連載小説
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episode2:時計塔の街 前
「……すぅ……すぅ……」

ここは、どこだっけ。
やけに揺れる場所だ……。

「……すぅ……ん、ん〜……」

あぁ……そうだった、ここは馬車の上だ。アイリス……彼の荷馬車だ。
眼は閉じてるのに視界は明るい、日の光を程よく透過して、空気も気になるほど籠らない、中々良い作りで住みやすい荷物台。

「………ぉぃ……」

なんだよ……良い気分なんだ、邪魔しないでくれ……
昨日はあんまり眠れなかったから……もう少しだけ………。

「カグラッ」

ぱちっ
目を開けたカグラは数秒、眼前にあった木箱を見つめていた。
カタカタと揺れる箱と並行してカグラの目線も揺れる、思考を数巡させてから上半身をムクリと起こしてから辺りへ視線を右へ左へ。
アイリスの馬車の荷台。
まだ二日しか過ごしていないし、周りを囲む箱や麻布の中身を知らなくても、カグラはこの荷台を自分の居場所だと認識できるくらいにはなれた場所。
だが眠りに就く前とは一つ違う場所があった。
荷台と御者台をつなぐ境が閉ざされている。
隔たれた布一枚には小さな小窓だけが付いており、その向こう側では男の後頭部だけが揺れていた。

「お、起きたか?」

男の頭が横を向き視線が交差する。

「うん……なんで閉めてるの?」
「そろそろすれ違う人の数も増えてきたからな」
「………あぁ〜……」

カグラは寝ぼけながらも理解した、見た目の事だ。
こんなに可愛い年頃の娘を旅の友に行商なんかしてると、周囲から嫉妬されて大変……。
て訳ではなく、カグラの人外の部分、耳と尻尾。これが他人の目に触れると確かに厄介なことになる。

「ごめん、すぐ変装するわ」
「おーぅ」

そうして「よっこいせ」と若くない掛け声で立ち上がり、背を伸ばし身体をほぐす。毛布を敷いてはいるがやはり床はベッドに比べれば硬く、移動中はどうしても揺れるので身体に響く。
首をほぐしながら、立ち上がる時かけた覚えのない布団を取っ払ったことに気付いた。それを取りたたみながら温かい気持ちに浸る。悪くない感覚だ、思わず口元は笑顔になる。

「目は冷めたか」

術で尻尾と耳を隠したカグラは閉ざされていた布扉を開け、アイリスの隣、御者台の左側へ座った。元は長板の中心に一つだけ置かれていた座布団は、今は左右に赤と青。馬を操り辛くはならないかと聞いたが、「左右にあいたスペースが気になってたんだ、寧ろこっちの方が良い」と、答えになってない返答が返ってきた。良いと言うのだから良いのだろうと、カグラは判断した次第だ。

「んー……微妙」
「そうかい……ほら、飲むか?」

そう言って水筒を渡してきた、ありがたいので受け取る。
飲んだのは唯の水だが、どこかアイリスの味がして……少しおいしく感じられた。

「あんがと、今何時?」
「俺が昼飯食ってから一時間は経ったかな」
「あら、そう……」

そんなに寝てしまっていたか、と少々後悔する。

「まぁいいさ、それよりもほら……あれを見てみろよ」
「?」

そう言って指をさした先に見えた物は

「……ロノウェ」
「そうだ、俺は見習いの時期に一回だけ来ただけだが、やっぱ凄ぇな」
「まぁ……わかりやすいわな」

ロノウェ。
農作と貿易に関しては大陸でも上位に位置する大きな街だ。
その国の主な印象は二つ、道行く人に尋ねてみると大体の人間が思い浮かべる答え、それが「河と時計塔の街」。
半径4、5kmはあるかもしれない、大きな街の中心にイポス河と言う河が流れているのが、大まかな特徴だ。イポス河は上流からロノウェへぶつかる時に3つに別れる、1つは街の中心を流れ、あとの2つは入口から左右に2本、ロノウェを囲うように円を描きながら最終的にまた1つの河になる。
例えるなら紙に丸く円を書き、それに一本線を入れるだけで街の簡単な地図ができてしまう。そんな外観をしているのがこのロノウェ。
その河の恩恵を上流と下流で受けている農家や街の人々が豊穣に、河に感謝を捧げるのがこれから始まるパペール=カリア。豊穣祭だ。
しかしアイリス達が関心を示したのはこの街の形ではない。

「……時計塔か」
「相変わらず、不釣り合いな塔だこと」

街の中心で圧倒的な存在感を放っている時計塔。
元は唯の水門だったものを何のために時計塔にしたのか、そんなことはアイリスもカグラも知らないが兎に角目立つ。
水門としての役割を維持しつつ、安定した建物を建てるには必然的にそのサイズは大きくなる、まだ数キロは離れた場所にいるアイリス達も目を凝らせば時間が解るほどに大きい。

「なんにせよロノウェまでもう少しだが……昨日行ったことは覚えてるか?」
「昨日だけじゃない、一昨日も聞いた」

ロノウェは大都市だ、事前に約束事をしておくことによって余計なトラブルをカット出来るかもしれない。
その5つの約束の事だ。

これから商会支部に行くことになるだろうが、そこには見知った顔も友人もいる。決して余計なことを言わないこと、吹き込まないこと。

単独行動は結構だが、できるだけ一言伝えてから行くこと。

その場合は、時間は指定しないが出来る限り遅くならない内に宿まで帰るようにすること。

もし面倒なことに巻き込まれそうになったら、関わりを持つ前に逃げるか、周囲に迷惑かけない程度で解決すること。

「5つ目、性欲は……」
「積極的に♪」
「………ほどほどにな」
「もう、全部分かってるから心配しなさんな」

ぷいっとそっぽを向いて拗ねるカグラ。

「ホントかよ……」

呆れ顔で肩をすくめるが、対道から来た旅人らしきご老人にすれ違いざま微笑ましく会釈されてしまった。急いで笑顔を作り挨拶を返す。
人通りも多くなってきた、気を引き締めなければなと思いつつも、カグラと二人で訪れる初めての街だ、ある意味では最初の一歩であり、出来るだけ楽しくしたいしカグラにも楽しんでもらいたい。と少し浮かれている自分がいるのも否定できなかった。

「滞在日数は7日だ、ここは広いし祭までまだ3日あると言っても人は多い、くれぐれも迷子にならないでくれよ?」
「商人ならそんなこと考えてないで、儲けの事でも考えてなさい」




※※※※※




「これは……凄いな」

ロノウェに入った二人を迎えたのはたくさんの人、人、人。
アイリスが居るのは街の東側、イポス河の上流を北、下流を南として、上空図で言えば右側の街の入り口付近。
ロノウェの大きな入口は東西にあり、左右の入り口からまっすぐ中心の時計台に向かって続くメインストリート。流石に年に一度の大きな祭りだけあって横幅20mはある道の左右には露店と商店で隙間なく埋め尽くされていた。
馬を走らせるのにも細心の注意を払いながら進む

「これは、先に宿へ荷物を置いてきた方がよさそうだな」
「………」

カグラから返事が無かった。なにやら大勢の人をじっと見つめて険しい表情を浮かべているが……こんなに人間が犇めき合っている風景が珍しいのかもしれない。そう思いアイリスは言葉を続ける。

「まずは宿へ向かおう。支部が予約を取ってくれているはずだから……道を覚えておいてくれ」
「………」
「……カグラ?」
「ん、わかった」

ようやくこっちを向いてくれたが、何か気に入らないことでもあったのだろうか?

「なにかあったのか?」
「……ここではちょっと言えないかな」
「…?」
「宿で話す、さっさと行こうか」
「お、おう……」

東側メインストリートを1/3程進み、左へ一回曲がる。
そこにアイリス一行がお世話になる宿がある。灰色の石塗の三階建ての中流の宿屋だ。
予定より一日遅れてしまったが予約が残っていて何よりだった、かなり早いうちから支部へ連絡を取っていたので二人の泊まる部屋は2回の角部屋。外の様子がよくわかって楽しいだろうが、同時に騒がしいだろう……それも是非楽しんでいきたい。

「さて……」

早速一つ問題が発生した……。
ベッドが一つだ。

「………」

二人して立ちすくみベッドを凝視しているが

「まぁ……」
「いいわよね……」

昨日も一昨日も荷馬車の上で二人並んで寝ているのだ、今さら気にするようなことでもないだろう。と両者の意見が一致したところで

「で、何を見つけたんだ」

本題に移る。

「アイリスさぁ、言ってたじゃない、何かトラブルに巻き込まれそうになったらその前に逃げるなり、なんなりしろって」
「そうだな」
「……言ってしまえば、この街では人間にとって良くないトラブルが起きてる」
「……ほぉ」

人間にとって。カグラがそんな言い回しをするという事は、魔物が絡んでいる。そう結論付けた……でも、それは恐らく……。

「察しの通りだよ、この街は反魔物領にしては紛れ込んでいる魔物が多い」
「どれくらいだ?」
「あの人混みの中で……360°何処見ても一人は魔物がいたよ」
「そうか」

その基準がアイリスには解らなかったが、カグラが言うからには多いのだろう。あの時は見える範囲だけで500人の人間はいただろう、その中で仮に10人の魔物がいたとしても……なるほど、多いな。

「よくある現象なのか?」
「よくって言うか……反魔物領が魔物領や魔界に変わっていく時に、よくこんな感じになるかな……」
「そっ……か」

窓を開け、外を眺める。
メインストリートから外れていても、10m下の道路には人がごった返している。

「アイリス、解ってると思うけど……」
「あぁ」

アイリスは短く返した。

「そう……」

カグラの語尾は弱くなっている。しおらしいカグラもいいかもしれないなどと頭の隅で考えている自分がアイリスは少し可笑しくなった。

「わかってる、この大都市だ。いまもどこかで見知らぬ魔物がせっせと人類によからぬことを企んでいたとしても……俺にはどうしようもねーよ」
「………」
「そもそもカグラが居なけりゃ、そんなこと気づかないで居ただろうさ」
「ホントに、いいの?」
「良いに決まっている、俺はお前の味方、間接的には魔物の味方ってことでいいじゃねぇか」

若干上目づかいのカグラに笑顔で返してやる。今はそんなこと言っていても、後で、7日後ロノウェから立ち去る時、きっと一巡後悔する。本当に放っておいてよかったのだろうか……俺は人間を、支部の仲間達を見捨てた非道な人間なのではないかと。
俺はそんな人間だ。
カグラもきっとそれを解っているのだろう、だから心配してくれるんだ。
でも、しょんぼりと視線を落としているカグラは、可愛いがあまり見ていたい物じゃないからな。

「カグラ……」

そばへそっと近づき、上から抱え込むようにそっと抱きしめてやる。

「俺は御者台の横にお前がいてくれる、それだけで今は幸せなんだぜ?だからほら、今は祭だ。楽しまなくちゃ損だ、損は嫌だろ?」
「うん、わかった……」

まだ気にしている色は抜けないが、腕の中で見上げてくるカグラは、やっぱり可愛かった。

「……アイリス………」
「おっと」

カグラが踵を少し上げた気配を感じて慌てて腕を離した。キスのモーションに入ろうとしていたのだ。
非常に残念だがまだ雰囲気に流されていい時間じゃない。

「そろそろ支部の方にも顔出さなくっちゃなー……あー忙しいぜー」
「…………」
「あっれー?カグラちゃんったら何してんのー?」

カグラはさっきと同じ姿勢。つまりは顔をあげ少し踵を上げたままプルプルと震えていた。

「ば……」
「お?」
「この……バカ―――――――――――――――!!!!!!」
「うぐぁっ!」

腹蹴りあげられました。




※※※※※




「ここ?」
「そうだ」

アイリスが続いて向かったのはフローラ商業組合ロノウェ支部。
その名の通りアイリスが所属している商会の支部だ。建物は組合本部の発祥の地であるここから遥か南のキューエルで主流な外観である。だけど言う程の違いは無く周囲と同じく基本は木造と石造を合わせた感じで、目に見える違いは床が高く入口まで階段があることと、南の発祥だけあって窓が大きい。その窓の作りも拘りがあるらしいが南の生まれではないアイリスには解らないことだ。

「いいか、もう一度言うが……」
「はいはい解ってるわよ、余計なことは言わないし吹き込みません」
「……まぁ、そうだが」

口ではそう言っているが、実のところ身内の職場とはいえこんな美人を連れて行って嫌味に思われたりしないだろうか、とか、ただ単にこっ恥ずかしいとかそんな他愛ない心配なのだが。

「なに?はやく行こうよ」

隣でキョトンと見上げてくるカグラを見てようやくどうにでもなれという気になった。

「あぁ、そうだな……別に気にしてどうなるものでもないし」
「?」
「気にするな、行こう」

階段を三つ上がって支部のドアを開けた。

「……ここ?」
「そうなんだが……すまん、俺もすっかり忘れていた」

扉を開けた中はまるで洒落たBARのような雰囲気の漂う店だった。外からの明りだけで照らされた店内の客席は1/3程埋まっている。客層がどれも同じような顔つきで、アイリスは皆が何らかの商売に携わっている人物だと理解した。
カウンター席が空いているのでそこへ向かう。

「ここは各季節の仕入れ時や支部長の気分でBARになったりするんだ」
「商人にしてはいいセンスだと思うわ」

カグラを椅子へと座らせた。するとカウンターの内側、少し外れた所でグラスを拭いていた大柄の男が二人の前へと移動してきた。

「それはありがとう、可愛らしいお嬢さん」

野太い声で話しかけてきた男の名前はグラン。グラン・カンテッツ、このフローラ商会ロノウェ支部を任されている男だ。風貌は一言で強面である。つるつるに磨き上げられたスキンヘッドは程よく焦げた皮膚と相まってキラッと輝きを放ち、手入れ良く延ばされた無精ひげも加わって、まるで山賊の頭領と言われても信じてしまいそうな見た目だ。
そして身長190cmを超えるであろう高みから二人を見下ろしている様はさぞ異様に見えている事だろう。それがピッチリとスーツを着てバーテンダーをやっているのだ……。

「お久しぶりですグランさん。予定より1日遅れてしまい申し訳ないです」
「おぉアイリス君か!何時振りだったか、君から連絡を貰った時は驚いたぞ、もう一人での行商を任されているとはな、いやいや羨ましい才能じゃないか!」
「ハハハッ、何を仰います、俺なんてまだまだひよっこもいい所ですよ」

軽く社交辞令を織り交ぜた挨拶もそこそこにグランの興味はアイリスからその隣でちょこんと座っているカグラへ移った。

「して、アイリス君……この可愛らしい娘さんはどなたかな?」
「えぇ、訳あって共に行商をすることになりました……」
「カグラです」
「ほほぉ……」

グランは二人を交互に見て、髭を撫でながら何やら思案している。
本当なら仕事の共という事でもっと紹介した方がいいのだろうが、カグラについてアイリスから言えることはそんなに多くは無い。
彼女が魔物であることはこの街で口にするわけにはいかないし……。

「私も東から行商してきたんです、その途中でアイリスと知り合ったのですが……なんといいますか彼のこの先が心配で、不安で……」

そんな思考を見透かしてかカグラが自分でフォローを入れてくれた。ホントに頭の回転が速い奴だ……。

「え、えぇ、そうなんです。未熟なところを見られてしまいまして……彼女の知恵で新しくツテも見つけられたんですよ」
「ほぉ、それはそれは……」

二人を納めていたグランの視線は今はカグラに集中していた。高みからの強面の視線はかなり怖いが、カグラはそれを真下から正面で受け止めていた。それもニヤつきながら。

「それは、私どもの身内がとんだ失態を晒してしまったようで……カグラさん、宜しければこの新米をお頼みしてもいいでしょうかな?」
「えぇ、頼まれましたわ……」

どちらともなく手を差し出し握手を交わし、アイリスはほっと胸をなでおろした。

「はっはっはっはっは、これならアイリス君は安心だな!さぁカグラさん、なにかお飲み物はいかがですかな?お代は彼に付けておきますので幾らでもお作りいたしますぞ」

カグラがこっちを見て『いいのか?』と訴えてきたが、この場で断るわけがないだろ。どうぞ、と手振りをおくってやる。
すると笑顔でオススメをお任せで、と注文を出した。

「まったく……さてグランさん、持ってきた塩の査定はどうしますか?」
「おぉ、そうだったな、私としたことがすっかり失念していた!私はパペール=カリア中は店に出ているんでな、そういった事は中にいる……ロッゾに任せているんだ」
「ロッゾさん、ですか……」
「詳しい事は彼に聞いてくれ」

そう言ってグランは建物の奥へ続く扉を指差した。

「えぇ、わかりました……カグラ、程々にしてくれよな」
「はいはい、いってらっしゃい」

カグラは手を振ってアイリスを送りだした。

「ふぅ……」

腰を掛け直してカグラはグランに頼んだ物を待っていた。
コップに氷を詰め、黄色と白の液体をいれて混ぜ合わせているようだが…

「お待たせしました、パインとピーチのジュースです」

グランの大きな手から渡されたコップには言われたと通りの南国風のジュースが満たされていた。酸味と甘みの合わさった特有の香りが漂ってくる。

「ありがと、でも……ふふっ、ジュースなのね?」
「……おぉぉ…これは失礼いたしましたぞ、すぐ他をご用意いたします!」
「いいのよ、頂くわ」

コップに刺さっているストローを咥え吸い上げる、果実の甘みが口いっぱいに広がる、カグラはあまり飲んだことのの無い物だったのでとても新鮮に感じいた。

「あら、思ってたよりずっと甘い」
「東やここらの地ではあまり出回らない果実を使っていましてな、商会の大本がある南で取れる物を使っております」
「ふーん、おいしい……気に入ったわ」
「なによりです」

ぺこりとお辞儀をする巨漢はカグラには可愛らしくも見えた。

「で、カグラさん……」
「はい」
「先程の続きになるのですが……」

まぁ、そう来るとは思っていた。
突然、新米の商人がこんな得体のしれない娘を旅の共にしてる、なんて話を見過ごせるはずがないだろう。儲けを出させたなどとさっきは言ったが、寧ろそれで信用させて裏ではもっと大きな厄介事を抱えているかもしれない。頭のまわる第三者が聞いたら普通はそう思うだろう。

「あー……言いたいことは分かるんですけど、なにぶんあたしも流れの商人でして……実のところ信用してもらえるような物証は無いんですよね……」
「……?」

あれ?

「あぁ、いや…そう言ったことではないのだが」

墓穴掘ったかしら……
背に軽く冷や汗をかきながらそんなことを思っていると

「はっはっは、言いたいことは分かりますがそれは杞憂ですぞ、カグラさん。彼は商売こそまだまだ半人前ですがね、彼の人柄と人を見る目は信用できますからな、多分ですがあなたは良い人、なのでしょう」
「………」

拍子抜けとはこのことだ、カグラはついポカーンとしてしまった。

「意外でしたかな?私が聞きたかったのはまた違う事なのですよ」
「は、はぁ……」

グランの表情がキッと引き締まり、続いた言葉は意外な物だった。

「ズバリ聞きたい。カグラさんはアイリス君の恋人なのですかな?」
「………は?」

カグラにはその質問の関係性が全く見えなかった。
え?そんなこと今関係ある?といった事だけしか思い浮かばなかったが

「いやいやこれが私らには結構重要なことなのですぞ……場合によっては大変面倒なことになる……」
「えっと……」

質問の意図は分からないが、カグラは少し考えてみた。
恋人。
アイリスと……。
確かにアイリスの事は好きだ、今までに出会った男の中ではダントツで大好きだ。
だけど……私たちは恋人なのだろうか……?今は一緒の生活してるし、まぁイロンナことだってやっているが、アイリスはどうなんだろう…。

彼は、私の事が好きなの…だろうか?

「カグラさん?」
「っ……」

グランの声で思考の海から帰ってきた。

「恋人……では、ないと思いますよ……」
「……ふむ」

なんとか笑顔を作って答えられたと思う、それが普段のカグラにあるまじき下手な作り笑いだと知っているのは向けられたグランだけだったが

「大体、アイリスと出会ったのだってほんの4日前なんだから……、そんなことあるわけないじゃないか」
「…………ふむ」

カグラが話し終わりジュースへ手を伸ばす。それを見ながら少し思案していたグランは内心、厄介なブラックボックスを拾ってきた気分だったが、自分にはどうしようもできない事柄だと、話題を切り換えることにした。

「そうですか、その話はもうやめにしましょう、このおっさんの意地悪だと思ってくだされ」
「……うん、わかった」
「…………………」

太くゴツイ指で髭を撫でながらグランは考える。
まさかとは思ったが、本当に地雷だったか……あの青年の人生はまったく数奇なものだ

「商人に限らず人間である以上は秘密や隠し事が、必ずある物です。我々の様な者ならば比べるまでもなく多い事でしょう」
「そりゃ、当然よ」
「はっはっは、ですから私は何も言わなかったし聞かなかった、アイリス君には秘密にしておきましょう」

ストローを啜りながら、目を伏せ答える

「そうね、そうしましょ」
「悩ましいことも多いでしょうが、彼の傍に居ればそのうち解ることもあるでしょうぞ……なんせ彼は昔」
「あ、まって」
「む?」

伏せながら聞いていたカグラが急に面を上げグランの言葉を遮った。

「その先は、言わなくていい。いや、聞くならアイリスから聞く」
「はっはっはっはっは、そうですな、これは失礼した……それがいいでしょう」

その時だ、カウンター横の扉がガチャリと開いて、アイリスが顔を出した。
笑い続けているグランを奇妙そうに見ている。

「なに話してたんだ?」
「あんたのある事ない事、面白おかしく」

言いながらカグラの隣へ腰を下ろした。

「何を聞いたんですか、グランさん」
「はっはっは、秘密だよアイリス君!」
「………ホントになに言ったんだ、お前」

にかっといい笑顔をくれたグランを見る限り、どうやらカグラは気に入られたようだ。まずは一安心といったところか。

「そんな事はどーでもいいのよ、で、随分早かったけど儲かったの?」
「おぅ、まぁそれなりにだな。塩は身内での取引だったからな、儲けの半分、五割を貰った」
「へぇ」
「林檎の分まで入れて、銀貨120ってとこか……」
「おやぁ、確か四割の取引だったと記憶しているんだが?」

それは損をしたからではなく、純粋にアイリスがどうやって儲けを上げたか、その興味から出た言葉だった。
それにアイリスは得意げに答える。

「ロッゾさんの弱みならあと2,3個はストックがありますから、それにちゃんと1割分は持ってきましたよ、1つ前に寄ったべリアル村で聞いた話なんですけど、詳しい事はロッゾさんに話しておきましたので後で聞いてみてください」
「さっき言ってた新しいツテってやつか」
「えぇ、俺より支部で構えてる人の方が詳しいでしょうから」
「うむ、了解した。上手く事が運んだら次は飯でもおごってやろうじゃないか」
「楽しみにしてます」

こうして支部長に報告も済んだところで、今回の納品は無事終了と、後は次の行先を決めてそこで売れそうな品を買い付けるだけだ。
一応おおまかに邦楽は決めているので、後はカグラの意見も取り入れてゆっくり決めればいい。グランとの会話中ちびちびジュースを飲みながら黙っていたカグラの頭を撫でながらそんな事を思った。

「アイリス君も何か飲むかね?」
「あ、はい。じゃぁ冷たい物でも」
「うむ、ちょっと待ってなさい」
「それとグランさん、1つ気になってるんですけど」
「なんだね」
「ジーマはどこです?中でも姿が見えませんでしたけど」
「あぁ……ジーマか」

今まで太い大声だったグランが、急に沈んだ声でそうつぶやいた。
そして慣れた手つきでグラスに氷を詰めて、そこに茶を注ぎアイリスも前へ出した。
その間急に出た女の名前に反応したカグラが、ジトッと見つめてくるが、今はグランの様子の方が気になるのでスルーさせてもらう。

「ロッゾから聞かなかったのか」
「えぇ、おかしいなとは思いましたけど」

ジーマ・カンテッツ
このロノウェ支部の会計職を務める女性である。彼女はしばしば交渉役も買って出たりして、そうなった場合は大抵普段以上に儲けが出たりする、中々にハイスペックなこの支部の看板娘だ。
彼女はグランの実の娘でもあり、アイリスが以前やってきたときに随分と知識をつけさせてもらった、年の近いせいもあり仲良くしなったのだが。

「あいつな……」

グランは店内右側にある2階へと続く階段の先を見ながら続けた。

「先々週あたりだったか、見合いをする機会があったんだが……どうにもそこでこっぴどく断られたらしくてなぁ」
「それは……お気の毒に」
「それ以来引き籠っちまってなぁ、飯もあんまり食わないし、ウチも優秀な会計交渉役が居ないんで大打撃だ」
「……………」

いま行った納品だって相手がジーマなら約束通り4割の取引になっていただろう。だが今グランの表情は商人と言うよりは、どこか親の色が窺えた。

「……俺が心配してもしょうがないんだがよ」
「そんなことありませんよ」

見合いがうまくいかなかった事は何とも言えない、たしかにジーマは美人とまでは言わないが、よい意味で愛嬌のある顔立ちをしているとアイリスは思っている。
実際、支部の男連中全員ジーマを一般以下などと思ったことは無いのだが、彼女の落ち込み具合を聞く限りどこかでコンプレックスの様なものを抱えていたのかもしれない。

「ふむ……そうか」

アイリスがそんな事を考えていると、グランが先程と同じように二人をじっと見ながら考え込んでいる。
アイリスは間の抜けた顔でキョトンとしているが、一方で今まで我関せずと黙っていたカグラは、なにやら面倒な事を押しつけられそうな気配を感じていた。

「お前さんたちは祭までいるんだろ?」
「えぇ、一応最後まで見ていくつもりですけど……」
「次の行先は決まっているのか?」
「それはこれから市場を見て回って決めようかと」
「そうかそうか……」

そしてニカッといい笑顔を向けながら

「1つ頼みたい事があるんだが」











12/07/28 05:37更新 / ダディクール
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■作者メッセージ
どうも、おはこんばんにちわ、ダディクールです。

熱いね、暑いね、茹っちゃいますね
てな訳でエピソード2です前編です、いかがでしたでしょうか
いかがもなにもないですね、まだなーんにも動いてないもんね……

それはさておき、狼と香○料読んでみたよ!
一巻だけだけど、超超超おもろいなこれ。
BOOK ○FFで数ページ立ち読みしてこれは中古で買うのは惜しいと思い立ち、近くの本屋に行ったら無かったからアキバのア○メイトまで買いに行ってやったわ!(ドヤァ…

……似ちゃったね、スライディングで土下寝しますから許してね(@_@;)
でも時代背景が似てるから結構難しいです、しかももう読んじゃったからどこらかしこ影響されてしまうかも、そこら辺は二次創作だからってことで多めに見てくださるとうれしいです。


さて、ここまで目を通してくださりありがとうございます!
感想など頂けると飛んで喜びます故



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