No.12 巨悪
肉塊の卵から現れた異形の女。
赤黒い手足、先端の刃物で束ねられた三つの赤い髪、露出した身体に刻まれた紋章に、紅い瞳。
肉の床から数センチ離れて浮かぶその姿は、禍々しい紅のオーラを漂わせている。
「きっさまぁぁ・・・初めからこうなるように・・・」
「ふふふふ・・・」
「あなた、なんてことを・・・」
「どういうことだ? 貴様何をしたぁぁぁ!?」
未だに事態の把握ができないレグアは、天使の少女を抱えながら問い叫んだ。何も言わず笑う女に代わり、シンヤがその問いに答える。
「町中の生命力をあの球に集めて・・・それを俺らに破壊させた」
「なっ!?」
「集めた力をリリエルさんに管理させ、割れると同時に彼女が吸収したのでしょう。私達を利用して・・・」
「お、おのれえええええ!!」
不敵に笑う女が3人へ話し掛ける。
「以前はあと少しというところで邪魔されたのでな・・・」
「あの時は妖狐に残っていた意識のおかげで阻止できた・・・妖狐と1人の人間の犠牲によってな!」
「あの妖狐と小僧にはしてやられたよ。ちっぽけな存在と侮った我の失態だった」
「今回はそれを防ぐための罠か!」
「そうよ。我ではなく、神の使いに力を寄せ集め、溜まりきったところで我が頂く。おかげで我の悲願が間もなく成就する」
「悲願だと?」
女は間を置いて答える。
「・・・我の存在理由・・・それは・・・あらゆる者を貪り、支配することよ」
「「「!?」」」
「魂が擦り切れるように疼く欲望・・・それを満たす方法は、人などの感情を持つ輩の欲望や負の感情を味わったときに得られる。それこそ我の存在する証よ」
「ならば、何故同じ物の怪すら喰らう?」
「あやつらも人間と変わらぬことをする・・・共生なぞ意味もないことを・・・」
「意味はあります!」
突然、レンジェが声を上げた。彼女にとってそれは魔物娘を否定する発言だったからだ。
「私達魔物は人無しでは生きていけぬ存在。だからこそ、彼らに寄り添う道を選んだのです!」
「喰らう存在でありながらか?」
「私の母“魔王”がそれを変えました。共に生きる事こそ未来であると!」
「未だ叶えられていないそれを未来だというのか?」
「あなたのような、ただ支配する野望より望まれていることです」
彼女の言葉に反応せず、睨みつける女は左手を顎の手前に持ってくる。
「やはり、相容れぬ存在か、ここの人外どもも・・・」
「無理やり穢し、操ったあなたに手を貸す人は誰もいません」
「もう貴様の狂言は聞き飽きた。この場で滅ぼす」
「我を?・・・できるのか?」
女のその言葉で、レンジェは魔刀を構え、シンヤも戦闘態勢に入った。
「ふっ・・・もとより、この身体に変化させたのも・・・障害となる輩を滅ぼすためよ・・・」
「「・・・」」
「古から我を追い続けた陽なる存在・・・そして・・・」
女は顎の手前に持ってきていた左手で顔の左側を擦る。以前、レンジェによって傷付けられた顔は跡形もなく治癒されていたが、まるで傷が疼いているかのように擦り続けていた。
「我の顔、いや・・・我の魂すら傷付けた“魔王の娘”たる存在・・・」
「・・・」
「そなたら2つの存在は我にとって障害となろう・・・今ここで・・・滅ぼしてくれようぞ!!」
女が両手を拡げると、強風のような紅いオーラの威圧が彼女達に浴びせられる。レンジェとシンヤは耐えるが、レグアは硬直するほど怖気づいた。
「小僧」
「はっ!? な、なんだ!?」
「その娘を連れて下がってろ・・・巻き添えの無い場所でな」
「わ、分かった・・・」
レグアはリリエルを抱えて、扉のあった場所まで走っていく。少年が天使をそこへ下ろした途端、先に動いたのはシンヤだった。彼は交差した両手にノコギリ状の回転刃を三枚ずつ手に取る。
「ふっ!」
両腕を拡げるように回転刃を投げ飛ばし、それらは全て女に向かって回転しながら飛んでいった。
「ふん・・・」
女が鼻で笑うと、彼女の背後から赤い触手が6本現れ、それらから赤い光線が放たれる。それはシンヤの投げた回転刃を消し飛ばした。
「焔の矢よ!」
レンジェがそう叫び、自身の周りに炎で出来た矢が6本出現する。それらは弧を描いて、女の触手に向かった。
「ふふふ、可愛らしい力よ・・・」
「!?」
そう微笑んだ女の触手が引っ込み、赤い長髪の左右の束が蠢き出す。それらが斬り付けるような素振りをし、その際に生じた赤い光刃を数枚飛ばした。その光刃はレンジェの飛ばした炎の矢を細切れにしていく。
「その程度の戯れで何ができる?」
そう呟く女は再度髪を動かして光刃を飛ばしてきた。
「散れ!」
「はい!」
左へ走り出したシンヤの指示で、レンジェも右側の上空へと飛び立つ。二人は左右から囲むように避けながら移動した。上空に飛び立ったレンジェは居合の構えをして、桃色の光刃を飛ばす。
「綺麗な刃よ・・・」
「余所見するな」
左側へ回り込んだシンヤがそう呟き、自身の周りにある複数の槍を飛ばした。左右から来る攻撃を女は表情を変えず、両腕を拡げた。かざした手から赤い五芒星の魔法陣が浮かび上がり、それは二人の攻撃を全て受け止める。
「「!?」」
「浅はかよのぉ・・・」
キィィィィィィ・・・
女の足元にも赤い魔法陣が浮かび上がり、強烈な衝撃波が辺りに撒き散らされた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「きゃあ!?」
「くっ!?」
二人は防御態勢でその衝撃を防いだが、それは身体全体を震わすほどの威力で、僅かな間だけ彼らを硬直させてしまう。その隙をついて、女はレンジェに多数の触手を伸ばした。
「しまっ・・・」
「はああああ!!」
掛け声とともにレグアが飛び掛かり、伸びていく触手の途中を光剣で切り落とした。着地した少年は女に向かって走り出す。
「うあああああああああ!!」
「うるさい餓鬼だ」
ボゥ・・・ゴオオオオオオオオオオオオオ!!
女はそう言って、左手に紅の炎を燃え上がらせ、巨大な炎の嵐を少年へ放射した。
「うああ!?」
「小僧!」
「レグアさん!」
「ふふ・・・・・・むっ?」
少年は光剣を前に構えて、女の放つ炎の嵐を受ける。その剣は白く輝き、少年を襲い掛かる炎から守っていた。
「ほぅ・・・神の使いから授かった剣か」
「ふぅ、驚かしよって・・・」
「よかった・・・」
「はぁ、はぁ、今なら!」
レグアは自身の無事を確認し、好機と判断して女に斬り掛かる。大振りの縦斬りで襲い掛かった少年に、女は左手だけで剣を受け止めた。
「っ!?」
「目障りよ」
「うあああああ!?」
彼女は剣ごと少年をそのまま正面の上空へ投げ飛ばす。追い打ちで左右の髪を振り上げようとした。
「ふん!」
シンヤは右手に凹型の持ち手がある赤茶色に錆びつく大きな鉄のローラーを投げ付ける。それに気付いた女が右側の髪だけで大き目の光刃を繰り出し、ローラーを真っ二つに切り裂いた。切り別れたローラーが左右へ飛び落ちると同時に、レグアも地上へ叩き落ちる。
ゴ、ゴォォォン!!
「ちっ」
「ぐあっ!」
「レグアさん!」
少年の元へ飛び向かうレンジェに、女は3つの髪の束を逆立てて、赤い光球を3つ飛ばした。
「!」
レンジェが慌てて桃色の障壁を創って防ぐも、連続で命中したそれは彼女の壁を破壊した。
ガシャアアアアアン!!
「きゃああああ!!」
「レンジェ!」
壊された衝撃でバランスを崩して落ちるレンジェ。墜落する彼女をシンヤは落下地点へ行き、その身体を両腕で受け止めた。
「きゃ!?」
「ぐっ! 大丈夫か?」
「は、はい。助かりました」
受け止めた彼女を下ろしていると、女が強烈な威圧を放ちながら両手を前にかざした。さらにその身体中から赤い光の粒を吸収していき、両手の前に紅い光球が現れる。
「消し飛ぶがよい」
「まずい! レンジェ、障壁を!」
「はい!」
二人も両手を前にかざし、自身より大きな青とピンクの魔法陣を展開した。彼らの後ろにはレグアや扉に寝かせたリリエルもいるからだ。
キィィィィ・・・バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
巨大な赤い光線が女の手から放たれる。彼女自身より大きい光線は二人の障壁に命中した。防ぎ切れなかった余剰の光線が障壁の上下左右へと飛び散って行く。
バチバチバチ!! ピキッ! ピキッピキッ!
二人の合わさった障壁にヒビが入るも、光線が途切れるまで耐え切った。相手の攻撃が治まり、障壁を消失させた二人は息を整える。
「なんて威力だ・・・」
(凄まじい・・・普通の障壁なら吹き飛ばされていました・・・)
「耐え切ったか・・・思ったよりしぶといな・・・」
「そのしぶとさで倒された過去を忘れたか!?」
そう告げるシンヤは女に向かって走り出した。あっという間に接近した彼は、右手を青く光らせて、青い輝きを放つ熊のような手で襲い掛かる。相手の顔を目掛けて、右腕を振り下ろすが、女が左手で防ぎ止めた。
「ふっ!」
シンヤは左手に刀を出現させて、横薙ぎで女の首を狙う。しかし、あと少しというところで、女の右側にある髪の刃が青年の刀を防いだ。彼女は左側の髪の刃で彼の首を刺し狙う。青年は左へ首を動かし、制服の襟を切られながら回避した。
「はああああ!!」
レンジェも魔刀で斬り掛かり、女の右側の刃髪が彼女の攻撃を防ぐ。その隙にシンヤは後ろに下がって、右手に持ち替えた刀で再度挑んだ。レンジェに続けて、レグアも女に斬り掛かる。
「このおおおおお!!」
女は真ん中の刃髪で少年の剣を防ぎ、それぞれの刃髪で3人と殺陣をする。その間に彼女は背後から赤い触手を複数出し、その先端に赤い光球を集束させた。
「小賢しい! 消し散れ!」
「離れろ!」
シンヤの指示で、3人がその場から後方へ下がると同時に、触手が赤い光線で地面を這うように薙ぎ払う。相手の反撃が治まり、隙を突いたレグアが女に向かって走り出した。
「でやああああ!!」
「ふん、餓鬼が・・・」
女は左手に赤い光球を創り、それを少年へ軽く投げ付ける。彼はもう一度剣で防ごうと考えた。
「防いではダメ!」
「えっ?」
レンジェの指摘を疑問に思うも、レグアは光球を防いでしまう。
キィン! バアアアアアアアン!!
光球が剣に触れた瞬間、それは強烈な爆発を起こし、少年は後ろへ大きく吹き飛ばされた。
「小僧!」
「レグアさん!」
転がり落ちた彼は身体のあちこちが焦げていて、剣を杖代わりに立ち上がろうとする。思った以上のダメージを受けたのか、痙攣しながらゆっくりとした動きだった。
「ふむ・・・浅かったか。並みの人間なら四散させるほどの威力のはずが・・・」
「あれでその威力だと!?」
「そうさ・・・生身の貴様ですら吹き飛ぶな!」
女が叫ぶと、彼女の右手に先程より大きな光球が現れる。巨大なそれはシンヤの方へ高速で飛んでいく。対応が間に合わず、彼は光球をまともに受けてしまう。
ドガアアアアアアアアアアアアアアン!!
「っ!? シ、シンヤさぁぁぁん!!」
爆発による黒煙で青年の姿が確認できず、レンジェが彼の名を叫んだ。彼女が無防備になった隙に、女は彼女の足元に赤い五芒星の魔法陣を展開する。魔法陣の描かれた地面から赤い触手が多数飛び出し、レンジェの手足を拘束した。
「しまっ・・・ぐぅ!」
「奴もそうだが・・・そなたの存在の方が脅威よ」
「っ!?」
「先に滅ぶがよい・・・」
再び女の周りに赤い光の粒が集束し始め、彼女の両手に大きな赤い光球が出現する。先程の巨大な光線を放つ態勢。レンジェが必死にもがくも、首を絞める触手のせいで詠唱すらできない状態だった。
(まさか、触手ごと!?)
キィィィ・・・
(・・・いや・・・)
赤い光線が放たれる寸前、レンジェの前に黒い人影が姿を現す。
「障壁結界! 金剛!」
「!?」
バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
女のかざした手から極太な光線が放出された。レンジェを消し去るはずの光線は、彼女の目の前に現れたシンヤの魔法陣の障壁によって防がれる。袖がぼろぼろになった右手を前にかざし、歯を食い縛って障壁を維持した。
ブシュ! ブシュブシュ・・・
全てを防ぎ切れないのか、彼の露出した右腕に細かい傷が出来ていく。それは腕だけでなく、身体中のあちこちに服まで切り裂く程の小さな傷が出来ていった。少量の血を流す青年はそれでも構わず、相手の攻撃を防ぎ続ける。
「ぐぅおおおおおおお!!」
やがて女の放出した光が治まると、シンヤは左手をレンジェにかざした。彼女の周りに多数の両刃剣が出現し、それらは拘束する触手へと突き刺さる。束縛の無くなった彼女はよろめくシンヤの元へ行き、彼の左側からその身体を支えた。
「大丈夫ですか!?」
「心配ない・・・だが・・・少し使い過ぎた・・・」
息切れを起こす青年はレンジェに支えられながら女を見つめる。
(・・・想像以上の力だ・・・防げるのがやっと・・・これではこちらが削られるばかり・・・)
「げほっ! けほっ!」
「無茶しないでください!」
「している暇はない」
二人の様子に女は微笑みを浮かべた。
「ふふふ・・・ふはははははは! あの時以上だ! あの妖狐もなかなかの代物だったが、“神の使いの力”物の怪とは比べ物にならん! 爽快よ!」
「神にでもなったつもりか・・・」
「・・・神・・・・・・そうさな・・・今の我ならそれすら容易い・・・」
「「・・・」」
「さぁ、我という神と対峙したお前たちはどうするつもりだ?・・・最後の抗いぐらい見せよ・・・」
余裕を見せるかのような発言をする女。レンジェとシンヤは互いに以前の接吻による力の増幅を思い浮かべる。
(確かに・・・あれなら望みがあるかもしれませんが・・・)
(・・・・・・いや、あれぐらいで彼女の力を増幅しても奴には追いつかん・・・となると・・・・・・)
考え込んでいた青年は左横にいるレンジェへ語り掛けた。
「・・・レンジェ」
「はい?」
「分け与えた力では到底敵わん」
「そんな・・・」
「なら・・・・・・俺自身を取り込めばいい・・・」
「えっ!?」
シンヤの発言に彼女は目を丸くする。驚く彼女を余所に、青年は後方にいるレグアへ視線を向けた。
「小僧!」
「なんだ!?」
「少しの間、時間を稼げるか?」
「・・・・・・何をするつもりだ?」
「・・・奴を倒す準備さ・・・」
その言葉に少年は杖代わりにしていた剣を振り上げて構える。
「どれくらいだ?」
「お前の出来る限りで十分だ」
「・・・早く済ませろよ!」
少年が走り出すと同時に、レンジェは青年に小声で指示されて、彼を支えながら後ろの方へ下がった。
「ぬ?・・・まぁ、よい・・・来るがいい。少し戯れてやろう・・・」
「黙れええええええ!!」
シンヤは自ら床へ横たわり、その傍へレンジェが屈み寄る。
「あの・・・」
「取り込むといっても、どちらかが吸収されるわけではない。俺が力を効率よく循環させ、それをレンジェが使う。簡単だろう?」
「確かにそうですが・・・そんなことが可能なのですか?」
「肉体から魂を引き離す・・・・・・後は、君がやってくれ」
彼の胸辺りに小さな青い五芒星の魔法陣が出来上がる。そこから青白く輝いた光球が水面から顔を出すかのように現れた。
「シ、シンヤさん?」
「・・・」
「・・・・・・これが・・・あなたの・・・」
レンジェは光球を両手でそっと手に取る。肉体の方は目を閉じ、意識は全く感じられなかった。しかし、彼女はこの光球こそ、シンヤでもある“陽なる存在”だと感じ取る。
「・・・」
彼女は躊躇わず、その光を自身の胸に押し付けた。それは彼女の身体へ消えるように入り込む。
「・・・!」
ドックン・・・
自身の耳にすら入る脈動とともに、彼女の身体、足元、瞳がピンク色に輝き始める。
(・・・凄い・・・・・・何かが・・・私の魔力を増幅させている・・・)
ドックン・・・
(でも・・・凄すぎて・・・・・・怖い・・・)
ドックン・・・
『恐れるな』
ドックン・・・
(シンヤさん!?)
ドックン・・・
『・・・全く・・・無意識で力を吸い取るくせに、力の増幅に恐れてどうする?』
ドックン・・・
(わ、私は・・・まだ処女ですから・・・・・・ちゃんとした魔力供給が未経験で・・・)
ドックン・・・
『・・・接吻はしただろう?』
ドックン・・・
(それは・・・)
ドックン・・・
『まぁ、いい・・・今から増幅した力を手渡す・・・暴発させるなよ』
ドックン!
「はい!」
赤黒い手足、先端の刃物で束ねられた三つの赤い髪、露出した身体に刻まれた紋章に、紅い瞳。
肉の床から数センチ離れて浮かぶその姿は、禍々しい紅のオーラを漂わせている。
「きっさまぁぁ・・・初めからこうなるように・・・」
「ふふふふ・・・」
「あなた、なんてことを・・・」
「どういうことだ? 貴様何をしたぁぁぁ!?」
未だに事態の把握ができないレグアは、天使の少女を抱えながら問い叫んだ。何も言わず笑う女に代わり、シンヤがその問いに答える。
「町中の生命力をあの球に集めて・・・それを俺らに破壊させた」
「なっ!?」
「集めた力をリリエルさんに管理させ、割れると同時に彼女が吸収したのでしょう。私達を利用して・・・」
「お、おのれえええええ!!」
不敵に笑う女が3人へ話し掛ける。
「以前はあと少しというところで邪魔されたのでな・・・」
「あの時は妖狐に残っていた意識のおかげで阻止できた・・・妖狐と1人の人間の犠牲によってな!」
「あの妖狐と小僧にはしてやられたよ。ちっぽけな存在と侮った我の失態だった」
「今回はそれを防ぐための罠か!」
「そうよ。我ではなく、神の使いに力を寄せ集め、溜まりきったところで我が頂く。おかげで我の悲願が間もなく成就する」
「悲願だと?」
女は間を置いて答える。
「・・・我の存在理由・・・それは・・・あらゆる者を貪り、支配することよ」
「「「!?」」」
「魂が擦り切れるように疼く欲望・・・それを満たす方法は、人などの感情を持つ輩の欲望や負の感情を味わったときに得られる。それこそ我の存在する証よ」
「ならば、何故同じ物の怪すら喰らう?」
「あやつらも人間と変わらぬことをする・・・共生なぞ意味もないことを・・・」
「意味はあります!」
突然、レンジェが声を上げた。彼女にとってそれは魔物娘を否定する発言だったからだ。
「私達魔物は人無しでは生きていけぬ存在。だからこそ、彼らに寄り添う道を選んだのです!」
「喰らう存在でありながらか?」
「私の母“魔王”がそれを変えました。共に生きる事こそ未来であると!」
「未だ叶えられていないそれを未来だというのか?」
「あなたのような、ただ支配する野望より望まれていることです」
彼女の言葉に反応せず、睨みつける女は左手を顎の手前に持ってくる。
「やはり、相容れぬ存在か、ここの人外どもも・・・」
「無理やり穢し、操ったあなたに手を貸す人は誰もいません」
「もう貴様の狂言は聞き飽きた。この場で滅ぼす」
「我を?・・・できるのか?」
女のその言葉で、レンジェは魔刀を構え、シンヤも戦闘態勢に入った。
「ふっ・・・もとより、この身体に変化させたのも・・・障害となる輩を滅ぼすためよ・・・」
「「・・・」」
「古から我を追い続けた陽なる存在・・・そして・・・」
女は顎の手前に持ってきていた左手で顔の左側を擦る。以前、レンジェによって傷付けられた顔は跡形もなく治癒されていたが、まるで傷が疼いているかのように擦り続けていた。
「我の顔、いや・・・我の魂すら傷付けた“魔王の娘”たる存在・・・」
「・・・」
「そなたら2つの存在は我にとって障害となろう・・・今ここで・・・滅ぼしてくれようぞ!!」
女が両手を拡げると、強風のような紅いオーラの威圧が彼女達に浴びせられる。レンジェとシンヤは耐えるが、レグアは硬直するほど怖気づいた。
「小僧」
「はっ!? な、なんだ!?」
「その娘を連れて下がってろ・・・巻き添えの無い場所でな」
「わ、分かった・・・」
レグアはリリエルを抱えて、扉のあった場所まで走っていく。少年が天使をそこへ下ろした途端、先に動いたのはシンヤだった。彼は交差した両手にノコギリ状の回転刃を三枚ずつ手に取る。
「ふっ!」
両腕を拡げるように回転刃を投げ飛ばし、それらは全て女に向かって回転しながら飛んでいった。
「ふん・・・」
女が鼻で笑うと、彼女の背後から赤い触手が6本現れ、それらから赤い光線が放たれる。それはシンヤの投げた回転刃を消し飛ばした。
「焔の矢よ!」
レンジェがそう叫び、自身の周りに炎で出来た矢が6本出現する。それらは弧を描いて、女の触手に向かった。
「ふふふ、可愛らしい力よ・・・」
「!?」
そう微笑んだ女の触手が引っ込み、赤い長髪の左右の束が蠢き出す。それらが斬り付けるような素振りをし、その際に生じた赤い光刃を数枚飛ばした。その光刃はレンジェの飛ばした炎の矢を細切れにしていく。
「その程度の戯れで何ができる?」
そう呟く女は再度髪を動かして光刃を飛ばしてきた。
「散れ!」
「はい!」
左へ走り出したシンヤの指示で、レンジェも右側の上空へと飛び立つ。二人は左右から囲むように避けながら移動した。上空に飛び立ったレンジェは居合の構えをして、桃色の光刃を飛ばす。
「綺麗な刃よ・・・」
「余所見するな」
左側へ回り込んだシンヤがそう呟き、自身の周りにある複数の槍を飛ばした。左右から来る攻撃を女は表情を変えず、両腕を拡げた。かざした手から赤い五芒星の魔法陣が浮かび上がり、それは二人の攻撃を全て受け止める。
「「!?」」
「浅はかよのぉ・・・」
キィィィィィィ・・・
女の足元にも赤い魔法陣が浮かび上がり、強烈な衝撃波が辺りに撒き散らされた。
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「きゃあ!?」
「くっ!?」
二人は防御態勢でその衝撃を防いだが、それは身体全体を震わすほどの威力で、僅かな間だけ彼らを硬直させてしまう。その隙をついて、女はレンジェに多数の触手を伸ばした。
「しまっ・・・」
「はああああ!!」
掛け声とともにレグアが飛び掛かり、伸びていく触手の途中を光剣で切り落とした。着地した少年は女に向かって走り出す。
「うあああああああああ!!」
「うるさい餓鬼だ」
ボゥ・・・ゴオオオオオオオオオオオオオ!!
女はそう言って、左手に紅の炎を燃え上がらせ、巨大な炎の嵐を少年へ放射した。
「うああ!?」
「小僧!」
「レグアさん!」
「ふふ・・・・・・むっ?」
少年は光剣を前に構えて、女の放つ炎の嵐を受ける。その剣は白く輝き、少年を襲い掛かる炎から守っていた。
「ほぅ・・・神の使いから授かった剣か」
「ふぅ、驚かしよって・・・」
「よかった・・・」
「はぁ、はぁ、今なら!」
レグアは自身の無事を確認し、好機と判断して女に斬り掛かる。大振りの縦斬りで襲い掛かった少年に、女は左手だけで剣を受け止めた。
「っ!?」
「目障りよ」
「うあああああ!?」
彼女は剣ごと少年をそのまま正面の上空へ投げ飛ばす。追い打ちで左右の髪を振り上げようとした。
「ふん!」
シンヤは右手に凹型の持ち手がある赤茶色に錆びつく大きな鉄のローラーを投げ付ける。それに気付いた女が右側の髪だけで大き目の光刃を繰り出し、ローラーを真っ二つに切り裂いた。切り別れたローラーが左右へ飛び落ちると同時に、レグアも地上へ叩き落ちる。
ゴ、ゴォォォン!!
「ちっ」
「ぐあっ!」
「レグアさん!」
少年の元へ飛び向かうレンジェに、女は3つの髪の束を逆立てて、赤い光球を3つ飛ばした。
「!」
レンジェが慌てて桃色の障壁を創って防ぐも、連続で命中したそれは彼女の壁を破壊した。
ガシャアアアアアン!!
「きゃああああ!!」
「レンジェ!」
壊された衝撃でバランスを崩して落ちるレンジェ。墜落する彼女をシンヤは落下地点へ行き、その身体を両腕で受け止めた。
「きゃ!?」
「ぐっ! 大丈夫か?」
「は、はい。助かりました」
受け止めた彼女を下ろしていると、女が強烈な威圧を放ちながら両手を前にかざした。さらにその身体中から赤い光の粒を吸収していき、両手の前に紅い光球が現れる。
「消し飛ぶがよい」
「まずい! レンジェ、障壁を!」
「はい!」
二人も両手を前にかざし、自身より大きな青とピンクの魔法陣を展開した。彼らの後ろにはレグアや扉に寝かせたリリエルもいるからだ。
キィィィィ・・・バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
巨大な赤い光線が女の手から放たれる。彼女自身より大きい光線は二人の障壁に命中した。防ぎ切れなかった余剰の光線が障壁の上下左右へと飛び散って行く。
バチバチバチ!! ピキッ! ピキッピキッ!
二人の合わさった障壁にヒビが入るも、光線が途切れるまで耐え切った。相手の攻撃が治まり、障壁を消失させた二人は息を整える。
「なんて威力だ・・・」
(凄まじい・・・普通の障壁なら吹き飛ばされていました・・・)
「耐え切ったか・・・思ったよりしぶといな・・・」
「そのしぶとさで倒された過去を忘れたか!?」
そう告げるシンヤは女に向かって走り出した。あっという間に接近した彼は、右手を青く光らせて、青い輝きを放つ熊のような手で襲い掛かる。相手の顔を目掛けて、右腕を振り下ろすが、女が左手で防ぎ止めた。
「ふっ!」
シンヤは左手に刀を出現させて、横薙ぎで女の首を狙う。しかし、あと少しというところで、女の右側にある髪の刃が青年の刀を防いだ。彼女は左側の髪の刃で彼の首を刺し狙う。青年は左へ首を動かし、制服の襟を切られながら回避した。
「はああああ!!」
レンジェも魔刀で斬り掛かり、女の右側の刃髪が彼女の攻撃を防ぐ。その隙にシンヤは後ろに下がって、右手に持ち替えた刀で再度挑んだ。レンジェに続けて、レグアも女に斬り掛かる。
「このおおおおお!!」
女は真ん中の刃髪で少年の剣を防ぎ、それぞれの刃髪で3人と殺陣をする。その間に彼女は背後から赤い触手を複数出し、その先端に赤い光球を集束させた。
「小賢しい! 消し散れ!」
「離れろ!」
シンヤの指示で、3人がその場から後方へ下がると同時に、触手が赤い光線で地面を這うように薙ぎ払う。相手の反撃が治まり、隙を突いたレグアが女に向かって走り出した。
「でやああああ!!」
「ふん、餓鬼が・・・」
女は左手に赤い光球を創り、それを少年へ軽く投げ付ける。彼はもう一度剣で防ごうと考えた。
「防いではダメ!」
「えっ?」
レンジェの指摘を疑問に思うも、レグアは光球を防いでしまう。
キィン! バアアアアアアアン!!
光球が剣に触れた瞬間、それは強烈な爆発を起こし、少年は後ろへ大きく吹き飛ばされた。
「小僧!」
「レグアさん!」
転がり落ちた彼は身体のあちこちが焦げていて、剣を杖代わりに立ち上がろうとする。思った以上のダメージを受けたのか、痙攣しながらゆっくりとした動きだった。
「ふむ・・・浅かったか。並みの人間なら四散させるほどの威力のはずが・・・」
「あれでその威力だと!?」
「そうさ・・・生身の貴様ですら吹き飛ぶな!」
女が叫ぶと、彼女の右手に先程より大きな光球が現れる。巨大なそれはシンヤの方へ高速で飛んでいく。対応が間に合わず、彼は光球をまともに受けてしまう。
ドガアアアアアアアアアアアアアアン!!
「っ!? シ、シンヤさぁぁぁん!!」
爆発による黒煙で青年の姿が確認できず、レンジェが彼の名を叫んだ。彼女が無防備になった隙に、女は彼女の足元に赤い五芒星の魔法陣を展開する。魔法陣の描かれた地面から赤い触手が多数飛び出し、レンジェの手足を拘束した。
「しまっ・・・ぐぅ!」
「奴もそうだが・・・そなたの存在の方が脅威よ」
「っ!?」
「先に滅ぶがよい・・・」
再び女の周りに赤い光の粒が集束し始め、彼女の両手に大きな赤い光球が出現する。先程の巨大な光線を放つ態勢。レンジェが必死にもがくも、首を絞める触手のせいで詠唱すらできない状態だった。
(まさか、触手ごと!?)
キィィィ・・・
(・・・いや・・・)
赤い光線が放たれる寸前、レンジェの前に黒い人影が姿を現す。
「障壁結界! 金剛!」
「!?」
バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
女のかざした手から極太な光線が放出された。レンジェを消し去るはずの光線は、彼女の目の前に現れたシンヤの魔法陣の障壁によって防がれる。袖がぼろぼろになった右手を前にかざし、歯を食い縛って障壁を維持した。
ブシュ! ブシュブシュ・・・
全てを防ぎ切れないのか、彼の露出した右腕に細かい傷が出来ていく。それは腕だけでなく、身体中のあちこちに服まで切り裂く程の小さな傷が出来ていった。少量の血を流す青年はそれでも構わず、相手の攻撃を防ぎ続ける。
「ぐぅおおおおおおお!!」
やがて女の放出した光が治まると、シンヤは左手をレンジェにかざした。彼女の周りに多数の両刃剣が出現し、それらは拘束する触手へと突き刺さる。束縛の無くなった彼女はよろめくシンヤの元へ行き、彼の左側からその身体を支えた。
「大丈夫ですか!?」
「心配ない・・・だが・・・少し使い過ぎた・・・」
息切れを起こす青年はレンジェに支えられながら女を見つめる。
(・・・想像以上の力だ・・・防げるのがやっと・・・これではこちらが削られるばかり・・・)
「げほっ! けほっ!」
「無茶しないでください!」
「している暇はない」
二人の様子に女は微笑みを浮かべた。
「ふふふ・・・ふはははははは! あの時以上だ! あの妖狐もなかなかの代物だったが、“神の使いの力”物の怪とは比べ物にならん! 爽快よ!」
「神にでもなったつもりか・・・」
「・・・神・・・・・・そうさな・・・今の我ならそれすら容易い・・・」
「「・・・」」
「さぁ、我という神と対峙したお前たちはどうするつもりだ?・・・最後の抗いぐらい見せよ・・・」
余裕を見せるかのような発言をする女。レンジェとシンヤは互いに以前の接吻による力の増幅を思い浮かべる。
(確かに・・・あれなら望みがあるかもしれませんが・・・)
(・・・・・・いや、あれぐらいで彼女の力を増幅しても奴には追いつかん・・・となると・・・・・・)
考え込んでいた青年は左横にいるレンジェへ語り掛けた。
「・・・レンジェ」
「はい?」
「分け与えた力では到底敵わん」
「そんな・・・」
「なら・・・・・・俺自身を取り込めばいい・・・」
「えっ!?」
シンヤの発言に彼女は目を丸くする。驚く彼女を余所に、青年は後方にいるレグアへ視線を向けた。
「小僧!」
「なんだ!?」
「少しの間、時間を稼げるか?」
「・・・・・・何をするつもりだ?」
「・・・奴を倒す準備さ・・・」
その言葉に少年は杖代わりにしていた剣を振り上げて構える。
「どれくらいだ?」
「お前の出来る限りで十分だ」
「・・・早く済ませろよ!」
少年が走り出すと同時に、レンジェは青年に小声で指示されて、彼を支えながら後ろの方へ下がった。
「ぬ?・・・まぁ、よい・・・来るがいい。少し戯れてやろう・・・」
「黙れええええええ!!」
シンヤは自ら床へ横たわり、その傍へレンジェが屈み寄る。
「あの・・・」
「取り込むといっても、どちらかが吸収されるわけではない。俺が力を効率よく循環させ、それをレンジェが使う。簡単だろう?」
「確かにそうですが・・・そんなことが可能なのですか?」
「肉体から魂を引き離す・・・・・・後は、君がやってくれ」
彼の胸辺りに小さな青い五芒星の魔法陣が出来上がる。そこから青白く輝いた光球が水面から顔を出すかのように現れた。
「シ、シンヤさん?」
「・・・」
「・・・・・・これが・・・あなたの・・・」
レンジェは光球を両手でそっと手に取る。肉体の方は目を閉じ、意識は全く感じられなかった。しかし、彼女はこの光球こそ、シンヤでもある“陽なる存在”だと感じ取る。
「・・・」
彼女は躊躇わず、その光を自身の胸に押し付けた。それは彼女の身体へ消えるように入り込む。
「・・・!」
ドックン・・・
自身の耳にすら入る脈動とともに、彼女の身体、足元、瞳がピンク色に輝き始める。
(・・・凄い・・・・・・何かが・・・私の魔力を増幅させている・・・)
ドックン・・・
(でも・・・凄すぎて・・・・・・怖い・・・)
ドックン・・・
『恐れるな』
ドックン・・・
(シンヤさん!?)
ドックン・・・
『・・・全く・・・無意識で力を吸い取るくせに、力の増幅に恐れてどうする?』
ドックン・・・
(わ、私は・・・まだ処女ですから・・・・・・ちゃんとした魔力供給が未経験で・・・)
ドックン・・・
『・・・接吻はしただろう?』
ドックン・・・
(それは・・・)
ドックン・・・
『まぁ、いい・・・今から増幅した力を手渡す・・・暴発させるなよ』
ドックン!
「はい!」
12/07/14 14:54更新 / 『エックス』
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