連載小説
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序章
俺の名前は朝宮健司。

この春故郷を遠く離れた場所で就職した。 その時、どうしても持って行きたいと頼んで、亡き曾祖父母が大切にしていた等身大のドールを新居へと運んでもらった。

曽祖父母が存命の頃は居間に飾られていたこの人形。 しかし曾祖母が102歳で亡くなり、翌年曽祖父が108歳で亡くなった後、ケースに収容して物置にしまわれていた。 俺1人だけがそれに反対して、いつまでも飾っておきたいと言ったけれど、誰も聞き入れようとはしなかった。 そればかりか、まるで物置に入るのがいけないことであるかのように言われてしまい、入口には鍵を掛けられてしまった。 でも四十九日の時に鍵を見つけ、こっそりあの人形に会いに行くようになっていた。

初めて見たのは物心もつく前だったから自分では知らないが、赤ちゃんの時には既に一緒に写っている写真がある。 曽祖父からは、大変に興味を持った様子だったとは聞いている。 ただ記憶が定かではないくらいの幼い頃から、あまりの美しさにいつ見ても衝撃を受けていたことはハッキリ覚えている。

曽祖父は生前こう言っていた。
「あれはまだ明治時代、ワシが生まれた日に造られたものなんじゃ。 実はワシには双子の妹がいたんじゃが、生まれた日のうちに亡くなってしまった。 本来はその妹のために、ワシの祖父が知り合いの人形職人に頼んで作ったものなんじゃが、完成したその日に生まれた持主たるべきも者が死んでな、これではあまりにも不憫じゃと、祖父は幼き日のワシに亡き妹の話をして、そのつもりで大切にしろと言ったのじゃ。 そして関東大震災や東京大空襲のような、未曾有の事態でもこうして傷1つつけさせなかったのじゃ。」
だが曾祖母を除けば家族の誰もがその話を理解しようとはせず、当時を知る者が誰もいなくなっても、曽祖父は1人でこの人形を守っていた。 幼少の頃、ことさらかわいがっていてくれた曽祖父の気持ちを理解していた俺は、この機会にそれを継承することにした。

引越業者に対しても、亡き曽祖父の大切な遺品であり、絶対に傷つけないように丁寧に扱ってほしいと頼み込んだ。 本当は自分で運びたいけれど、ケースごとだと俺の車には積めないので、運んでもらうより他に方法が無かった。

そして新居に到着して、物置にしまわれていた時のようにこっそりではなく、久しぶりに堂々とケースから出すことができた。 その時の感動は死ぬまで忘れないだろう。

とにかくあまりにも美しい。 現実の人間に、これ程までに美しい女性がいるだろうか。 いや、いるはずが無い。 そして飾る場所に悩んだ。

家の中にいるうちは、できる限り一緒にいたい、そのため、彼女が入っていたガラスケースはベッドの向かいに置くことにした。 しかしいつもしまいっぱなしではもったいない。 とはいえ誰かが来ることがもしあるならば、簡単には見せたくない。 そのため、普段はガラスケースの中にいてもらい、必要な時には出すことにした。 そしてガラスケースの保護と、中を見せないための目隠しとして、元々あったカバーを被せておき、必要に応じて正面を開閉することにした。

ただ、問題はそれだけではなかった。 長らく物置の中にしまわれていたため、球体関節がへたってしまい、そのままでは姿勢を保たせることができなくなっていた。 それに着ている服もまた、長年に亙り手入れも何もできなかったため、傷みが激しくなっていた。 もちろんこうなることはわかっていたため、いつか自分で彼女を修理して、手入れをしてやりたいと思い、家族には内緒でこの構造等についてもこっそり学んでいた。

「部品とかが手に入るとこが知りたいけど、専門店じゃないと買えないかもしれないから探さないとな、あとは各部の直径も、もし間違ったのを用意してなんてことになったら、修理どころじゃないからな。」

俺は一旦彼女の着ているドレスを全部、それもどこかに引っ掛けたりしないように丁寧に脱がせ、床に横たわらせると、全ての球体関節を計測し、どこの直径がいくつかを全て書き記した。

「全部直したら、またきれいな姿勢にしてやるからな。 もちろん新しいドレスも着せてやるよ。」

計測が済むと、彼女のドレスを元に戻し、ガラスケースにしまった。 何しろ100年以上も前、彼女が製造された、いや、生まれたと言うべきだろうか、その時から着ていて傷みが激しいドレスである、損傷させないように慎重に着せた。 もちろん姿勢はぐしゃっとしてしまうが、今はやむを得ない。 とりあえず今日はここまでにして、休むことにした。
20/10/27 10:20更新 / Luftfaust
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■作者メッセージ
はい、見ておわかりかとは思いますが最初に機能を理解しないまま投稿してしまったものを移動しただけです。
色々と考えていることはありますが、まだここで言うのは早いので今後の楽しみにしていてください。

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