一晩だけいっしょに
サキュバス
みんなの憧れサキュバス
でも実際いたら超迷惑サキュバス
寝てる間は天国だが起きたら餓死っぽくなってるサキュバス
枕元に牛乳置いとくと、精液と間違って持っていくバカ…サキュバス
(匂い嗅げよと思う)
そんなホントは欠点だらけのサキュバスが
男の子の目の前に
「あー…マジかー…」
黒いハイレグ、しかもスリングショットな胸部は、巨乳を隠すには小さすぎる
側頭部からぴょこりんと生えた小さい羽、さらに、よりより大きい羽が肩甲骨から生えている
それも、なんかコウモリっぽい羽だ
髪は白く輝く長髪、鮮血を垂らしたかのような赤い瞳、ハリウッドのスーパースターのような美顔…
「納豆食えないんだけど、あたし」
「文句言わないでよ、ただでさえおかずないんだから」
…が、目の前で箸にキュウリの漬物をぶっ刺している
一人暮らしの少年、海斗のアパートにやってきた珍客
「ばっ、おま、外人にいきなり納豆とかどんな洗礼だよ」
「いきなり来たからね」
「いや、そりゃ悪いと思うけどさ」
ぱりぽり、と漬物を頬張りながら、玉子焼きをぶっ刺す
…そう、急な来訪者である彼女は、いきなりすごかった
昨夜帰宅した海斗の目に飛び込んできたもの
それは台所の前でうつ伏せで倒れている女性だった
ずいぶんと露出の激しい格好だったが、カタカタ震えているので、服を着りゃいいのに、と思った
で、いきなり何を言うかと思えば
「すんません、泊めてください」
である
「だっからさ、昨日はぁ、あの、寝床探してたら夜んなっちゃって、寒いじゃん、日本」
「一月だしね」
「ホテル行こうにも金無いし」
「ポケットないしね、その服。財布もないでしょ」
「だって、食事は一晩でしばらく保つし、金払うもんでもないし」
「そうだね、サキュバスだしね」
「…おまえさ」
「なに?」
「ドライ過ぎね?」
「そう?」
「そうだよ!サキュバスが胸半モロで生々しい私生活語ってんだぞ!」
「馬鹿馬鹿しい私生活の間違いじゃない?」
「そうだよ!サキュバスが胸半モロで馬鹿馬鹿しい私生活語って、うるせぇよ!」
がっしゃーん、とちゃぶ台返し
「いちいちツッコむなよ!子供のくせして!」
ぎゃーすか叫ぶが、海斗は黙っている
というか、固まっている
「なんだよ!なんか言え…」
「片付けなさい」
「あん!?」
「片付けなさい」
「えっ、あ、なん…」
「片付けなさい」
「…はい」
海斗は大きく、サキュバスは小さくなっていき、ついにカチャカチャと片付け始めた
てきぱきと丁寧過ぎるくらいに、床を水拭き、乾拭き、さらにリセ○シュ
するとどうでしょう、あーら綺麗
「すんませんした!これでいいっスか!?」
土下座しつつ、もう靴まで舐めます的な姿勢になっている
別にそこまでしてもらう必要はない
「はい、よろしい。もうご飯ひっくり返さないでね」
最後に一つ注意して、この件は終了
「あざっす!」
もう一度深々と土下座をして顔を上げると、一時的な明確なる上下関係はひとまず消滅
「だっから、なーんであたしがこんなんやるわけよ!?サキュバスよサキュバス!?ふつーこんなんじゃないっしょーよ!?」
と言われても
「だってキヤさん迷惑だし」
「めっ…!」
ずぐり、と矢印がクリティカルヒット
「急に押し掛けて、布団から僕を追い出すわ、トイレは長いわ、ご飯は手伝いもしなければひっくり返すし、迷惑以外ないよ」
事実という名の弾丸を全弾撃ち込むと、キヤは、ぎゃふんと言ってずっこけた
「あ、あんた、あたしをそんな風に見てたのか…」
うん、と頷く
恐らく、全世界共通で同じ評価だろう
──────────
キヤはサキュバス
住んでたアパートが高速道路建設のために立ち退いたため、路頭に迷っていたそうだ
あきらかに被り物でない頭と背中の羽(引っ張って確認済み)
身長は160センチほど、見た目は二十歳そこそこだが、そこは魔物だ、実際の年齢は定かではない
ここ十数年、魔物が気軽に人間界に来れるようになり、街中では頻繁に魔物が見れるようになった
渋谷の109には魔物用の服も並べられるなど、世間との融和は思ったよりスムーズに進んだ
海斗の周りにも、魔物が多くいる
だから、海斗がサキュバス程度に驚くことはない
…存在に驚くことはない
「まったく、ちょっとトイレ」
海斗が立ち上がると、キヤも立ち上がる
「ついてこないでよ」
「え?いや別についてくつもりなんてねぇよ、あたしもトイレに行くだけ」
信用できない
というより、ついてくるとかどうかしてる
「一応、君は女の子なんだから」
「女ならなんだって?」
ぐ、と海斗は言葉が詰まる
「な、なんでもない!けど、とにかくトイレ行くなら僕の後に!」
語気が強くなったが、なんとかキヤを座らせた
ちょっと感情的になりすぎたか、と反省しながら、トイレに入った
─────────
外着に着替え、靴を履くと、キヤが奥からやってきた
「出かけるのか?海斗」
すぐ後ろでチョコンと座ったのを感じつつ、うん、と答える
「買い物に行くんだよ、まだ帰らないんでしょ?」
振り返ると、キヤは頷く
「君の分も買わなきゃだし、買いだめもしとかなきゃ」
そう言うと、一瞬驚いた顔をして、すぐに顔を下に向けた
「そ、そう…」
「じゃ、20分くらいで帰るから…」
キヤに背を向ける
「悪いな…」
急にしおらしい声が、勝ち気なサキュバスから漏れた
「あたしがいて、迷惑だろ?」
「そんなこと…」
さっき、色々並べて、迷惑だ、と言ってしまった手前、断言ができない
「安心しろよ、新しいアパート見つけたら、すぐ出てくから」
「…キヤ…」
目を合わせない
気まずくなった空気がしばらく漂った後、海斗がドアを開け、外に出た
冷たい空気が顔を打ったが、そんなことは気にならない
明るい彼女が、あんなことを言うなんて
気を遣ったのだろうか、遣わせてしまったのだろうか
どちらにせよ
あんなキヤは、見たくない
───────────
帰宅すると
「よっ、遅かったじゃんか」
ケロッとしてテレビを見ていた
とりあえずチャーシューを投げる
「いてぇ!切ってあるやつじゃなくて塊じゃねぇか!」
「知らない」
「なんだよ、カリカリしやがって」
ぶすくれ、と唇を突きだして不満そうだ
人の気も知らないで…と、思っていると、テーブルの上、キヤのスマホがブルッた
「キヤ、電話、じゃない、メールか」
「んー?じゃ置いとけ、後で見っから」
その瞬間
画面に不動産のページが表示されていた
間取りを見ていたのか
アパートを探す、みたいなことを言っていたし、調べていたのだろう
早く見つかるといいな
とは思えなかった
なんだか、少し複雑な気持ち
「…キヤ、アパート見つけたの?」
「へ?…あぁ、今探してるとこだよ、やっぱ都心じゃ安いとこはなかなかねぇよな」
一瞥した後、またテレビに目を向ける
「…一人暮らし、大丈夫なの?」
「はあ?おまえみたいな子供でも出来んだぞ、あたしに出来ないわけ…」
「…そうだよね」
いきなり話をぶったぎる言葉を続けたため、キヤがずっこけた
「なんだよ、変な奴だな、さっさと出てってほしいんだろ、あたしがどうしようと、おまえが心配することなんて」
かちん
「心配するよ!」
びくっ、とキヤが震えるのがわかった
「海斗…?」
面をくらい、言葉が見つからないようだ
「魔界から来た人には、人間界にあてなんか無いし、もしもまた、路頭に迷うようなことがあったらどうするのさ!」
「あ、んーと、だな…」
いきなりまくし立てたせいか、少し混乱しているようだ
だが、構わず続ける
「嫌だよ!キヤに何かあったら!車だって、強盗だっているかもしれないし!危ないんだよ!」
「…魔物なんだぞ」
「え?」
「あたしは魔物なんだぞ、事故ったりとか人間の犯罪者なんか物の数じゃねぇよ」
「でも!それでも…!」
「…だいたい、あたしとおまえは他人だし、おまえがあたしを心配する必要なんてないし、義理もない」
キヤは怒っている
切れ長の瞳がやや細くなって、睨んでいる
『他人』に、余計な世話を焼かれたから?
「…他人…」
「…一晩泊めてもらっといて、そんなこと言いたくなかったけどよ」
つい、とそっぽを向くと、テレビに視線が戻った
「…キヤ…」
「…………」
黙った
話は終わった、と言うように
海斗も、キヤから視線を外した
その一瞬
窓が開いた
振り返ると、キヤが窓枠に足を掛けていた
「…え」
「出てくんだよ、もう居心地悪いし、ちょうどいいだろ、厄介払いが出来てよ」
「…え、キヤ…」
そちらに体を向けると
「来んなよ」
止められた
「そもそもさ、おまえじゃなくたってよかったんだよ、誰でもよかった、たまたまおまえだっただけ。それを保護者にでもなったみてえにゴチャゴチャ言いやがって」
「…そんな…つもり…」
震える声で否定しようとしても、言葉が続かない
言葉?
言葉なのか?
「ガキが、ナマ言ってんじゃねぇってん…」
「…だ…」
微かな声で、だが、はっきりした声で
「…嫌だ!一緒にいてよ!キヤ!」
「…へ?」
想いを
吐き出した
頭のどこかにテンプレートがある、言葉ではない
心が、想いを、吐き出した
「なんかだらしなくて!」
「お」
「危なっかしくて!寝坊助で!」
「お、おい、って…」
「いきなり押し掛けておきながら!自分ちみたいにくつろいで!」
「海斗…」
「サキュバスで!魔物だけど!」
「おまえ…」
「好きなんだ!一緒にいてよ!」
そこまで言って
涙が目の端からこぼれた
それをきっかけに、ぼろぼろと、溢れてきた
「…こっち向け」
キヤが何かを言った
まるで聞こえない
反応が出来ない
彼女が近づいてくる
気づいた時には、顎を指で掴まれ、顔を上げられたかと思うと
柔らかいものが唇に触れた
ぼやけた視界の前にキヤの顔があるので初めて、それがキヤの唇だとわかった
温かくて、ちょっと甘い味と香りが口のなかに広がる
つ、と微かな音の後、唇の感触が無くなった
「…馬鹿、おまえに苦労させたくないから、なんか理由つけて、出てこうとしたのに…そんなこと言われたら…」
キヤの細い指が、海斗の涙を拭う
やっと鮮明になった視界には、微笑むキヤがいた
「…はは、あたしも、おまえのこと…好きみたいだ…」
──────────
一人暮らしのアパートに、同居人が出来た
散らかしたら片付けない
料理もちっともできない
トイレは長い
半身浴、と言って、お風呂を長時間独占して、風邪をひいて
寝込んでいる時には、男の子に、離れないで、とか言う
とても年上には見えない彼女
大好きな、女性
いつまでも、一緒にいる気がする
そう言ったら、叩かれる
「ずっと一緒にいてやるよ、だからおまえも、ずっと一緒にいる、って言えよ」
そうだね、と返す
ずっと、ずっと
毎年、同じことを言う
ずっと、ずっと
大好きな君と、一緒にいたい、って
みんなの憧れサキュバス
でも実際いたら超迷惑サキュバス
寝てる間は天国だが起きたら餓死っぽくなってるサキュバス
枕元に牛乳置いとくと、精液と間違って持っていくバカ…サキュバス
(匂い嗅げよと思う)
そんなホントは欠点だらけのサキュバスが
男の子の目の前に
「あー…マジかー…」
黒いハイレグ、しかもスリングショットな胸部は、巨乳を隠すには小さすぎる
側頭部からぴょこりんと生えた小さい羽、さらに、よりより大きい羽が肩甲骨から生えている
それも、なんかコウモリっぽい羽だ
髪は白く輝く長髪、鮮血を垂らしたかのような赤い瞳、ハリウッドのスーパースターのような美顔…
「納豆食えないんだけど、あたし」
「文句言わないでよ、ただでさえおかずないんだから」
…が、目の前で箸にキュウリの漬物をぶっ刺している
一人暮らしの少年、海斗のアパートにやってきた珍客
「ばっ、おま、外人にいきなり納豆とかどんな洗礼だよ」
「いきなり来たからね」
「いや、そりゃ悪いと思うけどさ」
ぱりぽり、と漬物を頬張りながら、玉子焼きをぶっ刺す
…そう、急な来訪者である彼女は、いきなりすごかった
昨夜帰宅した海斗の目に飛び込んできたもの
それは台所の前でうつ伏せで倒れている女性だった
ずいぶんと露出の激しい格好だったが、カタカタ震えているので、服を着りゃいいのに、と思った
で、いきなり何を言うかと思えば
「すんません、泊めてください」
である
「だっからさ、昨日はぁ、あの、寝床探してたら夜んなっちゃって、寒いじゃん、日本」
「一月だしね」
「ホテル行こうにも金無いし」
「ポケットないしね、その服。財布もないでしょ」
「だって、食事は一晩でしばらく保つし、金払うもんでもないし」
「そうだね、サキュバスだしね」
「…おまえさ」
「なに?」
「ドライ過ぎね?」
「そう?」
「そうだよ!サキュバスが胸半モロで生々しい私生活語ってんだぞ!」
「馬鹿馬鹿しい私生活の間違いじゃない?」
「そうだよ!サキュバスが胸半モロで馬鹿馬鹿しい私生活語って、うるせぇよ!」
がっしゃーん、とちゃぶ台返し
「いちいちツッコむなよ!子供のくせして!」
ぎゃーすか叫ぶが、海斗は黙っている
というか、固まっている
「なんだよ!なんか言え…」
「片付けなさい」
「あん!?」
「片付けなさい」
「えっ、あ、なん…」
「片付けなさい」
「…はい」
海斗は大きく、サキュバスは小さくなっていき、ついにカチャカチャと片付け始めた
てきぱきと丁寧過ぎるくらいに、床を水拭き、乾拭き、さらにリセ○シュ
するとどうでしょう、あーら綺麗
「すんませんした!これでいいっスか!?」
土下座しつつ、もう靴まで舐めます的な姿勢になっている
別にそこまでしてもらう必要はない
「はい、よろしい。もうご飯ひっくり返さないでね」
最後に一つ注意して、この件は終了
「あざっす!」
もう一度深々と土下座をして顔を上げると、一時的な明確なる上下関係はひとまず消滅
「だっから、なーんであたしがこんなんやるわけよ!?サキュバスよサキュバス!?ふつーこんなんじゃないっしょーよ!?」
と言われても
「だってキヤさん迷惑だし」
「めっ…!」
ずぐり、と矢印がクリティカルヒット
「急に押し掛けて、布団から僕を追い出すわ、トイレは長いわ、ご飯は手伝いもしなければひっくり返すし、迷惑以外ないよ」
事実という名の弾丸を全弾撃ち込むと、キヤは、ぎゃふんと言ってずっこけた
「あ、あんた、あたしをそんな風に見てたのか…」
うん、と頷く
恐らく、全世界共通で同じ評価だろう
──────────
キヤはサキュバス
住んでたアパートが高速道路建設のために立ち退いたため、路頭に迷っていたそうだ
あきらかに被り物でない頭と背中の羽(引っ張って確認済み)
身長は160センチほど、見た目は二十歳そこそこだが、そこは魔物だ、実際の年齢は定かではない
ここ十数年、魔物が気軽に人間界に来れるようになり、街中では頻繁に魔物が見れるようになった
渋谷の109には魔物用の服も並べられるなど、世間との融和は思ったよりスムーズに進んだ
海斗の周りにも、魔物が多くいる
だから、海斗がサキュバス程度に驚くことはない
…存在に驚くことはない
「まったく、ちょっとトイレ」
海斗が立ち上がると、キヤも立ち上がる
「ついてこないでよ」
「え?いや別についてくつもりなんてねぇよ、あたしもトイレに行くだけ」
信用できない
というより、ついてくるとかどうかしてる
「一応、君は女の子なんだから」
「女ならなんだって?」
ぐ、と海斗は言葉が詰まる
「な、なんでもない!けど、とにかくトイレ行くなら僕の後に!」
語気が強くなったが、なんとかキヤを座らせた
ちょっと感情的になりすぎたか、と反省しながら、トイレに入った
─────────
外着に着替え、靴を履くと、キヤが奥からやってきた
「出かけるのか?海斗」
すぐ後ろでチョコンと座ったのを感じつつ、うん、と答える
「買い物に行くんだよ、まだ帰らないんでしょ?」
振り返ると、キヤは頷く
「君の分も買わなきゃだし、買いだめもしとかなきゃ」
そう言うと、一瞬驚いた顔をして、すぐに顔を下に向けた
「そ、そう…」
「じゃ、20分くらいで帰るから…」
キヤに背を向ける
「悪いな…」
急にしおらしい声が、勝ち気なサキュバスから漏れた
「あたしがいて、迷惑だろ?」
「そんなこと…」
さっき、色々並べて、迷惑だ、と言ってしまった手前、断言ができない
「安心しろよ、新しいアパート見つけたら、すぐ出てくから」
「…キヤ…」
目を合わせない
気まずくなった空気がしばらく漂った後、海斗がドアを開け、外に出た
冷たい空気が顔を打ったが、そんなことは気にならない
明るい彼女が、あんなことを言うなんて
気を遣ったのだろうか、遣わせてしまったのだろうか
どちらにせよ
あんなキヤは、見たくない
───────────
帰宅すると
「よっ、遅かったじゃんか」
ケロッとしてテレビを見ていた
とりあえずチャーシューを投げる
「いてぇ!切ってあるやつじゃなくて塊じゃねぇか!」
「知らない」
「なんだよ、カリカリしやがって」
ぶすくれ、と唇を突きだして不満そうだ
人の気も知らないで…と、思っていると、テーブルの上、キヤのスマホがブルッた
「キヤ、電話、じゃない、メールか」
「んー?じゃ置いとけ、後で見っから」
その瞬間
画面に不動産のページが表示されていた
間取りを見ていたのか
アパートを探す、みたいなことを言っていたし、調べていたのだろう
早く見つかるといいな
とは思えなかった
なんだか、少し複雑な気持ち
「…キヤ、アパート見つけたの?」
「へ?…あぁ、今探してるとこだよ、やっぱ都心じゃ安いとこはなかなかねぇよな」
一瞥した後、またテレビに目を向ける
「…一人暮らし、大丈夫なの?」
「はあ?おまえみたいな子供でも出来んだぞ、あたしに出来ないわけ…」
「…そうだよね」
いきなり話をぶったぎる言葉を続けたため、キヤがずっこけた
「なんだよ、変な奴だな、さっさと出てってほしいんだろ、あたしがどうしようと、おまえが心配することなんて」
かちん
「心配するよ!」
びくっ、とキヤが震えるのがわかった
「海斗…?」
面をくらい、言葉が見つからないようだ
「魔界から来た人には、人間界にあてなんか無いし、もしもまた、路頭に迷うようなことがあったらどうするのさ!」
「あ、んーと、だな…」
いきなりまくし立てたせいか、少し混乱しているようだ
だが、構わず続ける
「嫌だよ!キヤに何かあったら!車だって、強盗だっているかもしれないし!危ないんだよ!」
「…魔物なんだぞ」
「え?」
「あたしは魔物なんだぞ、事故ったりとか人間の犯罪者なんか物の数じゃねぇよ」
「でも!それでも…!」
「…だいたい、あたしとおまえは他人だし、おまえがあたしを心配する必要なんてないし、義理もない」
キヤは怒っている
切れ長の瞳がやや細くなって、睨んでいる
『他人』に、余計な世話を焼かれたから?
「…他人…」
「…一晩泊めてもらっといて、そんなこと言いたくなかったけどよ」
つい、とそっぽを向くと、テレビに視線が戻った
「…キヤ…」
「…………」
黙った
話は終わった、と言うように
海斗も、キヤから視線を外した
その一瞬
窓が開いた
振り返ると、キヤが窓枠に足を掛けていた
「…え」
「出てくんだよ、もう居心地悪いし、ちょうどいいだろ、厄介払いが出来てよ」
「…え、キヤ…」
そちらに体を向けると
「来んなよ」
止められた
「そもそもさ、おまえじゃなくたってよかったんだよ、誰でもよかった、たまたまおまえだっただけ。それを保護者にでもなったみてえにゴチャゴチャ言いやがって」
「…そんな…つもり…」
震える声で否定しようとしても、言葉が続かない
言葉?
言葉なのか?
「ガキが、ナマ言ってんじゃねぇってん…」
「…だ…」
微かな声で、だが、はっきりした声で
「…嫌だ!一緒にいてよ!キヤ!」
「…へ?」
想いを
吐き出した
頭のどこかにテンプレートがある、言葉ではない
心が、想いを、吐き出した
「なんかだらしなくて!」
「お」
「危なっかしくて!寝坊助で!」
「お、おい、って…」
「いきなり押し掛けておきながら!自分ちみたいにくつろいで!」
「海斗…」
「サキュバスで!魔物だけど!」
「おまえ…」
「好きなんだ!一緒にいてよ!」
そこまで言って
涙が目の端からこぼれた
それをきっかけに、ぼろぼろと、溢れてきた
「…こっち向け」
キヤが何かを言った
まるで聞こえない
反応が出来ない
彼女が近づいてくる
気づいた時には、顎を指で掴まれ、顔を上げられたかと思うと
柔らかいものが唇に触れた
ぼやけた視界の前にキヤの顔があるので初めて、それがキヤの唇だとわかった
温かくて、ちょっと甘い味と香りが口のなかに広がる
つ、と微かな音の後、唇の感触が無くなった
「…馬鹿、おまえに苦労させたくないから、なんか理由つけて、出てこうとしたのに…そんなこと言われたら…」
キヤの細い指が、海斗の涙を拭う
やっと鮮明になった視界には、微笑むキヤがいた
「…はは、あたしも、おまえのこと…好きみたいだ…」
──────────
一人暮らしのアパートに、同居人が出来た
散らかしたら片付けない
料理もちっともできない
トイレは長い
半身浴、と言って、お風呂を長時間独占して、風邪をひいて
寝込んでいる時には、男の子に、離れないで、とか言う
とても年上には見えない彼女
大好きな、女性
いつまでも、一緒にいる気がする
そう言ったら、叩かれる
「ずっと一緒にいてやるよ、だからおまえも、ずっと一緒にいる、って言えよ」
そうだね、と返す
ずっと、ずっと
毎年、同じことを言う
ずっと、ずっと
大好きな君と、一緒にいたい、って
13/01/12 18:17更新 / フルジフォン