中編:淫魔と帰還
「ん……?」
ニースがぼんやりとしたまま目を開けると、魔界の濁った空が見えた。
まだ意識がはっきりしないため、五感は働かず、体は動かず、頭も回らない。
(僕は……やられた、のか?)
記憶もはっきりしない。
魔界に入った後で何があったのか、なぜ自分がこうして倒れているのか?
そんなことを考え出す程度に頭が動き出してはじめて、妙な感覚に気付いた。
柔らかいものを打ち付けるような音。
下腹部に重み。
そして、鈍い……快感?
「!!!?」
「んっ……ふ、はぁ、あら、やっとお目覚め?」
ニースは一気に覚醒し、頭を上げた。
その直後、艶っぽい声が彼に降ってくる。
そして彼は見た。
自らの下腹部に跨がり、腰を上下させるサキュバスを。
そして彼は知る。
そのサキュバスを貫いているのが、自らの男性器だということを。
――聖騎士であり、妻もある自分が、魔物と交わっていることを。
「あ、あぁ……ああああっ……」
「そんな怯えた顔しないでよ……気持ちイイでしょう? ほらッ」
「ああ……っ!?」
締め付けがキツくなり、性器への刺激が増す。
その快感にうめき声をあげるニースに満足げな笑みを向け、サキュバスは腰をグラインドさせる。
しかし。
「誰、がっ……貴様など、に……」
「もう。我慢なんてしなくていいのに」
ニースは堪え続ける。
とうの昔に射精していてもおかしくないというのに、彼は驚くべき精神力で堪えている。
サキュバスはそれにやや不満げな様子で、なお激しく彼を責めたてる。
「ぅあ、あ、ぐ、ひあっ!?」
「あはっ、大きくなってきたわね。そろそろご馳走してくれる?」
それでも、容赦なく続く責めにニースの快楽は否応なく高まっていく。
膣内で彼が張り詰め、震え始めたのを感じ、サキュバスは舌なめずり。
「レ、ノア……レノアぁ……」
「レノア? なぁに、恋人? それとも……」
そう言いながら腰の動きは止めずに、サキュバスはニースの左手に目をやる。
すでに鎧を剥がされたその薬指には、慎ましやかに輝く指輪があった。
「へぇ。あなた、奥さんがいたのね。……じゃあ、その奥さんもいずれ私と同じサキュバスにしてあげるわ。そしたら3人で楽しめるものね?」
サキュバスは怪しく笑い、ニースの顔を覗き込む。
(レノアを、魔物に……だと……?)
その言葉は、ニースの耳にこれまでになく響いた。
そして、サキュバスの魅了と快楽に堕ちつつあった彼の意識は、完全に覚醒した。
「うおああああああぁ!!」
「きゃあっ!?」
ニースは勢いよく上体を起こし、そのままサキュバスを突き飛ばした。
同時に、彼の性器もサキュバスの中から解放される。
周囲を見渡せば、彼の剣は近くに転がっていた。
彼は素早く立ち上がるとその剣を拾い、サキュバスへ向けて構える。
「まったく……強情っ張りなのねぇ。なら、これでどう?」
サキュバスは不機嫌な表情でゆらりと起き上がると、ニースに手のひらを向けた。
魔法か何かが飛んでくるのかと警戒したニースだが、何も起こらない。
「……どういうこと?」
それに困惑したのは、仕掛けたサキュバスの側だった。
それもそのはず、彼女が放ったのは強力な魅了の魔法だったのだから。
目には見えず、簡単な魔法防壁くらいならすりぬける。
だからこそ避けようがなく、直撃したのは間違いないはず。
なのに、ニースは変わらず彼女に敵意の視線を向け続けている。
「うおおおおっ!!」
「! しまっ――」
そしてその動揺をニースは見逃さなかった。
鎧を脱がされていたがゆえの身軽さでサキュバスに斬りかかる。
サキュバスは反応が遅れ、そして、彼の斬撃を避けることはできなかった。
風切り音に続いて、液体が地面に落ちる音。
「くそっ!」
「はあっ、はあっ、はあっ……」
剣を振り切ったニースは苦々しげに上を見る。
そこには傷口から血を垂らし、息を切らしつつ空中に浮くサキュバスの姿。
「残念……だけど、今日はここまでみたいね……」
「待てっ!」
ニースの叫びもむなしく、サキュバスは傷口を庇いながら翼をはためかせて去っていった。
「くっ……」
しばらくサキュバスが飛んでいった方向を睨んでいたニースだが、やがて周囲に散乱していた服や鎧を身につけ、歩きだした。
* * * *
部隊壊滅の報告が入った数日後。
広場では犠牲となった騎士たちを悼む集会が開かれていた。
そしてその集会も、もうすぐ終わろうかというところ。
集会の最後に行われるのは、彼らが旅立っていった方角に向かっての祈り。
そのために、人々は広場から門まで列を成して歩いている。
その列の中には、手向けの花を手にしたレノアも混じっていた。
(ニース……)
「あの……大丈夫ですか?」
そう声をかけられた方をレノアが見れば、そこにいるのは純白の衣装と翼を持ち、頭上に光の輪を浮かべた女の子。
神の、天界の使者、エンジェル。
ニースたちが出発した、そのほんの数日後にこの町に遣わされたのだった。
「ええ……ご心配をおかけして申し訳ありません、天使様」
「わたしが来るのがもう少し早ければ……」
申し訳なさそうに眉を八の字にして、エンジェルはうなだれる。
たしかに、レノアにもそういった考えがなかったとは言い切れない。
もし、彼女があと数日早くこの町に降りてきていれば。
もし、彼女が斥候部隊と一緒に行っていたなら。
「いえ……天使様のせいではありませんよ」
「……ありがとう、ございます」
しかし、そう言って彼女を責めてもどうにもならない。
レノアは微笑むが、その表情は明らかに無理をしているようで力もなく。
そんな彼女の赤く腫れた目元を見ては、エンジェルもそれ以上何も言えなかった。
「……おい、アレは何だ?」
皆が並んでの祈りの最中、1人がそう言って指さした。
すると、彼を中心として円が広がるように周りの人々もそちらを見る。
人々の視線の先には、ゆっくりと動く1つの影。
手にした何かを杖のように地面につきながら、たしかにこちらへ向かっていた。
「あれは……聖騎士の鎧! 聖騎士が戻ってきたんだ!」
「生き残りがいたんだ!!」
やがて近付くにつれ、その姿が明らかになる。
死んだものと思われていた聖騎士の思わぬ帰還に、人々はにわかに色めき立った。
「おい皆! あいつを助けに行くぞ!」
「ああ! 激しい戦いを生き延びて戻ってきたんだ、疲れてるハズだ!」
そして、1人また1人と彼に駆け寄っていく。
『〇〇が帰って来たんじゃないか』
人々の心には、それぞれ思う相手の顔が浮かんでいただろう。
(ニース……ニース!)
レノアももちろん、そのうちの1人だった。
「おい、大丈夫か!?」
「なんとか……」
そして、傍らの男性によってその兜が外され、その顔があらわになった。
「あ……ああっ……」
その瞬間、レノアは涙が込み上げた。
持っていた花を取り落とし、フラフラとよろめくように人ごみから抜け出る。
こぼれ落ちる涙をそのままに、信じられないといった面持ちで騎士へと近付く。
「ただいま……レノア」
「あなたぁっ!!」
そんな彼女に向けて、ニースは疲れきった顔ながらも微笑んだ。
それをきっかけにしたかのように、レノアはニースへと駆け寄り――
「待ってください」
しかし、エンジェルが空から彼女の前に降り立ち、彼女の道を塞いだ。
今の今までの空気をまったく無視したその行為。
自然、人々の疑問の視線がエンジェルへと集中する。
「あなたたちも、その人から離れてください」
エンジェルはニースへと向き直ると、彼を横で支えていた男性たちを下がらせた。
ニースを見るその視線には、蔑むような色がありありと浮かんでいる。
彼女の纏うただならぬ雰囲気に、ニースとレノアを含めた誰もが動けずにいた。
「天使様……?」
「いったい何なんだ……?」
周囲の人々の戸惑いに答えるように、エンジェルはニースを指差し、告げた。
「あなたから、魔のモノの気配を感じます。穢れた魔力を」
ニースがぼんやりとしたまま目を開けると、魔界の濁った空が見えた。
まだ意識がはっきりしないため、五感は働かず、体は動かず、頭も回らない。
(僕は……やられた、のか?)
記憶もはっきりしない。
魔界に入った後で何があったのか、なぜ自分がこうして倒れているのか?
そんなことを考え出す程度に頭が動き出してはじめて、妙な感覚に気付いた。
柔らかいものを打ち付けるような音。
下腹部に重み。
そして、鈍い……快感?
「!!!?」
「んっ……ふ、はぁ、あら、やっとお目覚め?」
ニースは一気に覚醒し、頭を上げた。
その直後、艶っぽい声が彼に降ってくる。
そして彼は見た。
自らの下腹部に跨がり、腰を上下させるサキュバスを。
そして彼は知る。
そのサキュバスを貫いているのが、自らの男性器だということを。
――聖騎士であり、妻もある自分が、魔物と交わっていることを。
「あ、あぁ……ああああっ……」
「そんな怯えた顔しないでよ……気持ちイイでしょう? ほらッ」
「ああ……っ!?」
締め付けがキツくなり、性器への刺激が増す。
その快感にうめき声をあげるニースに満足げな笑みを向け、サキュバスは腰をグラインドさせる。
しかし。
「誰、がっ……貴様など、に……」
「もう。我慢なんてしなくていいのに」
ニースは堪え続ける。
とうの昔に射精していてもおかしくないというのに、彼は驚くべき精神力で堪えている。
サキュバスはそれにやや不満げな様子で、なお激しく彼を責めたてる。
「ぅあ、あ、ぐ、ひあっ!?」
「あはっ、大きくなってきたわね。そろそろご馳走してくれる?」
それでも、容赦なく続く責めにニースの快楽は否応なく高まっていく。
膣内で彼が張り詰め、震え始めたのを感じ、サキュバスは舌なめずり。
「レ、ノア……レノアぁ……」
「レノア? なぁに、恋人? それとも……」
そう言いながら腰の動きは止めずに、サキュバスはニースの左手に目をやる。
すでに鎧を剥がされたその薬指には、慎ましやかに輝く指輪があった。
「へぇ。あなた、奥さんがいたのね。……じゃあ、その奥さんもいずれ私と同じサキュバスにしてあげるわ。そしたら3人で楽しめるものね?」
サキュバスは怪しく笑い、ニースの顔を覗き込む。
(レノアを、魔物に……だと……?)
その言葉は、ニースの耳にこれまでになく響いた。
そして、サキュバスの魅了と快楽に堕ちつつあった彼の意識は、完全に覚醒した。
「うおああああああぁ!!」
「きゃあっ!?」
ニースは勢いよく上体を起こし、そのままサキュバスを突き飛ばした。
同時に、彼の性器もサキュバスの中から解放される。
周囲を見渡せば、彼の剣は近くに転がっていた。
彼は素早く立ち上がるとその剣を拾い、サキュバスへ向けて構える。
「まったく……強情っ張りなのねぇ。なら、これでどう?」
サキュバスは不機嫌な表情でゆらりと起き上がると、ニースに手のひらを向けた。
魔法か何かが飛んでくるのかと警戒したニースだが、何も起こらない。
「……どういうこと?」
それに困惑したのは、仕掛けたサキュバスの側だった。
それもそのはず、彼女が放ったのは強力な魅了の魔法だったのだから。
目には見えず、簡単な魔法防壁くらいならすりぬける。
だからこそ避けようがなく、直撃したのは間違いないはず。
なのに、ニースは変わらず彼女に敵意の視線を向け続けている。
「うおおおおっ!!」
「! しまっ――」
そしてその動揺をニースは見逃さなかった。
鎧を脱がされていたがゆえの身軽さでサキュバスに斬りかかる。
サキュバスは反応が遅れ、そして、彼の斬撃を避けることはできなかった。
風切り音に続いて、液体が地面に落ちる音。
「くそっ!」
「はあっ、はあっ、はあっ……」
剣を振り切ったニースは苦々しげに上を見る。
そこには傷口から血を垂らし、息を切らしつつ空中に浮くサキュバスの姿。
「残念……だけど、今日はここまでみたいね……」
「待てっ!」
ニースの叫びもむなしく、サキュバスは傷口を庇いながら翼をはためかせて去っていった。
「くっ……」
しばらくサキュバスが飛んでいった方向を睨んでいたニースだが、やがて周囲に散乱していた服や鎧を身につけ、歩きだした。
* * * *
部隊壊滅の報告が入った数日後。
広場では犠牲となった騎士たちを悼む集会が開かれていた。
そしてその集会も、もうすぐ終わろうかというところ。
集会の最後に行われるのは、彼らが旅立っていった方角に向かっての祈り。
そのために、人々は広場から門まで列を成して歩いている。
その列の中には、手向けの花を手にしたレノアも混じっていた。
(ニース……)
「あの……大丈夫ですか?」
そう声をかけられた方をレノアが見れば、そこにいるのは純白の衣装と翼を持ち、頭上に光の輪を浮かべた女の子。
神の、天界の使者、エンジェル。
ニースたちが出発した、そのほんの数日後にこの町に遣わされたのだった。
「ええ……ご心配をおかけして申し訳ありません、天使様」
「わたしが来るのがもう少し早ければ……」
申し訳なさそうに眉を八の字にして、エンジェルはうなだれる。
たしかに、レノアにもそういった考えがなかったとは言い切れない。
もし、彼女があと数日早くこの町に降りてきていれば。
もし、彼女が斥候部隊と一緒に行っていたなら。
「いえ……天使様のせいではありませんよ」
「……ありがとう、ございます」
しかし、そう言って彼女を責めてもどうにもならない。
レノアは微笑むが、その表情は明らかに無理をしているようで力もなく。
そんな彼女の赤く腫れた目元を見ては、エンジェルもそれ以上何も言えなかった。
「……おい、アレは何だ?」
皆が並んでの祈りの最中、1人がそう言って指さした。
すると、彼を中心として円が広がるように周りの人々もそちらを見る。
人々の視線の先には、ゆっくりと動く1つの影。
手にした何かを杖のように地面につきながら、たしかにこちらへ向かっていた。
「あれは……聖騎士の鎧! 聖騎士が戻ってきたんだ!」
「生き残りがいたんだ!!」
やがて近付くにつれ、その姿が明らかになる。
死んだものと思われていた聖騎士の思わぬ帰還に、人々はにわかに色めき立った。
「おい皆! あいつを助けに行くぞ!」
「ああ! 激しい戦いを生き延びて戻ってきたんだ、疲れてるハズだ!」
そして、1人また1人と彼に駆け寄っていく。
『〇〇が帰って来たんじゃないか』
人々の心には、それぞれ思う相手の顔が浮かんでいただろう。
(ニース……ニース!)
レノアももちろん、そのうちの1人だった。
「おい、大丈夫か!?」
「なんとか……」
そして、傍らの男性によってその兜が外され、その顔があらわになった。
「あ……ああっ……」
その瞬間、レノアは涙が込み上げた。
持っていた花を取り落とし、フラフラとよろめくように人ごみから抜け出る。
こぼれ落ちる涙をそのままに、信じられないといった面持ちで騎士へと近付く。
「ただいま……レノア」
「あなたぁっ!!」
そんな彼女に向けて、ニースは疲れきった顔ながらも微笑んだ。
それをきっかけにしたかのように、レノアはニースへと駆け寄り――
「待ってください」
しかし、エンジェルが空から彼女の前に降り立ち、彼女の道を塞いだ。
今の今までの空気をまったく無視したその行為。
自然、人々の疑問の視線がエンジェルへと集中する。
「あなたたちも、その人から離れてください」
エンジェルはニースへと向き直ると、彼を横で支えていた男性たちを下がらせた。
ニースを見るその視線には、蔑むような色がありありと浮かんでいる。
彼女の纏うただならぬ雰囲気に、ニースとレノアを含めた誰もが動けずにいた。
「天使様……?」
「いったい何なんだ……?」
周囲の人々の戸惑いに答えるように、エンジェルはニースを指差し、告げた。
「あなたから、魔のモノの気配を感じます。穢れた魔力を」
11/11/03 00:12更新 / かめやん
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