読切小説
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女房蜘蛛逆夜這奇談
「鬱だ……」

その青年は、片手で目許を抑え、ベッドの上で喘ぐように呟いた。
中肉中背、栗色の短い髪、整ってはいるが、どこかぼんやりとした顔立ち。
ラフな身なりの彼は、目許を抑えたまま、自室で搾り出すように呻いた。

「魔法使いルートまっしぐら、か……」

数分前、日付が変わったので二十歳、
女性経験はおろか、生まれてこの方恋人がいたためし無し。
顔立ち、成績、運動能力、ついでにコミュニケーション能力はそれなり。
ただし、最後のものは同性に対してのみ。
異性に対しては、どうにもちぐはぐな言動になるためか、
知人友人レベルを抜けだし切れない、そんな人物であった。
夢見がちな性向と、それを隠しきれないズボラさ――もとい、オタっ気――が、
仇になったのかも知れない。

と、ここまで自己分析をしたところで、魂が抜けていくようなため息をつき。
一発抜いて不貞寝すっか、みじめだけど……とひとりごちた青年の耳に、
この時間帯には場違いな、来客を告げる音色が届いた。

「誰だよ一体……」

近所迷惑だなとぼやきながら、彼は訝しみつつアパートの玄関扉を開けた。

「ごめんください」

晩春の夜気の中、「夜分におそれいります」と続けたのは、

今時珍しい、一纏めに結い上げられた艶やかな黒髪に、赤みがかった褐色の瞳。
色白のあどけない顔立ちや、小柄な身長とは裏腹に、凶悪に膨らんだ胸元。
時代劇に出演する、出来の悪いタレントなどとは比べ物にならないほど、
しっくりと着こなされた藤色の小紋――目を凝らすと、雲や霞を思わせる模様が確認できた――。

着物姿の若い女性だった。

「えっと……誰、ですか?」

当然、彼に、そんな和風美少女との面識は無いので、
一気に心拍数を上げた胸元を抑え、面食らいつつも尋ねるしかなかった。
問われた方は軽く一礼し、

「藍(あい)と申します」

彼の名を呼んで、やわらかな微笑を浮かべながら、お久し振りですと嬉しげに結び。
綻んだ口許からは、やや内側に切っ先を向けた、一対の八重歯が覗いていた。

「お久し振り? あん…あなたとは初対面では」
「いいえ、十五年前にお会いしておりますわ」
「んー……いや、ごめんなさい。
 あなたみたいな可愛い女の子と、会った覚えは無いんですけど」

残念な事に、と内心で続けながら、後頭部を掻く青年。
藍と名乗った少女は、一瞬恨めしげに眉をひそめるも、
すぐに合点が行ったという風情で、表情を再び綻ばせた。

「この姿でお会いするのは初めてですわね」
「このすがた?」
「その……覚えていらっしゃいますか?
 溺れかけていた私を、助けてくださった時の事を……」
「十五年前……溺れかけを助けた……?」
「はい!」

人命救助の経験などは無い。第一、当時の彼は五歳の幼児である。
その頃は、森と田んぼしかない田舎に住んでいたんだよな……と、彼が回想したところで、
「溺れかけを助けた」という単語と結びつき、息を吹き返した記憶は――。

――本来黒いはずの部分が、青みがかっていた脚。
――当時の友達は、気味悪がって遠巻きに見てただけだったけど。
――自分はかわいそうに思って、田んぼに踏み入って、手のひらで掬い上げて。
――田の持ち主の婆ちゃんには叱られて、
――だけど思いやりの心があるのは良い事だと褒められて。
――いつの間にやら、その場から姿を消していたのは。

「……あん時の、デカい、綺麗な、クモ?」
「思い出していただけましたか!!」
「うわっ、む゛っ!」

いきなり、青年は声を弾ませた少女に飛び掛かられて、抱きしめられた。
そのまま流れるように、口許に触れるのは、しっとりした甘み。
ひとしきり舌を絡ませられ、おまけに唾液を流し込まれたところで、藍は青年から唇を離した。
途端に、彼は驚愕の中に、嬉しさと恥ずかしさと悔しさが、僅かに混ざった面持ちで、

「は、初めてだったのに……」

と、怨ずるように言った。
対する少女はあっけらかんと、自分もそうだと返す。

垂れ気味の大きな目を半眼に細め、艶めいた微笑を浮かべると、
少女は再び、肉食獣が獲物に食いつくように、素早く口づけた。

あらためて、ほんのり甘い少女の体臭と唾液と、ひんやりしたなめらかな二の腕の肌触りや、
衣服越しの豊かな双丘の感触を味わいながら、
青年は『まあいいか、美人だし』と、幸せな気分に耽溺した。 ……腰を軽く退きながら。
反応しているものを少女に悟られたくなかったからである。

「……はぁ……んん……ん……ん、んん……ぁ……んむ、ふぅ…………」

青年の口中を、自らの舌と唾液で蹂躙し尽くすと、藍は白いものを引きつつ、彼から離れた。
そして微笑を深めつつも歪める。

それは、申し訳なさの裏に、悪戯を仕掛け終えたような稚気が混じった、

「?」
「……♪」

ひどく蠱惑的だが、残忍な笑みだった。
その笑みを確認したと同時に、彼は首筋に圧迫感を覚えた。
そして視界は暗転し、自由が利かなくなった五体はゆっくりと前方に倒れ込む。

意識を完全に失う直前、彼の耳朶に届いたのは

「ごめんなさいね、死にはしませんわ……よね?」

との、どこかとぼけた少女の声。

(疑問系、かよっ)

声にならないツッコミとともに、失神した青年は少女の肩口に受け止められた。




「…………はっ!?」
「あ、お目覚めですか?」

目覚めた青年が最初に感じたのは、
五体の各所と、自室の内装に生じた違和感だった。
とりあえず、彼はそれらの元凶であろう少女に、後者について確認してみる事にした。

「俺の部屋……蜘蛛の巣だらけになってるけど、何かしたんスか?」
「ごめんなさい、興奮してしまいまして……お嫌でしたら、片付けますけど」
「イヤ、それは後でいいけど……何で俺、手足が動かないんだ?」
「私が縛らせていただきました」
「何でやねん」
「こちらの方が興奮しますもので……主に私が」
「こ、興奮って……何故に?」
「もう、おとぼけは程々にしてくださいましな。
 こんな夜更けに、女が男のもとを訪ねて来る用事なんて、ひとつしかありませんでしょう?」
「……夜這い?」
「はいな……いいえ、間違えました。 夜這いではありませんね」
「何さ?」
「今後、末永くおそばにおいて頂きたく……」
「え〜と……」
「……ちなみに、イヤだと言われましたら、首を縦に振るまでこのままでいていただきますが。
 安心してくださいましな、お食事も下のお世話もお任せくださいね……」

ここまで言うと、藍は嬉しげな含み笑いを漏らした。
が、青年が顔を青ざめさせつつも、半眼で見つめてくるのを確認し、
笑みを収めてせき払いを一つ。

「……まあ、それは冗談として……。 私をお嫁に貰ってくださいましな」
「お、お嫁って……」

冗談とは思えない口振りと表情に辟易していた彼は、
いきなり少女が幼げな単語を発した事に面食らい、口ごもった。
しばし互いに黙りこくった後、
彼はベッドのヘッドボードに重ねて括りつけられた両手首と、
肩幅よりやや開いた状態で固定された両足首をよじらせると、
溜め息をひとつついて、真剣な表情で問い掛けた。

「聞かせてもらえませんか、何で俺のとこに」
「十五年前の恩返しですわ……いいえ、命を救われた時決めました。
 子供を授けていただくのは、この人以外には無い、と」

血の気の上った頬を手で抑え、俯く藍を見やりながら、
「仮にも命の恩人を、気絶させて縛りつけるなよ……」とのぼやきを噛み殺して、
彼は口を開いた。
言動の奇嬌さも見目麗しさも並外れた目の前の少女が、
聞き捨てならない台詞を吐いたからである。

「授けてって……親のスネかじってる童貞小僧に何言ってんだ」
「あらぁ、これは僥倖……」
「わ、笑われた……童貞カミングアウトしたら笑われた……うぅ……」

顔を上げた藍が返したのは、実に嬉しそうな声音と微笑だったのだが、
彼には、「にぃやぁあああ……♪」という擬音とともに浮かべられた、
不甲斐無さへの嘲笑としか思えなかった。
後半部を聞き逃した青年は、内心血涙を垂れ流しにしながらすすり泣く。

そんな彼に構わず、少女は笑顔のまま青年の枕元に手を突き、身を屈めて顔を寄せた。
姿勢と体型が災いして、豊満な双丘の谷間が覗いたが、二人ともその事に気づかなかった。
さておき、藍は勢い込んで、あらためて青年のコンプレックスを抉る……もとい、
追い討ちを掛ける……でもなくて、確認をとる事にした。

「あなたは、まだ清いお身体のままなのですね」
「ああそーだよ畜生、それが何?」
「私以外、誰かを知っていたら嫌だな、と。
 嬉しくて、つい口許が緩んでしまいましたわ……はしたない女でごめんなさいね」
「いや、あんたとヤった覚えはないっスよ?」
「ですから……今から、いたしましょう?」

言いながら、藍は横たわる青年の上に圧し掛かり、脚を彼の脚に絡めた。

やわらかい重みと、若い女性特有の甘酸っぱい体臭。
裾が割れた時に見えたふくらはぎの白さ、目と鼻の先で微かに吊り上がる赤い唇。

それらに五感を支配されていた青年には、反応する愚息を抑える事など不可能だった。

「あら、期待してくださっていたのですね……コリコリしたものが内股の辺りに」
「ゴメンナサイ」
「謝らないでくださいましな。
 むしろここで生(お)えてくださらないと、泣いてしまうところでしたわ」
「おえて?」
「屁の子をこのようにされる事です」

微笑のまま、デニム生地越しに、少女の繊手が性器を撫でる。
青年は引きつったような喘ぎを漏らしつつ、
やわらかい微笑を浮かべて手を動かし続ける藍に訊ねた。

……このままだと、早晩精を漏らしかねなかったからである。

「そ、そういえば、何かと十五年前っつーけど、あんたがそのクモだって証拠は……」
「証拠ですか? はいな」

藍は手を止めると、何かが激しく気化するような音と、白煙を生じさせた。

白いものが薄れて消えた後には――

鈍い金と、青みがかった黒の、縞模様に彩られた外骨格に覆われた、八脚の下半身。
前髪の隙間からちらつく、紅い六つの単眼。
額の生え際付近から、両の瞼と頬を縦断し、顎の両脇まで伸びる、赤い牙のような痣。

身に纏うのは、下半身を覆う部分が、生地を減らして前垂れのようになった小紋。
それを着崩すように肌蹴ているので、あらわになった華奢な小さい肩と、
きわどいところは隠された、たっぷりとした乳房。

――和服の女性と巨大なクモが混ざり合ったような、異形の姿があった。

それを目の当たりにして、再び引きつった声を漏らす青年に、
目を伏せた少女は、悲しげに問うた。

「……クモは、お嫌いですか?」
「いや、びっくりしただけ……ゴメン、いくらなんでも、女の子相手に失礼だった」

慌てたように謝罪を返した青年は、二、三度深呼吸をして、あらためて一言。

「……よく見ると、綺麗な金色と藍色の脚、だね……あの時と、おんなじだ」
「くす、お世辞でも嬉しいです」
「お世辞じゃないんだけどな……アラクネとかアルケニーって奴か」
「先祖の親戚筋は、アラクネと呼ばれておりました……さてと」

――どうやら私の事を“女の子”と認識していただけているようなので、心置きなく。

失礼いたしますねと結んで、笑顔を取り戻した藍は、青年のシャツを捲り上げた。
薄い胸板、すんなりした腹、ほっそりした腰を順繰りに見やり、ちろりと舌なめずり。
そして、ベルトのバックルと、ジーンズのボタンをはずし、ファスナーを下ろし。
彼の下半身を露出させると、一旦目を閉じた。

やがて、閉ざした瞼を開けた少女は、微笑をこの上なく晴れやかなものにして、

「……今宵の参考とする為に、
 父母や五組の姉夫婦、果ては妹と義弟の閨を覗いて参りましたが……。
 あなたのせがれ殿は、やはり、寸足ら……寸詰ま……収まりがよさそうですわね♪」

青年のチンケなプライドをずたずたにする台詞を言い放った。

――先程撫でさせていただいた時に、薄々見当はついておりましたけれど。

そう締め括られた途端、青年は器用に(?)、
目の幅と同等の、真紅の涙を溢れさせながら喚き散らした。

「うわああああん! 短小で悪いかぁぁぁあ!!」
「いいえ、大切なのは硬さと腰の振りですから……たぶん」
「たぶんって……っ!」

青年の慟哭にお構い無しに、藍は半包茎の性器を弄りだした。
先の問答で萎れかけていたそれは、少女の指先のもとで、即座に限界まで膨張する。

「いわゆる“半すぼ”ですか……」と、呟きながら包皮を摘まんで伸び縮みさせる藍に、
青年は羞恥と苛立ちを込めて陳情した。
すなわち、

「……お願いですから皮引っ張んないでください、痛いし恥ずかしい……」

対する少女は、無言で手首を捻った。
ひとしきり、青年に濁音を連ねた悲鳴を奏でさせて、曰く。

「……いじめ甲斐がありそうね……♪」
「ひっ……」

赤い三日月のような唇に、今や立派な牙となった犬歯が映えていた。

甘い吐息を漏らすと、藍は上体を傾け、青年の唇を奪う。
そのまま右手は陰茎を、左手は陰嚢を這いずらせ、揉みしだいた。
やがて両手が粘液まみれになると、彼女は唇と左手を離して、くすくすと笑いながら、

「浅ましいですわね……女知らずの越前魔羅、このまま引き抜いて食べてしまおうかしら」

男根を握る右手に力を込めた。

監禁云々を言われた時と、同じ声音と表情にひるんだ青年は、必死になって首を横に振る。

そんな彼の顔を見て、異形の少女は、左手で口元を隠し、微笑んだ。

「…………嘘ですよ。 そんな事をしてしまったら、
 子供を授けていただけなくなってしまうではありませんか。
まあ、食べさせていただくところは、本気ですけれど……」

嘯くと、左手の液体を舐め取り、着物を完全に肌蹴させる。
むっちりとした白いものが、紅く色づく先端もろともさらけ出された。

分身に力を取り戻し、喉仏を上下させる青年を満足げに見やりながら、少女は、

「やはり収まりがいいわ、全部隠れてしまいましたよ?」

彼のものを、完全に乳房で挟み込んでしまった。

「お、お、お……」
「くす、おっぱいですか?」

半眼とネコめいた口元、ついでに双牙が、小憎らしくも愛らしい藍の笑顔と、
脳裏に響く間の抜けた擬音、そしてひんやりとした肉桃の感触に耐えかね、
青年は肺腑の底より喚いた。

「お〜っぱい! お〜っぱい! お〜っぱい! お〜っぱい!」
「く……何ですかその掛け声は」
「お〜っぱいお〜っぱいお〜っぱい……はっ、しまった、つい……」
「お母様以外のものを見るのは、初めてですか?」
「はう! はいぃ! はじめてですぅ!」

反射的に叫ぶ青年の性器にあらためて強い圧を加えると、再びくすくすと笑い、
藍は、半分包皮に覆われた亀頭に舌を伸ばした。
青年が喘ぎながら腰を跳ねさせるのを楽しむように、舌を旋回させ唇で包皮をずらす。

「ふぅ……垢は溜まっていないようですけど、臭いがキツいですね」
「すんませんごめんなさい」
「いいえ、お粗末様自体は清いのですが、このお汁がどんどん溢れてきて」

濡れた熱い舌で、青年の矜持と尿道口に追い討ちを掛け、

「鼻の奥が焼けてしまいそう……」

楽しげに言い終えると、唇で亀頭全体を、飴玉でも転がすようについばんだ。





「さて、そろそろ首も舌も疲れてしまいましたし……紅葉合わせと参りましょうか」

ひとしきり青年の亀頭を弄んだ藍は、その一言を皮切りに、腰を入れて攻める事にした。
得物は豊満な乳房、獲物は貧相な青年の性器である。
夢にまで見た双乳による愛撫、しかも攻め手は、
人外の者とはいえ、あどけない顔立ちの美少女ときては、青年に抗う術は無かった。

両手が封じられている事をこの上なく悔やみつつも、青年は
やわらかくすべらかな脂肪の海と、時折垂らされる唾液の波に溺れた。
やがて、青年は、自分の快感が増してくるのに比例するように、
陰嚢の端や内股の腱を掠めてくる感触があるのに気づいた。

――乳首か?

どんどん硬さを増してくるふたつの肉の芽を認識した途端、それらは、
青年を速やかな射精へと誘う、水先案内人となった。

「もう、イきそう……」
「あらあら……お早いこと……」

溜まらず呻く青年に、少女は笑い、乳房のスパートを上げる。
程無くして、彼の欲望は、白い奔流となって、少女の鼻先で爆ぜた。

脈打つものをなだめるように包み込んで、藍はため息をついてぼやいた。

「……もう、前髪どころか、つむじの辺りまで汚れてしまいましたわ……」
「ご、ごめんなさい」
「どうせなら全部口の中に出して……無理でしたね、寸が足りませんもの」

くすくす笑いを間に挟むと、牙を誇示するように口元を歪めながら、少女は彼にとどめを刺した。

「寸足らずで保ちの悪い皮被り……救いがありませんわね」

再び、青年は赤いものをだばだばと流した。
それを尻目に、白いもので髪と顔を汚したままの藍は、うなだれた欲望の残骸に右手を添え、口元を近づけた。

水音と生暖かい感触が、男根を復活させると、

「褒められるのは、いつでも節操無しに硬くできる事くらい……と」

青年の分身の根元が、四肢を束縛するものと同じ感触で縊られた。
彼が目を凝らしてみれば、それは透明な細い糸。

「こうしておけば、気をやりたくとも、そう容易くは参りませんよね?」

楽しげな声の後に続いたのは、亀頭への軽いキス。

「ど、どっからその糸を……」
「口からですが。手や指からも出せますよ?」
「さすがクモの妖怪」
「くす、褒めても糸とよだれしか出ませんのに……」
「よだれ?」
「…………」

返事は、唇のものとも舌のそれとも異なる、ぬめる肉の感触と水音だった。
続いたのは、目の前で自分の分身に、下腹部を擦りつける、少女の高く甘い声。
素股と呼ばれる行為だと認識し、思わず叫びそうになった青年は、
分身の根元から生じた軽い痛みにそれを阻害された。
本来の方向とは真逆に曲げられた男根の背に、同様の行為を施されたところで、

「……ふ、これで満遍なく濡らせましたね」

藍が満足げに呟いて、前垂れとなった裾を捲り上げた。
あらわになったのは、ぴたりと細い唇を合わせた緋裂と、その上端で自己主張する肉の芽。
それらは、自ら発したものと、青年の分身から垂れ流されたものと、
二種類の透明な粘液で、ぬめぬめと潤っていた。

「あ、毛、生えてないんだ……」
「……言わないでくださいましな、生えませんでしたの」

不満げな表情で頬を染めた少女に、青年が見惚れていると、
対面の彼女は、瞼を閉ざして一度大きく息をつき、囁くように宣言した。

「初めて同士、助け合ってイきましょうね……」
「は?」

青年が呆然としている間に、濡れた肉同士が接触し、絡み合った。
まず感じたのは熱いうねり、その途中にあったのは弾力のある抵抗。
やがて、その手応えは、何かを貫き引き裂くようなものに変じて、消えた。

二人の下腹部が完全に密着したところで、途切れ途切れの喘ぎを漏らす藍は、
青年の首筋に噛みついた。

しばし、疼痛と唸りと呻きと、むずがゆい快楽が二人を支配したが、
やがて、先に前の三つをねじ伏せた少女が、最後の一つに囚われたままの青年に、
二つの口で呼びかけた。

「っは、あ……ふ……見て、くださいましな……」
「血……あんた……」
「くす……新鉢(あらばち)の、お味は、いかがですかぁ……?」
「……熱くて、キツくて、ぬるぬるで、震えてて……めちゃくちゃ、気持ちいい……」
「……ですか」

彼の応えに、少女の第二の口、次いで本来の口が、再度蠢動する。

「今、しばらく、このまま、我慢、なさって、ください、な……動いて、さしあげ、ます、から……」

軽い口づけの後、少女はあらためて、青年の首筋に牙を立てた。
そして両腕と下半身の拘束肢で、彼の胴と腰をしっかりとホールドする。
と、藍の耳に、ポツリと、青年の声が届いた。

「ゴメン」
「?……ぷぁ…何故、謝られるのですか?」
「俺なんかが、初めての相手で」
「三度も言わせないでくださいましな、十五年前にこうするのだと決めたのです」

キツい甘噛みを二重に受けた青年が、間の抜けた嬌声を発したのを聞き流して、藍は続ける。

「むしろ、謝らねばならないのは私の方。
 いきなり押し掛けて、首を絞めて、昏倒させて、部屋を汚して。
 あなたのものを粗末だと罵って、あまつさえ初物を奪って……」
「あー、いや、その……確かに最初は面食らったし、そ……粗チ…ん゛んっ!
 ……粗チンだって、言われたのは、ショックだったけどさ……うぅ……」

「最後のはご褒美だよ!!」という本音を空咳に紛らせて、

「イヤじゃ、なかったよ?」

むしろ、ありがとう、だよな?と、彼が言い終えるが早いか、
少女は、満面の笑みで、吸血鬼よろしく、青年の首筋に深々と牙を埋め直した。
おまけに、慌てとおどけの入り交じった抗議の声も無視し、聞こえよがしに血を啜る。

気の済むまで青年の首筋にキスをすると、真っ赤に染まった唇をひと舐めし、

「…………先程流した分、頂戴いたしました」

これまたおどけた物言いで嘯き、彼の唇をついばんだ。




透き通った糸を引きながら離れると、二人は頬を染めたまま向かい合い、

「その、そろそろ、動きますね」
「う、うん」

気が緩んで押し寄せてきた快楽に、身を任せる事にした。

「ん……ん、あ……んっ……か……」
「……ぐ……ん、は……」
「やっ……!だ、だめ……!」
「ん?何、が……?」
「下から、突き上げるの、だめ……!」
「……ほっほ〜う……」

互いに息を荒げ、喘ぎ声を漏らしながら腰を振っているさなかに、
少女が上げた叫びを聞き逃さなかった青年は、品の無いにやにや笑いを浮かべた。
彼女が今まで見せる事の無かった、キツい目つきで睨まれる事もお構い無しに、
彼は小刻みに、分身をもって膣内を穿ち、突き上げる。
そのたびに、藍は、まるで発情期のネコのような、高く震える声でむせび泣いた。

「気持ち、いいのかな?」
「……っ、こんな、あ……」
「こんな?」
「こんな、硬さだけが、あ、取り柄のっ……お粗末なモノ、
 やん…いくら、動かされたところでっ……私が、よがるとでも……っあ……」
「そんなに、ほっぺたも、耳も、目尻も真っ赤にして、ナカぁ、ひくひく、させといて……」

説得力、ねーよ。と結んで、なおも腰を使う青年。
途切れ途切れの勝利宣言が癪に障ったか、藍は涙目で彼を睨んだまま、
口元だけ前戯時の笑みを再構築した上で、挑みかかるように喚いた。

「ううう……あ、あにゃたこそっ……!
 もうたへ、りゃぁあ、れ…ひゃ!いのでわ……っ、……ごじゃ、いっ、ましぇん……かぁ?」
「ふ、ふっふっふっふっふ……!
 あんたに、根元、括られたせいでっ、イきたくてもォ、イけねえんですよっ!!」

明らかにおつむの回っていない口ぶりで、自分もいっぱいいっぱいである事を告げる青年に、

――おどけているのか勝ち誇っているのか、分かりませんわ……。

呂律の回っていない口調で、上記の旨を返すと、
藍は下腹に力を込めて、ぐりぐりと腰を捻りまわした。
途端に攻守は逆転し、青年は身悶えしながら、
まるで18禁のパソコンゲームか漫画に登場する、女性キャラクターのような口調と声でもがく。
心地よさげにその有様を眺めながら、
彼女はにんまりと笑って、更に腰の捻りを強めつつぼやいた。

「……とにょがたが、『らめぇ!』なんて、いっても……。
 じゅよー、なんて……ごじゃいましぇんよぉ……?」

返事は、どこぞの少女キャラを模した大仰な喚き声と、勢い任せなピストン運動だった。
自分もまた、腰の動きを大振りなものにしていた藍は、あえなく不意を突かれ、上体を崩す。

結局そのまま、二人は共に果て、全身……特に下腹部周辺を痙攣させた。
ただし青年は、男根の根元を括る糸のせいで射精をせき止められ、
七転八倒しながら白目を剥く破目になった。




「……はーっ、はー、はー……はあ…………」

呼吸を整えた藍は、やや気まずそうな赤面を浮かべながら、
自分と繋がったままの、青年の頬に左手を伸ばした。
ついで、半死半生といった態の彼に安否を訊ねる。
返事は左右への首振りだったので、彼女はとりあえず性器の戒めを解いてやる事にした。
すると、彼女の膣内で、青年の分身は勢いよく爆ぜ、
絶頂の余韻で敏感になっていた少女を、再度の絶頂へと追いやってしまった。

「あ、あうう……おなか、あついぃ…………」
「ふぅ、あ〜…………普通にヤってたら、三、四回はイってたもんな……ぁ!?」 

呑気にほざいた青年は、いきなり胸元と骨盤の両サイドに軽い痛みを覚えてたじろいだ。
じっとりとした半眼で睨んでくる少女の姿や、彼女の右手の爪と拘束肢の先端が、
痛みを感じた箇所に食い込んでいるのを確認して、納得はしたが……。

「な、なにか?」
「今、漏らされたもので、また妙な気分になってしまいましたわ……。
 責任をとって、突きあってくださいましな」
「な、何か字が違うむぅ!?」

疑問の声は、少女の口内に吸い込まれて消える。
唇を離すと、藍は気を取り直したかのように、不敵な表情を繕って、青年の耳元に顔を寄せた。

「まだ、夜明けには程遠いですよ……?」
「で、出来ればそろそろ寝たいんスけど……」
「つれない事をおっしゃらないで……それに」

一旦言葉を区切ると、藍は腰をうねらせて続けた。

「お粗末様の方は同意してくださっているみたいですけど?」
「う……お、お手柔らかに……」

青年の嘆願に、藍は口元から牙を覗かせて、

「いいえ、あなたが気を失うまで、搾り取ってさしあげます……♪」

Fin



蛇足

「あ、あなた、おかえりなさい」
「ただいま……あー、やっぱ我が家はいいわ……借家だけど……」
「もうお風呂の準備は出来ておりますので、先に入ってくださいましな。
 それからごはんという事で」
「うん……それはいいんだけど」
「どうかなされましたか?」

件の一夜より、数ヶ月後。
二人は、アパートの大家だの、青年の友人だの、互いの親族だのをやり過ごして、
のんべんだらりと同棲性活を送っていた。
その夜も、青年は、藍が作った焼き魚や煮物を、炊き立ての白米ごと味噌汁で流し込んで、
大学の課題を適当に始末した上で、藍と乳繰り合ってから寝ようと思っていたのだが。

彼はしばし、隅々まで清掃が行き届いた廊下だの、
穏やかな微笑を浮かべる藍の顔だのを見ていたが、
やや彼女の頬が赤みを増したところで、大袈裟に深呼吸をすると、

「何で裸エプロンやねん!!」

と、薄手で可愛らしいデザインのそれ以外、何一つ身に着けていない恋人にツッコミを入れた。
藍はどことなくホッとした面持ちで、面映げにいつものくすくす笑いを漏らしながら、

「お好きでしょう?」

うっすら先端の浮き出た胸元を押さえて、腰をひねった。
狭いアパートの室内を行き来する都合上、人間の姿に擬態していたので、
あらわになったふとももの付け根や、すんなりとした白い脚がちらつき、実に目の毒だった。

ちなみに、情報源は、青年秘蔵のDVD最後の一本である。
そのテの書物やソフト類は、同棲開始後三日で、押入の肥やしになっていた。

「内容はすべて覚えさせていただきましたので、早速実践させていただきますね……」

当時、そう微笑まれた青年は、生まれて来た事を両親そして先祖全員に感謝した上で、
十年に及ぶオ◯ニー性活に別れを告げた。
ついでに、田舎町の駅前にありがちな、小規模な書店の許容量に匹敵するほど、
ズ◯ネタを蓄積してきた自分に、盛大な罵倒を浴びせた。

閑話休題。
対面で頬を染める少女同様、顔やらナニやらを赤熱化させながら、
青年は口ごもりつつもぼやいた。

「そ、そりゃあ好きだし、惚れた娘がそんな格好してくれて嬉しいけど……さ」
「ん♪」

軽く唇同士が触れ合う水音に続く、ボタンやファスナーがはずされる乾いた音。
無表情で衣服を脱ぎ捨てていく将来の伴侶に、わざと困ったような口調で藍はたしなめた。

「もう、玄関先で脱がないでくださいまし。 脱ぐのは寝所か脱衣所で……」
「あ〜いちゅわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「やん♪」

――どちらも一瞬の早業だった。

社会の窓から、ふんぞり返った皮被りの分身を覗かせた青年が、
どこぞの怪盗よろしく少女めがけて飛び掛ったのも。
十本の指先から、繊細かつ強靭な糸を繰り出した藍が、彼を空中で簀巻きにしたのも。

おしまいに、胸元のデカいクッションで、間抜けな体勢のまま縛られた獲物を受け止めると、
藍は楽しげに口を開いた。
自然に露出させられた性器に手が伸びている辺り、もう本当にどーしよーもない。

「くすくす……では、早速洗ってさしあげますね……。
 特に、口の辺りとお粗末様を念入りに、私の壺で……」
「あっ……!」
「あ、お汁を垂らさないでくださいましね?」
「ち、ちん◯しごきながら言うなぁ……んんっ!」
「さてと、お風呂の次は晩ごはんですわね、口移しで。
 それから歯も磨いてさしあげますから。 そして……」
「頬、赤らめたままぁ、キンタ◯、転がさないでぇ……あひん!」
「この子達の中身は、一滴残らず、搾り取ってさしあげます……」

青年の睾丸をやんわりと握り締めると、藍はきびすを返して風呂場に向かった。
興奮の余り、額に六つの輝点が生じていたり、
八重歯がじわじわと尺を伸ばしていたのはご愛嬌。

「今宵も、せいぜい私の下で無様に腰を振ってくださいましね?」
「……できれば、このミノムシモードじゃなくて、
 せめて最初から両手を使わせてほしいんだけどな……」
「だめです♪
 ……最初からあなたの手を使わせてしまったら、
 ずーっと私だけが気持ちよくなってしまうではありませんか」
「いや、俺はそーゆーのだけでいいんだけど……」
「そういうわけには参りませんわ、ジョロウグモの矜持が許しませんもの」

実は、手を握り合ったり、頬や首筋などを触れ合ったりしながら繋がるような、
甘ったるいヤり方が性にあっていた二人である。
ただ、互いに漫談体質な一面や、サドマゾ両面の性癖も併せ持っていた為、
そんな夜は週に二日ほどであった。
残りの五日は大体、今まで述べたような情景と大差は無い。

さておき、嗜虐のそれとは異なる紅潮に染まると、
人外の少女は、パートナーに小声で懇願した。

「……五回くらい、気をやり合った後で、存分に……。
 あなたのお好きなように、可愛がってくださいましな……」
「……いえす、まむ」
10/06/13 18:06更新 / ふたばや

■作者メッセージ
『慇懃なサドっこ』はともかくとして、『甘口風味のSM』じゃねえよな、こりゃorz

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