連載小説
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雪原くんと二人の杞憂
 僕には、幼馴染の倉前さんがいる。
 彼女とはいつの間にか仲良くなっていたと思う。
 巷に溢れた友人関係みたいに、彼女と僕は一緒にゲームをしたり勉強をしたりしていた。

 お互いに性格が暗かったのが良かったのか、気兼ねなく付き合える関係だった。
 それは例え男と女、異性の友人であったとしても同じだった。
 ウマだってあっていたのだろうし、喧嘩したことも殆どない。あったとしてもすぐにどちらかが謝って丸く収まった。まあ、そもそもお互い喧嘩をしたがるような柄でも無いのだろうけれど。

 倉前さんと僕は、幼馴染としても、友人としても、とても良い関係を築けていると思っていた。少なくとも最近までは。

 彼女は最近、移動販売のミルクを飲みだしたと話していた。とても美味しいと語っていた。なんか胡散臭いような気もしたけれど、彼女は結構喜んでいたし、いいかなと思って特に何も言わなかった。

 そして急に美人になった。いや、元々美人だったのだ。みんなが彼女の顔をよく知らなかっただけ。
 少なくとも、僕好みの顔ではあった。実際、友人として色々付き合っていても「こんな女の子と一緒に過ごせて幸せだなあ」と感じたりもしたのだ。

 それが、最近ではますます可愛くなり、ますます僕好みの顔になっている。昔から彼女を知っていた僕も驚いてしまうほどに。

 もう一つは、彼女のおっぱいが凄い大きくなったこと。凄い。爆乳とはああいう事だ。

 元々クラスにはおっぱいがとても大きい人がいた。その人以外だって、美人な女の人がとても多い学校で、おっぱいが大きい人もたくさんいた。

 僕の幼馴染の倉前さんは、そんな人達と比べてもとても大きかった。僕だっておっぱいの大きい女の人は大好きだし、今の倉前さんのサイズは理想ではある。
 それでも、人は短期間でここまで変わる物なのだろうか。

 長年、倉前さんの事を見ていた僕としても不思議だった。こんなにも人の姿形が急に変わって、しかも自分好みに変わってくるとはとても信じられなかった。
 ミルクには、豊胸効果と美人になる効果があるらしいと彼女は話していたけれど、本当にそんな不思議なミルクがあるの思うと、ビックリする。

 そんな倉前さんだけれど、最近は僕の事を避けるようになった。挨拶こそ変わらずしてくれるけれど、それ以外の時に僕と目があったら、顔を伏せたり、ササッとその場から離れたりしてしまう。
 何かあったのか気になるけれど、「どうしたの?」みたいにSNSでメッセージを送ることもはばかられるし、直接聞くのもはばかられる。

 正直、寂しいものがある。今までずっと一緒に過ごしていた倉前さん。そんな彼女との、何の変哲も無い日常が、ずっと変わらないと思っていた関係が、今少しずつ崩れ去っていっているのだから。

 でも、僕と喋らなくなった理由というのもよくよく考えてみたらわかる。僕より大切な誰かが出来たのだろう。

 よくよく考えてみれば、僕と一緒にいた事こそおかしな事だったかもしれない。みんな気づいていないだけで、彼女は可愛い見た目だったし、僕の事を気を遣ってくれる。
 僕とは釣り合わないのだ。僕のような人間と一緒にいたほうがおかしな事だった。そう言えるのでは無いか。

 きっと、倉前さんの魅力に気づいた誰かが、彼女に接近しているのかもしれない。僕では魅力も何もない男。僕より良い人、魅力のある男は世の中に一杯いるのだから。
 僕は「幼馴染」の関係に甘んじていただけ。僕の都合通りに彼女が動くはずは無い。倉前さんは意思をしっかりと持っている普通の女の子だ。

 だから、彼女の事を幸せにできる誰かと仲良くしていても全く不思議な事ではない。
 そもそも、僕と話していても倉前さんは楽しくなかったのかもしれない。真面目な女の子だから、適当に僕と歩調を合わせていただけなのかも。
 倉前さんにだって彼氏を選ぶ権利はあるし、僕はその眼鏡に合わなかっただけ。

 だから、倉前さんの新しい門出を僕は祝福すべきなのだ。ますます可愛くなって気立てもいい女の子なのだから、僕以外の誰か、彼女を幸せにしてくれる誰かと付き合うべきなのだ。
 彼女が望んでいないなら、決して、僕との関係を、幼馴染の関係を続けさせようとすることは、倉前さんに対する冒涜そのものであるだろう。


 そう…だから…諦めないと…



 昼食の時間。みんなが思い思いの人々と食事をして、親睦を深めている。

 僕と倉前さんはたまに食事を一緒に取っていた。今は全くだけれど。
 僕たち二人はいつも、屋上へと続く階段で食事をとっていた。埃っぽくなくて、誰も人がこないこの場所で、いつも、いつも二人で一緒に食事をしていた。

 僕は最近ここで食事を取っている。教室とは違って誰も人が来ない。一人の僕にはぴったりの場所。
 惨めかもしれないけれど、今の僕にはぴったり。

 一人での昼食、寂しいけれど、仕方のない事だ。
 そう、仕方がない、仕方がない、仕方がない、仕方が…



「こんにちは」



 遠くから誰かの声がする。褐色の肌で美人な人だった。



「えっと、こんにちは」

 人が全く来ない場所なのに。わざわざ僕に用なんてあるのだろうか。



「オルム・オルシアです。以後お見知りおきを」
「同じクラスなのにお見知りおきだなんて…」
「雪原さんと喋った事がないですし、一応挨拶として…」

 そう、この人は、遠くの国から留学しに来たオルシアさんだ。
 具体的な国名はわからない。教職員含めて「遠くの国」としか聞かされていないらしいし、彼女の素性も皆よく知らない。とにかくよくわからないミステリアスな人だった。
 日本語がとても上手なのに、僕と倉前さんみたいに無口な人。

 そんなミステリアスで、喋ったことが一回も無い人がわざわざ僕に話しかけてくる。少し緊張する。

「それで、私が聞きたいのは雪原さんと倉前さんの関係なのだけれど」

 刹那、息と心臓が止まりかけた。もう諦めたはずなのに、どうしてここまで反応してしまうのだろうか、少し自己嫌悪してしまう。
 兎に角、僕は口を開く。言葉は頭で咀嚼されず、反射的にすらすらと出てきた。

「倉前さんとは最近話していません。きっと、好きな人が出来たのでしょう」

 だから、僕と倉前さんとは何も関係が無い。幼馴染とは言え、他人である。関係が切れたら、お互いの接点は当然なくなる。

「あんなに仲が良かったのに?あんなに、いつも一緒にいて、いつも一緒に仲良く話していて、お互いがお互いの事を信頼していて、恋人同士で無くても親友みたいに仲良くしていたのに?」

 オルシアさんは、すらすらと、それでもゆっくりとした言葉でそう話す。確かに、僕たち二人は仲が良かったのかもしれない。それこそ、付き合っていると誤解されるくらいには。

「彼女が僕のことを避けるようになったのです。多分、僕より優先すべき人が出来たのでしょう。幼馴染と言えども赤の他人ですし、好きな人くらいできるでしょうから」

 でも、彼女は僕のことを避けるようになった。それはきっと、僕では彼女を幸せに出来ないということ。僕との関係を彼女が不満に思っていたということ。

「本当にそう思うの?幼馴染なんでしょ?ずっと一緒だったんでしょ?彼氏が出来たって大事な事だし、今まで親しかった人に話すんじゃないかな」

 オルシアさんはそんな僕の心も知らず、語気を強めて言ってくる。じっと僕の目を見据えて、言ってくる。

「でも、僕と話したくないって事は、やっぱ誰かと付き合っていて、僕と話したく無くなったんじゃないですかね」
「逆になんで雪原さんは、倉前さんが他の誰かと付き合っているって思うの?」
「だって、倉前さん、急に綺麗になったじゃないですか。それに優しくて、いい人なんですよ。みんな放っておかないですよ」

 少し押し黙るオルシアさん。何かを考え込んでいるようだった。僕はそんな彼女を横目にコンビニで買った菓子パンを頬張る。
 何かを食べていないと不安になる。そんな気分だった。
 食べて、食べて、口をハムスターみたいに膨れさせても、それでもパンを頬張ろうとした。

 もぐもぐ、もぐもぐと、ひたすら噛んで、飲み込んで、
 どうにか全てのパンを胃に収めた時に、

「雪原さん、倉前さんの事が好きなんでしょ」

 急に、ぼそっと、オルシアさんは話す。

 それは違うと信じ込みたいのに。倉前さんは僕と釣り合わないから、諦めたほうが身のためだと思いたいのに、それでもオルシアさんはそう口にする。

 違う、そんな事は無く、幼馴染として、彼女には幸せな人生を送ってもらいたい。それはきっと僕自身の本心なのに、
 それでも、心のどこかで、倉前さんと一緒に過ごせたらと思ってしまうのも、また嘘偽り無く本心なのだろう。認めたくは無いのに。きっと、僕なんかでは釣り合わないのに。

「でも、倉前さんには、幸せな人生を送ってもらいたいですから。僕ではきっと彼女を幸せに出来ないですし」

 答えになっていない答え。でも、これも本心。もし本当に倉前さんに彼氏は出来ていなくて、別の理由で、例え好き避けをされていたとしても、これはきっといい機会なのだろう。
 倉前さんはとてもいい人だから、僕では幸せに出来ない。僕は、倉前さんと出会う前みたいに、一人で生きて一人で死ぬのが似合っているのだろうと、最近良く考えるようになった。
 僕と倉前さんが一緒にいること自体がおかしかったのだ。そもそも、隠れ美人だった彼女を、一人でいつもいるからという理由で狙いやすいと思っていた僕も最低の人間であるから…



「倉前さん、雪原さんの事が大好きだって聞いたよ。ラブの意味で」



 僕と倉前さんの関係を聞かれた時以上の驚き、心臓も息も止まりかけて、でも、僕の耳はしっかりとその意味を脳に伝えていた。
 それでも脳はその言葉を半信半疑に聞いていた。そんな事、あるはずが無い。こんな冴えない人間を、わざわざ好きになるだなんて、とても考えられない。

「実は、倉前さんにも同じこと聞いたんだ。なんで雪原さんを避けているかは教えてもらえなかったけれど、付き合っている人はいないって聞いたし、『雪原さんの事好き?』って聞いたら顔を赤らめて『でも、私が好きだって伝えたら、雪原くんとの関係が壊れちゃうかもしれない』って言ってた」

 少し笑みを浮かべて話すオルシアさん。彼女は、こういう話が大好きなんだろうという気がした。勝ち誇っているような雰囲気が出ていたし、これは恐らく、仲違いを仲介した事についての歓びなのだろうという気がした。

「貴方達二人は本当にお似合いなんだなって思った。二人共相手の事を考えていて、それなのに、それを言葉にして伝えないから」

 今度は少し真面目な顔になって、オルシアさんはそう話す。
 僕は黙ってそれを聞いていた。未だに、倉前さんが僕のことを好きなのだという事実が飲み込めなかったから。

 本当に彼女が僕の事を好きなら。でも、なんで僕なのか。いや、でも幼馴染である僕のことが好きなのは当然なのかも。いや、幼馴染だから劣った僕の事を好きなのかもしれない。

 そんなような言葉が脳内で、今まで悩んでいた反動みたいに、ぐるぐる、ぐるぐる、回っていた。

「それに、あそこで倉前さんが私達の会話を盗み聞きしてるよ、本当に雪原さんの事がどうでもいいなら、そんな事しないんじゃないかな」

 オルシアさんは階段下を指差す。そこには、倉前さんが不安げな表情をしてこちらの様子を伺っていた。
 彼女は慌てて顔を引っ込めるが、バレているからか、そこから逃げる事はしなかった。

「ごめんね、倉前さん。貴方の彼氏に言い寄るだなんて、そんな罰当たりな事はしてないから、安心してね」

 そういうと、此方の方に手招きをするオルシアさん。倉前さんの警戒を解こうとしているのか、とてもニコニコしていた。

「いえ、それは、判ってますから…それと、ありがとうございます。オルシアさん」

 倉前さんは、モジモジしながらそう話す。「ありがとう」とは、きっと、僕と倉前さんの関係をオルシアさんが取り持ってくれた事についてだろう。
 その意味合いであるなら、僕もオルシアさんに礼を言わなければならない。あのまま仲違いしていたら、僕と倉前さんはあの後一生話さなかったかもしれなかったのだから。

「僕からも…ありがとうございます。オルシアさん」
「後は二人で仲良くやってね。お邪魔な私はこれで。それと、想いは言葉にしないと伝わらないからね」

 そう笑顔で話すと、オルシアさんは階段を下って、どこかに去って行ったのだった。



 僕たち二人は、それから何も話さなかった。久しぶりに彼女と対面しているのもあるけれど、兎に角僕たち二人は何も話さず、ただお互いを見ていた。
 やはり、間近で見ると彼女は物凄く綺麗になっていた。こんな可愛い倉前さんが、僕の幼馴染の倉前さんが、僕と付き合いたいと言うのが、やはり今も不思議だった。 

「えっと、私…ね」

 倉前さんが口を開く。二人だけの静かな空間。これはいつもと同じ、でも、お互いが好きだと知った今、いつもとはやはり違うような気もした。

「私ね、雪原くんの事を、男の子として見るようになって、付き合って結婚して、その、毎日…」

 毎日、と言いかけて口籠る倉前さん。今まで見たことない位に顔を赤らめていて、これを見てしまうと、倉前さんが僕の事が好きであるという事が、否応無しに事実だとわかる。

「毎日!うん、毎日一緒に、夫婦として、そう!、夫婦がやることをして過ごしたいなって思って、でも、そんな事を考えるようになった私の事を、雪原くんは嫌いになるんじゃないかと思うと、怖くて怖くて…」

 夫婦がやること、という含んだ言い方が気になるけれど、夫婦になりたいと思われている事はすごく嬉しかったし、そんな事を言って嫌になるような男では無いのに。
 倉前さんが僕との関係を壊したくないと思ってくれた事が嬉しくもあり、素直にその事を言ってほしいという気持ちもあった。でも、後者については僕も悪いだろう。なんで避けているのかを聞くべきだったんだ。それを聞いて壊れてしまう関係なら、とっくのとうに僕たちの関係は壊れていただろうから。

「夫婦になりたいって言ってくれて嬉しいな。倉前さんの事、多分昔から好きだったんだと思う。ずっと緩く付き合っていたからわからなかっただけで」
「そう?私も嬉しいな。私も多分、雪原くんの事が昔から好きだったんだと思う」

 だから、夫婦になりたいと言われて嬉しかった、という本心を話した。そもそも僕たちは隠し事をするべきではなかったのだ。ずっと、ずっと一緒にいたのに、何を今更隠す物があるというのだろうか?

 オルシアさんが僕たちのことを似たもの同士だと言っていたけれど、本当にその通りなのだと判った。こうして話していると、僕たちは結ばれる為に生まれてきたんじゃないかとすら思えてきてしまう。
 倉前さんと出会ってからずっと幸せだったし、これから更に幸せになるんだと、そう思えた。

 僕たちはそこから一言も喋らなかった。「想いは言葉にしないと伝わらない」とオルシアさんは言っていたけれど、そもそも多くを言葉にする間柄でも無かったし、今ここで話すべき事はしっかりと話したのだと思う。
 お互いがお互いに眺めていると、予鈴が鳴る。午後の授業が始まると言うことで、僕は立ち上がる。
 倉前さんもそれと同時に立ち上がって、



 正面から抱きついてきた。



 ムギューっとされる。そして柔らかい物が僕に押し付けられる。きっと倉前さんの大きくなったおっぱいだ。倉前さんの息遣いが聞こえる。倉前さんが僕の事が大好きな事が伝わる。
 幼馴染とこういう関係になるだなんて、今はただ嬉しかった。嬉しかったし、何より、幼馴染なのだ。幼馴染とは言え、こんなに密着したことなんて一回もなかったのだから、嬉しいし、変な気分になる。

 そして、倉前さんは憑き物が取れたような、満面の笑みを浮かべて、

「今度の土曜日、私の家に来てね」

 と言った。勿論断るつもりなんてない。コクリと頷く。倉前さんは「やったー」と言って喜び、僕の手をとって、

「一緒に教室行こう?午後の授業も頑張ろうね」

 と、そのまま恋人繋ぎをしてきて、僕たち二人は歩調を合わせて、一緒に教室に向かったのだった。
20/01/12 17:11更新 / 千年間熱愛
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