読切小説
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夫婦の休日
 体調が悪い。

 朝、俺が目を覚ましてまず感じたのがそれだった。
カーテンの隙間からは陽光が差し込み、よく晴れていることがわかる。
しかし、身体はそれとは裏腹に纏わり付くようなだるさに包まれていた。

「くぅ……」

 とりあえず上半身を起こし、症状を確認する。
多少の頭痛と喉の痛み、ついでに全身が怠い。
 たまの休日でこれとは、ついてない。
昨日、久しぶりに2人で出かけようかと話していたのに。

「朝食ができたぞー。カイエン、いつまで寝ているんだ?」

 部屋のドアが開き、妻のキャスティアが顔を出す。
体調が悪いことを伝えようとしたが、口から出てきたのは咳だった。

「お、おい、大丈夫か?」

 キャスティアは歩み寄ってきて、俺の額に手の平を当てる。
その手のひんやりとした温度が心地いい。

「……ふむ、風邪だな。となれば、おとなしく寝ていろ」

 やや強引に俺をベッドに寝かせると、少し待ってろと言い残し、キャスティアは部屋から早足で出ていく。

 しばらくして、彼女は氷水の入った容器を持って戻ってきた。
近所に住む魔女に、魔法で氷を作ってもらったらしい。
冷たい水の染みたタオルは、頭痛を和らげてくれた。




「……悪いな、せっかくの休みだったのに出かけられなくて」
「気にするな。休日なんだから、ゆっくり休むのは別に悪いことじゃないさ」

 ベッド脇でリンゴをむいてくれているキャスティアに、約束を守れなかったことを謝る。
俺がぐっすりと眠っているうちに、時刻は夕方になっていた。
彼女は笑って許してくれるが、どうにも俺の気は晴れなかった。

 俺たち夫婦は町の守備隊に所属し、治安の維持に努めている。
デュラハンであるキャスティアは実動、俺は裏方という違いはあるが、忙しさに差はない。
というのも、構成員の多くが魔物とその夫のため、安定して出勤する者が少ないからだ。
そういった自主休日は黙認されているが、俺もコイツも(自分で言うのも何だが)真面目な性格。
そんなわけで、俺たちにとって完全な休日は貴重なのだった。

「難しい顔をして……明日も休みなんだ、今夜のうちに治せばいいじゃないか」
「しかしだな」
「それに……べ、別に出かけなくとも、だな、その……い、いちゃつくことは、できるんだぞ?」

 ズイッと俺の鼻先に突き出されたのは、フォークに刺されたリンゴ。

「ほ、ほら、あーん、だ」

 結婚して3年が経つというのに、キャスティアはまるで付き合いたてのウブな学生のように顔を赤くする。
このあたりは、本当に昔から変わらない。
コイツは自分の中の乙女な願望と真面目な性分との間で葛藤し、いざ実行するとすぐに恥じ入ってしまうのだ。
それをかわいいと言うとむくれるので、口には出さないが。

 シャクッ、と小気味よい音を立てて歯が果実に埋まる。
しかし、フォークを持つのが自分自身でないからだろうか、噛み切るのに少し手間取った。

「あ、もっと小さく切ったほうがいいか?」

 その様子を見たキャスティアはナイフを手に取ろうとして――不意に、その手が止まる。
彼女は皿から切り分けられたリンゴの一つを取り、何やら見つめ始めた。

「どうした?」
「………」

 問い掛けてみるも、返事はなく。
例によって彼女の顔は赤く染まり、間違いなく何か思いついた様子だった。

「う、うん……食べやすいほうがいいな、病人なんだし」
「ふ、夫婦なんだから、恥ずかしがることなんてないよな……そ、そうだよな」


 聞き耳をたてれば、何か小声で言っている。これは以前にも覚えがあった。
自分の頭の中でズルズル悩んで、おかしな方向にハジけるパターンだ。

「あむっ」

 すると、キャスティアはリンゴを口に含み、自分で食べ始めた。
そのままモシャモシャと咀嚼して……ああなるほど、そういうこ―

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「ん?」
 ぐいっ。
「んむっ」

 俺の予想は半分は正解だったが、半分は不正解だったらしい。
普通に口移しされるかと思っていたら、わざわざ首を外して唇を押し付けてきた。

 ン、フ……

 クチュ、ピチャッ……

 ジュル……ズ、ジュ……

 ッ、ゴクン……

「っは……」
「アハ……ァ♪」

 ようやく唇が離れる。
リンゴよりも唾液のほうを多く飲んだように感じるのは、きっと気のせいではない。
 そして、キャスティアの目には既に情欲の火が揺れていた。
それはそうだろう。首を外したデュラハンは、飢えた獣同然なのだから。
 しかし……まあ、なんだ。
やってできない事はないだろうが、正直なところ今の体調での情事は勘弁してほしい。
症状の悪化も心配だが、それ以上に彼女に風邪をうつしてしまうかも知れな――ッ!

「ゲホ、ゲホッ、エ゛ッ、ウ゛ーェホ!」
「! だ、大丈夫か!? おい!」

 咄嗟に横を向き、彼女に向かって咳をすることだけは避けた。
口移しのあいだ息を止めていたことが気管の負担になったのだろう。
 そのショックでキャスティアも淫気から覚めたようで、まだ頭は腕に抱えていたが、もう一方の手を差し出して背中をさすってくれた。

「うぅ……すまない、私のせいで……」
「気にするな、お前の暴走には慣れてる」
「あぅぅ……」

 咳が収まる頃には、部屋に漂いかけた淫らな雰囲気は跡形もなかった。
代わりに、しょぼくれるキャスティアの周りに反省と後悔の空気が渦巻いてはいるが。
頭はちゃんと体の上に戻っているし、寝込みを襲ってくることもないだろう。

「俺はもう寝る。治さないことにはデートも行けないからな」
「あ、ああ。おやすみ……」

 とりあえず、風邪を治すためにもさっさと寝るとしよう。
デートもそうだが、明後日からはまた仕事だ。明日までには治さなければ。


  * * * *


 で、翌朝。
目を覚ました俺が感じたことは2つあった。

1、風邪が治っている
2、腕に妻が抱き着いている

 もちろん、1は喜ばしいことだ。これで出かけることもできるし、明日からの仕事にも影響がない。

 問題は2だ。
俺たち夫婦は普段ダブルベッドで眠っているため、抱き着かれること自体はよくあることだったし、それは問題ではない。
しかし、それはお互い健康なときの話だ。
病人と床を一つにすれば、当然――

「へくちっ」
「まったく……なんで他の部屋で寝なかったんだ、お前は」
「く、風邪の感染力、あなどった……くしゅんっ」

 そう、風邪が移る。
昨日とは立場逆転、今度は俺がキャスティアの世話をすることになっていた。
氷を貰いに行った魔女に変な顔をされたのは言うまでもない。

「症状はくしゃみと頭痛だけか?」
「あー、少し熱もあるかもしれん」
「どれ」
「!?」

 キャスティアの頭を外して、互いの額をくっつけてみる。
結果は、まあ、予想通りというか何というか。

「……見事に高熱だな、この茹でダコめ」
「あ、当たり前だろうがっ!? お前わかっててやってるだろぉ!?」
「静かにしろ。病人があまり興奮するもんじゃない」
「ぐぬぬ……!」

 首まで、つまり頭パーツ全体が赤くなる勢いで茹で上がった。
その熱が風邪のせいなのか俺のせいなのかは……まあ、だろうな。
キャスティアは俺を睨みつつ自分の頭をかっさらい、元あった位置へ。
布団をかぶると、そのままそっぽを向いてしまった。
騎士からは程遠い、そんな子どもっぽい振る舞いもかわいいと思ってしまうあたり、惚れた弱みってやつなんだろう。

「何か食べたいものはあるか?」
「……リンゴが台所にある」

 彼女が落ち着くまで待っていて、時刻が既に昼食時なことに気付く。
まだ機嫌は完全には直っていないようだが、返事をしてくれるくらいには回復してきたようだ。

「わかった、少し待ってろ」
「く、く……しで……わ…せろ」
「ん?」

 早速台所へ向かおうとすると、キャスティアが何か呟くのが聞こえた。
ドアノブに手をかけたまま振り返れば、彼女は布団から顔の上半分だけを出してこっちを見ていた。

「何か言ったか?」
「……なんでもない」
「そうか。ああそれと、わざわざ言わなくても口移しはしてやるから」
「〜〜ッ!」

 キャスティアがベッド脇の小机にあった燭台を掴むのが見えたので、急いで寝室から逃げ出す。
さすがにからかいが過ぎたことを俺が知るのは、口移しの最中に舌を噛まれたときだった。




 で、さらに翌日、ようやく2人で出かけることができた。
仕事? ……もちろん、自主休日だよ。
12/03/18 03:46更新 / かめやん

■作者メッセージ
「デュラハンさんの首を外してデコどうしをこつんってしたい」てなSSです。
真面目な魔物娘っていろいろ苦労してそうですよね。
「私もシたい私もシたい私もシたい私もシたい私もシたいのにぃ…ッ!」みたいな。
でもそのぶんオフのラブラブっぷりはすごいんだろうなあウへヘヘ。

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