森の真ん中で
東の森。
教団本部のある街から東に馬車で数日の位置にある、正式な名称は存在しない、ただ方角と環境で呼ばれるだけの森。
内部は凄まじいまでに鬱蒼としており、素人だと確実に迷うほど入り組んでいる。
一応は獣道が存在するが、それも人間2人が並んで歩ける程度の幅しかなく、1歩道を踏み外せばたちまち迷子と化し、最終的には森林棲息型の魔物娘の餌食になるだろう。
そんな森は迂回して進むべきなのだが、森は南北に過酷な環境が広がっており、迂闊に迂回などすればそれこそ危険度が跳ね上がる。
表記だけしておくならば、まず森の北側は巨大な墓地である。
ここは先の魔王代替わり以前より、国内で死んだ死者を埋葬して弔う場所であったのだが、魔王が代替わりした際に迸った魔力で女性の死者がアンデッド型の魔物娘として蘇生…夜ともなれば無数のゾンビやグールといったアンデッド型の魔物娘が徘徊し、状況次第ではワイトやリッチといった、アンデッド型魔物娘の中でも特に強い種族が現れる場所になっている。
今回の作戦の同行メンバーには、光の力を使えるシスターのミシェルと、同じく光の力を使えるヴァルキリーのリオが居るが…いかに彼女たちといえど、3ケタに近いアンデッド型魔物娘を同時に相手にして、俺を含む他の連中も守り切れるかといえばそうでもない。
そして森の南には太古の遺跡に繋がるとされる、通称を『闇の洞』と呼ばれるダンジョンの入り口がある。
ダンジョンは魔王代替わり以前から存在する謎の施設で、研究が始まってから結構な時間が経つが、それでもなお多くの謎が残されている。
そんなダンジョンには数多くの魔物娘が住んでおり、迷い込んだ者の精を摂取しようとせんばかりか、逆にダンジョンから出てきて周囲の男を襲うことも多々ある。
ここに出てくる魔物娘はゴブリンやワーバットにスライムといった、危険度が比較的低い魔物娘の他、時折だがラージマウスやデビルバグといった、徒党を組んで襲い掛かってくる魔物娘も存在する。
ロイドやヘンリーは戦えるだろうが、ジョンはその巨躯が邪魔になるだろうし、レガスは鳥目らしいので暗中での戦闘は不得手だ。
ゆえに結論として森を直進する以外に道はないのだが…
「……トロールか?」
先行して森に入っていた俺は、森の真ん中で1人の魔物娘に遭遇した。
足元の雑草を踏み分けつつ歩く俺の前に姿を現したのは、大木の洞で眠りこけるトロールであった。
トロールは洞窟や荒野に住む魔物娘で、非常に温厚で優しい性格をした者が多い。
大地の精霊との親和性が高く、その身に大地の力を宿している。
大地の力を得ているせいか、その頭には様々な種類の草花が生えており、中には魔界でしか拝めないような貴重品もあるとか。
「すぅ……すぅ……」
俺の前に姿を現したトロールは、おそらくは自分の頭から採取したであろう草花を使い、大木の洞を昼寝がしやすい環境に作り替え、そこで眠っていた。
トロールは頭の花が日光を浴びると、花が持つ催淫効果や幻惑効果が全身を回り、そしてその身に宿る大地の力が活性化する。
こうなったトロールはその眠そうな状態とは裏腹に、魔物娘としての本能が強く前に出てしまっており、迂闊に近寄ろうものなら即座に取り押さえられ、精を搾り取られてしまう。
「…うーん、このトロールは俺が見た中でもずば抜けて胸が大きいし、両者合意の上なら構わんと思うが…」
数多い魔物娘の中には、当然だがグラマーな者やスレンダーな者、ロリ体格の者や非人型体格の者などがいる。
トロールはグラマー体格の分類に属し、ボイン好きやムチムチ好きには堪らないスタイルをしている。
眼前のトロールはそのグラマー体格の中で、抜きんでておっぱいが大きく…着込んだ緑色のワンピースは、大きすぎるおっぱいに押し上げられ、いまにも張り裂けそうになっている。
もちろんのこと俺はおっぱいの大きい子が好きで、相手が美人で優しく、温厚であればなおグッドといった感じだ。
「そういった意味ではこのトロールの嬢ちゃんは、個人的にすげぇ好みなんだが…任務中じゃなけりゃなぁ」
とりあえず地図を取り出し、持ってきた羽根ペンで印をつける。
ここにはトロールがねぐらを作っており、通ると花の効果、また搾精によって戦力減少の恐れあり、と。
「…あの……」
「ん?」
この地点だけでも迂回するルートを探す俺に、のんびりとした口調で声がかけられた。
振り返ってみれば件のトロールが目を覚ましており、ぼんやりとした表情で俺の事を見ていた。
「済まん、起こしてしまったか。悪いな、もうちょっとしたら立ち去るから、少し待っててくれ」
「…立ち去る? その格好……お兄さんは騎士ですよね? 騎士なら私を、魔物娘を退治したりしないんですか?」
「退治? しねぇよ。俺は確かに騎士だが、ちょっと事情があってな。手合せを望まれたりしないかぎり、自ら魔物娘に向ける剣は持ってないのさ」
武闘派の魔物娘であれば、婿探しのために剣や拳を振るい、戦いの果てに婿を得ようとする種族もいる。
父さんからもらった図鑑によれば、リザードマンやサラマンダー、高位種族であれば人虎(ジンコ)や火鼠(ヒネズミ)がいい例だ。
まぁそういった種族に対しては、手合せに勝っても負けても婿にされてしまうため、手合せをするしないの段階で上手く話をする必要があるが。
「事情、ですか?」
「まぁな。ちょっと説明しづらいから、深くは聞かないでくれ」
「そうですか…分かりました」
「おっと、言い忘れるところだったぜ。トロールの可愛いお嬢ちゃん」
「可愛いお嬢ちゃんだなんて、そんな…あ、そういえば自己紹介してませんでしたね。私はフロウって言います」
フロウとは故郷の言葉で『花』を意味すると教えてもらう。
なるほど、花咲くトロールにフロウとは…
「フロウ、か。良い名前だ。俺はイクスハルト・キドナ。見ての通りしがない騎士さ。イクスって呼んでくれ」
「はい、イクスさん」
「よし。じゃあフロウ、よく聞いてくれ。今日から5日後以降、この森を騎士団が通る。目的はここからさらに東…森を抜けた先の親魔物領の街、ミルディアを落とす事」
「えっ…」
「その時にここを通る騎士団の連中は、俺とは違ってバリバリの反魔物派だ。だから逃げろ。今からならまだ間に合う。もし出来るのであれば、この森から出来るだけ多くの魔物娘を連れて逃げてくれ」
突如として告げられた情報に、トロールの娘さん…フロウは、その目を真ん丸に見開いて驚いた。
そりゃそうだろう…自分たちを害する存在であるはずの騎士から、まさか事前の襲撃予告を受けたのだろうから。
「そんな…じゃあイクスさんも…?」
「俺か? さっきも言ったが、俺は自ら進んで魔物娘に向ける剣を持ってない」
だから先んじて斥候として行動し、陥落対象となった場所に住む魔物娘にコンタクトを取り、計画を漏らして逃げろと告げるのが俺のやり方。
血気盛んな魔物娘だと『来るなら来てみろ、そのかわり何人がその日の内に魔物化するかな?』的な話になるが、それでも逃げろと促すには促す。
救える魔物娘を救わず見殺しにする、これほど胸クソ悪い話などあるものか。
「それって、騎士団からしたら命令違反なんじゃ…」
「そうだな。バレたら処罰は免れんだろう」
「なんで、そこまでして…」
「なんでって…そりゃ俺が親魔物派だからさ」
親魔物派、対義語は反魔物派。
魔物娘は主に教団の…主神教信徒たちから『人間を殺し、そして喰らう。人間の敵』とされている。
これは魔物娘に連れ去られた人間が帰ってこない事に起因するのだが、実際は彼女達と添い遂げているだけの話である。
なにより勘違いしてはいけないのは、魔物娘たちは概ね人間に対して友好的で、特に人間の男が大好きだという事。
人間の男性がいなければ生きていられない…いや、時として正気を保つ事すら出来なくなる彼女たちにとって、人間を殺したり食ったりなど出来るはずもなく、精を得る為の性交でさえ、決して吸い殺すような事はしない。
だからこそ彼女たちは人間に愛をもって接し、その愛を受け入れた人間を親魔物派と呼ぶ。
…つまり反魔物派は、教団の掲げる思想に染まっちまった連中、ってことになるかな。
「…で、だ。俺はそんな親魔物派であり、しかも嫁さんを募集中の身でもある」
「お嫁さん……ッ!? そ、それって、もしかして私みたいなトロールを…?」
「みたいなって、いやいや、フロウも十分に合格だぜ? だが、問題があってな」
「問題、ですか?」
「ああ、何を隠そう、俺に気が多いってのが一番の問題なんだよ」
魔物娘は精を欲するゆえに、手に入れた伴侶を生涯にわたって独占し、徹底的に愛しようとする。
一部の魔物娘には、伴侶の思考を改変してまでも、伴侶と共にいようとする種族もいるらしい。
寝ても覚めても嫁さんの事しか考えられない…それはそれで幸せかもしれん。
しかし俺はそうではない。
俺という男は、どちらかと言えばハーレムを望むタイプであり、一夫一妻制を好む魔物娘とは逆の境地にいる。
自分がハーレムの一員である事を好む『バイコーン』という魔物娘も、いるにはいるが。
話が逸れた。
「さっきも言ったとおり、俺の目から見てフロウは確かに合格だ…が、俺はフロウ1人じゃ満足できない自信がある」
「……」
父と同じようにインキュバス化する事が前提だが、それでも5人は嫁さんが欲しい。
もちろんフロウのような、おっぱいが大きくて、優しくて温厚な性格の子がいい…って、コレはさっきも言ったな。
「ってなワケで、合格確実なフロウには怪我をしてほしくないから、こうして事前に逃げろって教えてるのさ」
「……」
呆然とした表情のまま、フロウは動かなくなってしまった。
どうやらショックが大きすぎたらしい。
まぁ仕方ないだろう…一夫一妻制は大多数の魔物娘が持つ、本能のようなものだし、理解できないとしても気にしない。
とりあえずはこの子が怪我をしないでいてくれれば、俺としてはそれで充分だったりするのだが。
「……イクスさん」
とりあえず退避勧告は済ませたし、本来の任務に戻ろうかとしたその時。
それまでより幾分暗い声で、フロウが俺を呼ぶ。
「ん? どうした?」
木の洞からのそっと這い出てきたフロウだが、俯いておりその表情は分からない。
代わりにその頭に生えてるのと、足首の周りの花が、次から次へと開花しているのが気になるが…
「(あれ? そういえばトロールの頭の花って、日光を浴びると活性化するんだよな?)」
花が活性化すると、どうなるんだっけ?
確か、トロールの頭の花には、幻惑や催眠効果を持つ魔界の植物も混じってて…そうそう、陽光を浴びて花が活性化すると、その花の有効成分が頭から体中に回り、彼女たちを発情させ…
…発情させ?
「…こりゃマズ…うおっ!」
次の瞬間、俺は森の地面に押し倒されていた。
教団本部のある街から東に馬車で数日の位置にある、正式な名称は存在しない、ただ方角と環境で呼ばれるだけの森。
内部は凄まじいまでに鬱蒼としており、素人だと確実に迷うほど入り組んでいる。
一応は獣道が存在するが、それも人間2人が並んで歩ける程度の幅しかなく、1歩道を踏み外せばたちまち迷子と化し、最終的には森林棲息型の魔物娘の餌食になるだろう。
そんな森は迂回して進むべきなのだが、森は南北に過酷な環境が広がっており、迂闊に迂回などすればそれこそ危険度が跳ね上がる。
表記だけしておくならば、まず森の北側は巨大な墓地である。
ここは先の魔王代替わり以前より、国内で死んだ死者を埋葬して弔う場所であったのだが、魔王が代替わりした際に迸った魔力で女性の死者がアンデッド型の魔物娘として蘇生…夜ともなれば無数のゾンビやグールといったアンデッド型の魔物娘が徘徊し、状況次第ではワイトやリッチといった、アンデッド型魔物娘の中でも特に強い種族が現れる場所になっている。
今回の作戦の同行メンバーには、光の力を使えるシスターのミシェルと、同じく光の力を使えるヴァルキリーのリオが居るが…いかに彼女たちといえど、3ケタに近いアンデッド型魔物娘を同時に相手にして、俺を含む他の連中も守り切れるかといえばそうでもない。
そして森の南には太古の遺跡に繋がるとされる、通称を『闇の洞』と呼ばれるダンジョンの入り口がある。
ダンジョンは魔王代替わり以前から存在する謎の施設で、研究が始まってから結構な時間が経つが、それでもなお多くの謎が残されている。
そんなダンジョンには数多くの魔物娘が住んでおり、迷い込んだ者の精を摂取しようとせんばかりか、逆にダンジョンから出てきて周囲の男を襲うことも多々ある。
ここに出てくる魔物娘はゴブリンやワーバットにスライムといった、危険度が比較的低い魔物娘の他、時折だがラージマウスやデビルバグといった、徒党を組んで襲い掛かってくる魔物娘も存在する。
ロイドやヘンリーは戦えるだろうが、ジョンはその巨躯が邪魔になるだろうし、レガスは鳥目らしいので暗中での戦闘は不得手だ。
ゆえに結論として森を直進する以外に道はないのだが…
「……トロールか?」
先行して森に入っていた俺は、森の真ん中で1人の魔物娘に遭遇した。
足元の雑草を踏み分けつつ歩く俺の前に姿を現したのは、大木の洞で眠りこけるトロールであった。
トロールは洞窟や荒野に住む魔物娘で、非常に温厚で優しい性格をした者が多い。
大地の精霊との親和性が高く、その身に大地の力を宿している。
大地の力を得ているせいか、その頭には様々な種類の草花が生えており、中には魔界でしか拝めないような貴重品もあるとか。
「すぅ……すぅ……」
俺の前に姿を現したトロールは、おそらくは自分の頭から採取したであろう草花を使い、大木の洞を昼寝がしやすい環境に作り替え、そこで眠っていた。
トロールは頭の花が日光を浴びると、花が持つ催淫効果や幻惑効果が全身を回り、そしてその身に宿る大地の力が活性化する。
こうなったトロールはその眠そうな状態とは裏腹に、魔物娘としての本能が強く前に出てしまっており、迂闊に近寄ろうものなら即座に取り押さえられ、精を搾り取られてしまう。
「…うーん、このトロールは俺が見た中でもずば抜けて胸が大きいし、両者合意の上なら構わんと思うが…」
数多い魔物娘の中には、当然だがグラマーな者やスレンダーな者、ロリ体格の者や非人型体格の者などがいる。
トロールはグラマー体格の分類に属し、ボイン好きやムチムチ好きには堪らないスタイルをしている。
眼前のトロールはそのグラマー体格の中で、抜きんでておっぱいが大きく…着込んだ緑色のワンピースは、大きすぎるおっぱいに押し上げられ、いまにも張り裂けそうになっている。
もちろんのこと俺はおっぱいの大きい子が好きで、相手が美人で優しく、温厚であればなおグッドといった感じだ。
「そういった意味ではこのトロールの嬢ちゃんは、個人的にすげぇ好みなんだが…任務中じゃなけりゃなぁ」
とりあえず地図を取り出し、持ってきた羽根ペンで印をつける。
ここにはトロールがねぐらを作っており、通ると花の効果、また搾精によって戦力減少の恐れあり、と。
「…あの……」
「ん?」
この地点だけでも迂回するルートを探す俺に、のんびりとした口調で声がかけられた。
振り返ってみれば件のトロールが目を覚ましており、ぼんやりとした表情で俺の事を見ていた。
「済まん、起こしてしまったか。悪いな、もうちょっとしたら立ち去るから、少し待っててくれ」
「…立ち去る? その格好……お兄さんは騎士ですよね? 騎士なら私を、魔物娘を退治したりしないんですか?」
「退治? しねぇよ。俺は確かに騎士だが、ちょっと事情があってな。手合せを望まれたりしないかぎり、自ら魔物娘に向ける剣は持ってないのさ」
武闘派の魔物娘であれば、婿探しのために剣や拳を振るい、戦いの果てに婿を得ようとする種族もいる。
父さんからもらった図鑑によれば、リザードマンやサラマンダー、高位種族であれば人虎(ジンコ)や火鼠(ヒネズミ)がいい例だ。
まぁそういった種族に対しては、手合せに勝っても負けても婿にされてしまうため、手合せをするしないの段階で上手く話をする必要があるが。
「事情、ですか?」
「まぁな。ちょっと説明しづらいから、深くは聞かないでくれ」
「そうですか…分かりました」
「おっと、言い忘れるところだったぜ。トロールの可愛いお嬢ちゃん」
「可愛いお嬢ちゃんだなんて、そんな…あ、そういえば自己紹介してませんでしたね。私はフロウって言います」
フロウとは故郷の言葉で『花』を意味すると教えてもらう。
なるほど、花咲くトロールにフロウとは…
「フロウ、か。良い名前だ。俺はイクスハルト・キドナ。見ての通りしがない騎士さ。イクスって呼んでくれ」
「はい、イクスさん」
「よし。じゃあフロウ、よく聞いてくれ。今日から5日後以降、この森を騎士団が通る。目的はここからさらに東…森を抜けた先の親魔物領の街、ミルディアを落とす事」
「えっ…」
「その時にここを通る騎士団の連中は、俺とは違ってバリバリの反魔物派だ。だから逃げろ。今からならまだ間に合う。もし出来るのであれば、この森から出来るだけ多くの魔物娘を連れて逃げてくれ」
突如として告げられた情報に、トロールの娘さん…フロウは、その目を真ん丸に見開いて驚いた。
そりゃそうだろう…自分たちを害する存在であるはずの騎士から、まさか事前の襲撃予告を受けたのだろうから。
「そんな…じゃあイクスさんも…?」
「俺か? さっきも言ったが、俺は自ら進んで魔物娘に向ける剣を持ってない」
だから先んじて斥候として行動し、陥落対象となった場所に住む魔物娘にコンタクトを取り、計画を漏らして逃げろと告げるのが俺のやり方。
血気盛んな魔物娘だと『来るなら来てみろ、そのかわり何人がその日の内に魔物化するかな?』的な話になるが、それでも逃げろと促すには促す。
救える魔物娘を救わず見殺しにする、これほど胸クソ悪い話などあるものか。
「それって、騎士団からしたら命令違反なんじゃ…」
「そうだな。バレたら処罰は免れんだろう」
「なんで、そこまでして…」
「なんでって…そりゃ俺が親魔物派だからさ」
親魔物派、対義語は反魔物派。
魔物娘は主に教団の…主神教信徒たちから『人間を殺し、そして喰らう。人間の敵』とされている。
これは魔物娘に連れ去られた人間が帰ってこない事に起因するのだが、実際は彼女達と添い遂げているだけの話である。
なにより勘違いしてはいけないのは、魔物娘たちは概ね人間に対して友好的で、特に人間の男が大好きだという事。
人間の男性がいなければ生きていられない…いや、時として正気を保つ事すら出来なくなる彼女たちにとって、人間を殺したり食ったりなど出来るはずもなく、精を得る為の性交でさえ、決して吸い殺すような事はしない。
だからこそ彼女たちは人間に愛をもって接し、その愛を受け入れた人間を親魔物派と呼ぶ。
…つまり反魔物派は、教団の掲げる思想に染まっちまった連中、ってことになるかな。
「…で、だ。俺はそんな親魔物派であり、しかも嫁さんを募集中の身でもある」
「お嫁さん……ッ!? そ、それって、もしかして私みたいなトロールを…?」
「みたいなって、いやいや、フロウも十分に合格だぜ? だが、問題があってな」
「問題、ですか?」
「ああ、何を隠そう、俺に気が多いってのが一番の問題なんだよ」
魔物娘は精を欲するゆえに、手に入れた伴侶を生涯にわたって独占し、徹底的に愛しようとする。
一部の魔物娘には、伴侶の思考を改変してまでも、伴侶と共にいようとする種族もいるらしい。
寝ても覚めても嫁さんの事しか考えられない…それはそれで幸せかもしれん。
しかし俺はそうではない。
俺という男は、どちらかと言えばハーレムを望むタイプであり、一夫一妻制を好む魔物娘とは逆の境地にいる。
自分がハーレムの一員である事を好む『バイコーン』という魔物娘も、いるにはいるが。
話が逸れた。
「さっきも言ったとおり、俺の目から見てフロウは確かに合格だ…が、俺はフロウ1人じゃ満足できない自信がある」
「……」
父と同じようにインキュバス化する事が前提だが、それでも5人は嫁さんが欲しい。
もちろんフロウのような、おっぱいが大きくて、優しくて温厚な性格の子がいい…って、コレはさっきも言ったな。
「ってなワケで、合格確実なフロウには怪我をしてほしくないから、こうして事前に逃げろって教えてるのさ」
「……」
呆然とした表情のまま、フロウは動かなくなってしまった。
どうやらショックが大きすぎたらしい。
まぁ仕方ないだろう…一夫一妻制は大多数の魔物娘が持つ、本能のようなものだし、理解できないとしても気にしない。
とりあえずはこの子が怪我をしないでいてくれれば、俺としてはそれで充分だったりするのだが。
「……イクスさん」
とりあえず退避勧告は済ませたし、本来の任務に戻ろうかとしたその時。
それまでより幾分暗い声で、フロウが俺を呼ぶ。
「ん? どうした?」
木の洞からのそっと這い出てきたフロウだが、俯いておりその表情は分からない。
代わりにその頭に生えてるのと、足首の周りの花が、次から次へと開花しているのが気になるが…
「(あれ? そういえばトロールの頭の花って、日光を浴びると活性化するんだよな?)」
花が活性化すると、どうなるんだっけ?
確か、トロールの頭の花には、幻惑や催眠効果を持つ魔界の植物も混じってて…そうそう、陽光を浴びて花が活性化すると、その花の有効成分が頭から体中に回り、彼女たちを発情させ…
…発情させ?
「…こりゃマズ…うおっ!」
次の瞬間、俺は森の地面に押し倒されていた。
15/07/16 20:33更新 / イグニス
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