ひまわりのうた

 8月の暮れ、いわゆるお盆。
暦のうえではもう秋だけど、そんなの関係ない。暑い。
 そんなくそ暑い昼下がり、あたしは駅にいた。
田舎の駅だから完全に外。おまけに屋根もない。ホント暑い。死ぬ。
家にいれば涼しいんだけど、あたしクーラー嫌いなんだよね。音がダメ。
 それはともかく、あたしがここにいる理由は一つ。
大学に行くとかで家を出ていったアイツが、今日帰ってくるから。
2泊3日でまた行っちゃうらしいけど。

 あまりの暑さにボケーっとしてたら、駅の建物からゴン爺が出てきた。
てことは、もうすぐ電車が来るってことだ。
 ゴン爺はあたしを見つけると、トシの割にしっかりした足どりで近づいてきた。

「あぁ? ヒナタでねえか、こんなとこでなぁにしてんだぁ?」

 別にあたしがどこで何しよーとあたしの勝手でしょーが。
適当に尻尾をぱたぱたと振って返事をしてやる。
ゴン爺は首を傾げ、視線を線路のずっと先に向けた。
 ――あ、来る。
人間には聞こえなくても、猫のあたしには音で近づいてくるのがわかる。
――ほら、見えてきた。




 ガタガタと音を立てて、電車の扉が開く。
そして、大きな荷物を持ったアイツが出てきた。

「まったく……いまだに電車の扉が手動とは……」
「おお、ユウヤでねえか? 久しぶりだなぁ」
「久しぶり、ゴン爺さん」
「お前が帰ってくるとはなぁ。なるほど、だからヒナタがいたのかぁ」
「ヒナタが?」

 ユウヤは辺りを見回して、そこでようやくあたしの存在に気付いた。
そのままこっちに寄ってくると、腰をかがめて指であたしのノドを撫でる。

「待っててくれたのか」

 その通り。だから感謝の思いを込めてもっとこしょこしょしなさい。

「ユウヤよぉ、しばらくこっちにいるのか?」
「ん? いや、2、3日で帰るよ」
「そうか、またすぐ行っちまうのか」

 ゴン爺に話しかけられて、ユウヤは再び立ち上がる。
当然、あたしのノドからはその手が離れていく。
このくそじじー、よくもあたしの幸せタイムをっ!!

 ――コラッ! 全然足りない! もっとっ!

と訴えてみても、所詮そこは人間と猫。ユウヤには通じるわけもない。
それでもあたしが不機嫌なのはわかったらしく、ちょっと待ってろのジェスチャー。

「ゴン爺、ヒナタも急かしてるしもう行くよ。また後で」

 そう言うと、ユウヤは荷物を持っていない方の手であたしを抱え上げる。

「ああ、じゃあなユウヤ。ヒナタも」


  * * * *


「ただいま」
「あら、おかえりなさい。ヒナちゃんも一緒だったの?」
「ああ、なんか駅で待ってた」

 ユウヤに抱かれたまま家に帰れば、マヤ母さんがあたしたちを出迎えてくれた。
 マヤ母さんはユウヤの母親で、あたしの飼い主だ。
ちょっとおっとりし過ぎてる気もするけど、優しい人。

「ユウちゃんの部屋は掃除しておいたから」
「ああ、ありがとう母さん」
「お墓参りは明日だから、今日はゆっくりしてていいわよ?」
「わかった……っと、降りるのか?」

 あたしが降ろしてと言うと、ユウヤは床に屈んであたしを離した。
ユウヤは、ある程度ならあたしが何を言いたいかわかってくれる。
でも、だからこそ、ぜんぶ伝わらないのが余計に悔しかったりもするんだけど。

「それじゃあ、わたしは買い物に行ってくるわね。お留守番おねがいしていいかしら?」
「わかった。テキトーに暇つぶしてるよ……ん?」
「あらあら、ヒナちゃんはユウちゃんにかまってほしいみたいね」

 あたしが足元からジーっと見上げてやると、ユウヤとマヤ母さんはそろってあたしのほうを見る。
マヤ母さんはいつも通りの笑顔だったけど、ユウヤはちょっと面倒臭げだった。
ひっかいてやろうかと思った。


  * * * *


 夜。
あたしは家の近くにある公園のベンチにいた。
この時期は夜でも蒸し暑いから、家の外にいるほうが楽だったり。
今はちょうどいい具合に風が吹いていて、花壇のヒマワリが揺れている。
 今日はユウヤとまったりしようと思ってたのに、ユウヤが帰ってきたって話を聞きつけた幼馴染(男)が来て、ユウヤをどこかへと連れ去っていった。
正直ヒマだったし、今のあたしはちょっと機嫌が悪かったりするワケで。
でも、そろそろ帰ってきてもいい頃のはず……あ、来た。

「あー……クソ、足がフラフラする……」

 ユウヤだ。
頭を押さえてるけど、辛そうな感じじゃない。近くまで来ると、少しお酒の匂いがした。
あたしが声を掛けると、こっちに気付いて隣に座る。

「なんだ、ヒナタ。また俺を待ってたのか?」

 そう言って、ユウヤは口の端を歪める。
悪そうな顔になるけど、これがユウヤの笑顔。
でも普段、ユウヤは滅多に笑わない。
今の笑顔は、たぶん酔ってるからだろう。

「……なあ、覚えてるか、ヒナタ」

 ベンチの向かいにある、雑草がたくさん生えた花壇。そこから頭2つくらい飛び出たヒマワリを見ながら、ユウヤがぽつりとつぶやいた。

「俺が小中学生の頃、お前はいつもこのベンチで俺の帰りを待ってた」

 ――覚えてるよ。
あの頃のあたしは、ユウヤと少しでも長く一緒にいたかったから。
自分で言うのも何だけど、若かったねー。
 ………。
……うん、ウソついた。今でもね、少しでも長く一緒にいたいよ。
できれば、帰るときにあたしも連れていってほしい。
でも――。

「もう、俺たちも20か……お前も長生きだよな……」

 そう、あたしは元々、ユウヤの誕生祝いとして家に来た。
だから当然、あたしたちは同い年なわけで。
だけど、人間と猫じゃ寿命がまるで違うわけで。
自分の体にガタが来てるのは、自分が一番分かってるわけで。
だからもう、いつ死んじゃってもおかしくないわけで。
 ――死にたくない。もっと、ずっとユウヤと一緒にいたいよ。
 ユウヤの膝の上に乗ると、頭を撫でてくれる。
あたしたちはそのまま、しばらく風にそよぐヒマワリを眺めていた。


  * * * *


 翌々日。
墓参りも終わって、ユウヤはまたナントカって所に行くために駅に向かう。
あたしも、その横を並んで歩く。
 駅につくと、今日もゴン爺が立っていた。

「やっぱりヒナタも来たかぁ。見送りだな」
「みたいだな。家からずっとついてきたんだ」
「赤ん坊の頃から一緒なだけあって、ほんに好かれてるよなぁ。」
「好きとかじゃなく、一緒にいるのが普通になってるんじゃないか?」

 ――ううん。好き、だよ。

 精一杯の気持ちを込めて、あたしは言った。
それでも、あたしの声は人間のユウヤには届かない。

「じゃあな、ヒナタ」

 最後にあたしのノドをさすって、ユウヤは電車に乗った。
あたしは後についていこうとする足を必死で抑えこんだ。
ガタガタと音を立てて、ユウヤが手動の扉を閉める。
 そして、電車は走りだした。
その影はどんどん小さくなって、やがて見えなくなる。
あたしは、線路の振動音だけしか聞こえなくなってもホームから動かなかった。

 ねえ、ユウヤ。
もし、あたしがユウヤと同じ人間だったら。
あたしは、ユウヤとずっと一緒にいられたのかな。
ユウヤが家を出ていったときも、ついていけたのかな。
ユウヤに……好きだって、伝えられたのかな。

 もし、今からでも人間になれたら――。


  * * * *


「……ん……?」

 目が覚めると、目の前には娘のアオイの顔のアップがあった。
どこと無く心配そうな、不思議そうな、そんな顔。

「ママ、なんでないてるの?」
「へ?」

 目元を拭うと、そこが濡れてるのがわかった。
眠ったままで涙を流してたみたいだ。

「ちょっと怖い夢を見ただけだよ。だいじょーぶ」

 アオイの頭に手をのせて、わしわしと撫でてやる。

「どうかしたか?」

 隣の部屋から、ユウヤが顔を出した。
心配してるっていうより、今度は何やらかしたんだって表情だけど。

「なんでもないよ、てゆーかユウにだけは絶対言わない」
「あー、そうかい」

 小さくため息をついて、ユウヤは顔を引っ込めた。



 あの後、いよいよ自分の死が迫ってるのを感じて家を出たあたしは、1人の女の人に出会った。
若く見えるのに髪は真っ白で、猫の言葉がわかる、すごくキレイなのになんか変な人。
ううん、たぶん人じゃなかったんだと思う。
あたしが話をしたら、その人はなんかブツブツ独り言を言って――気がついたら女の人はいなくなってて、あたしの身体はヒトっぽくなってた。
耳とか手足の先のほう、尻尾なんかは猫っぽかったけど、その気になればヒトと同じにできた。
 で、ユウヤの所に押しかけて、もう早10年。
猫だったあたしにヒトとしての、えーと、コセキ?ってのがいつの間にかあったり、あたしが猫からヒトになったって話をマヤ母さんだけは知ってたり。
よくわからないことはたくさんあったけど、きっと全部あの女の人が関係してるんだろう。
そう、まるでアオイを寝かしつけるのに読んであげた絵本に出てきた魔法使いみたいに。
 今じゃ大学生だったユウヤは会社員になり、小さなアパートはそこそこのマンションになった。
こんなふうになったあたしをユウヤが受け入れてくれて、結婚して、アオイが産まれて、ママ友達もできて。

「ねえ、ユウ」

 半分開いたままの扉に向けたつぶやき。
聞こえなくてもおかしくない、小さな声だったけど。

「なんだ」

 半開きの扉の向こうからは、答えが返ってきた。

「……ううん、やっぱいいや」
「そうか」

 ――人間の言葉が話せるようになっても、言えないもんだね。
もう10年も一緒に暮らしてるのに、ヘンなの。
たった一言なのに。


『あたし、幸せだよ』

12/01/14 02:19 かめやん


SSを書き始めたころのデータを発掘したので、半ば無理やりですが図鑑世界を絡めて再構成してみました。
世界観としては、『一部の強力な魔物娘が、一般的に知られない程度に図鑑世界から現れたり現れなかったり』という感じでしょうか。
恩返し系・押しかけ系の擬人嫁イベントはきっとこんな風に起きてる、という妄想。
[エロ魔物娘図鑑・SS投稿所]
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33