連載小説
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1.始まりはいつも唐突に
「暇ですねえ……」
ビロードが張られた部屋の中でぐだつく女性が一人。
「いい加減誰か来てくれてもいいんですがねえ……ここ、一応箱娘の会で男漁りおすすめスポットだったんですが……」
被っているシルクハットを軽く上げ、軽く部屋の天井もとい、箱の天井を持ち上げて外を見てみるが、いい男どころか人すらいない。

私はミミック。宝箱に潜む有名な魔物だ。
現在フリーな私は、鋭意イケメンハント中。
が、ここ最近いい男の人間が現れない為、大変に暇を持て余してしまっているのだ。
「マジックの練習でもしましょうかね……」
何処からかトランプを取り出して、トランプ手品の練習を始める。やっぱり手先を動かしてると落ち着きます。
私は手品が趣味だった。箱を開けた人を驚かせるのも好きだが、手品を見せた時のあの驚きと好奇心に満ちた表情を見るのがたまらなく好きだった。
と言っても私は魔物娘。魔法は得意な部類なので人化の術も使えるが、もしバレてしまった時の反応が怖くてあまり人前でマジックを披露したことはなかった。せいぜい同じミミック仲間が関の山。

「やっぱり、愛する旦那さんが欲しいものですねえ……会のメンバー達が羨ましいです。」
愛するパートナーを手に入れたミミックと話す機会が最近あったが、二人揃ってとても幸せそうな顔をしていた。
産まれてこの方独り身の私にはそれがとても羨ましく思えたのだ。

そうして今日も収穫はなしかと諦めの気持ちすら湧いてきた時、外から何者かの気配がよぎった。
「んん?これは……微かですが、精の匂い……やっと誰か来たんでしょうかね?」
広げていたトランプをしまい込み、こっそりと外を透視の魔法で覗き見る。流石に近くに人がいる状態で蓋を直接動かしたら、中に私がいるのがバレてしまうし。
空間に浮き出た透視された風景を見てみると、そこにいたのは予想通り男性だった。
歳は……17、8くらいだろうか。童顔の、くりっとした可愛い顔をしている。
体格は小さめだが、全体的に引き締まっており、華奢な印象だ。
「わあー!このお兄さんかなり上物じゃないですかぁ!」
思わず近くにあったマジック用のステッキを振り回して喜んでしまう。
「うんうん、何処と無く儚げな雰囲気に童顔の可愛らしいお顔……あぁ、私の好みにストライクです……さあ、早く箱を開けてください!」
服を整え、最初に何をして驚かせてあげようか考えながら、今か今かと目の前の青年が宝箱を開けるのを待つ。
しかし、そうは問屋が降ろさなかった。
勢い良く飛び出て驚いた顔を見ようとしたその瞬間、予想外の出来事が起こった。
カチリ、と何かを鍵穴に差される音。
その瞬間、まるでバネに弾かれたかのようにぴょん、と宝箱から追い出されてしまった。



「………………へ?」
「やっぱり。」
目の前のお兄さんが、わかっていたと言わんばかりの呆れ顔で私を見下ろしている。
対して私は地べたにぺたんと尻もちを付いている状態。自分でこんなことを言うのもあれだが、非常に情けない。
「忠告、するわけじゃないけどさ。流石にこんな目立つところに宝箱なんてあったら誰でも気づくと思うけど……」
止まっていた思考回路がやっと復旧し始める。
「あー、え、えっと……ど、どうもーお兄さん、なはは……」
完全に意表を突かれてしまい、考えていた台詞が全部吹き飛んでしまった。
「なんか拍子抜けだなあ……ミミック、だよね君?」
「へ?そうですよ?私はミミックですけれど……」
「……イメージと違う。もっと凶暴で、近寄った瞬間バクっと宝箱から牙でも生やして食うのかと思ってた……」
淡々とお兄さんはいかにも魔物と言わんばかりの凶悪なイメージを語る。
「あぁ、それは昔の話ですね。今のミミックはみんなこんなもんですよ?まあ私は結構変わってる方でしょうけれども。」
「お兄さん、話聞いてくれそうですから私からも質問なんですけれど、なんで箱開ける前から中に私がいるってわかったんですか?気配は消してたはずなんですけど……」
パンパンとお尻から汚れを払い、立ち上がりながら聞いてみる。それにしてもこのお兄さん、魔物娘が目の前にいるのにやけに冷静な気がする。
「このダンジョンの宝箱にはミミックが多いって噂が立ってたから。それにあからさまに開けてと言ってるような場所にあったし。」
外からよく箱を見てみると、箱自体も赤と金のとても豪華、もとい派手なもので確かにこれは悪目立ちしている。私としては居心地も良くてお気に入りの箱なのだが。
「もうちょっと地味な箱を選べばよかったですかねえ…でもこんないい箱中々出会えないし……って!?」
先ほどまで自分がいた宝箱を見ていたが、思い出したように突然慌てた顔で男の方へ振り向く。
「そうだ、そうですよ!お兄さんどうしてくれるんですか!?無理やり追い出されちゃったから、私帰れなくなっちゃったじゃないですか!」
ムスッと頬を膨らませながら、私は目の前のお兄さんに指を指しながら詰め寄る。
「……帰れないって、どういうこと?」
お兄さんがよくわからないような顔をしている。
「え、鍵を使ったってことはわかっててやったんじゃないんですか?」
「いや、街で情報収集してたら、ミミックはとても危険な魔物だが、宝箱に鍵を差してしまえば襲われない、と聞いたからそうしただけだ。」
どうやら実際どうなるかは知らなかったらしい。はた迷惑な話だ。
「なら説明しますけど、あのですね。確かにミミックは出てくる前に鍵穴に鍵を差してしまえば安全ですけど……鍵を差されたミミックは箱から追い出されちゃうんですよ!」
そう、私は、帰れなくなってしまったのだ。

「追い出される……って、また戻ればいいんじゃ?」
「それができたら苦労しませんよお……箱から追い出されたミミックは魔力も極端に下がるから、ほとんど無力になっちゃうんですよ……」
この箱お気に入りだったのに……と両手で住処だった箱を抱きしめながら不貞腐れる私。
流石に申し訳なく思ったのか、お兄さんは私に近寄ってきて申し訳なさそうに反応を見ている。
「ごめん、そんな事情があるのは知らなかった。」
「いや、まあ私もお兄さんのこと襲おうとしてましたし、れっきとした自己防衛ですから何も言えませんが……でもこれからどうしましょうかね……」
そう言いながら、私はお兄さんの方を…特に一部分をチラチラと見やる。あえて気づかれるくらい露骨に。
「……さっきから露骨に僕の股間を見てるけど……何?」
まあ気づかないわけもなく、怪訝そうにお兄さんは聞いてくる。
「いやー、もし知らなかったのなら少しくらい精を恵んでくれてもいいんですよ?……精を貰えれば魔力も回復しますし。」
魔物らしく舌なめずりをして目の前のお兄さんに肢体を見せつけ、誘惑する。私だってルックスには自信があるし、男を惑わせることは得意だ。
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
どうやら効果はあったらしい、頬を赤く染めている。可愛い。
「ほら、飢えてる野良犬に餌をやるような気持ちで大丈夫ですから……ちょっとだけ、ね?」
「それ、その後も定期的にたかられるやつだよね。」
「むっ、中々手強いですねお兄さん……」
「でも!私もただで引き下がる気はありませんよ!お兄さんが精をくれないなら、これからお兄さんにぴったり付いていくことにします♥」
そう言って私はお兄さんに歩み寄る。
「ええ、それ本気で言ってるの君……」
半ば呆れたような顔でこちらを見つめてくるお兄さん。琥珀色の眼がとても綺麗で吸い込まれそうだ。
「モチのロンです!こんな状態にしたのはお兄さんなんですから、責任とってください!」
両手を腰に当て、むすっとした表情で私はお兄さんを見る。我ながらあざといポーズだとは思う。
「あのさ、百歩譲って付いてくるのはいいとしても……」
「お兄さんならわかってくれると思ってましたよー!いやー話のわかる人はかっこいいですねぇー♥」
「ちょっと待って……最後まで聞いてほしいんだけど……」
お兄さんが困ったようにため息をつく。
「続けていい?」
「はい、どーぞ?」
宝箱に腰掛け、お兄さんの方を見やる。
「付いてくるのは僕個人としては別にいいよ。確かによく調べずに鍵を差した僕も悪いし。でもさ……」
一息ついてから、お兄さんはこう続ける。
「僕の住んでる街、一応反魔物領なんだけど、それでも来るの?」
思いつく限りで最悪の答えが帰ってきてしまった。
「それ、ホントですか……?」
「うん、この近くにある<ヴォール・クロイツ>って街なんだけど。知ってる?」
「……聞いたことないですねえ。そもそも私達ミミックはダンジョンにいることが多いですから、街……特に反魔物領に行くことはあんまりないです。」
まあ稀に街の箱に入って旦那さんを手に入れる子もいるんだけどね。と言いそうになったがあえて秘密にしておく。
「そうか。簡単に紹介するとな……主神を祀る大きな協会がある。」
「げぇ……一番最悪なパターンじゃないですか……」
思わず顔をしかめてしまう。主神の協会があると言うことは反魔物領でもそれなりに大きな街だろう。
「もちろん、勇者もそれなりにはいる。だから来ても危ない、と思うけれど……」
お兄さんはどうやら私の身を案じてくれているらしい。その事実に、胸がキュンと疼く。
「私のこと心配してくれてるんですねぇ……今凄く胸がキュンとしちゃいましたよ♥お兄さんなかなかやりますねぇ……。」
照れ隠しに頬を人差し指でポリポリと引っかく。
「俄然お兄さんに付いて行きたくなっちゃいました♥でもどうしましょう。勇者相手に人化の術でどこまで誤魔化せるかわかりませんし……」
「人化の術……そんなのまであるのか。」
お兄さんが興味を持ったようだ。
「あ、はい。今は魔力がないから使えませんけど。姿くらいなら簡単に人間と同じに出来ますよ?」
「とは言っても、君ほとんど人間と同じ姿じゃない……?」
「着てる服のせいですかねえ、本来はもっと際どいと言いますかなんといいますか……私はほら、マジシャンなのでこんな格好をしてるんです。」
「マジシャン?ああ、奇抜な格好してると思ったら、手品師の服だったのか。」
「ええそうですよ!私これでも手品が大好きでかなり得意なんです、だからこんな格好をですね……」
改めて私は服をお兄さんに見せつける。
はちきれんばかりの胸を無理やり収めたフリルブラウスの上に、身体のラインを強調するようなタイトな燕尾服と、ストライプのパンツ。胸についたリボンが可愛さを強調しており、ショートボブの髪の上には、鍵穴の意匠が施されたシルクハットを被っている。
「それならさ、旅の手品師とでも言えば誤魔化せるんじゃないか?勇者とか相手だと……わからないけど。」
「勇者とか、主神教徒の人は魔力を探知出来ますからねえ……」
折角いい男を見つけたのに、このままじゃ……そんな考えが頭をよぎる。
「あー、それじゃあ……確か、少し離れたところに親魔物領もあったはず。<ヴォール・クロイツ>の主神教達が忌々しいって呟いてるのを聞いたことがある。<アムール>って街なんだけど。」
「お、じゃあそこに私と一緒に行きましょうよ!親魔物領なら私も遠慮なく入れますし、ほらほら!」
「……少しだけだからね。君が回復したら僕は帰るから。」
「はいはい、わかってますって!それじゃ行きましょう、お兄さん♥」
そう言うと私は宝箱を回収して、お兄さんに擦り寄る。微かに首筋から汗の混じったいい匂いがする。
「それ、持っていくの?」
お兄さんが怪訝な目で私を見ている。
「当たり前です!住み心地もよかったですし、何より箱のないミミックなんてミミックじゃないじゃないですか!」
「まあ、それはそうだけど……」
そうしてお兄さんを半ば無理やり誘導しながら、私はダンジョンの外へと繰り出した。


これは私の、唐突に巻き込まれた受難の日々を綴った物語。
18/05/07 03:24更新 / 翅繭
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■作者メッセージ
初SSです。ミミックさんを書きたくて衝動的に書いた。
このミミックさんはDreamania様作成のSEX-BATTLE RPG『Succubus Rhapsodia』のミミックをほぼそのまま……もとい強くリスペクトしています。
お互いの名前等は次回で明らかになる予定。

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