるり、ずるりと食道へ落ちて行く触手の塊。溢れ出た触手はアンリの耳や鼻、臍から這い出ている。人知を超えた、悪夢としか言えない光景にアルベルトは耐え兼ね、ついに目を背けてしまった。使命感、好奇心よりも圧倒的に恐怖が上回り彼は音と声しか聞くことができなくなっていたのだ。
 もしこのまま眺め続けていたら彼の心は壊れてしまっていただろう。アルベルトの行動は勇敢ではないもの最善であった。

(こんな、こんなことがあっていいのか……夢であってくれたならどれほど……)

「■章■節、甘美の蜜は神の道しるべとなりて」
「かん、びっ、あ゛はっっ……なりひひいてェ」

「■章■節、神秘の奥に神の御霊を授けたもう」
「奥、おくっ、はやく入れてっ、くだ、さっ」

 ずりゅ……
 みち、みちみちみち

「あ゛ぁぁぁぁ来てますキテますぅう♥神様ぁ、ロジー先生ィ♥♥きもちっ……あああっ!!」

 ごりゅ、ぐちゅ、ごりゅっっ

 ず、ぐち、どくん、ずりゅっ、どくん

 ギシッ、ぎし、ぎしっ、ごりゅ

 ずりゅりゅりゅりゅりゅりゅりゅ、ごりっ

 彼は視ていない。しかしローパーという魔物の生態を熟知している彼はその音だけで何が行われているかを理解した。理解してしまったのだ。
 狭い場所に無理やり太いものを捻じ込む一方的な暴力。しかしそれを拒否しない異常さ。倫理や常識を快楽の一点に塗り潰されてしまった背徳。あの村人は抵抗することなく、自らの意志で堕ちたのだ。
 
「■章■節、神との融和は真なる解放へと至る」
「こ、こんなのっ♥♥むりっ♥無理無理ィィィィ♥壊れ、あんっ♥お゛っ♥あ、あ、あっ、あっああぁぁあ゛あ゛ぁ♥♥♥」
「それではいけませんよ。ちゃんと復唱しないと■■■神様は認めてくれません。信徒になりたいのでしょう?あの人が欲しいのでしょう?ならば解き放ちなさい、己を抑圧する見えざる鎖を引きちぎり次の段階へ進むのです」

 もうアンリはまともに話を聞けるような状況ではなかった。その姿は見えなくとも、背後から聞こえる嬌声が物語っている。

「オナカの中っ♥♥んあッ、またキたぁぁ♥♥♥注がれてりゅぅぁあぁぁぁ♥♥」

  ごぷっ……ごぷっ……

 目を逸らしていても否応なしに聞こえてくる悪魔びた禁忌の交わり。アンリの秘部が裂けてしまいかねないほど極太の触手がすんなりと挿入され、彼女の胎内に快楽の塊を注入し続けていた。腹は妊婦のように膨れ上がり、浮き上がる血管は軟体生物のように動き回ると皮膚を突き破る。もはやそれは血管ではなく別の器官へと成り変わっていた。
 ロジーの身体から生えている触手と同じものがアンリの身体からも生え始めていたのだ。
 ひとつ、またひとつ、触手が生えるたびに村人はこの世のものとは思えぬほど狂乱した嬌声を上げる。裏口の外側でそれを聞き、何も手出しをすることができないアルベルト。ただその光景を想像し凍てつくような寒さに震えることしかできなかった。この寒さは冬の外気のせいだけではない。

「大分馴染んできたみたいですね。ではそろそろ儀式の最終段階に移行しましょう」

 ロジーそう言うと、懐から分厚い書物を取り出し呪文のようなものを詠唱し始めた。神々しい輝きが部屋を充満し、裏戸の隙間からもその光が漏れている。
 詠唱した呪文がそのまま文字となって空中に浮かび、ロジーが書物を閉じると同時にその文字はアンリの肢体目がけて浮遊していく。

「ああぁぁ♥♥♥焼けりゅっ♥♥♥♥♥♥肌っ、あつぃ♥♥んんんんッッッ♥♥♥♥♥」
「■■■教信徒は皆この聖文を体に刻み、信徒として恥じない行動を心がけるよう日々を送るのです。■■■教信徒の証であると同時に自らの行うべき天命を即座に把握できる夢のような聖痕なのですよ」

 じくじくと熟れた果実のように浮かび上がる文章はアンリの全身に刻まれ、永劫消えることのない証として約束されたことを証明していた。聖痕を指でなぞるとまるで性器を愛撫されたかのように快感が走り、同時に自らすべきことが自動的に脳に通達されるという。
 アンリは自らの身体から生えた触手を一本掴むと、思い切り聖痕に擦りつけ快感を感じている。一往復するたびに愛液が滴り、粘性を帯びた水気が秘部より射出している。

「おめでとうございます。では最後に、大いなる■■■神の聖卵を貴女の子宮を依代に受肉させます。これで貴女は晴れて我々の同胞となれるのです。さあ、祝福を受け取りたまえ……」

 アンリに挿入されている極太の触手が大きく膨らむと一つの大きな球状の物体が触手の根元より発生し、管の中を移動し始めた。ロジーの中から発生したらしき物体は管の中をアンリ側へとゆっくり移動してゆく。その光景を股の間から見続けているアンリはついに待ち望んだ時が来たと発狂し、■■■神への感謝を嬌声交じりに絶え間なく呟いていた。アンリには恐怖なんてものは初めから存在せず、ただひたすらに叶えたい希望があった。信じたいものができた。それだけだった。
 過程はどうあれ彼女はそれを叶えるのだろう。今よりもはるかに甘美で愛に塗れた希望が約束された未来。そんなものを目の前でチラつかせられたら、ただの村娘が拒否する理由などありはしないのである。

「ん……はぁっ、それでは、いきますよ。祝福を……その身に……」
「はっ、はっ、はぅっ♥♥♥♥ああぁぁクる、くるくるくるっ♥♥んんんっ♥♥♥」

 めり メリメリメリ……

 ぼびゅっっっ!!!

「あ゛っ――♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥♥」

 勢いよく放出された物体は極太の触手よりもさらに太いのだが、それすらも飲み込むようにアンリの秘部は簡単に受け入れた。妊婦のような腹はさらに膨れ上がりまるで臨月を迎えているかのようである。放出すると同時にロジーの触手がズルリと抜け落り、大量の粘液が接合部から漏れ出す。
 子宮内部へ直接放出された物体はその場が子宮であると即座に理解すると、子宮壁に密着し結合し始める。この瞬間、彼女は信徒として生まれ変わり、同時にヒトではなくなったのだ。
 どくん、どくんと胎動する物体は完全に癒着、融合すると自らの有する魔物としての成分を宿主に受け渡し、宿主をより良い母体とするべく作り変えてゆくのだ。そんなことをつゆ知らず、灼熱のように熱くなる胎内の疼きを治めるため、アンリの脳内はもはやただ一人、意中の男性のことしか頭になかった。

「ふへぇ……はぁぁぁぁ……マルクル、マルクル、マルクルぅぅ♥♥♥今会いに行くからぁ♥♥」
「■■■教は豊穣と繁栄を主とする宗教です。貴女が今シたいことはまさに信徒として行うべき大切な神事です、何もおかしいことはありません。きっと相手も納得してくれますよ」
「ありがとうございます♥ロジー様ぁ♥♥あたしもロジー様のように献身的な信徒として、たくさん増やしていきたいです♥」
「とても良い心がけです。■■■神様はいつだって私たちを見ていてくれてますよ。さあ、迷える子羊を救いに行くのです」

 妊婦のように膨らんでいた腹はすでに元通りに戻っており、それはつまり内容物が全て村人の肉体に吸収されたということを意味していた。彼女の子宮内部に残された物体は搾りカスのようなものになりながらも最後の役目を待ち続けている。男性の精を浴び、発芽するという本能を、だ。
 そしてその本能はほどなくして達成されるのであろう。
 泥酔したかのようにおぼつかない足取りで教会を後にするアンリはそのまま一直線に愛する人の家へと向かっていった。その瞳にはもう人としての面影は残されてはいなかった。


  ◇


(何だこれは。これは夢……?否、夢ではない。事実だ。事実なのだ。これは……こんなことはあってはならない重大な侵略行為だ。緊急要請を出さなければならないほどの!!最大危機だ!!!!!!!!!)

 一部始終を目の当たりにしていないとはいえおおよその想像がついてしまったアルベルトはここで全てを理解した。ここ最近感じていた違和感の元凶こそが今、この目の前に見えているロジーという名の怪物だということを。
 頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱されている気分になりながらも彼は今自分がすべきことを最短で到達してみせた。それこそが救援を呼ぶということである。それもただの救援ではない。最大危機による最重要緊急要請、教団の特殊部隊の派遣である。
 生半可な救援を要請したところで同化されて無意味だと踏んだアルベルトは教団の特殊部隊を要請することこそが最善と判断し、急ぎ帰路に着いたのであった。



































































































「のぞき見とは感心しませんね」
18/11/22 02:24更新 / ゆず胡椒
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