前編
私はある計画を練っていた。
主神に仕える信者として、魔物を滅ぼす方法を・・・。
私はこの町“シャクナゲ”の司教“グンバイ・ホワイト”
反魔物領で教団に従事する信者だ。この町では主神の教えを人々へ説き、魔物への排他的な思想になるよう指導している。しかし、人々がそれを理解しても、魔物の驚異に晒されることは変わらない。
何とかそれを変えられないか、日夜そのことについて試行錯誤する毎日を送っていた。そんなときに思い付いたのが、教団の中でも当たり前で特に重視されていること。
“勇者の存在”
一騎当千をも可能とする強者の人間。魔物を倒し、人々に希望を与える存在。剣技や魔法に優れた者が持つ称号。その存在を知らしめたレスカティエ教国は多数の勇者を産出したと言われている。
だが、勇者を作り上げる工程はかなり過酷だとも言われている。
まず、魔に対する抵抗力。これが無ければ、女はすぐに魔物化し、男は発情したサルへと変貌する。
次に、その者が持つ能力。魔物は身体能力や魔力が高いため、それらを圧倒する程の力や術が必要となる。
後は、人々を導くカリスマ性。これは兵士達の士気を高めるために必要な能力だが、私からすればあまり必要ないだろう。
大抵は集めた兵士達の中で厳しく選抜された者や、王族や貴族で飛び抜けて優秀な者が勇者となる。たまに田舎から出てきた者や孤児の中で選ばれた者がいるらしい。
そんな勇者達だが、彼らは完璧とは言えない。勇者が多数居たにも関わらず、あのレスカティエ教国は落とされた。また、報告書を確認すると、あちこちで勇者が行方不明となっている。しかも女勇者の場合、魔物化したという報告がほとんどだ。
一途の希望でもあるそれは、所詮人間を強化させたものだ。人は感情を持ち、それに従って行動する。そこを突かれたらどんな人間だろうと脆く崩れ去るだろう。
では・・・感情が元からなければ?
そんな軽く思い付いたことが、私のこの先の人生を大きく変えることになるとは思いもしなかった。
20歳を超えた私は、ある人物と出会うこととなる。
シスターであるクラナ・フラスター。長い金髪で緑色の瞳が似合うとても綺麗な女性。
彼女は書類によると、魔への抵抗力が高いらしい。それ以外は普通の女性となんら変わりはない。そんな彼女と知り合い、私は胸に抱いていた野望が蠢いた。
この女を利用すれば・・・。
私は内面を悟られぬよう紳士な態度で彼女に近付いた。向こうは警戒心もなく、純粋な心で対応してくれた。たとえ彼女がミスを犯しても、それを全面的に私が請け負った。内心では腹を立てていたが、それを表面に出すわけにはいかない。
やがて、彼女から好意を寄せるようになり、私も彼女に対して好意を寄せる“演技”をした。その甲斐あって、私は彼女と結婚した。此処まではまだ序の口。此処から先が慎重に行動しなければならないのだ。
まずは妻との性行為で、子どもを作らなければならなかった。できれば“女の子”が目標。男の子だと魔物から狙われやすいと考えていたからだ。
運よく数週間で妻は孕んだ。生まれてくる赤子が女児であること期待した。
生まれた赤子は待望の女の子だった。妻も喜びに満ち溢れていたが、私はある準備をしていた。
これからすることは恐らく妻は反対するだろう。
そうなると私の計画に邪魔な存在となる。
今からすることは・・・。
流石に赤子を育てるのは苦労した。こういう時こそ、母親などに育てさせるのが得策だが、それらが“いない”以上、私が育てるしかない。何よりこのときに教育させなければ意味がないのだ。
まずは一人で歩けるまでは普通に育てた。
一人で立ち、自ら動き回れるようになったら・・・。
制限を付けての生活をさせた。
食事、トイレ、睡眠、しゃべることすら、必要あるときにだけさせ・・・。
必要のないときはさせなかった。
無論、我慢できなかったときは、手痛い罰を与える。
基本、私の許可なしに行動することは許さない。
そうすることで私の指示通りに動く存在へとなるはず・・・。
20年後・・・。
40歳を超えた私は枢機卿となり、教団からこの町を治める領主を任された。
何故、そこまでの高い地位を得たのか。
それは・・・私の娘であり、勇者である“クリネ・ホワイト”がいるからである。
亡き妻と同じ金色の長髪と緑色の瞳を持つ美貌。
豊満な胸にプロポーションの良い身体。
頭以外は動きやすい純白の装甲を纏っている。
右手には、特別に加工された鋼鉄の斧槍(ハルバード)を軽々と持つ。
こうしてみると、一般の兵士と変わらないように見えるが、その戦績は異常なものだった。
以前から悩まされていたアマゾネスの集団による襲撃。私の指示のもと、彼女を出撃させたら、数分で全てを撃退した。その後もミノタウロスやオーガといった力のある魔物を返り討ちにした。
力のある魔物を倒した噂が広まったのか、サキュバスやインプなどがやってくるようになった。それでも、魔力での攻撃で挑む魔物達ですら、娘の敵ではなかった。
最も娘の名が知れ渡った要因。それはバフォメットを撃退したことだ。町のど真ん中で一騎打ち。強大な魔力を持つ魔物だが、そんな恐るべき相手に娘は挑んだ。約一時間後、我が娘の勝利で決着がついた。敗北したバフォメットは魔女達によって逃げ出し、それを見ていた民衆は歓喜を上げる。
このことが教団の上層部にも知れ渡り、我が娘は勇者という称号を得ることに成功した。そして、その存在を作り得た私自身も町を治める代表として成り上がることとなる。
教団の指示で魔物の討伐があれば、私は娘を連れていった。何しろこの娘は、私以外の言葉を聞かない。彼女は私の指示が無ければ動くことすらしない。身の周りの世話は付き添いのメイドなどに任せるようにした。
今回、私の町から少し離れた森林地帯。その近くの山岳にドラゴンが住み着いたと情報が入り、私達は多数の兵士とともに討伐へ向かった。途中、盗賊や魔物と出くわしたが、石ころ程度の障害に過ぎない。森林の開けた場所に野営し、そこを拠点にドラゴンの居る住処を目指した。
流石、地上の王者と言われる魔物。かなり苦戦を強いられたようだが、軽い損害で討伐に成功した。弱りきったところを我が娘がとどめの一撃を与えた。それにより巨大化したドラゴンの片角が叩き折れ、相手は一目散に空の彼方へと逃げ去った。
私はすぐにこのことを教団本部に伝えるよう一人の兵士に指示した。この戦績は歴史に名を残すことになるだろう。勇者である彼女の名を叫ぶ兵士達とともに、拠点である陣営へと戻った。
「グンバイ卿、回収したドラゴンの角を押収物のテントに運び込みました」
「ご苦労」
兵士の報告を聞き、私は付き添いのメイドを呼び付ける。彼女に戦闘で汚れた娘を綺麗にするよう指示した。彼女は「かしこまりました」と一言言って、その場から娘を連れていく。
この後、教団本部から上層部と謁見するよう言われるだろう。ならば自慢の娘は綺麗に仕立てる必要がある。それなりに身なりを整えようかと思いながら、私専用のテントへと向かった。
日が落ち、夜が更けた頃。
大きいテント内で椅子に座り、机にある書類を一枚書き終えたときだった。誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。その音は段々とこちらへ近付き、テントの入口までやってきた。
「ご主人様!!」
入ってきたのは、娘の世話係であるメイド。彼女は息を切らし、慌てた様子でしゃべり出す。
「お嬢様が・・・お嬢様が!」
「娘がどうした?」
どうやら私の娘に何かあったのだろう。稀にではあるが、あの娘は予測不可能な行動するときがあった。だが、仕置きとともにそれをしないよう再教育をすれば改善される。どうせそのことだろうと思い、彼女の報告を聞く。
「わたくしに・・・微笑んできました!」
「・・・はっ?」
「そ、それだけではありません! わたくしの問い掛けにも答え・・・今お一人で歩かれております!!」
「なんだと!?」
メイドの言葉に私は耳を疑った。
私が20年も掛けて、教育した娘。
感情もなく、しゃべることすらしない。
指示されなければ、戦闘はおろか、食事、睡眠、トイレ、入浴などの日常生活もしない。
私の命令だけで動くはずの人形が・・・。
「何処にいる!? 案内しろ!!」
「は、はい!」
陣営の端にある人気のない場所。そこに我が娘が見張りの兵士に話し掛けていた。ありえない。無表情だったあの娘がしゃべり、自身で行動しているなんて・・・。
「クリネ!!」
私は娘の名を叫んだ。その大声で見張りの兵士がこちらに向き、釣られて我が娘も顔を向けた。怒る心を抑えながら私は娘の傍へと近付く。
「何をしている!? 一人で動くなと言ったはずだぞ! またお仕置きをされたいのか!?」
「・・・・・・?」
「さっさとついて来い! また教育をし直さねば・・・」
娘にそう言って、戻ろうと振り返ったときだった。
「おじちゃん誰?」
「・・・・・・はっ?」
突如、娘から放たれた言葉。それに反応して、再び娘の方へ振り返った。
「な、何を言って・・・」
「おじちゃん・・・知らない人・・・」
「わ、私は! お前の父親だぞ!!」
「違う・・・おじちゃんは“あたい”のお父ちゃんじゃない」
「!?」
「おじちゃんは知らない人・・・だから付いて行かない」
ち、父親じゃない?
私を知らないだと・・・?
な、何故・・・?
何処で間違えたのだ?
言うことを聞かせるよう・・・そう教育したはずか・・・。
「ばいばい・・・知らないおじちゃん」
左手を振る娘だったものが、斧槍を引きずりながらその場を立ち去っていく。
私はその場で両膝をつき、茫然として、娘の背中を見つめることしかできなかった。
ちょうどその頃、彼らがいる陣営に20人程度の騎士達が馬に乗ってやって来た。それらを率いているのは短い金髪の女騎士。彼女は教会騎士団の団長を務めている者。凛々しい姿に厳格な雰囲気を漂わせている。
彼女は他の騎士達とともに馬から降り、陣営の見張りにいた兵士に尋ねる。
「此処の指揮官であるグンバイ卿は何処におられますか?」
陣営の端で茫然自失となった男性。その周りに騎士達が囲み、先程の女騎士が彼の目の前で立っていた。
「教会騎士団第8師団団長の“ミティ・ソーレ”です。枢機卿“グンバイ・ホワイト”ですね?」
「・・・」
「あなたに逮捕状が届いております。罪状は・・・すでにお分かりですね?」
「・・・」
「シスター“クラナ・フラスター”の殺害容疑であなたを拘束させてもらいます」
「・・・」
何も言わず虚空を見つめる彼に対し、女騎士は部下に目配せする。その合図で、部下の騎士達が枢機卿に手枷をはめて、ロープで縛り上げた。
「後は教団管轄の収容所でお話を聞かせてもらいます。連れて行きなさい」
「「「はっ!」」」
その場から連れて行かれる枢機卿。彼の後を追うように女騎士も歩き始める。
(これで・・・ようやくあなたの敵討ちが出来ました)
「団長!」
遠くから走ってきた部下の一人が彼女に呼び掛けた。
「どうしました?」
「勇者クリネの姿が見つかりません!」
「なんですって!?」
「兵士達も何処へ行ったかを知らないらしく・・・」
「すぐに探させなさい! まだ付近にいるはずです!」
「「「「はっ!」」」」
その後、すぐに捜索されたにも関わらず、グンバイ卿の娘である勇者“クリネ・ホワイト”の行方は分からずじまいとなる。
なお、収容所へ送られた枢機卿“グンバイ・ホワイト”は何も語らず、彼の書斎から見つかった日誌により、彼の妻であるシスター殺害と娘への虐待が発覚。永久投獄となるが、1ヵ月後に牢獄内で衰弱死した。
ドラゴン討伐から翌日の昼頃。
反魔物領であるシャクナゲから数キロ離れた森林地帯にある魔物の隠れ里があった。
“アマゾネス”
女主体の部族が魔物化した種族。此処の集落は男照りが続いていたため、一番近い人間の居る町“シャクナゲ”へ定期的に襲撃を行っていた。しかし、ここ最近は勇者の存在により、なかなか成果が上げられず、未婚者が嘆く毎日である。
そんな集落の見張り番であるアマゾネスの一人が、大木の上に設置された矢倉からあるものを見つけた。
「んぅ?・・・あっ、あれは!? 大変!!」
彼女は慌てて、アマゾネスの族長のところへ飛び向かう。
多数のアマゾネス達が武装し、その先頭に立派な飾りを被った頭をした族長が立っていた。彼女らは向かい側からやって来る人物と対峙する。足音を立ててやって来たそれは、彼女らの5,6歩手前で立ち止まった。
「・・・・・・」
「ワタシらを退治しに来たのかい?」
大陸の端にある港町“ダンディリオン”
この町では、日の国“ジパング”という島国へ行くための船が多数行き来している。また海に隣接しているせいか、町中に海の魔物達がちらほらと見掛けられる。
人々が行き交う中、一人の少女が船着き場へと足を進めていた。
長い黒髪を白い鉢巻で後ろへ纏め、神社の巫女服のような姿をした少女。彼女の頭には一対の角、後ろの腰から二枚のコウモリ羽。そして、お尻からハート型の先端を持つ尻尾が生えている。魔物の中で有名な種族“サキュバス”と言われる者だ。
まだ幼さを感じさせられる彼女は、右手に紐でぶら下げ持つ荷物袋と、左手に黒い鞘に納められた刀を持っている。
「船に乗るのは久々です♪」
少し浮かれ気分で歩くサキュバスの少女。数分後に目的の渡し船のところへ辿り着くと、その帆船の横で人だかりが目に付いた。
「何事?」
少女がその人だかりの中へ入っていく。その中心に居たのはこの船の船長らしき男性と、頭以外純白の鎧を纏い、鋼鉄の斧槍を持った金髪の女性。二人は言い争うかのようにしゃべっている。
(むぅぅぅ? 面妖な女性であるな)
少女は居ても立っても居られず、二人の間に割って入った。
「お二方、何を言い争っている?」
「な、なんだよ? 嬢ちゃんは引っ込んでな!」
「むっ、何があったくらいかは話してもらいたい」
少し腹立つ言葉を言われるも、彼女は冷静な態度で尋ねる。
「それがよ・・・この姉ちゃんがいきなり船に乗せろって、言い始めてよ・・・」
「それの何処が問題で・・・!?」
少女がちらりと右隣りに居る女性へ目を向けた。その時、彼女は無意識に刀の刃を抜こうとしたが、一瞬遅れてその衝動を抑える。
「?」
女性の鎧の一つである胸当てに、教団の証である十字架のマークが付いていたからだ。彼女は紛れもなく魔物と敵対する教会騎士の装備をしている。それでも、少女が刃を抜かなかった理由・・・その無邪気過ぎる子どものような表情が目に入ったことだ。
(殺気は全くない・・・それに構えもしていない・・・?)
少女が不思議に思っていると、船長が嫌味な口調で女性へと話す。
「とにかくだ!・・・敵かもしれないあんたを乗せるわけにはいかない。とっとと教団のお家に帰りな!」
「だ〜か〜ら〜! お家はこのお船に乗らないといけないって言われたの!」
「この船はジパングの“鼓草”(つづみそう)行きだ!! 間違っても反魔物領には行かねえよ!!」
「そこが“あたい”のお家なの〜!!」
女性騎士はまるで駄々を捏ねるように、右手に持った斧槍を上下に振り回す。
(ジパングに家が? どうみても金髪に色白な肌・・・大陸出身の人に見え・・・はっ!?)
そこで少女はあることに気が付き、荷物を手放した右手で女性の胸当てに触れた。
「あぁ?」
「ふにゅ?」
「「「「えっ?」」」」
「・・・」
少女の行動に、船長や女性騎士だけでなく、周りの野次馬達も疑問の声を上げる。やがて何かを悟った少女は手を引っ込めて、船長にあることを告げた。
「このご婦人をお乗せしても大丈夫です」
「えっ、おい・・・ちょっと・・・」
「この御方は人に見えますが、中身は人ではありません。某が保障します」
「はぁ!? 人じゃねえ!? いや、サキュバスのあんたが保障するのは分かるが・・・」
「どうしてもとおっしゃるのなら、某がこの御方の料金も払います。ちょうど某もこの船に乗る予定でしたので・・・」
そう言って、彼女は懐から紹介状のような手紙を取り出し、それを船長に手渡す。彼がその手紙の封を切って、中身の書状を確認した。すると、彼の表情が驚愕へと変わり、少女に対して深くお辞儀をした。
「し、失礼しました!! まさか、リリム様の従者とは知らずに・・・」
「いえ、そこまで畏まらなくても・・・」
「この紹介状のサインは紛れもなくリリム様のサイン! あなた様の言う通り、どうぞそちらの女性とともにご乗船くださいませ!! 無論! お代はどちらとも無料でございます!!」
「は、はい・・・」
「ほえ?」
少女と女性騎士は呆気にとられながら、船長の案内で船に乗り込んだ。
出航から三日後。
客室で眠っていたサキュバスの少女が目を覚まし、窓の外を眺めた。
(到着したか・・・)
彼女が起き上がって、もう一つのベッドに目を向けると、そこには誰もいなかった。
「はっ!?」
そのことに少女は驚きのあまり少し飛び上がる。続けて、素早く身支度を整え、客室から急いで出て行った。彼女は通路の途中で若い男の船員に尋ねる。
「すまない! 斧槍を持った女性を見かけなかったか?」
「えっ、あぁ・・・あの人なら甲板に居たはずだけど・・・」
「なっ!? 恩に着る!」
甲板へやって来た少女に、船長が驚いて話し掛けてきた。
「ど、どうされましたか?」
「某の連れを知らぬか!?」
「あ、あぁ・・・実はついさっきなのですが・・・」
「?」
「船が港へ着いた直後に、飛び降りていきまして・・・」
「すでに降りたのか!?」
それを聞いた少女は、自身の羽でその場から飛び立ち、船を後にした。
ジパングの町“鼓草”
その町の高台にある大きな神社。その鳥居を潜った境内を箒で掃除する若い青年がいた。半襦袢(はんじゅばん)という白い上着に水色の袴という神職の服装を纏い、落ち葉などを掃き集めている。
しばらくして、青年が一息入れようか考えていると、石段を上って来る足音に気付いた。その音は聞き慣れた参拝客の足音とは違い、ガチャガチャと鉄のような音が鳴り響く。
(こんな朝一に・・・甲冑でも付けてるのか?・・・誰だろう?)
彼が疑問に思っていると、足音の主が姿を現した。
白い鎧を身に纏った女性。頭だけは何も付けておらず、長い金髪が煌めき、緑色の瞳を持つその顔は誰が見ても美人だと言えるぐらい美形。右手には、ジパングでは見ない斧の刃を持つ槍が握られていた。
どう見ても戦士に見えるその姿に、青年は驚きのあまり硬直してしまう。一方で女性の方は彼の姿を見て、探し物を見つけたかのような満面の笑みを浮かべる。
「あぁ・・・」
「えっ?」
「・・・・・・・・・・・・たいへい・・・」
「へっ?」
「たいへい〜♪」
突如、鎧の女性が声を上げて青年に走り向かった。両手を真横に広げてから、がっちりと彼にしがみつき、そのまま地面へと押し倒す。
「痛っ!? ちょ、なんですか!? あなたは!?」
「たいへい♪ あたい、お家に帰ってきたよ〜♪」
「えっ? 帰ってきた? どういうこと?」
「あれ? たいへい・・・ちょっと大きくなった?」
「いや、それより・・・あの・・・どなたでしょうか?」
「ひ〜ど〜い〜! たいへい、あたいのこと、忘れたの?」
青年は自分の胸元から見つめる女性の顔を凝視した。数秒後、彼の頭にある人物が思い浮かび、その名を呟いた。
「・・・ちょっとして・・・白花(びゃっか)!?」
「えへへ♪」
主神に仕える信者として、魔物を滅ぼす方法を・・・。
私はこの町“シャクナゲ”の司教“グンバイ・ホワイト”
反魔物領で教団に従事する信者だ。この町では主神の教えを人々へ説き、魔物への排他的な思想になるよう指導している。しかし、人々がそれを理解しても、魔物の驚異に晒されることは変わらない。
何とかそれを変えられないか、日夜そのことについて試行錯誤する毎日を送っていた。そんなときに思い付いたのが、教団の中でも当たり前で特に重視されていること。
“勇者の存在”
一騎当千をも可能とする強者の人間。魔物を倒し、人々に希望を与える存在。剣技や魔法に優れた者が持つ称号。その存在を知らしめたレスカティエ教国は多数の勇者を産出したと言われている。
だが、勇者を作り上げる工程はかなり過酷だとも言われている。
まず、魔に対する抵抗力。これが無ければ、女はすぐに魔物化し、男は発情したサルへと変貌する。
次に、その者が持つ能力。魔物は身体能力や魔力が高いため、それらを圧倒する程の力や術が必要となる。
後は、人々を導くカリスマ性。これは兵士達の士気を高めるために必要な能力だが、私からすればあまり必要ないだろう。
大抵は集めた兵士達の中で厳しく選抜された者や、王族や貴族で飛び抜けて優秀な者が勇者となる。たまに田舎から出てきた者や孤児の中で選ばれた者がいるらしい。
そんな勇者達だが、彼らは完璧とは言えない。勇者が多数居たにも関わらず、あのレスカティエ教国は落とされた。また、報告書を確認すると、あちこちで勇者が行方不明となっている。しかも女勇者の場合、魔物化したという報告がほとんどだ。
一途の希望でもあるそれは、所詮人間を強化させたものだ。人は感情を持ち、それに従って行動する。そこを突かれたらどんな人間だろうと脆く崩れ去るだろう。
では・・・感情が元からなければ?
そんな軽く思い付いたことが、私のこの先の人生を大きく変えることになるとは思いもしなかった。
20歳を超えた私は、ある人物と出会うこととなる。
シスターであるクラナ・フラスター。長い金髪で緑色の瞳が似合うとても綺麗な女性。
彼女は書類によると、魔への抵抗力が高いらしい。それ以外は普通の女性となんら変わりはない。そんな彼女と知り合い、私は胸に抱いていた野望が蠢いた。
この女を利用すれば・・・。
私は内面を悟られぬよう紳士な態度で彼女に近付いた。向こうは警戒心もなく、純粋な心で対応してくれた。たとえ彼女がミスを犯しても、それを全面的に私が請け負った。内心では腹を立てていたが、それを表面に出すわけにはいかない。
やがて、彼女から好意を寄せるようになり、私も彼女に対して好意を寄せる“演技”をした。その甲斐あって、私は彼女と結婚した。此処まではまだ序の口。此処から先が慎重に行動しなければならないのだ。
まずは妻との性行為で、子どもを作らなければならなかった。できれば“女の子”が目標。男の子だと魔物から狙われやすいと考えていたからだ。
運よく数週間で妻は孕んだ。生まれてくる赤子が女児であること期待した。
生まれた赤子は待望の女の子だった。妻も喜びに満ち溢れていたが、私はある準備をしていた。
これからすることは恐らく妻は反対するだろう。
そうなると私の計画に邪魔な存在となる。
今からすることは・・・。
流石に赤子を育てるのは苦労した。こういう時こそ、母親などに育てさせるのが得策だが、それらが“いない”以上、私が育てるしかない。何よりこのときに教育させなければ意味がないのだ。
まずは一人で歩けるまでは普通に育てた。
一人で立ち、自ら動き回れるようになったら・・・。
制限を付けての生活をさせた。
食事、トイレ、睡眠、しゃべることすら、必要あるときにだけさせ・・・。
必要のないときはさせなかった。
無論、我慢できなかったときは、手痛い罰を与える。
基本、私の許可なしに行動することは許さない。
そうすることで私の指示通りに動く存在へとなるはず・・・。
20年後・・・。
40歳を超えた私は枢機卿となり、教団からこの町を治める領主を任された。
何故、そこまでの高い地位を得たのか。
それは・・・私の娘であり、勇者である“クリネ・ホワイト”がいるからである。
亡き妻と同じ金色の長髪と緑色の瞳を持つ美貌。
豊満な胸にプロポーションの良い身体。
頭以外は動きやすい純白の装甲を纏っている。
右手には、特別に加工された鋼鉄の斧槍(ハルバード)を軽々と持つ。
こうしてみると、一般の兵士と変わらないように見えるが、その戦績は異常なものだった。
以前から悩まされていたアマゾネスの集団による襲撃。私の指示のもと、彼女を出撃させたら、数分で全てを撃退した。その後もミノタウロスやオーガといった力のある魔物を返り討ちにした。
力のある魔物を倒した噂が広まったのか、サキュバスやインプなどがやってくるようになった。それでも、魔力での攻撃で挑む魔物達ですら、娘の敵ではなかった。
最も娘の名が知れ渡った要因。それはバフォメットを撃退したことだ。町のど真ん中で一騎打ち。強大な魔力を持つ魔物だが、そんな恐るべき相手に娘は挑んだ。約一時間後、我が娘の勝利で決着がついた。敗北したバフォメットは魔女達によって逃げ出し、それを見ていた民衆は歓喜を上げる。
このことが教団の上層部にも知れ渡り、我が娘は勇者という称号を得ることに成功した。そして、その存在を作り得た私自身も町を治める代表として成り上がることとなる。
教団の指示で魔物の討伐があれば、私は娘を連れていった。何しろこの娘は、私以外の言葉を聞かない。彼女は私の指示が無ければ動くことすらしない。身の周りの世話は付き添いのメイドなどに任せるようにした。
今回、私の町から少し離れた森林地帯。その近くの山岳にドラゴンが住み着いたと情報が入り、私達は多数の兵士とともに討伐へ向かった。途中、盗賊や魔物と出くわしたが、石ころ程度の障害に過ぎない。森林の開けた場所に野営し、そこを拠点にドラゴンの居る住処を目指した。
流石、地上の王者と言われる魔物。かなり苦戦を強いられたようだが、軽い損害で討伐に成功した。弱りきったところを我が娘がとどめの一撃を与えた。それにより巨大化したドラゴンの片角が叩き折れ、相手は一目散に空の彼方へと逃げ去った。
私はすぐにこのことを教団本部に伝えるよう一人の兵士に指示した。この戦績は歴史に名を残すことになるだろう。勇者である彼女の名を叫ぶ兵士達とともに、拠点である陣営へと戻った。
「グンバイ卿、回収したドラゴンの角を押収物のテントに運び込みました」
「ご苦労」
兵士の報告を聞き、私は付き添いのメイドを呼び付ける。彼女に戦闘で汚れた娘を綺麗にするよう指示した。彼女は「かしこまりました」と一言言って、その場から娘を連れていく。
この後、教団本部から上層部と謁見するよう言われるだろう。ならば自慢の娘は綺麗に仕立てる必要がある。それなりに身なりを整えようかと思いながら、私専用のテントへと向かった。
日が落ち、夜が更けた頃。
大きいテント内で椅子に座り、机にある書類を一枚書き終えたときだった。誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。その音は段々とこちらへ近付き、テントの入口までやってきた。
「ご主人様!!」
入ってきたのは、娘の世話係であるメイド。彼女は息を切らし、慌てた様子でしゃべり出す。
「お嬢様が・・・お嬢様が!」
「娘がどうした?」
どうやら私の娘に何かあったのだろう。稀にではあるが、あの娘は予測不可能な行動するときがあった。だが、仕置きとともにそれをしないよう再教育をすれば改善される。どうせそのことだろうと思い、彼女の報告を聞く。
「わたくしに・・・微笑んできました!」
「・・・はっ?」
「そ、それだけではありません! わたくしの問い掛けにも答え・・・今お一人で歩かれております!!」
「なんだと!?」
メイドの言葉に私は耳を疑った。
私が20年も掛けて、教育した娘。
感情もなく、しゃべることすらしない。
指示されなければ、戦闘はおろか、食事、睡眠、トイレ、入浴などの日常生活もしない。
私の命令だけで動くはずの人形が・・・。
「何処にいる!? 案内しろ!!」
「は、はい!」
陣営の端にある人気のない場所。そこに我が娘が見張りの兵士に話し掛けていた。ありえない。無表情だったあの娘がしゃべり、自身で行動しているなんて・・・。
「クリネ!!」
私は娘の名を叫んだ。その大声で見張りの兵士がこちらに向き、釣られて我が娘も顔を向けた。怒る心を抑えながら私は娘の傍へと近付く。
「何をしている!? 一人で動くなと言ったはずだぞ! またお仕置きをされたいのか!?」
「・・・・・・?」
「さっさとついて来い! また教育をし直さねば・・・」
娘にそう言って、戻ろうと振り返ったときだった。
「おじちゃん誰?」
「・・・・・・はっ?」
突如、娘から放たれた言葉。それに反応して、再び娘の方へ振り返った。
「な、何を言って・・・」
「おじちゃん・・・知らない人・・・」
「わ、私は! お前の父親だぞ!!」
「違う・・・おじちゃんは“あたい”のお父ちゃんじゃない」
「!?」
「おじちゃんは知らない人・・・だから付いて行かない」
ち、父親じゃない?
私を知らないだと・・・?
な、何故・・・?
何処で間違えたのだ?
言うことを聞かせるよう・・・そう教育したはずか・・・。
「ばいばい・・・知らないおじちゃん」
左手を振る娘だったものが、斧槍を引きずりながらその場を立ち去っていく。
私はその場で両膝をつき、茫然として、娘の背中を見つめることしかできなかった。
ちょうどその頃、彼らがいる陣営に20人程度の騎士達が馬に乗ってやって来た。それらを率いているのは短い金髪の女騎士。彼女は教会騎士団の団長を務めている者。凛々しい姿に厳格な雰囲気を漂わせている。
彼女は他の騎士達とともに馬から降り、陣営の見張りにいた兵士に尋ねる。
「此処の指揮官であるグンバイ卿は何処におられますか?」
陣営の端で茫然自失となった男性。その周りに騎士達が囲み、先程の女騎士が彼の目の前で立っていた。
「教会騎士団第8師団団長の“ミティ・ソーレ”です。枢機卿“グンバイ・ホワイト”ですね?」
「・・・」
「あなたに逮捕状が届いております。罪状は・・・すでにお分かりですね?」
「・・・」
「シスター“クラナ・フラスター”の殺害容疑であなたを拘束させてもらいます」
「・・・」
何も言わず虚空を見つめる彼に対し、女騎士は部下に目配せする。その合図で、部下の騎士達が枢機卿に手枷をはめて、ロープで縛り上げた。
「後は教団管轄の収容所でお話を聞かせてもらいます。連れて行きなさい」
「「「はっ!」」」
その場から連れて行かれる枢機卿。彼の後を追うように女騎士も歩き始める。
(これで・・・ようやくあなたの敵討ちが出来ました)
「団長!」
遠くから走ってきた部下の一人が彼女に呼び掛けた。
「どうしました?」
「勇者クリネの姿が見つかりません!」
「なんですって!?」
「兵士達も何処へ行ったかを知らないらしく・・・」
「すぐに探させなさい! まだ付近にいるはずです!」
「「「「はっ!」」」」
その後、すぐに捜索されたにも関わらず、グンバイ卿の娘である勇者“クリネ・ホワイト”の行方は分からずじまいとなる。
なお、収容所へ送られた枢機卿“グンバイ・ホワイト”は何も語らず、彼の書斎から見つかった日誌により、彼の妻であるシスター殺害と娘への虐待が発覚。永久投獄となるが、1ヵ月後に牢獄内で衰弱死した。
ドラゴン討伐から翌日の昼頃。
反魔物領であるシャクナゲから数キロ離れた森林地帯にある魔物の隠れ里があった。
“アマゾネス”
女主体の部族が魔物化した種族。此処の集落は男照りが続いていたため、一番近い人間の居る町“シャクナゲ”へ定期的に襲撃を行っていた。しかし、ここ最近は勇者の存在により、なかなか成果が上げられず、未婚者が嘆く毎日である。
そんな集落の見張り番であるアマゾネスの一人が、大木の上に設置された矢倉からあるものを見つけた。
「んぅ?・・・あっ、あれは!? 大変!!」
彼女は慌てて、アマゾネスの族長のところへ飛び向かう。
多数のアマゾネス達が武装し、その先頭に立派な飾りを被った頭をした族長が立っていた。彼女らは向かい側からやって来る人物と対峙する。足音を立ててやって来たそれは、彼女らの5,6歩手前で立ち止まった。
「・・・・・・」
「ワタシらを退治しに来たのかい?」
大陸の端にある港町“ダンディリオン”
この町では、日の国“ジパング”という島国へ行くための船が多数行き来している。また海に隣接しているせいか、町中に海の魔物達がちらほらと見掛けられる。
人々が行き交う中、一人の少女が船着き場へと足を進めていた。
長い黒髪を白い鉢巻で後ろへ纏め、神社の巫女服のような姿をした少女。彼女の頭には一対の角、後ろの腰から二枚のコウモリ羽。そして、お尻からハート型の先端を持つ尻尾が生えている。魔物の中で有名な種族“サキュバス”と言われる者だ。
まだ幼さを感じさせられる彼女は、右手に紐でぶら下げ持つ荷物袋と、左手に黒い鞘に納められた刀を持っている。
「船に乗るのは久々です♪」
少し浮かれ気分で歩くサキュバスの少女。数分後に目的の渡し船のところへ辿り着くと、その帆船の横で人だかりが目に付いた。
「何事?」
少女がその人だかりの中へ入っていく。その中心に居たのはこの船の船長らしき男性と、頭以外純白の鎧を纏い、鋼鉄の斧槍を持った金髪の女性。二人は言い争うかのようにしゃべっている。
(むぅぅぅ? 面妖な女性であるな)
少女は居ても立っても居られず、二人の間に割って入った。
「お二方、何を言い争っている?」
「な、なんだよ? 嬢ちゃんは引っ込んでな!」
「むっ、何があったくらいかは話してもらいたい」
少し腹立つ言葉を言われるも、彼女は冷静な態度で尋ねる。
「それがよ・・・この姉ちゃんがいきなり船に乗せろって、言い始めてよ・・・」
「それの何処が問題で・・・!?」
少女がちらりと右隣りに居る女性へ目を向けた。その時、彼女は無意識に刀の刃を抜こうとしたが、一瞬遅れてその衝動を抑える。
「?」
女性の鎧の一つである胸当てに、教団の証である十字架のマークが付いていたからだ。彼女は紛れもなく魔物と敵対する教会騎士の装備をしている。それでも、少女が刃を抜かなかった理由・・・その無邪気過ぎる子どものような表情が目に入ったことだ。
(殺気は全くない・・・それに構えもしていない・・・?)
少女が不思議に思っていると、船長が嫌味な口調で女性へと話す。
「とにかくだ!・・・敵かもしれないあんたを乗せるわけにはいかない。とっとと教団のお家に帰りな!」
「だ〜か〜ら〜! お家はこのお船に乗らないといけないって言われたの!」
「この船はジパングの“鼓草”(つづみそう)行きだ!! 間違っても反魔物領には行かねえよ!!」
「そこが“あたい”のお家なの〜!!」
女性騎士はまるで駄々を捏ねるように、右手に持った斧槍を上下に振り回す。
(ジパングに家が? どうみても金髪に色白な肌・・・大陸出身の人に見え・・・はっ!?)
そこで少女はあることに気が付き、荷物を手放した右手で女性の胸当てに触れた。
「あぁ?」
「ふにゅ?」
「「「「えっ?」」」」
「・・・」
少女の行動に、船長や女性騎士だけでなく、周りの野次馬達も疑問の声を上げる。やがて何かを悟った少女は手を引っ込めて、船長にあることを告げた。
「このご婦人をお乗せしても大丈夫です」
「えっ、おい・・・ちょっと・・・」
「この御方は人に見えますが、中身は人ではありません。某が保障します」
「はぁ!? 人じゃねえ!? いや、サキュバスのあんたが保障するのは分かるが・・・」
「どうしてもとおっしゃるのなら、某がこの御方の料金も払います。ちょうど某もこの船に乗る予定でしたので・・・」
そう言って、彼女は懐から紹介状のような手紙を取り出し、それを船長に手渡す。彼がその手紙の封を切って、中身の書状を確認した。すると、彼の表情が驚愕へと変わり、少女に対して深くお辞儀をした。
「し、失礼しました!! まさか、リリム様の従者とは知らずに・・・」
「いえ、そこまで畏まらなくても・・・」
「この紹介状のサインは紛れもなくリリム様のサイン! あなた様の言う通り、どうぞそちらの女性とともにご乗船くださいませ!! 無論! お代はどちらとも無料でございます!!」
「は、はい・・・」
「ほえ?」
少女と女性騎士は呆気にとられながら、船長の案内で船に乗り込んだ。
出航から三日後。
客室で眠っていたサキュバスの少女が目を覚まし、窓の外を眺めた。
(到着したか・・・)
彼女が起き上がって、もう一つのベッドに目を向けると、そこには誰もいなかった。
「はっ!?」
そのことに少女は驚きのあまり少し飛び上がる。続けて、素早く身支度を整え、客室から急いで出て行った。彼女は通路の途中で若い男の船員に尋ねる。
「すまない! 斧槍を持った女性を見かけなかったか?」
「えっ、あぁ・・・あの人なら甲板に居たはずだけど・・・」
「なっ!? 恩に着る!」
甲板へやって来た少女に、船長が驚いて話し掛けてきた。
「ど、どうされましたか?」
「某の連れを知らぬか!?」
「あ、あぁ・・・実はついさっきなのですが・・・」
「?」
「船が港へ着いた直後に、飛び降りていきまして・・・」
「すでに降りたのか!?」
それを聞いた少女は、自身の羽でその場から飛び立ち、船を後にした。
ジパングの町“鼓草”
その町の高台にある大きな神社。その鳥居を潜った境内を箒で掃除する若い青年がいた。半襦袢(はんじゅばん)という白い上着に水色の袴という神職の服装を纏い、落ち葉などを掃き集めている。
しばらくして、青年が一息入れようか考えていると、石段を上って来る足音に気付いた。その音は聞き慣れた参拝客の足音とは違い、ガチャガチャと鉄のような音が鳴り響く。
(こんな朝一に・・・甲冑でも付けてるのか?・・・誰だろう?)
彼が疑問に思っていると、足音の主が姿を現した。
白い鎧を身に纏った女性。頭だけは何も付けておらず、長い金髪が煌めき、緑色の瞳を持つその顔は誰が見ても美人だと言えるぐらい美形。右手には、ジパングでは見ない斧の刃を持つ槍が握られていた。
どう見ても戦士に見えるその姿に、青年は驚きのあまり硬直してしまう。一方で女性の方は彼の姿を見て、探し物を見つけたかのような満面の笑みを浮かべる。
「あぁ・・・」
「えっ?」
「・・・・・・・・・・・・たいへい・・・」
「へっ?」
「たいへい〜♪」
突如、鎧の女性が声を上げて青年に走り向かった。両手を真横に広げてから、がっちりと彼にしがみつき、そのまま地面へと押し倒す。
「痛っ!? ちょ、なんですか!? あなたは!?」
「たいへい♪ あたい、お家に帰ってきたよ〜♪」
「えっ? 帰ってきた? どういうこと?」
「あれ? たいへい・・・ちょっと大きくなった?」
「いや、それより・・・あの・・・どなたでしょうか?」
「ひ〜ど〜い〜! たいへい、あたいのこと、忘れたの?」
青年は自分の胸元から見つめる女性の顔を凝視した。数秒後、彼の頭にある人物が思い浮かび、その名を呟いた。
「・・・ちょっとして・・・白花(びゃっか)!?」
「えへへ♪」
13/08/16 23:24更新 / 『エックス』
戻る
次へ