ミルディアの町
ミルディアの町。
人口は150人ほどの小さな街で、名の知れた特産品などは無い。
しかしながらこの街は、ある側面を見る限りでは非常に有名な街だったりする。
親魔物領。
それがこの街が持つ最大にして唯一の特徴である。
この街では魔物娘が人間の男の伴侶を持ち、また伴侶を持たぬ魔物娘が伴侶を探し、そしてそれを人間が認めており、こうして通りを歩くだけでも、結構な数の夫婦を見ることが出来る。
…で、そんな街中を歩く俺も、魔物娘からすれば伴侶にし得る対象なのだが…
「お、おい、あれ…」
「え…騎士!? しかもあの紋章、教団のものじゃ…」
「ば、馬鹿な…なんでこんなところに教団の騎士が…」
「くっ…私の剣が打ち直し中じゃなければ!」
「遂にこの街も、浄化とか何とかで滅ぼされる時が来たのか…」
「大丈夫、例え街がなくなっても、私と旦那様の絆は永久に不滅よ」
いや、確かに俺が騎士だし、もうすぐ襲撃を受けるのは間違いないが…
あとそこのカップル、白昼堂々と通りで盛り始めるな。
そんなことをすればそこらじゅうで…
「あなた…」
「愛してるぞ」
「もう我慢できない!」
「うおっ! 待て、朝から5発も搾り取られて、今さら出るわけ…アッーーー!」
…言わんこっちゃない。
あれよあれよと5組のカップルが、周囲の他人も気にせず全裸になり、湿った音と共に嬌声を発し始めた。
ちなみに『お、おい、あれ…』は人間の男、見た感じは農民っぽい。
次の『え…騎士!? しかも〜』はその伴侶で、メドゥーサっぽい魔物娘。
そして『ば、馬鹿な…なんでこんな〜』が、同じく人間の男で、こちらは流れの傭兵っぽい。
その隣で自分の剣がどうこうと憤慨するのはアポピス。
更に『あなた…』がラミアの魔物娘で、それに『愛してるぞ』と答えたのが人間の男。
『もう我慢できない!』が白蛇(シロヘビ)というジパングの魔物娘で、襲われて悲鳴を上げたのはもちろん人間の男。
メドゥーサにアポピス、ラミあに白蛇…ラミア属率高すぎやしないか?
これでエキドナとバジリスクがいればラミア属は網羅…
「どうかしら? 私が産んだ子たちが作ったこの街は?」
「………」
なんてことを考える俺の耳に、凄まじく妖艶な声が入ってくる。
声が聞こえた方向に視線を向ければ、そこにいたのは緑の髪を持つ、ヘビの下半身を持つ女性がいた。
髪から生えた緑色の2匹のヘビと、薄紫色の肌に金色の目。
赤紫色の、帯状の着衣で包んだ大きなおっぱいが劣情をそそる。
…ラミア属で最も希少な魔物娘にして、言うまでもなくエキドナである。
エキドナ。
ラミア属爬虫類型の魔物娘で、本来の住処はダンジョンの最奥部など。
つまるところのダンジョン主である。
極めて高い魔力を持ち、その魔力を用いて下半身のヘビ部分を変化させ、人間になりきることも出来る。
魔物を産むことに限ってのみ、特殊な性質を持つことで知られる。
「立場が立場じゃなかったら、嫁さん探しに住み着いてもいいかもしれんな」
「あら」
「住民は明るいし、性事情にも相当オープンっぽいし。街並みは素朴だけど、利便性は良さそうだし」
「うふふ、私も領主をやっててずいぶん経つけど、やっぱり我が街が褒められると嬉しいわね…さて、出会いの挨拶はこれぐらいにしておきましょうか」
いってエキドナはそのヘビ状の下肢をシュルシュルと動かし、立ち位置を俺の真正面に移動させた。
そして下肢の先端を俺の足首に巻きつけ、髪から生えた2匹の緑ヘビで俺の腕を拘束する。
これは多分、誘惑するというより、逃がさないための行動なのだろう。
抵抗しても外れないだろうし、すればするだけ墓穴を掘るハメになるから、素直に拘束されておく。
「…そうだな」
「じゃあここからが本題ね? まず自己紹介をするわ。私はケイト、ケイト・ウェントリス・ミルディア。ここミルディアの町長をしているわ。種族はエキドナ、伴侶絶賛募集中の処女でもあるわよ♥ 貴方は?」
「俺はイクス、イクスハルト・キドナ。マクシミリア教会所属の教団騎士で、今日はここミルディアに、凶報と提案を持ってきた。一応だが嫁さん募集中の身でもある」
「へぇ…騎士にしては随分と友好的ね?」
「まぁな。教団騎士ではあるが、同時に親魔物派でもあるんでな」
「で? そんな、親魔物派で騎士と言う矛盾した立場にある貴方が、ミルディアへ持ってきた凶報と提案って?」
「ふむ、なら話の順序的に、まずは凶報の方から伝えるとするか」
俺はケイトに、ここ数日の間に、教団の一行がここを襲撃する、浄化作戦の実行を目論んでいる事を告げた。
主なメンツは俺の他に、貴族嫡男で小物臭の拭えないゲス騎士ロイド、馬兵隊出身でロイドの腰ぎんちゃくである槍騎士ヘンリー。
怪力持ちで巨漢の筋肉騎士ジョンと、その幼馴染で弓使いの騎士レガス。
そして教会から派遣されてきたシスターのミシェルと、同じく教会から派遣されてきたヴァルキリーのリオ。
俺とミシェル、そしてリオ以外はそれぞれ同行の部下たちを連れていること。
今回の作戦では俺が斥候となって先行出撃、本隊よりも早く襲撃目標地点に到着し、情報を集めること。
そして街の外れで合流し、情報を渡して作戦会議を行い、日の入りと共に作戦を決行すること。
作戦開始までは今日を含めて5日しかないこと。
全てを暴露してやった。
「…ふぅん。結構な戦力を持ってくるのね」
作戦の詳細を告げると、ケイトはそんなリアクションを返してきた。
凄まじく余裕を感じる態度だが、それも当然といえば当然と言えるだろう。
なにせ彼女は、ラミア属の中でも極めて高い魔力を持つエキドナで、更には町の住人からも慕われる名君…たかが騎士団ごときに負けるような話ではない。
ましてや俺とこうしている間に、俺たちのそばを通る魔物娘は、リザードマンやサラマンダー、オークやオーガといった、いずれも戦いに向いた…いや、戦いが得意な種族が多いし。
「で…貴方はどうするの? 逃げるの?」
「いや、逃げると後が厄介だからな…とりあえず合流して、襲撃に参加するフリをして…様子見だな」
幸い、俺は騎士ながら剣を使わない。
剣だけじゃなく、槍も、斧も、弓すらも使わない。
俺の武器は、強いて言うならこの四肢が武器。
殴り、蹴り、投げ、締める…つまり体術使いなわけだ、俺ってやつは。
だからいざ戦いとなっても、剣を持たずに戦場をウロウロしてたところで誰も怪しまない。
「…じゃあ、いま聞いた話が凶報だとして、貴方が持ってきた提案って?」
「なに、簡単な話だ。俺がこの街を去るまで、今日を入れて4日ある。その間に非戦闘員…男を、人間の女を、老人を、子供を、そして戦いが嫌いな魔物娘を、この街から逃がしてくれ。もちろん極秘裏にな」
いかに魔物娘が、人間に比べて高い戦闘能力を持っているとはいえ、それはあくまで成熟した個体のみの話。
成長しきってない個体はもちろん、人間の男や女も、魔物娘よりは断然弱い。
特にこの街は人間の男女が多く、またその中には腹が膨らんだ…伴侶の子を宿した女(魔物娘も含む)も多々見受けられる。
「人間を守るのは確かに騎士の役目の1つだが、それ以前に俺は親魔物派。もし今回の襲撃で、本当ならば生きていれば俺の嫁さんになるはずだった子が、襲撃を知らせなかったせいで死んだ…なんてことになったら、俺は一生悔やむ自信があるぞ?」
例えばあそこのスライムのお嬢ちゃんとかな、と言えばケイトがクスリと笑う。
「本当に親魔物派なのね…お姉さん、感心しちゃったわ。ねえ貴方…イクスって言ったかしら?」
「ああ」
「イクス、貴方…私の伴侶になる気はない? 今なら領主の夫ってことで、働かなくても愛と幸せに満ちた生活を約束するわよ。もちろん教団の襲撃の時だって、戦わなくてもいいようにしてあげるし」
ケイトが俺にしなだれかかり、そのままキュッと抱きついてくる。
フロウほどではないが豊満な胸を俺に押し付け、ヘビ状の下肢で俺の膝辺りまでを拘束する。
その細くしなやかな指で俺の頬をさすり、長く真っ赤な舌で俺の首筋を舐める。
これこそケイトの、エキドナの誘惑なのだろう。
本人に魅了の意思があるかどうかは不明だが、俺のような中途半端な騎士でも、凄まじく妖艶に、魅力的に見えるから流石は魔物娘。
…が。
「貴方の精なら、この町にはいない新しいラミア属…具体的にはバジリスクを産めそうな気がするわ。だからどうかしら?」
「すまんなケイト、悪いが俺はどんな魔物娘の伴侶にもなれないんだ」
「どうして? やっぱり魔物娘は嫌い? それとも私がエキドナだから? ヘビが嫌い?」
拒絶の意思を示した途端、ケイトの目じりにジワリと滴が滲み出した。
今にも泣きそうな顔をして、ケイトが俺にすがろうとする。
いや、すがろうとしているのではなく、既にすがっているし、その右手は俺の股間を撫で回し、また左手では自分の股間を弄っている。
「いや、魔物娘は好きだし、ケイトがエキドナだからとかは関係ない。ヘビもそう嫌いじゃない。しかし、俺自身は非常に気が多くてな…嫁さん1人で満足出来る自信がない。というかその位置なら、俺に染みついてる匂いも分かるはずなんだが」
「…ええ、確かにトロールの匂いがするわね。これは…トロールと性交したのね? でも、お嫁さんが1人じゃ満足出来ないって…つまり、ハーレムを作りたいの?」
「ああ、出来ればおっぱいが大きく、温厚で優しい魔物娘たちとな」
俺がそう言うと、ケイトは声に出してアハハと笑う。
ひとしきり笑った後、ケイトが俺の拘束を解き、再び真正面に立った。
「いいわ。一夫一妻制を好む魔物娘に対して、他の子の匂いを漂わせながら、お手付きでありながら、目の前でハーレムを作りたいという、無謀ともとれる勇気ある発言をする貴方に称賛を送りましょう」
「ッ!? じゃあ…」
「そうね、イクスの言う通り、少し時間はかかるでしょうけど、2〜3日の間に、非戦闘員を街から逃がすわ…その代わり…」
「ああ、分かってる。襲撃してきた騎士団の連中は、俺以外ならケイトたち魔物娘の好きにしていい。魔物娘は人間を殺さないって知ってるからな。男が、婿が欲しい魔物娘は多いんだろう? たなんだったらミシェルとリオ…シスターとヴァルキリーを堕落させて、ダークプリーストとダークヴァルキリーにしちまうのも面白いかもな」
ダークプリーストとダークヴァルキリーは、こと男を堕落させることに関しては、他に比肩する存在がおらず、またアイツらみたいな頭でっかちの童貞じゃ、彼女らが放つ誘惑にはまず抗えないだろう。
つまり俺がいま言ったのは、魔物娘たちにとっての脅威であるシスターやヴァルキリーを、堕落させることによって、逆に騎士団にとっての脅威に変えちまおう…みたいな話だ。
「あはは、イイわねそれ。その案いただくわ。今夜あたり、私の知り合いのサキュバス…いえ、その姉のリリムに話をして、堕落作戦用の人員を集めておくよう頼んでおくわ」
知り合いにリリムがいるなら心強い。
何を隠そうリリムは先代魔王の後釜を継いだ現魔王と同種の魔物娘。
その美貌たるや老衰で死ぬ寸前の老人さえ勃起させ、溢れる魔力で一気にインキュバス化させ、若返らせてしまうほどだと言われる。
「よっしゃ、これで最初の関門はクリアしたな。ああ、ケイト」
「何かしら?」
「実は今日の昼から何も食ってなくてな…安くてうまいメシが食える食事処と、安宿でいいから宿泊所を教えてくれ。あ、店主は既婚者が望ましい」
それなりにイイものを食べてから教会を出発したのだが、それから森でフロウに襲われて精を摂取され、相当なカロリーを消費した。
そしてそれだけでは飽き足らず、ハニービーとホーネットの捜査網を潜り抜け、森の主と思われるドリアード、ならびにドロームの勢力圏を迂回することで精神を摩耗し、街に入ってあの乱痴気騒ぎで気力を失った。
つまるところ、俺はいま、相当な空腹と強い眠気に苛まれているのだ。
「ご飯が安くておいしくて、宿泊料金も安く、店主が既婚者…ってなると、宿屋『北風』しかないわね」
『北風』という宿屋は、セルキーの妻を持つ夫が経営する宿屋で、ここミルディアにおいては、知る人ぞ知る名店らしい。
安い料金で良い食事がたくさん食べられ、しかも同じぐらいの料金で3泊は出来るというリーズナブルさを誇るらしい。
「ただ、店主が既婚者だから、夜中は…ね」
「…ああ、愛を営むわけだ、夫婦で激しく」
「そういう事」
セルキーは北部の氷河地帯に住む魔物娘で、アザラシの精霊とされており、アザラシの毛皮を纏った姿をしている。
魔物娘の中では珍しく、人間の男を求めることに淡泊で、そう積極的に人間の男を襲うことは無いという。
というのも彼女たちが着ている毛皮は、それそのものが彼女たちにとっての“温かさ”の象徴で、それを着ている限りは、心身ともに安定しているらしいのだが、何かの拍子にその毛皮が脱げてしまった場合、彼女たちは身も心も“寒さ”に耐え切れなくなり、やむを得ず人間の男を襲い…結果として男の“温かさ”に依存する形で夫婦となるとのこと。
これから泊まるであろう『北風』とやらの店主も、そういった経緯でセルキーと結ばれたクチなのだろう。
「だから万が一…いえ、千が一…ううん、十が一でもいいわ。店主の愛の営みでムラムラしちゃったら、あそこに見える私の屋敷を訪ねてきなさい。貴方が相手ならいつでも歓迎するわ。もちろん身も心も、ね?」
「…考えておく」
「ありがとう。じゃあ私はこの辺で失礼するわ。この町の有力者を集めて会議を開かなくちゃいけないから」
「ああ。面倒ごとを持ってきた身で申し訳ないが、出来るだけ怪我人が少なくなる手段を頼む」
「ええ、期待しててちょうだい」
言って去っていくケイトを見送り、俺は『北風』という宿へと足を向けた。
人口は150人ほどの小さな街で、名の知れた特産品などは無い。
しかしながらこの街は、ある側面を見る限りでは非常に有名な街だったりする。
親魔物領。
それがこの街が持つ最大にして唯一の特徴である。
この街では魔物娘が人間の男の伴侶を持ち、また伴侶を持たぬ魔物娘が伴侶を探し、そしてそれを人間が認めており、こうして通りを歩くだけでも、結構な数の夫婦を見ることが出来る。
…で、そんな街中を歩く俺も、魔物娘からすれば伴侶にし得る対象なのだが…
「お、おい、あれ…」
「え…騎士!? しかもあの紋章、教団のものじゃ…」
「ば、馬鹿な…なんでこんなところに教団の騎士が…」
「くっ…私の剣が打ち直し中じゃなければ!」
「遂にこの街も、浄化とか何とかで滅ぼされる時が来たのか…」
「大丈夫、例え街がなくなっても、私と旦那様の絆は永久に不滅よ」
いや、確かに俺が騎士だし、もうすぐ襲撃を受けるのは間違いないが…
あとそこのカップル、白昼堂々と通りで盛り始めるな。
そんなことをすればそこらじゅうで…
「あなた…」
「愛してるぞ」
「もう我慢できない!」
「うおっ! 待て、朝から5発も搾り取られて、今さら出るわけ…アッーーー!」
…言わんこっちゃない。
あれよあれよと5組のカップルが、周囲の他人も気にせず全裸になり、湿った音と共に嬌声を発し始めた。
ちなみに『お、おい、あれ…』は人間の男、見た感じは農民っぽい。
次の『え…騎士!? しかも〜』はその伴侶で、メドゥーサっぽい魔物娘。
そして『ば、馬鹿な…なんでこんな〜』が、同じく人間の男で、こちらは流れの傭兵っぽい。
その隣で自分の剣がどうこうと憤慨するのはアポピス。
更に『あなた…』がラミアの魔物娘で、それに『愛してるぞ』と答えたのが人間の男。
『もう我慢できない!』が白蛇(シロヘビ)というジパングの魔物娘で、襲われて悲鳴を上げたのはもちろん人間の男。
メドゥーサにアポピス、ラミあに白蛇…ラミア属率高すぎやしないか?
これでエキドナとバジリスクがいればラミア属は網羅…
「どうかしら? 私が産んだ子たちが作ったこの街は?」
「………」
なんてことを考える俺の耳に、凄まじく妖艶な声が入ってくる。
声が聞こえた方向に視線を向ければ、そこにいたのは緑の髪を持つ、ヘビの下半身を持つ女性がいた。
髪から生えた緑色の2匹のヘビと、薄紫色の肌に金色の目。
赤紫色の、帯状の着衣で包んだ大きなおっぱいが劣情をそそる。
…ラミア属で最も希少な魔物娘にして、言うまでもなくエキドナである。
エキドナ。
ラミア属爬虫類型の魔物娘で、本来の住処はダンジョンの最奥部など。
つまるところのダンジョン主である。
極めて高い魔力を持ち、その魔力を用いて下半身のヘビ部分を変化させ、人間になりきることも出来る。
魔物を産むことに限ってのみ、特殊な性質を持つことで知られる。
「立場が立場じゃなかったら、嫁さん探しに住み着いてもいいかもしれんな」
「あら」
「住民は明るいし、性事情にも相当オープンっぽいし。街並みは素朴だけど、利便性は良さそうだし」
「うふふ、私も領主をやっててずいぶん経つけど、やっぱり我が街が褒められると嬉しいわね…さて、出会いの挨拶はこれぐらいにしておきましょうか」
いってエキドナはそのヘビ状の下肢をシュルシュルと動かし、立ち位置を俺の真正面に移動させた。
そして下肢の先端を俺の足首に巻きつけ、髪から生えた2匹の緑ヘビで俺の腕を拘束する。
これは多分、誘惑するというより、逃がさないための行動なのだろう。
抵抗しても外れないだろうし、すればするだけ墓穴を掘るハメになるから、素直に拘束されておく。
「…そうだな」
「じゃあここからが本題ね? まず自己紹介をするわ。私はケイト、ケイト・ウェントリス・ミルディア。ここミルディアの町長をしているわ。種族はエキドナ、伴侶絶賛募集中の処女でもあるわよ♥ 貴方は?」
「俺はイクス、イクスハルト・キドナ。マクシミリア教会所属の教団騎士で、今日はここミルディアに、凶報と提案を持ってきた。一応だが嫁さん募集中の身でもある」
「へぇ…騎士にしては随分と友好的ね?」
「まぁな。教団騎士ではあるが、同時に親魔物派でもあるんでな」
「で? そんな、親魔物派で騎士と言う矛盾した立場にある貴方が、ミルディアへ持ってきた凶報と提案って?」
「ふむ、なら話の順序的に、まずは凶報の方から伝えるとするか」
俺はケイトに、ここ数日の間に、教団の一行がここを襲撃する、浄化作戦の実行を目論んでいる事を告げた。
主なメンツは俺の他に、貴族嫡男で小物臭の拭えないゲス騎士ロイド、馬兵隊出身でロイドの腰ぎんちゃくである槍騎士ヘンリー。
怪力持ちで巨漢の筋肉騎士ジョンと、その幼馴染で弓使いの騎士レガス。
そして教会から派遣されてきたシスターのミシェルと、同じく教会から派遣されてきたヴァルキリーのリオ。
俺とミシェル、そしてリオ以外はそれぞれ同行の部下たちを連れていること。
今回の作戦では俺が斥候となって先行出撃、本隊よりも早く襲撃目標地点に到着し、情報を集めること。
そして街の外れで合流し、情報を渡して作戦会議を行い、日の入りと共に作戦を決行すること。
作戦開始までは今日を含めて5日しかないこと。
全てを暴露してやった。
「…ふぅん。結構な戦力を持ってくるのね」
作戦の詳細を告げると、ケイトはそんなリアクションを返してきた。
凄まじく余裕を感じる態度だが、それも当然といえば当然と言えるだろう。
なにせ彼女は、ラミア属の中でも極めて高い魔力を持つエキドナで、更には町の住人からも慕われる名君…たかが騎士団ごときに負けるような話ではない。
ましてや俺とこうしている間に、俺たちのそばを通る魔物娘は、リザードマンやサラマンダー、オークやオーガといった、いずれも戦いに向いた…いや、戦いが得意な種族が多いし。
「で…貴方はどうするの? 逃げるの?」
「いや、逃げると後が厄介だからな…とりあえず合流して、襲撃に参加するフリをして…様子見だな」
幸い、俺は騎士ながら剣を使わない。
剣だけじゃなく、槍も、斧も、弓すらも使わない。
俺の武器は、強いて言うならこの四肢が武器。
殴り、蹴り、投げ、締める…つまり体術使いなわけだ、俺ってやつは。
だからいざ戦いとなっても、剣を持たずに戦場をウロウロしてたところで誰も怪しまない。
「…じゃあ、いま聞いた話が凶報だとして、貴方が持ってきた提案って?」
「なに、簡単な話だ。俺がこの街を去るまで、今日を入れて4日ある。その間に非戦闘員…男を、人間の女を、老人を、子供を、そして戦いが嫌いな魔物娘を、この街から逃がしてくれ。もちろん極秘裏にな」
いかに魔物娘が、人間に比べて高い戦闘能力を持っているとはいえ、それはあくまで成熟した個体のみの話。
成長しきってない個体はもちろん、人間の男や女も、魔物娘よりは断然弱い。
特にこの街は人間の男女が多く、またその中には腹が膨らんだ…伴侶の子を宿した女(魔物娘も含む)も多々見受けられる。
「人間を守るのは確かに騎士の役目の1つだが、それ以前に俺は親魔物派。もし今回の襲撃で、本当ならば生きていれば俺の嫁さんになるはずだった子が、襲撃を知らせなかったせいで死んだ…なんてことになったら、俺は一生悔やむ自信があるぞ?」
例えばあそこのスライムのお嬢ちゃんとかな、と言えばケイトがクスリと笑う。
「本当に親魔物派なのね…お姉さん、感心しちゃったわ。ねえ貴方…イクスって言ったかしら?」
「ああ」
「イクス、貴方…私の伴侶になる気はない? 今なら領主の夫ってことで、働かなくても愛と幸せに満ちた生活を約束するわよ。もちろん教団の襲撃の時だって、戦わなくてもいいようにしてあげるし」
ケイトが俺にしなだれかかり、そのままキュッと抱きついてくる。
フロウほどではないが豊満な胸を俺に押し付け、ヘビ状の下肢で俺の膝辺りまでを拘束する。
その細くしなやかな指で俺の頬をさすり、長く真っ赤な舌で俺の首筋を舐める。
これこそケイトの、エキドナの誘惑なのだろう。
本人に魅了の意思があるかどうかは不明だが、俺のような中途半端な騎士でも、凄まじく妖艶に、魅力的に見えるから流石は魔物娘。
…が。
「貴方の精なら、この町にはいない新しいラミア属…具体的にはバジリスクを産めそうな気がするわ。だからどうかしら?」
「すまんなケイト、悪いが俺はどんな魔物娘の伴侶にもなれないんだ」
「どうして? やっぱり魔物娘は嫌い? それとも私がエキドナだから? ヘビが嫌い?」
拒絶の意思を示した途端、ケイトの目じりにジワリと滴が滲み出した。
今にも泣きそうな顔をして、ケイトが俺にすがろうとする。
いや、すがろうとしているのではなく、既にすがっているし、その右手は俺の股間を撫で回し、また左手では自分の股間を弄っている。
「いや、魔物娘は好きだし、ケイトがエキドナだからとかは関係ない。ヘビもそう嫌いじゃない。しかし、俺自身は非常に気が多くてな…嫁さん1人で満足出来る自信がない。というかその位置なら、俺に染みついてる匂いも分かるはずなんだが」
「…ええ、確かにトロールの匂いがするわね。これは…トロールと性交したのね? でも、お嫁さんが1人じゃ満足出来ないって…つまり、ハーレムを作りたいの?」
「ああ、出来ればおっぱいが大きく、温厚で優しい魔物娘たちとな」
俺がそう言うと、ケイトは声に出してアハハと笑う。
ひとしきり笑った後、ケイトが俺の拘束を解き、再び真正面に立った。
「いいわ。一夫一妻制を好む魔物娘に対して、他の子の匂いを漂わせながら、お手付きでありながら、目の前でハーレムを作りたいという、無謀ともとれる勇気ある発言をする貴方に称賛を送りましょう」
「ッ!? じゃあ…」
「そうね、イクスの言う通り、少し時間はかかるでしょうけど、2〜3日の間に、非戦闘員を街から逃がすわ…その代わり…」
「ああ、分かってる。襲撃してきた騎士団の連中は、俺以外ならケイトたち魔物娘の好きにしていい。魔物娘は人間を殺さないって知ってるからな。男が、婿が欲しい魔物娘は多いんだろう? たなんだったらミシェルとリオ…シスターとヴァルキリーを堕落させて、ダークプリーストとダークヴァルキリーにしちまうのも面白いかもな」
ダークプリーストとダークヴァルキリーは、こと男を堕落させることに関しては、他に比肩する存在がおらず、またアイツらみたいな頭でっかちの童貞じゃ、彼女らが放つ誘惑にはまず抗えないだろう。
つまり俺がいま言ったのは、魔物娘たちにとっての脅威であるシスターやヴァルキリーを、堕落させることによって、逆に騎士団にとっての脅威に変えちまおう…みたいな話だ。
「あはは、イイわねそれ。その案いただくわ。今夜あたり、私の知り合いのサキュバス…いえ、その姉のリリムに話をして、堕落作戦用の人員を集めておくよう頼んでおくわ」
知り合いにリリムがいるなら心強い。
何を隠そうリリムは先代魔王の後釜を継いだ現魔王と同種の魔物娘。
その美貌たるや老衰で死ぬ寸前の老人さえ勃起させ、溢れる魔力で一気にインキュバス化させ、若返らせてしまうほどだと言われる。
「よっしゃ、これで最初の関門はクリアしたな。ああ、ケイト」
「何かしら?」
「実は今日の昼から何も食ってなくてな…安くてうまいメシが食える食事処と、安宿でいいから宿泊所を教えてくれ。あ、店主は既婚者が望ましい」
それなりにイイものを食べてから教会を出発したのだが、それから森でフロウに襲われて精を摂取され、相当なカロリーを消費した。
そしてそれだけでは飽き足らず、ハニービーとホーネットの捜査網を潜り抜け、森の主と思われるドリアード、ならびにドロームの勢力圏を迂回することで精神を摩耗し、街に入ってあの乱痴気騒ぎで気力を失った。
つまるところ、俺はいま、相当な空腹と強い眠気に苛まれているのだ。
「ご飯が安くておいしくて、宿泊料金も安く、店主が既婚者…ってなると、宿屋『北風』しかないわね」
『北風』という宿屋は、セルキーの妻を持つ夫が経営する宿屋で、ここミルディアにおいては、知る人ぞ知る名店らしい。
安い料金で良い食事がたくさん食べられ、しかも同じぐらいの料金で3泊は出来るというリーズナブルさを誇るらしい。
「ただ、店主が既婚者だから、夜中は…ね」
「…ああ、愛を営むわけだ、夫婦で激しく」
「そういう事」
セルキーは北部の氷河地帯に住む魔物娘で、アザラシの精霊とされており、アザラシの毛皮を纏った姿をしている。
魔物娘の中では珍しく、人間の男を求めることに淡泊で、そう積極的に人間の男を襲うことは無いという。
というのも彼女たちが着ている毛皮は、それそのものが彼女たちにとっての“温かさ”の象徴で、それを着ている限りは、心身ともに安定しているらしいのだが、何かの拍子にその毛皮が脱げてしまった場合、彼女たちは身も心も“寒さ”に耐え切れなくなり、やむを得ず人間の男を襲い…結果として男の“温かさ”に依存する形で夫婦となるとのこと。
これから泊まるであろう『北風』とやらの店主も、そういった経緯でセルキーと結ばれたクチなのだろう。
「だから万が一…いえ、千が一…ううん、十が一でもいいわ。店主の愛の営みでムラムラしちゃったら、あそこに見える私の屋敷を訪ねてきなさい。貴方が相手ならいつでも歓迎するわ。もちろん身も心も、ね?」
「…考えておく」
「ありがとう。じゃあ私はこの辺で失礼するわ。この町の有力者を集めて会議を開かなくちゃいけないから」
「ああ。面倒ごとを持ってきた身で申し訳ないが、出来るだけ怪我人が少なくなる手段を頼む」
「ええ、期待しててちょうだい」
言って去っていくケイトを見送り、俺は『北風』という宿へと足を向けた。
17/05/15 22:26更新 / イグニス
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