連載小説
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騎士団長と戦の夜
「団長、部隊の配置、完了したぞ」
「あいよ、ごくろー」

 時刻は夕方、俺は本陣で副団長の報告を聞いていた。
 前衛が第1、第2部隊――鎧を纏ったオーソドックスな騎士隊。その後ろに軽装で小回りのきく第3部隊、弓隊の第4部隊ときて、最後列の第5部隊は魔術師隊だ。
 まあ、そこそこ一般的な布陣と言っていいだろう。

 今日は満月。月に一度の満月の日、西の森からアイツらはやってくる。いつからだったか、そういうことになっていた。
 俺たち守護騎士隊は、その侵攻からコビヤークの街を守る防壁だ。いや、街の周りを守る壁は別にあるけども。

「さて、と……見回りでも行きますかね」

 もうすぐ日が暮れる――つまり、アイツらが来る頃だ。俺はイスから立ち上がり、魔術で強化された愛用の鎧を身につけると、兜と剣を持って本陣のテントを後にした。


  ※※


「だんちょー、ご苦労様でーす」
「ずっと俺たちを外に立たせといて自分はゆっくりとか、本当にご苦労様です」
「ムレる鎧もギリギリまで着なくていいとか、本当に大変ですねー」

 部隊の中を回ると、並んでいる連中からの嫌味の嵐が飛んでくる。一応丁寧語ではあるものの、その声色に尊敬の心はカケラも篭っちゃいない。
 でも、いいのいいのそれで。
 この騎士隊は、街の若い男たちで構成されている。つまり、こいつらは俺も含め、大半が昔からの馴染みだ。尊敬とかされたら気味悪いわ。

「うるせー、文句あんなら俺を倒してから言いやがれ。つーか俺はこういう実戦以外が忙しいんだから、これぐらいの役得は許せよ」

 これはマジで思う。つーか誰か代われ。
 他の奴らよりも剣の腕があったばっかりに、団長なんて役職につけられた。部隊を動かすために兵法を研究しろとか、諸々の費用を管理しろとか、何かやる度に報告書を提出しろとか、仕事多過ぎんだよボケェ!

「あー、そこで荒れてる団長、そろそろ日が暮れるぞ。とりあえず、本陣まで下がってくれないか」

 地面をダムダムと何度も踏み付けつつ仕事の鬱屈をどこへ向けるべきか考えていると、副団長が呼びに来た。
 そうだよ、コイツが事務職全部やってくれればなぁ! 真面目で真摯でメガネなんだからさぁ! 実務と事務で分けようや、マジで。ほら労働集約と知識集約……あれ、それだとコイツが団長になるんじゃね? おのれ謀反か副団長!

「何故そんなに俺を睨む……まぁいい、もう時間だぞ」
「チッ。あいよ、了解。お前らも気ぃ引き締めろ、じき始まんぞー」
「「「うーい」」」

 とりあえず団長っぽいことを言いつつ、俺は再び本陣へ戻っていった。


  ※※


「来た!」

 日が暮れてから十数分。天幕の下で各隊長と一緒に待ってると、第5部隊に張らせた感知魔法に反応があった。杖を掲げた第5隊長が、目を閉じてやや緊張した表情で言う。

「第2ライン……第3、第4……高速で突っ込んできてる」

 感知魔法は、同心円形に何重にも張ってある。複数の魔法が反応する間の時間差から、相手のだいたいの速度がわかる。
 森の中を高速で移動ってことは、ワーウルフとかワーキャットとかか?

「どうする? 第1、第2を下げて、第3を出すか?」

 副団長も同じことを思ったんだろう、指示を仰いできた。
 動きの速いのが相手だと、重い鎧は基本的に邪魔だ。だからこそ少しでも対応できるよう、軽装の第3部隊がいる。

「いや、待った。感知魔法に第2波の反応は?」
「今のところは、ないな」

 突撃なら、第2波もすぐ後に連続して来るはずだ。それがなければ、先行した部隊が孤立することになる。
 と、なると……

「たぶん、陽動か斥候だろ。配置はこのまま、宣戦の合図だけ頼むわ」
「わかった」

 俺が指示すると、副団長は本陣を出ていく。
 少しして、宣戦を知らせる笛の音が響いた。こっちに接近してきてる相手の囮部隊にも聞こえてるだろう。

「どーよ?」
「ああ、あっさり撤退してる。元々、攻めてくる気はなかったんだろうな」

 第5隊長の方に顔を向けると、目を閉じたままそいつは答えた。

「……んじゃ、メインゲストを迎える準備でもしますかね。ああ、感知魔法は近いトコ3つくらいだけ残して、他は解いていいぜ」

 第5隊長に指示しつつ席を立ち、外へ出る。
 きっと、10分かそこらで向こうの本隊が動き出すだろう。その前に、やっておくことがある。

「ぅおーい、火はもう消しとけー!」

 テントから出た俺は、まず最初にそう叫んだ。
 やることその1、目を夜の暗さに慣れさせること。俺たちの目は、突然明かりが消えると、少しの間まったく見えなくなる。篝火を守りながら戦うなんざバカらしいから、最初から消しとくってワケだ。
 ポツポツと辺りを照らす篝火が消え、ぼんやりとしか周りが見えなくなる。最後に2つ、壇上の篝火だけが残った。俺はその壇に上り、並ぶ仲間たちを見渡す。

「あー、あー、うぉっほん!」

 わざとらしく咳ばらいを一つ、やることその2を始める。

「ワレワレハー、シュゴキシダンデアルー」
「「「オー」」」
「ワレワレノシメイハー、マチヲマモノカラマモルコトデアルー」
「「「オー」」」
「カミノナノモトニー、ワレワレハショウリヲチカオウー」
「「「オー」」」
「あーい、宣誓終わりー」
「「「ういー」」」

 こっちに関しては、どうしてもやらないといけないのかよ、と毎回思う。でも、やらないとそれはそれで面倒臭いことになるらしい。いいじゃんもう。どうせ形式だけのもんなんだし。
 まあ、これでやることは終わった。あとはあちらさんが来るのを待つだけだ。


  ※※


「来た、本隊だ!」

 本陣のテント前で待機していると、第5隊長が声を上げた。その声を合図に、俺はもう一度壇上に上がり、叫ぶ。

「っし、始まるぜ! 準備はいいなテメェらぁ!!」
「「「応!!」」」
「油断すんじゃねえぞ!! 連れ去られても救助隊は出さねえからなぁ!?」
「「「応!!」」」

 そこで一息いれ、森の方を見る。そこから聞こえる地鳴りがどんどん近付き――来た!
 草むらを掻き分け、まず現れたのは向こうの前衛。オークやミノタウロス、リザードマンといった戦闘能力の高い魔物たちだ。その後ろにはワーウルフやワーキャットなど、身軽な奴らが続く。そのさらに後方には、魔女やラミアなどの魔法使い系がいることだろう。
 俺は大きく息を吸い、声を張り上げた。

「迎え撃てえええええっ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」

――開戦だ。


  ※※


「今んトコ互角、って感じか?」
「そうだな」

 本陣テント前、俺と副団長はただ突っ立っている。
 実際、戦闘が始まっちまえば、俺がすることはほとんどない。毎月のことなので、全員が各自のやることをわかっているからだ。

 第1から第3部隊は白兵戦。動きの速いのを3が、それ以外を1と2が相手する。第4部隊は牽制。主に空から来る奴ら(夜だからかハーピーはまずいない。ほぼワーバット)を近づかせないのが仕事だ。で、第5は相手方の魔法使いと魔法合戦。

 まあそんな感じで、開戦からけっこう経った今も膠着状態が続いている。
 だいたい、こっちは無理に相手を倒さなくても街を守れれば勝ちだ。いや、倒すつもりで戦っちゃあいるが。
 それに対して、あちらさんはこっちの兵を倒した上で街へ侵攻しなけりゃならない。
 連れ去られた奴もちらほらいるっぽいけど、『連れ去る=魔物も1人減る』っつーことだから、結果として状況はあんまり変わらないワケだ。
 で、そのままだとお互いズルズルと兵力を消耗するだけになるから――。

「団長、出番だぞ」
「あいよ。そろそろ来ると思ってた」

 辺りに笛の音が響き渡るのを、ストレッチしながら聞いた。程なくして向こうの兵が左右に割れ、中央に道ができる。
 その道を歩いてくるのは、鎧を着込み、剣を手にした一人の魔物。そいつは剣をこちらへ向け、叫んだ。

「双方、このままでは埒があかん。そちらの長に一騎打ちを申し込む!」


  ※※


 俺が出ていく頃には、両軍の兵たちは互いに距離をとり、間に円形のスペースができていた。
 向かいに立つのは、先程の魔物。各所に目のようなものがついた黒い鎧を着け、ロングソードを片手で持っている。スミレ色の髪を頭の後ろで一つにまとめ、紅い瞳は真っ直ぐに俺を向いていた。

「いい加減、やめねーか?」

 もう、こうして向かい合うのも何度目だろう。毎月毎月剣を合わせているそいつに、提案してみたが。

「黙れ、今日こそ私が勝つ」

 ばっさり即答、剣を構えやがった。

「……ハァ」

 仕方がないので、俺も脇に抱えていた兜をかぶり、構える。

「なぁ、やっぱ名乗りやらないとダメか? もう何度目かわかんないんだけど」
「当たり前だ。騎士たる者、作法には従うべきだ」

 横着しようとしたら、すごい目つきで睨まれた。鎧にも睨まれた。つーか何なんだあの目は。装飾にしては恐すぎだろ。
 正直面倒だけど、まあいいか。

「我はコビヤーク守護騎士団、団長。クーガー・トーサイズ」
「第3魔物戦団戦士長、ギリウェルカ。……参る!」

 名乗りが終わるや否や、突っ込んできやがった。大上段に構えてからの、渾身の唐竹割り。左右に少し身をかわせば簡単に避けられるような大振りだ。
 だが、そんな楽なもんじゃないことはよくわかってる。俺は派手な横っ跳びでそれを避けた。
 瞬間、さっきまで俺がいた周囲の地面がめくれあがった。少しかわしたくらいじゃ、あのままあそこでバランスを崩していただろう。で、その隙を突かれて終了、と。

「っらあ!」

 今度はこっちの番だ。足を止めての単純な斬りあいなら、ほぼ互角なのはわかってる。
 一合、二合。向こうの反撃の袈裟斬りをかわし、斬り上げる。それはバックステップでかわされ、互いの間には若干の距離が開いた。
 と思えば、次の瞬間には再び突進してくる。右手の剣を裏へ引き、左手を前へ。剣先がこっちを向いた突きの体勢。
 普通なら左右に動いて避けるんだろうが、俺は真っ直ぐ前へ飛び込む。向こうの得物はロングソード、ショートソードの俺よりも少し間合いが遠い。懐に入り込めれば有利になる……んだが、世の中そんなに甘くない。
 俺が向かってくるのを見て、向こうさんは即座に時計回りで一回転。勢いの乗った回転斬りに、俺は自ら斬られに行く形になる。

「チッ!」

 右から低い軌道で迫る剣撃を、上へ跳んでギリギリ回避。

 が、それは罠。

 俺を跳ばせることが向こうの狙いだった。相手が口元を歪め、ワンテンポ遅れて出てきた左手は拳。
 俺には羽なんかないから、空中では動けない。そんな俺に、回転の勢いを乗せた左拳が突き刺さった。

「がっ……!?」

 人間のそれとは比べものにならない魔物の膂力。ヤバイと思った瞬間、5メートル以上離れた地面に叩きつけられていた。このままオチたいところだが、モタモタしてたら追撃が来る。右脇腹の疼きを堪えつつ、どうにか立ち上がった。
 兜は今のでどっか飛んでったから、視界は良好だ。その視界の端に、アイツが突っ込んでくるのが映る。すぐ構え直して見据えると、剣を持った右手を引いたあの姿勢。また突きかよ、好きだねホント。
 だが、今度はこっちから突撃し返す余裕はない。

「終わりだっ!!」

 その宣言とともに突き出される剣。まだ終わってねーっつの、勝手に決めんな。
 俺は地面を踏み締め、必死の力で切り上げてその先端に自分の剣先をぶつける。かなり重い手応えだったが、どうにかスレスレのところで上へと流すことに成功。

「くっ……!」
「そらっ!」
「何!?」

 剣を離した俺に、向こうは驚きの表情を浮かべた。
 それが、わずかな隙を生む。狙うは、突きの直後の伸びきった右腕。懐へ飛び込み、その場で反時計方向に180°回転しつつ腕をとる。そして背中に相手の体を乗せ、一気に投げ飛ばす――!

「っらあああああ!!」

 その気になれば意外に飛ぶもんだ。2メートルくらい先、ガシャアと派手な音を立て、ヤツの体が地に叩きつけられる。
 俺は放り投げた剣を拾い、足元に転がったソレに話し掛けた。

「んで、まだやるか?」
「……私の負けだ。今日のところは退いてやろう」

 首だけになったソイツは、悔しそうに歯噛みして言った。体はむくりと起き上がると、頭と剣を拾って森の方へ歩いていく。
 他の魔物たちも、その後に続いて撤退していった。


 こうして今月も、コビヤークの平和は守られたのであった――。
12/08/27 01:01更新 / かめやん
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■作者メッセージ
ちゃんとしたバトルは初めて書きました。
あ、作者は中世の定番戦術とか全然知らないのでおかしな点は見逃してください。
相手のデュラハンの突きは、某三番隊組長の左右逆バージョンなイメージです。

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