3.少年の憂い
「ソリードさぁん、私もう足が限界です……まだ着かないんですか?」
「まあまあ、あともう少しのはず……あ、見えてきた。セトネさん、ほらあそこ見て。」
街道を歩き続けること半日、そろそろ夕日が差して来そうな時刻。
歩くことに慣れていない為か、セトネの心が折れ始めていた所で、遠くに街のようなものが見えてくる。
「おぉー!あれが例のアムールって街ですか!」
「うん、この辺りで親魔物領はこの付近だけだから、それなりの規模の街だよ。」
セトネが持ってきたなかなかの重さの宝箱を地面に降ろし、額の汗を拭いながらソリードはふう、と息を吐く。
「ただ、ごめんセトネさん……ちょっと疲れた、ここで休憩してもいい?」
丁度ここは小高い丘の上、更に巨木が程よく日陰を提供してくれる良スポットだ。ここを過ぎると後は平坦な街道が続くため、街までは休憩なしで突っ切ることになるだろう。
「おやおや、お疲れですか?私も休憩できるなら大歓迎ですけど……」
セトネが、ソリードの顔をじっと覗き込む。
「まあ、ずっとこれを持って歩いてたから……ちょっと手が痛いだけだよ。」
ソリードはセトネから目をそらし、宝箱をちらりと一目見やる。
「気遣って持ってくれたことは本当に嬉しいしときめいちゃいましたけど……本当に無理しなくていいんですよ?一応魔物娘ですからソリードさんよりは疲れにくいですし。」
セトネはそう話しながら槍玉に上がっている宝箱にちょこんと腰掛け、足をぶらんぶらんと揺らしている。
「ときめかなくていいよ……ただ、こんなに重たいのを女の子にずっと持たせるのが嫌っていう僕のわがままだから。」
いくら相手が魔物娘であっても、女性であることに変わりはない。ソリードの男としてのプライドが、彼女に負担をかけることを許さなかったのだ。
「いやいや、そんなかっこいい所見せられたら女性は皆ときめきますって!乙女心というやつです!」
「そんなもんなの?」
「そうですとも!今だって私、ソリードさんへの胸の高鳴りが止まりませんから!」
「それは最初からじゃないかな……というか意味合いが違うと思うんだけど?」
セトネの扱いにもだんだんと慣れてきたところで、バッグから干し肉を取り出し、一口かじる。食べ慣れた味気なさが、逆に心に落ち着きを与えてくれる。
ゆっくりとそれを咀嚼しながら、ソリードは今後について悩んでいた。アムールに着いたら、自分はどうすれば良いのだろう。
幸い独り身なので家族の心配をする必要はないが、それでもソリードの心中は穏やかではなかった。
ヴォール・クロイツの街中で聞く親魔物領の噂は酷いもので、街はスラムのように荒れ放題であり、人間は常に魔物に怯える生活を強いられているのだという。
その他にも、近づくだけで魔に侵食されるだの、魔物に見つかったら最後、語るもおぞましい方法で殺されるだのと言った眉唾ものの噂も多々広がっていた。
全てを信じているわけではない。しかしそれでも小さい頃からこの様な噂をずっと聴き続けていれば、多少なりとも効果はあるようで、ソリードの心は不安で支配されていた。
セトネと出会って今までの魔物への価値観を根底から崩されたこともあり、今のソリードは何を信じればいいのかわからない状態だった。
「はぁ……僕、これからどうなるんだろう。」
既に遅い気もするが、恐らくアムールに入ってしまえばヴォール・クロイツの街にはほぼ確実に戻れなくなるだろう。
セトネには彼女が回復するまでとは言ったものの、ソリードも状況は似たようなものだ。彼女から離れてしまえば、自分だって宛もなく彷徨うしかない。
そんなことを考え、空とは真逆に憂鬱さを増していると、後ろから何か柔らかいものが当たる。
「ソリードさん、どうしたんですか?なんか頭からキノコ生えそうなオーラが出てますよ?」
右耳がくすぐったい、そちらの方を向くと、セトネが肩に顎を乗せ、耳元で囁いていた。どうやら後ろの柔らかいものはセトネの胸らしい。
ふわりと女性特有の柔らかく甘い匂いが鼻腔をくすぐってくる。
そんな状態に気づくと、どこか照れくさいような、恥ずかしいような感情がうっすらと湧き上がる。
「……別にどうもしないよ、ちょっと考え事してただけ。というか近い。」
セトネが払いのけようと伸びた手をひらりと躱し、再び肩に顎を乗せる。
「まあまあ、それはいいじゃないですか〜。……考え事って、何か悩みでもあるんですか?私でよければ、話くらい聞きますよ?」
彼女なりに、元気のない僕を心配してくれているようだ。その優しさは嬉しいが、この悩みは彼女に打ち明けるわけにはいかない。
「いや、大丈夫。考えてもしょうがないことだし。」
既にここまで来てしまったのだ。後はもう流れに身をまかせるしかないだろう。
そう無理やり結論づけると、手に持っていた干し肉を一口かじる。
「まあソリードさんがそういうならいいんですが……本当に辛かったら、私も頼ってくださいね?一連托生なんですから、私達!」
「だからいつそんな関係になったの僕達……でもありがとう。」
一連托生、あながち間違いじゃないな。口には出さずともそう思いながら、ソリードは青空をじっと見つめていた。いくら見つめても、ソリードの心の雲が晴れることはなかった。
「……近くまで来ると、やっぱり大きい街だな……」
「ですねぇ……想像以上です……」
あれからさらに数刻、丘を下り、平坦な街道をひたすら突き進み、ついに2人はアムールの街の入口に到着した。
見上げるほどに大きい石造りのアーチの先からは、石畳の整備された街並みが広がっている。
「よ〜しっ、それじゃあ行きますよ〜!……って、あれ?ソリードさん?」
「……」
街の中をじっと見つめるソリード。その表情はやはりどこか陰りを感じる。
それもそうだ。この一歩はソリードにとって人生を180度大きく転換させるものなのだ。
今まで信じてきたもの、庇護されていたものから見放され、敵とみなされる恐怖は、とても計り知れるものではない。
「……ソリードさん?大丈夫ですか?」
セトネがこちらの顔を心配そうに覗き込んでいる。その不安そうな表情を見て、自分の足が武者震いを起こしていることにソリードは気づく。
「……ごめん、何でもない。」
バシン、と自分を諌めるように気つけをし、ソリードは真っ直ぐに前を見る。
「本当に大丈夫ですか?無理しなくたっていいんですよ?」
先程の自分が余程弱って見えたのだろうか、セトネは変わらずこちらを不安そうに見つめている。
「君らしくないよ、僕は本当に大丈夫だから。ほら、ここが目的地なんだから早く行こう。やっと落ち着ける街についたんだからさ?」
まるで自分にもそう言い聞かせるように、ソリードはセトネへそう語りかける。
「なんか納得いきませんが……今はそれで納得しておきます。でも、もし辛かったら私のことだって少しは頼ってもいいんですからね?」
渋々、といった様子でセトネはソリードの言葉に納得し、不安そうな表情を引っ込める。
「それじゃあ気を取り直して!いざ夢の第一歩です!」
先ほどまでの憂いげな表情はどこへやら、いつもの快活なセトネが戻って来る。
街への一歩を踏み出しながら見るセトネの笑顔は、一際眩しく見えるような気がした。
「まあまあ、あともう少しのはず……あ、見えてきた。セトネさん、ほらあそこ見て。」
街道を歩き続けること半日、そろそろ夕日が差して来そうな時刻。
歩くことに慣れていない為か、セトネの心が折れ始めていた所で、遠くに街のようなものが見えてくる。
「おぉー!あれが例のアムールって街ですか!」
「うん、この辺りで親魔物領はこの付近だけだから、それなりの規模の街だよ。」
セトネが持ってきたなかなかの重さの宝箱を地面に降ろし、額の汗を拭いながらソリードはふう、と息を吐く。
「ただ、ごめんセトネさん……ちょっと疲れた、ここで休憩してもいい?」
丁度ここは小高い丘の上、更に巨木が程よく日陰を提供してくれる良スポットだ。ここを過ぎると後は平坦な街道が続くため、街までは休憩なしで突っ切ることになるだろう。
「おやおや、お疲れですか?私も休憩できるなら大歓迎ですけど……」
セトネが、ソリードの顔をじっと覗き込む。
「まあ、ずっとこれを持って歩いてたから……ちょっと手が痛いだけだよ。」
ソリードはセトネから目をそらし、宝箱をちらりと一目見やる。
「気遣って持ってくれたことは本当に嬉しいしときめいちゃいましたけど……本当に無理しなくていいんですよ?一応魔物娘ですからソリードさんよりは疲れにくいですし。」
セトネはそう話しながら槍玉に上がっている宝箱にちょこんと腰掛け、足をぶらんぶらんと揺らしている。
「ときめかなくていいよ……ただ、こんなに重たいのを女の子にずっと持たせるのが嫌っていう僕のわがままだから。」
いくら相手が魔物娘であっても、女性であることに変わりはない。ソリードの男としてのプライドが、彼女に負担をかけることを許さなかったのだ。
「いやいや、そんなかっこいい所見せられたら女性は皆ときめきますって!乙女心というやつです!」
「そんなもんなの?」
「そうですとも!今だって私、ソリードさんへの胸の高鳴りが止まりませんから!」
「それは最初からじゃないかな……というか意味合いが違うと思うんだけど?」
セトネの扱いにもだんだんと慣れてきたところで、バッグから干し肉を取り出し、一口かじる。食べ慣れた味気なさが、逆に心に落ち着きを与えてくれる。
ゆっくりとそれを咀嚼しながら、ソリードは今後について悩んでいた。アムールに着いたら、自分はどうすれば良いのだろう。
幸い独り身なので家族の心配をする必要はないが、それでもソリードの心中は穏やかではなかった。
ヴォール・クロイツの街中で聞く親魔物領の噂は酷いもので、街はスラムのように荒れ放題であり、人間は常に魔物に怯える生活を強いられているのだという。
その他にも、近づくだけで魔に侵食されるだの、魔物に見つかったら最後、語るもおぞましい方法で殺されるだのと言った眉唾ものの噂も多々広がっていた。
全てを信じているわけではない。しかしそれでも小さい頃からこの様な噂をずっと聴き続けていれば、多少なりとも効果はあるようで、ソリードの心は不安で支配されていた。
セトネと出会って今までの魔物への価値観を根底から崩されたこともあり、今のソリードは何を信じればいいのかわからない状態だった。
「はぁ……僕、これからどうなるんだろう。」
既に遅い気もするが、恐らくアムールに入ってしまえばヴォール・クロイツの街にはほぼ確実に戻れなくなるだろう。
セトネには彼女が回復するまでとは言ったものの、ソリードも状況は似たようなものだ。彼女から離れてしまえば、自分だって宛もなく彷徨うしかない。
そんなことを考え、空とは真逆に憂鬱さを増していると、後ろから何か柔らかいものが当たる。
「ソリードさん、どうしたんですか?なんか頭からキノコ生えそうなオーラが出てますよ?」
右耳がくすぐったい、そちらの方を向くと、セトネが肩に顎を乗せ、耳元で囁いていた。どうやら後ろの柔らかいものはセトネの胸らしい。
ふわりと女性特有の柔らかく甘い匂いが鼻腔をくすぐってくる。
そんな状態に気づくと、どこか照れくさいような、恥ずかしいような感情がうっすらと湧き上がる。
「……別にどうもしないよ、ちょっと考え事してただけ。というか近い。」
セトネが払いのけようと伸びた手をひらりと躱し、再び肩に顎を乗せる。
「まあまあ、それはいいじゃないですか〜。……考え事って、何か悩みでもあるんですか?私でよければ、話くらい聞きますよ?」
彼女なりに、元気のない僕を心配してくれているようだ。その優しさは嬉しいが、この悩みは彼女に打ち明けるわけにはいかない。
「いや、大丈夫。考えてもしょうがないことだし。」
既にここまで来てしまったのだ。後はもう流れに身をまかせるしかないだろう。
そう無理やり結論づけると、手に持っていた干し肉を一口かじる。
「まあソリードさんがそういうならいいんですが……本当に辛かったら、私も頼ってくださいね?一連托生なんですから、私達!」
「だからいつそんな関係になったの僕達……でもありがとう。」
一連托生、あながち間違いじゃないな。口には出さずともそう思いながら、ソリードは青空をじっと見つめていた。いくら見つめても、ソリードの心の雲が晴れることはなかった。
「……近くまで来ると、やっぱり大きい街だな……」
「ですねぇ……想像以上です……」
あれからさらに数刻、丘を下り、平坦な街道をひたすら突き進み、ついに2人はアムールの街の入口に到着した。
見上げるほどに大きい石造りのアーチの先からは、石畳の整備された街並みが広がっている。
「よ〜しっ、それじゃあ行きますよ〜!……って、あれ?ソリードさん?」
「……」
街の中をじっと見つめるソリード。その表情はやはりどこか陰りを感じる。
それもそうだ。この一歩はソリードにとって人生を180度大きく転換させるものなのだ。
今まで信じてきたもの、庇護されていたものから見放され、敵とみなされる恐怖は、とても計り知れるものではない。
「……ソリードさん?大丈夫ですか?」
セトネがこちらの顔を心配そうに覗き込んでいる。その不安そうな表情を見て、自分の足が武者震いを起こしていることにソリードは気づく。
「……ごめん、何でもない。」
バシン、と自分を諌めるように気つけをし、ソリードは真っ直ぐに前を見る。
「本当に大丈夫ですか?無理しなくたっていいんですよ?」
先程の自分が余程弱って見えたのだろうか、セトネは変わらずこちらを不安そうに見つめている。
「君らしくないよ、僕は本当に大丈夫だから。ほら、ここが目的地なんだから早く行こう。やっと落ち着ける街についたんだからさ?」
まるで自分にもそう言い聞かせるように、ソリードはセトネへそう語りかける。
「なんか納得いきませんが……今はそれで納得しておきます。でも、もし辛かったら私のことだって少しは頼ってもいいんですからね?」
渋々、といった様子でセトネはソリードの言葉に納得し、不安そうな表情を引っ込める。
「それじゃあ気を取り直して!いざ夢の第一歩です!」
先ほどまでの憂いげな表情はどこへやら、いつもの快活なセトネが戻って来る。
街への一歩を踏み出しながら見るセトネの笑顔は、一際眩しく見えるような気がした。
18/07/12 02:48更新 / 翅繭
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