砂漠の暗殺者がこんなにドジっ娘なわけがない
砂漠を旅している道中のこと。
一面砂だらけのその場所で、俺はおかしなものを目にした。
「む〜〜! ん゙〜〜!」
それは。
「ん゙ん゙〜〜〜!」
砂の中に頭だけが埋まった状態でもがく。
「もが〜〜〜!」
ギルタブリルだった。
「……なんだアレ」
尻尾を振り回し、足をわさわささせ、腕とハサミで砂をざくざく掘りながら頭を砂に突っ込んでいる。
それがあまりにもあまりな姿だったために、俺は思わず呟いた。
だって、ギルタブリルだぞ?
砂の中を気配もなく進み、その毒針で男を 襲うっていう、あの魔物だぞ?
アレ、どう見ても砂に潜れてないぞ?
つーか、むしろ頭が抜けなくなってるように見えるぞ?
「おいアンタ、なにしてんだ?」
あまりのダメっぷりに、俺はつい彼女に声をかけてしまった。
「も!? もがむぐぐ、むう〜〜!?」
ヒュンッ!
「うおぃ!?」
瞬間、毒針つきの尻尾が勢いよく俺の方へ突き出された。
俺は素早く後ろへ下がり、間一髪でかわす。
「いきなり何すんだよ!?」
「もご、むぐぅ」
俺が怒鳴ると、まるで頭でそうするかのように尻尾の先がぺこりと下がった。
向こうの声はもごむぐ音でしか聞こえないが、こっちの声は聞こえているらしい。
「……あー、なんだ。アンタ、もしかして抜けないのか?」
その問い掛けに、尻尾がコクコクと頷く(と言っていいのかわからんが)。
そして、その尻尾を俺の前に真っすぐ差し出す。
「尻尾を引っ張りゃいいのか?」
彼女は再度、尻尾の先で頷く。
俺は背負った荷物を脇に置いて、先端の毒針に注意しつつその尻尾を掴んだ。
「いくぞ。せーのっ!」
最初は足を踏ん張り、腕の力だけで引いてみる。
だが、彼女の体はびくともしない。
いったいどうやったら頭だけでそんなにしっかり埋まるのかわからんが、事実埋まっちまってるんだからしかたない。
「ぐ、くうううっ」
体重を後ろにかけ、背中から倒れるようにしてみる。
すると、かなりゆっくりではあるが彼女が後退し始めた。
でも、油断はできない。
こういうのはえてして、力を緩めた瞬間にもとの木阿弥になっちまうもんだからだ。
「もう、少しっ……だらああああっ!!」
体がほとんど地面と水平になった状態で膝を曲げ、砂地を踏み締め、足を伸ばす力で後ろへ下がる。
膝が伸びきった瞬間、腕に抱えた尻尾の抵抗が突然無くなり、俺は仰向けに地面に倒れた。
「……抜けたのか?」
背中や後頭部についた砂を払いながら起き上がると、地面に張り付くように俯せになったギルタブリルが見えた。
頭もちゃんと地面の上にあるし、どうやら無事抜けたらしい。
「おいアンタ、大丈夫か?」
放置して立ち去るのもどうかと思ったので、その背中に声をかけてみる。
もちろん、尻尾の毒針に刺されないよう十二分に距離をとり、荷物も背負い直してすぐ逃げられるようにしたうえでだ。
旅の中で見てきた、魔物を嫁にした連中の中には、恩返しという名目で襲われた奴もいるから、当然の対応だろう。
なんとなくダメな奴だろうなとは思うけど、仮にも『砂漠の暗殺者』だしな。
「あうぅ、助かりました〜」
彼女はのそのそと起き上がると、こっちを向いてぺこりと頭を下げた。
その態度からも表情からも、穏和でちょっとトロい雰囲気が漂う。
はっきり言って、まったくギルタブリルらしくない。
さっきの状況から考えても、彼女は種族の典型から外れた異端らしい。
「わたし、レガーナって言います。助けてくれて本当にありがとうございます〜」
「はぁ……」
「昔から上手く砂に潜れなくてぇ……みんなにバカにされるんですよぉ」
「あー……」
なんというか、拍子抜けだった。予想以上にチョロそうなヤツだ。
ギルタブリルと話してるというより、フェアリーとかワーシープとか、その辺りと話してるような気がしてくる。
「あっ! そうだ〜、何かお礼しないといけませんよね?」
彼女は両手を合わせ、1人で勝手にそうだそうだと頷く。
昔、まったく同じ動作をしたホルスタウロスがいたなあ……とか考えながら、俺は彼女の提案に先回りして答えを返した。
「嫁ならいらねーぞ」
「はひぇっ!? な、なんでわたしが考えてることわかったんですかぁ!?」
「経験測だ」
案の定、図星だったらしい。
「でもでも〜、何もしないのもなんだか悪いですよぅ」
そう言いながら、意識しなければ気づけない程のスローモーションでにじり寄ってくる。
油断してボーッとしていれば毒針の射程圏内に入ってしまうわけだが、そんなヘマはしない。
俺もまた同じスピードで後退し、一定の距離を維持する。
「いらねーよ」
「まあまあ、そう遠慮しないでいいですからぁ」
「いいからもう帰れ、ほら、ターン&ハウス!」
「あ、じゃあわたしのウチでご飯とかどうですか〜?」
「全力で断らせてもらう!」
近づき、離れ、近づき、離れ。
ダメだ、このままじゃラチが開かない。
「……あ!」
俺は何かに驚いた声と表情を作り、彼女の後方を指差した。
あまりにも古典的すぎて、最近ではネタですらほとんど見なくなった手法。
いくらなんでも引っ掛からないと思ったが、もうヤケだった。
「ふぇ?」
だが、驚くほど簡単に彼女は振り向き、俺から目を離す。
引っ掛かりやがった!? どこまで馬鹿だこのサソリ女!?
まあいい、とにかくチャンスだ!
俺は彼女に背を向け、全速力で走り出す。
「あっ!? ちょっと待っ――きゃあああぁ!?」
謎の悲鳴の直後、砂に何かが突っ込むボスンという音。
そして、俺の耳に聞こえてきたのは。
「む゙〜〜! もが〜〜!!」
ついさっき聞いたのとまったく同じ、もごむぐ音だった。
※※
「で、だ」
砂地にあぐらをかく俺の目の前には、地面にはりつくように横たわるサソリ女。
彼女の頭に貼った拘束の魔法符が、体の動きを封じ込めている。
さらに念のため、尻尾にはもう1枚別に貼ってある。
「ごめんなさいありがとうございますごめんなさい! 刺しませんからぁ、もう襲おうとしませんからぁ、コレ剥がしてくださいよぅ」
「信用できるかぁ!」
この状況でそれが通じると、本気で思っているのかも知れない。
コイツがそれくらいに馬鹿なのはよくわかった。
ただ、このままだといつまでも付き纏われる気がする。
その予感はたぶん、あながち間違っちゃいないだろう。
行く先々で半分埋まったギルタブリルに出会うとか……シュールすぎる。
「……要するに、お前の礼とやらを俺が受け取ればいいんだよな?」
「はいっ! じゃあじゃあ、わたしがあなたのお家に行ってもいいですよぅ?」
「言ったろ、嫁はいらねー。あと俺に家はねえ」
つーかその場合、礼とか言いながら、どう考えても得するのは向こう側だと思うんだ。
俺は毎日毎日めった刺しにされて、まともに動くことさえできなくなっちまうんだろうし。
「どうしても礼をしなきゃ気が済まないってんなら……そうだな、アンタの毒を少しわけてくれ」
「ふぇ? 毒って、尻尾のですか?」
「そう」
ギルタブリルの毒の効果は、数ある魔物由来の精力剤の中でも強力な部類らしい。
でも、彼女たちと接触して取引することは難しいだろうし、市場に出ればけっこうな高値がつくだろう。
「別にいいですけど……」
「うし」
俺は彼女の背後へまわると、尻尾の毒針の先を懐から出した空き瓶に突っ込んだ。
あまり大きな瓶じゃない。入ってもせいぜい80mlってとこだ。
それでも、それなりの値段はつくと思う。
「いいぞ、出してくれ」
「えと、出せって言われても……」
困ったような表情の彼女。
尻尾からは、1滴の毒液も出てくる様子はない。
「もしかして、なんか刺さないと毒は出ないのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「じゃあどうすりゃ出るんだよ」
言いながら、俺は彼女の尻尾をあちこち押したりさすったりしてみる。
しかし、それでも毒は出てこない。
「うぅ……動けなくした相手に好き勝手して……Sですか!? おねえちゃん達と同じドSなんですかぁ!?」
「人聞きの悪い言い方すんな! アンタがさっさと出せばいいんだろうが!」
「……いいんですね? わたし、知りませんからね? あなたが出せって言ったんですからねぇ!?」
彼女が半ばヤケ気味に叫ぶと、針の先からじわじわと液体がしみだし、瓶の中にポタポタと垂れ始める。
「んっ……ん、く、ぁうぅぅ……」
彼女たちギルタブリルの体がどうなってるかは知らんが、意識的に毒を出すのは人間で言うところの踏ん張るようなものなんだろうか。
彼女はギュッと目をつむり、歯を食いしばって体に力を込めている。
「ぅ、はぁ、はあっ……く、んぅぅっ……」
だんだんと毒液のしみでるペースも上がってくる。
瓶を見れば、もう3分の2くらいまで溜まっていた。
「あー、もういいぜ。ストップ、ストーップ」
毒液が止まるのを待ってから、俺は尻尾を持って瓶の中から取り出し
ドスッ。
「……え?」
右手に掴んでいたはずの尻尾、その先端が。
瓶を持つ左手の手首に、深々と突き刺さっていた。
「……な、ななんでででで」
体が動かない。舌もうまく動かない。
息が荒くなる。体が、特に下の方が熱い。
もう毒が体に回ってるのか。早過ぎるだろコレはいくらなんでも。
左手の瓶が、力の入らない手から滑り落ち――
「おっと」
しかしその瓶は地面に落ちることなく、横から伸びてきた手にかっさらわれる。
「ふふっ、まさかこんなに出させるなんてね。知ってる? 毒を出すときってね、私たちもキモチヨクなっちゃうのよ」
受け止めた手の主は、彼女だった。
だが、その表情はさっきまでとは似ても似つかない、嗜虐的なもの。
というか、なんで動けるんだ。魔法符の効果が切れたにしては早過ぎる。
「お、おお、おまええ……」
「うふふふふ、あんな欠陥品で動けなくなるわけないでしょう? それに、砂に潜れないギルタブリルが本当にいると思った? 演技よ、え・ん・ぎ。最初からぜ〜んぶ、ね。まんまと騙されたわね?」
演技? 最初からって、頭が埋まってた所からか?
だが、なんでそんな面倒なことをした?
「なんであんなことを、っていう顔ね? いいわよ、教えてあげる」
ニンマリという表現がぴったりはまる顔で、彼女は硬くそそり立ちテントを張る俺のモノを撫でる。
それだけで、俺の中を凄まじい快感が走り抜けていく。
「私ね、お人よしの男が欲しかったのよ。だけど、普通に襲ったんじゃそんなのわからないでしょ? 考えたのよ、どうすればお人よしを捕まえられるか。ドンピシャだったわ、ホント」
もう1度、ダメ押しのように俺に毒針を突き立て、彼女は舌なめずりをした。
「ふふふっ……私もそろそろ我慢の限界。行きましょうか、私の家。2人の愛の巣へ」
「おおま、まえええ」
「妻のことを、おまえ呼ばわりしないでほしいわ。ちゃんと名前で、レガーナって呼んでね、ア・ナ・タ」
頬を赤く染め、上機嫌に目を細める彼女の尻尾に絡め取られながら、俺は自分の愚かさを呪った。
砂漠の暗殺者が、あんなにドジっ娘なわけがなかったじゃないか――。
一面砂だらけのその場所で、俺はおかしなものを目にした。
「む〜〜! ん゙〜〜!」
それは。
「ん゙ん゙〜〜〜!」
砂の中に頭だけが埋まった状態でもがく。
「もが〜〜〜!」
ギルタブリルだった。
「……なんだアレ」
尻尾を振り回し、足をわさわささせ、腕とハサミで砂をざくざく掘りながら頭を砂に突っ込んでいる。
それがあまりにもあまりな姿だったために、俺は思わず呟いた。
だって、ギルタブリルだぞ?
砂の中を気配もなく進み、その毒針で男を 襲うっていう、あの魔物だぞ?
アレ、どう見ても砂に潜れてないぞ?
つーか、むしろ頭が抜けなくなってるように見えるぞ?
「おいアンタ、なにしてんだ?」
あまりのダメっぷりに、俺はつい彼女に声をかけてしまった。
「も!? もがむぐぐ、むう〜〜!?」
ヒュンッ!
「うおぃ!?」
瞬間、毒針つきの尻尾が勢いよく俺の方へ突き出された。
俺は素早く後ろへ下がり、間一髪でかわす。
「いきなり何すんだよ!?」
「もご、むぐぅ」
俺が怒鳴ると、まるで頭でそうするかのように尻尾の先がぺこりと下がった。
向こうの声はもごむぐ音でしか聞こえないが、こっちの声は聞こえているらしい。
「……あー、なんだ。アンタ、もしかして抜けないのか?」
その問い掛けに、尻尾がコクコクと頷く(と言っていいのかわからんが)。
そして、その尻尾を俺の前に真っすぐ差し出す。
「尻尾を引っ張りゃいいのか?」
彼女は再度、尻尾の先で頷く。
俺は背負った荷物を脇に置いて、先端の毒針に注意しつつその尻尾を掴んだ。
「いくぞ。せーのっ!」
最初は足を踏ん張り、腕の力だけで引いてみる。
だが、彼女の体はびくともしない。
いったいどうやったら頭だけでそんなにしっかり埋まるのかわからんが、事実埋まっちまってるんだからしかたない。
「ぐ、くうううっ」
体重を後ろにかけ、背中から倒れるようにしてみる。
すると、かなりゆっくりではあるが彼女が後退し始めた。
でも、油断はできない。
こういうのはえてして、力を緩めた瞬間にもとの木阿弥になっちまうもんだからだ。
「もう、少しっ……だらああああっ!!」
体がほとんど地面と水平になった状態で膝を曲げ、砂地を踏み締め、足を伸ばす力で後ろへ下がる。
膝が伸びきった瞬間、腕に抱えた尻尾の抵抗が突然無くなり、俺は仰向けに地面に倒れた。
「……抜けたのか?」
背中や後頭部についた砂を払いながら起き上がると、地面に張り付くように俯せになったギルタブリルが見えた。
頭もちゃんと地面の上にあるし、どうやら無事抜けたらしい。
「おいアンタ、大丈夫か?」
放置して立ち去るのもどうかと思ったので、その背中に声をかけてみる。
もちろん、尻尾の毒針に刺されないよう十二分に距離をとり、荷物も背負い直してすぐ逃げられるようにしたうえでだ。
旅の中で見てきた、魔物を嫁にした連中の中には、恩返しという名目で襲われた奴もいるから、当然の対応だろう。
なんとなくダメな奴だろうなとは思うけど、仮にも『砂漠の暗殺者』だしな。
「あうぅ、助かりました〜」
彼女はのそのそと起き上がると、こっちを向いてぺこりと頭を下げた。
その態度からも表情からも、穏和でちょっとトロい雰囲気が漂う。
はっきり言って、まったくギルタブリルらしくない。
さっきの状況から考えても、彼女は種族の典型から外れた異端らしい。
「わたし、レガーナって言います。助けてくれて本当にありがとうございます〜」
「はぁ……」
「昔から上手く砂に潜れなくてぇ……みんなにバカにされるんですよぉ」
「あー……」
なんというか、拍子抜けだった。予想以上にチョロそうなヤツだ。
ギルタブリルと話してるというより、フェアリーとかワーシープとか、その辺りと話してるような気がしてくる。
「あっ! そうだ〜、何かお礼しないといけませんよね?」
彼女は両手を合わせ、1人で勝手にそうだそうだと頷く。
昔、まったく同じ動作をしたホルスタウロスがいたなあ……とか考えながら、俺は彼女の提案に先回りして答えを返した。
「嫁ならいらねーぞ」
「はひぇっ!? な、なんでわたしが考えてることわかったんですかぁ!?」
「経験測だ」
案の定、図星だったらしい。
「でもでも〜、何もしないのもなんだか悪いですよぅ」
そう言いながら、意識しなければ気づけない程のスローモーションでにじり寄ってくる。
油断してボーッとしていれば毒針の射程圏内に入ってしまうわけだが、そんなヘマはしない。
俺もまた同じスピードで後退し、一定の距離を維持する。
「いらねーよ」
「まあまあ、そう遠慮しないでいいですからぁ」
「いいからもう帰れ、ほら、ターン&ハウス!」
「あ、じゃあわたしのウチでご飯とかどうですか〜?」
「全力で断らせてもらう!」
近づき、離れ、近づき、離れ。
ダメだ、このままじゃラチが開かない。
「……あ!」
俺は何かに驚いた声と表情を作り、彼女の後方を指差した。
あまりにも古典的すぎて、最近ではネタですらほとんど見なくなった手法。
いくらなんでも引っ掛からないと思ったが、もうヤケだった。
「ふぇ?」
だが、驚くほど簡単に彼女は振り向き、俺から目を離す。
引っ掛かりやがった!? どこまで馬鹿だこのサソリ女!?
まあいい、とにかくチャンスだ!
俺は彼女に背を向け、全速力で走り出す。
「あっ!? ちょっと待っ――きゃあああぁ!?」
謎の悲鳴の直後、砂に何かが突っ込むボスンという音。
そして、俺の耳に聞こえてきたのは。
「む゙〜〜! もが〜〜!!」
ついさっき聞いたのとまったく同じ、もごむぐ音だった。
※※
「で、だ」
砂地にあぐらをかく俺の目の前には、地面にはりつくように横たわるサソリ女。
彼女の頭に貼った拘束の魔法符が、体の動きを封じ込めている。
さらに念のため、尻尾にはもう1枚別に貼ってある。
「ごめんなさいありがとうございますごめんなさい! 刺しませんからぁ、もう襲おうとしませんからぁ、コレ剥がしてくださいよぅ」
「信用できるかぁ!」
この状況でそれが通じると、本気で思っているのかも知れない。
コイツがそれくらいに馬鹿なのはよくわかった。
ただ、このままだといつまでも付き纏われる気がする。
その予感はたぶん、あながち間違っちゃいないだろう。
行く先々で半分埋まったギルタブリルに出会うとか……シュールすぎる。
「……要するに、お前の礼とやらを俺が受け取ればいいんだよな?」
「はいっ! じゃあじゃあ、わたしがあなたのお家に行ってもいいですよぅ?」
「言ったろ、嫁はいらねー。あと俺に家はねえ」
つーかその場合、礼とか言いながら、どう考えても得するのは向こう側だと思うんだ。
俺は毎日毎日めった刺しにされて、まともに動くことさえできなくなっちまうんだろうし。
「どうしても礼をしなきゃ気が済まないってんなら……そうだな、アンタの毒を少しわけてくれ」
「ふぇ? 毒って、尻尾のですか?」
「そう」
ギルタブリルの毒の効果は、数ある魔物由来の精力剤の中でも強力な部類らしい。
でも、彼女たちと接触して取引することは難しいだろうし、市場に出ればけっこうな高値がつくだろう。
「別にいいですけど……」
「うし」
俺は彼女の背後へまわると、尻尾の毒針の先を懐から出した空き瓶に突っ込んだ。
あまり大きな瓶じゃない。入ってもせいぜい80mlってとこだ。
それでも、それなりの値段はつくと思う。
「いいぞ、出してくれ」
「えと、出せって言われても……」
困ったような表情の彼女。
尻尾からは、1滴の毒液も出てくる様子はない。
「もしかして、なんか刺さないと毒は出ないのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「じゃあどうすりゃ出るんだよ」
言いながら、俺は彼女の尻尾をあちこち押したりさすったりしてみる。
しかし、それでも毒は出てこない。
「うぅ……動けなくした相手に好き勝手して……Sですか!? おねえちゃん達と同じドSなんですかぁ!?」
「人聞きの悪い言い方すんな! アンタがさっさと出せばいいんだろうが!」
「……いいんですね? わたし、知りませんからね? あなたが出せって言ったんですからねぇ!?」
彼女が半ばヤケ気味に叫ぶと、針の先からじわじわと液体がしみだし、瓶の中にポタポタと垂れ始める。
「んっ……ん、く、ぁうぅぅ……」
彼女たちギルタブリルの体がどうなってるかは知らんが、意識的に毒を出すのは人間で言うところの踏ん張るようなものなんだろうか。
彼女はギュッと目をつむり、歯を食いしばって体に力を込めている。
「ぅ、はぁ、はあっ……く、んぅぅっ……」
だんだんと毒液のしみでるペースも上がってくる。
瓶を見れば、もう3分の2くらいまで溜まっていた。
「あー、もういいぜ。ストップ、ストーップ」
毒液が止まるのを待ってから、俺は尻尾を持って瓶の中から取り出し
ドスッ。
「……え?」
右手に掴んでいたはずの尻尾、その先端が。
瓶を持つ左手の手首に、深々と突き刺さっていた。
「……な、ななんでででで」
体が動かない。舌もうまく動かない。
息が荒くなる。体が、特に下の方が熱い。
もう毒が体に回ってるのか。早過ぎるだろコレはいくらなんでも。
左手の瓶が、力の入らない手から滑り落ち――
「おっと」
しかしその瓶は地面に落ちることなく、横から伸びてきた手にかっさらわれる。
「ふふっ、まさかこんなに出させるなんてね。知ってる? 毒を出すときってね、私たちもキモチヨクなっちゃうのよ」
受け止めた手の主は、彼女だった。
だが、その表情はさっきまでとは似ても似つかない、嗜虐的なもの。
というか、なんで動けるんだ。魔法符の効果が切れたにしては早過ぎる。
「お、おお、おまええ……」
「うふふふふ、あんな欠陥品で動けなくなるわけないでしょう? それに、砂に潜れないギルタブリルが本当にいると思った? 演技よ、え・ん・ぎ。最初からぜ〜んぶ、ね。まんまと騙されたわね?」
演技? 最初からって、頭が埋まってた所からか?
だが、なんでそんな面倒なことをした?
「なんであんなことを、っていう顔ね? いいわよ、教えてあげる」
ニンマリという表現がぴったりはまる顔で、彼女は硬くそそり立ちテントを張る俺のモノを撫でる。
それだけで、俺の中を凄まじい快感が走り抜けていく。
「私ね、お人よしの男が欲しかったのよ。だけど、普通に襲ったんじゃそんなのわからないでしょ? 考えたのよ、どうすればお人よしを捕まえられるか。ドンピシャだったわ、ホント」
もう1度、ダメ押しのように俺に毒針を突き立て、彼女は舌なめずりをした。
「ふふふっ……私もそろそろ我慢の限界。行きましょうか、私の家。2人の愛の巣へ」
「おおま、まえええ」
「妻のことを、おまえ呼ばわりしないでほしいわ。ちゃんと名前で、レガーナって呼んでね、ア・ナ・タ」
頬を赤く染め、上機嫌に目を細める彼女の尻尾に絡め取られながら、俺は自分の愚かさを呪った。
砂漠の暗殺者が、あんなにドジっ娘なわけがなかったじゃないか――。
11/02/06 00:13更新 / かめやん